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兵庫県 丹波市

平成21年救急医療に係る調査特別委員会( 5月 9日)




平成21年救急医療に係る調査特別委員会( 5月 9日)





 
             救急医療に係る調査特別委員会会議録


1.日時


  平成21年5月9日(土)午後1時31分〜午後4時58分


2.場所


  議事堂第2委員会室


3.出席委員


  委員長       岸 田   昇    副委員長      山 下 栄 治


  委員        足 立 一 光    委員        荻 野 拓 司


  委員        奥 村 正 行    委員        木 戸 せつみ


  委員        前 川 豊 市    委員        西 本 嘉 宏


  委員        広 瀬 憲 一    委員        田 坂 幸 恵


  委員        藤 原   悟    委員        林   時 彦


  委員        足 立 正 典    委員        堀   幸 一


  委員        高 橋 信 二    委員        小 寺 昌 樹


  委員        山 本 忠 利    委員        瀬 川   至


  委員        大 木 滝 夫    委員        足 立   修


  委員        坂 谷 高 義    委員        太 田 喜一郎


4.欠席委員


  委員        垣 内 広 明


5.議会職員


  事務局長      古 川 正 孝    課長        拝 野   茂


  書記        豊 嶋 忠 夫


6.説明のために出席した者の職氏名


   総務部


  総務部長      森 田   学


  健康部


  健康部長      宮 崎 葉 子    地域医療課長    高 見 広 幸


   消防本部


  消防長       藤 井   明


7.参考人


  冨原循環科・内科 院長 冨 原   均


8.一般傍聴者


  31名


9.審査事項


  別紙委員会資料のとおり


10.会議の経過





                 開会 午後1時31分


○委員長(岸田昇君) 皆さん、こんにちは。今日は土曜日ということで閉庁日ですけれども、特別委員会を午後から開催させていただきました。委員の皆さん、それぞれが公私、何かとご多用の中でございますけれども、今日こうして、本日は冨原先生をお迎えしての講演を、まず委員会において計画をさせていただきました。この後も次第に出てますとおりで質疑のあと、また皆さんと特別委員会のご審議をいただくということも予定をさせていただいております。ということで、定刻にもなっておりますので、早速、開会をさせていただきますが、どうか、講演のあとにも質疑等もございますので、積極的な皆さんのお考え、先生のお知恵を今日はお借りをするという意味で、よろしく研修のほどお願いいたしまして、簡単ですけども、委員長のごあいさつとさせていただきます。本日どうぞよろしくお願いいたします。


 議長あいさつを頂戴いたしたいと思います。


 田口議長。


○議長(田口勝彦君) 本日は土曜日の午後ということで、それぞれお忙しい中、また農繁期でもありますのに大変お忙しい中、委員の皆さん、また傍聴者の皆さん、そして当局の皆さんも、今回の特別委員会の計画に賛同いただきまして、ご出席いただきまして誠にありがとうございました。我々、議会といたしまして、この特別委員会は委員長とも調整をさせていただいた中で、やはり地域医療について、特にその中での救急医療について、市民の皆さんが不安をもたれておるということで、議会としてもどういう対応をすべきか、その中でやはり専門の講師先生、また市民活動をされている方々、そして病院の先生方、開業医の先生方等々で現状を十分認識をした上で、我々議会として、どういう対応をすべきかという研究をしたいと、また、そういう意味での特別委員会ということで皆さんにご協力いただいて、設置ができておるわけです。本日は、その的を得た計画ということで正副委員長さん、また事務局、そして冨原先生等々、本当に今日の計画をいただきましたことに対しまして、私のほうから感謝を申し上げる次第でございます。特に冨原先生におかれましては、本当にボランティア活動なり、いろいろとお世話になって、お忙しい中で我々丹波市議会のために時間をさいていただきましたことに、本当に高いところからではございますけれども、感謝を申し上げます。本当にありがとうございます。


 そういうことで、今日は十分、先生のお話を聞いていただきまして、今後、我々議会として、どう対応すべきかということについて、研究をしていただきたいと思います。開会にあたりましての一言のお礼の言葉とさせていただきます。本日は、ご苦労さまでございました。


○委員長(岸田昇君) どうもありがとうございました。


 では、早速3番目の講師紹介に入らせていただきます。事務局よりお願いをいたします。


○事務局書記(拝野茂君) それでは事務局から、本日ご講演いただきます冨原先生のご紹介をさせていただきます。お手元にもプロフィールを配布いたしておりますので、あわせてご覧いただきたいと思います。冨原先生は昭和25年のお生まれで、昭和54年に順天堂大学医学部をご卒業になられまして、その後、救命救急センターが併設されております順天堂大学医学部附属伊豆長岡病院の循環器科で救急医療に携わられております。ご自身もドクターカーの医療スタッフのご経験をおもちでございます。また、先の阪神淡路大震災では静岡県の医療チームとして、神戸市にございます王子体育館を拠点に医療活動を展開されております。平成8年には西脇市内に冨原循環器科・内科を開院されまして、地域医療とともに北播磨地域の中学生、あるいは自主防災組織を中心に心肺蘇生法の普及をとおしまして、命の教育の推進のため、日夜奮闘されております。


○委員長(岸田昇君) では早速、議事に入らせていただきます。講演ということで、冨原先生におかれましては、以前4月4日に行革勉強会に委員長参加をさせていただきました。そのときに市長と語る会というところがございまして、そこで私も先生の講演をご拝聴させていただきました。我々が今、特別委員会が救急医療にどのように対応していこうということで勉強なり、研究を進めております。その中で現場の本当に生身の経験をされたという、そのような講演を拝聴いたしまして、委員長としても感銘をいたしたところでございます。そのような中から、ぜひ委員の皆様にもこの先生の救急医療に対するお考えを聞いていただき、今後の調査研究に、ぜひお役に立てていただきたいという思いの中から、今日こうしてお越しをいただいております。そういうことで、どうぞよろしく先生のほうでもお願いいたします。


○参考人(冨原均君) 西脇で開業医をしてます冨原と申します。よろしくお願いします。


 丹波地区で講演会をするのは、今日で4度目になります。一つは、どこか忘れてしまったのですけど、奥のほうの部落に呼ばれて、AEDの講習会をやってくれということで来たことが1度目。2度目がちょっと古いですけれども、確か以前に氷上町といってた頃に、十倉町長の町長時代に、兵庫県の消防のほうと一緒に自主防災活動として講師として来ました。氷上まとい会というところで講演させていただいたことが2回目であります。3度目が、この前の4月4日、今日が4度目になります。もし、なんかいつでもご用がありましたら、私、こういう話はとても好きなので、日曜日をつぶしてでも準備しますので、どうぞお呼びください。


 では早速ですが、5月9日土曜日と。私の基本的な活動は、阪神淡路大震災でスタートしてますので、いつも震災14年とか、何年というのが入っております。私、開業して今年で13年目ぐらいに入ると思うのですが、今日、ここでの講演会が私の講演会の597回目であります。結構やってきたなという気でいます。今日は漠然としておりますけれども、救急医療にかかわる講演会ということでお話をさせていただきたいと思っております。救急における行政の役割、それから私の普段のテーマ、心肺蘇生法とAEDの普及についてという形でお話をしていきたいと思っております。私、実は肩書きあげろというと、山ほど肩書きがあるのですけれども、医師会で地域医療検討会議をやっておりますし、兵庫県の消防と一緒に自主防災リーダー養成講座の講師をしております。それから、北播磨で地域ビジョン委員会というところで、主に中学生や高校生に心肺蘇生法、命の大切さを教える講演会をしているというのが私の活動の場であります。


