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大阪府 大東市

平成22年4月21日歴史文化的史跡の保存と整備に関する特別委員会−04月21日-01号




平成22年4月21日歴史文化的史跡の保存と整備に関する特別委員会

 歴史文化的史跡の保存と整備に関する特別委員会会議録

〇 開催年月日   平成22年4月21日(水)
〇 会議時間    開会時間 午前9時59分 〜 閉会時間 午前11時28分
……………………………………………………………………………………………………………
〇 出席委員
    豊 芦 勝 子 委員長       大 束 真 司 副委員長
    寺 坂 修 一 委員        内 海 久 子 委員
    三ツ川   武 委員        古 崎   勉 委員
    中 谷   博 委員        岩 渕   弘 委員
……………………………………………………………………………………………………………
〇 欠席委員
    中 野 正 明 委員
……………………………………………………………………………………………………………
〇 出席説明員
    上 床 千 早 政策推進部長    澤 田 義 廣 街づくり部長
    亀 岡 治 義 生涯学習部長
    その他関係職員
……………………………………………………………………………………………………………
〇 出席事務局員
    平 井 正 俊 事務局長      青 木 浩 之 総括参事
    松 川 輝 美 主幹兼上席主査   櫛 田 千 智 書記
    石 田 景 俊 書記
……………………………………………………………………………………………………………
〇 議題
    1.堂山古墳について
    2.一年間の総括について
    3.その他
……………………………………………………………………………………………………………
              ( 午前9時59分 開会 )
○豊芦 委員長 
 おはようございます。委員各位ならびに理事者の皆様、本日は大変ご苦労さまでございます。ただいまから歴史文化的史跡の保存と整備に関する特別委員会を開会いたします。
 本日の会議におきまして、中野委員より所用のため、欠席の申し出がありましたのでご報告をいたします。
 それでは、議事に入りたいと思います。
 最初に、案件1、堂山古墳についてです。
 去る3月3日の飯盛城跡石柱および案内板などの現地説明会の際に、堂山古墳についても、急遽視察を行い、現地で説明を受けました。本日、改めまして、本特別委員会で理事者より説明を求め、また質問をいただきたいと思います。
 では、簡潔に。
 上床政策推進部長。
◎上床 政策推進部長 
 おはようございます。堂山古墳の無償譲渡の進捗状況について、簡単に報告をいたします。
 まず、経過でございます。堂山古墳の無償譲渡につきましては、平成19年度に所有者である大阪府の水道部から提案がありました。
 市は、無償譲渡を受けるに当たりまして、堂山を古墳遺跡として保存し、広く市民が歴史文化、それから自然に触れていただける場として開放するために、必要な整備を平成20年度に要望し、その内容について平成21年度に協議を進めてきました。
 具体的には、配付資料、お手元のA3の1枚ものの紙でございます。堂山古墳群無償譲渡に向けた大阪府水道部との調整結果についてという資料でございます。その配付資料の表に記載のとおり、転落防止さくであるとか、フェンス、それから擬木階段の整備など、安全管理に関する整備、これは表でいいますと1というふうに記載をしております。
 それと、古墳部への散策道の整備、雑草対策、サインの設置など、古墳の保存、これは2というふうに記載しております。に関する整備でございます。
 協議結果としては、要求番号が?の?宝塔神社ルートハイキング道への転落防止さくの設置および要求番号?市水道局東部配水場内への駐車場整備につきましては、大阪府の管理用地外であるということから、大阪府で整備できないものとされましたものの、それ以外の整備要求については、ほぼ大東市の申入れのとおり、要求どおり認められたところでございます。
 要求内容と、それから実施内容、実現内容につきましては、それぞれポイントを表に記載をしております。
 なお、あずまやにつきましては、名目上は待避施設としておりまして、内容についてはあずまやということでございます。
 整備内容につきまして、大筋で合意に至ったため、3月13日に寺川自治会に経緯、それから整備内容等の説明を行いました。自治会からは、要求で認められなかった宝塔神社ルート側のハイキング道への転落防止さくの設置を実施すること、それと周辺地とのネットワーク化を充実することなどの意見をいただいたところでありますが、これらについては、今後関係部と調整しながら検討していきたいというふうに考えております。
 以上のことを踏まえまして、3月31日に無償譲渡の覚書を府と締結したところでございます。
 今後のスケジュールでございますが、平成22年度に堂山一体の測量と実施設計、平成23年度に整備工事を大阪府が実施をいたします。大東市は、大阪府の整備後に市の史跡に指定し、無償譲渡を受けた後、公の施設として開設する予定にしております。
 その際、堂山古墳広場設置条例案を生涯学習部が議会に上程いたしますので、ご審議をよろしくお願いをいたします。時期につきましては、工期によって前後いたしますけれども、できる限り平成23年度中に開設したいというふうに考えております。
 開設後の維持管理や利活用につきましては、堂山古墳広場が地域に根差した、また多世代間の住民交流が生まれるような場となるよう、自治会や市民活動団体等の協力を得ながら実施してまいります。
 本年度の対応といたしましては、大阪府の実施する測量および設計の進行管理を行うとともに、大阪府から大東市への円滑な移管に向けた調整、利活用推進策の検討などを関係部と連携しながら取り組んでまいります。
 以上、簡単でございますけれども、堂山古墳に係る状況について説明を申し上げました。
○豊芦 委員長 
 それでは、ただいまの説明に対する質疑を行います。
 内海委員。
◆内海 委員 
 今、説明をいただきました中で、何点か、まず寺川自治会からも要望の中で周辺とのネットワーク化とかありましたけれども、特に宝塔神社が地域的には野崎の地域にも近いところになりますので、そういう意味では、堂山古墳自体は寺川の地域だと思うんですけども、特に野崎自治会、その辺との連携というか、寺川自治会への説明もあるんですけども、野崎自治会への説明とかもきちっとされてるのかなと、また今後どんなふうに、そういうネットワーク化も含めてなので、特に周辺地域の部分もありますので、その辺のところをもう少し、市のお考えを示していただきたいと思います。
○豊芦 委員長 
 上床政策推進部長。
◎上床 政策推進部長 
 堂山古墳そのものが寺川地区でありますので、寺川の自治会に説明に上がったわけです。古墳そのものの維持管理をボランティアでやっていただくということで、寺川自治会とその辺の話はしたわけでございますけども、先ほど委員おっしゃったように、ネットワーク化ということになりますと、寺川だけではなしに野崎、当然北条という形で、ハイキング道につながるというルートも考えておりますので、その辺については今後どういうふうな利活用ができるかということについて、周辺の自治会との調整といいますか、説明をしながら、利活用について図っていきたいというふうに考えております。
○豊芦 委員長 
 内海委員。
◆内海 委員 
 お願いします。
 今、ありました宝塔神社の駐車場に関しては、大阪府が対象外ということなんですけども、市の今後のこの辺の整備計画と、予算的にもその辺のところはどういう形で市が持っていかれるのか、その辺のところをお聞かせください。
○豊芦 委員長 
 上床政策推進部長。
◎上床 政策推進部長 
 駐車場でございますけれども、当然、堂山古墳を多くの方に見学してほしいというふうに考えておりまして、その辺につきましては、大東市の方でたくさんの利用が見込めるということであれば、状況を見ながら大東市の方で整備をしていくというふうなことになろうかと思います。それにつきましては、水道局の方と調整を図ってまいりたいというふうに考えております。
○豊芦 委員長 
 内海委員。
◆内海 委員 
