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沖縄県 宜野湾市

平成11年  9月 定例会(第264回) 09月24日−03号




平成11年  9月 定例会(第264回) − 09月24日−03号









平成11年  9月 定例会(第264回)



     平成11年第264回宜野湾市議会定例会会議録(第3日目)

                           午前10時00分(開議時刻)

                平成11年9月24日(金)

                           午後5時06分(散会時刻)

1.出席議員(29名)

    議席番号  氏名      議席番号  氏名

      1  桃原 功       2  新垣清涼

      3  知名定光       5  伊波一男

      6  仲村春松       8  島袋亀次

      9  呉屋 宏      10  伊佐光雄

     11  屋良朝秀      12  宇江城昌健

     13  上江洲安儀     14  大城政利

     15  恩河徹夫      16  呉屋 勉

     17  伊佐敏男      18  上地安之

     19  澤岻安政      20  玉那覇 繁

     21  我如古盛英     22  伊波廣助

     23  伊佐雅仁      24  知念吉男

     25  知念忠二      26  伊波善雄

     27  前川朝平      28  佐喜真祐輝

     29  又吉清義      30  平安座唯雄

     31  天久嘉栄

2.欠席議員(なし)

3.欠員(2名)

4.説明のために出席した者

      職名     氏名        職名     氏名

    市長      比嘉盛光     助役      宮城 章

    収入役     當山盛保     教育長     高宮城 昇

    水道事業管理者 米須清信     総務部長    喜瀬昭夫

    企画部長    崎間興政     市民経済部長  石川幸栄

    福祉部長    多和田真光    土木建築部長  我如古善一

    都市開発部長  仲村春英     基地政策部長  具志清栄

    教育部長    島袋正則     指導部長    長浜勝廣

    消防長     神里常厚

5.議会事務局出席者

      職名     氏名        職名     氏名

    事務局長    大城清政     次長      桃原正秀

    庶務課長    長嶺 健     議事係長    松川正則

    主任主事    瀬名波 稔    主任主事    新城康子

6.会議に付した事件は議事日程第3号の2終了後、議事日程第3号を会議に付した。

               議事日程第3号の2

          平成11年9月24日(金)午前10時開議

 日程第1 農業委員の推薦について

               議事日程第3号

              平成11年9月24日(金)午前10時開議

 日程第1 一般質問

   (1) 桃原 功       (2) 平安座唯雄

   (3) 新垣清涼       (4) 又吉清義

   (5) 知名定光



○議長(天久嘉栄君) おはようございます。ただいまから第264回宜野湾市議会定例会第3日目の会議を開きます。(開議時刻 午前10時00分)



○議長(天久嘉栄君) 日程打ち合わせのため暫時休憩いたします。(休憩時刻 午前10時00分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午前10時04分)

 本日の日程は、お手元に配布してあります議事日程表第3号の2から進めてまいります。

 日程第1.農業委員の推薦についてを議題といたします。

 本件については、議長において指名したいと思います。これに御異議ありませんか。

          (「異議なし」という者あり)



○議長(天久嘉栄君) 御異議なしと認めます。よって、議長において指名することに決しました。

 農業委員に野嵩1丁目33番10号宮城康吉君、伊佐3丁目10番17号伊佐貞信君、大謝名3丁目9番24号嘉手納良幸君、字佐真下3番地の2仲村清吉君、宜野湾1丁目6番7号宮城正松君、以上5名を指名いたします。

 お諮りいたします。ただいま議長において指名いたしました5名を農業委員に推薦することに御異議ありませんか。

          (「異議なし」という者あり)



○議長(天久嘉栄君) 御異議ありませんので、ただいま指名いたしました宮城康吉君、伊佐貞信君、嘉手納良幸君、仲村清吉君、宮城正松君、以上5名を農業委員に推選することに決しました。

 以上で、議事日程表第3号の2は終了いたしましたので、これより議事は議事日程表第3号により進めてまいります。

 日程第1.一般質問を行います。一般質問は時間の制限をいたします。質問時間は答弁を含めないで1人25分以内といたします。1番 桃原功君の1から2の質問を許します。桃原功君。



◆1番(桃原功君) 皆様、おはようございます。本議会最初の質問者の市民クラブの桃原功です。

 質問の前に昨日までに沖縄地方を直撃した台風18号で多くの損害が発生したことと、そして被災者の方々には衷心よりお見舞いを申し上げます。

 では、議長より許可を得て質問してまいります。最近の宜野湾市議会の動向は、普天間基地問題を中心に内外が注目するところであり、市長にも革新首長としてまた明快な答弁をお願いしたいと思います。最初に基地行政の普天間基地の移設先問題について、お尋ねいたします。この普天間基地問題の本質は、住民生活と隣り合わせの危険この上ない施設の撤去と、市長がいつも主張するとおりの認識であり、このことは市民は当然のことながら県や国におきましても共通しており、それに異論を唱える人はいないはずです。しかしながら、SACOに基づく返還はこの小さな沖縄に、それも全国の基地の75%が集中する沖縄に、さらなる負担を押しつけるものであり、この問題解決に対して政府は振興策というアメで県民同士を対立させ、問題の本質をすりかえています。これまでも、そしてこれからも変わらぬアメとムチの政策に私たちは甘んじて受けなければいけないのでしょうか。

 本市においては、去った8月21日の臨時議会におきましても、県民とかけ離れたところで日本政府のシナリオを進めるSACO合意に基づく普天間基地の県内移設容認の決議が採択され、市内に混乱を招いたことは議員の一人としても重責を感じ、非常に残念な結果となったと言わざるを得ません。なぜならこの県内移設容認決議は、宜野湾市民の安全のために名護の市民が犠牲になっても構わないという決議になるのです。普天間で危険なものは名護に持っていっても危険なはずです。だからこそ名護市民は一貫して基地の移設に反対してきたのです。

 2回の市民総決起大会、そして97年12月の市民投票、各種世論調査で名護市民、沖縄県民の意思は明確であり、既に決着のついた問題です。このような結果が出ているにもかかわらず、国は県民の頭ごなしにはしないと言っていますが、これを頭ごなしと言わず何といいましょうか。50年以上も基地に苦しめられ、この小さな島のどこに新たな基地建設ができるというのでしょうか。普天間基地は危険この上ない基地であるからこそ返還されるべきものであり、県内移設に反対するから普天間基地は返還されないというのは筋違いな話です。県内移設に反対することは至極当然のことであり、SACO合意により県外移設を封じ込め、県内移設に反対することを言わせないようにすることこそが責められるべきものであります。

 また、普天間基地と同じ条件で返還合意から25年たっても動かない那覇軍港は、県内移設という条件がネックになって、いまだに動かないことを忘れてはなりません。国と県は経済振興と絡めて基地問題との選択を迫るような、これまでの基地政策の域を出ないのであれば、県民世論を分裂させ、かえって問題の解決をおくらせるだけです。

 以上のことから、県内移設では沖縄の基地問題解決策にはならないことと、残念な結果となった先の本市議会の県内移設容認を受けての市長の御見解をお聞かせください。あとは自席から質問してまいります。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) おはようございます。おとといからきのうにかけて吹き荒れました台風につきましては、本市でも公共施設等、あるいは道路冠水、住民地域における床上浸水等、多大な被害を出しました。目下、各部署でその被害状況を調査中ということを御報告申し上げます。

 さて、今議会の一般質問で12名の方々が普天間飛行場問題、返還にかかわる移設先等を中心に御質問を承っております。ただいまも冒頭、普天間基地問題、特にSACOと移設先を中心に御質問を承っておりますけれども、この件につきましては10名の方々が取り上げておられますので、冒頭でございますが、少し時間をいただきまして私の基本的な考え方を申し上げて、後にかかる同問題に対する質問に少しでも御理解いただければと思う次第でございます。

 まず、普天間基地移設についてでございます。基本的事項として御説明申し上げます。平成8年9月18日地元紙で、時の橋本総理の報道された内容でございます。特に基地にかかわる部分だけ要点申し上げます。県民に対するあいさつ文全部が掲載されましたけれども、その中で特に基地に触れられた分については、基地にかかわる事項のみ申し上げますと、米軍施設区域の約75%が日本の国土面積のわずか0.6%しかない沖縄に集中し、沖縄県においては、米軍施設区域が県土の総面積の約10%、沖縄本島の面積の約20%を占め、住民の生活環境や地域振興に影響を及ぼすなど、沖縄の方々に長年にわたり大変な負担をお願いしてきた。政府としてはその負担を少しでも軽減するため日米特別行動委員会SACOを設置し、整理、統合、縮小に努力してまいりました。SACOの中間報告が実現すれば、普天間飛行場の返還など11施設、区域、面積にして約20%相当が返還されるなど公表されました。また、平成8年12月2日公表されましたSACO最終報告も、冒頭、両国政府は沖縄県民の負担を軽減しと前置きをし、沖縄県における米軍施設及び区域の整理、統合、縮小しとされています。結びとして、沖縄県における米軍施設の施設及び区域の総面積の約21%相当、5,002ヘクタールについて返還するとされています。

 このことから私は、日米両国政府は沖縄県における基地問題について整理、統合、縮小の方向性を明確に表明したものと理解をしております。統合という表現は別としましても、普天間飛行場は481ヘクタールという広大な面積を有する基地であります。少なくとも整理、縮小という方針からすると、普天間飛行場の移設先を考えるとき、県内移設はあり得ないという理論から、基本的に県内移設による問題解決にはならないという立場をとってきたものでございます。普天間飛行場は平成8年4月12日、日米両政府で返還が合意されて、早くも3年5カ月が経過しました。移設先が決まらず結論を見出せないままに事態が推移し、結果としてなし崩しとなり、そのまま居座ることを最も危惧するものであります。

 普天間飛行場は、本市の市街地の中心部、市域の4分の1を占めていることは御承知のとおりでございます。基地機能を維持する上で訓練はつきものであります。各地域での演習場から当然のこととして帰還するのは普天間飛行場であります。普天間飛行場所属のヘリの事故について、復帰後実に27年間に28件もの不時着、墜落事故等が発生しております。このような危険な基地を取り巻く形で8万4,500の市民が生活を余儀なくされており、宜野湾市民は日常的に普天間飛行場による生命と財産の危機に直面にしているのが実情でございます。万が一、市街地の上空でヘリ事故が発生した場合、大惨事となることは容易に想像されるところでございます。行政の長としてその辺にあるもの、市民の生命、財産を守ることは最も重要な職責であると常々認識をしております。市民の上にのしかかる危機を取り除くことは一刻も猶予されるべき問題でなく、その解決に向けて最重要課題として対応すべきものと改めて自覚をするものであります。

 こうして、移設先問題で現在、解決の方向性が見えず、その矢先いつ何どき事故が発生するかもしれない現実に、万が一事故が起こったとき、一体その責任はだれが負うのか、かかる事態を危惧しながら、黙然と見過ごすことの重大さを改めて痛感するものであります。

 普天間飛行場は、昭和20年米軍占領と同時に米軍基地として収用、整備されたものであり、沖縄の本土復帰に伴い日米地位協定によって国の提供施設として現在に至っているものであります。本市は普天間飛行場について出て行ってもらうほうであり、移設先について当事者でないと考えるわけでございます。国の提供施設であり、移設先については言及すべきでなく、その立場にもないという基本的考えを持っております。県民、地域の合意が得られ、国と県が十分に協議をし移設先を決めてもらえれば、これに越したことはないと考える次第でございます。

 以上、答弁申し上げて、また質問にお答えいたします。



○議長(天久嘉栄君) 桃原功君。



◆1番(桃原功君) 革新市長として、もう少しきちっとした御見解をいただきたかったのですけれども。危険な基地を抱える自治体の長としての立場も窮するものがあり、ある程度お気持ちも察します。しかし宜野湾の安全と名護の危険な基地との比較も、そして宜野湾の経済振興と名護の危険な基地との比較も、どちらも天秤にかけることなどできるはずもなく、危険な基地を押しつけることはできません。ちなみにこのSACO、米政府が想定している本島東海岸沖での新基地はどのような基地なのか、少し明らかにしておきたいと思います。

 SACO最終報告には、普天間飛行場の条件として普天間飛行場の現有機能と能力の維持とあります。ところが米政府が想定している本島東海岸沖での新基地は、普天間基地の現状維持ではなく、戦力機能をはるかに上回る巨大な最前線基地として建設されようとしているのです。そのねらいは何なのか、それはSACO最終報告のあとに、97年7月にアメリカ国防総省から出された海上施設普天間飛行場移設に関する機能分析と運用構想に、米軍の意図と恐るべき実態が書かれております。表紙にはMCAS普天間リロケーションとあり、つまり普天間飛行場基地の再配置ということですけれども、その資料の表紙を飾っている姿こそ米軍が新基地に配備しようとしているMV22オスプレイなのです。このオスプレイを配備する新基地建設、これがSACO最終報告のねらいだと思います。

 その文中でも、海上施設は新しい使命、つまりオスプレイ配備及び海上施設からの作戦展開という特別の要求をこなせなければならないと述べています。このオスプレイは、これまで米海兵隊が使用してきた輸送ヘリとは全く性格が違うということです。その最大の違いは速度と航続距離です。速度が速く航続距離の長いオスプレイは海兵隊員を乗せて陸上の拠点から自力で戦場に飛んでいけるし、飛行場のない場所でもヘリ方式で着陸ができると。つまり沖縄からだと朝鮮半島も台湾もその自力展開の範囲内にすっぽり入ってしまうのです。そして、佐世保基地の強襲揚陸艦に沖縄の海兵隊を搭載して戦場に出撃するという形態から、沖縄の海兵隊を新基地でオスプレイに搭載して、直接戦場に出撃するという形態に転換することになります。

 海兵隊がなぜこのオスプレイの導入を求めているかは、在沖海兵隊機関誌「沖縄マリン」で次の言葉に示されています。オスプレイは現在のCH46Eヘリの2倍も早く、3倍の積載能力を持ち、5倍の航続距離がある。つまり米軍は敵の脅威の届かない距離から極めて迅速に戦力を投入することが可能となるわけです。また、配備されるのはこのオスプレイだけでなく、国防総省の文書にはヘリコプターだけでなく、固定翼機のために転用できる飛行場でもあるとまで書かれています。さらには、米軍はオスプレイの最初の飛行隊を2001年に配備し、最終的には360機を調達する計画を立てています。

 次に、このオスプレイの安全性の面ですけれども、試作の4号機、5号機が相次いで墜落し、7名の死者を出しております。速度と航続距離を大きくするというオスプレイの構造と安全性などはどだい両立しないのです。これはオスプレイに限らず軍用機一般に言えることですけれども。いったん有事になれば新基地はこの危険なオスプレイが殺到して戦場へ出撃することになります。300機を超える危険きわまりないオスプレイが昼夜問わず出撃する。普天間基地など問題にならないほどの戦力、機能を備えた戦場と直結した最新鋭の最前線基地、これが日米両政府によって名護に押しつけられようとしている新基地の正体なのです。

 そして、米軍の本音はその文書の中にもこう書かれています。普天間飛行場の移設に伴って海上施設を必要とするのは、普天間の代替ということではなくて、作戦運用面からの要求に基づくものである。ということは、普天間基地以上に作戦運用面上のメリットのあるところに、米軍が新基地を求めてくるのは当然のことです。このことから、米軍はどうしても北部に新基地が必要となってくるわけです。つまり、キャンプ・シュワブやキャンプ・ハンセンと直結した新基地を建設することによって、新基地の機能をより強化したいというのが米軍の真のねらいです。そうするとどうなるか、山原全体の米軍基地化につながります。すなわち在沖米軍の大半が名護を中心とする山原に集中することになります。これを許せば基地被害の里、山原が実現することは明らかです。これは21世紀の沖縄を運命づけてしまいます。山原がそうなっても構わないのでしょうか。県内移設を容認するとそのようなことになるのです。どうでしょう、市長、所見をお願いいたします。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。冒頭申し上げましたとおり、基本的に沖縄県内における基地の方向性については、日米両政府も整理、縮小、統合ということも入っておりますけれども、うたわれております。その辺を踏まえて十分移設先についても国、県で話し合いをしていただきたいというのが主張でございます。移設先について申し上げますと、宜野湾市普天間飛行場につきましては、強制的に収用された施設であること、そして54年間もこの基地の重圧に苦しんできて、危険ということで、まず市民は四六時中隣り合わせた生活を強いられてきた。今度は生活環境面では教育関係で騒音からくる学校教育環境の問題、そして生活環境の問題、そして経済振興の上で街づくり全体の大きな問題が、普天間飛行場があるゆえに、これは見えない形で大変な損失を被ってまいりました。さらに、今日、返還ということが決まりまして、返還の移設先まで、当事者として普天間飛行場がある首長にその移設先を含めて解決を見ないと移設しませんよということは道理上当たらないと、従いましてSACOの、そして両政府が発表された基本線に沿って、県、そして国、地域の方々の合意を得られる形で移設先について取り決めてもらいたいということを申し上げているわけでございます。以上です。



○議長(天久嘉栄君) 桃原功君。



◆1番(桃原功君) 少し質問のちょっと角度を変えてみますけれども、普天間基地返還に向けての主な経過を少し確認していきたいと思います。96年4月に日米両政府が普天間飛行場を5年から7年以内に全面返還と発表。そして、同年9月に嘉手納基地内に代替ヘリポート案提示、県、市町村が反対。同じく9月に嘉手納弾薬庫内に代替ヘリポート案提示、同じように県、市町村反対。そして、10月にホワイトビーチに代替へリポート案提示、県、市町村反対。そして、11月、キャンプ・シュワブに代替ヘリポート案提示、名護市反対。そして、96年の12月にSACO最終報告で代替へリポートは沖縄本島東海岸沖と想定されました。そして、1年後の97年12月、海上ヘリ基地の是非を問う名護市民投票で、ヘリ基地建設反対派が賛成派を2,372票上回ると、そして同年12月、比嘉名護市長が橋本首相と会談、投票結果を覆して海上基地を受け入れ、責任をとり辞職と。明けて98年2月、大田知事、県として海上ヘリ基地建設に反対表明。同年2月、名護市長にヘリ基地建設推進派が擁立した岸本氏が当選、岸本氏は知事の判断に従うと明言、そして98年11月県知事選で海上ヘリ基地ではなく、北部陸上軍民共用空港建設を公約した稲嶺氏が当選。そして、ことしの2月に与勝半島地先埋め立て軍民共用飛行場案提示、与那城町が反対、そして3月に津堅島ヘリポート案を提示、同じように町が反対と。