 今日のテーマは、丹波市の医療、特に救急医療について、というお話をしたいと思っています。私の立場、基本的には行政に対しては非常に厳しいです。ただ、今日厳しいことを言うかどうか、別にわかりませんけれど、特にそれはケチをつけるつもりはまったくありません。本当の意味で救急医療とか、いろんな医療状態を考えていただくために必要であれば、いろんな情報を提供したい。立場は共に立ち上がって、共に地域の医療を守るために一緒に活動していきたい。そして、行政という立場こそが、最後にものを解決できる唯一の手段を持っているかもしれないというのが、私のテーマでありまして、そういう立場から、もし万が一、苦言のようなことがありましたら、そういう思いから発しているのだというふうに、理解をしていただきたいと考えております。これ見にくいですけども、ずっと去年の4月から今年の3月までの私の講演会の記録です。実は毎回、医師会として4月ぐらいに、自分がどれぐらいの活動をしているかということを医師会の事務局に提出するのですが、私もその提出の記録をとりはじめまして、びっくりしたのは毎年少ない年で50回、むちゃくちゃ多いときで60回ぐらいの講演会があったのが、去年はとうとう67回になってしまって、これでは俺は本当に死ぬぞと思いながら、今、活動をしているわけであります。それでも好きだからやっていると言っていただければ、そのとおりだと思っておるのですけれども。ところが、去年から圧倒的に増えたのが医療崩壊に対する講演会であります。ここの水色の講演会が全部医療崩壊、赤が中学生、黄色が高校生とか教職員、PTAの心肺蘇生の活動という形になっています。中学生、高校生、そういうところへ45回、医学講演が4回、医療崩壊に関する地元の住民とか、そういう方々にやっている講演会が18回。いかに医療崩壊が西脇市を含めた全地域で進んでいるかということを物語っている、それだけのニーズがだんだん増えてきたという状況であります。皆さんご存知のように阪神淡路大震災のときのスライドであります。私、実はここは震災の直後に順天堂の伊豆長岡病院、現在、順天堂静岡病院というのですが、そこのチームと一緒に朝、小さなマイクロバスで通ったときの場所です。今でも覚えております。運転手が、「先生ここですよ」と起こしてくれた場所が、実は阪神高速が横倒しになっている所で、朝方でしたけれども、見上げると、すごい構造物が壊れていまして、夜がしらみがかっていると。これは今から大変なところへ自分が行くのだなと、気を引き締めてやらなければいけないということを14年たっていますが、いまだに脳裏に焼きついているのが私の活動の原点であります。これがなければ私は今頃、開業医もしていませんし、こんなところでお話をしたり、いろんなところでお話をしたりしていることはなかったわけであります。私も当時、未来が開けている立場でしたので、救急救命センターで、すごいポジションきって、今だったらなってただろうなと。私の同級生で教授になっておりますが、そいつのほうがちょっと賢かったから、そいつには負けちゃったかもしれないけど、その次ぐらいの場所にいただろうなということは当然のことであります。しかしながら、開業して良かった点と悪かった点がいろいろあるわけであります。当時のこのチームです。1995年のときのチーム、順天堂のチーム、ここの真ん中でにやけているのが私なのですけども、大きく写真が映らなかって幸いですけれども、非常ににやけていました。医療品がさらざらし、診察室のベッドというのは、ここの、この机を二つ並べたようなところで診療活動をやっていたと。そして王子の体育館に避難している人たち、非常に寒い中を、もう外へも出られず、毎日、布団に潜り込んでいるおじいさんが、別の体育館でしたけれども、寝ていると思っていたら、実は亡くなっていたという事件が起きたのもありまして、私たちの巡回診療も、体育館の中でも非常に慎重にやっていくと。本当に寝ているのか、本当に息していないのかということを一人一人確認しながら、巡回診療やった覚えもあります。私、開業したのが平成8年って、先ほど言っていただきましたけども、平成8年の人口動態統計を見たときに男性は脳卒中、これ厚生労働省が出しているデータなのですが、西脇のデータは心疾患がトップです。癌が2番目、肺炎が3番目。これはどうしたことかと思いました。今、もう最終的に無くなってしまいましたが、西脇市には、いわゆる救急部というものもありませんし、循環器というところもありません。ですから、どうしても心臓病の人が助からない率が高いと。だから、どんどん死んでいく。と同時に全国平均では癌が1位、西脇は心臓病の死亡が1位。兵庫県の平均心臓死の2倍もあったのです。これは大変なことだと思いながら、なぜそうなのかということを私、考えるにいたりまして、その一つの結論にいたるのがこれであります。私がいた救急救命センター、戦う24時間救急救命センター。救急医療システムというものは、いわゆる一次救急、おおまかに言って入院を必要としないかもしれないような患者さん、いわゆる開業医の皆さんが診たりとか、休日診療所で診たりするようなケースですが、そういうのを一次救急と言います。二次救急が入院を必要とする病気や外傷を扱う病院、ここでいえば県立柏原病院がそれにあたると思います。そして、三次救急はさらに重症なケース、それから高度な医療を扱う病院、すなわち救命救急センター、全国でこの当時145カ所あったのです。ところがハタと思いました。私のところに来る心筋梗塞の患者さんは、当時のデータで、全国で20万人ちょっといたのですが、3人に1人は死ぬはずなのです、統計上。ところが私どものようなところへ、非常に重症な患者さんも含めて来られても、死亡率7%なのです。この20数%の患者はどこで死んでいるか。自宅で死んでいるのです。もしくは救急車で搬送の途中に死んでいるのです。ということは極端な言い方をすれば、いかに救急救命センターが稼働しようが、救急病院がどれだけきちんとしていようが、地域での病院の前、私たちは病院前救急と言っておりますが、病院前の救急のシステムが機能していなければ、どのような立派な建物やお医者さんがいても、その地域の患者さんたちは助かることがないということを、このデータは示しているわけです。すなわち多くの心筋梗塞患者は病院にたどり着けずに死亡していると。これもある都市で見たのですが、人口167万人の地域で740例のうち、192例が死亡している。問題は死亡例の半数以上56%が病院にたどり着く前に死んでいるということであります。これが厚生労働省の委託研究の資料であります。ですから、ここに身近な防災というのが、毎日新聞が当時出したデータでありますが、この毎日新聞のデータは、一つは南海大地震を知っている人が南海大地震のことを決して忘れないように、そういうことを地域住民にずっと訴えかけていく、薄れる関心に危機感強め、阪神淡路大震災もどれだけの人が、まだ鮮明に覚えているのでしょうね。私は不安でなりません。そして、阪神淡路大震災で亡くなった方は、建物が壊れたことによって亡くなっているのだと。だから、本当の意味での防災は建物を強化することにあるのだと。だから、今いろんな地域で学校の建物を、いわゆる耐震性の建物をつくらなければいけないというふうになってますよね。それは実はこういうことが反映しているわけです。もう一つの身近な防災という考え方が、西脇にいる冨原先生という先生がおっしゃっている、なんと俺のことだって、話になるのですが。病院到着前に死んでしまうということに心を痛めているのだと。だから病院にたどり着けるように、なんとか地域で、地域ぐるみで防災、救急の体制を整えたいということを、私がこの当時から、これ2006年の新聞ですけども提案させていただいている。皆さんもあまりご存知ないかも知れませんが、こういうデータを見ればびっくりします。学校管理下で児童・生徒の死亡事故は年間200人です。うち160件は心臓突然死です。160人のこれから将来のあるような生徒が学校に元気に登校したけれども、学校の中で突然死んでいく。こんなことは許していいのかと。決して許すことができない。なぜ許せないのか、そういう体制がとられていないからですよ、悲しいことに。平成12年の兵庫県での、兵庫県ですよ、突然死の。高校2年の男の子、心停止、体育の授業中、走っていて倒れた。中学校2年生の男の子、熱射病、川崎の中学校の例ですね。こういうことでも死んでいるのです。では心臓突然死、敗出血、脳挫傷、不整脈死、肺炎、これだけの生徒が学校の中で死んでいるのですよ。助かったかもしれない。では正直なところ、熱中症で死んでる生徒がたくさん、まだいます。では、それぞれの学校で熱中症に対して真剣に議論がされて、指導がされているかどうか、疑問なのです。西脇市内では、小学校、中学校、高等学校の養護教諭の先生と体育の指導の先生を西脇中学校に2年に一度、必ず呼び集めて、私の講義を聞かなければだめだというシステムにしてあるのです。熱中症の講義だけで、そういうシステムが西脇市では、もう6年前ぐらいからスタートしてるのです。なぜならば、川西市で中学生の生徒が死んだからです。これが、私たち医療者がやることであり、行政が本当に取り組まなければいけないことだと私は思っています。西脇市では2000年に凶悪な事件が起きました。中学校を卒業して2年目の子が、同級生をブランコに縛り付けてガソリンをかけて、火を点けちゃった。数日後に生徒が亡くなりました。この話を聞くや否や、私は中学校へ飛んで行ったわけです。校長先生と直談判をしました。2000年です。今こそ中学生に命の大切さを教えないと、教える時期を失するぞと。頼むから話をさせてくれという話をさせていただいて、実は6月の下旬に起きた事故に対して、命を守る、命を考えると、中学生に講演会をさせていただいたのが、実は中学生に対する私の最初の講演会だったわけであります。これは当時の中学3年生、ということは加害者と被害者が同じ中学校の3年生だったときに、ここにいる生徒さんたちは1年生だった。クラブ活動や日常生活の中でお互いを知っていた。動揺しないように、命を、今こそ大切にしようという話をさせていただいたわけであります。私のそういう話を聞いた、別の西脇市の東中学校の先生が私のところにいらっしゃって、これまで防災訓練をいろいろやってきて、地震だ、運動場へ逃げろというような訓練をやっていたけれども、そんな訓練だけでいいのだろうかと疑問に思うので、今年から中学校で心肺蘇生法の訓練をしてくれと。命の大切さを生徒や先生に教えていただきたいということで、西脇市では2000年に心肺蘇生法講習が始まり、翌年にはすべての中学校で私の心肺蘇生講習、命の学習が始まったという経緯があるわけです。そういうことから考えれば、今もう2009年ですので、丹波市のほうではやっと心肺蘇生法やAEDの講習会を今、医師会のほうで動きを始めているという話を聞いてます。ぜひとも推進していただきたいし、そういうことに対して、ぜひとも消防や行政がバックアップをして、命を大切にする気持ちを、日本の将来を担ってくれる生徒たちにこそ、そういう活動を推進することを補助していただきたいということを強く思うわけであります。そして、私はそういうことで市内だけでは物足りないということで、中学生だけでは物足らず、市民にもやろうということで、どんどん、どんどん手を広げてしまって、今、大変なことになっているのですが、救急の日、救急サマースクールってありました。実は救急の日というのは、私の実は結婚記念日です。わざわざこの日にしてある。よく旦那ってさ、変な話しますけど、結婚記念日忘れちゃうこと多いでしょ。覚えてます。覚えてないでしょ。覚えてる。忘れちゃいそうなので救急の日にしとけば絶対忘れないということで、私の結婚式は救急の日にやったわけです。大した話ではないのですけど。これわかります。西脇中学校の体育館です。一つ一つわかる。なんかごみのように映っている、後ろから見えにくいかもしれませんが、一つ一つが心肺蘇生の人形です。なんとここに全国、遠くは横浜市から集めた心肺蘇生法の人形が、全国から199体、西脇市に集めまくって、一人一体でやろうとやっちゃったのです。もう大変な思いしました。一斉に心肺蘇生の訓練を、市民が一緒にやってるときのワンカットです。中学生も来てくれたりとか、そのときに私、当時救急ボランティア勇気という心肺蘇生法の団体を立ち上げまして、その顧問になったのですが、心肺蘇生法の普及に努力、命の教育の必要性を訴えて、これでまた、いろいろ取り上げていただいたりしました。やっぱり、これを西脇市、多可郡でやったことを西脇市、多可郡だけで終わらせるのはもったいないということで、実は北播磨全体に広げようと。心肺蘇生法の理念を北播磨の中学生に広げる。いろんなところが一緒になってやっていこうという活動、命の教育、命の教育は命を助けることがいかに大切か、他人と関わりたくないとか、人の命の危機を感じない、大声で人を助ける勇気がない、命を感じる健康である今こそ命を惜しむ心を育てる教育が必要だということに基づいて、自分の命も、人の命も、どの命も等しく同様に、同じように大切であるということを中学生や高校生に訴え続けております。だから自分の命も絶つな、自殺もするな、人も殺すな、傷つけるなということをこの10年近く言い続けているわけであります。そして、始まったのが地域ビジョン活動で平成17年の1月17日、ちょうど小野市の旭丘中学校からスタートしまして、現在にいたっているわけであります。このときは新聞の記事なんかが、こうやって当時は4市8町にどんどん広げていこうと。これが多可郡の中町中学校です。校長先生、メンバーですね。それから、ここに話を聞いていただく生徒がきちんと並んでいただいて、そして養護教諭の先生たちと一緒に心肺蘇生法を教えている。このときに私は一つのモデルを立ち上げまして、心肺蘇生法を教えるためには人が要るのです。その人を教育しなければいけません。教育することによって、このときの3年生152人に対しては、人形は15、西脇市、多可郡医師会から4名、西多可消防2名、ボランティア3名、養護教諭の先生をあちこちから集めて5名、中町社会教育委員6名、ビジョン委員6名、北播磨の県民局が1名、指導者を27人集めて、一つのところに一人、もしくは二人の体制をきちんととったと。こういうことを実はずっとやってきてるのです。去年の7月、西脇東中学校、頑張れる人って言ったら、手がバッと挙がったりする。そして、車がこっち、下の学校だから車であがって、こうやってグループに分かれて心肺蘇生活動をやるわけです。こうやって、一人の人がやってるときは、みんな拍手をしたり、手拍子をうったりしながら和気あいあいとやる。これがボランティアの同じグループの委員ですけれども、私が感想聞いてると。この女の子が最後にあいさつをしてくれました。私のブログにもこの文章載ってますけど、人の命を救うのも、また命がけなんだということが、自分が今日はわかったと同時に、救える命を救えずに終わるようなことや、命を諦めるということは絶対したくないなということを強く思ったと言ってるのです。そういう生徒を育てることが、実は日本を育てることなのだと。そうでも思わないと大変でやってられないのです。私の活動をずっとひも解いてきますと、こんなにあちこち行ってるというか、押しかけてるというか、行かせていただいてるというか。広域防災センターに行き、自主防災は兵庫県下19カ所に行き、小学校は六つ、高等学校は13の高等学校、中学校は23の中学校に駆けずり回ってます。この話をどんどんしていきますと、ある中学校なんか行きますと、今日は冨原先生がきてるというと、「えっ、これは冨原先生やん」と言うのですよ。なんで俺のことを知ってるのかなと思ったら、その生徒さんが前の年、小学6年生だったときに、私が講演に行った小学生が、その中学に入ってきてて、冨原先生きてるで言うて。ガラッと開けたら、「わっ、本物や」とか言われて、「頑張ってるか」って話をして、そういうときは一種の至福のとき、本当に楽しいときであります。今日は、私の活動の一つの形を表しているものが、皆さんの手元にあると思いますが、心肺蘇生法ガイドブック。ですから、また、これはゆっくり帰ったら読んでいただきたいなと思います。去年の11月18日、八千代中学校で私の話を聞いてくれた中学生が、とうとう2万人を超えました。2万人です。びっくりしました。こういうふうに熱心に取り組んでいただきながら、頑張ってやっています。この八千代中学校が2万人超えて、今日はありがとうなと言って花束もらったのですが、それがきっかけになって、いまだに3人ほどの生徒さんとずっとメールのやりとり、彼はよっぽど暇だとみて、私の診療時間であろうが何であろうが関係なくメールを送ってきて、冨原さーんとかいって送ってくるのです。何してんのって言うのです。仕事してるんだよと言います。そういうこともいろいろしながら、でも、あるときにはまともだなと思うのは、「僕この前、弁論大会で優勝したで」と。「弁論大会に出て優勝したで」と。「先生褒めてよ」と言うから、「よくやったな」と言ってやる。そういう活動が評価されて、救命講習、12年で574回って出ましたが、今年の1月、今日が5月です。4カ月たちました。574回が597回で、あれから23回もやっているという話になるわけであります。今年は、また記録を更新しそうな雰囲気。私はこういうことを、中途半端は嫌いなので、大体わかっていただいていると思いますが、市の職員研修をやろうと。心肺蘇生が大切だというのだったら、市が先頭きって市民の前にハンをたれよということを市長、助役、もう一人いるよ、三役って。市長、助役、収入役、その方に三人とも、どういうわけか、当時三人とも僕の患者さんだったのですね。ですから、来るごとになぜやんないのかって三人に言い続けたら、三人目に言った次の次の日ぐらいに事務方が飛んできまして、すぐやりたいと言って、実は今年で12年です。12年間やってるのです。毎年40人教えてます。そういうことをやってれば、市に対して、私がこういうことをやりたいから手伝ってくれというと、とてもそんなことできないなんて言える立場でもないですよね。もうまともなことしか言わないですから、もう全面的に協力させていただきたいと。今の医療崩壊の推進の活動の中でも市のほうが全面的な協力をしていただいているというのは、こういう背景も実はあるのだろうと思ってます。のじぎく国体でもこうやって、これ岸市長ですね。表彰してますけども、この表彰台の裏で、私たち、これ私ですけども電気ショックの機械を持って、すべての球技場ですべての時間に私たちは待機をしたわけであります。自主防災活動、高田井町っていうのは私の住んでる町ですが、高田井町に約9年前に心肺蘇生法活動を、その自主防災に取り入れたのは私ですので、そのことが兵庫県から評価をされました。これ第6回の自主防災風景ですが、同じような風景の中に心肺蘇生の講習会のカットがこうやってあるわけです。こういうことが兵庫県から評価をされまして、平成13年度に自主防災活動推進大会で高田井町の自主防災組織が優秀組織として表彰をされました。これがAEDです。AEDを見たことがあるよっていう人はどれぐらいいるのですか。見たことある人。優秀だね。ホッとしたね。これでもう手が挙がらなかったから、このまま帰ろうかと思っちゃった。これがAEDです。訓練受けたことある人。ああ、いいね。実は来週の金曜日ですか、またまた、丹波へやってきましてね。支え隊という活動グループあるでしょ。そこが次回にはAEDの使い方と心肺蘇生を勉強したいということで、私やってきます。県民局の若いやつと同じ北播磨地域ビジョンのメンバー二人連れて、私を含めて4人でやってきます。県民局の若いのも大変だね。丹波まで人形持って来るたびごとに自分の休み時間をさいてくるわけですよね。これがAEDです。パットを貼り付けるだけ。これ大事なのはね、心配しなくていいのは、貼るだけでボタンを押しておけば、機械が電気ショックをかける必要のあるケースにだけ作動するんですよ。心臓動いている人に作動しないんですよ。だから、いたずらできないんですよ。安心しました。私の娘は小学校5年生のときから、このAEDを使うことができます。なぜか。お父さん、倒れたときに頼むぞって言って、娘を指導してるわけですね。そういうことも身内も教育しておかないと、いくら僕ができたって、私が倒れたときは誰もやってくれないという話になるわけです。AEDにある蘇生率向上、アメリカの平均値だったのがボストン、シアトル、ミネスタ州ロチェスタ、すごいでしょ。心臓が止まって、たったの5%しか助からなかった人たちがシアトルでは30%助かり、ロチェスタでは49%助かるのです。こんなところ行きたくないです。日本で倒れたら、心臓停止したら、どれぐらい助かるか知ってます。何%助かると思います。一声。10%助かる。ついでに岸田さん、どうですか。20%。よくもまあ、おっしゃったねって感じ。日本では3%から5%ですよ。あとでデータ出しますけど。こういうこと言うからには、あいつはきっと丹波のデータ持ってきたのだろうなと。調べてきました。後で。私のテーマはカルディアックケアリングコミニュニティ、心臓を大切にするコミニュニティをつくっていきたいということが、私の念願のテーマです。今からお見せするのは、西脇で、開けないって出たよ。どうしてくれるの。開けないときはしかたがないので、もとから出しますけど。


                (ビデオ上映)