 今ありましたように、やはりせっかく多くの方々に利用していただくことが大きな目的だと思いますので、やはりそういう部分では同時並行できちっと、駐車場も、またハイキング道をやってこそ、本当に多くの市民の方が利用できると思いますので、そこは状況見ながらやっていって、後になっていくとか、そういうことだけはないように、きちっとその辺はやっていただきたいと思いますので、お願いいたします。
○豊芦 委員長 
 ほかに発言ございませんか。
 古崎委員。
◆古崎 委員 
 3点ほどお聞きしたいんですが、まず、墳丘の、当初古墳全体に、企画の山田課長のとき、クマザサを植えていくんだと言うてはって、私はそれはどうかなと思ってたんだけども、結局これは府との協議の中で、部分芝生に変更になったわけですね、その辺はどうなんですか。
○豊芦 委員長 
 上床政策推進部長。
◎上床 政策推進部長 
 一番最初の府との調整の中では、大東市の要求としては古墳全体を芝生で覆ってくださいというふうな要求を出したんですけども、大阪府の水道部との調整の中で、芝生全体を張るということになると、当然、土壌改良をせないかんということがあります。そのためには、一たん、古墳の上にある土をきれいに整地をしてから、客土を入れて、芝生を張り直さないかんということがありましたので、そうすると、芝生が根づく前に土壌が流出してしまうおそれがある。ということは古墳全体が崩れてしまうおそれがあるということで、こういう部分的な芝生で、クマザサにつきましても、同じように土壌を取り除いて雑草の根を取り除いてから客土をしてクマザサを植えると。クマザサが根づくまでにかなりの時間がかかるということで、それも土壌が流出してしまうということから、こういう結果になったということでございます。
○豊芦 委員長 
 古崎委員。
◆古崎 委員 
 その関連で、ちょうど墳丘の西側下部にある竹を伐採するわけですね。眺望をよくすると、西側、下の方からね。その場合に、そこまでやるんだったら、これちょっと黒田さんに聞きたいんだけど、もとの墳丘はどういう形状であったのかということで、以前から私ちょっとふき石を張ったらどうかと、その方が目立つからと。何もなかったのに、勝手にふき石張るとまずいわけやけども、実際はどうなんですか、そのあたりの、復元という意味では。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 今おっしゃいましたふき石に関してですが、発掘調査を実施いたしましたのは大阪府教育委員会の方でやっておりますけども、その報告書の中にも1号墳にふき石が張られていたという記録は残ってませんし、実際にそういう形で報告されておりますので、報告書に忠実に基づいて、墳丘は普通の、要するにふき石を張らずに土の、もともと山であったというふうに考えておりますので、そのとおり復元するのが妥当かなと思っております。
○豊芦 委員長 
 古崎委員。
◆古崎 委員 
 それからもう1つ、2つ目なんですけど、下の方にあります出土遺物の甲ちゅうレプリカについては、府の方が移管しないと言うてるんですね。これちょっとようわからんですけど、考え方として、古墳群全体が府から市に移管した場合、そこから出てきた物ももらって当然なんと違うかなと思うんですけど、考え方はどうなんですか。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 理屈はそういうふうになると思うんですけども、大阪府教育委員会の方で発掘調査をいたしまして、出土遺物は大阪府の管理になってるということであります。実際に、既に大阪府の方で府の指定文化財、一括でなっております。大阪府の方としても、例えば、一部、大東市の都合からいうと、一括遺物の中で必要な物を借りたいとか、もらいたいとかいうことがあるんですけども、ただ、一括遺物となると、物すごい量になりますんで、そういうこともありますし、要するに大阪府の方からは、府の指定文化財について、例えば資料館、大東の資料館で展示をするときには、やっぱりそれなりの施設を準備してもらわないといけないということも言われておる状態です。
 大阪府の方からは、代表的なものですね、甲ちゅうとか、かぶととかありますけども、そういったものを市の方で展示するときに、そっくりそのままのレプリカをつくるということで、それの製作費に関しては国の補助金が使えるということで、大東市の方が申請をすれば、国の方の補助金が来るということをおっしゃってますので、そういう形で今回いこうかなと思っております。
○豊芦 委員長 
 古崎委員。
◆古崎 委員 
 それ2つの側面があると思うね、1つは、府教委のサイドからいけば、引き取るというなら、全部ですよと。膨大だと。そらそうだと思うんです、これだけを引き渡してくださいというのは虫がよすぎるということになるんだろうけども、だから堂山古墳から出土してる甲ちゅうと、そういうたぐいは、近つ飛鳥では1つメーンの展示物になってますよね。だから、そういう意味でも歴史的に価値があると府教委も判断をしてるだろうと思うんで、せっかくこうして古墳自体が市に移管されていくわけですから、ちょうど四条小学校の後の歴民の新設もするわけですからね、僕はやっぱり、確かに収蔵するスペースとか、量とか膨大になるけども、全部だったら府教委は渡すと言ってるんだからね、今の説明でしたらね、メーンはどこかへきちっとメーンとして考えて、その他のものはどういうふうにするかというのは、ちょっと方法論はあるとしても、大東市の新しい歴民、移設する歴民のメーン展示として考えられないのかなというのは、一つ思うんです。
 それからもう一つは、反対に言えば、府の文化財指定になってるいうても、それ自身は手続的な問題であって、もし市に渡す場合でしたら、あれでしょう、一たん府の指定を外して市の指定にしたらいい、その点どうですか。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 最後の方の、府の指定を外して市の指定というのは、それは全くあり得ない話です。例えば、もともと大東市の方で市の指定をした文化財があって、それが市の指定文化財というのは、市として重要なもの、市の歴史として重要なものを指定してます。それが、やっぱり府下でも重要なものであれば、上位で指定されるということでありまして、今の堂山古墳の遺物に関しましては、もう大東市じゃなくて、もう府下で重要なものだということで、その趣旨で府指定になりましたから、それを格という言い方はおかしいですけども、市の指定に戻すということは、下げるというのはおかしいですけども、市の指定に変えるということはあり得ないと思います。
 もちろん、東部図書館の方に資料館が開設された暁には、当然、堂山古墳というのは、大東市で現存で目に見える唯一の古墳でありますから、資料館の古墳時代の、例えばそういう常設展で大東市の歴史の時代ごとに、恐らくそういう形の常設展にはなると思うんですけども、もちろん古墳時代のメーンの展示として、先ほど申しましたレプリカとかを活用して、展示の仕組みをしていきたいなと思っております。
○豊芦 委員長 
 古崎委員。
◆古崎 委員 
 府の指定を市の指定にできないというのは、それはそれでよくわかりました。
 もう1つの、せっかく移管のタイミングですから、さっきも認めておられるように、常識的にいけば、出た遺物も引き渡しを受けるというのが本筋なんですね。ところが、既に甲ちゅうは、府レベルで重要な文化財というふうに指定されてるから、レプリカ、もう1つのレプリカしかしゃあないというふうに言うてはるんですけども、この際、それほど大量なものなんですか、引き渡しを受けるとしたら。その出土遺物の総量というのはどんなものなんですか。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 正確な実数はわかりませんけども、以前報告書のコピーを皆様方にお渡ししたと思うんですけども、はにわがあれだけ上がってますから、あれだけでもかなりの分量がありますし、ちょっと、この場で発言していいのかわかりませんけども、大阪府の方も、実際、今30年、40年発掘調査やってきてまして、府で直営でやってきた出土遺物の保管場所についてすごい困ってるんですよ。ここで大東市が、そういう形でいうと、渡りに船ということで、全部、堂山でなくても、ほかの大東で出土した物も全部持っていってくれやとかいうような話の流れにもなりかねませんので、その辺は、府と市との関係の中の話になるんですけども、教育委員会としましては、やはり今の堂山のメーンとなる甲ちゅうに関しましては、前もご説明させていただきましたように、かなり危ない状態になってるんです。要するに、運搬についてもかなり気を使わないといけない、そういったものをそのまま移管を受けると、かなりこちらの方としてもしんどい面があると思いますので、レプリカ等をつくって、市民の皆さん方に見てもらうということが一番妥当じゃないかなというふうに今思ってます。ただ、レプリカをつくった後でも、大阪府が自前で甲ちゅうをちゃんと、もう1回保存処理をし直していただければ、それはそれで、例えば本物を一時的にお借りして展示するとかいうような方法も考えていいかなと思います。
