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沖縄県 与那原町

平成27年3月第1回定例会 03月25日−05号




平成27年3月第1回定例会 − 03月25日−05号







平成27年3月第1回定例会




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│ 平成27年                                          │
│                与那原町議会定例会会議録(第5号)              │
│ 第 1 回                                          │
│            平成27年3月25日(水曜日)   午前10時01分開議            │
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[議 事 日 程  第5号]

 平成27年3月25日(水曜日)

 午前10時00分開議


日程第1.      一般質問
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[本日の会議に付した事件]
日程第1.      一般質問
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[出 席 議 員(14名)]
1番  識 名 盛 紀 議員          8番  喜屋武 一 彦 議員
2番  舩 谷 政 喜 議員          9番  田 中 直 子 議員
3番  山 口   修 議員          10番  津 波   弘 議員
4番  松 長 康 二 議員          11番  上 原   晃 議員
5番  比 嘉 徳 雄 議員          12番  我 謝 孟 範 議員
6番  上江洲 安 昌 議員          13番  仲 里   司 議員
7番  当 真   聡 議員          14番  城 間 盛 光 議員
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[職務のため議場に出席した事務局職員の職、氏名]
事 務 局 長          当 山   正         主     査   辺土名   梢
補     佐          照 屋   基                          
─────────────────────────────────────────
[説明のため出席した者の職、氏名]
町     長          古 堅 國 雄         住 民 課 長   仲 里 武 徳
副  町  長          照 屋   勉         福 祉 課 長   宮 城 きよみ
教  育  長          當 山   健         子育て支援課長   伊 集 京 美
出 納 室 長 兼 会 計 管 理 者   上 原 丈 二         健康保険課長    辺土名   彬
与那原町大型MICE誘致特命参事                                  
総 務 課 長          玉 城   仁         まちづくり課長   城 間 秀 盛
財 政 課 長          新 垣 政 孝         上下水道課長    石 川   毅
企画観光課長           上 原 宏 章         学校教育課長    岡     剛
税 務 課 長          上 原   謙         教育指導主事    當 間   保
農水環境安全           新 里   健         生涯学習振興    宮 平 律 子
課    長                           課    長           
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○議長(識名盛紀)

 これから本日の会議を開きます。

午前10時01分 開議

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○議長(識名盛紀)

 日程第1.一般質問を行います。



△まず、比嘉徳雄議員の一般質問を許します。

〔比嘉徳雄 議員 質問席に着く〕



◆比嘉徳雄議員

 おはようございます。高校野球も見所であるちょうどいいところなんですが、議会も進めなければならないものですから…。私ごとですが、ちょっとだけ話させてもらえますか。旅立ちの4月、私事ながら、若いころからの夢であった四国八十八カ所のお寺周りを、足腰が元気のうちに行ってこようと思いまして、4月6日から実行に移します。いろいろと話がありまして、何か懺悔のために行くんじゃないかという人もいるんですが、そんなことはありません。目的は足腰の元気のうちにということで、夢を叶えたいということだけのことで、1つの冒険ですね、この年になってちゃんと四国一周となりますと、1,200弱なんです。それを歩き遍路として、私ができるんであれば、私より元気の人は何でもできるんじゃないかと思いますが、私のほうから有言実行ということでやっていきたいと思います。人によっては、これだけ金もかけて何でアワリしに行かなければならないかということで、家族からも叱られたんですが、私の夢ですので、夢を実現させるということはいいことですので、頑張って。ですから私が元気で戻ってきまして、皆さんとはまた6月定例議会でお会いしたいと思います。それまでは皆さんもしっかり元気で頑張っていってください。それで五七五で俳句の1つぐらいでも、何か残していくということではないですよ。俳句でも皆さんに披露して一般質問に移りたいと思います。古希近し、ロマン求めて、遍路旅。お粗末ですが、ちゃんと5月には、定例会前までには帰ってきますので心配はなさらないでください。では、通告どおりの一般質問を行いたいと思います。

 1点目ですが、軽便与那原駅舎の展示資料館の年間5万人の入域客数を達成するために、誘客活動対策はどうなっているか。お願いします。



◎企画観光課長(上原宏章)

 皆様おはようございます。それでは比嘉議員の1点目の与那原駅舎の年間5万人の誘客数についてお答えいたします。誘客対策についてですが、まず、固定化された展示内容にならないように、展示物の更新を充実を図っていきたいと考えております。また本町を訪れる方々を誘導するために、国道などへ誘導の案内板を設置することを検討しております。さらに誘客の最大の目的が商店街の活性化、町全体の活性化でございますので、商工会とのイベントのタイアップ、さらには綱曳資料館、その他の歴史の史跡ですね、そういったものの活用含めて町に足を運んでいただけるような、誘客の活動をしていきたいと考えております。以上でございます。



◆比嘉徳雄議員

 今の課長の説明だけでは物足りないと思います。駅舎のほうは、この前資料を見ましたが、年間400万円ほどの赤字になるわけですよね。しかし、入域率を上げれば入場料がアップするわけですから、5万人の中から1割でもそのお金を落として、100円を落としてもらったら十分500万円達成はできると思うんです。だからそのために掲示板、それもよろしいですよ、結構ですが、私はもっともっと力を入れてほしいと思うんです。例えば、ダイキンオーキッドの問題にしても観光につなげないかということで前も話をしたんだが、そういう場所にでも掲示板でもいいし、チラシでも配るとか、いろいろと与那原町以外の人を呼んでこなければ、与那原町民は無料ですから、入場料のほうには何も貢献しないんですよね。それだからというわけではないんですが、与那原町民に関しては今回のてくてくウォークのときに、このコースに与那原駅舎を入れたということはよかったなと私は思っています。あともうちょっと別の、与那原町以外の人を誘致するためにどういう行動を起こせばいいかということをぜひ考えてもらいたいと思います。この前、宮古のほうに、政務活動費を使って研修に行かせてもらったんですが、宮古のほうでもあれだけ観光資源がある割には、50万人の誘客をするということで今でもロビー活動をしているんです。あれだけ観光資源がある宮古市でもそういうふうに頑張っている状況で、与那原町は、前から駅舎の問題は果たしてランニングコストの問題、いろんな問題で大丈夫かということで、議員の皆様からもけんけんがくがくいろいろ話はあったと思いますので、まだまだ受け身の構えではちょっと寂しいのではないかと私は思いますので、もうちょっと考えていろんなところに行って、何といいますか、南部観光の冊子もあるわけですから、そういったものに載っけるとか。またいろんな人たちから話を聞いて、どういうふうにすれば駅舎のほうにそれだけ人が集まってもらえるかということを皆さんのほうで足を使って苦労しないと、待っていただけでは多分難しいんじゃないかと思いますので、ぜひ5万人を達成できるように…、これは皆さんのほうから前にですね、5万人を誘客するということで話がありましたので、それをぜひ有言実行ということで頑張ってもらいたいと思いますので、その件をもう一度お願いします。



◎企画観光課長(上原宏章)

 それでは比嘉議員の再質問にお答えしたいと思います。比嘉議員のおっしゃる情報発信の部分ですね、南部観光協会という組織もございますので、そちらの広報紙というか、機関紙のようなものに載せるのも当然やっていきたいとは考えておりますけれども、県外、特に県内にかかわらず、県外の情報配信というところについても、インターネット等もございますので、そういった活用も含めて積極的にやっていきたいと考えております。以上でございます。



◆比嘉徳雄議員

 本町は、今、MICEのほうにも力を入れているわけですから、MICEが与那原に誘致されれば、確かにそれは自動的に観光客もふえると思いますが、それを待っているだけではだめですので、積極的に誘致も皆さんのほうで頑張ってもらいたいと思いますので、ひとつよろしくお願いします。

 2点目は、東浜のイルミネーションを大々的に設置できないかということなんですが、毎年12月になりますと、与那原中学校の吹奏楽部の方に来てもらいまして、イベント等、華やかに本町はやっているわけですが、何かイベントの割には余りにも、私からするとイルミネーションがちゃちいんじゃないかなと思います。後ろ側のJ工業のほうがもっと華やかなじゃないかなと思うんですが、そうは思いませんか。本町のイルミネーションよりは。ですからもうちょっと、そんなに私はイルミネーションでは金はかからないと思うんですが、もうちょっとブラスバンドも呼んでそれぐらいやるような、イベントをやるぐらいなものですから、もうちょっと華やかなもの、観光のまち、与那原町という考え方でイルミネーションをもうちょっと大々的にやってもらいたいと思います。それと本町だけの問題ではなくて、隣にはダイハツもあれば、スズキもある。そして同僚議員である喜屋武事務所もありますので、そこに協力をお願いしまして、かねひで等にお願いして、与那古浜周辺のイルミネーションをもっとにぎやかにしたら、誇れる与那原町に持っていけるんじゃないかと思いますので、そういったところもひとつ考えてもらいたいと思いますが、どうでしょうか。



◎企画観光課長(上原宏章)

 それでは比嘉議員の2点目の東浜のイルミネーションの件についてお答えいたします。東浜のイルミネーションについては、毎年11月からクリスマスイルミネーションということで、与那原まちづくり推進協議会、こちらが主体となって行っております。平成26年からイルミネーションの数というか、量が少ないということで、予算を少しふやしまして、増設をしているところでございます。今後についてもこの予算を少しずつ足していってイルミネーションをふやしていくという方向で事業を行っていくということになっております。町としましても推進協議会のみに任せるのではなく、一括交付金を活用してある程度の量をまとめてふやせないかということを検討しておりますけれども、他の事業もございますので、調整をしながら一括交付金を活用して増設ができないか、推進協議会と一緒に調整をしていきたいと思います。隣接する企業の皆さんにも毎年協力依頼を行っておりますので、さらにまたやっていきたいと思います。以上でございます。



◆比嘉徳雄議員

 町の予算に影響するぐらいの金は使わなくてもいいと思いますので、ある程度の金でよろしいと思いますが、今よりもうちょっと華やかなということですので、ひとつその件はお願いします。今、そういうふうに考えているということですのでいいことだと思います。それと近隣の業者のほうにも依頼を出しているということですので、もっと協力依頼をお願いしてください。ことしのイルミネーション見るのを楽しみにしていますので、ぜひよろしくお願いします。

 3点目は、水路沿いにペットボトルの簡易救助器具の設置をとあるんですが、最近、新聞にも載っていたと思うんですが、全国版のテレビでもやっていますよね、消防が那覇の水路沿いにペットボトルを設置して、そこの水路に落ちた方が助かったということがありました。私は、ペットボトルの前に、水路沿いに安全柵等をお願いしますということで一般質問をしたんですが、今でも安全柵はございません。安全柵はそれなりに金もかかるものですから、そう簡単にできないことかもしれませんが、でも那覇市でも事故は起きてしまっている。前回の場合は宜野湾での事故の件での質問だったんですが、今回は那覇市でも、水路に落ちるという問題があったものですから、出しているんですが、今回のペットボトルの設置というのは、私の家にでも四、五十個ぐらいありますので、何も金はかからないと思います。私は各家庭にあると思いますので、そのほうに、ちょっと下のほうに砂を入れて置いて、投げやすいような状況をつくって、それによって人間が助かるというんだったら、金も使わずにそれだけのことができるということは私はいいことだと思います。ただ問題はそのペットボトルを設置するためのかごというんですか、ケースを準備しなければならないんですが、それはそんなに金がかからないんじゃないかと思います。これは人命にかかわることですので早急にやってもらいたいと思いますが、どうでしょうか。