○参考人(冨原均君) これ司会しているのは市の職員です。これ岸市長です。毎回、来賓の市長と消防長と医師会長3人だけが来賓なんです。それ以外は来賓として認めないという。これ当時の私のところの医師会長です。彼は社中学校の卒業生で、中学生のときにサッカーの練習中に心肺停止を来たして、電気ショックや救急隊や病院の先生のおかげで今、元気にしている生徒です。今、神戸の弘陵高校でサッカー部を続けています。ですから彼の体験談をこうやって、こういう場に来て話してもらう。人の命が助かるっていうのはこういうことなんだと。これは西脇の東中学校の生徒さんたちに心肺蘇生AEDの模擬演技をしていただいているところのものです。野球の試合中にボールが胸にぶつかって、そのことによって心肺停止を来たしたという設定で今、倒れました。倒れた生徒、なんで笑っているかというと生徒に心肺蘇生できませんから、今ここにいる人形と生徒が入れ替わったのですね。それで会場ではドッと笑うわけです。ちゃんと冨原先生って言うように指導してあるんです。必ず言うのだぞと。これ心臓マッサージです。皆でリズムをとっている。こうすると会場中がこのリズムになるのです。非常に厳しいことを教えているのだけど、和気あいあいとやっている。人工呼吸で胸が膨らんだら拍手をしろと言ってると、会場から拍手が出る。こうやって電気ショックを持ってきた。使い方知ってるから、今からやるぞと言ってる。これがパットと言います。貼り付けるだけでいいのです。後は機械がやってくれる。何の心配もいらない。一度見れば誰でも使える。この赤いベスト、医師会員は全員これを着てます。これを見れば、これ医師会の先生だということがわかります。マラソン大会であれ、のじぎく国体であれ、こういう場であれ、このベストを着ているのは医師会員だと。あっ、医師会もこういうところへ出て頑張ってきてくれるんだなということを市民に訴えているわけです。助かった。だから、また人形とかわってるでしょ。助かったって、こいつが言うわけです。そういうことを各グループに分けた、大体毎年、150人程度ですが、それを学びたいっていうところに集めて、こういう心肺蘇生の講習会を実はやっているわけです。これ養護教員の先生。これ医師会ですね。これボランティアの人です。これは、このグループであった人の人形が助かったと思うかって聞いたら、助かったって皆、言うのです。これがAEDです。こういうことも本気で展開していかないと、正直なところ申し上げると、西脇市では2000年9月9日からやってるんです。私のおふくろぐらいの年代でも心肺蘇生法、AEDって言うと、言葉だけ知ってます。それぐらい広まっています。そういうこともやっていかないと、本当の意味での救急というのは成り立たないのですよ、という話をちょっとさせていただいたということであります。これ冨原循環器内科というホームページです。http://tomihara.com/、わかりやすいでしょ。tomihara.comですから。私のメールアドレスがtomihara@tomihara.com。しつこいですよね。自分の性格出てるようなあれです。これ見ていただくとわかりますが、私の診療活動が何曜日で何時からやってるとか、一言も書いてないです。私のホームページは循環器救急における救命率向上のために、これだけです。最近増えたのが、地域医療検討会という項目です。ここにあるのが西脇市のAEDマップ。ここに水彩色鉛筆なんて書いてあります。わかります。水彩色鉛筆ですよ。色鉛筆の絵が描いてあって、それを水彩でシュッシュッと塗ってあるのですよ。誰が描いてるのかと。冨原先生が描いてるんですよ。それも見ていただけると普通の人たち、わあ先生、こんなこともやってるんですねと。いつ、こんなの描いてる暇があるんですかと。家で夜中に描いてますという話をして、会話が成り立つ。ぜひこれを読んでいただければ、いろんな今まで話したようなこと、おわかりいただけると思いますので、お時間があれば、なくとも一度ぐらい見てくださいねと。私のホームページ、個人のホームページにもかかわらず、今1万1,000件を突破しました。普通、開業医のホームページでこんなにあるところはありません。こういうことばっかり書いてあるから。