○豊芦 委員長 
 古崎委員。
◆古崎 委員 
 府と市の関係、今のでよくわかったんですけども、しかしそういうたまたま府水道部の所有地だから府教委文化財保護が発掘したんでしょう。市のやったら、当然大東市が発掘して、困るほど物が出てきても、どこかへ入れなあかんわけでしょう。四条小学校へ押し込んどくということもあったわけやけども。だから、本来、今は2人の学芸員が頑張っておられるわけやから、僕はこれを機会にしっかりと、そういう、確かに量が多いかもしれないけども、大東市から出た遺物をきちんと整理をして、つまり甲ちゅうというのは象徴的なもんですやん、それは一般市民に対する、見ていただく、展示するという点では、効果的であり、意味があるんですけども、僕は多分、黒田さんや中逵さんにしたら、報告書にあるように、出たものをきちんと整理し、それをいざというときには出せるような状態にするというのが本来のあり方だと思うんです。そのあたりは、考え方はないんですか。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 今のご質問の趣旨はあれですけども、やはり発掘調査を経て、出土遺物を整理して、それを資料館の方で展示をできるものは展示をして、あとの物については、出土年月日と出土地点と、ここの遺跡から出たという形で保管をしております。
 堂山の遺物に関しても、大阪府の方でそういう形で整理をされております。今も、先ほど申しましたように、大阪府の方でもコンテナ、昔の掘った遺物等を随時整理をして、保管場所もだんだん少なくなってきてますので、それをまた集中できるところは集中してという、そういう形で今整理を行っているところというふうに聞いております。
○豊芦 委員長 
 古崎委員。
◆古崎 委員 
 ですから、例えば先ほど一例で言われた、はにわの破片が例えばたくさんあると、それを僕はよくわからんけど、本来でしたら全部は無理にしても、一部をきちっと専門家で復元して、それも展示していくとかいうふうなことをしようと思うたら、今はまだ移管を受けなかったら、府の方やからさわることもできないという状態ですから、保存、保管ということは最低であって、部分的な復元ということも含めて、もう少し、せっかくお二人おられるんだから、単に甲ちゅうのレプリカをつくりますだけじゃなく、積極的に前向きに考えられたらどうかなというふうに思ったんで、申し上げてるわけです。
 府の方も都合がいいんですよ、国庫補助が半分つくって、こんなもん別に府が出すわけじゃないでしょう、ありますよという制度説明をしてるだけの話でしょう、大東市がレプリカをつくるならば、そんだけの話ですので、いま一だなというふうに思います。
 もう1点、3点目はちょっと、よくわからんのですけども、1号墳から7号墳でしたか、それ以外にも、ちょっと昨日尾崎さんから聞いたんだけども、そういうこというのはあるんですか、見発掘部分は。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 そうですね、今の古墳群が出てる範囲以外にも未発掘部分というのはあると思います。
 周辺の竹やぶとか、あるいはこれ以外に、府の水道部の敷地って、物すごい、古墳部分に関していうと、あの部分だけですけども、今回移管を受ける水道部の敷地に関しては、もっと広いですから、北側にも広がっておりますし、もちろん、未発掘部分というのはあると思います。
○豊芦 委員長 
 古崎委員。
◆古崎 委員 
 それは、民地じゃなくて、府の水道部の敷地内に大部分があるということでしたら、今後市教委としては発掘をしていくんですか。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 まだ、そこまで考えてはおりませんけども、実際問題、何か理由があって、緊急にその調査をということでやっておるのが今の基本でありまして、ですから、例えばここにこういう古墳があるかもしれないということについては、市教委の方で計画を上げて、これも広義になりますけども、そういう補助金制度もありますので、それを使ってやっていくというような方法はあります。ただ、今のところは、今の未発掘部分については、考えておりませんけども、今後、例えば整理が完了したときに、例えば周辺の8号墳とか、未確認の部分、すぐ周囲にあると思いますので、そういった部分について確認をするという作業も必要になってくるのではないかなとは思ってますけども、今のところ、ここをこうするという計画は持っておりません。
○豊芦 委員長 
 ほかに。
 寺坂委員。
◆寺坂 委員 
 昨日出前議会報告会がありまして、終了後反省会をやりましたら、この文化財云々の激論を尾崎さんもたまたま、区長さんでいてはりましたので、やりまして、ちょっと一部その話が、古崎委員の話の中にも出てきたんですけど、まず歴史観、こういう基本的なところから激論でやりました。そこの中身は別として、今日はあえて、今、堂山の話がこういう形で出ておりますので、そこに集中して、ちょっと話をさせてもらいたいと思いますけど、去年4月に卑弥呼、大いにチョウをつくるという、近つ飛鳥の展示があって、これ行ってきたんですけど、こういうお墓ですけどね、うちはこういう石じゃないと思いますけど、どうなんですか、こんな感じのイメージができるようなものをこの頂上にできるんですか。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 頂上というのは、上の方ですか、2から7号墳。現在残ってる石室、一部長い間、府の方の管理が悪かったんで、一部、石が転げ落ちてますけども、そういったものを石室として復元をするつもりであります。ただ、今、見せられたポスターみたいな立派な竪穴式石室では本来ありませんので、堂山古墳は時期的にも違いますので、ただ、古墳の石室を復元するという行為は今回の整備工事の中に入ってます。
○豊芦 委員長 
 寺坂委員。
◆寺坂 委員 
 そのとき、ちょっと実は例の堂山から出た分も全部見て来たんですけど、悪いですけど、がらくた置き場ですわ。同じもんをいっぱい並べて、別にそこから1つ盗んできても、何にも困らないという、さっきちょっとあったですけど、あそこに運ぶかどうかやけど、別にあそこに置いといたからって、何の価値もないなと。ただ、急ぐ必要は全然ないと思いますから、四条小学校の歴民ができて、完成式典とか、いろんな大きなところを焦点にしてやっていけばいい話ですと思ってますので、さっき言ったように、黒田さんも私的な見解ですけど、向こうも置き場所困ってるって、そのとおりです。1個だけぽつんとあったらすごいですけど、同じ物がいっぱい並んでますわ。大東のがどこにあるのか探すのも大変でしたで。別にうちのが、重々しく置いてるわけでも、まあ古崎委員は歴史がと言うけど、全然あれへん、そんなもんあっちこっちに転がってるがらくた置き場でしたよ。ただ、がらくたに光をどう当てるかというのが現世の人間の仕事だと僕思ってますので、どうするかと。大東市でぽつんとそれがあれば、すごいインパクトがあるという、ここが大事なことであって、それだけを持っていったら、申しわけないけど、同じものがいっぱいあります。もっとすごいのが、よそはいっぱいあると。あれを見てきてね。結構リアルに原状復帰してるとか、写真とか、いっぱいありますのでね、その辺は逆に上手に、さっき言った、僕は歴民の開設とか、新しいところでの開設とか、そういうところに合わせた形で、やっぱりうちは施設としてこういうものをあけますからこれを返してくださいよという話だったら何ぼでも府は乗ってくると思いますけど、今の状態の中で、これ府がやってくれますから、これを、ここの真ん中のところに適当に置きますわなんか言ったって、何の意味もないと思ってますので、環境整備はきちっと僕はすべきじゃないかなと、まず思います。