◎農水環境安全課長(新里健)

 議員の皆様おはようございます。比嘉徳雄議員の3点目の質問に答弁いたします。去る2月16日に那覇市内の安里川に転落した男性が川沿いに設置されたペットボトル製の簡易救命器具により人命救助につながっております。ペットボトルの簡易救命器具の設置につきましては、那覇市消防職員協議会が社会貢献ボランティアの一環として、平成26年3月7日に国場川などの那覇市内を流れる河川の28カ所に設置したと伺っております。本町におきましても、東浜水路や漁港があり、また今後は水路を生かした観光の進行計画を策定しておりますので、観光客や地域住民の水難事故の未然防止のため、那覇市内の簡易救助器具の設置状況等を確認した上で本町内の水路沿いへの設置についても、東部消防とともに協議し、積極的に検討してまいりたいと思います。以上でございます。



◆比嘉徳雄議員

 那覇市のほうは消防が主体となってやってはいるんですが、これを消防が、とかという問題じゃなくて、そんなに金もかからないことですので、早急に設置したほうがよろしいんじゃないかと私は思いますので、役場のほうからでも早目にやってもらいたいと思いますのでよろしくお願いします。

 これで私の一般質問を終わります。



○議長(識名盛紀)

 以上で比嘉徳雄議員の一般質問を終わります。

 次に上江洲安昌議員の一般質問を許します。

〔上江洲安昌 議員 質問席に着く〕



◆上江洲安昌議員

 ハイサイ、グスーヨー。辺野古の浜ンチュラサイビーシガ、アノハナンイッペーチュラサイビーン。ウチナーンチュハヨーサイ、イチカラ日本人にナタがヤーンディル話、チュクトゥバーシカラヤーサイ。政府がクヌメーヌ20日、ウチナーヌ国会議員が質問主意書ンジャチャグトゥヨーサイ、1854年3月に江戸幕府トゥ米国間で結ばれた和親条約、ウリンカイティーティー日本がヨーサイ、ハジミティ、国際法上の主体として締結したと。最初の国際約束とするということで答弁書がンジトーイビータン。アンナイーネーヨーサイ、日本ヌウチンカイ、ウチナーイッチョーガヤーンディ、イヌ、いわば判断ナイビーセーヤー。ウヌ年、ウチナーはアメリカと、ウチナーカラチャーニー浦賀に行って、またウチナーンカイチャーニ琉球国と琉米修好親善条約に締結ソーイビルバーテー。アンサーニ、オランダ、フランスということでウチナーがヨーサイ、国際上、和親条約、修好条約締結サンディーヌクトゥナレーカラ、ウチナーヤ独立国ヤイビータルバーテ、ウヌ証拠ヤイビールバー、ウリカライーネー。アンシーネー、ウチナンチュンディセー、イチカラ日本にナタガンディイネー、琉球処分後、1879年から、ああウレ日本カイ併合サッティ、組み込まれて、日本人ディヌクトゥバ、ウチナーイティ使うようにナッタンディチン。歴史的にはアンインナトーイビーシガ、100年余イドゥヤイビーンドー。ンカシカラ、現代史、近現代史ナラーサングトゥ、ンカシカラウチナーヤ日本人とウムトーイビーシガ、アノーアイビラン。1879年からドゥ、日本人ナトール。ウヌ件ヤイビーシガテー、ナマ、ウラシーヌ美術館ウマイティ、琉球幕末、明治維新ディヌテンジカイソーイビークトゥ。ウマンカイヨーサイ、100点、200点ぐらいの資料チョーイビーシガ、ムルサーニ153点、リッパヌ資料が国ヌ、外交資料館からチョーイビーンテー、ウリイッペー飾ラットーイビートゥナー、本土の琉球との修好条約も本物は全く日本国トゥ、琉球と同じものが、立派なあれが並ローイビークトゥ、ジヒンジーガンジキミソーレーヤンチウムヤビーン。29日マディソーイビークトゥ、ぜひ行ってもらいたいと思います。リューチューヌアイデンティティがリューチュージンヌフクイガ、ユルクビが見えますからぜひ行ってください。行った人いますか。29日までやっていますので、ぜひ行ってください。では一般質問に移ります。

 本日は、5点にわたる一般質問をさせていただきますが、1点目は、観光協会の設立について述べたいと思います。その前に議員として、一般質問とは何かについて述べたいと思います。所信を問いただすことにより、執行部の政治姿勢を明らかにし、その政治責任を明確にさせ、結果として現行の政策を変更、是正させ、新規政策を採用させる目的と効果があります。これは議員の立場からはですね。一般質問では、政策や事業を組み立てるのは質問する側であります。議員にとって、公的な議会で政策提案をしたり、政策変更を迫ることができる数少ない公開の場でとっても貴重な機会であることを執行部の皆さんには認識してもらいたい。そのように考えております。

 では、観光協会の設立について述べたいと思います。私は観光協会の目的というのは、地域に所在する自然、歴史、文化、戦跡、各産業などを見つめ直し、それを生かした観光まちづくりを推進する。そのことによって観光事業の健全なる振興を図って、まちの地域経済の発展と生活、文化の向上に貢献するものだと思っております。この目的を達成するためにいろんな事業をやると思います。?でありますが、平成26年度の一括交付金事業にのせて、平成27年度設立するとのことだったが、それは私と執行部との約束でありましたが、平成27年にできなかった。なぜですか、お尋ねをいたします。?も一緒に、大体同じものなので答えてもらいたいと思いますが、軽便鉄道駅舎がオープンし、観光交流施設もやがて完成します。また歴史の道をめぐる整備事業等も進んでいる。これから運営の段階に入ります。活性化の核となる観光協会を早急に設立すべきだと私は考えますが、町長の所見を伺いたいと思います。



◎企画観光課長(上原宏章)

 それでは上江洲議員の1点目、観光協会の設立について私のほうからお答えします。観光協会の設立についてですけれども、これまで行ってきた施設整備やガイドの育成など、観光に関する各施策を活用し、町の観光を盛り上げていくためにも、やはり町の観光の中心となっていただく組織は必要だというふうに我々も考えております。観光協会の設立について、意見交換も含め検討を行ってきましたが、我々として、設立に向けては今後の予算、協会の中心となる方、さらに事務局の体制などについてさらに検討を行う必要があると考えております。今後、設立前の準備段階や運営手法、予算規模も含め早急に調査を行い、再度商工会や観光関連、団体の皆さんと意見交換を行いながら準備を進めていきたいと考えております。以上でございます。



◎町長(古堅國雄)

 おはようございます。上江洲議員の御質問、観光協会の設立に向けての基本的な考えの御質問ですが、観光立県、あるいはまた与那原町としても歴史と文化を生かしたまちづくりと、私の大きな政策の1つで、現在進めておりますが、いろんな歴史を知れば知るほど、与那原町の資源として活用できるたくさんの文献や、あるいはまた資源となる要素がたくさんあるなということを改めて実感している今日でありますが、これは協会があるのとないのとでは全然対応が違うわけでありますし、どういう形の協会設立をすべきか、他市町村の協会も参考にしながらしっかり掘り下げて進めていく方向と、以前からそう思っているんですが、なかなか前に進んでいないようでありますが、これは積極的にことしも進めていくように努力してまいりたいと思います。特に最近は、予想もしなかったような大きなビッグニュースが与那原町の中城湾の中の与那原湾にいろいろな資源となるべき情報がたくさん入ってきておりますので、そういう意味でも、学術的にも、考古学や民俗学の面からも専門的に掘り下げていって、どういう形で観光資源につなげられるか。そういう意味では、ことし4月1日から専門の学芸員を新しく採用して、徹底的に取り組んでいくという気構えでおりますので、お力を貸していただきたいと思います。



◆上江洲安昌議員

 また何か振り出しというか、平成27年度からやるという答弁をいただけませんでしたが、南風原などは3年目に入って、もうかなり活動しているんです。私、この間、南風原に行って観光協会の方々と話し合いをしてきました。観光協会の中心的な方から言うと、観光協会というのはまちづくりだということでさまざまなまちづくりに取り組んでいるんです。南城市も今、ピーアールとかものすごくうまくやっています。特に南風原などはウルトラマンで2,000名余り町内の人が集まってイベントをしたり、活気づいているわけです。商工会の前事務局長とも話し合ったこともあるんですが、商工会としてもとても必要性がある協会だと言っていますので、認識は町長も私も同じだと思うんです。だから早目に、素材はいっぱいあるので。南風原は与那原うらやましがっていました、いろんなものがあって、やればすぐ活性化できるよと、与那原は。町歩きの会とか既に活動していますので、いろんな活動団体が出てきていますので、これを網羅してまちづくりに生かしていくということなんだから、私は早急に町長が中心になって取り組んでもらいたいと思っておりますのでよろしくお願いします。次に移ります。

 2点目、地方創生についてお尋ねします。詳しくは、同僚議員も今回一般質問に出していますので、私、きょうは質問がいっぱいありますので、ぜひ仕組みと内容、どういうふうにこれから進捗していくのかということを伺いたいと思います。

 それと担当が同じなので、3点目も一括して、一括交付金の特別枠についてお聞きをしたいので、広域的な取り組みが私は必要だと、前からずっと言っていますが、事業計画などがあるかどうか、考えているかどうか、それをお答えください。



◎企画観光課長(上原宏章)

 それでは上江洲議員の2点目の地方創生についてお答えしたいと思います。地方創生につきましては、国の総合戦略、こちらを踏まえまして、各自治体が策定する人口ビジョン、さらに総合戦略ですね、そちらを策定しまして、その戦略の中で地方の施策を示して、進めていくことになります。こちらについては人口の減少、住みよいまちづくり、さらには活気あるまちづくりというところを目指しているところでございます。現在、町では国の補正を受けまして、地方版の人口ビジョン、総合戦略の策定に向けて、策定方針、そちらの検討を行っているところでございます。今後におきましては、5月から6月にかけまして調査を行っていただく業者の選定、それから庁内におけます説明会ですね、そういったものを行って、6月から8月までには会議を6回程度持って、審議会を持って策定の方向で進めていきたいと思っております。できましたら9月にはある程度の素案というものをまとめまして、パブリックコメントというものもやりながら策定に向けて取り組んでいきたいと思っております。

 一括交付金の特別枠についてですけれども、こちらについては特別枠で関係町村と連携しての広域的な取り組みも可能になっております。具体的な事業の計画というものはございませんけれども、担当レベルについては交通政策、そういったものについて活用ができないかという話が出ているところでございます。今後、近隣町村、関係町村と意見交換、連携を密にしながら、どういった方策でどういったものができるかというのをさらに詰めていきたいと思っております。以上でございます。



◆上江洲安昌議員

 地方創生については、これからこの事業にもありますが、人口の減少に伴って地方でどう活性化をするかということもこの指針に入っていますので、ぜひ私の提案というか、思っていることは、例えば少子化対策として子育て支援などもとても重要でありますが、もう少し結婚させる、婚活というものもとても大切だと思うんです。それは多分、いろいろ出てくると思いますが、広域で婚活、出会いの場をつくってあげるとか、企業ごとにありますよね、与那原にはいろんな企業があって、こういうところで呼びかけて婚活、出会いの場をつくって上げるということも、もう行政がやるべきだと思うんです、ここまで人口減少が来たら。施設も大きいものができているし、どこもあるんです、南風原も含めて。その辺を使って、ぜひどうかなと思うし。