 さて、今からお話するのが、いわゆる医療崩壊に関しての話をこれから続けていきたい。救急中核病院が174カ所なくなって、経営難であったり、医師不足、看護師不足で救急病院が兵庫県下で174カ所なくなっている。174カ所もなくなれば、収容できないでしょ。消防隊の人たちの苦労っていうものがよくわかるってものです。どこへ運んだらいいのか、どこも運べない。その辛さ、わかります。私も十五、六年前から経験してるのです。なぜなら、私がいた救急救命は地域の消防、地域の医師会、毎回話し合いをもってました。ある消防隊員が言いました。先生、本当に困ってるのだと。ある交差点で左へ曲がれば順天堂、右へ曲がれば次の病院、両方とも受け入れのOKが出ないので、交差点の手前でずっと待ってるのです。そんなときに家族からなんて言われるか。お前ら何してるねんと。重症の患者残して早く走れよと言われるけども走れない辛さがあるのだと。そのときから、私たち順天堂はシステムを変えました。電話に出るのは、おっちゃん、おばちゃんではありません。夜中の院長代行です。すなわち救急医療の5年以上の経験した責任をもった当直の医者が電話に出て対応する。とりあえず来いと。そして、その医者がこれは脳外科かな、消化器かな、循環器かなっていうことを判断して、自分でその科の当直の医者を起こす。若い医者も起こす。すなわち私たちがいた救急救命センターでは、当直の医者が十何人いるのですよ。その責任をもったトップがすべて判断して来いと。それからは消防隊が交差点で待つことが一切なくなったと、非常に感謝をされました。そういう消防の気持ちも考えていかないと、これだけ174カ所なくなっている現状では大変です。医療崩壊は医師不足と赤字であります。だけれど医師不足、赤字は問題だけれども、もっと大事なのは現場で働いているお医者さんの気持ち、これをぜひ理解してもらいたい。ということで今日やってきたようなものなんです。これを理解せずに医療崩壊を語れません。今日も守る会の人たち、来てらっしゃるみたいですけども、守る会の話を一度聞きなさい。なんか今度あるのでしょ。行革勉強会という守る会のあるのでしょ。一度聞いてみなさい。ぜひ聞いてもらいたい。私のように救急で辛い気持ちでずっと頑張ってきた医者が、あの話を聞きますと泣きます。きっと皆さんは泣かないとは思う。守る会の人はええことしてはるな、頑張ってはるなと思う。だけで僕らはね、泣くのです、あまりの嬉しさに。そういう自分たちの気持ちをごく普通の市民のお母さんたちが言ってくれてることに対して、心から泣けるのです。それぐらいの気持ちで救急の医者が頑張っているのだということを理解できなければ、救急医療もへったくれもクソもないぞということはわかっていただきたい。医師の心を折る誤解と偏見。だいぶ前の新聞です。麻生さんが、医者は医師の確保が大変だ、なぜならば、社会的常識が欠落している人がずいぶん多いって言っちゃいましたね。本当にひょっとしたら欠落してるのかもしれないという部分もあるから、難しいのでしょうね。だけど総理大臣がこんなこと言ってごらん。頑張っている医者は本当に心折れますよ。マスコミの医療バッシング。総務相も何よりも忙しいという前に医者のモラルの問題だと、あいつたちやる気があるのかと言ったわけです。ふざけるなと言いたい。たらい回しとか、受け入れ拒否とか、診療拒否、そういう言葉でますよね。救急の現場で働いてきた医者からいうと、たらい回しも受け入れ拒否も診療拒否もありません。受け入れ不能なのです。できないのです、したくても。それをたらい回しだって言われてごらんなさい。がんばる医者からすると、何言ってんねんと思いますよ。そういうちょっとした言葉が、労働基準法など、無視が当たり前のような過酷な労働環境で献身的に働く無名の医師たちがいると。勤勉と工夫で医療を支えている無名の人が偉いのだと。この人たちの心が折られたとき、医療崩壊が始まったのではないかという文がありました。そのとおりだと思います。日本の医療は世界一です。だけど世界一を達成してきたのは、そういう名もないお医者さんたち、もう名もないお医者さんたちの中に、当然、私も入ってると思うのですけど、そういう人たちが頑張ってきた。この誰が日本の医療を殺すのかって堀田先生って本の中に、この年賀状が映っている、精も根も尽き果てるような働き方をせずとも安全な医療が提供できることが今年の目標だ。言い換えれば、精も根も尽き果てるぐらい頑張らないと安全にやっていけないのだとおっしゃっているわけです。私の経験でも、私も若いころ、非常に重症な患者さんを、ずっと病院に泊まって、24時間ずっと診てきました。連続13日間、家に1回も帰らないで、その患者とずっと付き合って、とうとう私が倒れそうになりました。私が倒れそうになったときに、とうとう患者さんも力が尽きました。そういう経験ももってます。しかし、それ以上どうやって医者に働けというのかという気持ちで、実は当時からいっぱいだったのです。私は、当時若かったのでしょうね、自分の恥をさらすようで申し訳ありませんが、家族と救急患者とどっちが大切なのかということを、当時のお嫁さんに聞かれたときに、患者に決まってるやんと一言、言ってしまいました。それが実は私の1回目の離婚でした。1回目という言葉にあんまりこだわらないでね。実は2回してるのですけどね。2回離婚をして、3度目の結婚で、今幸せにやっております。そういう気持ちでやっている医者の気持ちをわかってもらいたい。ですから、順天堂の循環器科のお医者さんの離婚率、6割です。半分以上です。だから、変な話、離婚しても全然恥ずかしくない。みんな周り離婚してるから。これ蛇足です。それぐらい精も根も尽き果てるぐらい救急で医者が頑張っているのだということを、気持ちでわかっていただければ、医者も頑張れるのです。舞鶴市立病院は、松村先生って先生が米国式の研修医の制度を導入した結果、全国から若いお医者さんが集まってきた。その代わり、お金もかかる。ちょっとした赤字が出た。そしたら市長がなんて言ったか。赤字なんとかしろって言ったのです、松村先生に。これだけの教育をしていて、全国に名ざたる研修の施設になっている、多少の赤字はなんとか行政で考えてくれと言ったけれども、市長はまかりならんと言ったそうです。それなら、私は辞めますと言った。市長は、松村先生が辞めても一人辞めるだけだから大丈夫だろうと思ったところ、だって、この病院は松村先生を求めて、お医者さん来てますから、この副院長の松村先生の退職があった結果、内科医の14人中が、松村先生がいらっしゃらない内科の病院というのは意味がないと言って、14人中13人退職したのです。これが医者の心意気ですよ。それぐらい医者というのは自分の働ける場、自分の技能を上げる場、勉強できる場を求めているのだということを理解してもらいたい。最近、鳥取大学の救急救命センターが今年の3月で救急医が4人とも退職。なぜ退職したか。救急を時間外の番人としか思ってない人が多い。プライドを踏みにじられた。自分は、三次救急の専門医として鳥取で唯一の救急救命センターの専門家としてやってきた。だけど夜中に起こされる患者が本当の救急の患者でなければ、自分は何のために救急救命センターで働いているのか、これでは、私の心はもう続かない、折れた、先生一緒に辞めますと言って、4人とも退職した。救急医療崩壊という本を小松先生という虎ノ門病院の先生がお書きになっている。この本、300ページぐらいです。300ページ読むのはちょっと辛いなと思われたら、一つだけいいことを教えてあげます。16ページだったら読めるでしょ。16ページだったら大丈夫ですよね。私のホームページにアクセスしていただいて、地域医療のところをクリックしますと、小松先生の医療崩壊のサマリーはこちらって書いてあって、私がその本をサマリーに16ページにまとめた文章がPDFファイルでダウンロードできますので、どうぞ読んでください。医者の救急医の気持ちが少しでもわかるかなと思います。もう辛くなって、ただ仕事辞めたいとかいうのではないのです。辛いから辞めるのではないのです。自分の気持ちが折れていくから、病院に留まれない。極めて深刻です。なぜならば、誰もそういうことに気がついてくれない。病院の箱ものをどうするか、医者もっと頑張れ、給料上げるのか下げるのか、そんな話ばっかりになっちゃう。あなたたちの気持ち、本当にわかってるよということを言ってくれれば、医者は死にものぐるいでがんばるのだ。そういうことをわかってもらいたい。小さいから、ちょっと見にくいかもしれないけども、ここに書いてある。いろいろブツクサ書いてあるのだけど、自分は救急医療が好きだ、できればどんな患者でも受け入れて治療したい、でも病院の体制や各専門診療科の医師不足による弱体化、そして訴訟のリスク、頑張って受け入れても失敗すると、直ちに訴えられるかもしれない、そんなギリギリの状態で働けというのは無理でしょ。だから本当にできないのだと。体制さえ整えば、どんなに辛くても自分はやりぬくのだとおっしゃってる。僕、5年前だったら救急病院に戻ってました。これ本気ですよ。開業辞めちゃって戻ってました。僕は、もう本当に心底救急が好きなのだなと、今でも思ってるから。あの阪神淡路大震災がなかったら、本当に救急救命センターで残ってて、名をはせてただろうなと思います。救急現場ってどうなのか、行政の方に、市民の方に知ってほしい、私の経験から。先ほど出しましたね。多くの方が病院にたどり着けないで逝く。だから、救急救命センターが頑張っているのだ、どんなに頑張ってるか。進研スコープ。大学選択への文理選択決定版。高校3年生に対する受験の雑誌です。1990年10月、もう20年近く前。俺も若かったころですね。これ全国の雑誌です。出てくる先生が冨原先生という先生。俺も考えたら、いろんなところに出てるなと思ってね。NHKでも、もう6回も出てるのです。兵庫県のなんか、そういうテレビもあって、それにも出てるし、もう結構、新聞、雑誌あまた人知らず、たくさん来てくれ、来てくれと。なぜかって言うと、こんなことやっている医者がいないからね。いないのですよ、AEDのことでしゃにむになって、もう兵庫県中、広めたいなと思って、自分の仕事も半分ほっぽりだしてやってる医者なんていないですね。これ私が緊急の手術をしているところ。私は心臓カテーテルっていう救急が専門医ですから、心臓カテーテル検査を私一人で3,000例やってきました。3,000例やっているお医者さんていうのは、兵庫県下にはいないと思います。私が一番多いと思います。それぐらい明けても暮れても救急ばっかり。救急車が通るとビシッとしちゃう。家で、冗談だけどね、冗談ではなくて本当なんだけど、家でテレビ見てても、私、病院から5分のところにいます。救急車が前を通るとシャキッとしちゃって、電話の近くにいるのです。なぜならば、5分で救急に行って、循環器の患者だったら5分以内に電話がかかってくるから。10分以上たっても電話がかかってこなかったときは、ああ、これは他の科に行ったのだなと。たちまち電話がジリリンとなると、はいはい冨原ですと、すぐ行きますからと言って、行くのが大好きだったのですね。今でも救急車大好きです。医者の一日、朝8時に出勤してる。看護婦さんから申し受けて、心臓カテーテル検査をやって、午後の2時にお昼ご飯。2時15分から回診。患者さんに話をしてあげて、夜7時、病院の医局で食事、データの整理。夜の9時に病院出ます。これが普通です。少なくとも病院に13時間はどんなことがあっても居るのです。これが普通です。5時に帰るなんて、あり得ません。早く帰って9時です。そういう生活をずっとやってきた。こういうことのがんばりもあって、全国で言うまでもなく健康寿命、赤ちゃんが生まれるときの死亡率、健康達成度、ずっと日本は1位を達成してきて、平均寿命がもっとも長くて、もっとも医療費が少ない。安い医療費で寿命を延ばせる医療を、ずっと全国の名もない医者がやってきたのです。医師の絶対不足、理不尽な低医療費政策、自治体病院がどんなに頑張っても赤字になるっていうのはおかしな話。これは、医療費の政策をどうするかという方針が間違ってるからです。がんばれば自治体の病院が黒字になれるような医療費の政策こそが、今、転換されるべきだと思ってます。それと私自身が反省を込めて、今やっていること。医療者が社会的無関心だった。医療崩壊という自分たちの現場であるにもかかわらず、そのことに対して、立ち向かっていく気持ちが医者の中に少ない。自分もなかった。私は3年前ぐらいからやってますけど。それまでは自分の治療のことしか考えてなかった。自分の技術の向上しか考えてなかった。だけど医療者、本当の現場の医療者が無関心だったから、こうまでひどくなったのではないかなという反省を込めて、死にものぐるいでこういう話を地元やいろんなところで、やっていかないと、医者としてはなっとらんという思いでこういう活動をやっているのです。私も専門家ではないですが、一生懸命、勉強をしながらやってきました。日米、病院を比較しますと、お医者さんの数が同じ病床数でも、かたや370人いるかと思えば、国立病院でも39人、済生会栗橋病院47人しかいません。看護師も620人いるアメリカと230人ぐらいしかいない栗橋病院、これ本田先生のところですけど。日本で国立病院だと看護師が85人しかいない。若いお医者さんがアメリカで113人も、この350床の病棟でいるのに、国立病院はゼロ、栗橋病院は5人。秘書、いわゆる書類を書いたり、いろんな整理をしてくれる人。医者がやんなくてもいい仕事をしてくれる人がアメリカの病院には90人いるのに、日本にはほとんどいない。だから、お医者さんは夜中にでも書類をコツコツコツコツやんなきゃいけない。それをなんとかしていただけないかという思いです。変な話だと患者の運搬するストレッチャーってご存知でしょ。救急外来に行くと、はい、これに乗ってとガラガラと行く。あれ運んでいるのは、ほとんど日本では看護師さんとお医者さんでしょ。アメリカ違うのですよ。患者運搬専任係。医者が余計なことをしなくていいようになってるのです。だから、同じ医者の数でもアメリカではやっていけるし、にもかかわらず、医者の数が圧倒的に多いのがアメリカ。これでは日本のお医者さん、たまんないです。アメリカでは、処方箋、医者には書かせない、忙しい医者に処方箋を書かせると間違えるから。ブラックユーモアみたいに思うかもしれないけど、それが通説です。医者は誰でも、人は誰でも間違える。だから医療過誤であれ、何であれ、間違ったことを医療事故に関与した現場の人間にいくら刑事罰を与えても、医療安全向上しません。これ世界の常識です。医師を増やして、コン・メディカルを増やして、真の安全と医療崩壊阻止の処方箋を書いていかなきゃならない。そのためには、今進行していますが、裁判によらない補償制度を確立しようと。でなければ、お医者さん、ミスするとすぐ逮捕される。昼間でも手錠かけられる。福島の県立、福島の大野病院で産婦人科のお医者さんが手錠を昼間かけられて逮捕されました。どこにも逃げないのに逮捕された。そんなことを防ぐためにも本当に補償するためにも、裁判制度によらない補償制度、ADRって言うのですが、今それが進行してます。早くこれを立ち上げていただきたい。これが医療崩壊を阻止する、もう一つの手段であるというふうに考えてます。これは鈴木先生という人が書いた、国を守る、生活を守る、命を守る。国を守る、自衛隊、あんまりこの言葉にこだわらないようにしてね。いろんな立場の人いると思うから。自衛隊27万人。生活を守る、警察26万人。消防15万人。命を守る、お医者さん26万人、看護師100万人。奇妙に一致するのが自衛隊、警察官、お医者さんの数、ほぼ同等なのです。でも、これ同等と思っちゃいけない。日本のお医者さんは、80歳以上の人も含まれてる。消防って何歳までぐらいですかね。65ですか。60ぐらいまで。自衛隊員もそうでしょうね。あんまり70歳の自衛隊員がいても、あんまり役に立たなさそうにしてます。だけど、この人たち、若い人たちで27万人です。お医者さんは80歳以上まで入れて80万人ですよ。これだけでも医者、大変だなと思います。医療には限界があって、人間は必ず死にます。人間、必ず間違える。医療とは不確実でなっている。安全には金がかかる。しかし、日本では医療費は最低限にしながら安全性は要求され、訴えられてしまう。だから、医者がもう疲れ果ててる。実は、私も結構疲れ果ててる。私が疲れ果てている理由の一つが丹波にある。後で言うわね。私、救急救命時代、冬場、心臓の患者の書き入れどき、すごいのですよ、とにかく。1週間に135時間労働です。わかります。1週間ですよ。ちょっと今7で割ってみてください。140時間だったら、一日20時間働いているっていうことでしょ。19時間は働いているのですよ。私が寝る場所、手術室です。手術終わって、患者さんを若い連中が病棟にあげて、いろんなセッティングをする。それで30分かかるのです。その30分の間、私は手術着のままで手術室のいなくなった患者さんのところで、床で寝ているのです。想像つきます。床で寝ているのです。そういう生活を救急医はやっています。でも、夜中に、それにさらに、なぜ135時間になると思います。ひどいとき、夜中にね、なんと20回呼び出し受けるのです。なぜかって、救急急性心筋梗塞の患者さんが来るからです。来るなとは言えないよね、来るのです。私たち断ろうと思いません。夜中にベッドを空ける、軽い患者さんを退院させて、その軽いベッドに普通の患者さんを移して、普通に中等症の患者さんを移して、普通のところに重症の人を移して、重症な患者さんに重点病棟の患者を移してでも重点病棟を1床空けて、患者さんを入院させる。トコロテン方式です。だから、いつも退院できそうな患者さんには、昼間つばをつけときます。できれば土曜日の退院だけど、駄目だった場合は今日かもしれないよという、毎日言ってあげています。だから患者さんもOK言います。なぜなら、僕らが夜も昼も働いてることを知ってるから。そして、そうやって夜中にでも全部どんな患者でも受け入れてくれるということは、自分がもし悪くなったときに必ず診てくれるという信頼感があるから、真夜中でも患者さん、退院してくれる。労働基準法違反ですよね。それでも生きがいを感じながら、私は11年間、救急救命頑張ってきたことを誇りにもちながら頑張っているのです。私は放射線扱いますから、放射線の基準ってあるのですよ。私の基準は1カ月も経たないうちに1年間分の被爆をしてしまいます。だから、本来、労働基準法でいうと私は1月の終わりには、もう放射線に関する治療はできない立場になります。でも、そんなこと言ってられないからやるのです。そうすると、私の白血球はあるとき2,000を割ります。1,900とか1,800ぐらいになるのです。毎回チェックしてるから。1,800ぐらいになると体が猛烈にだるくなってきます。だるくなってくると危険だから、いや危ないのですよ。白血病になっちゃうかもしれないですよ。だから、1,800ぐらいになると一番放射線の被曝のある場所から、一番手、二番手、三番手のところまで来て、若いやつにちょっと被曝させると。もちろん放射線の鉛のプロテクターを着けた上での話ですよ。そうなってもいいから、頑張ってるのが救急の医者だっていうことを今日ちょっとわかっていただいた。私が辞めなかった理由、心が折れなかったから。患者さんの支えがあったから。あるとき患者さんの、亡くなった患者さんのお葬式に行ったときに、先生これ見てくれって言われた。神様が祭ってあるねん。毎朝手を合わせてポンポンとやってる。どの神様か知らないけど、その横にお札がある。そこになんて書いてあるかというと、冨原先生って書いてある。その患者さんは僕に助けられたことを誇りに思ってたかどうか、非常に感謝されていて、毎晩私のお札に手を合わせて日常生活を送っておられた。ある患者さんは、熱海の患者さんだったけれども、熱海で発作が起きたときに助からないかもしれないよと、どうしようかって僕が提案したときに、先生わかりました、先生の病院の近くに引っ越してきますって言って、引っ越して来られた。その人、お金持ちだったからマンション買われて引っ越して来られた。そういう患者さんがいるし、いまだに、いまだにですよ、静岡から年に5人は僕のところに来ます、毎年。お世話になってたから。ちょっと近くまで来たから。近くって神戸ですよ。神戸の近くなんておかしいだけど、神戸まで来たから、ちょっと寄りましたって来ていただける。ありがたいでしょ。キーワードは医療の不確実性。これはわかってもらいたい。瀕死の状態で運ばれてくる急性心筋梗塞患者、家族だったらどう思います。危ないかもしんないなと、助からないかもしんないなと。母子ともに健全なはずだと思い込まれているお産、ひょっとしたら危ないなと思う人います。いないのですよ。子どももお母さんも助かるに決まってる。日本では確かに1万1,600例に一人、お母さん亡くなりますよ。でも1万1,000分の1ってことは、誰か当るってことですよ。ぶちあたったときにどう思います。なんか医者がミスしたのではないか。だから裁判になるのです。子どもが死ぬはずがない、子どもだって死にますよ。小児医療。私が言いたいのは、私たちの心臓病であれ、何であれ、リスクの程度に差はあるけれども、いずれも救急であって命に関わるのだということを理解をしていただきたい。私がやってこられた理由は、多くの患者さんや家族が助かったときには感謝していただいて、亡くなったときには、先生、全力を尽くしていただいてありがとうございましたといつも言っていただけるので、またがんばろうという気になった。最近だんだんそれも事情が変わってきた。心臓でも何か問題があったのではないかいう時代になってきたから、今の医療崩壊があるのです。これ小さいからわからないけど、北海道日高町立、岩手県の花巻市の花巻厚生病院、静岡浜松の社会保障浜松病院、大阪松原の市立松原病院、岡山の三菱水島病院、2008年度末に閉院、休院になりました。主な理由は赤字です。だけど、西脇病院だって去年1年間6億の赤字です。先ほど言った市立松原病院は3月で閉院して、赤字が40億円になりました。でも、医療というものを経済的なものだけで考えていいのかどうか。文芸春秋、中谷巌さんていう小泉改革のブレインとして推し進めた人。偉い人です。三菱UFJリサーチアンドコンサルティングの理事長です。その理事長がこの文芸春秋の中で述べてます。皆さん、行政の方ご存知のとおり、小泉改革において5年間で1.1兆円の削減を目標として毎年度2,200億円の社会保障費削減が行われる中、医療への不十分な手当てを行ったことが医師不足、医療崩壊、救急医、救急医療難民の増加といった副作用を生んでしまった。人間の生命という経済原理を越えた価値を扱う医療は、そもそも市場原理には馴染まない。そういうことを特に行政の人が、お金に関することを考えてらっしゃる方、ある程度は努力も必要でしょうが、こういうことを本当に考えてもらいたい。この人が最後に言ってること、今こそ日本社会にとって守るべき価値は何か、国民が真剣に議論し、その上で真に必要な改革の方向性を模索すべきときですよと。経済的な側面からだけ、いろんな医療を丹波においても判断しないでいただきたいということを強くメッセージとして出した。私たち西脇のやってること、こんな形で第1回、4月23日から始まりましたが、私たち医師会はどんなことがあってもお母さんたちの守る会の活動は守っていく。お金も出そう、いろんなこともやって支えていくということを私たちは心に誓いながら、この1年間やってきました。お互い相思相愛で、個人的な相思相愛はないのですけどね。組織として相思相愛の中で頑張ってやってきてる。ぜひともそういう本当に、いわば何もない普通のお母さんたちですよ。そのお母さんたちが自分の時間もつぶしてやってる純粋な活動を、もっと議会のほうや行政のほうで見直していただいて、丹波の宝、日本の宝って言われてるのですよ。日本の宝ですよ。全国から言われてる。そういうものを大切にしなさいと。こんな人たちを大切にしなくて、お金一銭もかからないのだから。そうですよ。そんなことをやればね、皆さんのイメージはアップするよ。間違いない。そんなこと、どんどんやっていきなさい。私たちは真面目な議論してます。大野事件から医療訴訟を考える会もこうやって記事にもなってますけど、市民の方たちと事細かにいろんなこと話し合ったりして、模造紙に書いたりして、こういう活動をしています。辺見先生を招いての講演会もやってきました。独特な顔つきされてます。私たち西脇が一枚岩であるところの証拠の1枚、講演会後の二次会です。医師会館。飾りつけはお母さんたちがやってくれた。ここに書いてある辺見先生の似顔絵、後で贈呈しましたが、守る会のお母さんが辺見先生の絵を描いてくれて、ここに飾ってある。こういう会を市長、病院長、県会議員、市会議員、守る会、市民、医師会、いろんな人たちが集まって和気あいあいとこういう会をやっていった。こういうことがぜひ丹波でもできるように、私は希望をしているし、その一助になればという形でいろいろな形で来させていただいた。西脇会館、市民の方たちにも講演会をやり、たくさんの人が来ていただいて、新聞にも載せていただき、さらにこれを契機にいろんなところ、これ日野地区ですが日野地区はなんと254名の方が来て、30名が会場に入りきれなかったというぐらい熱気ムンムンの中でやっていただいた。そして、負けるなと言って日野地区の日野会館で去年12月、これも200人近い人が来ていただいてやった。そして3月18日、板場やいろんなところでどんどんやりながら、今年の4月8日土曜日、実は4月8日ってさ、ここで行革勉強会があった日ですよね。行革勉強会が終わるや否や、とって返して黒田庄へ行って、7時から講演会やってきました。西脇地区を最後に芳田地区、これ6月にやることが決まりましたけど、すべての地域を西脇地区を私たち医師会の地区別講演会を全市の全地区完全制覇、あと芳田地区、6月だけというところまで来ました。こういうことで、この医療通信という皆さんの手元にもピンクの用紙があります。このピンクの用紙は、まだちょっと誤植もあったりする分なのですけれども、実は変な話だけど岩崎さんに編集手伝ってもらったのですよね。変な話。僕が第1号ができあがると自分で点検するのは、七面倒くさいので、ごめんなさい。ちょっといろいろ時間もあるし、岩崎さんに送ると岩崎さんがここをこうしたほうがいいのではないですかって添削してくれはる。それをまたし直して載せているのです。これ添削前ですけども、月に1回出しているのです。