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大阪府 池田市

平成14年  7月 教育大学跡地問題調査特別委員会 07月17日−01号




平成14年  7月 教育大学跡地問題調査特別委員会 − 07月17日−01号 − P.0 「(名簿)」







平成14年  7月 教育大学跡地問題調査特別委員会



              (午前10時02分開会)



○委員長(木下克重) 皆さん、おはようございます。早朝より大変ご苦労さまでございます。

 ただいまから教育大学跡地問題調査特別委員会を開会いたしたいと思います。

 初めての委員会でございますので、一言皆様方にごあいさつを申し上げたいと思います。

 先の5月の臨時議会におきまして、昨年に引き続きまして当委員会の委員長を拝命いたしました木下でございます。私自身も同じ地域で子どものころ教育大の跡地でよく遊んだものでございまして、私にとっても非常に思い出に残る土地でございまして、昨年この委員会が発足した当時はあの痛ましい事件はありませんでしてですね、それから数週間後にあのような事件があって、昨年の1年間大変なことがあって、東京に行ったりすったもんだをしながら何とか1年間を過ごさしていただいたということでございまして、今現在、後ほど説明もございますけれども、仮校舎がございまして、それがいつごろ移転するかというのも、2、3年とか4年か5年か、ひょっとしたら10年ぐらいまで移転できないのかというふうな、まだ不透明な部分もありますので、先の遠い話でございますけれども、とにかく私自身、この委員会の設置目的はあの土地、1万坪少々を何とか池田市のため、市民のために有効跡地利用ができるような方策を理事者の皆様方と、そしてまた委員の皆様方と意見を出しながら、ある一定の方向性を見い出しながら、私たちの方向性を実現できるような形でこの委員会運営をいたしたいと考えておりますので、1年間一生懸命務めさせていただきますので、皆様方のご協力をお願い申し上げまして、ご挨拶にかえさせていただきます。

 それでは、副委員長の方からご挨拶をいただきます。



◆垣田千恵子副委員長 副委員長の垣田でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

 委員長がもう大体経過を申し上げましたので、私も思いますに、この教育大の跡地というのは池田市のもう本当に中心部、へその部分で広大な土地、この活用がやっぱり池田の今後のまちづくりに大きく影響する重要なポイントだというふうに認識しています。皆さんと一緒に、まだちょっと先の話になる、しかし夢を語りながら、どういうふうにしたらいいかということも大いに模索しながら委員会を進めたい。木下委員長を支えて全力で頑張ってまいりたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。



○委員長(木下克重) それでは、委員さんの紹介を。何人か入れ替わった委員さんがおられますので、自己紹介してもらうのはご苦労でございますので、私の方から紹介させていただきたいと思います。

               (委員紹介)



○委員長(木下克重) それでは、理事者の方のきょう出席していただいた方をご紹介願いたいと思います。

               (理事者紹介)



○委員長(木下克重) それでは、きょうの進め方でございますけども、昨年から若干委員さんが入れ替わっておりますので、今までの経過をかいつまんでご説明していただいて、今、この跡地がどういう状況にあるのかと。今後の見通しについても説明していただいた後に皆さん方と自由に討議していきたいなというふうに思いますけども、それでいかがでしょうか。

             (「異議なし」の声あり)



○委員長(木下克重) それでは島田部長、今までの経過説明等々ですね、今までの現状をご説明願いたいと思います。



◎政策推進部長(島田勝則) それでは、教育大学跡地の経過、それから現状につきまして、お手元にお配りさせていただきました資料に基づきまして説明をいたします。

 まず、資料1ページの1、池田分校の経緯でございますけれども、国立大阪教育大学池田分校は明治41年に現在の池田市立池田中学校敷地に設置された大阪府池田師範学校を起源としております。

 昭和の初期には、大阪府の方で池田師範学校の廃校、統合という動きがあったわけでございますが、当時の池田町が廃校を阻止するため現在の市民病院敷地を含む池田分校跡地の用地を買収するといった形で移転を阻止したところでございます。その結果、昭和17年に池田師範学校が現在の敷地に移転いたしました。その後、池田師範学校が国に移管され、名称を「大阪学芸大学」、「大阪教育大学」と変更しております。