 あと一括交付金については、この間、那覇市の議員からLRT、いわば路面電車、与那原町は駅舎もつくっているので、一緒に路面電車を通すために研究会とか活動しないですかということがありました。ぜひやりたいということで、女性議員が中心になっていましたので、ぜひ行政側も、町長の所信表明にもあるとおり、LRTについては枠を超えて、一括交付金を使って、那覇、南風原、与那原という形で、研究費も入っているということになっていましたが、ぜひこれは実現させるという決意のもとで私はやってもらいたいと思います。その辺どうですか、町長の決意。



◎町長(古堅國雄)

 非常にいい御提案だと思います。LRTにつきましては、新聞紙上で御案内のとおりでありますけれども、ことしも県の企画部長からの情報では2億円の調査費がついたということで、引き続き鉄軌道敷設に向けての取り組みが継続されるということですが、これはどうしても今の国の調査のやり方、あるいは方針といいますか、考え方というのは、どうも南北を非常に中心に考えているなという感じはあります。せんだって、先々週でしたか、新聞で報道されました沖縄市が、鉄軌道敷設によって20分以内で空港から直結できるというような意見も出ていたようですけれども、そういう南北が中心になった考え方のLRT敷設、それはそれとしていいと思いますが、私は何としても大正3年の那覇与那原間の敷設された軽便、この歴史というのは無視できないということで、強くあらゆる機会を捉えて、訴えているわけですけれども、今の状況からしますと、与那原軽便駅舎の復元は、これは大きなインパクトを与えたと捉えておりまして、それと大型MICEがもし決定されれば、これは自動的に空港与那原間、あるいはそれを延長させて西原から浦西、モノレール、環状線の構想等々、あるいはまた沖縄市、うるま市までの北進交通網整備ですね。それから南部広域の支線としての形になるのか、環状になるのかわかりませんけれども、その辺の議論も現在、いろいろな地域に活発に積極的な発言が出ておりますので、いい傾向じゃないかなと。世論も大分高まってまいりましたしね。それに乗っけて、まずは那覇与那原間ということを最優先で私はこれからも強く訴えていきたいと思います。ですから今の一括交付金の活用、まさにタイミングはどんぴしゃだと思っておりますので、今の職員間で勉強会をしている具体的な、技術的な面とか運営の面とか、あるいは将来の構想等々含めて、職員間は職員間で一所懸命定期的に勉強会を持っているようですので、いいことだと思っております。そしてその勉強会がほかの市町村にも大分影響を与えておりまして、周辺の市町村、西原とか八重瀬町とか、その他、ぜひ私どもも加えてくださいと、入れさせてくれというような声も上がっているようですが、これはどうしたものか、全体的な盛り上がりをつくっていくためには非常にいいことだと思うんですが、何としても実験線、実証線をまずは那覇与那原間に敷設させることを優先にしっかり主張し、これからも頑張っていきたいと思っておりますのでお力を貸していただきたいと思います。



◆上江洲安昌議員

 戦後70年、鉄道がなくなってから70年になります。70年になっても軽便鉄道を復元もしないという状況があります。東北では震災から3年、4年目で三陸鉄道が復元、復活しています。ぜひ沖縄もその気になって、与那原も。ぜひ取り組んでもらいたいと思います。次へ移ります。

 4点目、これも戦後70年、平和の日についてでありますが、特に戦後70年といえば、ほとんど戦争体験者がいなくなる、もう何割か、1割ぐらいかということになると思うんです。当時、ゼロ歳が70歳、80歳になる人が10歳ですから、ほとんど語る人がいなくなるということでは、本当に…、今、時代がまさに平和ということじゃなくて、大変な時代を70年迎えているので、この平和の取り組みを本当に真剣になって取り組んでもらいたいという質問でございますが、時間がないので読み上げませんが答弁をお願いします。



○議長(識名盛紀)

 上江洲議員、議事録に載りますから読んだほうがいいんじゃないですか。



◆上江洲安昌議員

 読みますか。時間がないな…。ことしは戦後70年、日本の中で唯一、日米軍による住民を巻き込んだ地上戦を体験させられ約15万人の県民が亡くなりました。さらに戦後も米軍占領下に置かれ、いまや日米の軍事植民地にされています。その沖縄で世界の平和を願い、子や孫のため二度と戦争を起こしてはならないと思う。ぜひ戦後70年は特別な思いでさまざまな企画をし、取り組むべきと思うが町長の所見を伺いたい。



◎総務課長(玉城仁)

 上江洲議員の質問にお答えをします。上江洲議員の御指摘のとおり、ことし戦後70年となる本年度は特別な思いで事に当たるべきだと考えております。与那原では沖縄戦によって3人に1人が犠牲になっております。そこで平成27年度はふたたび戦争によってとうとい町民の命が奪われないよう、町を挙げて平和を近い、町民一人一人にことし1年を意識していただくとともに、県内外に強くアピールすべきだと考えております。そこで本町では、平成27年度は平和事業に重点を置く年として位置づけ、年間を通じて町主催の平和関連事業を網羅した与那原町戦後70周年事業を計画したいと考えております。総務課で行っている平和の日祈念事業、生涯学習振興課で取り組んでいる平和関連事業、学校が取り組んでいる平和関連の教育、遺族会の慰霊祭など、町が行う個別の事業、さらに行政区や各種団体の企画を取り込んで、これらも含めて町全体で戦後70周年を取り組む流れをつくってはどうか、今検討中でございます。以上です。



◆上江洲安昌議員

 ぜひさまざまな取り組みをまちが中心になって、1カ所に整えて、年間を通じていろんなイベントを、平和を訴えてもらいたいと思います。今、南風原の取り組みも聞いてきました。南風原も沖縄戦終結70年南風原町平和祈念事業関係会議ということで起こして、まちができることは共催、主催の名義で、施設使用料の免除、出演謝礼、広報、告知のための予算、当日の動員ということを協力すると。町民からいろんなイベントをしたいということであれば、冠をつけて、戦後70年記念ということで、町民の喚起というんですか、自主的な活動も町でまとめてやってもらいたいということで、南風原もやるということだったので、ぜひ与那原もこのぐらいの決意でやってもらいたいと思います。そこら辺どうですか。



◎総務課長(玉城仁)

 上江洲議員の再質問にお答えします。私どものほうでも案として、70周年記念事業ということで冠をつけてはどうかということも検討しております。各種団体のそういった企画、平和事業に対する企画等もこちらから支援ができないかどうかを含めて、その辺も含めて検討中でございます。以上でございます。



◆上江洲安昌議員

 ぜひ頑張っていただきたいと思います。では、最後のきつい質問に移りますが、よろしくお願いします。

 民意を無視した辺野古の新基地建設に向けたボーリング調査の国の強行についてでありますが、その前に、今の状況が、今すごく動いているんですね、沖縄県と政府を含めて、それを鳥の目というか、ぱっと流れをちょっと報告したいと思います。明治政府が…、さっき琉球処分の話をしましたが、琉球処分を経て、琉球国を1879年に沖縄県として日本に併合した。その以前は400年以上独立国として存在をしていた。だから沖縄は日本史とは別の歴史を歩んできました。沖縄の戦後70年も本土とは違ったものだったんです。県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦を経て、そのまま米軍に占領され、冷戦下で基地の島につくりかえられた。それでも反戦・反基地運動を通して本土復帰を求め、その結果、1972年に米軍統治を脱したが、日本に復帰をしても米軍基地はなくならない。1995年の米兵による少女暴行事件を契機に反基地の思いが大きく噴出をしてきた。このときの全島挙げての激しい抗議に危機感を持った日米両政府は、初めて本格的に基地縮小を検討し、特別行動委員会SACOという合意にこぎ着けました。だが期待もつかの間、普天間飛行場撤去はいつの間にか辺野古移設の話にすりかえられてしまいました。基地は減らないばかりか、今度は日本政府の手でつくられる最新鋭の基地が半永久化されることになる。それもウチナーンチュのジュゴンが生息し、サンゴが広がる生物多様性の宝庫である美ら海をつぶしてであります。この間も何度も差別的羞恥をなした。2012年にはオスプレイを住宅密集地にある普天間基地に強行配備をした。さすがに島ぐるみの反対闘争が起こって、県内の全市町村長、全議長らが連名で配備撤回の建白書を政府に提出をした。だが、その代表団を東京で迎えたのは、町長も御存じのとおり、売国奴呼ばわりをするヘイトスピーチの怒号やプラカードもあったことだったと思います。そして昨年、辺野古のある名護市長選、沖縄県知事選、そして衆議院選挙と全ての選挙で新基地建設反対を掲げた候補が勝利をしました。ところが日本政府はその民意を一顧だにせず、抗議する市民を機動隊と海上保安庁を使って排除しながら工事を強行しています。日本政府は本土とは違う歴史を生きてきた沖縄の人々の思いを国家権力で押さえ込もうとしています。それが日本の軍事化とともに、今、最も露骨になっている。だからこそ逆に日本の支配の正当性が改めて問われるのだと思います。琉球処分のままでいいのか、それとも現在の民意の上に立ち、地域から国のあり方の政策を編み直す可能性を求めるのか、今、沖縄も日本も岐路にあると思います。そのとき、選挙はいろいろあって町長は推進派を支持しましたが、今、県知事が一所懸命やっていることに対して、町長としての思いを聞かせてもらいたいと思います。



◎町長(古堅國雄)