 このように、名護市に限らず、もちろんのこと県民は基地は要らないと言っているのです。県内どこも受け入れるところはないのです。しかし、我々県民に示された選択肢は県内移設という限られた範囲のものでしかない。県内移設という選択肢は一つしかないために、必然と基地移設反対となるのです。なぜ県外移設という選択肢はないのか、一つしかない選択肢はおかしいと思いませんか。この重要な時期にそういう選択肢を狭めてはならないのではないのでしょうか。

 アメリカ本国以外では唯一師団規模で配備されている沖縄の海兵隊は、全体が有事即応部隊とはいえ、実際に即応能力があるのは約3,000人に過ぎないと言われています。にもかかわらず約1万7,000人の海兵隊が常駐するのは合理性がなく、わがままです。これは日米地位協定と日本政府の思いやり予算によって手厚く保護されているためです。確かにアメリカ側が言うように、現在の東アジアの情勢を考えると、グアムやハワイに移すことは難しいかもしれない。しかし、だれが見てもぜいたくに造られた嘉手納基地や部隊の配置などを具体的に見直さず、県内移設に固執するのはどうか。日米両政府とも海外への移転も含め真剣に沖縄の基地の削減を考えているとは思いがたい。SACOもそこは避けて通っており、選択肢としては県外移設もまだ生きていると思います。

 あの95年の米兵による少女暴行事件が起こったとき、戦後50年たっても全然変わらない現在の状況と、私自身も含め何もできなかったむなしさと、少女への申しわけなさが一気に爆発しました。大田前知事はまず少女への謝罪をしました。行政の長として何もしてやれなかったことを悔いておりました。しかし、日本政府の謝罪はいまだに聞いたことがありません。一人の少女も守れなくて国防と言えるのでしょうか。いま一度考える時期に来ています。

 もう一度市長に確認しますけれども、これまでのように県内移設という一つの選択肢だけでは普天間基地は動かない。そのために市内移設案なども出てきてしまうのです。そのように妥協するのではなく、県内では動かないから県外移設をと、国、県、またアメリカ政府に要請をする必要があると思われますけれども、要請をされたことはありますでしょうか。もしなければその予定はありますでしょうか、市長の御答弁をお願いします。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。まず、普天間飛行場問題とSACOの関係でございます。もう既に御承知だと思いますが、平成8年4月15日に普天間飛行場は沖縄に関する特別行動委員会、SACOにおいて公表されたわけです。このSACOでございますが、中間報告は平成8年4月15日になされているということは御承知のとおりです。その内容でございます。中間報告の内容は、普天間飛行場につきましては、5ないし7年以内に十分な代替ヘリポート施設が完成した時点で返還するとなっております。そして、平成8年12月2日、SACOの最終報告が出されました。

 出される背景でございますが、もちろんSACOは日米安全保障協議委員会へ最終勧告案を提示するわけです。その4月15日に出された中間報告が日米安全保障協議委員会へ提示されております。出席された当時の池田外務大臣、久間防衛庁長官、ペリー国防長官、モンデール大使等で、平成8年4月15日にSACO中間報告として出された内容について検討されております。その内容、中間報告を中心に出された結論が、例の平成8年12月2日に出てきました最終報告でございます。その内容に三つの条件が普天間飛行場返還についてはつけられたということは、御案内のとおりです。

 まず、読み上げますと、1点目がヘリポートの嘉手納飛行場への集約でございます。2点目がキャンプ・シュワブ内へのヘリポートの建設でございます。3点目が海上施設の開発及び建設の検討でございます。この3点が正式には今SACOの中で行政行為として私としては生きているものと考えております。それを受けて今まさしく移設先については国、県で検討していると、加えて後の県知事における公約に基づくものも併せて検討していただいているという考えでございます。

 また、普天間飛行場の返還につきましては、冒頭申し上げましたとおりSACOの中で11施設の一つの施設として、まず筆頭に普天間飛行場の返還が盛り込まれております。従いまして、SACOの中に普天間飛行場返還があるわけでございますので、このSACOの内容をやはり受けないと、普天間飛行場返還そのものも、場合によってはSACOの中からなくなるという性質もございます。従いまして、その辺につきましては慎重に対応すべきだと考えております。



○議長(天久嘉栄君) 桃原功君。



◆1番(桃原功君) ですから、もう県内移設では動かないというふうに私は強調したいのですけれども。ここに「叫び訴え続ける基地沖縄」という前読谷村長の山内徳信さんが書いた本があります。これは当時のアメリカ合衆国ジミー・カーター大統領への直訴によって、アンテナ基地建設を中止させた書簡や読谷飛行場の中に村役場建設を勝ち取った戦いや、クリントン大統領の就任を祝し、極東最大の米軍基地沖縄の実態をぜひ見てほしいと招へいの願いを込めた散文詩などを、幾度の訪米も含めながら書かれています。ちょっとこれ読み上げてみたいと思います。

 前づけと多少これ中身は割愛します。「ジミー・カーター大統領閣下、私は日本国沖縄県読谷村の村長をしております山内徳信という者であります。村民2万5,000人に代わり敬愛するカーター大統領に直接お手紙を差し上げ、お願いを申し上げたいと思い筆をとった次第であります。その理由は、現在、読谷補助飛行場と呼ばれているところで、米軍のアンテナ工事をめぐって地域住民との間に極めて緊迫した状態が続いており、大統領の有効適切な御指導、御助言を仰ぎたく親書をしたためたわけでございます。大統領におかれましては、公務多忙の折りまことに恐縮とは存じておりますが、事態が急迫しており、『一寸の虫にも五分の魂』ということわざもありますように、沖縄県の小さな村の村長からの訴えでありますが、お聞き取り下さいまして、在日米海軍司令部横須賀のほうに適切な御助言をお願い申し上げたく、失礼を顧みずお手紙を差し出したわけでございます。

 私たち沖縄県民は、第2次世界大戦の終結以来27年間にわたってアメリカ軍の支配下に置かれてきました。私たちは異民族支配という不名誉な状況の中で、貴重な体験と教訓を学び取ることができました。それは何であったかと言いますと、自由の尊さであり、基本的人権の尊厳さであり、世界平和がこの世に実現されなければいけないと言うことでありました。それゆえに政治に携わる者に課せられた課題は極めて重要であると思います。戦前、日本軍が読谷の土地を接収するときに、『戦争が終わったら土地は地主に返す』という約束をしておきながら、戦後32年経過しているのに、日本政府はまだ地主に土地を返しておりません。同地域は地主会や村が主張しているとおり、戦後処理の問題を真っ先に解決すべきであり、それをせずにアンテナ基地をつくるべきではありません。この手紙がカーター大統領の手元に届く前に、米軍は業者を通して機動隊を出動させ、反対している村民を弾圧する動きが日々刻々と迫っている状況であります。機動隊によって弾圧されることになると、真実は圧殺され、正しい要求は押しつぶされ、不正義が通ることになります。村民は一日も早く運動公園がここにできるのを夢見ているのであります。運動公園をつくろうということは村民の共通の夢であり、世論であります。

 どうか、カーター大統領殿、この素朴な、この美しい、このたくましい、この平和な夢だけは圧殺させないでほしい。小さな夢、小さな願いとお笑いになるかもしれませんが、今の我々にとっては、大切なそして大きな夢なのです。どこの国、どこの軍隊でもこの夢、この願いを弾圧し、圧殺していく権利はないと思います。その土地に永久に住む者の計画が優先すべきであって、いつかは帰る米軍基地が優先されるべきではないと思います。そのことを在日米海軍司令部に再検討するよう大統領からの御助言をお願い申し上げます。

 私は、村議会議長、地主会長、その他関係者と共に何回となく在沖米海軍の関係者にもお願いをし、さらに在日米海軍のラッセル将軍あてにも要請を続けてまいりましたが、まだよい回答は得ておりません。私は、大統領という米国最高の責任者に直接手紙でお願いをする非礼も重々承知で、あえて手紙を書きましたのは、2万5,000人の村民を思い、地主会の主張を思い、誠意である方々の支援を思い、万が一にでもその願いや夢が無惨にも押しつぶされることがあってはいけないし、大統領の言う、『なぜベストを尽くさないのか』という信条で、どんなことがあってもお願いをするのだと自分自身に言い聞かせるといいますか、すなわち『人事を尽くして天命を待つ』という気持ちでお手紙を差し上げる次第であります。

 アメリカ合衆国の独立宣言の中に、『すべての人は生まれながらにして平等で、生命、自由及び幸福を追求する権利があり』とうたわれております。私たち村民にも自分たちの夢を実現させ幸福になる権利もあります。大統領の就任演説で『我々の人権を守るという約束は絶対でなければならず、強者が弱者を迫害してはならず、また人間の尊厳は高揚されなければならない』と述べられたお気持ちで、読谷村民が要請しております読谷飛行場内の米軍アンテナ工事を即時中止してくださいますようお願い申し上げます。

 私は、事を処するにベストを尽くすことを信念としておられるカーター大統領からの明るい返事が一日も早からんことを期待しております。1977年2月7日、読谷村長、山内徳信。」

 この書簡を出した11日後の2月18日に、日本政府防衛施設局は読谷村へのアンテナ工事の変更を検討するという会見発表をしました。その後22年経過して今日まで沖縄のどの地域にもアンテナ基地は造られていないのです。読谷村は山内村長を中心に村民全体の熱意でノーをイエスと変えたのです。大事なことは我々は普天間基地問題でベストを尽くしているかということです。そして、しっかり理論的に訴えているかです。まだベストを尽くしているとは言えないと思います。県内移設推進派も選択肢が一つしかないから県内移設と言っているのです。彼らも一番の希望は県外移設のはずです。ネックは一緒なのです。普天間基地移設問題で宜野湾市民が、また県民がいがみ合い対立することはあってはいけません。ですから、県や日米両首脳に会って手紙を出したり、Eメール送ったり、お互いの話し合いをしなければ問題の本質、問題の難しさがわかり合えないのではないでしょうか。お互いが相手を認識し、理解をしなければ問題は前に進まないと思います。市長、市民と一緒に県、国、米政府に強く普天間基地の県外移設と、そして軍転特措法の改正や国の責任での跡地利用、整備事業の法整備や軍従業員の職場あっせんなど、もちろん併せてしっかり物申していきましょう。

 最後に、この基地問題でベストを尽くしていく決意のほどをぜひお答えください。お願いいたします。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。冒頭申し上げましたとおり、日本政府においても米国政府においても、究極の目標は沖縄県の基地をいかに縮小するかということは、前提に打ち出されているわけでございます。その趣旨からしますと、やはり基地の整理、縮小は、県内移設による整理、縮小ということでは理論上も合わないということはだれしもが認めることだと思います。その辺を前提において、移設先については国と県のほうで十分協議していただきたいという理論をお答え申し上げる裏には、SACOそのものは日米安全保障条約に基づく正式な文書でございます。その文書の中に行政行為としてある以上は、これを行政の長として無視した形での行動ということはあり得ないわけでございます。

 従いまして、それからするとやはりSACOの中にある内容について、内容が問題ならば大衆運動の政治という形でやるならば結構ですが、いったん公布されて受理されたものを、一首長がこれについて否定、肯定という形の理論を構成することは大変厳しいものがございます。その辺を理解していただきたいと。そうしないことには、この問題については、やはり質問する側と答弁する側では食い違いが生じます。しかしながら、申し上げているとおり沖縄県の置かれている基地の現状を見ますときに、最終的にはこのSACOの合意は別としましても、やはり県内移設ということでは、事は解決しないということはお互い共通の認識でございます。その上に立って、走っている行政行為に対してどうするかということになりますと、行政の長としては今申し上げた内容しか答えられんということでございます。



○議長(天久嘉栄君) 桃原功君。



◆1番(桃原功君) ちょっとベストを尽くしていくという姿勢が、まだ感じられないところもあるのですけれども、残した質問は時間がありませんのでまた機会を見て取り上げていきます。行政だけではなくて市民も一緒になって取り組んでいくつもりです。ぜひベストを尽くして県外移設と宜野湾の未来を勝ち取っていきましょう。これで私の一般質問を終わります。ありがとうございます。



○議長(天久嘉栄君) 以上で1番 桃原功君の質問を終わります。



○議長(天久嘉栄君) 暫時休憩いたします。(休憩時刻 午前10時42分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午前10時58分)

 休憩前に引き続き一般質問を行います。30番 平安座唯雄君の1、2の質問を許します。平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) おはようございます。許可をいただきましたニューアクション所属の平安座でございます。先に通告してございます21世紀に向けての宜野湾市の街づくりと普天間飛行場返還について、所見を述べながら質問させていただきます。

 平成8年4月12日、突然に発表された普天間飛行場の全面返還は、青天のへきれきであり、全身に電流が走ったような思いを当時多くの市民がされたことと思います。あれから3年を経た今、代替施設の建設は進まず、相変わらず住民地域上空で訓練飛行が繰り返されております。本員が理解をしている平成8年12月2日のSACO最終報告は、沖縄県における米軍施設及び区域を整理、統合、縮小し、沖縄県の地域社会に対する米軍活動の影響を軽減するための日米両政府の合意だととらえております。その点はどなたも異論はないものだと思います。なのになぜSACO合意に反対をされる方々がおられるのか、その本意が理解できない。しかも、8万5,000市民の生命、財産を率先して守らなければならない立場の市民の代表であるはずの議会の中にもおられる。果たして、そのような行動が市民の理解を得ることができるのだろうか、疑問でなりません。

 本員は基地問題や普天間飛行場返還について、これまでにもたびたび質問をしてまいりました。平成7年ごろの会議録を読み返してみますと、私と同様に市当局も、普天間飛行場は返還されないであろうことが前提で議論されております。「愚公山を移す」という寓話があります。目にされた方もおられると思いますが、中国で90歳近くの北山愚公という人物が、自分の家の前にある太行山と大屋山という二つの山を煩わしく思い、どけようと掘り崩し始めたようであります。周りがそんな無茶なと止めようとすると、愚公が言うには、子から孫へと代々この仕事を続ければいつか完成すると、この話を聞いた山の神が天帝に告げると、感心をして山をよそに移してくれたという話であります。そこで、私ども宜野湾市民が54年もどけてしまいたいと思った普天間飛行場が、まさにその山であり、返還合意をしてくださった橋本前総理とクリントン大統領が山の神に値するものだと考えたわけであります。

 今130万沖縄県民が、地域エゴを廃して心を一にして行動する必要が求められており、また日本で初めて地方で開催される名護サミット、九州サミットが開かれる県として、何としても緊急に同飛行場の移設に道筋をつけなければならないと考えております。今まさにその時期が到来をしているものと考えております。そこで、返還凍結を避け、8万5,000市民の生命を守るために、何としても動かそうという思いで今回もさらに質問を通告してございます。そこで、市長にお伺いいたします。市長は本気で飛行場を移設させたいとお思いでしょうか。本気だとおっしゃるならば、市民にその言葉を、信じていただける説明をお願いいたします。あとは自席にて質問を進めてまいります。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。平成9年8月13日就任して冒頭の初議会でも所信表明の中で、普天間飛行場問題は私の最重要課題であると言い続けました。そして、毎年のごとく3月定例会の所信表明でもそのことを訴えておるわけでございます。今日も変わりございません。ということは、万が一宜野湾市街地上空で事故発生したときを思うとき、惨たんたる惨事ということは容易に想像つくわけでございます。また、最近の普天間飛行場に所属するヘリの事故等、不時着、墜落等合わせても頻発しております。そのような状況の中でいつ事故が起こっても過言でもないような状態、8万4,000市民が四六時中危険と隣り合わせしている生活を強いられているということについては、一日も早くこれを排除すべきが行政の長の責任という立場からも、普天間飛行場については早期に解決を図らねばならぬと常々思っているところでございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) ただいまの答弁、先程申し上げましたように、私はたびたび基地問題を取り上げて質問してまいりました。耳にたこができるほど聞いたような内容でございまして、最近、日米両政府をはじめ沖縄県民挙げてこの問題、きょうマスコミの方々もおられますけれども、いかに重要な問題なのかということからするならば、今答弁された内容では大変心寂しいわけであります。もう少しわかりやすくという意味での私の質問はそういう意味でございます。これ以上の答弁がないとするならば、それで結構かと思いますけれども、先程私の前に1番議員が、一体宜野湾市はベストを尽くしているのだろうかと、痛烈な疑問が投げられました。まさに私もそのことを何度も申し上げてきたつもりでございます。私ども言葉でどんなにきれい事を申し述べても、やっぱり行動が一致しなければ意味がない、こういうとらえ方をしております。

 私ども野党各会派は、本市が抱える懸案の諸問題解決のため議論を重ね、調査研究も積んでまいりました。過去、普天間第二小学校移転問題では、用地費獲得のために野党議員全員が私費で関係省庁に要請行動もしました。また、去る7月13日、行き詰まった飛行場移設問題打開のための東京行動、そして8月21日の臨時議会での普天間飛行場移設先早期決定の決議後のたび重なる私費での上京で、宜野湾11号の事業採択、返還道路用地費取得補助の増額、振興策等要請をしてまいりました。このような熱意あふれる活動が停滞した宜野湾市、でんと構えて、よそのものであるかのような態度で今日まで過ごしてきた市当局の中に、少しでも行動が出ていただければという思いで取り組んできたものであります。市長は平成10年、大田前知事に同行して米国に多額の公費を使って直訴に行かれました。その後、日本政府に移設問題で話し合いに行かれましたか、行かれたとするなら、何回行かれて、政府のどなたと会われて、どんな話をされたか、具体的に御説明をいただきたい。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。普天間飛行場につきましては、申し上げるまでもなく平成8年4月12日に公表されております。公表された時点では5ないし7年以内に代替施設が完成した曉に返還するということでございました。その後、私平成9年8月13日に市長に就任しましたけれども、早速、就任あいさつを兼ねて8月27日か28日ですが、防衛施設庁長官、防衛庁長官、そして次長、部長クラスとも、表敬も兼ねながら合意された事項に沿って早期返還を訴えてまいりました。そして、今日まで別の用で行く場合も必ず防衛庁、防衛施設庁に寄りまして、ある場合は長官であり、ある場合は直接の防衛官房長であり、ある場合は部長であり次長でありという形で足しげく通って、このことを併せて財政支援等を含めて訴えしておるわけでございます。もし必要であるならば、日にちを追ってお会いした方々等を含めて、あとで資料として提供しても構いません。

          (平安座唯雄議員「どんな話をされたか具体的に説明をお願いします。」と呼ぶ)