 昭和60年には、教育大学が池田、平野、天王寺に分かれている校地を統合移転とするという方針を決定いたしました。

 その方針に基づきまして、平成3年には池田分校の学生が柏原の新校舎に移転し、池田分校は平成4年3月末に廃校となり現在に至っているところでございます。

 次に、2の跡地利用の検討経緯について説明いたします。

 昭和60年に統合移転の方針が示されて以来、府と市で協議を進め、大学誘致の可能性等を中心に検討してまいりました。平成元年6月には市議会に教育大学跡地利用調査特別委員会が設置されました。

 平成2年に府から府立芸術大学構想が浮上いたしまして、その後、具体的な検討が進められてきたところでございます。

 一方、平成6年3月には跡地の北西部、資料の3ページに図面を用意させていただいておりますが、この土地を市民病院の建設用地として市が取得したところでございます。府では、府立芸術大学構想の具体的検討を進めてまいりましたが、平成7年12月、厳しい財政状況に対応いたしまして大阪府行政改革大綱素案を公表いたしました。その中で府立芸術系大学構想は11年度まで凍結という方針が示されたところでございます。

 その後、平成10年4月には府は財政再建プログラム素案を公表いたしましたが、この中では芸術系大学は13年度まで凍結を継続するという方針が示されております。

 その後、平成13年2月、府は「平成12年度主要プロジェクト評価の結果について」と題する文書を公表いたしました。芸術系大学については「構想・計画を廃止する事業」に位置づけられております。

 その理由といたしましては、基本構想策定以来、少子化が一層進展するとともに、既存芸術系大学や民間人材育成機関で本構想と同趣旨の取り組みが行われてきていることから、新規に府が大学を設置する必要性は乏しいとしているところでございます。

 また、大阪府は平成13年8月に国及び本市に対し、「芸術系大学構想」を断念する旨を正式に表明しております。

 一方、昨年の9月8日には、教育大学池田小学校において児童等殺傷事件が発生いたしました。事件現場となった校舎での速やかな授業の再開は困難であるとの学校側の判断により、教育大跡地に仮設校舎が建設され、8月には授業が再開したところでございます。

 その過程で本市といたしましても、平成13年6月26日に、市長、議長の連名で教育大跡地に附属小学校校舎を移転すべきこと、事件現場となった附属小校舎は祈念公園や小児医療機関等として整備すること等を内容とする提言を官房長官、文部科学大臣等、政府関係者に示したところでございます。

 また、平成14年3月には、この提言にも沿った形で教育大跡地の北東部、市立池田病院に隣接する6,607.88平方メートルの土地を本市土地開発公社が公共施設用地として購入したところでございます。

 以上が跡地利用の検討経緯でございます。

 次に、3の跡地の活用実績についてございますが、2ページに五つほど書かせていただいております。

 マウンテンバイク大会、それから新病院建設のための現場事務所、それから代替緊急避難地、それから消防ポンプ操法訓練所として借用としているところでございます。

 また、仮設校舎につきましても一時的な無償貸付として取り扱われているものと承知しております。

 この使用期限でございますが、平成14年3月に校舎改築等検討委員会、これは大学内に設置された機関でございますが、今後の校舎をどうすべきかという検討委員会におきまして、今後2年から3年の後に新しい校舎に移転するというようなことが示されておりまして、早い時期で平成16年4月、遅くとも17年4月に新しい校舎に移転するというような意向が示されております。

 この後、電話等で大学の関係者に照会いたしましたところ、16年4月に早ければということで、今年度中にも現在の本校舎、今、授業を利用していない校舎でございますが、一部取り壊しの工事にかかるというような意向を示しておりますが、事件現場を覚えている児童を現場となった校舎に戻すことについてどうかというような意見も依然としてありまして、今後の予定については依然として不透明だというようなことを伺っております。