 先ほどの琉球処分のお話、沖縄の歴史、いつから沖縄県民は日本人として認められたのかというあたりの話、過去の歴史を振り返ってみればみるほど、中国と和の国の両属と言われながらも、小さい地域であるがゆえに大変苦渋の歴史を重ねて、そして今、上江洲議員が質問の中でされていたようにいろいろな事件、事故、長年にわたって基地あるがゆえに沖縄県民は非常に苦しい思いをしてきた。その辺については、これだけの小さい沖縄県に70数%の基地を加重負担させている今日、これはあってはならない、これは一日でも早く県外、国外に基地を移設して、沖縄県民の加重負担を解消していくということは、これはもう沖縄県民誰一人として反対の意はないと思います。全く同じ思いであの建白書にも41市町村長が署名して政府に対して要請を重ねたわけであります。ただ、あの銀座の、私たち要請行動で道路を歩いているときに、ものすごい大きい声、スピーカーで先ほど言われていたヘイトスピーチだったということを後で聞かされましたけれども、だから日本国民として、沖縄県が、県民がどういう思いでこれから進むべきかということを考えてみた場合、ある学者が、台湾の有名な学者ですけれども、講演があったときの話も前にやりましたが、沖縄県民は1972年に、やはり日本国民でありたいと、日本国民であるべきだということで復帰を、闘争があって勝ち取ったという沖縄県民の意思は、これは大事な大きな節目であるというようなことを指摘され、それならば、また日本国民としての責任も当然伴うであろうと。みずから選んだ日本国民にあるべきだという意思を勝ち取った。ですから日本国民として誇りを持って、私たちはこれからの国、あるいは沖縄県も県民として取るべき行動というのは当然、権利と義務が伴うんだという指摘がありました。ですから私はそのとおりだと思います。ですから沖縄県にこれだけ加重負担されている基地、これは一日でも早く移設をしてもらう方向で、全県民が頑張らなければいけないし、中央政府にも耳を傾けてそういう方向で進めてほしいという思いは1つであります。ただ、ここで意見が分かれてきますのは、理想的にはそうなんですけれども、しかし現実はどうなのかなというところで選択肢が2つに分かれてくるというような現在だと思います。ですから今、反対、大衆運動が行われている中でこの方向がきのうも、きょうも新聞に出ておりますけれども、新翁長知事が強い決意を持ってマスコミで報道されて、そしてこれから取り組んでいくという意思表示がありました。ですけれども、中央政府は我が道を行くという形の意思表示。中央政府と沖縄県が、お互いの主張、それぞれの立場から、これはこれで意見がさまざまあることは自由でありますし、また権利でありますから、当然あっていいことだと思いますが、ただ、この行く末にどういう結論に結びついていくか、どういう解決策が見出せるのかということを考えてみた場合は、どちらにしても大変な課題は残るし、ハードルは高いという思いをしている1人であります。ですから辺野古の記事を見るたびに胸が痛い思いをしますし、何でこうなるんだろうという思いがあります。また片や普天間飛行場、ああいう世界一危険な飛行場と言われながら、19年前に日米で移設しようということを約束しながら、なかなか前に進まない。ならばどうするかという解決策の選択肢の分かれ道が今、県内にも、県民同士がいろいろけんけんがくがく、与野党に分かれて激論を闘わせているその中、私はどちらが正しい、解決策に結びつくかということは、これはなかなか難しい、どちらにしても難しいんですけれども、私が今、そこでどれが正しくて、どれが間違っているということについては言及を避けさせていただきたいと思います。ただ、一日でも早く基地を縮小していく、軽減、負担を軽くしていく、これについては議員も、私も全く同じ思いであります。県民も同じだと私は思っておりますが、どの選択肢が正しいかは、これはもう歴史が証明することだと思いますので、それ以上深く、私の立場で言及することはいろいろな面で、町益の面、あるいは県政、町政の面でもいろいろな影響が出てくる可能性がありますので、これはまたいずれの機会に言及できればと思いは持っておりますけれども、そういう冷静な判断に立っての…。そしてもう1つ、御質問の県知事選挙や衆議院選で推進派を支持した、なぜかという御質問でありますが、私は冷静に4名、知事選挙の候補者、衆議院選の候補者、それぞれ長いおつき合いで、個人的には非常に親しい方々ばかりです。ですからよく政治的な経歴やそれだけの実力者であるということもよく承知しておりますし、当然、どなたがなっても力を発揮できる方々という思いは今でも変わりませんけれども、ただ現職を推進したという理由は、21世紀ビジョン計画、これは前任者が数年にわたりまして専門の学者や、あるいは沖縄振興開発計画、40年も沖縄の将来に向けて取り組んできた今日、みずから主体的な考えを持って沖縄の将来を決める。あるいは導いていくという基本理念に基づいて、そして沖縄県民の意思で沖縄21世紀ビジョン計画が策定された。これはぜひ実現してほしいと、今でもそう思っております。その実現した暁に沖縄の将来というのは大きな展望が開かれるというふうに私は確信しておりまして、新しい知事もそれを実現していくと表明しておりますので、よかったと思うんですが、私が推進派を指示したということについては、どこまでも沖縄らしさを発信していく、歴史を生かしていく、観光立県として県益になる。これが私の選択肢だろうということで判断いたしましたので御理解いただきたいと思います。



◆上江洲安昌議員

 町長には、ぜひ大浦湾の現場を見てもらいたいと思います。私は評論をすることはできませんが、ウチナーンチュの尊厳と誇りにかけても、200年以上貸与期間があるこの米軍基地、決して3分の1じゃないです、普天間の。弾薬庫、基地ですね、後ろの、住宅。そして揚陸艦が係船できる埠頭まで含めてですね、もう明らかになっております。オスプレイがもっとたくさんあの基地には来ます、今できたら。本当に日本が危ない状況の中に沖縄がまた人殺しのための基地をつくるということは、到底私は許されません。以上をもって私の一般質問を終わります。ありがとうございました。



○議長(識名盛紀)

 以上で上江洲安昌議員の一般質問を終わります。

 暫時休憩します。


午前11時03分 休憩午後1時30分 再開




○議長(識名盛紀)

 再開します。

 次に津波弘議員の一般質問を許します。

〔津波 弘 議員 質問席に着く〕



◆津波弘議員

 グスーヨー、チューウガナビラ。一般質問に入る前に、ちょっとだけ話をしてから入っていきたいと思います。皆さんDDTとは御存じでしょうか。どうしてそういう話をするかと言いますと、私は戦後、疎開先の熊本から帰ってきて、三重城からGMCに乗せられて、久場崎の昔ハイスクールがありましたよね、わかっている人は少ないかな。そこへ連れていかれましてDDTをまかれたんです。あのころはアメリカは衛生面に関してはすごいあれがあったものですから、DDTをまかれて、それから与那原に帰ってきたんです。今、久場崎のハイスクール跡は、久場区の公民館になっていますかな、あの敷地です。それでまず、そういうことの話をしてから質問に入る前に、もう1つ話をしてみたいと思います。

 先ほど上江洲議員からもありましたが、戦後70年の節目のことし、戦争を知らない世代の人口が日本では8割を超えまして、約1億人だそうです。戦争を知らない、戦後派といいますか。今、いみじくもちょうど70年の節目に、報道によりますとフィリピン海峡で、皆さんもテレビ等で御存じかもしれませんが、あの有名な戦艦武蔵の残骸が発見されております。災害は自然現象ではありますが、戦争は人災であります。私たち沖縄では今現実に起きております辺野古の問題、歴史は繰り返されておりますが、そういうことのないように、私は戦前生まれてありますので、こういうことはないように願うものであります。この議場には私と同世代は町長と2人であります。そういうことで、質問ではありませんので、町長の戦後生まれとしての、ひとつ御発言がありましたらと思って、お聞きしたいと思っております。



◎町長(古堅國雄)

 津波弘議員のただいまの、通告にはございませんけれども、私の戦前生まれとしての考え方があればということですので、やはり私も終戦後、南洋パラオで生まれて引き上げてきた、年齢的にもまだ3歳でしたので、ほとんど戦争の体験としても記憶には、何か一コマ一コマあるような感じぐらいしかありませんが、ただ帰ってきてから、物心つくまで周囲の引き上げて来られた親、兄弟、あるいは親戚のおじさん、おばさんからたくさんの話も聞きましたし、また実際、南洋群島であった本当にむごい、あるいはまた残酷な悲しい出来事等々、たくさんのとうとい命が失われた話、生々しい話をたくさん聞かされました。ですから戦争というのはこんなものなんだなという実感、自分で体験したような感じを持っております。ですから二度と戦争は起こしてはいけません。これは絶対という覚悟でお互いが今の時代を担うものとして肝に銘じて置かなければいけないと思います。それでは平和を維持するためにはどうすればいいかという、選択肢はいろいろあろうかと思いますけれども、何が何でも戦争は起こしてはいけませんし、二度と繰り返してはいけないという覚悟は強く持っているつもりであります。



◆津波弘議員

 町長、質問でありませんでしたので、大変済みませんでした。それでことし、町長が生まれたパラオですか、そこへ天皇皇后両陛下が行かれるそうであります。それはそれで終わりまして、もう1つは、去る東小学校の卒業式に参加したんですが、教育長、課長もいらしていまして、私も十何年小学校の卒業式へ行っているんですが、ことしは非常に不思議というか、皆さん、私の将来の夢とありますよね。そのときにことしの子供さんたちは、いろいろとマークしているんですけれども、医者になりたいという人が7名いるんです。びっくりしましてですね…、びっくりすることはないんだけれども。今まではなかなかそういうことがなかった。大体がプロ野球選手とかサッカー選手とか、ことしの子供たちはものすごく範囲が広くて、いろいろあるんですね。何か世の中変わったのかな、それとも今の6年生の子供たちが優秀なのかなという思いもしたものですから、どうですか、教育長。もし、質問ではございませんので…。



◎教育長(當山健)

 津波弘議員のお話でございますが、卒業式で私の将来なりたいということで、医者になりたいとか警察官になりたい、自衛隊になりたいとか、いろいろ夢を語っておりましたけれども、ことしは私もこれまで十何度か、前から合わせていますけれども、7名の方が医者になりたいというのは私も初めてでございます。原因というのは余り承知しておりませんけれども、子供たちの夢が広がっているのと、それからまたいろんな震災等も通じて、人を助ける仕事につきたいというのも後ろのほうにあるんじゃないかんと思っております。



◆津波弘議員

 少し脱線しまして済みませんでした。そういうことであります。それでは本題に入っていきたいと思います。通告をしました3点について質問をしたいと思います。質問は(2)(3)(1)の順序でお聞きしたいと思いますのでよろしくお願いしたいと思います。

 まず2番目のAEDについて。?設置された場所と実際に操作できる割合はどれぐらいかという質問であります。答弁をいただいてからまたやりたいと思います。



◎農水環境安全課長(新里健)

 それでは津波議員の?の質問に答弁いたします。AEDの設置場所につきましては、皆様のお手元に配付していますAED設置施設位置図、A3の用紙で配付しておりますので、?については確認をしていただきたいと思います。AEDの設置状況につきましては、平成25年度に19カ所、平成26年度に5カ所、平成27年度に7カ所設置する予定でございます。現在は、学校等の公共施設、公民館を中心に既に24カ所に設置しております。平成27年度につきましては、町内のコンビニエンスストア6カ所、24時間営業のスーパー1カ所、いずれの7カ所につきましても24時間AEDが使える場所を選定して設置する予定でございます。平成27年度末には全部で31カ所に設置予定となっております。また、AEDの整備だけじゃなく、あわせて設置施設の関係者や施設利用者、住民の皆様等にAED設置場所の周知を図るとともに、講習や訓練によりAEDを使用できる人材をふやすことが重要であると考えております。実際に操作できる割合についてでございますが、東部消防組合消防本部によりますと、普通救命救急講習修了者、平成20年1月から平成26年12月までの間ではございますが、与那原町内の在住者としまして708名となっております。また、大型商業施設にAEDを設置させていただきましたが、商業施設の従業員の皆様とテナントの店長の皆様を対象にAEDの操作講習を行っております。以上でございます。



◆津波弘議員

 説明のとおりでございますけれども、先日、NHKの番組で、実際にそれを使える人は30%という報道があったんです。それでこの質問をしているんですけれども、小学校、中学校、高校はですね、小学校で15%、中学校で57%、高校で72%という感じの数字が出ているんですけれども、先ほど課長から説明がありましたが、本町ではかなりのあれでそういった講習を受けたりしているということであります。これは全国的なものだと思いますので、それで質問したんです。それからもう1つそれをしたあれは、実際に事故があったマリンプラザ、かねひでですね。御存じかと思いますけれども、急患が出て、たまたまそこにそれができる女性の方、西原町の石川さんという方らしいんですが、この人が蘇生をして、救急車が来るまでにしたということで一命を取り留めたという、消防議会でもそういう話が出たものですから、取り上げてみたんですが、そういうことで非常にこれは、実際私もこれは使ったことがないんですよ、恥ずかしい話。ですからこれは大いにそういうことをやる必要があるんじゃないかということでやっていただきたいと思っております。これはこれで終わります。