 それと、何が大事かというと、こういう地図が今日も出ておりますけど、下からの進入路がこうなるんですけど、要するに、龍間からおりてくる道と、さっきありました宝塔神社から行く道、ここをきちっと、やっぱり一過性の、要するに駐車場に集まって、人が行って、ここを見て帰ってくる、これで7,500のノルマを果たすなんていうのはあり得ないと思ってますから、やっぱりハイキングのコースの中の延長上に上からおりてくる、また野崎観音から来るという、この辺の動線をきちっとつくっとかないと、便宜上、府は下からの分だけでやってますけど、上の部分、ここをきちっと、これは市の管轄になってますし、宝塔神社のところの、例の擁壁のところは全然認めてくれなくなったと、さっき言ってましたから、その辺はきちっと僕は市がやるべきだと思いますけど、これ完成に合わせて、市の仕事としてこれを、進入路ですよ、どうですか、整備するっていうのは。
○豊芦 委員長 
 上床政策推進部長。
◎上床 政策推進部長 
 大阪府は自分とこの財産ではないということでできないというふうなお答えをいただきましたんで、これは大東市の市道でもありますので、大東市の方でその辺については、危なくないような整備をするし、ルートについても観音、それから龍間、それと導流堤部分と、この3つのルートで結べるようなハイキング道のルート設定については、今後整備をしていかないかんというふうには考えております。
○豊芦 委員長 
 寺坂委員。
◆寺坂 委員 
 だから、府がやるんですから、本体はね、だからそれは本体でやっていただいていいですから、それと同時進行でやっぱりきちっと、ほかの方々も、やっぱり呼び込みというのは下からじゃなくて、観光バスが来て、それで見て帰っていくというような、そんなもんじゃ僕は全然ないと思ってますので、自然の一端の中のあるポイントとしてここがあるだけであって、そこに飯盛山とか、野崎観音とか、いろんなものが複合的になってきて、1つのここに価値が僕は出てくると思ってますので。申しわけないけど、堂山だけで勝負したって絶対勝てないと思ってます。最たるもんが、今の歴民の横の石室にだれも見に行く人もいないでしょう、サーティーホールの横、ありますよ、あそこの石室とか、僕はもっと堂山よりも完璧にできてるんじゃないかなと思う、あれどこから持ってきたんですか、僕はそう思いますよ。そう思ったら、やっぱり付加価値をどう与えるかといったら、動線とか、そういうのは絶対大事になってくると思いますので、ここをきちっとやってください。
 それと、さっきちょっと、古崎委員も言いました、尾崎さんも言った、要するに北の尾根のところが全然発掘がされてないという話なんですけど、竹林の中走っても、間の真ん中ぐらいのところに、ずっと、銅のさびたような感じの青い分がずっと残ってるんです、まだね。あれ銅のあれがあったとは思わないんですけど、銅がさびたら青い、あれがずっと、要するに外壁に、古墳の外壁の外周りにそういうものが残ったんじゃないかという、跡みたいな感じ、この青いのが今も竹林の中に今もずっとありますので、あそこにかめか何かが置いてあったんじゃないかと。ただ、当時に銅石器があったというのは、ちょっと何とも言えない部分がありますので、何の色かなというのもあるんですけど、それの北の尾根というのは全然手つけてない部分があります。ただ、竹林ですので、竹林の発掘というのはもう1つ大変やと僕は思うてるんですけど、そのことも入れて、これは恐らく府は尾根に入らんと思いますから、恐らく完成後の市の仕事として、新たな再調査、これをすべきじゃないかなと思うんですけど、その辺どうですか、見解は。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 一度、現地を見させてもらって、すぐに調査が必要かどうかというのはないと思いますけども、こちらの体制等も整いましたら、整備完成後、そういうことも踏まえて調査が必要かどうかというのを、また検討をしていきたいと思っております。全く調査をしないということではありませんので、また新たな発見があれば、堂山の価値は、その付加価値が高まると思いますので。
○豊芦 委員長 
 寺坂委員。
◆寺坂 委員 
 先日も言いましたけど、タケノコ掘りを里山の会が行いました。タケノコ掘りに行きました。堂山よりも、その周辺の竹林というのがすごい量ですので、どうしても堂山の古墳の一体に光が当たってるんですけど、あの竹林というのも上手に使えば、府用地で全部こちらに移管される部分になってくると思いますから、ここの竹林の里山ボランティアの皆さんとか、いろんな団体がありまして、いろんな形で、ボランティアの世界でやっておりますけど、これの管理というんですかね、その活用というんですか、そういうこともちょっと企画としては僕は同時に考えるべきじゃないかと。今、堂山のところを府がやるという、ここだけに視点が当たってるんですけど、僕はもっとこの竹林を上手に使えば、かなり大きなスペースにもなっておりますので、この辺はどうですか。
○豊芦 委員長 
 上床政策推進部長。
◎上床 政策推進部長 
 里山の会が、もともと竹林を利用して、適切に竹林を管理するということでいい状況に保ってるというふうに聞いております。そこがフィールドになっておりますので、その辺については、維持管理も含めて適切な竹林の管理と、それから活用方法について、これは行政と一緒になって考えていきたいというふうには考えております。
○豊芦 委員長 
 寺坂委員。
◆寺坂 委員 
 竹林の中で1回野点もやったことあるという、山の中に着物を着た人が入ったというのは考えられないんですけど、やったみたいでして、1回見たかったなというような感じはするし、嵐山のライトアップされた、ああいう形のイメージなんて、ただ残念ながら竹林を切った伐採した竹があちこちに山積みにされてまして、これを何とか処分しないと、景観的にもやっぱりちょっと厳しいんですよね。結構切った後はきれいに見えるんですけど、切った後の竹林が、今野崎高校がこれを全部炭にするために、自分たちで炭焼きのあれをつくって、この前もそれを皆さんに配ってはったんですけど、それで全部追いつかないと思いますので、一番はやっぱり切った竹、切るということはボランティアの人たちがやってくれると思いますけど、それをどうやって運び出すかという、もう山積みされた、恐らく今度は積んでる、横積みしてる竹が落ちてくる時期が今度はまた出てくると思うんです。そうすると、さっき言った竹林全体の維持管理ということ、これはなぜかというと、堂山の下に竹林があるんですから、ここの世界がどうしようもなかったら、どんなに堂山をきれいにしたって、ごみ捨て場の上に何か遺跡があるという、こんな世界と一緒なんですから、竹林と堂山というのは一体でこれやっていかないかん部分がありますので、そういうことも入れて1回ちょっと、せっかくこういう形で大きな大阪府の援助を受けてやりますから、さっき教育の方はもう1回現地をしっかり見て、歴史的なそういう形の調査ができないのか。企画の方に関しては、竹林も入れた、トータル的な大東市の財産としての再活用ですか、里山という、今光の当たってる世界ですから、ここにこの前もタケノコ掘りで、地元の人に聞いたら、逆に全然地元の人がいない、みんな遠くから来てるという、200人ぐらい一気に集まってるという、そういうのはすごい僕は、この前も言った楽市楽座じゃないですけど、人を集めるパワーのある世界というのは、そこに間違いなく存在してるという、何でもそうです、歴史でもそうですし、文化的なそんなもんも全部、どうそこに価値を与えるかということが今の人の仕事だと思ってますので、そういう面でいくと、こういういいチャンスがあるんですから、このチャンスを最大限活用して、やっていってもらいたいと思いますので、決して教育委員会の所管の世界に限定せずに、企画もしっかり絡んで、まちづくりの一環でこれをとらえてもらいたいと思いますので、要望しておきます。
○豊芦 委員長 
 ほかに発言ございませんか。
 内海委員。
◆内海 委員 