 その次に資料2ページ4番、跡地の概況でございますけれども、面積は3万 6,880 .69平方メートルでございます。所有者は国。具体的には文部科学省国立学校財務センターでございます。その位置づけは、国立学校特別会計に属する特定学校財産でございます。現在の管理者は、大阪府教育大学経理部主計課となっております。法的規制については記載のとおりでございます。

 以上、簡単でございますが、跡地の概況と経緯についてご説明させていただきました。



○委員長(木下克重) ありがとうございました。

 説明は終わりました。

 それでは、皆さん方にざっくばらんに疑問点等々ですね、そしてまた自分たちは先ほども副委員長も言いましたけども、これはもう池田の中心部ですね。私は池田の宝であるというふうに思っておりますので、その辺の利用計画等々、大分先の気の遠くなるような話かもわかりませんけども、その辺も含めてざっくばらんに皆さん方のご意見を聞かせていただいて、理事者の皆さん方とともに意見を交換しながら、ある一定の方向を見い出していこうかなというように思っておりますので、よろしくお願いしたいと思います。ざっくばらんに何でも聞いてください。



◆中西勝也委員 さっきのお話の中でですね、本市における教育大学の跡地の問題の中で、市の中心 176号線に位置し、池田駅からも近く、また多くの施設を有する中でも特にへその部分というところでですね、今後この土地を本市にとってプラスになるような有効活用をしていくためにこの委員会が設置されているというふうに思うんですが、その中で教育大学の事件がありまして、今現在こういう形で進んでいるという経緯を報告をいただいたんですが、当初、この土地を国立学校財務センターの方が売却の意向を持っておるというところで、私たちも情報を引き出し進めておるんですけれども、どうしてもやはりこの場所というのはまちの中心であると。縦軸、横軸の中心にも位置しているというところでですね、何とか人口増であるとか、病院があるんですけども商業の核になるような形、または公共施設の核になるようなものというふうな形で私たちも望んでいるんですが、当然この教育大学の問題がない状況がもし想定されるならば、財務センターはどのような動きをとろうとして市に働きかけてこられたのかといったところ等ございましたら、少し意見を聞かせていただきたいと思います。



◎政策推進部長(島田勝則) 中西勝也委員さんのご質問にお答えすると同時に、先ほどの説明について若干補足させていただきますと、先ほど申しましたとおり仮設校舎の利用というのもあくまで一時的利用ということで、土地の所有者たる国立学校財務センターといたしましては速やかに売却なり処分をしたいという意向は依然としてお持ちです。それにつきまして国立学校財務センターといたしましては、今年度中に開発業者あるいは地元自治体を含めました協力者会議といったものを立ち上げたいというような意向を示されております。その一方で先ほど申し上げたとおり、仮設校舎の利用期間が2年から3年といっても、その後、どうなるかわからないといったような状況でございますが、同時並行で処分の方策を模索しているという事態は依然として変わらないといったところでございます。



◆中西勝也委員 今、協力者会議等の機関を設置して、その跡地について財務センターの方はるる計画をしたいと。それと同時に、今、この教育大学の分校跡地で学んでいる子どもたちのケア等も並行していきたいということで、どうしても外から見てますと、教育大の子どもたち、小学生たちが早く新校舎の中で生きいきと学校教育をしていってほしいというところに主眼がいきがちなんですけれども、これが移転して、もとの学校に戻ったときにですね、すぐ売却等の話が進んでいくであろうというふうなことが伺われます。

 この協力者会議には、本市から、市長からの要望であるとか議会からの提案であるとか、またその会議に参加、参画できるようなことができるのか。また、この委員会で、その際にはどのような方向に努めてほしいのかといったところを研究していかないといけないのかなというふうに思うんですが、その辺はいかがですか。