◎市長(比嘉盛光君) まずは普天間飛行場そのものが、返還される原点が危険この上ない施設ということで、日米間合意して返還が予定されているわけでございます。従いまして、このことは申し上げるまでもなく、たびたび新聞、そして議会でも申し上げましたとおり、市のど真ん中に基地があること事態が通常ではないと、つまり正常ではないということは、単なる私の見解ではございませんで、この普天間飛行場問題がクローズアップされるにつれ、閣僚、官僚、そして議員の方々、足しげく普天間飛行場視察にまいりました。その感想として異口同音におっしゃったことが、このような形で市街地のど真ん中に基地があること自体が正常ではないと。従いまして、早急にこの問題を解決すべきが政治行政の道だということもおっしゃっております。そのことを常に私としては念頭に置いて、普天間飛行場の返還問題を事あるごとに訴えてきたわけでございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 6月議会でも同じようなことをお尋ねしました。全くそのときの答弁と同じで大変残念でならない。あれからこんなにも市民が一生懸命、今か今かと待っているこの移転問題。ただいまの答弁で何ら進展をしていない、大変残念でなりません。確かに就任以来、防衛庁、防衛施設庁、開発庁を訪問して、普天間飛行場問題7回数えるほどお訪ねになったと、今話の内容の説明も、先程申し上げたように耳にたこができるほどその言葉は聞いてまいりました。今さら関係省庁に普天間飛行場の危険性を訴える必要性がありますか。先ほど私は「愚公山を移す」ということを申し上げたわけで、ただ危険性だけ言っておけば勝手に移るというものではなくて、8万5,000市民を代表する長としての行動はどうあるべきか、実際どういう形をとったほうが現実にこれを動かせるのかという、そういう内容の話は全くなされていないのですか、いかがでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。私の受け取り方がちょっと誤解したのか、どういう内容で政府折衝しているのだとお聞きだったと思いまして申し上げたわけでございます。もちろん移設先についても触れております。これは申し上げるまでもなく、やはり移設先については、まず国が復帰と同時に提供施設として米軍に提供している施設であるということと、そして宜野湾市は普天間飛行場を出ていってもらう側にあるということ、さらに歴代総理もおっしゃっているとおり、県民の頭越しにはこの問題は解決しないということ等を考えたときに、どうしても移設先については一定の県民の合意が必要でございます。

 となってまいりますと、これは出ていく側の普天間飛行場を抱える首長の問題ではないと、その裏づけには今もって県民の間には賛否両論、県内移設にはあるわけでございます。そういうさなか、県民の頭ごなしにはこの問題を動かさないという裏には県民の合意が前提でございます。そうすると、普天間飛行場がある首長として移設先まで合意を取りつけないと、普天間飛行場問題は解決を見ませんよと言われたことございませんし、国からも県からも移設先について特に要請されたことはございません。そこで、市としては移設先を問いませんと、とにかくこの状態は放置できないので一日も早く問題解決をしてほしいという訴えを、移設問題については訴え続けてきたわけでございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 最後の部分で確認をさせていただきたいのですが、移設先は問いませんと、県内、県外、国外問わないと。国、県が決めていただければ、それには同意される、容認するというとらえ方でよろしいのでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。移設先については当事者ではなく、従いまして移設先については言及しませんということは、その出てきた答えについても言及しないということでございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 私は最初に申し上げたつもりですが、市民がわかりやすい言葉で具体的に説明をいただきたいと申し上げました。その点については言及しないという意味は何なのですか。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。移設先については再三申し上げているとおり、やはり国、県のほうで十分協議をして決めてもらいたいと。国の方針としては、県民の頭越しには、この問題は解決しないということがあるわけでございます。ということは、県民の合意ということがやはり条件にも受け取れます。そうなってきますと、今の現実を考えたときに、やはり移設先については大変な難渋することが予測されますが、ただし普天間飛行場を抱える宜野湾市長が移設先についてまで当事者であり得るということは、大変な私としては負担加重の問題を強いられることになるかと思います。と申し上げるのは、これは飛行場の生い立ちを考えたときに歴然としているわけでございますが、米軍が上陸と同時に強制収用して現在の普天間飛行場が成り立っているわけでございます。その間、復帰を境にしまして、国の提供施設として米軍に提供した施設でございます。従いまして、これは合意による施設、双総契約に基づく提供施設でもございます。その趣旨からしますと、やはり危険この上ない施設、この飛行場がど真ん中にあること自体が正常でないということが理論として、あるいはまた現実にその問題を、危険を原点として返還するということがあるとするならば、やはり移設先についても、54年もこの基地の重圧に耐えてきた宜野湾市民のことを考えるならば、やはり県民の合意という形で、国の方で責任を持って対応していただきたいということでございます。仮に移設先については問わないということでございますので、ある地域について合意が得られて決定したならば、それはそれなりに尊重する立場にあるということでございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 最後のところで決定をされたら尊重されるということは、明確には答えておりませんけれども、県内移設やむなしというとらえ方になるかと思います。それだけを確認させていただければ、あとはまた進めてまいります。

 臨時議会での移設先早期決定決議案について、8万5,000市民が置かれている危険な現状を考えるなら、すべてを超越して全会一致で決議をすべき問題なのに、市長としての指導力のなさなのかわかりませんが、一部政党、労組、あるいは革新県議のあやつりを許した結果との声も聞こえたりしておりますが、そういったような圧等もあってこういうのが聞こえるのか、そういう事実があったのかどうか、お答えをいただきたい。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。先の8月20日、21日にかけての臨時議会における案件につきましては、あくまでも議員発議でありますし、議会の権限内における議案の審議でございましたので、私としては別にその議案として提案された内容について、調整も意見も、よそからもお伺いもしておりませんし、またやっておりません。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 議会で明確にそのようなことは、なかったと否定をしているわけでございますけれども、否定はしているとして現実にそうあってはならない。やっぱり責任ある立場で8万5,000市民の将来ということを考えて、生命、財産を最優先されるという、いつもの答弁からするならば、そういうことがあったとは思えないわけでございますけれども、今後もそういう圧に負けないように頑張っていただきたいと思います。

 去る8月20日、21日の臨時議会で普天間飛行場の県内での早期移設が決定をされました。その議会決議の結果について市長は重く受け止める、尊重される旨の発言がありましたが、その重く受け止め尊重されるとはどういうことか、わかりやすく説明をいただきたい。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。常日ごろから議会と行政当局は車の両輪だと言われております。申し上げるまでもなく市長には提案権があり、そして議会の皆さんにはそれを審議し、可決したら速やかにこれを執行に移す義務が市長に負わされるわけでございます。そのことから議会で議決された事項については、たとえ意見書、要請書であれ、尊重する立場にあるという行政の長としての判断でございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) まさにそのとおりであるとするならば、その決議を受けて、議会と両輪ならば、ばらばらの行動ではなくて関係省庁に行動をともにしたでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。先の臨時会で普天間飛行場問題についての意見書と要請書の採択につきましては、議員発議で議会で決定した事項でございます。従いまして、これは直接、行政当局に事業としておりてくる性質とは意を異にしますので、それは議員活動の一環として議会として取り決めて、やはり公費を使って要請するかしないかについては論ずるべきものでありまして、行政側がこれに干渉することは、これはまた別な意味で許される行為ではないと考えております。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 議会活動の一環の決議ですか、宜野湾市議会はそのようなところではありません。正式の法律にのっとって臨時議会を招集して、その中で移設先の早期決定という決議をしたわけです。意見書も採択をしたわけです。これを単なる議会活動の一環というとらえ方なのですか、議会意思、団体意思というものはお認めにならないわけですか。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) 大変失礼しました。議会の活動ではなく権能でございます。それを間違えて表現しましたことをおわび申し上げます。議会の権能に基づいてでございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 言葉を間違えたということではなくて、権能であり宜野湾市の団体意思、そういったものが示されたわけですから、最初に答弁されたように、議会と執行当局は車の両輪だと今おっしゃったじゃないですか、ですからなぜ行動を一緒にしなかったのかということをお聞きしたのです。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。たしか受けて東京行動、要請行動の件だと思います。これにつきましては、やはり議会の意思に従ってその予算的な対応も十分する覚悟も決めておりました。また、皆さんから直接要請、東京行動に対して要請も受けておりません。従いまして、私としては今の答えにどう答えていいかわからないわけでございますが。とかく採択した事項については、行政の長として尊重しますし、今後もその普天間飛行場問題については、採択された議決内容も踏まえて行政として行政の中で反映させていきたいと考える次第でございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 時間がもったいないわけでございますけれども、今答弁をいただく前に確認をいたしました。一部政党、労組、あるいは革新県議、もろもろの圧力団体に屈しなかったかということをお尋ねしたわけでございますけれども、それがもとで行動がとれなかった、そういう認識をしたほうがいいのではないかと思うのです。なぜならば、6日の行動ですが、地権者が喜べる返還を普天間利用、県に要請、これは宜野湾市土地地主会の役員の17名の皆さんと市長は行動をともにされております。市民の代表である議会で決めた、決議をしたその内容については行動をともにできなくて、任意団体であるこの皆さんの代表とは、特に私の情報ではこの地主組合から一緒に行動していただきたいという要請はないのに、自ら喜んで、表現は悪いかもしれませんけれども、何とか自分も一緒にさせてくれと、何かそのような形で行動をされたということが耳に入っておりますけれども、そんなような内容ですか。



○議長(天久嘉栄君) 基地政策部長。



◎基地政策部長(具志清栄君) お答え申し上げます。本市が市の軍用地等地主会と一緒に行動した背景の中には、地主会が市長に対して要請をした内容そのもの自体が、宜野湾市独自で問題解決できるような問題ではないということでございます。従って、これらの要請の内容については市長が一応受けたわけですけれども、やはり市長も一緒になって、地主会も一緒になって国や県の関係機関に訴えていく必要があろうということで、一緒に要請行動をしたわけであります。

 その要請行動の中で一番問題になったのが、軍転特措法の改正の件でございます。平成6年に現行の沖縄県における駐留軍用地のいわゆる特措法といいますか、この法律が制定された時点では恐らく広大な480ヘクタールという普天間飛行場の返還を想定しての法律ではなかったと、従ってこれらの内容からしてもこの法律の改正については、国や県の関係機関に訴えていく必要があろうというような問題もあって、要請事項が宜野湾市で解決できる問題ではなかったということで、地主会も歩調を合わせて要請行動をやったという経過がございます。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) それ以外に、労組、その他の団体の圧力に屈して東京行動をともにしなかったのではないかという御質問もありましたので、これはぜひお答え申し上げておきたいと思います。

 これは、行く行かないは一定の議会のルールがあると思います。従いまして、行く方向で決定されておれば、私としては行く覚悟はできとるわけでございます。それが議運が開かれたと思いますけれども、行く行かないを決定した事項に対して踏み込んで行くということについては、市長としては、これ行政の長としてはできないわけでございます。従いまして、手続が踏まれておれば当然のこととして行くということが、またそれが議会で決めたことに対する行政の長として尊重すべき事項だと考えております。また、これにつきまして、一切労組とか、その他の団体から圧力を受けたこともございませんし、また受けるべき内容でもございません。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 議運で決めたことなのだとおっしゃっておられますけれども、時間がもったいないから前に進みます。

 それでは、市議会と執行当局との関係、やはりあんまりスムーズにいってない、これだけ重要な問題なのに前に進まないというのは、やはりこの本会議場におられるお互いの取り組み、これはまさに最悪の状態だなと思えてなりません。そこで、またもう一つ進んでお尋ねしますが、宜野湾市には市民を代表する県議御3名、しかも県議会を代表する県議会議長までおられますが、普天間飛行場の返還発表後、同問題の早期実現に向けて市と御3名の県議が相当協議をされて、いろんな取り組みをされていると思いますが、その回数と協議内容を具体的に御説明ください。



○議長(天久嘉栄君) 休憩いたします。(休憩時刻 午前11時31分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午前11時32分)

 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。御3名の県議がおられるということで、この御3名の県議、普天間飛行場問題でどういう形で御協力いただいているかという内容と思いますが、まず普天間飛行場が開放された後のことを考えるとき、莫大な財政が伴います。そして、かなりの期間も伴います。そういう意味合いからやはりこれは一市の手に負える内容ではないという立場から、財政支援、人的支援等、県として一緒に協力してほしいということを、県、あるいは国に対してもそのつてづてお願いして協力願っておるところでございます。

 なおまた、移設問題につきましては、やはり行政は行政としての三役会議がございます。庁議がございます。等々相談しながら、93%も普天間飛行場は個人の土地でございます。地主会とも十分調整を図りながら検討していっているわけでございます。従いまして、県議につきましてはその都度、問題が起こった時点でお願いもし、協力を求めているわけでございますが、中心になるのはやはり開放された後の問題が中心でございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 言葉で遊んでいるのではないのです。私どもは一日も早い移設をさせようと、8万5,000市民の生命、財産が毎日脅かされている。跡地開発云々ではないでしょう、今取り組んでいるのは。だからその今、移設に向けての取り組みでは、要するに簡単にいえば最重要課題とは言いながら、しかも県のほうで移設先を決定をし、国と協議の上で進めてもらいたいという内容でありながら、御3名の県議について一緒に行動したことがないと、協議もしたことがないと、こういう内容でとらえていいのでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) 申し上げているとおりでございますが、御質問の趣旨は移設先をはっきりさせろということだと思いますけれども、これは御案内のように県民、市民なり二分された意見があるわけでございます。そこをもって移設先については、やはりこれだけ重要な問題でありますし、また政府としても方針に、県民の頭越しにはこの問題は動かさないということもあるわけでございます。従いまして、移設先についてはこの議会でも二つの分かれた意見があるわけでございます。そういう状況の中で一点に絞って移設先について論ずるということは、政治的な面から大きな問題があるわけです。従いまして、行政の長としてはそのSACOの合意された内容に基づいて、どういう方法で返還が早まるかということを中心に、財政問題と当面の課題として降りかかってくる問題処理のために、あらゆる問題を含めて県議とは相談したりしておるわけでございます。従いまして、御質問の内容が仮に移設先についてということになりますと、これは今から十分論じ合って、しかるべき方向性が出てきた移設先について私としては慎重に対応していきたいと考えております。従いまして、移設先にかかわる問題につきましては、意見としてはお伺いしております。ただ、これをどう進めるか、県内か県外かについては、突っ込んだ議論が展開できないというのが現実の問題であるということも御理解いただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) これまで再三移設問題も取り上げてまいりました。待ちの姿勢ではだめなのだと、とにかく行動することが大事なのだということを何度も申し上げてまいりました。おわかりのようにSACO発表から3年余が経過をしております。今、新たに同問題がまた同じことの繰り返しを始めようとしています。せっかく新たな案の提示をし、調査研究を重ねた結果、こういう案もありますよと県に提示をすると、一切の議論がない中でこういう問題が何かその案から消そうとされている。これ自体が今、本当にこの問題を大事に扱っているのだろうかなと、そういう思いがしてならないわけでございますけれども、20日に新聞報道で見ておりますと、県知事は私ども3名の議員があらゆる調査研究の結果、最高の方法だということで提示を申し上げたものが、検討対象外だと、考えておらないという県知事が表明をされた記事が出ておりますけれども、この中には私どもを代表する立場にある県議がブレーキをかけたような情報さえも今聞こえます。私はそういうことを受けて先程お尋ねしたのは、やはり3名の県議、こういった方々を含めて8万5,000市民のためには、いろんな角度から移設先であれ何であれ一日も早い移転をさせるためのやっぱり取り組みをすべきだと、そういう思いをしてお尋ねをしたわけでございます。そういう点についてこれから西海岸問題、時間ございませんけれども、少し考え方を述べさせていただきますけれども、3年余かかって進まない問題を新たに取り上げて進めるより、それにまさるものがないかどうかを一生懸命調査研究し、そしてその方向で努力することのほうが、一日も早い移設になると思いますが、見解をお聞かせください。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。先ほど桃原功議員の質問にも少し触れたつもりでございますが、SACOの最終報告で示された移設先については、やはり嘉手納とキャンプ・シュワブと北部東海岸の沖合でございます。従いまして、それ以外の地域についてはSACOの中身どこを見てもありません。これは公文である以上、公文の中にないものを一自治体の長が新たな移設先を選択して提案するということはどうかと思いまして、その面については検討もしておりませんし、また本市に、西海岸に移設すること自体が、54年間も基地の重圧に苦しめられてきた市民として果たして理解を得られる内容であるかどうかということを考えたときには、とてもじゃないが大変な新たな問題が惹起しかねないということを恐れるものでございます。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 先ほどSACO合意を認められました。私は冒頭申し上げました、やはりSACO合意というものは整理、統合、縮小だということでございます。ずっと沖縄県民が訴え続けてきた、なぜ沖縄だけにこれだけの基地があるのか、県民に過重な負担を強いるこの基地はやっぱり縮小すべきだという、それに基づいてのSACO合意だと私は理解をしておるわけでございます。その点は共通の認識だろうと思っております。そこで、私どもが訴えたのは、普天間飛行場自体が宜野湾市のど真ん中にあると、そのあり方自体が大変危険なのだということを訴えてきたわけでございます。そうしますと、これから日米安保の中で継続して基地は維持していくのだという合意の中で進められている問題、それをあえて移転をさせるということは、やはり沖縄県において今後も引き続き基地を維持していく、その手前上、やはり基地反対闘争というものが大きくなってはいけない、その意味では、いま常に危険という状況が取りざたされている普天間飛行場を移設させる以外にはガス抜きができないということで、普天間飛行場のSACO合意の中の冒頭に入っている重要な問題なのです、これを移設させることが。そういう日米間の重要な問題の継続が、やっていくために必要なのだと、こういうとらえ方でございます。

 そこで、宜野湾市民が、沖縄県が宜野湾市にある飛行場が危険だということは、恐らく宜野湾市内のどの位置にもこれは移せないのだという前提のもとに、人口が少ないであろう、面積はいくらでも広いであろう山原へ持っていくことが一番いいのではないかと、そういうとらえ方からスタートしたのが北部案だと私は思います。沖縄県民が心を一つにして宜野湾市にいやがるものだけを押しつけるのではなくて、やはり少し余裕があり、土地があり、あるいはそれを受け入れられるような要素があるとするならば、宜野湾市民のやっぱり立場になって受け入れていただければ大変ありがたいわけでございますけれども、現状の自分さえよければいいという、やっぱり地域エゴであって、そういうものがまかり通る御時世でございます。そういう中で進めていくと、8万5,000市民の命よりかジュゴンのほうが大事だというところまでマスコミで報じられていることを考えると、私ども宜野湾市民の命というのは随分軽んじられているなと、こう思ってならないわけでございます。