大変なんです。月1回こういうのも定期的に出さなきゃいけないいうたら、ものすごく苦痛。だから、今年の私、連休、まったく休んでいません。遊んでいません。悲しいぐらい連休ではなかった。そういうことも載っている。住民にできること、ここは頑張っておられる。ヒントはありがとうですね。丹波の宝、大切にしてもらいたい。丹波のお母さんたちが、これ小児科学会で発表されたときですけども、この中澤会長が話を聞いて涙が出そうになった。わかるわ、気持ち。私も泣くぐらいだから。こういう本当に最前線で厳しい中でやっている医者ほど泣くのです。私、市民の前でゴウゴウ泣いちゃって、司会していたのだけど司会ができなくなっちゃって、若干ちょっと他にふったぐらい。母親たちの活動で今度の活動は革命的だと神戸大学の先生も言っておられる。西脇はちょっとかわってて、こういうもので手作り冊子をつくっています。役に立ちたいわと、いつもそばにいたいわと、輪っかで綴じている。新しくできるときでも付けたしもできるような形でこういうのを小児救急に付いている。西脇独自の方法で丹波から学んだことをさらに生かしながらやっているわけです。西脇は、ちょっと丹波と違う点は、行政と医師会の支援の下に3歳児検診時には、来られたお母さんに全員配布。こういう配布のしかたもあるのではないかということも行政も考えていただいたらというふうに思います。お金全然かからない。お母さんたちに来ていただいて配布してねって言いますもん。そういう公的なことも、やっぱりお母さんたちに担っていただかないと駄目でしょ。西脇では企業に出前、子育てセミナー。男子社員、育児学ぶ。西脇広報にもコラムが掲載してあります、守る会の。私、この前、丹波の広報見ました。丹波の広報も進んできましたよね。僕、あれ見て、丹波の広報も頑張ってはるなと。諸手を挙げて素晴らしいとは言わないけど、いろんなこと見え始めましたよね。なぜならば、柏原病院へ来られた新しい先生の紹介で記事であるとか、この先生、こんな顔してるよとか、柏原病院の再生に向けての記事が載ったのは、あれ初めてでしょ、あんな記事載ったの。あれ画期的ですよ。ひょっとしたら4月4日に話した甲斐があったのかなと思って、良かったなと一人喜んでいたんです。ああいうことも一歩前進です。もっとどんどん、どんどん前進して、行政と市民の垣根を取り払ってもらいたい。へそっこランドにも掲載されている。先ほど、ありがとうには力がある、鎌田実先生って知っているでしょ。有名な先生です。この先生が顧問で病院でも買われた日には、若い医者はどんどん来るぞというぐらい、すごい先生です。その先生が言っておられたこと、ここに書いてあるのですけども、小さくて読めないから文書です。崩壊寸前だった病院の小児科に、どこのことかって丹波のことです。次々と医師が集まりだした。燃え尽きそうになった一人の医師を支えたのは、お母さんと子どもたちのありがとうだった。素晴らしい。医学の進歩はめざましい。なのに国民の医療に対する不信、不満、不安はかえって募っているように感じられる。この事態に対する魔法の言葉がありがとうだと、鎌田先生が言っておられる。この地域でも先生方にありがとうっていう運動がありますように、西脇でもあります。ありがとうって言ってもらえれば、医者も患者もお互い頑張れるのではないですか、という話です。病院についてできること、いろいろありますが、病院のところは、今日は病院対象ではないのでちょっと若干飛ばしながらいきたいのだ。赤穂市民病院、この全国自治体病院連絡協議会の委員長をされている辺見先生は、赤穂市民病院でお祭りやってる、市民病院まつり、第7回。最初はやったときには、病院のお医者さんたちはそれほど積極的ではなかったそうです。だけど最近は、来られた市民の方々にオレンジジュースを自らつくって売っていると。ええ話やなと。西脇は、これを12月の下旬にやります。市民フォーラムを7月5日にやって、11月下旬にグランドオープンまつりを今、展開中です。これ楽団あったりして。日本の病院は病床削減とか、都市の集中、小児科・産婦人科の閉鎖、手術科の撤退、医療訴訟、救急医療と外国人医療、いろんなことで問題山積です。おまけに医師不足。特に、この前データ出てましたね。医師不足の数が地域の広さ、それから住民の数で平均すると、地域の格差が4.6倍ある。憲法違反ではないかと思いますよね。4.6倍あるそうです。僕、この前見てびっくりしたのだけど、丹波地域ってすごい広いんですね。西脇よりはるかに広いんだね。これびっくりしちゃったの。西脇市、あそこら辺にあんなに病院があっていいのかとますます思いました。これは西脇市危ないなと思ったのは、あの地図を見て思ったのです。汚いとか、苦しいとか、辛いの嫌だ、どうしても開業したい。若手の行きたくない病院は地方病院、公立病院、症例の少ない病院、まさに柏原病院みたいなところです。自治体病院がすべてを満たしている。だから普通にしていたのでは、お医者さん、絶対集まりません。救急医療や地域医療、大学の機能、全部これ崩壊してる。人手不足、リスクが高い、政策がミスしている、訴訟が多い、マスコミがときどきいい加減なこと言う。だから、お医者さんの気持ちが低下する。士気低下が今ひどい。医療再生の処方箋は低医療費政策の撤廃をすること。医療側の自浄作用も絶対必要だと思っています。手前みそでありますが、私がこれで、12年間で600回も講演をしている理由、開業医というものがもう12年前ぐらいから、私が思うにはまったく信頼されてない。馬鹿にされている。昔はお医者さんていうと尊敬の対象だった。最近はお医者さんってのは必ずしも尊敬の対象ではない。そういうことに俺はなんで医者やってんのと思うわけです。自分が医者になりたいと思ったときは、そんなはずではなかったと。その医者の権利、医者の持っている誇り高い気持ちを復権させるためには、自らが出向いて行って、身を粉にしてやっていれば通じるはずだと思ったのが最初です。そうでなきゃ、もう年間60回もね。ほとんど無料です。今日なんか、ここはちょっとお金くれるらしい。今日、その通知書を持ってくるのを忘れちゃったからドジなんだけど、お金ちょっと入ってくるというと、今日はお金もらえるんやと思ったのだけど。加古川の高等学校へ行ってもガソリン代すらとらない、お菓子ももらわない。まったくのボランティア。看護婦が、先生お金ぐらいもらいなさいと言っているけど、もらったらやってる気持ちがとんじゃうからもらわないと言っているわけです。そういうこと、良い悪いについて、やっぱり医者というものも夜間、祭日、救急、往診は断らない、そういうことをやっぱりどんな医者もやっていくべきではないかと。すべての医者というと、ちょっと言いすぎなんですけどね。私はやります。私は救急車も受け入れています。さっき丹波のことも私に影響していると言ったでしょ。もうちょっと先でね。開業医にできること、限りある医療資源のために積極的な病診連携。西脇多可郡診療センター移転、休日診療西脇病院って書いてある。ピンとこないでしょ。西脇病院のこれ救急外来です。ここが受付です。そこを左に抜けていくと、こうなってるのです。西脇市多可休日急患センター、本日の担当医師、西脇多可郡医師会、冨原均先生。連休がこれで一日つぶれた。5月3日、救急患者がどんどん、どんどん来て、時間が空いたのは昼休みの20分だけ。来た救急患者が26人、朝から晩まで。疲れます。でも来た患者がたまに、うわっ冨原先生、何やってんのと。俺はここで頑張っているのや、医師会頑張ってるやろと。頑張ってください。それが僕らが励みになる。この服着ている人、普通の看護師さんに見えるけど、西脇病院の看護師さんはピンクの服着てます。医師会の看護師さんがこのブルーの服着ています。それで差別化しています。実は普段はこれが全部外されて診察室1になっているのです。中へ入りこんでいる。そして冨原先生の名札をつけてもらって、名札でコンピュータでピッとやると私が電子カルテを使えるようになるというシステムで西脇市ではやっているわけです。行政にできること。公的ガイドラインに依存しすぎない。公的ガイドライン、三つの視点。私は、これ辺見先生ですよ。総務省よ、お前もかと思った。地域住民の視点とか、病院職員の視点に欠けてる。財政の視点のみだから。すなわち経営改善集約化、経営の形態だけを論じている。そういうところに丹波を陥らないでほしい。医療とは赤字か黒字か、経営だけの問題では論じられない。経営で論じると、もっと金を稼げって言われちゃうと、ただでさえ頑張っている勤務医の心が折れていきます。日本の医療は中心に財務省、次に厚生労働省、次に病院・診療所、最後に患者さん、これが日本の医療の形態であります。私は、この形態をあるべき医療の姿、患者1番、2番目は病院・診療所、三つ目は厚生労働省、最後に控えてサポートするのが総務省というふうに考えてます。ぜひとも皆さんも縁の下の力持ちになっていただいて地域医療を支えてもらいたい。だって赤字になることは決まっているわけです。毎月10%以上、市外搬送増加。二人に一人は市外搬送。柏原病院、市外搬送。ずいぶんこれ見ると増えてきましたね。丹波の医療圏、五つの二次輪番制。大塚病院、柏原、日赤、岡本病院、篠山病院。しかしながら、本当に丹波地区でこの五つの病院が輪番制で統一した理念で動いているのか。私が小耳にはさんだところによれば、まったく統一されていない。なぜならば、とりあえず救急は受けますよっていう病院。まず受ける、それから考えるっていう病院。話聞いたときから、それは受けられないから無理だよっていっちゃう病院。三つ目が、これが問題。とりあえず受け入れるって言っておいて、受け入れられない患者さんだってわかったときに、すぐ次の病院に回さないで、そこでしばらく溜め込む。言葉は悪かったらごめんなさい。数日間ちょっとだけ稼いで、それから次の病院に移す。患者の立場になってみろって、たまったものではない。それによって助かる命が助からないかもしれない。手当てが遅れるかもしれない。全然統一されてないのです、丹波地域は。これじゃまずいでしょと。だから行政とこういう輪番制の病院で救急患者はどうやって受け入れていくのかと。まず診てから転送するのか。無理だとわかったら、最初から転送するのか。転送する場合は何科だったらどこへやるのかというシステムづくりこそ、行政にやっていただきたい。これ見てびっくりこいた。平成20年医療別の搬送状況。半分以上のうち、1,005人の転送患者のうちトップは大山病院273人、2番目が西脇病院、西脇病院2番目ですよ。3番、篠山病院の上に西脇病院があるのですよ。ということは西脇地区へ1,005人のうち、なんと患者さんが450人救急搬送されてる。大山病院が今、受け入れができないぐらいの状態。だから西脇市内での救急が今、滞っています。なぜ滞るか。救急車が、先生こういう患者なので、意識がちょっとおかしくなっちゃったので倒れてるのですけれども、診てくれますかと。大山病院、今、山南町から来た患者で手一杯なのでとても診れない。西脇病院、一次救急ちょっと見れません。消防はどうするか。冨原先生、頼むから診てくれ、助けてくれと言うのです。だから昼間でも僕のところへ救急車が来るのです。ということは昼間、私の外来止まっちゃうの。ちょっと収入のサポートを丹波市にしていただきたい。僕は別に嫌で言ってるのではないですよ。僕が診て、これは大丈夫、自分ところで処置できる場合もあるし、これは心臓だから三木市へ運ぼうという場合もあります。そういう判断を医者が最初にすれば、二次搬送、二次救急になるので、救急隊が専門病院を探してくれます。頼むから一次で受けてくれというのです。今、丹波の医療崩壊が西脇市の一人の開業医にまで及んでいるという現状をお話したと。だから、私、丹波市へ来て頑張っていかないと、いろんな話をして支えていただかないと、私のところも困るのです。という話です。今、北播磨は広域病院ネットワーク化を計画しています。ただ、これ西脇市ですけれども、西脇市は北播磨で考えるのではなくて、私はむしろ北の拠点として、加東市や多可町と一緒になって、できれば丹波、篠山としてもいい、何でもいい、病気のレベルによる疾患別でもいい、そういう緩やかな連携をこれからしていかないと、西脇病院も成り立たない。だから、ぜひそういうお話を指導してやっていただきたい。これは単なる北播磨圏域では済まないというふうに感じているわけであります。今、柏原の編成が始まり、ここへ県立塚口と県立尼崎の統合が始まり、小野、三木の合併が来、そして新加古川病院ができ、いろんな状況になっている。ここを見ればわかるように地区別搬送状況、赤が管外搬送なのですけど、山南地域、ダントツに管外です。それと市島地域。市島と山南だけが市外搬送がはるかに多い。これは福知山病院があり、近くに西脇市がありという地理的な状況を示しています。ただ、この中には、ただ近いから便利というのではなくて、やっぱりできることは管内で行う、そういう住民への教育も必要ではないかなと、このデータを見て、私感じました。この県立柏原、だんだん救急が減ってきて、大塚病院増えています。最初から受け入れないのか、収容してから考える再転送なのか、最初まず受け入れてから必要があれば転送しようという考え方が、以前の多くの病院の考え方でしたが、それができなくなった理由がある。これ加古川市民病院。急患死亡で敗訴、負けました。心筋梗塞の患者を受け入れた、休みの日に。受け入れたけれども、対処できない程度の重症だった。だから転送病院を探した。探しているうちに患者が亡くなった。負けたのです。治療上、何の落ち度もありません。病院として全力は尽くしたと思います。でも負けちゃうのです。だったら最初から受け入れたくないと思う気持ちが医者の中に出てくるわけであります。これを何とかしてもらいたい。これ丹波市の消防のデータです。見て思ったのが、電話が来てから出動して現場に到着までの時間は、むしろ早くなっている、昔に比べると。4年前には8.8分だったのが7.1分になった。だけど、現場に着いてから収容したり、搬送する時間はどんどん、どんどん延びている。平均して13分が17.7分になっている。いかに搬送先で困っているかというデータがあるのです。これ、ここのデータですがね。さらに丹波市の救急事情でびっくりしたデータを見た。兵庫県消防課安全指導係、私、兵庫県のいろんな指導しているので1年間の心肺停止の消防車の数、すべての消防での数、搬送されたときに心肺蘇生が行われていたか、行われていなかったかのパーセンテージ、どれぐらい助かったのか、消防が電気ショックをどれぐらいかけたのかというデータを毎年、兵庫県の消防から連絡をいただくのです。そのデータを見て、ちょっとびっくりした。救急隊到着時、心肺停止例、丹波市の消防、68例です。明らかに心停止を目撃した、もしくはバタッと人が倒れる音を聞いたのが半分近く。その場で心肺蘇生をしているパーセンテージが41%。多いとは言えないけれども、決して少なくはない。ところが心肺停止の推定原因、これはいろんなことを聞き取り調査をして、心臓だろうなと思われる例が37例あった。病院に収容したときに、収容する前に心拍再開があったのが2例。68例中2例。心拍再開がなかったのが66例。ただ、1カ月後生きていた人がゼロ。ということは、先ほど日本全体で心肺停止の場合、助かるパーセンテージが3%から5%。アメリカでは30%から60%あるにもかかわらず、丹波市では心臓が止まれない。止まりたくても止まっちゃだめ。今日ここで止まるのはOK。僕も居るし、和久先生も居るし、消防の方もいらっしゃるし、ここにはAEDあるのでしょうね。AEDもあるし。今ここで倒れたら助かるパーセンテージ、95%。ここを出てから帰りがけに倒れたらゼロ%になっちゃう。さらに問題は、消防隊が駆けつけたときに、心臓が原因だと思われているにもかかわらず、消防隊が電気ショックをかけられた例がゼロってことです。すなわち心肺蘇生で人工呼吸、心臓マッサージで患者さんが電気ショックをかけられる状態が維持できなかったってことです。維持できるようにするのは消防の責任ではないです。病院の先生の責任でもありません。市民の責任。だから、そういう活動をぜひやってもらいたい。ここにいろいろ書いてあって、ドクターヘリ、ドクターカー搬送の実現、救急救命センターの実現に向けて。こんなことは考えない。考えちゃだめ。ドツボにはまる。いわゆる総務省などのガイドラインにあるようなことではなくって、地域に合った具体的なプログラムをたててもらいたい。これは真面目に考えられたと思います。不真面目なんて、私まったく思っていません。真面目に頭しぼって、総務省のいろんな資料見ながら立てられたプランだと思います。これは丹波の調査項目です。だけど、こんなことは現実の救急医療、丹波の状態とはまったくかけ離れている。それどころか、もっと心肺蘇生や電気ショックやその講習会に力を入れて、一次救急の患者をどこに二次で運ぶのかという体制づくりこそ、丹波には問われている。その後の話。具体的にできることを実践してほしい。海堂さんって人知っていますか。知っている人。これ言うと知っているでしょ。チームバチスタの栄光、知っていますか。ルージュの何とかかんとか、その作家です。これお医者さんなのですよ。チームバチスタの本、書いている人、お医者さんです。この方が言っています。政治の問題に必ず話題になるのがドクターヘリ、ドクターカー。医師が誠実に業務に励むと破滅の一歩手前まで行ってします。医師は医療現場で議論をして、官僚は財政が足りないと医療者の給与を削減するけども、天下り自治の給料は削減しない。こうして医療は行政に食い殺される。現場の医師が懸命に食い止めようとしても医療は崩壊してる。そうした仕組み、社会制度があるからだ。救急現場の話題で必ず登場するドクターヘリ。テレビなんかそればっかり。しかし救急医の増員ではなく、通信システム導入の事務費用として数百億円が使われた。これは決して医療現場の支援などではない。救急医を増やせって言っているのですよ。こう考えていくと、医療者はこれまで黙っていたが、声高く医療崩壊に立ち向かわなければいけないと思って、立ち向かっている最中です。ドクターカーってものはご存知でしょうか。ドクターカーの中ってどんなものか知っている方。ちょっとは知っておられる。どんな感じですか。難しい。他は皆知らないみたいだから。何が載っているのかご存知ですか。医師と医療器具。うまいこと言いましたね。医療器具っていうと全部入っちゃう。これ私がいた順天堂の伊豆長岡救急救命センター。今、順天堂静岡病院の救急センター。伊豆スカイライン亀石峠。峠があるのですよ。伊東とか東伊豆とかから来るときは峠を越えなきゃいけない。だから、この車が非常に大事なのです。これ苦しい。何に見えますか。峠の坂道に入ると患者さんの頭って下になるでしょ。救急車ってのは普通なかなかそんなに患者さんの状態のことを理解できないから、ストレッチャーから落っこちないようにするために、言葉は悪いですけどベルトで止めて、落っこちないようにします。この人起こそうとか、この人寝かそうとか、あんまり考えないです。だから、亀石峠の下り坂に入ると患者さんが苦しいって言って、みんな順天堂の手前でバタバタ死んでたのです。ところがドクターカーでなんでだろう、なぜそうなるのかなってことを私たち検証しました。検証した結果、下り坂ではこうやってベットを起こさないと駄目なのだということに気がついて、ドクターカーで山を越えるというふうにしたのです。そうしたら、それから伊東とか東伊豆から来る患者は、亀石峠を越えても死ななくなった。これドクターカーのすごい威力です。ドクターカーには人工呼吸器、酸素がどれあるか分析器、心電図、輸液セット、薬剤、電気ショックの機械、体外式ペースメーカー、ペースメーカー貼るのです。貼って、どこどこどこってやるのです。それで外から心臓動かすのです。心臓マッサージ器、自動の心臓マッサージ器ですよ。だって車に人、そんなに乗れないでしょ。だからベルトで挟んで、胸にこんなパットあてて、ボタンを押すとドコッドコッドコッて機械が心臓マッサージしてくれるのです。その間に医者や看護師は他のことをするのです。そういう機械が備わっているのです。これ順天堂のドクターカーです。これは事例です。82歳女性、どうも意識がない。けいれんしているというので出かけました。そしたら脈拍がこんなに遅いのです。ほとんど脈打ってないのです。脈拍30割っていました。このせいだなって思って、その場ですぐ電気ショックのパッドを人工ペースメーカーを使って、ドコドコドコドコドコ、まもなく症状が回復。そのまま電話をかけて、今からペースメーカーの手術をするから手術室を空けろという電話をしながら、救急車で運ぶわけです。運び終わったら、ただちに手術へ運んで、僕がやりますからペースメーカーの手術をちょいちょいちょいとしちゃうと、もう患者さんは元気になって、2週間、10日ぐらいで退院できる。これがドクターカーの威力です。もう一つ、テレビを見ていたところ息苦しくなった。脈拍が160ぐらいだって言ったら、命に関わりそうな不整脈が出ていた。こんな人が峠を救急車で越えると確実に死にます。まだ病院にいて、病院の先生が伝え、いろんなことやっているほうが助かる。だから僕らが出かけていって、ちょいちょいちょいと注射を打ったら、ポンポンポンと戻っちゃう。安全になった状態で病院へ運ぶということになります。これ平成2年ですから、私がだいぶ前に得たデータです。ドクターカー、79件出ました。ドクターカーで搬送したら心臓の検査が必要なので、これ心臓カテーテルの機械です。ここでふんぞり返っているのが私なのですけど、ただちにその機械のあるところへ運んで治療するということをやっておりました。今こういうことも含めて、ドクターカーを使うためには、ドクターカーを運営できるだけの救急医の能力がなければなりません。受け入れの病院の体制も必要です。それがないところで、ないものねだりのようにドクターカー、ドクターヘリがあったらいいなって話は、あまり現実的ではない。だから現実的なものを考えていただきたいというふうに切にお願いにあがった次第であります。今ちょうど丹波の医療が守れるかどうかの土壇場。せっかく新しい病院長が来られた。聞くところによると結構やる気あるんだってね。そのやる気があるうちに手をうたないと駄目です。そらそうでしょう。来たばっかりで丹波立て直すぞと思って来ているのです。何日でも当直するぞと思って来られている。当直するぞと思って、誰も来ない。変な患者ばっかり来る。そら、やる気なくなりますよね。やる気を持続するのは簡単ではないです。だから持続させてねっていうことです。息を吹き込みたいって言ってらっしゃるのだから、頑張ってやってもらいたいなと思います。新院長の下、今、何ができるかを病院、医師会、行政、市民で考える。ピンチをチャンスにしてもらいたい。タイムリミットは3年て言われてますけど、私から言わせると半年です。だって3年間もだらだらやってるわけいかないでしょ。半年で頑張らないと駄目です。最後です。最後の最後。病院は地域と関わっている。病院へ患者さんが来る。病院の後の施設に送る。病院の後の施設から病院へ戻ってくる。病院から自宅へ返す。いろんなシステムがあります。その中で福祉とか医療機関とか市民、家庭、工場、行政機関、いろんなものと病院はコラボレーションしています。コラボレーションしているということは、医療は病院、開業医だけで成り立っていない。病院の救急患者の受け入れに問題はないか、行政が体制を整えるべきではないか、精神的な病気や小児の障害の支援が不足していないか、保健師の訪問指導等の機会を増やすための財政的なバックアップを丹波市はしておりますかということ。高齢者が外出するためのサポート、外来を受診するためのサポート、本当にお金出していますかという話。小児の医療費は自己負担はこの地域はいかがなものでしょうと。老人シッター、ベビーシッター、社会福祉、そういう職者の地域で活躍される民生委員やそういうサービス業者とのいろんな共通認識ができるようなことをやっていますかと。社会保障費が削られている中でこれにはお金は出せないと。小児医療、産科の医療にお金を減らしていませんかという話です。なぜこんな話をするかというと、丹波ではなんかあるんだよね、そういうなんとかサポート。おでかけサポート、あるでしょ。そういう、どうも費用が、どんどん減ってるようなことが漏れ受け賜わってる。そんなことでは本当に地域の医療、福祉できますかって話です。ドクターヘリとかドクターカーとかなくてもいいから、そんなところに金使わなくって、そういうとこに金を使って、丹波独自のものを考えていただきたいなという話です。お互いの信頼とモラルに基づいて、医療・医師が地域を支え、地域が医師を支える。行政、医師会、病院、学校、市民が地域の基になるところが最大限に機能を発揮させて、本当に最後の最後。住民、病院、医師会、議会、学校、企業、報道、そうしたものをまとめるのが行政です。そして行政がまとめてこそ、はじめて、それは丹波市です。ということを最後の最後の最後のスライド。鎌田先生がおっしゃっている。制度を変えていくのは、やはり政治の力は大きい。政治家を動かすのは国民だ。もう一度医療の現状について、国民に理解してもらう、味方になってもらって、政治家を動かそうという話です。瀬戸際にはありますよ、日本の医療は。丹波は瀬戸際の瀬戸際ですよ。最後の宣伝。市民フォーラム、西脇で。明るく元気な西脇を取り戻そう、あなたが守る地域医療、今あなたにできることは。7月5日に10時から午後3時まで5時間ぶっとおしで市民フォーラムを市民会館で行います。ゲストは丹波市の小児科医、和久先生、特別ゲスト。基調講演は冨原先生、藤田先生、守る会、その他大勢の市民の方々という、市民病院の副院長先生、まともなほうの副院長先生もこれに来られます。ちょっとブラックが効きすぎた。ということで、私たちも西脇でも頑張っておりますし、私の活動は正直なところ、丹波の活動から1年ちょっといろんな情報を得ながらやっておりますが、丹波の模倣はしておりません。私独自の展開でやっています。ある部分、僕らのほうが先行している部分もあります。お互い隣町ですので手を携えて、議会の方々も市民の方々も医療者も一緒にやっていって、この地域での医療崩壊をなんとか阻止したいということを最後にお話して、今日はずいぶん調子に乗っちゃって、しゃべりすぎましたけれどもお許しいただいて、私の講演を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。