 1点だけお話ししたいんですけど、今後、堂山古墳の整備をしていただくわけなんですけども、1つ、いきいき委員会でも話をしたんですけども、担当が生涯学習部だと思うので、四条中学校に、北側に大きな廿田川から出てきた、校区整備のときに出てきた大きな石がありますよね。学校としては、本当に安全面を考えたときに問題があるという話なんですけども、そういういろんな活用方法を前もちょっと言うたんですけど、例えば、四条小学校の整備をするだけじゃなくて、堂山古墳、それこそ石の由来というか、それもそもそも、過去からのお寺から出てきた貴重な石だという話も聞いたので、そういう堂山古墳の、こうして本当に歴史にかかわる部分である整備のときに活用などができないのかなと、そういう部分のことを強く感じるんですけども、この辺のところ、今後整備をしていただくわけなので、この辺の考え方なんかも強く要望したいと思ってます。これは要望だけにしときますので、また考えてください。
○豊芦 委員長 
 堂山古墳についてのご質問なり、発言は。
 大束副委員長。
○大束 副委員長 
 これからこの古墳の整備が進むにつれて、一般市民の方も登りやすくなるんですけど、教育所管ということもあって、これだけはやってほしいなというのが、やはり本物を見せる教育ということで、これから堂山古墳を大東市の全小学校、限定しても構いませんけど、見学をしていく教育をぜひとも取り入れていただきたいなというふうに思ってます。これは、もちろん堂山がこういうふうに整備されるので言ってるんですけど、もちろん、平野屋新田会所もそうですし、また飯盛山城もそうです。そういった本物を見せていく教育、そして子どもたちに古墳というものはこういう形で、こういう場所にあったのだという、見せていく教育というのは非常に大事であるというふうに思いますし、また大東市のそういった自分たちの誇りを持てる場所として、その場所を小学校のころから見せていく教育をぜひともちょっと取り入れていただきたい。これはもう要望としておきますので、その辺については、今後の予定として、また考えられることとして、どのように思ってはるのか、ちょっとお聞きしたいです。
○豊芦 委員長 
 亀岡生涯学習部長。
◎亀岡 生涯学習部長 
 我々生涯学習部と学校教育部の関係になってこようかと思いますが、おっしゃってる市内の歴史文化、これは今おっしゃった、本とか、そういった書物で学ぶよりは、現物、大東市のそういった歴史なり文化を直接目で見て、子どもたちが学習するというのが効果的なことかなと思っております。当然、何らかの形で学習の場として活用していきたいというふうに考えております。
○豊芦 委員長 
 大束副委員長。
○大束 副委員長 
 ぜひとも考えを協議していただければと思います。
 子どもたちがこういう場所に、学校別にしっかりとスケジュールを組んで、にぎわっていく、そして学習していく姿というのは、非常に喜ばしいことでもあるというふうに思いますので、独自の大東市としての教育の事業に取り入れていただければと、これを活用していく、そういった意味でもこういうところを整備していく意味があるんじゃないかと思っております。
○豊芦 委員長 
 ほかに堂山古墳についての質問なり、発言はございませんか。
               (「なし」と呼ぶ者あり)
○豊芦 委員長 
 なければ、次に移りたいと思いますが。この件についての質疑は終了いたします。
 次に、案件2、1年間の総括についてに移りたいと思います。
 資料がお手元にたくさんありますけれども、最初に、この21年度、開催経過を6回と現地説明会を行いました。この21年度の中でももう1度特別委員会を開いていただきたいという委員の方からの要望もありました。振り返りまして、7月21日の特別委員会で配付をしましたものを今回も配付させていただいております。7月21日付、これは前回、6月30日に今後の進め方について協議したときに、各課の方からも意見が出され、各委員の方々から意見が出されたことをまとめたものがこのA4の2枚で添付しております。一番上の分は正副の方で相談させていただきながら、6月30日に出されました意見のまとめ、提案的な内容のものです。
 あと、今資料を簡単に説明をしておきますと、文化庁の方で平成20年5月に歴史と文化のまちづくり法というのが制定されて、歴史文化基本構想についてということで、文化庁が出しております資料を1つ入れております。これも7月のときに、同じではないですが、こういう内容のことで資料をそのときも配付いたしましたけれども、今回は歴史文化基本構想についてということで、市町村でこういうのをつくる必要性というようなことが書かれております。
 もう1つ、月間地域づくりというような、こういうのがあると思うんですけれども、これは歴史文化基本構想が目指すものということで、それぞれ説明があります。この裏ですけれども、裏をあけていただいて、この策定に当たって、3年間で20件のモデル事業を予定と書いてるちょっと上ですけれども、3行のところに、地域住民やNPO法人、企業など民間団体の声を取り入れるなど、地域のコンセンサスを得ることも重要ですと、公聴会や説明会の実施、ホームページの活用などにより、情報公開や意見聴取を行い、積極的に策定にかかわっていただくようにすることが必要であるというようなことも書かれております。文化庁の方では、3年間で20件のモデル事業ということが予定されてるということですが、この予定という中の下の3行のところにも、歴史的風致維持向上計画には重点区域を設定することが必須となってると、その重点区域には重要文化財などが存在することが条件となっている、つまり、歴史まちづくり法においても、文化財の周辺における取り組みということがポイントになっているということでは、1番目で堂山古墳について、いろいろ説明もいただいたり、質問も出されましたが、大東市は周辺にも、またその堂山古墳そのものにも、まだまだ調査研究も必要だし、いろんな形で活用が山積みされているというような、そういうこともあるので、今後そういうところにこういう策定をしていくというようなのが大東も乗っていけるような、そんなんがどうかなという思いもあります。
 歴史文化構想にも有効な歴史まちづくり法ということで、ここの下の3行のところにも既存の文化庁の文化財補助金や国土交通省を初めとする各省のまちづくりに関する補助金があるので、このような各種補助金をうまく活用することによって、歴史文化基本構想を実現することも可能と考えているということで、文化庁にとどまらず、国交省の関係、農林省の関係が連携していく、大東市であれば、今日もこの特別委員会でずっと3部の方で出席していただいておりますが、その連携が大東市のまちづくりにも、非常に今後の連携が大事ではないかというのが、国と同じだなと、つくづくと思いながら、この資料を出させていただきました。
 その次に、街道をゆくの阿波紀行に記された三好長慶の風韻ということで、裏面ですが、A4で添付しております。これは一番最後の、下のところにあります街道をゆく、32、阿波紀行100ページから111ページのところから引用されているという文で、朝日文庫の司馬遼太郎氏の引用文です。この中に、一番上の、1面の下のところに、「河内の飯盛の城まで」とか、2ページ目のところにも、「飯盛なら京に近い。われわれも、遊びに行ってよろしいか」とかいう連歌仲間が飯盛山で8年間いろんなことがあったと。ここにも北河内の飯盛山という丘にある山城の飯盛城でということで、全国にも飯盛山というのはたくさんあるようですけれども、この大東の飯盛山、飯盛城というのは、こういう司馬遼太郎の中にもたくさん出てくるというような、それとその次にしているのは、ちょっと、文章としたら中途半端な文章になっておりますが、地図を見ていただきたくて、A3の状況です。左側は中世、阿波・畿内の要図ということで、大東の飯盛城が右上、真ん中のところにあります。飯盛城、私たちも現地視察をさせていただいたときに、本当にそこから全貌が見えるという、位置的にも四国の三好、勝瑞城ともつなぐ、飯盛城がさらに京都につなぐというような、そういう位置であり、三好家の絡みで徳島の藍住の方では、戦国時代の末期にということで、右の地図の下に説明がありますけれども、ここが国の重要文化財にもなったり、発掘されて史跡指定になったりとか、そういうのが昨年あったようですので、ちょっと資料として添付させていただきました。