◎政策推進部長(島田勝則) 先ほど申し上げた協力者会議につきましては、現在、枠組みだけが決まっておりまして、まだ開催をしていないという状況でございます。ただ、その枠組みの中で民間ディベロッパー等の開発業者、あるいは特定目的会社SPCあるいはPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアチブ)の実績があるディベロッパー等の実務経験者、それから都市基盤整備公団等の開発に関する公的団体の実務経験者のほか、必要に応じてその他の関係者ということで、地元自治体についてもこれは開発主体とは現在なることは想定されておりませんけれども、地元の要望として用途規制がこうなっているというだけではなくて、過去の経緯等も含めてこういった施設が望ましいというようなことを意見として申し上げられる立場を確保したいと常々申し上げておりまして、その方向で取り計らわれるものと理解しております。



◆中西勝也委員 この残地といいますか、この土地はですね、およそ50億円ぐらいは確実に下の土地を売買するのにはかかってくるのかなというふうに試算は自分なりにしてるんですけれども、そうなりますと切り売りもやむなしとか、そういうふうな形で推移する可能性もあるのかなと。そういう部分もできたらこの一団の土地ですので、行政側、私たち議会側もですね、何とか有効に本当に活用してもらって、市税の収入であるとか人口増であるとか、また施設の有効活用等ができるような形でいかないといけないと思いますので、特にそういった協議会等が設置されたときにですね、しっかり物を言っていけるような体制をとっていきたいというふうには思っております。



◎政策推進部長(島田勝則) 若干、答弁としては差し出がましいかもしれませんけれども、今、中西勝也委員さんのご意見、それから今後この委員会で議論されるいろんな意見というものを、まさに市民の声として協力者会議の場で申し上げられればよろしいかというふうに思っております。



◆丸岡義夫委員 3点お尋ねします。

 1点目は、先般、土地開発公社の方で取得しました市立池田病院の北東部に当たります面積 6,600平米のこの土地につきまして、私ども共産党は、必要な分だけ買って、またあの土地の価格もだんだん下がってきておるし、また財政難でもあるというようなことで反対してきたわけですが、その後、この土地購入のその利用計画について。



○委員長(木下克重) 丸岡委員さん、すんませんけどね、昨年の委員会のときにこの土地開発公社で取得したこの6,607.88平米に関しては、この教育大学跡地の特別委員会から切り離してもらうということを皆さん方で申し合わせしてですね、これはまたほかの文教病院委員会とか総務委員会で議論すべきであって、この土地はもう切り離すということは皆さん方とこの委員会では確認をしたんですけども。



◆丸岡義夫委員 また、そういった委員会でお尋ねしていきたいと思います。計画など進められていることと思いますが、よりよい方向でお願いします。

 それから、この附属小学校の仮設校舎、池田市としてはぜひあそこに本校舎を建設してほしいというような要望も国にも出してきたわけですが、残念ながら移転するということで、もとの附属小学校増改築されてやるということなんですが、はじめお聞きしたところでは、2年後には移転するというようなことを聞いておったわけですが、委員長の挨拶では10年後になるかもわからんというようなことも申されたので、そこからちょっとはっきりどの程度、附属小学校のそういう計画が進められているのかということを再度お尋ねしたいと思います。

 それから、その後の問題としてですね、南側の跡地3万 6,880平米なんですが、できたらこれ無償貸与していただいてですね、池田市民のために公園なり、また活用を考えていけないものかと。国の方針ではこれは売却処分するというような報告もあったわけですが、その場合でも公的な施設、例えば公園とかあるいは特別養護老人ホームとか、幸い市民病院の近くですので、お隣ですので、老健施設なんかですね、池田市がそれができないという状況であれば民間へ売却された場合でも、そういう方向で池田市としても努力するべきではないかというように思うわけですが、以上、答弁願います。



◎政策推進部長(島田勝則) 仮設校舎の移転の時期についてのご説明にまずお答えいたしますが、先ほど申し上げたとおり、3月に大学の中に設けられました校舎改築検討委員会というものの中で、どのような校舎を今後つくるべきかという議論がされて、一定の結論が出たところでございます。その際に、校舎への移転の時期については2、3年後というふうに表明されたところでございまして、早ければ16年4月、16年新年度から、それから17年の年度始めからという意向が示されたわけでございますが、17年4月になりましても、例えば事件のときに1年生だった児童がまだ卒業していない。まだ小学生でいるというような事情がありますので、今後どのような意見が出てくるかわからないので不透明だというようなことを学校の関係者から伝え聞いているところでございます。ただ、公式に出ている方針としては、14年3月から2から3年後といったところでございます。