○委員長(岸田昇君) どうも先生、ありがとうございました。


 では、ここでそれぞれ委員の皆さん、質疑応答に入りたいと思います。挙手をもってお願いしたいと思います。


 どうぞ遠慮なくございませんか。


 どうですか。


 高橋委員。


○委員(高橋信二君) 委員の高橋でございます。本日は、先生、大変お忙しい中を私たちにとって、非常に参考になるご講演をいただきまして、本当にありがとうございました。日頃から地域において、本当に救急医療の問題とかなんかに献身的な努力をされていることに、心からの敬意を表するところでございます。いろいろお話を聞いておりまして、私たちも今後、考えていかなければならないことが非常にたくさんあることをご示唆いただいて、大きな力付けになったというふうに思っているわけですけども、私たち議員としては、丹波市の医療について、一生懸命考えながら取り組んできたところです。ところが先生のお話の中にもございましたように、本当に医師の心が折れるような状況が今、日本の中でやっぱり国の政治的な大きな力の中でそういう現実があるということ。そういった中ででも、丹波市は、例えば県立病院に対する支援、それから柏原赤十字病院に対する支援、そういった形を考えながら、それなりに取り組んできたというふうに私は思っております。ところが実際には、それがここ2年ほどの間には十分に効果を発しなかったけれども、今、先生が最後のほうでおっしゃいましたように、兵庫県立柏原病院の大西先生の着任の問題から、あるいは県立病院のドクターの増加、それから柏原赤十字病院におけるドクターの増加によって、私たちの取り組んできた、議会として取り組んできた成果というのは徐々にですが表れつつあるというふうに思っておるところでございます。私が今、聞いておりまして、先ほどから話していますように、一番気になりましたのは、大きな国全体の政治に対する医療改革の問題を、我々がどういうふうにとらまえていくかということは非常に大切なことだと思いますし、そういった矛盾の中で少しでも丹波市の医療を変えていくために、議会としてはそれなりの努力、それを真剣に考えていかなければならないというふうに思っているところです。今回、救急医療に係る調査特別委員会をもっておりますけども、それもここで議論しても解決できない問題が非常にたくさんあります。それを少しでも、どういう形で解決していこうかという努力をしているということを、少しはご理解もいただきたい思いますし、今後とも、ぜひとも丹波市議会に対して、そういうご支持、ご支援をぜひともお願いしたいというふうに思います。


 本日は、本当にありがとうございました。


○委員長(岸田昇君) 冨原先生。


○参考人(冨原均君) 僕は、変な話ですけど、議会の皆さんが別にさぼっているとか、いろんな議会の活動をしてないなんていうことはまったく思ってません。だけど皆さんには、皆さん関わる活動ってこれだけではないでしょ。僕は、もうほとんど命に関わる活動一本ですから。正念も入ってきているから。僕はもう金銭的なしばりはまったくないから、好きなこと言えるし。ただ大事なのは、現場で働いているお医者さんの話をよく聞きなさいってこと。聞かないで専門的ではない方々がいくら知恵を出し合っても、いわゆる総務省が出すようなガイドライン以上のものができるはずがありません。だって総務省の役人のほうがお役人としてはよっぽど優れているのだから。文章書くにしたって内容にしたって。それに則って、丹波版をつくっても駄目でしょうねというのが僕の訴えたいことです。ですから、僕だって専門家ではなかったけれども、最近はもうありとあらゆる本を読んで、いろんな人の話も聞きながら、勉強会にも出かけ、その中で自分の考えをだんだんまとまってきてるわけですよね。だから話を聞いてごらんなさい。本当に柏原病院の中にあるお医者さんが、本当に折れそうになって、疑心暗鬼になって、この状態だったら、いつつぶれるかわからないけどなと、一言声をあげると周りからぐちゃぐちゃ言われるしな、なんて思いながら仕事をしている現状を本気で知ろうとしてください。もしくは、ここでは支え隊であるとか、守る会であるとか、丹波の再生医療ネットワークであるとか、そういう方々がやっぱりボランティアで一生懸命活動されているところに乗り込んでいって、話を聞きなさい。ちょっと前だったら変な話ですけど、丹医ネットってちょっとね、あいつらはちょっと過激な集団だとか、ちょっと飛んでいる集団だとかいう話も漏れ伺ったことがあるのですけど、私この前びっくりしましてね。私なんか丹医ネットのメンバーになっているそうです。この前、初めて知ったのですよ。病院という記事が出たときに、丹医ネットのメンバーで西脇の会、冨原先生ということで、僕、オブザーバーかなって思ったら、丹医ネットのメンバーになっていたので、びっくりしたような次第なので、私も丹医ネットに入ってますので、そういうことも含めれば、別にすごい集団ではないです。だから、そういうところにもぜひ来ていただいて、お話を聞いていただいたりすればわかるのではないのという話です。ごく素朴な話。