 それから最後、もう1つあります日本万国博覧会の記念基金の助成事業ということで、主催はNPO法人摂河泉地域文化研究所ということで、ここの代表の南川さん、それから平野屋新田会所の代表の佐久間先生、大東の在住の神田さんという、3人の方が見えまして、こういうことをやりますと、日程が11月23日に、場所は四條畷学園短期大学八〇周年記念ホールということで、この場所は岡本市長が口添えしていただいて、快く貸していただきましたということで、日程、場所は決まっておりますし、記念講演の「波濤を越えて ローマからはるか河内へ」ということで、川村先生にも記念講演をしていただくということで確認はいただいておりますということで、あと予定ということで、随時お願いをしていく予定ですと。これから実行委員会を組んでやりますので、ぜひ特別委員会の関係の方々、皆さん声をかけていただいて出席予定をしていただきたいですという要請も事務局の方にもありましたので、添付させていただきました。
 ちょっと、説明が長くなりましたけれども、そういう中で、この1年間、教育の方でも5カ年計画ということで、事業計画の提案がありましたし、そのときに、特別委員会委員の方でも、野崎城や三箇城は何で載ってないんやというような質問もあったわけですけれども、そういうことも含めまして、それぞれ委員の方々の方から次年度につなげていくということも含めまして、それぞれのご意見、ご提案を出していただけたらどうかなと思います。
 中谷委員。
◆中谷 委員 
 今の説明の中で、去年飯盛山城址という石碑をこしらえてもらいました。そして案内板。ある人がうちの家に来て、中谷さん、あそこにお城あってんなと、あの城址の石碑を見てね、お城あったんを気づいた人がありました。それで、そのときにつたない説明ですけど、さっきちょっと言われたように、三好長慶の話をやってました。それで、織田信長が京都へ進出する前の京都を抑えてたのは三好長慶、その城が飯盛城なんですな。そういうふうに、案外、我々でも、我々は多少これで知ってます。あそこに城があったと。そやけど、案外大東市の人は知らない、ああいう石碑ができたことによって、ここに城があったと、これが保存の第一歩かなと思います。ただ、今さっきありましたように、飯盛城の出入り口として三箇城、三箇菅原神社に石碑が立ってます。あれは伝承で定かじゃありませんと言われてます。もう1つが、さっき野崎城という、あったと言われてますねんけど、黒田さん、野崎城の跡というのは、あれは確かかどうかわかりますか。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 野崎城につきましては、大東市史の方にも、図とともに公開されております。実際に、あそこの野崎観音さんの裏山につきましては、お城があったというふうな形で伝わっておりますけども、軍事的にあそこの尾根が一番西側の平野に飛び出てますので、東高野街道と、それから当時は、すぐ西側に深野池がせまってましたので、軍事的にも重要なところだということで、戦国時代、応仁の乱のころから、河内、近畿中心に戦乱に巻き込まれるんですけども、そのときの資料にも野崎城という地名は見えてます。教育委員会としては、野崎城が実際にそういう資料的なものもあるんですけども、飯盛城のように、例えば曲輪の場所がはっきりしてるとか、飯盛城の場合は四條畷方向の地歴の方が昔、もと大東市の市史編さん委員の山口博先生を中心として調べられて、実際、現地を調べられて、なおかつその曲輪の図をもとにして、城郭の専門をしておられる方が、別の書物でも飯盛城ということで紹介をされてますけども、ただ野崎城に関しましては、当時の市史の図面ぐらいしかわかっておりませんので、その程度の、今、城としての認識というのは教育委員会の方では認識をしておりません。
○豊芦 委員長 
 中谷委員。
◆中谷 委員 
 三箇城でも、あそこが本当であるとか、違うとか言われてますねんけどね、私、野崎城の、今の言われてるところで市が野崎城址という石碑立ててもらうのに、いいかげんなところに立てられへんなという質問をしたわけですわ。だから、あそこの野崎城の跡と言われてるところに、もし確かなもんだったら、まず石碑の1本、そんなにお金もかからへんと思うから、できたら、調査は難しいと思いますが、調べていただいて、平成22年度に野崎城址というようなことをお願いしたいなということを考えておりますので、どうか今の意見でははっきりわからないというのが確かですわな、その辺で市が立てたら、やっぱりいいかげんなところに立てたというのを言われますわな。その辺を調べてもうて、できたら22年度の要望で、確認できれば野崎城址という石碑が1本あれば、観音さんから上がってきて、こういう文化財があってんなということで、石碑1本で豊かな歴史の散策ができるなということを希望しときますので、どうぞ、できたら、難しいけどもお願いしたいなということで意見を言うときます。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 22年度というのは、難しいかもしれませんけれども、委員がおっしゃったように、飯盛城の例をとりましても、石碑が立って、市民の方に周知されて、それが保存の第一歩やと、なかなかうまいことおっしゃるなと。やはりそれが第一歩だと思いますので、野崎城に関しましても、やはりいいかげんなところで、中途半端な状態で市が立ててしまうと、それがさも真実かのようになってしまうのも恐ろしいことですので、それはやはり、よく検討しまして、当然、先ほども言いましたけども、飯盛城のように専門家の方が実際にまだ見ておられないようなふしもありますので、飯盛城の場合は曲輪等の図が先にありまして、専門家の方も、実際に多分現地を歩かれて、ほかの書物で発表されてると思いますので、ですから、そういった過程を踏まえた上で、市としてもこれだということが確信ができた段階で立てるのがいいかと思います。ただ、それが平成22年度中にできるかどうかというのは、ちょっとここでは、お約束はできかねますけども、その辺、ご留意いただいて、検討してまいりたいと思いますので、よろしくお願いします。
○豊芦 委員長 
 中谷委員。
◆中谷 委員 
 僕に言わせたら、三箇城址の石碑、ほんまに菅原神社に立ててる、あれはいいかげんやなと、いいかげんでもええから、ひとつあそこに立ててほしいなという希望がありますので、野崎城址ね、ただそういうことを後で言われたら、教育委員会も資料がないからね。もし、野崎城があの辺らしい、石碑の場合、野崎城址付近とか、そういうことで、最終的にお願いするかもわかりませんけど、これは意見としておきます。
○豊芦 委員長 
 ほかに発言ございませんか。
 内海委員。
◆内海 委員 
 関連して、私も野崎の地域で育ったんですけど、全然知らないんです、野崎城。この歴史散歩道大東をつくっていただいたときに、確かにここのところの歴史・散歩コースの6のところに、野崎城跡ということでありますよね。だから、そういう部分では、今、中谷委員がおっしゃいましたけども、石碑もそうですし、それこそどういう形でそれがあったのか、三箇城よりも、本当にまだすぐれていたという、いろいろ機能的には、書いてありますけども、できましたら、案内板的な、それこそ本当にわからないですよね、そういう市民の方、地域の方ですらわかっておられる方も少ないと思いますので、案内板も含めて、やはりそういうことを、付近と言われたらつらいものがありますけども、やっぱりそういうのを、案内板も含めてやっていただくことがいいと思うし、やはり、どこまでこの歴史散歩道大東、これが市民の方に本当に活用されてるのかなと、見たら本当にすばらしい大東の散策道が、歴史街道がいっぱいあるなと思うんですけども、この辺はつくっていただいた、どういう経過の中で野崎城跡とあるわけなんですけども、これは黒田さんがつくったんじゃないですか、その辺のところの経過、どういうふうにつくられて、どんなふうにこれ市民の方に活用されてるのかなと、それこそが大東の歴史文化にもつながっていくと思うんですけど、この辺のことをちょっと説明してください。書かれてることとかね。
○豊芦 委員長 
 黒田生涯学習課主幹兼上席主査。
◎黒田 生涯学習課主幹兼上席主査 
 この中に書かれてるのは、以前、大東市の文化財マップ、昨年度冊子にしまして、カラーの方になったんですけども、その以前の文化財マップの地図の裏面に書かれてるコース、それを利用しやすいようにということで、冊子でまとめたものであります。
 野崎城とか、三箇城とかに関しましても、大東市史にも載ってますし、それからあと、そういった市の刊行物でも以前から載ってましたので、ここだという、確定をしたわけじゃなくて、この辺に野崎城というお城があったと言われてますよという程度のことで載せてるんだと思います。