 そこで、伺いますが、先程申し上げたように、よそが受け入れられない、ましてや今まで何度も答弁されているように押しつけることもできない、そういうものであれば自らいちばん宜野湾市の中で、少しでもいいからいい場所に移して、一日も早い市民の安全を確保してあげる、こういう努力が宜野湾市長の長としての立場で、いちばん早急に取り組むべき問題だと私はこう思っているのです。そのためには新たな案というものに即、取り組むべきものだと思うのですが、西海岸の海上案についてどのようにお考えでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。まず、本市の西海岸の移設問題を申し上げる前に、3月定例でも同様な質問をいただきました。そして、5月早々には上京しまして、航空自衛隊のトップの方にお会いしまして、その実現性について、可能性についてお伺いしましたところ、那覇空港と嘉手納空港の管制空域がダブる地点にあると、従いまして技術的にもこの地域に対する移設はとてもじゃないが問題があると、従いまして可能性についてはゼロに等しいという回答でございます。また、去った6月定例でも同じ内容の質問がございました。これを受けて上京して、さる地位の方にお会いして、直接お伺いしたいと申し上げました。これもまた8月にトップの方にお会いしました。トップというと航空幕僚長でございます。その方が同じ内容でこれは実現性については不可能に近いと、できないのだということをおっしゃっておるわけでございます。

 従いまして、これはよしあしを論ずる前にできないところで議論しても始まる話ではないということで、私としては真剣に取り組んでおりませんし、またその前に仮に実現性があるとしたときに、五十有余年も基地の重圧に耐えてきた市民として、果たして許容範囲の中にあるかどうか、そこも考えて慎重に対応しないと、基地問題については、ただ論ずればいいというものではないと私は思います。



○議長(天久嘉栄君) 平安座唯雄君。



◆30番(平安座唯雄君) 最初に申し上げました。あらゆる角度から調査研究の結果だと申し上げたつもりでございます。移転をさせれば北部でもどこでも結構でしょう。必ずそこに働いている皆さんの仕事の問題がございます。西海岸であれば通勤圏内でございます。200名近い皆さんが今働いております。そのまま継続して働いていただけます。雇用問題というのは大変重要でございます。そして、いつも心配されている跡地開発、そういうものについても担保がほしいとおっしゃっているのは市長、あなた自身ではありませんか。これから暫定期間といえどもこれを維持するということは、そこの跡地の開発に、政府に強く物が言えるという、こういう内容だと思うのですが、いかがでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。普天間飛行場と移設先問題とは、私は財政支援においては別だと考えております。申し上げるまでもなく、普天間飛行場は54年間もこうして市の中心部を占めてまいりました。いちばん問題なのは、やはり危険ということでございます。次に騒音からくる教育、生活環境の阻害でございます。そして、街づくりに大きな阻害要因になっていることは周知のとおりです。従いまして、本市は8万4,500の市民が住みながら、大型店の1店舗も進出し得ない状況にあるということは基地あるがゆえでございます。従いまして、これにつきましては当然のこととして、跡地利用にかかわる財政支援等については国に要求していくべきですし、また国としては54年もこうして使ったために、本市のあらゆる角度から基地からくる阻害要因となって影響を与えているわけでございますので、せめて報いるためにも財政支援等は当然やってしかるべきという立場から要請しているわけでございます。従いまして、西海岸にどうのこうのという形で条件をつけて財政支援をという考えは毛頭持っておりませんで、堂々とこの54年間に失われた損失を取り戻すべく政府に要請しているわけでございます。



○議長(天久嘉栄君) 以上で30番 平安座唯雄君の質問を終わります。

 これにて午前の会議は終わり、午後は2時から会議を開きます。その間休憩いたします。(休憩時刻 午前11時48分)



△午後の会議



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後2時01分)

 午前に引き続き一般質問を行います。2番 新垣清涼君の1から3までの質問を許します。新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 皆さん、こんにちは。ただいま議長からお許しが出ましたので、通告してありました一般質問3項目について質問をしていきたいと思います。

 午前の1番、30番の議員の質問とも重複するところがあるかと思いますが、お許しをいただいて、また違う角度から質問を進めさせていただきたいと思います。まず最初に、基地行政について。米軍基地普天間飛行場の返還および跡地利用についてということで取り上げてございます。本市議会は1995年5月と9月に米軍基地普天間飛行場の早期返還等に関する要請決議を全会一致で行いました。そして、96年4月12日、米軍基地普天間飛行場の全面返還が発表されたときは、多くの市民、県民が大変喜びを覚えました。しかし、3日後の15日に発表された日米特別行動委員会の中間報告は、今後5ないし7年以内に十分な代替施設が完成した後、普天間飛行場を返還するという大変残念な条件がつけられたわけです。私たち県民は強い憤りを覚えました。なぜ私たち沖縄県民だけがこのような差別扱いをされなければならないのでしょうか。

 1996年9月8日に行われた日米地位協定の見直しおよび基地の整理、縮小に対する県民投票では、48万2,538票が賛成をし、反対はわずか4万6,000票余りでありました。そして、97年12月に行われた名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票では、賛成が2,562票と、投票者に占める割合はわずか8.13%で、反対者は1万6,254票で、同じく投票者に占める割合は51.63%となっています。このようにして多くの県民は基地の県内移設に反対であります。にもかかわらず、去る8月20日から21日における臨時議会において、米軍基地普天間飛行場の移設先早期決定に対する要請決議が議長裁決という極めて不自然な、そして市民の意向に反した形で採択をされてしまったのは大変残念なことであります。4年前の全会一致の決議は、一体何だったのでしょうか。このことは決して普天間飛行場の早期返還にはならず、県内移設という狭い選択肢のままではかえって混乱を招き、返還は遠のくばかりではないでしょうか。

 私たち宜野湾市民は、自分たちが味わった苦しみを同じ県民に押しつけることができるのでしょうか。あるいは自分たちは嫌なので引き取ってくださいとお願いができるのでしょうか、できないと思います。市長、県内移設に賛成するということは、国や県が候補地を選定したときにその地域に出向き、その地域の住民や首長にお願いをしなければならず、また政府は当然そのような行動を求めてくるものと思われます。そのようなことができるのでしょうか、できないと思います。米軍基地普天間飛行場の返還について、市長の御見解をお伺いいたします。あとは自席のほうから行います。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。午前中にも申し上げましたとおり、基本的な考え方としましては、普天間飛行場は国の提供施設として米軍がお使いになっているということでございます。この五十有余年間基地から受ける重圧は、さまざまな形でございます。そして、今日SACOに基づいて21案11施設の中の1施設として返還が合意されたわけでございます。たまたまSACOの中の普天間飛行場、返還そのものについては大変評価するものでございますが、御案内のように移設先をめぐって条件が付されたために、県民を二分した意見があるということは大変忍びない感じもいたすわけでございます。

 しかし、そういう苦悩する中でも、あくまで宜野湾市にとりましては、この危険と隣り合わせにしている基地そのものについては早期返還を求めざるを得ないのが、また普天間飛行場を抱える首長としての当然の責任かと考えます。そういう意味合いからしますと、やはり提供施設そのものであるということを考えたときに、せめて返すときには移設先については国の責任で解決をしてほしいと、国もおっしゃっているとおり、県民の頭越しにはやらぬということでございますので、移設先はどこに決まるかわかりませんが、県民の納得した形で合意して、早期に返還実現するようただ願うわけでございます。たまたま仮にある特定地域について、国、県、地域の方々が合意された事項についてとなりますと、やはりそれについては移設先そのものをお任せしますという立場をとってきている以上、お願いしに行く立場でもないと。決まったら決まったものに従うということで考えておるわけでございます。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) このSACOの合意がやはり沖縄県民の負担を軽減すると、その目標に向かって取り決めされている。11事案すべてがまずいということではなくて、私たちはこの普天間基地が県内移設であるということをしっかりとまた反対をし、県外移設を求めていかなければならないと思います。市長も午前中の答弁にありましたように、県内移設では問題解決にならないという答弁もございました。このことをしっかりと私たちは踏まえていかなければならないのではないかと思います。

 県内移設に賛成をした本市議会議員の3氏が、去る14日に移設先の住民合意が不可能であれば、緊急避難措置として宜野湾市の沖合数キロ海上に移設してほしいと県のほうに要請をしております。新聞報道によりますと、他市町村で住民と行政の合意を得ることは、ほとんど不可能とか、本市内で発生した問題は本市内で解決せざるを得ないなどと指摘をしてのことだとありました。このようにして県内移設を容認し推進する議員でさえ、県内では基地を受けるところがないということを認めているのです。しかも、この問題というのは本市で発生していることであっても、決して私たちが望んだものではなく、米国が強制的に取り上げたものであり、日本政府が日米安保に基づいて住民の意思とは関係なく提供している施設であるということです。そしてまた、県内移設を認めるということは、すなわち宜野湾市の沖合が移設候補地に挙げられても反対ができなくなってしまうという大変重要な問題があります。

 ここに、普天間飛行場移設についての要請という形で、宜野湾市軍用地主会に出された平成11年5月15日の日付で、元市長と同姓同名の方からの要請文書があります。これによりますと、移設先を宜野湾市西海岸沖合、規模は海上ヘリ基地滑走路、そして跡地利用、兵舎及び米軍の住宅関連施設は引き続き残す、50%は返還するなどというようなものがあります。このようなことを受けての3市議の行動かと思いますが、とんでもないことであります。このことについては先日の21日に、宜野湾市西海岸公有水面への米軍普天間基地移設反対市民の会が、旧大山公民館で結成大会を開いて反対決議をしております。この結成大会には県内移設を推進する3議員も参加をしております。このようにして県内どこでも賛成があれば、そしてまた反対が起こるというふうに県民の意思は二分をしております。それぞれの地域が基地の受け入れに反対をすれば県内移設はできるはずがありません。今こそ全県民が一致団結をして基地の県内移設に反対をし、基地のない平和で活力ある沖縄県の建設を求めるべきだと考えます。市長の御見解をお願いいたします。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。基本的な考えとして午前中にも申し上げましたとおり、これは時の総理、橋本総理が沖縄へ来られた際も、沖縄における米軍基地の現況を数字でもって示されまして、これ以上県民の負担を強いることは忍びないという立場から、漸次、整理、統合、縮小ということがあいさつの中で出てまいっております。加えまして、SACOの中でも同じく地域住民の生活環境、地域振興の妨げになっている実情から、整理、統合、縮小していく大方針がございます。この二つの方針はいみじくも日米両政府の方針と受け止めております。それからしますと、県内移設による整理、縮小ということは、これだけ481ヘクタールを要する普天間飛行場に限って申し上げるならば、県内移設による整理、縮小の基本的な考え方に反するという立場から、今日まで基本的にはその辺を踏まえて答弁をしてきて、県内移設による整理、縮小ということは論理的にも合わないと。従いまして、基本的には県内移設は反対だということを申し上げてまいりました。

 そして、願わくば県以外でこの問題が解決すれば、このような形で県民の間を二分することもなくて、普天間基地を抱える首長としても、大変精神的にもある程度救われるわけでございますが、今日二分した形で、理論的にはやはり県民全体に移設先については、かかわってくることを考えたときには、大変な苦悩もしますし、苦渋もするわけでございます。かといって、現実的に普天間問題につきましてはSACOの中で一事案として返還が決まっておるわけで、その返還の条件としてあることが今大きな問題になっているわけでございますが、これは行政の長としては、普天間飛行場返還そのものがSACO合意に基づく一事案の中での返還でございますので、その面を踏まえたときに、特に移設先についてはやはり国の責任でもって十分県とも協議し、そして県民の合意、地域の納得いく形で解決していただくべきが、あるべき姿ではないかということで、それを主張してまいっておるわけでございます。

 従いまして、移設先については特に宜野湾市長としては問うておりません。この件については、どうぞ県民の納得いく形で移設先について決定していただきたいということを申し上げているわけでございます。その辺の苦悩する事情は御理解いただけるものと思います。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 日米両政府の合意であるSACO、このことはやはり行政の長として大変言及しにくい立場かとは思いますが、しかしやはり私たちは、理想を求めていかなければならないのではないでしょうか。そういう意味では日米安保が全国民的に必要というのであれば、やはり沖縄県もそれ相当の負担はしてもいいと、すなわち国土の0.6%分は米軍基地の負担をし、残るはすべて県外に負担をしてもらおうではありませんか。これが平等であり民主的だと考えています。沖縄県民は県民同士でいがみ合うことなく、また目先の利益に踊らされることなく、真に平和で活力ある沖縄県を目指して頑張っていこうではありませんか。市長が答弁なさいました、やはり県内移設では問題解決にならないと、このことをしっかりと踏まえながら今後の行政も進めていただきたいと思います。

 次に、この米軍普天間飛行場は、戦後、強制収用されたものであります。よって、返還されたときには当然日本政府が責任を持って環境問題の解決や地主や軍雇用員の補償、跡地利用への行財政支援をすべきだと考えます。市長はこのことについて日本政府にどのような要請をされていますか、お答え願います。



○議長(天久嘉栄君) 基地政策部長。



◎基地政策部長(具志清栄君) お答え申し上げます。普天間飛行場の返還に伴う同基地の跡地開発、これには莫大な経費が必要だということが出ておるわけですけれども、普天間の振興策につきましては、私ども機会あるたびに防衛施設庁、沖縄開発庁のほうに要請をしてまいっております。朝の30番議員さんの御質問の段階でもお答え申し上げましたように、現行の軍転特措法というものは平成6年に公布制定されました。しかし、その時点では恐らく480ヘクタールという普天間の返還というものを想定しての特措法では、なかったのではないかというふうに考えております。従いまして、今私ども沖縄県の軍転協という一つの機関もあるわけですけれども、県下の基地を抱える市町村並びに県とも一体になりまして、そういった軍転特措法の見直し、それから普天間が返還されることによっての振興策についての国、県の全面的な支援、そういったものを中心にいま要請をしておるところでございます。

 さらに加えて、同基地には80カ所以上の文化財の確認もされておりますし、返還前に事前にそういった文化財の事前調査ができないかどうか、それから今まで返還された基地においてはPCB、六価クロムとか、そういった返還後確認された有害物質が出ている返還跡地がございます。従って、五十有余年にわたる普天間飛行場の運用活用によって、当然そういった物質があるというようなことも十分想定されますので、こういった有害物質についても事前に確認調査ができないかどうか、そういったものを含めて今要請をしておるところでございます。

 さらに、加えて申し上げますと、跡地開発に対する国、県の全面支援につきましても、開発推進機構の問題、あるいはそれを支えていくための制度上の法整備の問題、そういったものも機会あるたびに国の関係機関に要請をしておるところでございます。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) ただいま部長のほうから答弁がありました。この件についてはぜひ今後も精力的に要請をし続け、そして返還されるまでにしっかりと答えを導き出していただきたいなと思います。

 さて、この普天間飛行場、返還されるまでは依然として宜野湾市の真ん中にありまして、市民生活にはかり知れない損害といいますか、損失、迷惑を強いられているわけでございます。その代償というのは、当然私たちは求めてしかるべきだと思います。現在、市当局ではどのようなことを要請しておられますか、また今後の計画がありましたら教えていただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 基地政策部長。



◎基地政策部長(具志清栄君) お答え申し上げます。既に皆さん御承知かと思うわけですけれども、防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律というのがございます。これは当然の問題として第4条の住宅防音、8条の民生安定施設整備事業、9条の調整交付金、そういったものはできるだけ取れる分は取って運用していくというような手法はとっておるわけですけれども、それ以外の基地問題に関する代償としては、現時点で私ども、はっきりした考え方は持ってはおらないわけですけれども、やはりこの法律の許す範囲内でもって、あらゆる角度から今後検討を加えていく必要があろうかというふうに思っております。簡単な一例としては、平成10年に執行されました参議院議員選挙の通常選挙のときに投票箱の輸送を、基地内の道路を使わせてもらったということもありますし、さらにまた沖縄県の消防協会が取りまとめた問題として、緊急車両等の基地内道路の通行の問題、これにつきましても去った三者協のテーブルにものったということも聞いておりますし、いろいろ法律に明記されてないその他の代償については、庁内のまた関係部署ともよく意見交換をしながら、それの方向づけをしていきたいというふうに考えております。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 今、緊急車両の基地内通過の問題等についても答弁がありましたけれども、SACOの中間報告の中に騒音軽減イニシアチブの実施ということで、普天間飛行場における夜間飛行訓練の運用を制限するという項目がございます。そういうこともありまして、現在市内については全域が防音工事実施地域に、対象地域にはなってないわけですね。そういう意味ではヘリコプターは決して滑走路と並行に飛ぶのではなく、縦横無尽といいますか、あちこち飛んでいるわけですから、市内全域を防音工事対象地域として求める必要があるのではないか、あるいはどうしてもしばらくここにあるのであれば、例えばこれ夢物語になるかもしれませんけれども、市内の500メーター上空に飛行機が落ちても安全な網をつくると、これを要求するとか、基地あるがゆえに我々は、例えば喜友名から宜野湾に行くのに、国道を迂回していかなければならないわけですけれども、毎日、宜野湾市民はこういうふうに迂回をしているわけです。そういう意味では市内一周バスもありますけれども、このバスの無料化、そのための費用を国の方に求めていくということも、また一つの代償としての方法ではないかなと思いますが、それらのことを今後まとめて要請される予定がありますでしょうか、お願いします。



○議長(天久嘉栄君) 基地政策部長。



◎基地政策部長(具志清栄君) まず、1点目のSACOで合意された普天間飛行場の運用の問題ですけれども、SACOの報告の中に普天間飛行場における夜間飛行訓練の運用の制限という項目がございます。米軍の運用上の即応体制と両立する範囲内で、最大限可能な限り普天間飛行場における夜間飛行訓練の運用を制限するということで、これはSACOの合意事項でございます。しかしながら、実質的にはSACOの合意事項はそういう形になっておるわけですけれども、深夜、あるいは早朝の飛行訓練というのは日常的に行われておるのが実情でございます。

 昨年の8月に、市内8カ所に航空機騒音をキャッチする測定器8基を設置しまして、今月で1年になるわけですけれども、過去1年間の航空機騒音等の実態等を分析する中で、これからまた住宅防音の本来のあり方といいますか、あれは平成8年の夏ごろから一部旋回コースの変更もありまして、騒音公害というのが従来は飛行場の東南部だったわけですけれども、これが西海岸一帯まで拡大してきているというような状況でございます。従って、過去1年のデータをもとにしながら分析し、県や国にも訴えていきたいというふうに考えております。