 それから?は、先ほどの比嘉議員からも全く同じ質問がありましたので、これは省きたいと思います。実際にこれは那覇消防管轄ですね、先ほど安里川でということでしたので、それも消防の議会でもそういうことがありましたので、取り上げていたんですが、先ほど説明をしていたので、これはこれで終わりたいと思っております。次へいきます。

 3番目の行政区の統廃合についてであります。ひとつ御説明をいただきたいと思います。



◎総務課長(玉城仁)

 津波議員の3点目の行政区の統廃合についてお答えをいたします。まず、平成21年10月の行政区域改善審議会において、東浜区については今後4,000名の人口を要することから、将来的に行政区を2つに分けることが望ましい。少子高齢化が顕著な中島区、港区、森下区及び新島区の合併については、将来的に合併が望ましいが、現段階ではその高まりがなく難しいという答申が出されております。現在、東浜区においては沖縄県のほうでBブロック、住宅用地の分譲が開始をされました。それに伴って、今後人口が急激にふえることが予想されます。新たな自治会を設置するかどうかも含めて今後検討しなければならないと考えております。行政区の合併につきましては、まだ総論賛成、各論反対というような部分もありますので、慎重に進めていきたいと思います。ただ、現実的には少子高齢化という、避けては通れない問題があるのも事実でありますので、さまざまな機会の中で問題提起もしながら、しっかり議論を進め考えていきたいと思っています。以上です。



◆津波弘議員

 課長、私この質問、これで7回目だと思うんです。平成13年からやっています、実際の話は。ですから課長が随分かわっていくものですから、最初は糸数元さん、それから屋比久課長、それから副町長、随分この質問は、本当に恥ずかしいほどやっているんです。いつも答弁は今のような感じなんです。ですから実際にこれ、本当にやる気があるのかなと思って私諦めていたんですが、でも最後だからと思って今質問しているんですが、これは実際に与那原町はドーナツ型、空洞化しているんですよね。旧与那原町が相当人口が減って、若者がいないということで、いろんな行事に差し支えがあるわけです。皆さんよくわかっていると思うんですが、陸上競技にしろ、それから青年会にしろ、婦人会にしろ、老人会にしろ、いろんな面で人口の少ないところは非常に困っているんです。ですから住民課長にきのうお願いしまして、人口動態を見ていたんですが、これ見たら大変ですよね。例えば20代、30代いきましょうか。森下区で20代が49名、30代が58名。それに反して、与原が20代が336名、それから30代が434名、大変です。8倍、9倍、これ大変ですよ。こういうことでは区の活動、実際大変だと思うんです。そういうことは本当に真剣に考えていただかないと、これはいつも今のような答弁なんです。だから何とかしなければ、必ずこれはいろんな問題になってきます。特に今は東浜はああいう状態で、Bブロックも出てくるし、学校の区割もありますし、ですから私もどういうふうに質問していいかわからないものですからね。実際にこれは真剣に取り組んでいただかないと、ただここで答弁して終わりでは困るんですよ。本当ですよ、これ。いいことなんですが、きのうの町魚は、あれ1回で決まったんですよ。いいことですけれども、私のこの質問はもう6回、7回やってもいつも同じ答弁なんです。副町長は多分2回ぐらい答弁したかと思いますが、どうですか、副町長。



◎副町長(照屋勉)

 津波議員の再質問にお答えしたいと思います。議員がおっしゃることは本当に重々承知をしております。区長などとお話ししても、真剣に考えなければいけないよなというようなお話もございますし、平成21年の行政区域改善審議会ですね、これは当時、私が担当して審議会も開催をいたしました。そのときの審議委員の皆さんの答申といたしましては、現時点においては時期尚早ということではございましたが、あれから5年以上たっておりますので、いま一度、審議会を立ち上げるか。もしくはそれをもう少し拡大した中で別の形で検討、あるいはいま一度、いろんな問題点を洗い出してしっかりと議論をする時期にも来ていると思いますので、今年度はぜひ拡大した形、あるいは審議会も含めてしっかりと議論をしてまいりたいと考えております。



◆津波弘議員

 今、副町長の答弁を信用して、これはぜひ…、必ず禍根を残しますよ、このままにしていると。外のことばかり考えて、中のことを考えないと、これは問題が出てくると思います。みんなそう思っています。私に最初これを言った人は、もう最近言わなくなってきている。与那原町はそういうことをする気はないんじゃないかと。もちろんいろいろと理由はありますよ、だけど難しいものに限って、もう少し真剣にやっていただかないと、これはまずいと思います。今おっしゃったように、ぜひ早目にそういうこともやっていただきたい。できれば来年の町長の所信表明あたりではそういう形のものが出てくればいいなと思っておりますが、町長いかがですか。



◎町長(古堅國雄)

 おっしゃるとおり、各行政区の人口のアンバランスについては、これはもう大分前から指摘を受けまして、行政としても何とか町民の協力を得ながら前に進める方法はないかと。あるいは今、各行政区で抱えている大きな課題といいますか、悩みといいますか、そうものも含めて検討委員会ですか、審議会ですか、そこでいろいろ議論はされたようですけれども、やはり総論賛成、各論反対になりますと、どうしても住民意識というのが、区ごとの意識も非常に差がありまして、向こうとはやってもいいけど、こっちとは嫌だとか、個々の意見がさまざま出てきているのも事実です。ですけれども、これは強制的にということはなかなか難しいことですので、どうしても町民の理解を得ながら、これも積極的にそういう方向性を示して進めていくという努力は、どうしても進めていかなければいけないと、最近その話をしたばかりですが、新年度明けて、何とか区長方、あるいは議員の皆さんの御協力を得ながら、これはまた各種団体も含めてみんなで取り組まなければ、一方的にというわけにはなかなかいかないものですから、その辺のリーダーシップを行政は当然先頭に立ってやるべきですから、できる限りの努力を新年度には進めていきたいと考えておりますので、どうぞ議会の皆さんの御協力もお願い申し上げたいと思います。またいい御提案、御提言がありましたら、お知恵も貸していただきたいと思います。



◆津波弘議員

 町長、ぜひリーダーシップをとって動いて、早目の実現を期待したいと思っております。次へいきます。

 1番目、大型MICEについて伺います。情報がいろいろと流れてはきているんですが、一番最近の状況とことし5月中、または7月中に決定とのことだが、どう対処するか。一応、説明を聞いてからまた再質問をしていきたいと思います。



◎出納室長兼会計管理者与那原町大型MICE誘致特命参事(上原丈二)

 議員の皆さんこんにちは。それでは津波弘議員の1点目、大型MICEについて御答弁申し上げます。まず近況ですけれども、大型MICE施設誘致につきましては、地域住民の皆様、そして議員皆様の御協力のもと、平成25年度から誘致活動を展開してきております。仲井眞前県知事へMICE誘致の要請を町内5カ所への懸垂幕や横断幕の掲示、そして電光掲示板での広報活動をしております。平成25年11月17日には、東崎の野球場の駐車場において約2,000名を結集した住民大会を開催し、署名活動も展開しております。そしてMICE誘致青年実行委員会におきまして、平成26年1月19日は、このMICEの設置予定場所でわきゃもん祭を開催し、町内外へアピールしてまいりました。去年の翁長新知事就任直後には、平成26年12月19日に、与那原町、西原町、中城村、北中城村、北谷町の5市町村の大要請団で大型MICE施設誘致の要請を行ってまいりました。その際の要請団のメンバーは5町村長を初め、与那原町、西原町の両議会から8名、そして県議会から5名参加しており、知事は、現在の西高東低の現状を改めて認識し、皆様の要請を真摯に受けとめ、他の候補地も含めて真剣に検討してまいりますとコメントしております。平成27年2月6日には、東海岸地域の魅力あるまちづくりを推進し、地域活性化の拠点として、個性とにぎわいのあるまちの形成を促進するために、与那原町、西原町、中城村、北中城村の4町村で連携し、東海岸地域サンライズ推進協議会を設置しております。そして平成27年2月10日には、東海岸地域サンライズ推進協議会として安慶田副知事へ大型MICE施設誘致の要請も行ってまいりました。

 続きまして、?の5月中、または7月中に決定とのことだが、どう対処するかについて御答弁申し上げます。沖縄県の2月定例議会におきまして、MICE施設建設についての質問が一般質問で2名、3名の代表質問が行われました。沖縄県の担当課の答弁におきましては、県はこれまで誘致に名乗りをあげている5候補地を県の三役が直接現地を視察し、高所大所から検討して決定したいと答弁しているそうです。また、決定時期についても那覇空港第2滑走路の2020年の供用開始に間に合わすためには5月末までに決定したいとのことです。これまで本町は、県知事や副知事へ直接大型MICE施設誘致を要請してきておりますので、あとは県や他候補地のMICEに関する情報収集を行い、新たな誘致に向けた取り組みを行うのではなく、いざというときに臨機応変に対応できる心構えでいたいと考えております。以上です。



◆津波弘議員

 今の課長の答弁は、12月にもそういう答弁がありました。余り状況は進んでいないのかなと思っています。最近ですね、これはあくまでも情報であります。私の情報では、ある候補地のところに、市町村名は言わないでおきましょうね。県のほうから負担金が出るとか、職員の派遣とか、そういうふうな打診があったようでありますが、本町ではそういうのは受けておりませんでしょうか。



◎出納室長兼会計管理者与那原町大型MICE誘致特命参事(上原丈二)

 津波弘議員の再質問にお答えしたいと思います。本町は、県から質問が来た後、その質問に全て回答し、それ以降、県と、こういった議会での一般質問等を電話確認しておりますが、今議員がおっしゃったような職員派遣とか誘致に向けての負担金が必要だとか、そういった話、連絡は一切ございません。以上です。



◆津波弘議員

 そういうことがなかったということでありますので、私の情報ではそういうことがあったということを聞いております。先ほど副知事が現地視察、前から現地視察は早目にやるということだったんですが、それも行われていないわけでしょうか。それも行われていない。これはあくまでも仮定で話すのはちょっとおかしいんですが、私個人としては、このMICEはカジノなしでは運営できないんじゃないかなと。あくまでも個人としてです。ところが県はノーなんですね、今の翁長新知事はね。あるところはカジノがないと採算が取れないということで尻込みをしているという情報を聞いているんですが、その辺はどうなんでしょうか。



◎出納室長兼会計管理者与那原町大型MICE誘致特命参事(上原丈二)

 津波弘議員の再質問にお答えしたいと思います。私が知る限りで、MICE施設を運営しているところで、全てが赤字ではなくて、横浜のMICE施設とか、二、三カ所は黒字経営しているというのは確認しております。今回、沖縄県が設置する大型MICEにつきましても、県の試算では約3,000万円の不足が出るというような試算になっております。ただし、そのMICE施設を沖縄県に設置することにおきまして、相乗効果が全部で400億円あるということで、沖縄県はそれで進めているということです。以上です。