 最初の作成に関しましては、僕もちょっといきさつはわからないんですが、これずっと代々継承されてた中身を少しずつ年を重ねるごとに修正しつつ来てるんですけども、そういった形での作成経過があると思います。ですから、野崎城、三箇城に関しましても、三箇城は以前、大阪府の方で、あそこに碑を既に立ててましたので、そういう形で載ってます。
○豊芦 委員長 
 内海委員。
◆内海 委員 
 堂山古墳の整備に当たって、こういうふうに載ってる部分のところは、きちっと何らかの形で印を掲示板なり何か、そういうのをやっていかなかったら、やっぱりこれがあっても、どこに何があるかわからない。どうやって行くねんと、そうなりますので、こういうふうに載せてる限りは、きちっとこれも堂山古墳のそういう関連の中で、これから整備していく中で、やっぱりやっていただきたいなと思いますので、よろしくお願いいたします。
○豊芦 委員長 
 三ツ川委員。
◆三ツ川 委員 
 いろいろ学芸の黒田さん、生涯学習部ができて、文化について我々議会の方でも特別委員会もできてきたということで、大分文化に、大東市の歴史に対する認識というのも我々も変わったわけですけども、大東市では、大東の杜構想ということで、これは上床部長から、一応、大東の杜構想は終わったんだという発言を聞いたことがありますが、実際、今大切なことは、我々ここで論議をしている、そうして歴史として大東に飯盛山を中心に、また古堤街道やとか、先ほどから言われる三箇キリシタンの関係で三箇城の問題やとか、いろいろ言われてるんですけども、それぞれ点では押さえてるんですね。先ほどもご意見あったように、その点をずっとこれから大東市のまちづくり、活性化、どういうふうにしていくのかという前のビジョンが、そこら辺がほんまにそれぞれ、個々で、学芸のところでは一生懸命やってもろうてるけども、都市政策の方になってくると、それはもう古文化の関係で関係ないというような、企画の方になっても、金ないさかい関係ないというようなこととかでね、ボランティアでやってもらっても、ボランティアはボランティアで勝手に、好きでやってんねんという程度しか認識になってないと思うんです。やっぱり、これを我々としても、どのように今後、大東市のまちづくりに、市民の皆さんだけじゃなしに、この歴史を遠くから見に来て、大東市というのは、飯盛の山系を中心に、古い歴史があるんやということ、そのことが地域の活性化、住んでる人たちに、やっぱり自分たちのふるさとの誇りの持てるまちづくりにということと、やっぱりこれから産業がどんどん変わって、経済がいろいろ変わっていく中で、環境と、観光や、このように我々は認識してるわけですけども、そういうことを考えたら、もっと、どうつないでいって、それをどのように発展させていって、市民の皆さんに理解いただけるようにするのか、例えば、新駅、桐蔭がやられてる、その問題でも、全体のバックはまちづくりという観点からいくと、大東市を観光のまちにしていくためには、この後ろの山を、そういうところの整備とどうつないでいくのか、その1つの、大学の生徒がおりるだけの駅というとらえ方じゃなしに、この山を全部見ていくというようなとらえ方をすると、もっともっと市民も理解して、新駅問題1つにしても考えられるし、その辺のところを行政側がもうちょっと、ここの委員会の皆さんからいろいろご意見出てる部分をまとめてもろうて、街づくりの方も、企画の方も、生涯学習の方も、まとめてもらって、もっと市民の皆さんに誇りの持てる、夢やロマンが持てるような、そして観光のまちとして来てもらえると、その辺の整理の仕方ということについて、部長、どうですか。
○豊芦 委員長 
 上床政策推進部長。
◎上床 政策推進部長 
 確かに、三ツ川委員おっしゃるように、今までの歴史文化遺産というのは、スポット的に整備してきたということは多々あろうかと思います。今般、四条小学校を歴史民俗資料館、それから図書館という施設に改修いたします。1つは、四条小学校の歴史民俗資料館というのが東部の歴史史跡をめぐる、活用する、利活用する拠点になるかなというふうには考えておりまして、これを中心に、どういうふうにネットワークをつないで、にぎわいを創造する、他市から市民を呼び込む、もしくは大東市内から市民を集めるというふうなことの方法については、どういうふうにすべきかということについて、今後関係部と考えていきたい、研究をしていきたいというふうには考えております。
 以上です。
○豊芦 委員長 
 三ツ川委員。
◆三ツ川 委員 
 だから、やっぱり龍間の町内にしても、限界集落になってきている。そして、一方で、遊休、休田、耕作田が全くできない、若者がおらないというようなこともある、だからそういう点、庁内の方でいてはるグループがプロジェクトを組んでもろて、もっと大東市の企業、そういうところにも協力を求めて、みんな市民にもこういうことで協力してほしいということで、今は税の寄附制度という制度もありますから、この間、僕は市川市、千葉まで行ったんですけども、寄附制度ということで、こういう事業に対して税金の一部をそこへ入れてもらうと、控除してもらうという制度が、今やもうあっちこっちでできているんですよ。そういう新しい発想、それから昨日も僕は市長ともいろいろ話したけども、NPOやとか、そういうこと、ただボランティアで、ただやっとったらそんでええねんと、好きな者がやってんねんと、そういう認識やねん。これからの新しい公共ということに対して、部長、どうですか。これからどうあるべきなのか、そこらのとこ。
○豊芦 委員長 
 上床政策推進部長。
◎上床 政策推進部長 
 地方分権といいますか、地域主権の時代に入ってるということで、国の方でも、新しい公共という考え方を打ち出されておられます。大東市の方としても、行政が1から10までするということについては、財源的にも、人的にも無理なこと、状況になっておりますので、今後は、民生、市民、それから各種団体の方をサポートする、そちらの方が主体になるような形で、全体として大東市のまちをよくしていくと、レベルアップしていくというふうな活動の方向性になるんではないかなと思いますので、そういう方向で今後各種団体、それから市民と協力してまいりたいというふうに考えております。
○豊芦 委員長 
 三ツ川委員。
◆三ツ川 委員 
 今、述べていただいたんですけども、ともかくみんな一生懸命熱心に、論議聞かせてもらってると、大東のまちを何とか全国レベルに、そしてここに新しい活性化、そういうものをつくっていこうということが、もうほとんど。だけども、それが点で話があるだけで、結ばれたトータルとしてのまちづくりのところまだ行き着いてない。それはあくまで行政側が、我々のこういう声をもうちょっと集約してまとめてもらわんなら、何ぼやっても、こんなんあかんと思うんですよ。だから、せっかく委員長、しっかりこの1年頑張ってもうた、これからも、次の任期ででも、特別委員会をつくってもらってと思いますけども、それを行政側が受けとめて、前向きに、我々も一緒に勉強会やろうかというように、ぜひやってもらわんなら、何ぼ同じ、こんな昔の資料出してもろたって、我々、はっきり言わせてもうて、昔の資料出してもうてるだけのことです。それで終わってしまうのでね、今度は新しく、どう観光のまちにしていくか、そして山の環境を守りながら、あれを動線をどうつないでいくのか、大東の杜構想かもう一歩、どう発展さすのかと、そういう方向で今度から論議してもらいたいと思います。要望にしておきます。
○豊芦 委員長 