 それから、住宅防音の実施につきましては、これは一つの防衛施設庁が定めた基準がありまして、いわゆる第1種の区域が80WECPNL、これはうるささの指数ですけれども、これが第1種です。それから第2種が75WECPNLのうるささ指数ですけれども、おのおのそういう基準がありまして、さらにまたこの第1種、第2種の区域においても、特に第1種については、昭和56年の7月18日以前からある既存の建物しか住宅防音が適用されないと、さらに第2種においては、昭和58年の9月10日以前の既設建物と、そういうふうに限定をされておるわけでございます。しかし、そういう基準の問題、あるいは区域設定の問題、そういったものもこれまで実測してきました過去1年間のデータを分析する中から、できるだけ防音区域の拡大ができるように、この普天間基地が運用活動している期間はそういった配慮ができるように、これからも取り組んでいきたいというふうに考えております。

 それから、いわゆるバス賃の問題、そのほか基地内道路の問題、確かに御提言ということで受けておきたいわけですけれども、これは全庁的にどういった問題があるのか、どういった問題がまた事例が考えられるのか、その辺も含めて内部で十分話し合いをして、那覇防衛施設局のほうにも相談申し上げてみたいというふうに考えております。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) バスの問題については、やはり多くの市民が基地あるがゆえに迂回をしなくてはいけない、そして役所に来るために、どうしてもバス賃で二重三重に負担を強いられているわけです。そういう意味では、これ当然認められてもいいようなことだと思います。そして、防音工事についても、ぜひ精力的に取り組みをし、市内全域が対象地域になるように頑張っていただきたいと思います。

 次に、キャンプ瑞慶覧基地の返還についてお尋ねしたいと思います。日米特別行動委員会の報告の中で、部分返還がうたわれ、このことについてはまた市も地主会も反対をしてきました。その後何らかの変化があったのでしょうか。また、返還予定日までにどのような行動計画があるのかを教えていただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 基地政策部長。



◎基地政策部長(具志清栄君) お答え申し上げます。平成8年12月のSACOの最終報告におきまして、キャンプ瑞慶覧並びにキャンプ桑江に関する部分がございます。特に瑞慶覧とキャンプ桑江の住宅統合については、平成19年度末までをめどにキャンプ桑江及びキャンプ瑞慶覧の米軍住宅を統合し、これらの施設及び区域内の住宅地の一部を返還すること、キャンプ桑江については海軍病院がキャンプ瑞慶覧に移設され、キャンプ桑江内の残余の施設がキャンプ瑞慶覧または沖縄県の他の米軍施設及び区域に移設された後に、平成19年度末をめどにキャンプ桑江の大部分を返還すると、これによりキャンプ瑞慶覧の普天基ハウジング地域の一部、55ヘクタールが平成19年度末に返還されると、これがSACOの合意事項でございます。平成8年にそういうSACOの合意事項が出まして、いち早く宜野湾市軍用地等地主会並びに本市並びに商工会が一体になりまして、キャンプ瑞慶覧の返還に関する要請をしてございます。

 この要請の中で、第一にその返還に反対する理由として、地元の意見がまず反映されていないということ、さらに現況の状況把握がなされていないと、いわゆる55ヘクタールの返還部分の大半が斜面緑地であると、従って開発が非常に厳しいという理由。さらに、キャンプ瑞慶覧部分の一部の細切れ返還であり、有効的な街づくりはできないと、そういうような3点の理由を挙げて、いち早く平成8年12月18日に要請行動をしておるわけでございます。

 しかしながら、日本政府、特に那覇防衛施設局は、SACOの合意事項を受けまして、このキャンプ桑江並びにキャンプ瑞慶覧の住宅の統廃合計画については、淡々と進めていきたいというようなことを言われております。これに対して何回か那覇防衛施設局と市長を交えて協議は重ねておるわけですけれども、国の既定方針は今のところ変わりはないと、いわゆる平成19年度をめどにキャンプ瑞慶覧の住宅統合、それから海軍病院の移設をやりたいというような説明を受けておる段階でございます。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 国は淡々と進めていくということであるようですけれども、そうであれば細切れ返還に反対ということで、反対だけではなくて、やはり宜野湾市としてはこの瑞慶覧基地が返還されたときには、こういう構想があるのだと、全体的にこういう構想。そして、その場合にせめて今回の返還については、この部分までは返還をしていただきたいというような、逆にこちら側から宜野湾市の街づくりにとってこれだけは必要なのだから、いわゆる県道から国道までの部分を、今は県道側の斜面部分というふうになっているわけですけれども、国道にしっかりと道が通れるように、西海岸と結びつきができるような、こういう予定をしているのだと、あるいは計画の中でそういう構想を練っていただいて要請をしていくべきではないかと思います。そのために調査費についても、あるいは構想策定費用についてもしっかりと、これは基地の問題ですので国のほうに予算要求をして、ぜひ19年までには、宜野湾市にとって本当に望ましい街づくりの一部になるような形で進めていただきたいと思いますが、どうでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 基地政策部長。



◎基地政策部長(具志清栄君) お答え申し上げます。ただいまの御意見、確かにもっともな御意見だというふうに受け止めております。この内容につきましては、私ども那覇防衛施設局のほうにも明確に要求もしてあるわけでございます。申し上げましたように、一部分的な細切れ返還ということではなくて、もっと奥行きのあるような返還の仕方、返還されても跡地利用計画がスムーズにいくような手法、これがすなわち今御指摘のある国道58号線まで、県道宜野湾−北中線に向けての沿線の返還の拡大、そういったものを今要求をしておるわけでございます。しかし、国としてはSACOの合意事項については若干の修正は考えられるけれども、それがまた大筋を変えるようなことは、これは日本政府だけの問題ではないというような話もあります。

 さらにまた、これに加えて返還部分を58号線までの沿線まで拡張することによって、基地のまた運用等の問題、そういったものも対米的な問題もあって、かなり厳しいというような報告も現段階では聞いておるわけでございます。従って、今御指摘の件につきましては、引き続きどういう形での返還が市にとって、あるいは地主にとっても好ましいかどうか、引き続き国とは協議をしていきたいというふうに考えております。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) ぜひ庁内でも、そしてまた地主会の皆さんとも精力的に相談をし、協議をしながらこの問題については、積極的にまた取り組んでいただきたいと思います。

 次に進みます。行財政改革についてということで2番目に取り上げております。行財政改革については、本市は平成9年に行財政診断を受け、答申がありました。平成10年に第2次行政改革大綱が策定をされ、その後、推進本部を設置し、幹事会、部会等を編成して取り組んでおられると思いますが、それぞれの構成メンバーと役割について教えていただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 休憩いたします。(休憩時刻 午後2時38分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後2時39分)

 総務部長。



◎総務部長(喜瀬昭夫君) お答え申し上げます。行財政改革、平成10年の5月に答申を受けておりまして、答申の内容について推進本部で決定をしております。その決定した分について幹事会で検討しながら、これまで実施計画を策定するために努力をしておるところでございます。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) これまで取り組んでこられているということでございますが、ここに行財政改革に伴う経費節減数値というのが、資料として当局からいただいているわけですけれども、平成8年度から11年度までの数値が出ております。平成8年度が6,582万円、そして平成9年度が1億582万円、平成10年度が8,354万2,000円、平成11年度が1億626万1,000円となっています。この資料によりますと、平成8年度からの制度の見直しでしょうか、3項目、平成9年度から4項目が継続して実施をされておりまして、さらに管理職の不補充という項目が挙げられています。この管理職不補充というのは、現在いくつかの次長職に空きがあると思いますけれども、これは行財政改革の計画の中で次長制度の見直しをするという方針が決まってのことでしょうか。そうであれば、その目標や年次計画を教えていただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 総務部長。



◎総務部長(喜瀬昭夫君) お答え申し上げます。管理職の不補充というよりも、定年退職をする方の不補充も図っていきたいということであります。それで、今おっしゃる管理職等については、先程お話があった行財政診断に基づく機構の見直し、あるいは特定管理職の見直し等もありまして、それに沿った形で段階的に退職時の中で次長職の課長兼務も含めて職員の再配置、あるいは定数の見直しを図っていきながら、これから多大な業務が出てくるものに対する対応をしていきたいということでございます。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 次に、宜野湾市の計画なのですけれども、財政計画はどのようになっていますか。



○議長(天久嘉栄君) 企画部長。



◎企画部長(崎間興政君) 宜野湾市の財政計画についてでございますけれども、財政計画につきましても毎年のローリング方式で財政計画を設定しているわけでございます。平成10年の11月に、平成11年から13年までの実施計画の裏づけ等の財源の確保ということも、財政計画の中で策定をいたしてきました。ただ、財政計画の中で大変予測として難しい面がございます。特に11年度で国の財政の状況によって全くの予測ができない数値がございます。今回は市民税の減税であるとか、あるいはたばこ消費税の改正、地方特例交付金の創設であるとか、減税補てん債とか、そういったものが確実な数値がつかめなかったということで、かなり財政計画の中で狂いが生じたわけでございます。今後そういったことについても事前にいろんな情報等を取り寄せながら、より精度の高い財政計画を目指しているところでございます。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 部長、ここに平成10年11月10日に出された財政計画案というのがあるわけですけれども、これによりますと、財政計画の収支見通しについて、あるいは行財政計画についてということで収支見通しを試算していく場合、行財政改革の実施計画も反映させていくべきではあるが、具体的措置事項にかかる実施計画の方針が決定されていないため、現段階で反映させることができない現状にあり、今後、決定次第対応していくこととするというようになっております。そして、これは予算規模の見通しについてですけれども、平成12年、13年と財源が不足する状況にあるというような形で載っておりますけれども、これだけの財源が不足するという予測なのですが、その手当てとしてはどのように考えておられるのか、その計画と年次ごとの数値目標があれば教えていただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 企画部長。



◎企画部長(崎間興政君) 財政計画において行革関連が反映されていないということの御指摘がありましたけれども、できるだけ行革関連が反映された財政計画を策定しようということを目指しているわけでございますが、具体的な数値目標というのが、まだできていないという状況で、その辺については予算編成の段階で捕足をしてまいっているわけでございます。

 それから、財政計画の中で平成12年、13年で、見通しとして当該年度の歳入で当該年度の歳出に不足を生ずるということで、平成12年が1億8,000万、平成13年が2億5,000万程度の歳入不足が予測をされておりますが、この件についてはできるだけ当該年度の歳入で予算編成ができるように、行革等についても全庁的な取り組みが必要でありますが、不足する財源につきましては財政調整基金のほうで、これ年度間の調整、財源としてある程度蓄えをしておりますので、とりあえず平成12年、13年はある程度財政調整基金の中で対応ができるものと考えておりますけれども、ただ、これから将来的な見通しを立てる場合に大変厳しい面がございます。一例申し上げますと、平成12年度の場合は、大謝名小学校の全面改築、それから福寿園の全面改築、それから喜友名、志真志の街区公園の用地買収、整備等がございます。さらに市民要求といたしましては、老人福祉センターの58号線沿いの建設の要請もございます。さらに、教育研究所の建設の問題であるとか、あるいは青少年センターであるとか、宜野湾給食センターの移設の問題等、これだけ財政需要があるわけで、将来的な財政を見ると大変厳しい状況でございます。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 将来的には大変厳しい状況であるということであります。そこで、先程申し上げましたように、いわゆる行財政改革の実施計画がまだ策定されていないということでありますけれども、これは去年の11月ですから、その後の変化はあったかと思いますが、現在その計画はどのあたりまで進んでいるのでしょうか、教えてください。



○議長(天久嘉栄君) 総務部長。



◎総務部長(喜瀬昭夫君) お答え申し上げます。行財政改革の実施計画につきましては、実施メニュー項目として65項目挙げておりまして、この65項目についてそれぞれ先程説明しました幹事会で受けるもの、あるいは他の部、それぞれの部局で受けるものがございます。この辺を各部に分割して今調整をしている段階です。少なくとも12月までには、このことについては実施を策定していきたいと、さらに去った4月にはこの行財政改革の実施計画を策定するために、どうしても体制強化は必要だということで、事務管理課に職員も1人強化をしていきましたので、遅くとも12月までにはこの実施計画を策定していきながら、先程、御指摘のあるこの2年間で約2億近くの節減もしておりますし、そういったことを目標にしながら新たな財源に向けて努力をしていきたいと思っております。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 12月までには策定をしていただけるということで、大変安心をしております。やはり行財政計画をしっかりと策定をしていただいて、そしてさらに大事なことは、やはり数値目標をしっかりと各項目ごとに入れていくべきだろうと思います。65項目あるわけですけれども、その中には短期的な目標、あるいは中長期的な目標があろうかと思います。その辺の数値目標をきちんと出していただいて、取り組みをしていただきたいと思います。さらには、やはりそういう目標だけではなくて、この際いわゆる地方分権の時代に向けても、職員の精神的な目標についても、文字にしてしっかりと各課のみんなが見えるところに掲げてみてはどうかなという提言をさせていただきたいと思います。

 先程、福祉部長にお尋ねしたところ、国保の場合、徴収率を、毎月の目標値と実績の計画をしていると。それはやはり一つのグラフにして、目標値と実績を毎月チェックを入れていく、これは土建部でもそうだと思います。そのときの工事、その年度内の工事がいつまでにはどういうことを済ますのだと、どの辺まで終わるのだという目標をしっかりと決めていただく。これは課長や部長のノートに書き込むのではなくて、やはりみんなが見えるところに表示をする。そのことが部課の人たちに共通認識を持っていただけると、そしてさらに国保については、市民にも見えるようにすることにおいて、納付思想というのがさらに高まっていくのではないかという思いをしております。

 さらに、各年度ごとに人事異動もあろうかと思いますが、各自の年度の業務内容についての目標をひとつ作文といいますか、レポートにして書いて部課ごとにまとめておくと、そして年度の終わりに各自が自分の目標を設定したことに対して自己評価をし、そしてそれをお互いの課で、あるいは係で話し合う。こういうこともひとつの行財政改革、そしてあるいは地方分権に向けての職員のさらなる資質の向上にもつながっていくのではないかなと思います。

 職員の中には、いろんなアイデアを持っている方がいると思います。たしか平成8年でしたか、郵便での発送の点についても職員からの提案だったと思います。そういう意味ではアイデアが出しやすい雰囲気づくりをしていただいて、そしてこのような取り組みを、ぜひ精力的にやっていただきたいなと思います。自分たちが長い間慣れたやり方というのは、なかなか変えられるものではありません。しかし、宜野湾市の職員であれば必ずその辺のものが解決できると思っております。縦割り行政の中では、なかなか他の部や課に対して言えない部分もあろうかと思いますけれども、これから迎えるやはり21世紀の街づくりにおいては、市当局、市長を先頭に職員が一丸となって取り組んでいくことが大事だと思います。そういう意味では、皆さんの御奮闘を期待しております。ぜひそのことについては、部長の決意をお聞かせください。



○議長(天久嘉栄君) 休憩いたします。(休憩時刻 午後2時53分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後2時54分)

 総務部長。



◎総務部長(喜瀬昭夫君) お答え申し上げます。御指摘と激励、本当にありがとうございました。行革については、御指摘のとおり早めに実施計画等も策定をしながら、新たな財源確保に向けて努力をしていく所存であります。それから職員の意識改革についても、御指摘のとおり私たちも努力をしながらできる限り職員のやる気、意識を高めていきたいと、さらにそれぞれの分野において業務報告等も職員はやっておりますし、ただ、通常の流れでどういうような形でこれから業務を進めていくかについても、今後検討しながら前向きに考えていきたいと思っております。よろしくお願いします。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) ぜひ頑張ってください。

 次に進みます。公園事業についてでありますけれども、喜友名区の街区公園について、現在の進ちょく状況を教えていただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 都市開発部長。



◎都市開発部長(仲村春英君) お答えいたします。喜友名街区公園の進ちょく状況ですが、喜友名街区公園につきましては、平成6年の3月に自治会のほうからも要請がありまして、それを受けまして平成11年度の今年度の債務負担行為で予算確保をしております。そして、地権者への事業説明を行い、地権者の同意を得て先月、地区界の測量を終えているところでございます。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 先月、地主の同意を得ているということでございますが、宜野湾市が予定している全地域と理解してよろしいでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 都市開発部長。



◎都市開発部長(仲村春英君) お答えいたします。予定面積ですが、1,850平方メートル、地権者が沖縄電力ほか3名になっております。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 次に、海浜公園ビーチのデッキについてお尋ねしますが、木製であるがゆえに腐食が進んで、ところどころ穴があいております。これはいつ改修する予定になっておりますか、お答えお願いします。



○議長(天久嘉栄君) 都市開発部長。



◎都市開発部長(仲村春英君) お答えいたします。海浜公園の木製デッキの腐食につきましては、平成10年から部分的に補修をしている状況であります。平成11年度の海開きに向けて、その一部の腐食分を補修してきましたが、その後も腐食が増えております。施工した業者にその辺の調査も依頼し、今年度約20平米余りを補修していただきました。今後その腐食の原因等を調査し、それを受けてどのような補修方法があるのか、それを検討していきたいというふうに考えております。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) ことしの3月ごろでしたか、腐食したところに板でカバーをするという方法でされておりましたけれども、そうではなくて、抜本的な修繕、改修をぜひしていただきたいと思いますが、どうでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 都市開発部長。



◎都市開発部長(仲村春英君) お答えいたします。先程も御説明申し上げたように、その腐食の原因、それからどういう形で今後補修すれば恒久的な補修ができるか、その辺検討して、また財政当局とも調整しながら、十分使用に耐えるような方法で対策を講じていきたいと考えております。



○議長(天久嘉栄君) 新垣清涼君。



◆2番(新垣清涼君) 次に、多目的広場の外灯についてですが、朝までついているのですが、これを自動点滅に換えられませんか。



○議長(天久嘉栄君) 休憩いたします。(休憩時刻 午後2時59分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後2時59分)

 都市開発部長。



◎都市開発部長(仲村春英君) お答えいたします。照明については自動点滅でありますが、ただいま故障しているみたいで、今後その辺の修繕をきちっとやっていきたいと考えております。



○議長(天久嘉栄君) 以上で2番 新垣清涼君の質問を終わります。



○議長(天久嘉栄君) 暫時休憩いたします。(休憩時刻 午後3時00分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後3時17分)

 休憩前に引き続き一般質問を行います。29番 又吉清義君の1、2の質問を許します。又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) こんにちは。激励等も飛んでおりますが、議長からお許しがありましたので、順を追って質問に移させていただきますが、その前に本員も宜野湾市民の生命、財産の安全確保のためにということで、沖縄県知事稲嶺恵一へ、去った9月14日に米海兵隊普天間基地の宜野湾市海上への暫定移設についてということで要請した一人として、それを踏まえながら市長には質問に移させていただきたいと思います。