○委員長(岸田昇君) ほかにございませんか。


 どうぞ、このような機会ですので。


 広瀬委員。


○委員(広瀬憲一君) 広瀬憲一です。私は、自分が死んでいく途中までいった立場として参加しておるのです。議員でもありますけれども、そうではなくて、政党にも共産党の政党に参加しているけど、そういう分ではなくって、自分が今から11年前に心臓マヒで道で倒れたのです。そして、あのとき、これが心臓マヒやなって思うほど心臓に針を千本ほど刺すような痛みだから、痛いないのです。唸るしかないのです。唸るしかない。汗がバケツにかける、ザー出ました。こりゃ死ぬな、思っておったのですけど、無意識に家まで1キロほど車で勝手に乗って帰ってきました。そこから救急で行って、結果ちょっと遅かったので心臓の上やったら、そのまま死んでいたのですが、下のほうやったんで壊死したまま、下が壊死して、先生が言うには、あなたは普通の人の2分の1の運動しかでけへんよと、そのとき言われました。それから、また3年半前に倒れたのです。そのときは気がついたら五日たってまして、お医者さんも、これはもう植物人間かなと思っておったと。ところが心臓のふちは弱いけど中身は強かったのですね。目が覚めたのです。そういうなのが続いてきて、私が思うのは、丹波市に三次医療病院の救急病院を絶対残さなあかんという運動に参加したわけです。確かに先生もおっしゃったように、守る会、皆おってですけども、守る会の運動素晴らしいです。先生も感謝されたり、涙流される、それも当然や思うのです。ところが、僕それからもうちょっと考えるのです。なんで先生が感謝したり、涙流さなあかんのと。あるいは一般市民が集まって、なんで守らないかんところの運動せんなんの。医者というのは、尤物論ですわね。だから原因があって治すから医者になるわけでしょ。社会のガンも、やっぱりガンを治さな治らんですわね。だから、私は社会のガンである医者不足やと。なんでやというところがやっぱり始まるのですよ。よこせ言うてもよこさへん。だから現実にどう守るかということと、近い将来にどうするかと運動、今おっしゃったようにガイドライン、あれまったく反対なのです。あんなことしたら、もう日本の医療つぶしてしまいますでね。だから、そういうことがあるけれども、例えば今おっしゃったように、今ここで倒れたら大丈夫やで言われる。心臓の動脈関係の中に今、六本ですわ、ステンが入ってるの。そういう状況やから、人ごとやなくって、どう助かるかということをまず考える。だから、ここに例えば二次診療では助からないです。このままいったら三田市とかのほうへ行ってくださいでしょ。そんな1時間も行って、倒れてから1時間かかっておったら死んでしまいますのでね。だから、やっぱりどうしても、今おっしゃったように7分で行けるところ。


○委員長(岸田昇君) 冨原先生。


○参考人(冨原均君) 正確に答えます。かなり誤解があります。あなたの場合は心臓マヒではなくて、急性心筋梗塞の発作です。やられた場所も心臓の下壁、後ろの右の冠動脈に下のほうに流れているから、やられた範囲が狭かった。今つまっているところの金属のステントが何本か入れてらっしゃるという話はわかりました。救急医療、三次救急において、7分間である必要まったくありません。そもそも一般の救急車で丹波市内の救急で到着するのが7.1分です。患者さんが救急車に電話をかけるのに3分から5分です。ですから救急車が来るまでは、あなたが倒れてから約10分あります。急性心筋梗塞の場合、私どもがいた救急救命センターでも広い範囲から患者さんがやってきます。場合によっては山梨から患者さんが来ます。では山梨から来る患者さんは助からないか、みんな助かります。なぜならば心臓のゴールデンタイムは7時間と言われています。7時間以内に冠動脈検査をやって、PTCA並びに風船治療で開くことによればOKなのです。だから、大事なのはここに救急医療の三次救急があれば、余力があればいいですよ。余力がないのにつくろうというのは意味がありません。それよりも大事なことは、わかりやすく言うと、丹波市へ30分、西脇市へ50分、どこどこへ40分、1時間、だったら、その1時間がいかに有効にできるようなネットワークづくりをきちんとつくりあげるか、それが最も今後、あなたが助かる方向です。


○委員長(岸田昇君) 広瀬委員。


○委員(広瀬憲一君) せやけど、私としては、ここの丹波市に三次医療ができるということを。


○委員長(岸田昇君) 冨原先生。


○参考人(冨原均君) 気持ちはわかります。でも無理です。


○委員長(岸田昇君) 広瀬委員。


○委員(広瀬憲一君) 例えば、いろんな運動の中で5人、神戸医大からお願いして来ていただいている。


○委員長(岸田昇君) 冨原先生。


○参考人(冨原均君) あり得ません。


○委員長(岸田昇君) 広瀬委員。


○委員(広瀬憲一君) 4年間来るいうことになっていますわね。循環器の先生が今度来ていただきましたわね。循環器の治療もしますよ、いう話になりましたね。この運動は進めたい思ってるのですよ。


○委員長(岸田昇君) 冨原先生。


○参考人(冨原均君) あのね、皆さん本当に心臓のこと、まったくわかってらっしゃらない。それは仕方がないのだけれども、例えばですよ、心臓の救急やるときに救急の医者何人ぐらいいると思います。例えば、私のいた救急救命センターに循環器の医者が何人いたと思います。循環器の医者自身が、私の病院には12人いたのです。チームが三つあるのす。夜中Aチーム、Bチーム、Cチーム、それでいて初めて、24時間これるのです。私から言わせれば、循環器の医者が3人ないし4人いるというのは、循環器の治療はできるけれども、循環器の救急ができる病院ではありません。ですから、丹波がそうなる可能性はゼロです。だったら、ゼロなことを何とかしようと思うよりは、どうやって助かる命を助けるかという方策を具体的にたてられたほうが有効です。気持ちはわかります。どこだって、周さん期センターが欲しい。子どもを産む病院、NICUが欲しい。三次救急が欲しい。どこだって、そう思っているのです。でもないのです。ないものをつくれというのは、それはないものねだりです。だから、僕はないものねだりだから、どうでもいいと言っているわけではないです。だから、事前の策の体制をどうつくるかということを現実に則して考えていただきたい。これが現場で働いてきた救急の医者の気持ちです。実際問題、私たちの伊豆長岡、今の現順天堂静岡病院は三島のちょっと南にありますが、南は下田、東は熱海、北は山梨までドクターカーを走らせたり、患者さんを助けに走り回っているのです。それでも私たちの病院の急性心筋梗塞の死亡率はたった7%です。全国で35%にもかかわらず、私たちの病院は7%。いかにそういう病院へ早くたどり着くかというのが正しい。脳外科と心臓は。私たちの国家試験の問題に出てました。こういう病気が出た。この病気はどうすべきか。近くの病院に何とかかんとか、脳外の問題3番目、専門の脳外の病院により早く行くです。そういう体制づくりこそが本当に必要です。そら医者がたくさんいてね、嫌になるほどいて、今の倍ぐらいいて、やっとひょっとしたら、この地域にも救急救命センターができるかもしれないけど、それだったら今度、経済的に成り立たないですよ、と思います。


○委員長(岸田昇君) 広瀬委員。


○委員(広瀬憲一君) 参考になりましたので、AEDのことなんかは、やっぱり丹波市の人間は必要やなということを最初に思いました。その後については、また私も研究したりしたいですけど、私の希望としては、なんとしても三次医療はここで守りたい。


○委員長(岸田昇君) 冨原先生。


○参考人(冨原均君) 気持ちは重々わかります。僕は言っておきますけど。


○委員長(岸田昇君) 広瀬委員。


○委員(広瀬憲一君) しかし、周りの人はみんな二次医療までやと言うてんですよ。だけど僕は三次医療までやと。


○委員長(岸田昇君) 冨原先生。


○参考人(冨原均君) 僕は広瀬さんの熱い思いだけは受け止めます。だけど、熱いけどちょっと、気持ちがちょっとすべっているかなと。僕もときどきすべっちゃうのですけど、そういうことです。特にAEDに関しては、わかりやすく言うと、心肺蘇生法に関しては西脇市の10年遅れですからね。頑張ってくださいということです。


○委員長(岸田昇君) ほか、ございませんか。よろしいですか。


 どうですか。


 一応、予定は3時半というようにしておったのですけども、どうしてもって。


 ないようでしたら、これでよろしいですか、皆さん。


              (「なし」と呼ぶ者あり)


○委員長(岸田昇君) 先生、もう何か言っていただくことがありましたら。


 冨原先生。


○参考人(冨原均君) 特別にはないです。だから、僕が言いたいことは皆さんの気持ちね、本当にこんな思いがあったらいいのになという気持ちは、十分わかっています。だけど、現実、本当に考えて、その中でどうやれば助かるかというシステムづくりでは、有識者と言いますかね、有識者という、例えば僕みたいなね、そういう人も含めて、ちゃんと聞いてもらって、一番いいもの、丹波市に似合ったものをつくる努力をしてくださいねということです。


○委員長(岸田昇君) では、こうして時間も過ぎてきますので、これで終わりたいと思います。


 では、ここで副委員長の山下栄治君から、先生に対して謝辞を申し上げますので山下副委員長お願いします。


○副委員長(山下栄治君) 今日は非常にお忙しい中をこのように研究会に快くご出席いただきまして、どうもありがとうございました。この4月4日の研究会ではいろいろと先生の話を聞かせていただきまして、本当に素晴らしい話だなと。そこで議員といたしましても、私はみんなが一度は聞いて、そういう話を聞かせていただいて、勉強させていただいてもいいのではないかなということで、委員長の話も聞かせていただきまして、そういう中でお願いをしましたところ、このように心安く引き受けていただきましてどうもありがとうございました。今日は、本当に救急医療のことを聞かせていただきまして、システムづくりとか、あるいは連携とかいう話も聞かせてもろたんですけれども、一番はじめは病院の前行くまでに、救急である心肺蘇生法、それをやっぱりきちんと普及していくことが大切なことではないかと。それが救急に対して、一番はじめにすべきことではないだろうかなという話も聞かせていただきました。これから、また委員のほうで研究をさせていただいて、どうしても救急医療のような、そういうことをこれから考えていきたい。また西脇市は隣ですので、手をつながってという話も聞かせていただきました。また、いついろいろとお願いするかもわかりませんけれども、よろしくお願いしたいと思います。今日はお忙しい中、ありがとうございました。


○委員長(岸田昇君) ここで暫時休憩させていただきます。


                 休憩 午後3時43分


                ───────────


                 再開 午後4時32分


○委員長(岸田昇君) 再開いたします。


 先ほどは冨原医師の講演、聴いていただきまして、本当にありがとうございました。


 こんなに多く傍聴があるとは、僕思っていませんでしたので、講演の中身だけは、この委員会室における立場ですけれども、仕方なく委員長判断でもう責任とって決意をしたような次第でございます。これからの委員会におきましては、皆さんと協議なり、調査ということで入りますので、傍聴は10名ほどにしぼっていただくということを事務局にお願いしておりましたので、こういう形でお許しをいただきたいということを、まずもってお詫びを申し上げておきます。


 では、ただちに再開をさせていただきます。


 では、5番目の最近の丹波地域の医療についてということで、急きょ健康部長を呼んでおります。最近の県立病院なり、日赤なり、それぞれ救急状況というのですか、体制状況ですね。そういうようなものとか、また市長が1月に報告されました新しい圏域会議、その後の動きはどうなっているのかというようなことを報告いただきたいということでお願いしております。


 では、報告をいただきたいと思いますので、健康部長、お願いします。


 健康部長。


○健康部長(宮崎葉子君) 前回3月11日の委員会におきまして、この丹波市の地域医療の現状と市の施策について、ご報告をさせていただいたところでございますけれども、4月以降、市内の病院体制について、医師の増員等がございましたので報告をさせていただきたいと存じます。資料に基いて、ご報告をさせていただきます。


 まず、1番の県立柏原病院でございますけれども、これにつきましては市と県とが実施いたしております循環型人材育成プログラムでございますけれども、平成20年度におきましては、昨年10月から3名の医師がこの自治体育成プログラムによりまして派遣をされておられましたけれども、この4月からは内科に循環器が1名、消化器が1名の2名が着任をいただきました。いずれも常勤としてご勤務をいただいております。また、昨年10月から3名、整形外科、放射線科、外科の医師が常勤で勤務いただいておりましたが、整形外科と放射線科につきましては医師が交代をされたということでございます。


 また、2番目の地域医療連携推進事業でございます。これにつきましては、県が神戸大と連携をした中で事業を実施するものでございます。これにつきましては、3名の医師が週1回外来の診療を行っていただいております。循環器内科が金曜日、消化器内科が木曜日、消化器外科が火曜日に外来診療等を行っていただいております。また研究活動等ということもそれぞれ神戸大で実施していただくということでございましたが、これにつきましては調整中ということでございます。


 3番目の院長でございますけれども、ご存知のとおり、この4月から大西院長、循環器内科の先生が交代していただいたところでございます。また酒井前院長につきましては、医療官として柏原病院で小児科等の医療等に従事していただくということでございます。また、その他といたしまして、この5月1日から内科、循環器内科が専門でございます。また小児科の医師、各それぞれ1名が着任をいただいたところでございます。また外科外来の診療日につきましては、週3日実施しておられたところが、今年4月から5日外来診療をされることになっております。それから循環器系の救急につきましては、平日の時間内の対応から整えていくということでございます。


 続きまして、柏原赤十字病院でございますけれども、この病院につきましては外科の医師が2名、この4月から着任をいただいております。外来の診療を週5日間実施をしていただくということで、従来から兵庫医大によります1日に加えまして、2名の方が着任をいただいたことによって二日ずつ診療にあたっていただいております。また外科系の入院病棟に関しましては、看護師等医療スタッフを募集しながら、6月を目標に再開をされる予定でございます。