 今、三ツ川委員の方からいろいろとご発言がありました。7月21日の今後の進め方のところでも、それぞれの政策推進部の中からも、点から線、線から面へつなげていくという発想が今まで実はなかったんですと、それこそ正直におっしゃっていただいております。今日も出された堂山であったり、その他たくさんの文化財や史跡が大東市には歴史がたくさんあります。そういうものをどう生かしていくのかと、一体的な整備をしていくという考え方をこれから取り入れていくんやということで、政策推進部もおっしゃってますし、街づくり部も、方向性が明確になっていないというか、そういう中で計画策定が必要やとか、計画が策定されたらということで、少し消極的なまちづくり部の方の、事業が決まれば、私たちはその事業をやっていくんだというような発言だったと思います。教育がやっぱりこういう関係は、いろいろ委員の方から出てるようなこともまとめ上げていかないと、そういう私たちこの特別委員会の方で歴史を生かしたまちづくりトータルプランの策定ということで、中間提言も出させていただいたわけですけれども、それをつくるのは、中心になるのは教育だというような、そういうご発言もそれぞれありましたけれども、先ほど資料の方で提示させていただいた、国の文化庁の動きとか、そういうところでは、大東でやったら、この3部の方が横に、連携にしっかりとなっていただくということから、三ツ川委員のおっしゃってるようなまちづくり提案を点と線につなぐだけじゃなくて、トータルプランということで、この私たちの特別委員会が出している中間提言のようなことをやっていけるんではないかと。次年度、今日はもう21年度最後の特別委員会になるわけですけれども、まだほかに委員の方、発言がありましたら、していただくということと、それと7月21日に今後の方向性というところで、3つの確認というか、1枚A4があるわけですけども、今日のこの特別委員会の場でも、1つは歴史や文化、伝統の資源的価値を発掘して、大東市のレベルアップ、知名度を上げていくと、2つ目に歴史と文化のトータルプラン、プロジェクトを発足させていただきたいというところで、そういう全体構想というのが次のときに進んでいくんではないかなと。飯盛山もそうですけれども、四條畷と一緒に、連帯してますので、四條畷市など、関係市との共同連携についてということで、この3つを特別委員会としての方向性を出させていただいております。次年度は、さらに突っ込んで、私たち、それぞれ委員がまず調査研究をやりながら、各部の方での専門性を発揮していただいて、大東の歴史と文化を生かしたまちづくりということがつくっていけるという、そういう方向のところまでは、今のところ来たんではないかなと思いますが、ほかの委員の皆さん、ご発言ありましたら。
               (「なし」と呼ぶ者あり)
○豊芦 委員長 
 じゃあ、そういうことで、次年度に引き継いでいただきたいということでご確認、よろしくお願いいたします。
 最後に、その他といたしまして、何か発言はございませんか。
 大束副委員長。
○大束 副委員長 
 1年間、私も副委員長として豊芦委員長のもと、いろいろ教えていただきながら、この1年間、各委員の皆さんと頑張ってまいりました。堂山古墳の整備、また新田会所の件などいろいろありましたけども、本当に大東市として、これから歴史と文化というのがしっかりとまちづくりに生かされるように、それぞれ原部原課の壁を超えてそういったプロジェクトを発足させていくのが、もとは平野屋新田会所が初めでありましたけども、そういったことが決着点になるんじゃないかなと思っております。
 その平野屋新田会所、出発点の会所なんですが、今どういう状況になってるのか、1つ教えていただきたいと思います。
○豊芦 委員長 
 亀岡生涯学習部長。
◎亀岡 生涯学習部長 
 1月のこの特別委員会で前部長が一定の経過報告をさせていただいてます。その中で若干重複部分もございますけども、昨年12月に協定書を相手方と入れました、業者側とですね。それから12月28日、年末でございますが、この時点で開発許可がおりたということのご報告をさせていただいております。
 そのような中で、今現在、開発許可がおりた中で、いわゆる業者との調整に入ってるわけですけども、1つには、大きく分けまして、いわゆる保存方法、調査をするか、あるいは保存層をつくって、土の中でそのまま保存すると、この大きな2つがあるのかなと。当然、このあたりを業者と調整して、費用等の問題もございますので、そういった保存層を設けていく方法が一番いいのか、あるいは調査をしながらという、あるいはもう1つは、保存層もつくりながら、一部調査をやるという、そういったやり方もあろうかと思います。あとは、そこの調整を、実は23日、金曜日に業者の方に出向いて、そこらの詰めをする。
 あと、いわゆる市の一部保存区域の買い取りにつきましても、一定、鑑定を入れて、いつごろかということにつきましても、前回ご報告の中では、一定、そういった開発の整備、今申し上げた保存層をつくっていくのか、あるいは調査をしながらいくのか、このあたりが見えてきた段階で、いつごろに鑑定を入れて、そういった売買というか、一部、道路部分の交換もございますけども、そこらの時期的な調整も、工事といいますか、そちらの進捗と合わせて調整をしていくという段階でございます。
○豊芦 委員長 
 大束副委員長。
○大束 副委員長 
 その報告が発表されるのは次年度の委員会になるのかなというふうに思いますけども、新たな動きがあれば、報告をぜひともしていただきたいと思いますし、やはりスピードが大事だというふうに思いますので、その辺だけ要望をしておきたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。
○豊芦 委員長 
 その他で、ほかに発言はございませんか。
               (「なし」と呼ぶ者あり)
○豊芦 委員長 
 本日の特別委員会に、部長が新しく生涯学習部、街づくり部がかわられております。それぞれ、部長、ご発言ございませんか。今日の初めての歴史の特別委員会に出席されて、感想もありましたら、最後に発言していただけたら。
 亀岡生涯学習部長。
◎亀岡 生涯学習部長 
 こういう機会を設けていただきまして、ありがとうございます。
 私も、4月から教育委員会ということで、既に幾日か過ぎましたですけども、正直この特別委員会が開催されるということで、慌てて、過去の経過も、部長からの引き継ぎもございましたけども、ただ、前部長が申し上げたとおり、我々教育委員会としては、この歴史文化というのは、大事にしていかないけない。今日も出てましたですけども、今回も、5カ年計画というのを1月に出させていただいてますけど、これもまだどちらかといえば、線にはなってないのかな、まだ点のレベルかなというようなことも思っております。ですから、ここでの一番課題である、まちづくりでどない結びつけていくかということにつきまして、これはかなり大きな事業といいますか、構想といいますか、1年や2年でできるものではないと思っております。したがいまして、一定、そういった総合計画も近々出ますので、そういう中で、こういった関係部集まって、何か市でそういった方向を向いて立ち上げられるような方向で、この特別委員会の目的を達成に向けて、今後頑張っていきたいというように考えております。
 以上でございます。今後ともよろしくお願いします。
○豊芦 委員長 
 澤田街づくり部長。
◎澤田 街づくり部長 
 街づくり部長を拝命しました澤田でございます。先ほど、委員皆様方からお話ございますように、点から線へという、これが一番大事かなというふうに痛感しております。
 現在、街づくり部の方ではハイキング道の管理等をやっておりますが、このハイキング道の連携をとりながら、また大東市だけではなくて、隣接の四條畷市、東大阪市地域にも、山間部のハイキング道を一体化することによって、大東市のまちづくりに貢献するんではないかなというふうに考えております。
 委員長から先ほどお話がございましたように、計画されたらというようなお話が一部ございましたですけども、街づくり部としては、決してそういうふうには思っておりません。また、今現在でも計画はできてなかっても、例えば一部先行というんでしょうか、ご意見ございました、カラー舗装をやったり、案内板を設置したり、関連事業につきましては、できるところはやっていってるというつもりでございますので、その計画をできず、待たずにやれるところは調整していきたい、やっていきたいというふうに考えております。
 いずれにしましても、関係3部、連携をとりながら、今後のまちづくりを進めていきたいと思っておりますので、皆様方、よろしくお願いいたします。
○豊芦 委員長 
 政策推進部長の方はよろしいですか。
 上床政策推進部長。
◎上床 政策推進部長 
 結構でございます。
○豊芦 委員長 
 じゃあ、引き続き、皆さん、よろしくお願いしたいと思います。
 これをもって議事を終了いたします。
 委員ならびに理事者の皆様、長時間にわたり、ありがとうございました。ご苦労さまでした。
 以上で本特別委員会を閉会いたします。
             ( 午前11時28分 閉会 )
……………………………………………………………………………………………………………



大東市議会委員会条例第22条の規定により会議のてん末を記載し、署名する。

            歴史文化的史跡の保存と整備に関する特別委員会委員長