 それから、残地の利用のあり方についてのご質問でございますけれども、まずその無償貸与につきましては、先ほど活用実績ということでいくつか例を挙げて示させていただいておりますけれども、この無償貸与につきましても非常に条件が厳しゅうございまして、特に既得権化しないということを所有者たる財務センターの方は非常に意識しておりますので、例えば恒久的に公園として使用するというような場合に無償貸付してもらえるというのは極めて難しい話だと思います。

 それから、民間業者にしてもある程度、公的なものをというような意向について、おおむね皆さんの理解を得られるようなご意見ではないかと思いますので、拝聴しておきたいというふうに思います。



◆丸岡義夫委員 民間の方もそういう方向で考えると、これは市の方からも国の方に対してそういった要請なり要望をされておるということになりますか。



◎政策推進部長(島田勝則) 先ほど申し上げましたとおり、その協力者会議の中で申し上げることになろうかと思います。非公式には財務センターの関係者と会う際には、「ある程度、公的なもの」をという要望が市民感情としてはありますよ、というようなことを申し伝えているところでございます。



○委員長(木下克重) ほかの委員さん、一言ずつぐらいしゃべっていただきたいと思います。



◆辻隆児委員 現状認識、1点だけお聞きしたいと思います。

 一つは6月の8日の事件以降、精力的に市長と議会も含めて国に積極的な提言をやりましたわね。今おっしゃっていた、その祈念公園に、緑丘のあの用地を祈念公園と心のケアを中心とした小児科医療センター的なそういうことにしていって、そして現在の教育大学跡地を本校舎にしていくという提言だったんですが、祈念公園ということの解釈ですけれども、市長がその時におっしゃってましたポケット公園的な、ポケットパーク的な一角でもあれば、そこにモニュメントを置いてということもありましたし、その構想はまだ生きているのかどうか。

 あるいは心のケア、もう一つは現在のキャンパスを置いている教育大学跡地にそういう祈念公園的なそういう構想も生きているのかどうか。

 あるいは先ほどの説明の中で病院の増床に対して、現在、少子化の中で小児科病棟が非常に不足している部分も含めて、この前の惨事の中で大変困難であった小児科や救急医療、そういうものとしていくということがありましたので、そのことについても緑丘の用地の中にそういう要素をつくるのかどうかいうことについて、生きているのかどうかということをひとつ現状認識してお聞きをしておきたいと思います。



◎政策推進部長(島田勝則) 辻委員さんのご質問にお答え申し上げますが、提言につきましては、一つのモデルとして示したものでございますけれども、提言の前提というのは現在の仮設校舎に本校舎がそのまま移転するべきではないかという議論のスタートがありまして、したがって、緑丘の方が丸々、要は余るということで、小児医療機関であるとか祈念公園にしてはどうかというような提言をしたわけでございまして、現在、仮設校舎でございまして本校舎の移転ではありませんので、その前提が崩れているという状況でございます。

 ただ、その祈念公園につきましては、一方で一般市民の方々が花を手向けられるようなスペースが必要ではないかということもその一つの意図するところでございましたけれども、これについては先ほど申し上げました校舎改築検討委員会の中でも、新しい校舎にはそういったスペースを設けることが適当ではないかというような結論が示されておりますので、具体的にどのような形になるかというのは今後の話でございますけれども、我々の提言がある程度尊重されたものというふうに認識しております。