 また、2番目の整形外科の診療日につきましては、整形外科の外来診療日を従来、毎週月曜日、水曜日実施しておられましたけれども、これに加えまして金曜日と1、3、5の土曜日を増加されたということでございます。その他につきましては、今回外科等の医師が着任いただいたことによりまして、体制整備ができたことによって、二次救急の輪番への復帰をされる予定でございます。これにつきましては、今後、圏域の救急会議等で輪番復帰のそれぞれの計画等が出される予定でございます。また乳腺診療を得意とされる医師の招へいされたこともありまして、検診センター業務にも力を入れていくというふうにお聞きをしておるところでございます。


 裏面に、それぞれ県立柏原病院と柏原赤十字病院の常勤医師の数を示しております。県立柏原病院におきましては、平成21年5月現在におきまして23名の医師が常勤としてご勤務をいただいております。また、柏原赤十字病院におきましては、平成21年5月現在9名の常勤医師がご勤務をいただいておるというところでございます。


 以上、大変簡単でございますけれども、4月以降の病院の状況について、報告をさせていただきました。


 以上でございます。


○委員長(岸田昇君) 後で広域のほうのことがありましたら言っていただくということで、もうここは意見はどうのこうのではないですけども、何かこのことに関しての何か質問等ございましたら。


 西本委員。


○委員(西本嘉宏君) 一つは柏原赤十字病院の3、その他で、二次救急輪番への復帰の問題ですけど、これまでのいろんな報告とか、新聞報道とかによりますと5月からというふうに時期が、確か予定であったとしても明示されておったのですけども、今回は今ちょっと聞いたら圏域会議の内容などもあって、そこで決まるようなこと、話ですけども、明確というか、何月からというのが、いつ開かれるか知りませんが、輪番の復帰はいつになるかっていうのが明確に出せないのでしょうかというのが一つ。


 それから、もう一つは柏原病院ですけども、これにはないのですが、医師の皆さんが柏原病院のほうへ人材育成プログラムなり、地域医療連携なり、その他、新たに内科とか小児科に、これ予想はちょっとなかったと思うのですけど、先生方がぞくぞくと柏原病院のほうへ来ていただいて、非常にありがたいのですけれど、そうなりますとやっぱり患者の受け入れのほうですけども、これまで紹介制度ですね、紹介制、開業医からの紹介という、初診の場合ですね、そういうふうなことで初診の患者がかなり制限されておったのですけど、その辺のことは議論になってなかったのかなと思うのですけども、どういう情報になっているか、ちょっと部長のほうでわかりましたらお願いしたい。


 以上です。


○委員長(岸田昇君) 健康部長。


○健康部長(宮崎葉子君) それでは、最初のほうの輪番の関係でございますけれども、柏原赤十字病院のほうは4月から外科の先生が来ていただくので、早い時期に輪番に復帰したいという意向は以前よりお聞きしておったところでございます。そういった中で、本年度の輪番体制については4月から6月までが一応計画はされております。その中へ入っていただいて、変更するのかどうかというところだったのですけれども、県のほうも輪番会議を開催されるというふうにはお聞きをしておったのですけれども、その辺のところが日赤とも今後調整をされた中で、今回もう5月になりましたので早い時期で6月ごろかなとは思うのですけれども、とりあえずは県のほうで輪番の救急会議等実施していただいた中で計画がなされるということでございますので、一応6月までは前回の中で計画がされておりましたので、ちょっと今回、6月からということで会議をもたれるのではないかというふうに予測をいたしております。確定ではございませんけれども、早い時期に復帰というふうな意向もお聞きしておりましたので。


 それから、それぞれ紹介に係る患者についての診療でございますけれども、柏原病院においては、内科と小児科については紹介があった患者について診療をするということで、これは20年度からの形でございます。外科等につきましては、直接来ていただいた患者も診ると。当分の間は、まだちょっとその形態でいきたいということでございますので、今後どういう形になるかいうのは、また病院のほうでご検討いただくということで、現在のところはかわりなしの状況で実施をしていきたいということでございます。


○委員長(岸田昇君) 他に。


 木戸委員。


○委員(木戸せつみ君) この表と、ここにも書いてないので、これで確認なのですが、産婦人科が3人だったのが2人になるかもしれないというような情報が、前入ってたのですが、ここでは3人に入ってますので、この体制でいくいうことは確実なのですね。


○委員長(岸田昇君) 健康部長。


○健康部長(宮崎葉子君) これは5月1日現在、常勤の医師が3名ということでございますので、前々からのご質問にもお答えさせていただいていたところですけれども、神戸大から応援の医師は来ていただけるというふうな話は病院ともできているというふうにはお聞きをしておるのですけれども、ただ、常勤になるかどうかというとこら辺が今まだちょっと調整中でございますので、そういったところで今回はまだ確定はしておりませんので、また市としても何か支援ができることがあればというふうなことも常々から申し上げておりますので、また市として支援するということになれば、また委員の皆様方にもご理解をいただいた中でお願いをすることもあるかとは存じますが、今のところはまだ常勤の医師か、非常勤の医師かとか、どういう雇い上げにするかというようなところが、まだ確定しておりませんので、調整中ということでご理解いただきたいと思います。


○委員長(岸田昇君) 他に。


 山本委員。


○委員(山本忠利君) ちょっと聞くのですけど、1番の県立柏原病院の循環型人材育成プログラムの5名の医者の中で、後の二人いうのはもう充足しておったんかいね。それがちょっと、私が勘違いしておったら、こらえていただきたのですけど。あと新聞では二人来られたのがそうなったのか。それがその他の項に入っておるのか。その辺がどうやったんかなということが一つお聞きしたいのと。


 もう1点は、県立柏原病院が、いわゆるカテーテルが平日の昼間はできるということは、これ意義あると思うのですけど、そういうことで夜間はできないいうことですね。それと土日と祭日はできない。こういうことですかということと。


 それから、あとの日赤の輪番制復帰については、丹波の医療圏域会議が6月ぐらい予定されておるので、そこで決定したら6月ということを言われたのか。1月の丹波の圏域会議があったいうことは聞いて、それ以降は、まだ開かれてなかったのか。その点について。


○委員長(岸田昇君) 圏域会議の動きもあわせて、部長より答弁いただきたいと思います。健康部長。


○健康部長(宮崎葉子君) そしたら1番目の循環型人材育成プログラムの件でございます。昨年度より協定等も結んだ中で実施をしておるのですけれども、5名をという基本協定だったんですけれども3名しかなかったということで、今回21年度から2名の内科が来ていただいたということで、5名着任をいただいたということで協定どおりの形で実施をしていただいておるということでございます。その他については、これはそれ以外にまた別の常勤医師として、5月1日から内科と小児科の医師が着任をいただいたということでございますので、人材育成プログラム以外に2名の方が5月1日から着任をいただいております。


 それから、内科の循環器系の医師等がかなり充足をしてまいりましたので、心臓カテーテル等の手術等についても、平日昼間については対応できるというふうにお聞きをしておるところでございます。夜間等については、どういう形になるのか、当直勤務の先生方がそんなたくさんにもいらっしゃらない、輪番の日でしたら、ある程度充足はされておるけども、平日の輪番以外の夜間についてはたくさんの医師がいらっしゃらないので、なかなか夜間の対応は困難であるというようなことで、まず平日から十分な医療体制を整えていきたいというふうにはお聞きをしておるところでございます。


 それから、救急の会議でございますけど、昨年の丹波圏域の救急会議とは別に、輪番の会議というのが圏域でございまして、それで輪番に係る協議をするということでございますので、それについては昨年のこの時期にありまして、今回新たにもう輪番の会議を開いていただくということでございますので、昨年の救急会議とはまた別で圏域で輪番に係る会議等がございますので、その会議で早いうちに復帰について協議をいただくというふうにお聞きをいたしております。


 以上です。


○委員長(岸田昇君) 山本委員。


○委員(山本忠利君) そしたら輪番制の圏域会議は1年に1回しかない、いうことですか。いうことに、今、答えとして聞いたのやけど、そういうことになっておるのですか。それとも、そういう場合には、これだけ救急に問題があるときに定期的に1回しか行わないということになっておるのか、こういう場合やったら圏域会議を県が招集して、輪番制の会議をすると思うのです。それがなぜないんかなということが思ったので聞いておるのですけどね。


 それから、もう1点、循環型人材育成プログラムは循環器の1名と消化器の1名が3人の不足員が来たということですね。3人来られとる中で放射線科が整形科と入れ替わったということですね、4月から。そういうように解釈したらよいのですか。いうことと。


 それから、今現在は今度、救急の心臓疾患の、循環器のカテーテルの件なのですけど、平日の時間内対応が整えていくと書いたるけど、平日時間内やったら救急は全部カテーテル受け入れられるというように解釈したらいいのですね。


○委員長(岸田昇君) 健康部長。


○健康部長(宮崎葉子君) 輪番に係ります救急の会議でございますけれども、それについては随時ということでございますので、必要があれば開催をしていただくということなのですけれども、柏原赤十字病院のほうからもそういう働きかけをしていただいた中で復帰をするという、そういう返答等があった場合には開催をしていただくということでございますので、早いうちにというふうに私どもも思っておりましたので、県民局でも近いうちに開催をしていただくというふうに思っております。


 それから、人材育成プログラムの件なのですけれども、昨年度から整形外科と放射線科と外科と3人の方が着任をいただいておりました。それで外科の先生は同じ先生がそのまま着任をいただいて、整形外科と放射線科の先生は交代をされたということです。科目は一緒なのですけれども、先生が交代をされた。それにあわせて、今回、新たに内科に循環器と消化器の先生が2名着任をいただいたということなのですけれども、よろしいでしょうか。


 それからカテーテルの件、この点については、もうお話、循環器系の救急について、平日時間から対応を整えていくというふうな形でお話をお聞きしておりますので、全部が全部どうかということについては、私どももそこまでもよう把握をしておりませんので、一応、整えていきたいという意向はお話を聞かせていただいておるところでございます。


○委員長(岸田昇君) 他に。


 広瀬委員。


○委員(広瀬憲一君) そこの件なのですけど、先ほどの先生の話では循環器むずかしいというような話あったのですけども、この3名の循環器のお医者さんで平日はできるようになって整えていくということですから、良かったなと思うのですけれども、これがずっと続いていくようにお願いするのと同時に、市内で唯一の心臓の循環器系の救急がここで第一歩また踏んできたと、再度そういうふうに進みかけたということで非常に喜んでいるのですが、消防長、聞きたいのやけど、消防の救急で搬送する場合、現在、心臓疾患の循環器、いわゆる心臓で倒れられて連れて行く搬送ですわね。これ、大体、今までどのぐらいの人員で、例えば200名やったら、そのうちお昼が100名、夜が100名とかいうのはわかるかな。例えば、昼が200名あって、昼100名やったら100名の方がここへずっといけるようになる。だから、そこら辺のことはまだ調べてへん。


○委員長(岸田昇君) 消防長。


○消防長(藤井明君) 循環器系の患者さんで昼間と夜間の割合という。ちょっとまた調べまして、後日提出という形でお願いさせていただけたらと思うのです。


○委員長(岸田昇君) 今日は、このような機会はお願いせんと、ただ講演をということで来ていただいておるので、消防長も全然頭の中には入れては来ていただいてないので、また後日でもそういうことでお願いしたいと思います。消防長、よろしいか。


○消防長(藤井明君) はい。


○委員長(岸田昇君) お願いします。


 ほか、ございませんか。


 前川委員。


○委員(前川豊市君) 1点だけお願いしたいと思います。日赤の関係で(1)の2点、黒丸の二つ目、外科系の入院棟ですね。聞くところによると21年度中には日赤も100病床にしたいと。今59床ある。外科も増やして、いわゆる2棟目も増やしたいと、こういうようなことで、とりあえず6月を一遍にはないやろうけども少しずつ増やす。最終的には100床にしたいという取り組みの関係ではないかと思うのですが、そう思ってよろしいでしょうか。


○委員長(岸田昇君) 健康部長。


○健康部長(宮崎葉子君) 外科系の入院病棟も増やした中で100床にしていきたいというふうにお聞きをしておるところでございます。


○委員長(岸田昇君) よろしいか。


 他にございませんか。


              (「なし」と呼ぶ者あり)


○委員長(岸田昇君) では、急きょ健康部長も来ていただいての答弁ですので、まだまだ資料等も準備もいただいてないような状況ですので、これで終わりたいというふうに思います。


 では、次に今後の調査、研究についてということなのですけども、ここで先ほど運営委員会において、第1委員会室でお願いしたわけなのですけれども、今日の講演につきましても今の冨原ドクターのほうからは、調査項目をなんかドクターカーとか、ドクターヘリとか言われましたけど、これはただ講演をいただくのにこういうふうなテーマをどうかなというような一つの考え方でお示ししただけであって、これを我々が調査しよるから、これについてというふうなことでの確定したお願いの仕方ではございませんので、一つの仮説のような形からお話を聞いたというように思っていただけたら結構かと思います。それでは、先ほどの運営委員会の中におきましては、この救急医療に係る調査特別委員会をどのように進めていこうということもご検討いただきました。とりあえず名称のごとく、救急医療に係るというところですので、まず救急医療をしぼっていき、その中で小委員会という形をもって、今後していけばどうかというようなご意見もいただいております。時期を27日午前中にということで運営委員会を開催させていただきます。それによって、6月定例会におきましては3特別委員会ありますけども、1日をこの医療のほうに予定日を入れていただいております。そのような中で、また皆さんと次は定例会中における特別委員会の開催ということにしたいと思います。そのために運営委員会において、皆さんに今後の方向を、また発表させていただくというような運びにしたいと思いますが、そういうようなことでよろしいですか。


             (「異議なし」と呼ぶ者あり)


○委員長(岸田昇君) そういうようなことでお願いいたします。


 では、もうこれで予定をいたしておりました、ちょうど5時前にもなります。閉会に入らせていただいてよろしいですか。


             (「異議なし」と呼ぶ者あり)


○委員長(岸田昇君) どうもありがとうございます。


 副委員長より閉会の言葉をちょうだいいたします。


○副委員長(山下栄治君) 今日は休会中ということではございましたですけれども、救急医療に係る調査特別委員会、行政当局にも来てお話を聞かせていただきました。また、冨原先生にもお願いをしまして、今日はいろいろと聞かせていただきまして、それぞれが勉強になったのではないかと思います。今後とも、今言われましたように今度5月27日には運営委員会を開きまして、今後どうするかという体制をとってきますけれども、また、これからいろいろお世話になりますけれども、よろしくお願いをいたします。


 今日はどうもご苦労さんでございました。


               閉会 午後4時58分