 まず1点目に、なぜ1995年11月にSACOが日本国政府及び米国政府によって設置されたか、その点を市長にお尋ねしたいと思います。あとは自席から質問に移させていただきます。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。SACOの最終報告をそのとおり、ストレートに解釈申し上げております。両国政府は沖縄県の負担を軽減し、それにより日米同盟関係を強化するためSACOのプロセスに着手すると。SACOと申し上げますと、先程の質問にお答えしましたとおり、11事案と、それから日米地位協定に基づく運用の改善等の20項目ぐらいでございます。それをすることによって、少なくとも沖縄県民の負担を軽減するという目的で設置されたと思います。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 市長のほうもSACOがなぜ合意されたか十分御承知だと思いますので、あえてこれ以上お尋ねいたしませんけれども、もう一点だけSACO合意についてお尋ねいたしますけれども、SACO合意において普天間飛行場に関する最終報告、それについて実際、普天間飛行場返還については、規模、方法、基地機能等、どのように明記されているか御説明願いたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 休憩いたします。(休憩時刻 午後3時20分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後3時21分)

 基地政策部長。



◎基地政策部長(具志清栄君) お答え申し上げます。SACOの最終報告の中で普天間飛行場に関する件であるわけですけれども、その中から読み上げていきます。普天間飛行場の返還、普天間飛行場(481ヘクタール)を今後5ないし7年以内に返還。さらに、普天間飛行場返還の条件として、普天間飛行場の現有機能能力の維持、代替ヘリポートの建設(沖縄本島東海岸沖の水域での撤去可能な海上施設を追及)、さらに嘉手納飛行場における追加的施設の整備、そしてKC130航空機の岩国飛行場への移駐、さらに危機に際しての施設の緊急使用に関する共同研究の実施、そういったものが普天間飛行場返還の最終項目の合意内容であります。さらに加えて、普天間飛行場代替ヘリポートの検討ということで、代替ヘリポートの実施計画を1997年12月までに策定と、これは当然過ぎてしまったことの年度であるわけですけれども、そういったものもうたわれております。

 それから、このヘリポートの検討の中で、検討の前提として海上施設の規模、常駐部隊、機能、施設、それから2点目に検討の内容として海上施設の設置場所、工法の決定、そういったものが織り込まれております。

          (又吉清義議員「具体的に規模。」と呼ぶ)



◎基地政策部長(具志清栄君) 規模について現有施設は約481ヘクタール、それから検討の前提としての海上施設の規模としては、長さ約1,500メートル、括弧書きで滑走路延長約1,300メートル程度ということで、短距離で離発着できる航空機の運用にも対応できるというような内容でございます。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 部長のほうで少しだけ言い足りないと思いますが、撤去可能な海上基地であるとした場合に、滑走路の大きさが約1,500メートルだということですよね。これ市長のほうも企画部長時代のときに取り扱っておりますから、本員よりもかなり詳しいかと思います。といいますと、約1,500メートルとした場合に、多分この480ヘクタールですか、現在の基地の面積よりも具体的に皆さんとしてどのぐらいの規模縮小になるのかおわかりだと思いますが、具体的にどのぐらいの整理、縮小になるのか御説明願いたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 基地政策部長。



◎基地政策部長(具志清栄君) お答え申し上げます。移設前提条件としての規模等については先程申し上げたわけですけれども、面積比率で実際はじき出したことはございません。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 部設置でしたら、早めにはじき出していただきたいと思います。本員ではじき出したのですが、約5分の1の大きさになるということで、皆さん、はじき出してないと思うのですが、ご存じであるのだけれどもちょっと言いづらいかなということで、本員がかわりに述べておりますが、そこで皆さんにお伺いいたします。本員は去った14日に稲嶺県知事に、このような規模で実際西海岸のほうにそれを暫定的に移設した場合に、どのような条件でお願いしたかと言いますと、現に今、伊佐、真志喜、大山等いちばん遠いところの民家からフェンスまで約1キロでございます。これを沖合展開することによると、2キロ、3キロ沖にそういった現在よりも小さい海上へリポートを持っていくと、本員はどう見ても騒音等も小さくなるし、訓練場も海域になってしまうし、民間上空は飛ばないものだと解しておるのですが、部長、または市長のお考えでは、どのようにこれが展開されると予想しているか、御説明願いたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。まず、西海岸の移設問題につきましては、先程の御質問にもお答えしましたとおり、これは3月定例でも出ましたし、6月定例にも出ました。これはまずその前に移設可能としても、まず市民全体の合意を得るかどうかという大きな問題もさることながら、まず技術的にどうなのだということで、国に問い合わせしましたところ、権威ある方の発言として、全くそういうことはあり得ないということの言明でございますので、それ以上のことは検討する必要もないし、やっておりません。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 市長のほうでお尋ねしたところ、そういうことはあり得ないのではないかということで検討したことないとおっしゃっておりますが、私は市長のほうにやはり宜野湾市民8万5,000市民の生命、財産を預かる一つの宜野湾丸の長としたならば、これをもっと正式に本当にできないのか、もっと強く私は突っ込むべきだと思います。そうして初めて8万5,000市民の生命の安全を守るために本当に可能かどうか、ただ、口頭で聞いてできませんと言われたから、ああ、そうですかと、であればあまりにも私たち宜野湾市民の生命、財産が軽く私は扱われているものとして、市長としてそれでいいのかと非常に疑問が生じます。

 そういうと、本当に工法等可能であるかどうか私は文書でも出すべきだと思います。それはなぜかと言いますと、先程午前中にも1番の桃原議員からありましたけれども、本当に私たち宜野湾市民8万5,000市民の生命を預かるためにどれがよりベターであるか、いろんな角度から私は検討するべきだと思います。それをいろんな角度から検討はしないで、難しいのを先送りにすると、それでいいのかということです。現に先送りにすればするほどどういった現象が起きるかというと、普天間第二小学校、あまりにもかわいそうでございます。毎日滑走路の下で授業、勉強でございます。1日も多くなればなるほど生徒はどうなるのですか、よくなることは決してありません。そして、ヘリコプターの旋回場所、以前は普天間から長田、我如古等を旋回しておりました。今は真志喜、大山、伊佐を旋回しております。いかにヘリコプターの騒音がうるさいか、真志喜、大山、伊佐の区民は十分承知したと思います。ですから、私たちはこれはどうあるべきかぜひ検討すべきなのです。しかし、市長としてはこれをどうあるべきか、いとも簡単に口頭で聞いて、ああそうですかと、これでは私はあまりにも悲しいと思います。

 そういう意味で、やはり本当に真に宜野湾市民8万5,000市民のことを考えるならば、もっと真剣に私は考えるべきだと思います。そればかりではありません。やはり宜野湾市の西海岸でも受けること自体、嫌だというのであれば、ましてやこれが県内で受けられるはずは私はないと思います。県外も到底無理だと思います。それでいいのかということです。これでは絶対いけないと思います。日米安保条約、そしてSACO合意を知っていれば、こんな県外、国外に持っていけという砂上の楼閣みたいなことを私はこれ決して言いません。もっと現実的にお互い考えながら、そしてその暫定的移設をしながら、将来的に県外、国外へ持っていくなら持っていかせればいいじゃないですか、何も難しいものはないと私は思います。まずは街の中にある、ど真ん中にあるこの危険な基地を、やはり宜野湾市民のためにできるだけ被害が少ないところに暫定的にでも移してもらって、そして大いにお互い県外、国外に持っていくための運動をしようじゃありませんか。こんないいことがどこにありますか。

 私も大いに賛成いたします。皆さん御存じのとおり県外、国外を幾ら唱えたって、3年半も何も変化ございません。これ市長十分御承知だと思いますよ。それをわかっていてあえてやはり凍結にしていいのかということを考えた場合は、私はこれでは将来的に子や孫のために許される問題ではないと思います。やはりそのような点から、市長はいろいろシミュレーションを描いているかと思いますので、お尋ねしたいと思います。

 まず1点目に、やはり市民的立場から見て、この西海岸案と、そして今県が予想しているであろう複数案を考えた場合に、まず県が考えている複数案について、市民的立場から見た場合にメリット、デメリットは市長はどのようにお考えになっているか、御説明願いたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。私、西海岸移設問題については、単なる比嘉盛光個人でお尋ねしたわけではございません。権威ある航空幕僚長にお会いしてこの問題をただしました。相手も公務として来ていることは承知の上で、お答えいただいておるわけでございます。従いまして、2度お会いして2度とも同じことで、管制空域の問題でここには技術的に不可能ですというお答えでございます。それ以上押す必要があるかどうか、また質問される方はあてがあってのことなのかどうか、その辺もお聞きしたいわけでございますけれども、私としてはまず市内移設云々する前に、その可能性についてはやはり行政の長として、議会で出た以上その意向を尊重してそれをただしてみたわけでございます。従いまして、これは口頭とはいえ、当然公式な見解だと承っております。2回とも幕僚長が直接お会いしてくれましてその話を聞きました。先だってまた知事が新聞紙上で表明したことも裏づけております。従いまして、それ以上私として、国に対して西海岸の可能性を追求する必要があるかどうか、それがまず問題でございます。

 そして、また複数案の問題と西海岸の問題についてのメリット、デメリットの問題があるわけでございますが、まだ県から県内のどこという提案もないままに宜野湾市長がこのメリット、デメリットということについて言及することは、今のところはできる状況じゃないんじゃないかと。申し上げますのは、移設先については国、県で十分話し合いをして解決していただきたいということを申し上げているわけでございますので、その辺でいま仮にという形での複数案ということになりますと、県が発表もしないうちに、仮にという形で宜野湾市側から特に特定してメリット、デメリットということを答弁する必要はないのではないかと考えます。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 市長のほうにお尋ねいたしますけれども、航空圏等の問題いろいろあるでしょう。がしかし、昭和53年度に現在のヘリコプター部隊、ハンビー飛行場のほうからやってまいりました。そう考えた場合、やはりあそこも西海岸だと本員は思います。そして、航空圏の問題等もこれは国と国が決める問題であるし、特に米国本国が主に重要な判断の基準になるかと思います。やはりその意味では今から20年前はちゃんと西海岸にヘリコプター部隊はあったのです、皆さん。しっかり飛んでおります。そのハンビーからこちらに来るとき、危険なものが宜野湾市内に来たとき、市民どころか行政もだれ一人反対運動はしておりません。何の反応もありません。なぜ街に、ど真ん中に来るときは何の反応もないのに、あえて街のど真ん中から異動するときに、なぜ皆さんワッサイワッサイしないといけないのですか、私は逆だと思います。

 やはりその意味でも、そして先程、市民的立場からメリット、デメリットと言いましたけれども、何も移設先は私たちが決めるのではないです。県や国が決めるのです。やはりその意味で私たちは宜野湾市民の代表として、いちばんメリットある方法を私たちは要求しておくべきだと思います。何も市長がここにしなさいという必要はないと思います。今から考えられるであろう跡地利用の問題、そして雇用問題、地主の立場等、宜野湾市にとっていちばんメリットはどこかなのです。なぜ県民が反対だからということでその世論に流されないといけないのですか。沖縄県民全体が宜野湾8万4,000市民の命を救ってあげるのですか、私たちは今8万4,000市民の命をどう救うか、これが非常に問題だと思います。その原点に立ち返った場合には、やはり宜野湾市民の生命、財産を預かる場合に、そして今から今後予想される問題等において、いちばんどれがメリットがあるか、やはり宜野湾丸を預かる市長として私はそれをお考えになって、県のほうにもやはり意思表示をするべきだと。決定は県や国がいたしますからそこまではできないと思いますが、やはり一つの案として、私はもっと積極的に突き進んでいただきたいと思います。

 引き続きまして、仮に跡地利用の面から考えた場合に、移設先が決まらなくてどうのこうのと言っておりますが、市民的立場から考えた場合に移設先がまだ案も出ていないから、考え切れないと述べておりますが、跡地利用については移設先も案もまだ決まってない段階で、なぜ皆さん議論ができるのか、その違いは何でしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 休憩いたします。(休憩時刻 午後3時37分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後3時38分)

 市長。



◎市長(比嘉盛光君) ちょっと今まだ飲み込めておりませんけれども、はっきり申し上げて、例の普天間飛行場西海岸移設ですが、これは1981年12月31日にハンビー飛行場は閉鎖されて、普天間飛行場に移設されております。その背景ですが、やはり空域管制等の問題が大きかったということを言われております。従いまして、飛ぶヘリについてもかなりの規制を受けながらの訓練だったようです。やむを得ず42.5ヘクタールですか、閉鎖して普天間飛行場へ来たということも聞かされております。その辺からして西海岸への移設はあり得ないということの御答弁でございました。従いまして、この件についてはまず念頭に置いて進めるべきではないという立場で、行政側としては西海岸の問題については全く検討していないということでございます。

 ただ、跡利用について国に要請するのは、これは至極当然な話だと見ています。ということは、強制的に収用されて、しかも復帰前の地料を考えてみてください。そして、なおかつまた講和発効される前、全く地料も払わないままに使われ放しでございました。地主の受けた損失もさることながら、今日ではこの普天間飛行場は単なる地主のみならず、住んでいる8万4,500市民の生活教育環境まで破壊し、なおかつ街づくりの上でも経済的損失は、はかり知れないものがあるわけでございます。見てください、42.5ヘクタール返された北谷町、今53市町村でいちばん活気のある町です。それは何かというと、やはり飛行場が開放されて、あれが種地となって企業がどんどん来たためにあれだけ発展しているわけでございます。それからすると、当然のこととして54年もこの普天間飛行場が中心部を占めたということからすると、国の配慮として、当然財政要求は移設先との問題は別としても配慮すべきだという考えで要請しております。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 市長がおっしゃるように、現に飛んでいて、航空空域の問題でなったかということなのですが、しかし裏を返せば、やはりそういった飛ぶことも可能であるということにもまた解することもできるのではないかと本員は思います。そしてまた、市長がおっしゃったように、返されたハンビータウン、非常に活気づいております。そういった意味でもやはり一日でも早く移設先が決まることがいかに重要であるかというのも、私は大きなポイントだと思います。そして、これが3年半たっても県外、国外というふうに唱えておっては、いつまでたっても決まらない。そして、県内移設についてもまだ案も上がって来ないと、そういった状態を考えた場合には、この480ヘクタール余りのこの広大な宜野湾市民のこの土地、やはり面積、本当にそのままでいいのかなと、これを一日でも早く活用し、また一日でも早く危険を取っ払う意味でも、そういった暫定移設であるにしろやはり要望して、私たちは一日でも早い安全と跡地利用を本員は考えるべき問題だと思います。

 そして、同じく跡地利用の問題を考えた場合には、財源的支援等も国等からより多く受ける意味でも、やはりどこも受け入れてくれなければ、当市のほうでもそれを暫定的に受け入れることにより、私はもっともっと支援等も大きく受けることができるだろうし、跡地利用に関しても一日でも早く、またより素晴らしいのができると思います。そういった意味では、西海岸案というのは私は非常に大きなメリットを持っているものだと思っております。

 そして、同じく雇用問題に移らせていただきますけれども、仮に今約200名近くの軍雇用の方がいます。彼らが仮に県の出すであろう複数案となった場合には、やはり通勤距離の問題等も出てきます。しかしせめて危険であるヘリパッドだけを西海岸のほうに移設した場合には、そこにはそういった兵舎であり、そういったレクリエーションの施設を残すことによって、雇用問題等もそこにおのずから発生し、彼らも現状どおりで問題はなくなると思いますが、その点についてお尋ねいたします。やはり雇用問題の点から考えてもかなり不利になるかと思いますが、市長としてはいかなる考えでしょうか、御答弁お願いいたします。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。まず、普天間飛行場でございますが、これは去年の資料なので少々変動があるかもしれません。ただいま基地に働いている方々が179人でございます。御質問の趣旨からしますと、滑走路だけ海上基地に移して、そのままあとの施設は残して雇用に結びつけるという内容の趣旨かと思いますが、このことにつきましてはいつでしたか、北谷町の例を申し上げて御理解いただいたわけでございますが、北谷町は御案内のように42.5ヘクタールがハンビー飛行場でございました。これが1981年に返されて、それを種地にしまして基地も返され、民間用地等を活用しまして、ただいまでは188の企業、これは一昨年でございますので、恐らく今は200以上超すと思います。そして雇用の数も1,151人、ただいまではもっといっていると思います。わずか42.5ヘクタール返されて、それが跡地利用として開発されて、現時点でこのような形で雇用効果も、それから企業誘致もかなり成功しておるわけでございます。これの数倍もある普天間飛行場、このまま基地として存置した場合の雇用問題と企業誘致の問題、経済振興面、果たして残して、滑走路だけを移して活用した方がいいのかということについては、とてもじゃないが経済の理論上からも、私としては果たして妥当性あるかどうか、いまいち真剣に取り組む必要があると考えます。

 従いまして、申し上げますならば、可能な限り全部返していただきまして、跡地利用をきちっとやって利用することにより、今の179人どころか数倍の雇用力もあるし、経済力も高まるという考え方を持って、普天間飛行場問題の返還については取り組みしておるわけでございます。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 市長と本員のかなり意見のずれがあるのですが、これも仕方ないことかなと思いますが、従業員の179名プラスメイドハウス20名がおりまして約200名だということです。本員は200名近くの働いている方がいらっしゃると、そしてその家族関係を見た場合には、やはり1家族当たり3名から5名の家族がいるであろうと、それを考えた場合には、宜野湾市民の約800人の人口の方が一つの基地従業員として生計を立てている場合に、果たしてこれが宜野湾市よりも遠くなった場合には大変だろうなという考えもあります。そしてもう一つ市長がおっしゃったように、北谷で42.5ヘクタールのハンビー飛行場が返されて、このぐらい活気を持っているならば、普天間飛行場も1坪でも多く返すようにという運動は自信を持ってやるべきだと思います。がしかし、市長は移設先云々はどうのこうのということでなかなか腰を上げていただけません。

 確かに宜野湾市の普天間飛行場480ヘクタールでございます。北谷の10倍でございます。その兵舎等、そう大きなものでもないと思います。何も半分以上埋めているわけでもありません。あとで基地対策部のほうで面積を出してもらえれば、どのぐらいかは十分おわかりいただけると思いますので、それとかけ離れた場合には、ヘリパッドを移すといかにものすごい空間が出てくるか、それは十分御理解いただけると思います。やはりそういった点を考えたら、ぜひとも暫定移設であるにしろ、そういった運動をし、そしてこれを具体的に県外、国外、そして他市町村で受け入れてくれるならば、そこに持っていけばいいと思います。やはりあまりにも無理な話をするから大変になると思います。