◆津波弘議員

 今の課長の答弁ですと、確かにこのMICEを誘致すると400億円の相乗効果が出ると。これは沖縄県全体ですよね。しかし、もし決まった場合の話では3,000万円の赤字覚悟でやるという、毎年ですよね、これ。ですから3,000万円の赤字を抱えながら毎年となると、これはどうなんでしょうか。難しい話になるかと思いますが、やっぱりそれでも誘致していくということなのか。ちょっと質問やりにくいんですけれども、実際はね、仮定なものですから。どうですか、町長、そういった面で、ある意味では隠している部分もあるかなと思いますが、言える分でよろしいですから、町長答弁してください。



◎町長(古堅國雄)

 この大型MICEの運営については、御心配されている財源というのはどういう形で捻出されるのか。一口でMICEと言っても、地域性、世界各国のあちらこちらでそういう会議、国際会議とか、イベントとか、あるいは研修所とか、さまざまなタイプのMICEがあるようです。たまたま3月7日に、このMICEの運営に参加されているDMCという会社の社長のフォーラムがありました。私を先頭に、関係職員まで、副町長も一緒に2時間ぐらいのフォーラムがあって、いろいろ詳しい、実際運営に参画している会社の社長のお話でしたので、より詳しくMICEというのがどういうものであるかという理解を深めることができました。ですから私は、要は運営の仕方だと思います。インドネシアあたり、あるいは香港とか東南アジアにおける大型MICE、一番大きいのが1万5,000名規模だと言われておりますが、タイのMICEもそうですし。そういう地域においては、やはりカジノを中心とした財源捻出が行われているようだと聞いておりますし、だからといって世界各国の大型MICEが全て同じような内容かというと、そうではないようです。ですから先ほど課長からありましたMM21の横浜タイプもですね。ですから要は、県が一応大きなプロジェクト、沖縄の将来発展のために、あるいは沖縄らしさを発信すると、全世界に発信するという意味では、これは着眼点としては非常にいいところに目をつけられたと。よく沖縄は万国津梁の国際交流の交差点だという表現がなされますけれども、まさにそのとおりだと思います。ですからこれをどう運営していくか、これにかかると見ています。ですから私は、この沖縄新県知事がカジノは考えていないとはっきり明言されておりますから、そのほかの方法ですね。今国際会議1つとりましても、年間30カ所をお断りしていると。なぜかといいますと、宜野湾のコンベンションでは5,000名しか収容できない、それ以上の人数の国際会議は、あるいは国内の会議はお断りしているという実情であるということも実際の数字としてあらわれているわけでして、そしてそれは会議ですけれども、そのほか、研修、あるいはモーターショー。例えば自動車だけじゃなくして、日本国はやはり世界の中でも技術国として最先端を行っている国だという評価がされておりますし、日本国の発信、技術の全世界へのアピールする場、これはもう技術先進国としては非常に大事な役割を果たすわけですし、そういう意味では東南アジア、あるいはほかの国々に対して沖縄から発信するという意義が他府県とは違うんだということを非常に強調されておりました。なぜならば、アフターMICEという言葉を使っておりました。これはMICEを運営していくためにはそこが非常に運営の仕方によってニュアンスが変わってくると。このアフターMICEというのはどういうことかといいますと、やはりこの地域の特性、歴史や伝統文化、芸術、先ほどの技術のアピールもそうでしょうけれども、そういうものを含めて、やはりこの地はもう一度来てみたいと、あるいはここの伝統文化はというような意味では、沖縄はまだまだ十分生かされていない。たくさんの資源があると、文化的な資源があるというような表現をしておられました。ですから私は、下地は沖縄県にたくさんあると。それを例えば踊り一つにしても、あるいはその他の伝統文化、行事、そして海水浴を含めたリゾート地としての魅力を発揮できる。この知恵をやっぱりMICEと結びつけて、受け皿づくりをする。これはですから、MICEを誘致した市町村地域だけの問題じゃない。これは沖縄全県として、全県民が一丸となってこの受け皿づくりをしなければいけないと。観光とも直結してくるわけです。ですから私は21世紀ビジョン計画の中で、この大型MICEのプロジェクトというのは非常に大きな推進役になりますし、そして経済活性化、そしてそれにかかわる交通網の整備とか、あるいは物流ですね、全てのものが国際的な形で拠点化するという意味では非常に魅力のあるプロジェクトだと私は思っております。これは今、担当課長から答弁がありましたが、けさの話ですので、まだ担当課長には言っていなかったんですが、きょうの朝未明に大城県議から電話が入りまして、知事三役と話をしたということで、これも候補地は伏せますけれども、恐らく津波議員の入手した情報の候補地のことだと思いますが、そちらの動きもまだあるようでして、きょう10時に首長が担当副知事に会う日程が入っているということも聞いておりますが、どういう動きをしているのか、要請をしているのか、それについてはまだ情報入りませんけれども、もう最後の詰めの段階に入っていると受けとめております。ですからその情報が入り次第、もう少しで明らかになりますが、実は月曜日に知事三役が5候補地を視察したと、もう既に視察済みだそうです。ですから後はそれを踏まえてどこに候補地を決定するのか、いよいよ大詰めの段階に来ていると思っておりますので、これは一部公開できない部分もありますけれども、いい形で展開しているということだけは、感じとしては受けとめていますので、引き続き油断しないで情報収集しながら、即対応できるように体制を整えて、これからも進めていきたいというふうに新たに決意したところであります。けさの情報です。



◆津波弘議員

 ただいまの町長のお話、私の情報もそういう形で進んでいるようであります。新聞ではまだ5候補になっているということでありまして、私も12月議会でも那覇の可能性もあるんじゃないかという質問をしたんですが、また何か、これは5月に決まるんだったら恐らく那覇はないと思っているんですが、私個人の考えでは7月まで延びると、何かこれ…、そういうことは恐らくないんじゃないかなと見ていますが。といいますのは、最近、那覇は共同使用しようと、那覇軍港ですね。恐らくそれは簡単にできないと思いますが、そういうふうなことまで打ち出して、これは知事自体が言っているわけですから、心配の面もありますけれども、さすがにこれは難しいだろうと最近は思っているんです。それと例えばこちらへあるとした場合に、ホテルの問題がございますよね、ホテル。これはあくまでも今までの話は、決まったらホテルはできるということ、これはずっと続いているんですかね、ホテル関係は。それと今さっき町長がおっしゃいましたモーターショーの問題、これも私、12月にちょっと話をしてみたんですが、モーターショーというのはものすごい規模のあれだと思うんです。港の問題があると思うんです、これは。多分その場合、マリンタウン、こちらのあれで可能なのか、その辺心配があります。ですからモーターショーとなると相当なものですから、これは例えばこちらでできなければ那覇でおろして運びということですね、いろんな問題も。今、全部が全部これはできないと思うんですが、そういう心配は持っているわけでございまして、これ以上は答弁できないと思いますので、時間でありますので終わりたいと思います。



○議長(識名盛紀)

 以上で津波弘議員の一般質問を終わります。

 次に上原晃議員の一般質問を許します。

〔上原 晃 議員 質問席に着く〕



◆上原晃議員

 先ほど津波議員が小学校の卒業式のお話をされていましたけれども、私は中学校の卒業式について少しだけお話させていただきたいと思います。昨年も今の季節、時期になりますと新しい出会い、そして別れがあると、そのような話をしましたけれども、先日3月13日に行われました中学校の卒業式、とても感動をいたしました。すばらしい卒業式だったと思います。特にお別れの言葉、卒業式代表の挨拶、ほとんど半分以上は泣いていたと思うんですけれども、両親や先生方、そして友への感謝の言葉も、詰まってはいましたけれども、内容のある大変立派な挨拶だったと思います。そしてあと1つ心に残っているのがPTA会長の挨拶ですね、これもとてもすばらしかったと思います。このお話の中には、東日本大震災から4年がたちましたが、多くの人たちが犠牲になったこと。そしてその教訓を決して忘れてはならないと。家族のきずな、命のとうとさ、お父さん、お母さんはあなたたちが大好きなんですと、その言葉には目頭が本当に熱くなりました。その言葉一つ一つが子供たち、卒業生の心の中に残っているかと思います。今、私の目の前にPTA会長がいらっしゃいますが、これからも与中の子供たちのためにもPTA会長として頑張っていただきたいと思います。出会い、別れ、本町役場でも、私が長年おつき合いをさせていただきました当山正議会事務局長がことし3月いっぱいで退職をいたします。18歳から役場一筋、42年間頑張ってきたことに頭が下がる思いであります。私も前職場の時代からしますと、約30年余りのおつき合いがありまして大変お世話になりました。そして議会のほうでもいろんなことを教えていただきました。本当に心から感謝を申し上げます。退職後もいつまでもお元気で、本当に長い間ご苦労さまでありました。それでは通告しました一般質問に入ります。

 初めに、普天間基地の移設についてでありますが、私は昨年9月の一般質問でも町長のお考えをお聞きしたのですが、あれから半年余りが過ぎました。今でも毎日のように多くの県民、町民が新基地反対を訴えて、辺野古のほうでは抗議活動を行っている状況でありまして、それでも日本政府は強行に工事を進めております。このような辺野古の現状に対して、町長は今、どのようなお考えでしょうか、お伺いをいたします。



◎町長(古堅國雄)