 次に、4点目にお尋ねしたいと思いますが、この西海岸案を考えた場合にはやはり地主の立場としてどのようなメリット、デメリットがあるのか、市長のほうでお考えであれば、ぜひ御説明願いたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答えいたします。まず、普天間飛行場返還は午前中にも申し上げましたとおり、SACOの11事案の一つとして返還が合意されているわけでございます。その返還に当たって三つの条件がついているということは御承知おきだと思います。その中には西海岸が入っていないということもお考えいただきたい。ただし、3月定例会、6月定例会でも議会で正式に質問を受けましたので、これについては権威ある方にお会いして正してみたら、とてもじゃないが技術的に不可能ですという答えでございます。そういう答えをいただきながら、西海岸について行政側として検討すること自体がいかがなものかと思いまして、全く検討しておりません。従いまして、おっしゃるように、地主の立場に立ってということも、言うまでもなく、まず西海岸を想定しての行政側としての検討をしてないのが現実でございますので、全く白紙でございます。そこを御理解いただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 市長のほうで非常に前向きな御答弁をいただいて感謝しておりますが。

          (議場内が騒然とする)



○議長(天久嘉栄君) 静粛にお願いします。



◆29番(又吉清義君) 白紙の状態だということは、裏を返しますと、やはり例えばこういうふうに解釈してよろしいかと思います。航空圏の問題が解決できました、技術的にも解決できました、そういうことであれば市長として十分喜んで受け入れていただけるというふうに理解してよろしいかと本員は思いますが、そういった御説明でございますか、御答弁お願いします。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答えいたします。再三お答え申し上げているとおり、正式に国に対して権威ある方へお伺いしたところ、そこには全く立地する条件が整ってないという回答でございますので、従って、検討する必要はないということで検討しておりません。従って、それ以上の答えようがないので大変困っております。



○議長(天久嘉栄君) 休憩いたします。(休憩時刻 午後3時50分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後3時50分)

 会議時間の延長についてお諮りいたします。本日の会議時間は議事の都合により、この際あらかじめこれを延長したいと思います。これに御異議ありませんか。

          (「異議なし」という者あり)



○議長(天久嘉栄君) 御異議ありませんので、さよう決定いたしました。

 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 今、市長のほうから検討をしていないということなのですが、本員が気になるのは危険であるこの施設、やはり他に押しつけるのは非常により危険であるだろうと、そしてより時間もかかるだろうというのが本音でございます。その意味で8万5,000市民の生命、財産を一日でも早く、撤去するからには、海の上へでも持っていったらより安全になると思います。いま大山、伊佐、真志喜区民は、基地と1キロしか離れてないのです、フェンスから。これ2キロ3キロも持っていけばより安全に本員はなると思います。やはりそのような論法からして、何もそこに永久的に造りなさいとは言いません。県外、国外、可能であればそこに持っていけということなのです。その中で市長がおっしゃったように検討していないということなのですが、具体的にそのような検討できる状況にくれば、市長としてもやはり検討するということに理解してよろしいのでしょうか、市長、お願いいたします。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。検討してないというお答えを申し上げたわけでございます。検討していないということで御理解いただく以外ないと思います。

          (何事かいう者あり)



○議長(天久嘉栄君) 静粛にお願いします。又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 市長としても非常にお困りなのかなと本員も困っておりますが、仮に県のほうからもこういった技術的にも可能であると、そして工法的にも可能であると、そして航空圏の問題も解決できた場合に、もし国や県からそういった要請等があればぜひ喜んで検討していただいて、宜野湾市民の生命、財産をぜひ自信を持って預かって、また一日でも早くそういった危険性を撤回していただきたいと思います。

 もう一点お尋ねいたしますけれども、この危険である普天間基地、私たちはいかに街のど真ん中から移設をしようかと非常に努力をしているのでございますが、新聞等のマスコミによりますと、これを受け入れたいというような地域もあるみたいなのですが、その点についてはやはり危険であるこの基地をなぜ受け入れたいのか、その点について市長や部長、なぜ宜野湾市民のためにあえてそこまで頑張るのか、よほど宜野湾市に恩恵でもあるのか、その理由等を本員はあまりわからないのですが、それについて何か情報等があれば御説明願いたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。ある地域をして新聞報道で見る限りでは、確かに誘致運動を展開したということも報道では知っております。また、そのあとすぐ反対する立場からの報道もありました。ということからしまして、その賛成する側から特に宜野湾市長に対してこの要請を受けたこともございませんし、お話も承ったこともございません。また、申し上げているとおり、移設先についてはこれだけ難しい問題でございます。かといって、宜野湾市としましては、54年間も四六時中8万4,500余の市民が危険にさらされている状況、そのまま見過ごすわけにはいかんということと、さらに最近の頻発する事故等を考えたときに、やはり危機を一日でも早く排除することこそ首長のやるべき責務だと考えております。そういう趣旨から、この危険な施設を市の真ん中に54年間もそのまま基地として提供して使用させてきたということは国でございます。従いまして、せめて返還する場合は、その移設先にかかわる問題は国の方ですべてクリアしていただいて、お返しいただくのが筋だという立場から、移設先は問いません。県民の合意ある形でどうぞおやりになってくださいということの答弁をしておるわけでございます。

 そういう意味からしますと、賛成するだの特に声を聞く必要もありませんし、また要請も受けたことございませんので、これに対しては答えとしては当然できかねるところでございます。御理解いただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) まだ要請も受けたこともないし、また聞いたこともないということなのですが、新聞報道等では要請をしたいというところもあるやに聞いておりますし、やはりそういった点を考えた場合に、なぜこんなに宜野湾でも危険なものを先方が受け入れたいのか、まだ確定はしていないかと思いますが、その意思もあるかのように聞いております。それはそれなりの何があるのか、やはり市長としてもその点について十分調査研究等を行って、私たち市民にとってもどうあるべきか、ぜひ私たちも検討していくために非常に大切な事項だと思います。

 何も本員は必ず西海岸にしなさいということよりは、やはり宜野湾市民にとっていちばんベターな、いろんな角度から見た場合には、私はいま西海岸の暫定移設以外はないものだと信じておるからあえて市長にお尋ねしております。市長のほうで、また県のほうでこれよりもまさる案があればぜひ出していただきたいと思いますが、市長のほうで具体的にその点について考えたことがあるかどうか、ひとつお尋ねいたします。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。繰り返し答弁になりますけれども、移設先については本市は当事者ではないという考え方が基本でございます。従いまして、移設先については国の方で県と十分協議をして、県民の合意を得られる形で解決をしていただきたいということの御答弁を申し上げていますので、それ以上踏み込むべきかどうかも私自身ちょっと今の段階では、県のほうが、あるいは国と協議しながら考えておられる段階ですので、コメントするわけにはいきませんし、またコメントする立場にないということを御理解いただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 又吉清義君。



◆29番(又吉清義君) 当事者の市長としてはコメントしたくないということなのですが、やはりその点については宜野湾市の8万4,000市民の生命、財産を預かる上では、やはり私は勇気ある決断があってもいいんじゃないかという考えがあるものですから、一日でも早い移設、そして一日でも早い経済効果を市長は考えておるということですので、そうであれば、よりよく早く国や県が判断できる、そのようなアクションを市長としても私は起こしてもいいのではないかという考えがあるから、あえて市長にお尋ねしたわけでございます。

 基地問題について、私たちが米海兵隊普天間基地の宜野湾市海上への暫定移設についての要請書ということで、七つの要請を出してあります。これはどういったことかと言いますと、市長も御存じかと思いますが、まず1 米海兵隊普天間基地は、将来米国領土内への移設を前提とすること。2 上記施設が今日のアジア情勢において尚早ならば、その間とりあえず暫定措置として速やかに本市の海上数?沖合へ移設すること。3 暫定的移設を原則として、既存の基地より整理・統合・縮小し、自然環境を著しく害さず、米国領土内への移設が決定した時点で即時撤去可能な工法にすること。4 移設後は、これまでの住民地域上空での飛行訓練を海上沖合、または住民地域以外の陸地、無人島とすること。5 基地の跡地利用を含む街全体の再開発による活性化を目的として、政府の行政及び財政的な全面支援を実施すること。6 軍用地主への補償は従前どおりの地料とし、跡地利用が可能となるまで継続支払いすること。7 環境問題については、十分な配慮を行うこと。というような文書が要請書でございます。

 やはり市長としてもいろんな角度からぜひ検討していただいて、本当にどの案がいちばんベターなのか、よりベターな案であれば私たちは議会挙げて大いに取り組んでいって、宜野湾市民の生命、財産を大いに守る上でも、私たちは命がほしいのです、今この危険な立場から、より安全な命がほしいのです。そういった観点でもって取り組んでいただきたいと思います。

 あと1分43秒ありますが、以上で本員の質問を終わらせていただきます。どうもありがとうございます。



○議長(天久嘉栄君) 以上で29番 又吉清義君の質問を終わります。



○議長(天久嘉栄君) 暫時休憩いたします。(休憩時刻 午後4時01分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後4時16分)

 休憩前に引き続き一般質問を行います。3番 知名定光君の1から4までの質問を許します。知名定光君。



◆3番(知名定光君) ただいま議長よりお許しいただきましたので、通告してありました1から4番まで順を追って質問いたしますので、当局の誠意ある御答弁をよろしくお願いいたします。

 まず最初に、屋内温水プールの早期建設実現に向けて質問いたします。宜野湾市は昭和39年7月に健康都市を宣言され、市民が明るく美しく豊かな環境の中で、心身ともに健やかな合理的生活が営める健康都市建設に市民の総力を結集し、その推進を図り、市民が生き生きと豊かで快適な生活ができる都市環境及び健康福祉の体力づくりに取り組み、毎年、健康福祉フェア、健康と体力づくり大会が開催され、市民自ら健康づくりに関心が高まっております。時代の変化に伴い今や成人病も年々増加の傾向にあり、市民は積極的に健康増進と病気の予防対策に取り組んでおります。特にウォーキングやジョギングによる健康づくりは、朝夕の時間の関係なく至るところで見かけます。

 また、最近では中高齢者の水中運動も大変注目されております。水中運動はひざや足腰、関節炎、高血圧、体脂肪、動脈硬化、肥満体などの予防やリハビリに大きな効果があり、寝たきりやぼけ、病気等の予防として、中高年齢層は温水プールを利用して健康づくりに取り組んでおります。しかし、残念なことに市運営の温水プールはなく、利用者は健康増進センターや県運動公園など交通の不便な遠距離や割高な民営の温水プールを利用している現状であります。21世紀に向け高齢化社会が進む中で高齢者の健康づくりの場所、温水プール、リハビリ、生涯スポーツ、レクリエーション等総合的な施設の建設を健康増進と福祉行政の面から取り組む時期だと思われます。

 平成11年3月に宜野湾市中高年齢者健康づくり市民の会から、1,000名余の署名を持って複合型の温水プールの建設の要請があり、また地域行政懇談会の中でも市民から温水プールの建設の要望がありました。中高年齢層の方々の、いつでも気軽に生涯スポーツを通しての健康づくりは市民のニーズであります。厚生省も21世紀における国民の健康づくり運動を推進しており、国庫補助をもって交通の便利な場所に健康ランド、総合的な施設を早急に実現化すべきと考えられます。

 また、本日は傍聴席に複合型の温水プール早期建設要請をなされました宜野湾市中高年齢者健康づくり市民の会の方々もお見えですので、市長、ひとつ希望のある市長の所見をお聞かせください。あとは自席より質問いたします。よろしくお願いいたします。



○議長(天久嘉栄君) 福祉部長。



◎福祉部長(多和田真光君) お答え申し上げます。私ども平成9年から中高年を対象に水中運動教室を実施しておりまして、非常に好評でございます。しかしながら、御指摘のように本市には市の施設としてのそういう温水プールがないというのも実情でございます。私どもこの辺を踏まえまして、できましたら今の後期基本計画、15年までの間にせめて位置づけができればなという基本的な考えは、福祉部内で議論をしているところでございます。ただ、温水プールといってもプールだけでは意味がございませんで、意味がないというよりも効率的な運用からするともったいないわけですので、御指摘のように今の保健相談センターの機能も統合した形とか、それから西海岸地域へ、西海岸地域というより58号沿いへの老人福祉センターの設置の要望等もございますので、その辺もろもろ含めまして複合的な施設配置が可能かどうかをこれからいろいろ議論しながら、最終的には財政的な面も含めまして対応していきたい。さらには、もし仮に飛行場の返還が決まるのであれば、その議論の過程で、その辺の位置的なものも含めて最終整理が必要ではないかなと、現段階では思っております。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) ただいま福祉部長から、平成15年までには何とか温水プールの建設に努力していきたいという返事がありましたので、非常に期待を持っております。ことしの7月13日の琉球新報の夕刊ですけれども、見出しで「効果の大きい水中運動、高齢者にも最適」とあり、新聞やそれからテレビ等でこの水中運動が大きくクローズアップされております。宜野湾市民の多くの方々が水中運動をもって成人病予防対策に取り組んでいただきますよう、ひとつ取り組み方よろしくお願いいたします。

 それから、平成12年の4月から介護保険が開始されますが、現在ラグナガーデンホテルの温水プールで健康づくり、それからリハビリに励んでおります60代から80代の方々は、要介護になったら家族や周囲に迷惑をかける。また、宜野湾市の医療費にも負担をかけるということで、寝たきりやぼけ、それから病気の予防として、またリハビリとして自主的に水中運動に取り組んでおります。温水プールでの水中運動はだれでも気軽に運動できますが、残念なことに民営の温水プールの利用料は割高で、会員外で夏場が2,000円、冬場が1,000円と、年金生活の個人負担としては非常に厳しい面もございます。高齢者がいつまでも健康で快適な日常生活を過ごすため、また老人福祉の面からも、温水プールを利用している方に温水プールの実現までに、助成として平成12年あたりから予算措置を取り入れてみてはどうかと思われますが、いかがなものでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 福祉部長。



◎福祉部長(多和田真光君) お答えします。現在、民間を活用している方への使用料についての補助的な対応ができないかという御質問かと思うのですが、どれぐらいの使用料、今おっしゃったように夏場2,000円、冬場1,000円ということになりますと、その辺の予算的な対応がどの程度になるのか、それとも一部の方々にそういうふうな恩恵が与えられるのかどうか、その辺を含めていろいろと整理をしないといけないというふうに考えております。ただ、医療費ではこれまで調査した時点では9年と10年を比較しましたら、水中運動に通っている方の軽減額が100万程度あったというふうな資料が出ておりますが、この辺を数字的に単年度だけで、こういう継続効果があるかどうかということは単年度の調査だけでは、また数字的な把握としても無理な面がございますので、継続的な実施の中でその辺の財源的な生み出しもできるのかどうか、含めて検討はしてみたいと思っております。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) ぜひその方向で進めてもらいたいと思います。今ラグナガーデンホテルの温水プールですね、一応私も会員となってちょくちょくラグナガーデンの温水プールを利用させていただいておりますけれども、会員は年間1万円を支払って、会員外よりは半額の金額で利用しております。会員は夏場が1,000円、冬場が500円ということでやっておりますので、少しでもこういう温水プールを利用している高齢者の方々に助成をぜひお願いしたいと思います。

 次に、健康運動指導士の活用と指導者育成について伺います。平成9年度から本市健康保険課に保健事業専門官として山城麗子さんが健康運動指導士として採用され、生き生き健康教室や屋内温水プールでのリハビリ、水中レク、アクアエクササイズなどを取り入れた水中運動が実施され、受講者から大変好評を得て、アンコールの声も出ております。特に好評を得ているのが水中運動で、昨年受講された中高年齢層の方々はサークル的に継続して、ラグナガーデンホテルの温水プールで自主的に健康づくりに取り組み、健康運動指導士の山城さんにボランティアで日曜日の休日を利用して指導をお願いしております。市民の健康を願い、休日のボランティア活動は大変ありがたく、市民の一人として頭が下がる思いがいたします。多くの市民に健康づくりとリハビリを兼ねた水中運動を大いに奨励するためにも、正規の時間に健康運動指導士をもっと幅広く活用して、水中運動講座のスケジュールを設定してはどうでしょうか。生き生き健康教室も水中運動の講座も健康運動指導士の専門的知識と高度な技術で受講生から人気があり、中高年齢層にマッチした効果的な運動を市民の健康増進に活用させていただきたいと思います。

 健康運動指導士の山城さんは、アメリカ・マサチューセッツ州のスプリングフィールドカレッジ大学大学院の修士課程で、すぐれた技術と専門的知識を得ており、さらに厚生大臣認定健康運動指導士、労働大臣認定ヘルスケア及び心理相談員、文部大臣認定生涯学習インストラクターなどの資格者で、また研究熱心で生涯体育の必要性、中高年齢の健康教室、運動と栄養、生活習慣病との関連性など、生涯スポーツも幅広く研究なされております。このようなすばらしい人材を幅広く活用し、健康都市宜野湾市民のニーズに対応すべきと思います。

 また、今後の健康運道指導士の育成にも力を入れていくべきと思われますが、当局のお考えはいかがなものでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 福祉部長。



◎福祉部長(多和田真光君) お答えいたします。御指摘のように今本市には、本市というよりは当局、私どもの行政には健康運動指導士は先程の山城さんしかいません。そして、平成11年度の予算の中で、今回の補正でも上げているわけですが、当初予算で足りない分を今回の補正で上げているわけですが、もうひと方の指導士を養成するということで予算措置もしてございます。その辺を指導する立場も拡大を図っていくという一つの方針を持っているわけです。

 1点目の通常の勤務時間での活用なのですが、これにつきましては私ども健康保険課におきましてはいろんな保健事業がございまして、その一環として水中運動もやっているわけですが、その辺の事業との絡みもございまして、日程的に対応できるかどうかは非常に疑問も残ります。ただ、その場合に私どもの考え方としては、基本的に自分の健康は自分で守っていくという一つの流れを作っていきたいと、そのためには当局としてやるべきものは、当然こういうふうな水中運動をやりますと、次にサークルが結成されます。サークルが結成されますと、そこの途中で指導者が途絶えるという一つの状況が出てまいります。そのときにどういうふうにフォローアップしていくかというものを、私ども今対応しなくてはいけない状況があるわけです。そのためにサークルの中から指導者養成コースとして、2週間程度をその養成のための講習もやっているわけです。

 さらに、私共そのシステムづくりとして今の体育協会を活用して、どういうものができるかというものをいろいろと模索した結果、8月からサークル支援事業ということで、宜野湾市健康づくりサークル支援要綱を作りまして、その中でいわゆる授業が終わって、これは生き生き健康移動教室もそうなのですが、夏場の親子ラジオ体操もそうなのですが、そういうものを含めて教室を終わりましたら次のサークル結成の段階で支援していくという、いわゆる底辺の拡大を図っていくという方向で今対応している状況でございます。