 上原晃議員の御質問にお答え申し上げたいと思います。実は昨日、上原晃議員から、辺野古で住民が海上に出ていろいろ抗議をしたり、あるいはまた基地ゲート前での行動等々、たくさん資料を私にわざわざ持ってきていただきました。新聞報道で私も今の動きというものについては、気をつけて推移を見守っているわけですけれども、午前中の上江洲議員にお答え申し上げたとおり、新しい基地をつくるということに対しては、誰一人沖縄県民としては賛成する人はいないと思います。ただ、今の実情、沖縄県の基地加重負担の状況を何とかして軽減する、あるいは県外、国外へ移設させる、進めていく、この手法の選択の違いで今沖縄県民が二分されているというふうに私は捉えているんです。ですから知事選挙、あるいは衆議院選挙で推進派を支持したと、なぜかという午前中の質問がありましたとおり、私は沖縄県の21世紀のビジョン計画、これは沖縄県にとって、先ほどの大型MICEも含めてですが、沖縄県の将来を大きく飛躍発展させる大きな原動力になるだろうと捉えておりますし、またこの計画は数年にわたりまして、専門家の方々、あらゆる方々の御意見を、あるいは沖縄県の主体性を持った計画として初めて、40年を経て初めて沖縄県が策定した計画でありますので、これはもうぜひ実現してほしいと私は捉えたわけです。ですから新しい翁長新知事もこの計画は推進していくということははっきり明言されておりますので、本当にうれしく思います。そういう中で基地の問題と21世紀ビジョン、特に基地の、これまでは繰り返して基地経済の話がよく出されました。しかしながら、基地経済というのは、あの那覇市の新都心の経済効果を見て明らかなように、もう基地経済の効果なんていうよりは、これは基地を撤去して、そこに新しい経済産業発展をもたらした場合には、これは何十倍どころか、何百倍という経済効果が新都心で実証されているということも明らかなように、あるいはイオン、ジャスコ、4月にはオープンする予定ですけれども、そういうポテンシャルという意味では、沖縄はこれからが本場だと思っておりますので、ぜひとも基地を少しでも早く県外、国外に移設してもらって、そして基地跡利用を平和産業で活性化させていくというような基本的な考えを持っております。特に最近、情報として入っている中央政府の情報が耳に入りましたけれども、中央政府は沖縄県の基地移設後の跡地利用について真剣にいろいろな角度で議論されているというようなことも耳に情報として入っておりますが、それが本当であれば、基地移設について本気で考えているのかなとも思うわけですが、ただ、残念ながら19年前から普天間飛行場があのように、1センチたりとも動いていない。そして宮森小学校のあの悲惨な状況を思い起こす場合には、これは本当に身震いをするほど怖い世界一危険な飛行場のもとで9万6,000人の宜野湾市民が生活をしていると、この現実。これを一日でも早く、どう危険を除去するかということも沖縄県民としての大きな課題だというふうに私は思います。ですから基地を移設する、加重負担をなくしていくということについては、これは全く晃議員も、私も同じ捉え方だと思います。ただ手法の違いですよね。どの選択肢を選んだほうが現実的に早く、そして確実に移設ができるかということを考えた場合、今、辺野古の反対運動をされている、大衆運動として一所懸命頑張っておられる県民の皆さんの思いというのは痛いほどわかります。ですからこれはこれとして、大衆運動としてどんどん精力的に沖縄県民の意思を発信していただきたいし、頑張ってほしいと思います。ただ、法律を守らないとまたそこでトラブルが起こったりして、発展していく場合には、また別の解釈に変わっていく危険性がありますので、その辺をお互いしっかりした責任と義務を、権利と義務をしっかりわきまえながら大衆運動としての県民の意思表示は、それはそれで結構だと思います。いろんな意見があって当然ですから。ただ、政治と大衆運動はやはりきちんとけじめをつける、あるいはそういう意識を持って対処しなければいけないということは、やはり政治にかかわるもの、行政にかかわるものとして、これは一緒くたにして、ごちゃ混ぜにして考えてはいけないところがどうしても出てくるんですね。ですから冷静に分析をしながら、大衆運動の大衆の皆さんの意思も尊重する中で政治家として、政治の場にあるものとして、どう解決するか、政治的な解決方法はどの辺にあるのか、これは毎日一所懸命考えております。ですからその辺をぜひ御理解いただきたいと思います。首長の中には現場に足を踏み込んで大衆の皆さんと一緒に行動されている方もおられます。あるいはまた、逆の立場の方もおられます。私は町民の中にも賛否両論があることは皆さん御承知のとおりであるわけでして、その辺を分析しながら、そしてこれからどう対処すべきか。それと新しい知事がきのう、きょうの新聞で強い決意をされるというような記事がありましたが、いよいよ政府と県が対立構図になって、そしてもし泥沼化していくとした場合には、解決策としてはどこにどう進んでいくのか、この辺も非常に気になる、心配の要素であります。ですから推移を見ながら、そして一日でも早く解決できる方法は何なのか、強い決意というのは法廷闘争を意味しているのかなと思いますけれども、その辺はわかりませんが、とにかく解決する方法を選択していければと考えております。



◆上原晃議員

 今、町長からいろいろ御答弁がございましたけれども、私はことしに入りまして、2回の大きな抗議行動集会に参加をしております。先月、2月22日日曜日には、止めよう辺野古新基地建設!県民集会には、本町からも大型バス1台、約50名が参加をし、議会からも5人の議員が参加をいたしました。そして去る3月21日の土曜日には、県内外から約3,900人が結集し、本町からもバス2台、約80名が参加をしております。私が初めて辺野古に行ったのが、平成22年6月定例議会、普天間基地の県内移設の日米合意の撤回を求める意見書の決議を受け、全議員が参加をしました辺野古のテント村でありまして、その後、私自身も10回ほど辺野古を訪れております。そして2012年、平成24年10月14日日曜日に、オスプレイの配備に抗議し、撤回を求める与那原町民大会が開催をされておりまして、私たち議会もこの大会終了後には、普天間基地ゲート前で座り込みの活動を行っております。このときの与那原町民大会の実行委員長は古堅町長であります。このオスプレイの配備に反対する県民大会の決議項目には、普天間の県外、国外移設と県内移設断念も入っております。この意思に基づき、町長も建白書に署名をし、東京要請行動も行ってきたかと思います。私はこのような抗議行動も含めまして、多くの町民、県民が新基地建設に反対している状況を、先ほど町長のお考えを聞いたんですけれども、実際に現地を見て、確認もしていただきたいと。町長が辺野古へ行ったことがあるかどうか、私、まだ確認をとっていないんですけれども、町長はいろいろと公私共々、お忙しいとは思うんですけれども、今までの辺野古のテント村やキャンプ・シュワーブゲート前、連日連夜頑張っている県民の皆さんの姿を見たことがあるのかどうか。そして今後、行く機会があれば行ってみたいというお考えもあるのかどうか、再度、今の町長のお考え、お気持ちをお聞きしたいと思います。



◎町長(古堅國雄)

 辺野古基地について、海上抗議、あるいは基地の前での、ゲート前での反対行動等々、これは新聞でよく存じ上げております。そして私は私なりに、どういう趣旨に基づいてそういう大衆運動があるのか、それも私なりに理解しているつもりです。ですから先ほど申し上げた点は、これは県民の意思として、建白書もそうですね。基地が加重負担の状況を一日でも早く他府県並み、あるいはそれ以上、平和産業に基地跡利用が計画される。そして沖縄の振興につなげていただきたいという思いは一つでありますので、ですからそういう思いの中で私が申し上げた大衆運動と政治をごっちゃにすべきではないと、これははっきり冷静な目でやっぱり検証をして、そして政治家としてどう行動するかということは、政治家に与えられた大きな責任でもあるし、義務だと思っております。ですから大衆運動に参画するしない、それはそれぞれの考え方、それぞれの判断に基づいて当然やっていると思いますので、私は今の大衆運動が行われている状況というのは、それは情報はしっかり分析しながら捉えておりますので、これが即行動に移すというようなことではないと受けとめております。政治の場にある者としてどう判断するか、これは今の政府と沖縄県の構図、そして現在進行形できのう、きょうのあり方、そういう中で私が今大衆運動に組みして行動はすべきではないというふうに現段階では判断しております。



◆上原晃議員

 私は、町長にはテレビのニュース、新聞報道とかではなくて、実際に現場を見てもらいたいという、期待をしていたんですけれども、はっきりした答えが出なかったのは残念ではあります。進めてまいります。

 ?の日本政府の沖縄県に対する不誠実な対応、沖縄差別、構造的差別についてお伺いをいたします。来る3月29日日曜日には、本町でも不発弾処理が行われる予定であります。そして上の森公園周辺は通行どめになります。これは戦後70年も基地被害に苦しめられてきた沖縄、日米の軍隊が沖縄の地に降らせた砲弾の犠牲は、戦後70年たった現在でも収束の見通しがなく不発弾に怯えていると。最近では米軍機からの部品落下が毎月のようにあると、沖縄県民は一体いつまで米軍、米兵の事件、事故に苦しめられるのか。世界一危険な普天間基地は当然早急に閉鎖、撤去すべきであって、なぜ県内辺野古移設なのか。総理大臣や各大臣たちが言ってきた沖縄県民には丁寧に説明し、理解を求めていくというあの言葉は一体何だったのか。それどころか県民の民意を無視し、県知事にも会わない、これが民主主義国家の日本なのか。地元の意見、考え、話し合いもないまま政府の圧力で工事が進められていく強硬な日本政府のやり方は絶対に許されるものではないと多くの県民の意見であります。私にも全く理解ができない辺野古の状況を町長はこのような、日本政府の対応についてどのようにお考えでしょうか、お聞きします。



◎町長(古堅國雄)

 繰り返すようですけれども、辺野古のあの現場で抗議行動が行われているということが大々的に報道されておりますし、また晃議員からもらった資料もしっかり見ました。ですからそれはそれとして、それぞれの意見、それぞれの立場からの発言、あるいはニュース等々に掲載されていることもよく承知しております。ですから政府の強硬な取り締まりとかというような表現があったり、あるいはまた県の大衆運動の先陣を切って激しい抗議行動をしておられる皆さんの行動がその現場がどうであったのか、本当に法律を守った形で抗議行動が行われたのかどうか。それはその瞬間の出来事でありますし、これはもう私が知るよしもないんですが、そういう意味ではそれぞれの立場で、それぞれの考え方で意見が対立しているということは、これは非常に残念なことだと思います。お互いに尊重し合う中で誠意を持って話し合って解決できる方法があれば、それが一番いいと思うんですが、ただ今のような政府と県との対立した形、それぞれの立場からの主張、そういうものでどこかで落としどころがあって、お互いに理解し合って、協力し合えるということがあれば幸いだと思いますが、これも非常にハードルが高いのではないかなと。いよいよ強い決意で新知事も対応されるという報道もありましたので、これからどう展開していくのか。これはしっかりと冷静に、一時の感情に流されずに、沖縄の将来のためにどの選択肢が一番ベターなのか、ベストなのか、私は町民の立場からしても、町益に損なうようなことがあってはいけない。あるいは沖縄県民としても沖縄の将来がいい形で進む方向を望むものである一人でありますので、冷静に確認しながら、推移を見ながら対応していきたいと考えております。



◆上原晃議員

 米軍普天間基地の移設を名目に安倍政権が強行的に建設を進めている状況であります。地元であります名護市長の施政方針では、民意を無視した行為と批判し、知事とともに県内外、国外に、沖縄に置かれた不条理さを訴え、訪米要請行動などにあらゆる手段を用いて新基地建設阻止に断固取り組むと表明をしております。地元の稲嶺名護市長の言葉に、ナランセーナラン、ガッティンといつも言っている言葉があります。私もまさにそのとおりだと思っております。そして翁長知事も県政運営方針の中で、県民の期待に沿うべく、公約の実現に向けて全力で取り組むと決意を表明し、県内全41市町村長が署名した建白書の精神に基づき対応する考えを示したと。辺野古に新基地をつくらせないということを県政運営の柱にし、普天間飛行場の県外移設を求めるとの強い決意を示したとのことでありまして、また6月23日の沖縄全戦没者追悼式、慰霊の日に読み上げる平和宣言に辺野古の新基地反対と県外移設要求を盛り込む方針を明らかにしたとのことであります。2日前の23日には、先ほども町長からございましたけれども、作業の停止を指示し、続行なら取り消しの大きな決断をしております。古堅町長も平成27年度の所信表明の中に、戦後70年を迎える本年、さらなる町民に対する意識の向上と反戦の心を風化させないために、与那原町民平和の日、慰霊の日の企画展の充実を図り、平和教育へ取り組んでまいりますとあります。私は昨年の県知事選以降、町長の考えにも変化があるのかということでいろんな質問をしておりますが、町民の平和を守るためにも県知事とともにオール沖縄、建白書の実現に向けて取り組んでいただきたいと期待もしておりますが、再度同じような質問になるかもしれませんが、お答えをいただきたいと思います。



◎町長(古堅國雄)

 同じ答弁になるかもしれませんけれども、私は町長として、大衆運動と政治のきちんとした区別というのは、非常に大事なところだと認識しておりまして、町民の平和、安心して暮らせるまち、沖縄県あるいは日本国が二度と戦争を起こしてはいけないということについては全く同感です。これは何も違うところはありません。私も戦争の体験、戦前の生まれですから話も先ほどしたとおりでありますので、二度と戦争を起こしてはいけないという覚悟は非常に強いものがあります。ですからこそ、基地の縮小、あるいは危険性、私はまた逆にこういうことも考えてしまいましたね。きのうもフランスの飛行機が墜落して何百名の人間が犠牲になりました。ああいう旅客機というのはもう、99%安全が確保されているという認識がある中で飛行機事故というのはいつどこで起こるかわからない。もし普天間飛行場で、航空燃料を満載した輸送機が墜落という最悪の場合が起こった場合に、私はどう説明するんだろうと、一瞬自分自身にも問いかけたい気持ちになりました。ですから、これはもう基地をなくす、戦争をしてはいけないということについては全く同感であります。ただ、繰り返すようですけれども、どの選択肢が正しくて、どの選択肢が間違っているということは今の段階では言えない。これは世論に訴えて、日本国民、全世界に訴えて沖縄の基地を県外、国外に移設するという、この実現する方法として、これはいつできるのかなというところになると19年も前から普天間基地は、ああいうぐあいに危険な基地は一日でも早く移設しなければいけないと言いながらも19年たちました。これから移設するのにどういう手法があるのかと考えてみた場合に、その間にあと10年かかるか、20年かかるか、50年かかるかわかりませんけれども、万が一の事故があった場合にはどう説明がつくんだろうなというところも、私は非常に大きな心の重荷として感じざるを得ないというのが正直な気持ちです。ですから少しでも前に進めていく、あるいはオスプレイもそうですけれども、建白書の理念は今も変わりません。これはもう41市町村長が署名したあの思いというのは変わりません。ですから、ただ今、目の前の選択肢でどれを選択するかということで県民が二分されている。意見が賛否両論に分かれているということであって、基本理念は戦争を起こしてはいけませんし、基地をふやしていけないということでは全く変わっておりません。



◆上原晃議員

 報道の責務は強権監視であるということで、あるジャーナリストのお話をさせていただきたいと思いますが、住民同士を闘わせて、疲弊をさせてしまう。いわゆる分割して統治せよの鉄則である。次に札束でほっぺを引っぱたく。そして3つ目は抵抗する者のトップを逮捕、拘束して処刑したり拷問にかける。これは植民地支配において欧米各国や日本がアジアで、アフリカで、南米で実践してきたことである。なぜ戦後70年の今、現在、日本政府が沖縄でやっていることはまさにこれではないか。日本政府にとって、いやもっと言えば本土にとって沖縄は植民地なのか。植民地支配で忘れてはならないのは言論統制である。だからこそ私はここで沖縄のメディアにエールを送りたいと思っている。沖縄のメディアと沖縄県民の皆様に私の大好きな言葉を贈りたい。嵐が強ければ強いほどたいまつは赤々と燃え上がる。これはテレビニュースでおなじみの大谷昭宏氏の言葉であります。そしてもう1つ、過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目となる。非人間的な行為を記憶しようとしない者は再び同じ過ちを犯す。これはドイツの元大統領、ヴァイツゼッカー氏が演説した言葉だそうです。私も日本政府に対しては決して屈しない、決して許さない、決して諦めないの心を一つにして賛同する多くの町民の皆様とともに、今後も行動していきたいと考えております。時間の都合上、次に進めてまいります。

 それでは大きな2番の学校教育についてでありますが、小中学校での総合学習の一環として、平和学習についてはどのように取り組んでいるのかお伺いいたします。この件につきましても、昨年の9月に一般質問の中で取り上げておりますが、その後、どのように進められ、今後どのように取り組んでいくのかお聞きをいたします。



◎教育指導主事(當間保)

 上原晃議員の2点目の御質問、小中学校での平和学習の取り組みについて答弁いたします。小中学校の平和教育は、生命の尊重、個人の尊厳を基本として、本県の歴史特性に基づきながらも過去の戦争について学ぶだけではなく、人権や命の大切さなどについて考える特別活動や道徳の重要な項目の一つとして、年間指導計画に位置づけ、意図的、計画的に取り組んでいます。具体的には道徳や特別活動だけではなく、社会見学で訪れた平和祈念資料館について総合的な学習の時間でさらに学習を深めて、新聞や平和劇にまとめて発表したり、町の平和企画展の参観や戦争体験者の声なども毎年行われております。また前回、上原晃議員から御提案のあった対馬丸記念館についても、昨年10月の校長、教頭事務局連絡会の中で子供たちが平和について考える貴重な教育施設ということで案内し、各学校での利用について御検討いただいています。ことしは戦後70年の節目に当たり、さまざまな社会情勢の中で今後ますます児童生徒一人一人が正しい判断力を身につけることのできる平和教育を推進する必要があると考えています。以上です。



◆上原晃議員

 なぜ今回もこの質問をしたかと申しますと、私たちの住んでいます江口区の評議員会で毎年研修があるんですけれども、今回、お隣、南風原町の文化センターと南風原のごうですか、20号壕というごうの中を視察してきました。皆さんも既に行かれた方も御承知かと思いますが、こんなに近くに平和学習ができるすばらしい施設があるということは、私、勉強不足でわからなかったものですから。文化センターは以前に行ったことがあるんですけれども、今は新しい場所に移されまして、すばらしい施設ができております。そして昔懐かしい多くの民具があり、戦争についての資料もたくさん展示されております。このようにごうも70メートル、暗闇の中、初めて入りまして、水もない、戦争中で食べ物もないとガイドから説明も聞いて、すごく胸が痛い思いもしたんですけれども、本町の子供たちも戦争の悲惨さ、命のとうとさについて、糸満の平和祈念資料館もそうなんですが、今、指導主事からありました対馬丸記念館ですね、このようにいろんな施設があると思うんですけれども、修学旅行等でも本土の長崎とか広島へ行かれていると思うんですけれども、近くに、沖縄県内にもいろんな学習方法があると思いますので、学ぶ機会、その辺を再度、教育長ありますか。



◎教育長(當山健)

 上原晃議員の御質問にお答えいたします。戦後70年の節目を迎えております。大変、戦後70年という中で平和学習の重要性が再度問われておりますので、今、上原議員から御提案のありました南風原町のごうとか、文化センターも含めて、学校の教材等も含めて、総合的に平和学習について学校、教育委員会を含めて検討させて、よりよい平和学習ができるように努力していく所存であります。



◆上原晃議員

 ぜひ、近くにこのようなすばらしい学習できるところがありますので、今後も、子供たち実際目で見て、足を運んで確認して、実感していただきたいと思います。今後も取り組んでいただきたいと思います。

 それでは?の宮古島市の速読の時間導入、学力向上で島おこしの取り組みについてどのようにお考えなのか。これは去る2月23日から24日までの2日間、政務調査視察研修ということで議員9名と岡教育課長も同行しまして、先進地であります宮古島市で研修を行ってきております。速読の時間導入は、沖縄本島の小中学校ではまだどこもされていないということも、学校は取り組んでいないということも聞いておりますし、宮古島市が初めてだというお話も聞きました。ここで本町の学力向上について、速読について同行しました岡課長がどのようにお考えかお聞きしたいと思います。



◎学校教育課長(岡剛)

 議員の皆様こんにちは。それではただいまの上原晃議員の御質問にお答えいたします。宮古島市における速読については、私も現地視察に同行させていただき、実態を把握することができました。速読の効果については、資料等の御提供もいただき、一定の効果が見られるということも確認をいたしました。しかし、宮古島市における速読の取り組みにつきましては、魅力ある学校づくりという大枠の中での事業となっており、38小中学校のうち12校が速読を核とした魅力ある学校づくりに取り組みたいというふうに取り組んでいるという実情もお聞かせいただきました。そういった中では、私の今の考えといたしましては、今後与那原町における教育活動として速読を取り入れるかについては、まずは学校への説明、そして学校へ理解を求めること。そして協議を経て検討していきたいと考えております。また、学力向上で島おこしにつきましては、こちらも資料でいただきましたが、研修等を誘致してその中で速読を活用していくということで島おこしを目指していきたいというような御説明も受けました。そういった児童生徒だけではなく、経済活性化にまでつなげる考えというのは非常にすばらしいものがあると考えております。それが本町において、速読で何かの企業研修を誘致するであるとか、スポーツキャンプと融合して進めるかということについては、また与那原町における状況もあろうかと思いますので、こちらのほうにつきましては企画観光課のほうにも速読の効果等、そういったものも提供していきたいと思っています。ただ、島おこしそのものについては、町長、教育長がふだんからおっしゃっております人材育成と通ずる理念があると考えておりますので、学校教育を通しての人材育成、それがひいてはまちおこし、それにもつながっていくような状況をまた、環境を整えていきたいと考えております。以上です。



◆上原晃議員

 以前に秋田県にも研修へ行きまして、いろんな先進事例の、宮古島もそうなんですけれども、いろんな学習方法があると思いますので、ぜひこの辺の先進地を参考にして取り組んでいただきたいと思います。私が今回、この宮古島市の研修に参加しまして、特に印象に残っているのが、2日目に行きました上野中学校での速読トレーニングの授業でありまして、子供たち、生徒たちの目が非常に輝いておりまして、一人一人が楽しそうにパソコンのモニター、画面と闘っていると申しますか、自分との闘いに真剣に取り組んでいる姿が非常に印象に残っております。その上野中学校では、俳句、五七五の俳句が全国大会でも優秀な成績をおさめておりまして、そしてこの速読導入の効果と申しますか、影響も出ているのではないかという校長先生のお話もございました。ぜひ今後また、本町の子供たちの学習向上にも取り組んでいただきたいと思います。

 あと1つ、気がついた点がありまして、この上野中学校の女生徒の制服を見まして、与那原中学校に似ているなと感じたんですけれども、先日、与那原中学校の卒業式、たまたま私のそばに東浜の自治会長が座っておりまして、この自治会長に宮古島に研修へ行ったよと話を申し上げたら、私も上野中出身ですと、そういう話になりまして、女生徒の夏服、冬服、全く与那原中と一緒らしいです。岡課長知っていましたか、気づかなかった。これは確認とりましたので間違いないと思います。この辺の偶然かもしれませんけれども、つながりがあったということで自治会長ともいろんな話をしまして、そして上野中学校の校長室のそばと申しますか、玄関入り口のほうにおもしろい言葉が張られておりました。これは識名議長がちゃんとメモして、自分に生かすようにと言われましたので、自分はメモしていなかったんですけれども、これは山口議員の写真をコピーしてもらいました。これを皆様にひとつ御紹介申し上げます。一生懸命すれば知恵が生まれ、生半可にすれば愚痴を言い、いい加減にすれば言いわけをすると。これは子供たちだけじゃなくて、私も含めて、ここにいる皆さん、大人たちにも言える3つの言葉だと思います。ひとつ皆さん認識しましょう。私も含めてやります。以上で一般質問を終わります。



○議長(識名盛紀)

 以上で上原晃議員の一般質問を終わります。

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○議長(識名盛紀)

 以上で本日の日程は、全部終了しました。

 本日は、これで散会します。

 なお、明日は午前10時から会議を開きます。御苦労さまでした。

午後2時59分 散会