 ですから、これからもどんどんサークルが増えていくと思いますので、その辺を体協の体育指導員とか、そういう方を活用しまして、6カ月間再度指導を入れていくというふうな流れの中で健康づくりの底辺拡大を図っていくというふうなシステムを今とっている状況でございます。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) 今、宜野湾市民は温水プールでの水中運動、健康運動指導士の山城さん、これまで申し上げましたとおり、すぐれた知識とすばらしい技術を持って指導なさっておられます。ですから、市民の要望といたしましては、できるだけすばらしい指導者の山城さんを水中運動の指導者としてお願いしたいという希望がありますので、ひとつその点も踏まえて今後お願いしたいと思います。

 温水プールの水中運動は、中高年齢層に適した運動で、浮力により骨や関節に受ける負担が小さく、体脂肪量が減量し、筋力量が増加する。また、血圧が下がり、血液中の総コレステロールや中性脂肪の低下など、望ましい効果が発揮されております。正しい指導によって、水中運動が楽しい人が多くなると思いますので、これからもぜひとも健康運動指導士の活用と指導者の育成に御尽力お願いしたいと思います。

 次に、嘉数高台市民プールの開放期間について質問いたします。市民の健康増進を目的に昭和56年7月に嘉数高台市民プールが完成し、今日まで多くの市民が健康づくりに利用され、大変喜ばれております。しかし、プールの開放期間に疑問があります。宜野湾市の総合運動場の設置及び管理に関する条例、施行規則第6条の市の条例では、プールの開放期間は5月から10月までとなっております。しかし、実際には児童生徒の夏休み期間中の開放しかされておりません。ことしは7月16日から8月31日までの1カ月半だけしか市民に開放されておりませんが、その御説明をお願いいたします。

 また、昨年来水中運動が盛んになり、中高年齢層の健康づくりが注目され、市民の間からはせめて10月ごろまで開放していただきたいとの声もあります。維持管理に問題があれば午後からオープンしてもよろしいんじゃないかと思われますが、検討する余地はあるかどうかお尋ねします。



○議長(天久嘉栄君) 教育部長。



◎教育部長(島袋正則君) お答えを申し上げます。嘉数高台の開放期間についてでございますが、確かに御指摘のように、宜野湾市総合運動場の設置及び管理に関する条例、施行規則によりますと、5月から10月となっております。その第6条の開放時間が別表のほうに示してございますけれども、ただし書きで、教育長が特に必要と認めたときは臨時にこれを変更することができるというふうな規定になっております。そこで、プールの開放について疑問があるという御指摘でございますが、実は嘉数高台プールにつきましては、平成7年度を境にいたしまして開場期間、いわゆる月ごとに非常にアンバラがございます。そのために利用者が月ごとにアンバラがありますし、減少傾向にあるということ、そういうことから一つ目に施設運営の効率的運用の面、二つ目に経費節減の面から開場時間の短縮を図っているということでございます。この要因といたしましては、いろいろございますが、まず一つ目には、各小中学校にプールを完備をいたしまして、併せて学校体育施設の開放をしているということで、児童生徒が近くの学校プールを活用している機会が増えているということ、二つ目に、近距離にトロピカルビーチやレジャープール等の施設が整備されたこと、それから親子水泳教室等が社会体育課の事業でございますけれども、市内の学校プールを利用しているということ、そういうことを私ども分析をしているところでございます。

 二つ目の、中高齢の健康づくりについては10月ごろまで開けていただきたいという趣旨かと思いますけれども、今後について最近御指摘のように中高齢の健康づくり、あるいは身体の機能回復運動にプールがかなり活用されております。併せて水中運動教室等が実施されている状況にもございますし、開場期間については寒さを感じない期間と申しますか、その辺の時期も見ながら検討させていただきたいと、そういうふうに思っております。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) できましたら、次年度あたりから10月ごろまでの開放をお願いしたいと思います。私も7月、8月、嘉数高台の市民プールを利用して健康づくりやっておりますけれども、この利用者の方々からの話によりますと、どうしてもラグナガーデンホテルとかビーチは交通の便が不便、また遠いということで、嘉数高台市民プールは市民の要望にこたえて、できるだけ10月ごろまでオープンしてもらいたいという声がありますので、ぜひ次年度から計画をお願いいたします。

 それから、以前は伊佐に駐労センター運営のプールもありましたが、現在は閉鎖しております。市民が気軽に利用できる嘉数高台プールは、平成10年の、去年7月から8月までの利用者を見ますと、1カ月半で2,318名の方が利用されております。これほど1カ月半で多くの方々が利用されておりますので、10月までオープンしていただければ、より多くの方々が健康づくりに増進されると思いますので、ひとつ御検討よろしくお願いいたします。また、多くの市民の健康づくりに取り組んでいただくためにも、市民に利用しやすい整備をお願いしたいと思います。

 嘉数高台市民プールは、日よけがなく、日中の暑さは一般市民が利用しづらい面があります。市民が気持ちよく利用できるよう日よけの屋根の整備が必要と思われますが、いかがでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 教育部長。



◎教育部長(島袋正則君) お答えを申し上げます。日差し対策でございますけれども、御案内のように、先程の御質問の中でも出たわけでございますが、嘉数高台プールが56年6月と、築18年たっている施設でございます。そういう関係でその対応でございますが、いま管理棟の屋根づたいに継ぎ足しを3メーターぐらいいたしまして、テントで日よけカバーをしている状況がございます。利用者が先程の説明では漏れましたけれども、かなり少ない状況の中では、今御説明している日よけカバーの中で対応できるのではないかというふうに思っております。それから、利用者が多い場合には、プールサイドのほうに必要に応じて日よけの仮設のテントを設置してございます。そういうことで対応しておりますので、御理解を賜りたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) 本員も7月の後半でしたか、1時過ぎに嘉数高台市民プールに運動に行きましたけれども、入っている時はあまり感じないのですけれども、家に帰ってから3日間背中が痛くて風呂も入れない状況がありましたので、ぜひ市民の皆さんが気持ちよく利用できるように日よけの整備方ひとつよろしくお願いいたします。

 次に進みます。女性の管理職および各種委員への登用について質問いたします。女性のライフスタイルや意識の変化に伴い、女性の能力や役割に対する男女共同参画社会型は今や頼もしく思われます。本市においても女性があらゆる分野に積極的に進出し、行政や教育関係では校長、教頭、教育委員、中央公民館長、保育所長、児童センター館長、課長、係長や、また地域では自治会長やPTA会長などの要職で活躍なされております。1994年から2003年までの10カ年間、女性の地位向上と男女平等を進めるために、はごろもプラン21を策定、計画が展開されております。はごろもプラン21がスタートしてことしで6年目となりましたが、事業の状況と女性の管理職に対する意識、また女性の管理職登用についてどのように取り組みがなされてきたか、御説明お願いします。



○議長(天久嘉栄君) 企画部長。



◎企画部長(崎間興政君) お答えいたします。平成4年に宜野湾市において初めて女性行政担当を設置したわけでございますが、その後平成7年にはごろもプラン、宜野湾市行動計画を策定いたしました。その基本的なことについて、まず御説明申し上げたいと思います。

 まず、その計画の策定に当たりまして三つの柱を立てました。一つには人権の尊重とあらゆる場における男女平等の推進、2点目に男女共同参画型社会の実現、3点目に母性保障の充実と育児の社会化の推進という三つの理念に基づきまして、女性の地位向上につきましては、まず基本方針といたしまして何点かありますけれども、その一つに男女平等の女性の参画の推進というのがうたってあります。具体的な施策といたしまして女性の積極的登用ということで、平成15年までに30%登用していこうという目標を立ててございます。その目標の中で私たちは女性登用につきましては、平成7年からこれまでいろいろと各関係部にも文書で登用についての御理解をいただきながら、登用につきましては現在25.5%で、ある程度順調な推移で女性登用がなされております。

 それから、女性行政の中での事業内容でございますが、まず年間を通しまして女性学講座をやっております。これについては昼の部、夜の部ということで2回やっております。それから、女性フォーラム、それから女性の歩み展であるとか、そういったことで着実に女性の地位向上、あるいは男女共同参画に向けて取り組んでいる状況であります。

 あと一点ございましたけれども、市における女性登用の状況については、総務部長のほうから説明したいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 総務部長。



◎総務部長(喜瀬昭夫君) お答えを申し上げます。女性の管理職登用について、宜野湾市職員の管理職登用ということだと思うわけですが、実は当市の管理職、課長職ついては現在1人しかおりません。中間的な役割として女性係長、現在19名いらっしゃいます。段階的にやはり主任主事、あるいは係長、課長ということになるわけですから、今後この女性登用、管理職登用についてはやはり指導性、あらゆる企画力を含めて男女問わず活用しながら、いま先ある女性の登用についても考えていきたいと、ただこれまでの過去の歴史を振り返りますと、やはり女性管理職になりたい、あるいは係長になりたい、あるいは推薦してもできなかったというのが時期的にはありました。しかし、これからはそういうことではなくて、19名も女性の係長がいらっしゃるわけですから、皆さん前向きに仕事を含めて横の連携をとりながらやっていらっしゃいますので、今後は女性登用についてもできる限り男女を問わず努力はしていきたいと思っております。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) 昭和47年の市の大幅機構改革で、初めて女性の課長が誕生して27年目を迎えておりますが、いまだに女性の課長が1人とは寂しい感じがいたします。平成11年の6月現在の市町村の女性職員の管理職登用状況報告によりますと、本市では課長職62名中1人で1.6%、係長級139名中16名で11.5%、係長以上の管理職全体で217名に対し17名で7.8%で、10市の中で最も低い状況でございます。具志川市では係長以上の管理職は186名の中で30名で、実に本市の倍16.1%、隣の浦添市では280名中35名で12.5%、村でも隣村の中城村が64名中11名で17.2%、北中城村で53人中5人で9.4%と、本市よりも割合が高く、また町村においても西原町、佐敷町、豊見城村、具志頭村でも課長職は本市よりも多い状況でございます。

 市長は平成11年2月3日に、女性会議のメンバーより女性管理職の登用の要請に対して、女性を無視して行政はできない、登用については前向きに検討いたしたいとの答弁がなされておりますが、宜野湾市行動計画はごろもプラン21で、2003年までにあらゆる分野の女性登用の割合を30%目標に掲げておりますが、市長、女性の管理職および各種委員の登用について、この30%目標は可能でしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 市長。



◎市長(比嘉盛光君) お答え申し上げます。女性の管理職登用および各種委員会への登用につきましては、大変深刻な問題として受け止めております。従いまして、数字で示されたとおり、本市の場合平成5年に女性行政係を設置したわけでございますが、残念ながら他市に比べて各種委員会含めて庁内における中間管理職、係長、課長の登用が少ないという事実を突きつけられたときに、深刻に受け止めざるを得ないということを念頭に置いて、まず答弁申し上げたいと思います。

 目標であります30%に近づけるべく努力するということをまず前提で、今できるものからということで、とりあえず各種委員会につきましては、教育委員お一人、女性を登用したということ、また先だっての農業委員にお一人登用したということ、博物館運営協議会に2人登用したということ等々含めまして、今後各種委員に積極的に女性を登用していきたいと。また、庁内における中間管理職を含む管理職につきましては、行財政改革との関係もございますが、努めてその機会をとらえて管理職の登用を考えていきたいと考えております。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) 女性の地位向上に必要なものは、男女相互の理解の重要性が求められております。各種委員会の政策方針決定の場に女性の参加を推進し、女性の声を反映させることも重要です。今回、本市では初めての女性農業委員が選出されましたことは、まことに喜ばしいことであります。男女を問わず公正、公平なバランスのある人事行政を推進するためにも、女性の管理職および各種委員の登用を21世紀の市政に向けて大いに推進していただきたいことを要望いたしまして、次に進みます。

 次に、複合型施設(各種団体事務所)の早期建設について伺います。学習活動や文化活動のニーズが高まる中で、市婦人連合会や女性連絡協議会の活動の拠点として女性センター建設の要請、また青少年健全育成の活動の場として、青少年センターの建設の要請の声が再三再四議会の一般質問で取り上げられてまいりました。これまで当局の答弁では、土地の確保が難しいとか、財政的に厳しいとか、平成8年度あたりから調整に入り、9年度あたりから目指したいとかあります。また、平成10年の12月議会では、11年度から始まる後期基本計画の中で位置づけしていきたいとの企画部長の答弁がありましたが、建設計画についてはどのようになっているか御説明お願いいたします。



○議長(天久嘉栄君) 企画部長。



◎企画部長(崎間興政君) 女性センターの建設についてでございますけれども、御指摘のとおり去った12月議会、あるいは6月議会の中でも女性センターについての御質問を受けております。そのときは後期基本計画の中で位置づけをしていくということを申し上げました。後期基本計画、去った9月9日の庁議決定ででき上がったわけでありますけれども、その中で女性行政の一環といたしまして、その基本方針といたしまして、男女共同参画社会を推進する拠点として女性センターの建設を進めますということで、明確な位置づけをしてございます。この件については6月議会でも申し上げましたが、市婦人連合会、それから女性会議の中から大変強い要請がありますので、財政事情が許せばできるだけ早めに実現をしたいというふうに考えております。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) 昭和58年に市民会館との併合施設として中央公民館が開館し、2階の一部に市身体障害者協会が自立を求めてレストランを営業いたしましたが、経営難で廃業、その後この施設に市青少年健全育成協議会、市婦人連合会、市PTA連合会、市子供育成連絡協議会、市青年連合会の五つの大きな団体が事務所として共同使用しておりますが、部屋が狭く、各団体の事務用品や整理棚も十分に置けない状況で、活動や会議等にも大きな支障があり、以前から何度となく婦人会館や青少年会館など多目的複合型の施設の要請がなされております。今、女性会議や婦人団体連絡協議会も組織化されておりますが、事務局の部屋さえなく、活動にも不便を生じております。これまで長い間市政に大きく貢献してまいりましたこれらの団体が、21世紀に向けてなお一層の活動が発揮され、生涯活動を通しての市政の反映と、市民の福利向上を図るためにも、思いやりのある施策を図らなければならないと思います。

 今普天間地域は、市役所、水道局、消防署の移転後、空き店舗も多く、人の往来も少なく寂しい感じがいたします。普天間地域の活性化を目指し、人の交流を多くすることによって次第ににぎやかさがやってくるものと思います。本員の私案といたしまして、旧消防署、現在、教育研究所が使用しております建物は昭和38年に建設され、36年経過した現在、老朽化が著しく、危険性もありますので、この建物を全面取り壊し、通産省あたりから地域活性化の目的で補助を受け、1階部分は駐車場、2階に教育研究所、教育相談センター、3階に各種団体事務所、4階に大小の会議室を設置すれば、より多くの市民が利用できますし、交流の場にもなると思います。早期に複合型の施設の実現に向けてのこの案といたしまして、当局はどう検討されますでしょうか。



○議長(天久嘉栄君) 休憩いたします。(休憩時刻 午後5時00分)



○議長(天久嘉栄君) 再開いたします。(再開時刻 午後5時01分)

 企画部長。



◎企画部長(崎間興政君) お答えいたします。旧消防庁舎跡地の件でございますけれども、その中に複合施設として教育研究所、青少年センターであるとか、あるいは各種団体の事務所等の提言がありますけれども、御承知のとおり当該区域につきましては、普天間地域の再開発区域に入っております。あと一点は、これだけの団体が入るとなると当然駐車場の問題として、1階部分の提案はありますけれども、その部分で十分に足りるのかどうかの問題がございます。青少年センターやあるいは教育研究所につきましては、いま担当部と老人福祉センターの2階部分のほうに複合施設として検討をしている段階でございますので、この跡地については今のところ考えておりません。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) この案につきましては、ぜひ御検討お願いしたいと思います。それから、諸団体は長年窮屈な思いで現在の団体事務所で活動に取り組んでおりますが、一日も早く複合型の団体事務所の建設を要望いたします。

 また現在、団体事務所の隣りに、以前文化課と資料館が利用しておりました部屋が、博物館のオープンによって移転されております。現在、空き部屋になっております。この部屋を団体事務所の会議や活動の場として利用させていただければ大変助かります。この部屋は現在サークル活動としても利用されておりますが、相互の連携を図りながらやれば、多くの活動の場として利用できるものと思いますが、教育委員会として所見をお聞かせください。



○議長(天久嘉栄君) 教育部長。



◎教育部長(島袋正則君) お答えを申し上げます。今、御質問の場所は中央公民館の2階にある大展示室だと思いますけれども、該展示室については当初から民具史料や戦後米軍当時までの歴史資料を中心に収集展示し、郷土学習教材として利用してまいっております。御案内のように郷土資料館の発展型として市立博物館の建設をしてまいりました。その展示室については防衛施設周辺民生安定施設整備事業により整備をしております。そういうことで平成7年度の4月に博物館の準備室の設置に伴いまして、暫定的に補助先から利用させていただいている施設でございます。従って、管理運営については制約を受けておりますので、展示室と会議室にしか使用できないということを御理解いただきたいと思います。



○議長(天久嘉栄君) 知名定光君。



◆3番(知名定光君) 時間がありませんので、次に進みます。最後に長田小学校入口の信号機および横断歩道の設置について伺います。長田小学校がことしの4月に開校し、児童生徒の安全登校のために学校入口の信号機設置を長田区自治会から要請され、公安委員会は児童生徒の安全を優先に信号機を7月に設置する旨、担当部長は3月の一般質問で答弁されておりますが、9月現在いまだかつて信号機は設置されておりません。学校入口は愛知方面からの交通量が多く、また学校入口は緩やかなカーブでとても危険な場所です。交通事故防止のため一日も早く信号機の設置が必要ですので、ぜひ早急に公安委員会のほうにお願いいたします。以上で質問を終わります。



○議長(天久嘉栄君) 市民経済部長。



◎市民経済部長(石川幸栄君) お答えいたします。3月議会のほうで7月までに設置をしたいということで公安委員会の確認を得たわけですけれども、いまだ設置されていないということは、長田小学校児童生徒の交通安全上、大変憂慮されるわけです。しかしながら、私ども市としてもこの場所については一日も早く設置をすべきだということで、警察のほうに何回となく要請をしてきたわけです。先だっても警察を通して公安委員会のほうに確認をしたところ、既に信号機については発注をしてあるということで、この件につきましても早い時期に設置できるように私ども再度また強く要請をしていきたいというふうに思っていますので、御理解をしていただきたいというふうに思います。



○議長(天久嘉栄君) 以上で3番 知名定光君の質問を終わります。

 以上をもちまして本日の全日程が終了いたしましたので、本日の会議を閉議いたします。なお、次の本会議は、9月27日午前10時から会議を開きます。本日はこれにて散会いたします。御苦労様でございました。(散会時刻 午後5時06分)