◆辻隆児委員 当時を思い出してますと、大変な混乱状態の中で小泉内閣発足当時で90%近い支持率がありまして、飛ぶ鳥を落とす勢いで、あるいはこの提言も実現するんではないかというふうなことやらありまして、しかし市長も一面冷静でありまして、大きなおせっかいというふうに門前払いを受けるかもしれないというふうな慎重な姿勢ももう1点で持っておられて、ここでその雰囲気が思い出せるんですけども、私がちょっと若干ね、いぶかっていたんですが、当時の6月の13日に議会開会だったと思うんですけども、その大体8日から1週間に私も見まして、市長も一定、「反省もしております」ということもありましたけども、そういうこと全体に対して、今、1年ちょうどたってきましたので、一定の初動的活動に対して総括があるのかどうか、ちょっとお聞きしておきたいと思います。



◎市長(倉田薫) 事件が起こったのは6月8日金曜日でございます。おっしゃるとおり、たしか6月13日から6月定例議会。そこへ余りにも過敏に反応し過ぎて、例えば予備費充当なんかで学校の安全対策、そういうことについてはこれは余りそういった意味で過敏に反応し過ぎることは、将来、悔いを残してはいけないという思いで市民安全基金の設定というところに6月議会を落ち着けさせていただきました。このことは正解であったと思っております。

 それから、一方でこの委員会を設置されたとこでありましたんで、委員会の皆さん方にもご相談を申し上げながら、池田市並びに池田市議会として一定の提言をさせていただきました。これは、今、辻委員さんもおっしゃったとおり、要らんおせっかいだと。大きなおせっかい。小さな親切、大きな迷惑になるかもわからないけれども、やっぱり地元市としては、振り子の振り切ったところぐらいの提言はしておくべきではないかということで、おかげさまで議会のご理解を得て、議長、委員長とともに上京させていただいて提言をいたしました。これも結果として私は正解であったと思っております。

 今の実情は先ほど島田部長が答弁したとおりでありますが、学校の建て替えについて、残念ながら全面移転ということにはなりませんでしたが、建て替えについてやはりメモリアルパーク的なもの、一般大衆、市民が気軽に手を合わせにいける、花を手向けにいける祈念碑的なものが必要だと、こういう見解をお示しになっているように伺っております。

 きのう新しい学長がお見えいただいたんですが、学長に伺いますと、次の建て替え計画の中に先ほどおっしゃった心のケアセンター的なものを置きたい。それは単にその附属の子どもたち、今回傷ついた子どもたちだけではなくて、日本全国で心に傷ついた子どもたちのためのいろんな指導的役割を果たすことのできるセンターをできればそこの新しい校舎の中に設置をしたいと、そういう考え方もお持ちのようでございますから、二つの問題についてある程度、我々の提言というのが生かされてきているのかなとこのように思っております。



◆辻隆児委員 その総括については私は若干見解を異にしているということだけ申し上げておきたいと思います。最初に現状認識、もう一つ聞きたかったんですけども、委員長にね、聞きたかった、丸岡さんのおっしゃっていることと同じ形で。これは1万 2,000坪、教育大跡地を検討するんだと。もう購入した、既にね、開発公社のこの土地はもう検討の対象にならないという、そういう筋はよくわかるんですけど、これからは私ども、提言というか夢を語れという久し振りの提案でございますので、悪のりして言います中に、この開発公社のところも連動してますし、若干オーバーランするかもわかりませんけど、了解していただきたいと思うんです。

 やっぱり1万 2,000坪という非常に広大な土地で、これ府立高校を持ってきてもちょっと余るぐらいのところがありますけども、私は池田中学、前からちょっと構想ということも、それこそ夢の端ぐらいのところにあったんですけども、池田中学をあそこに移転すると。池田中が現在の用地の中に、やがて池田小学校と五月丘小学校は 700人を切るであろう。非常に適正な 600人という規模になって、池田小学校から 270メートル、池中へ。それから池中から五月丘 440メートル、大体 800メートルのちょうど中間のところにあるんですね。今、池田中学の校舎がものすごい荒れて雨漏りもひどいわけですが、もう少しあれ改修して、いずれは1年でも2年でも改修せんならんことはせんならんのですけども、あれの池田中学の南側の運動場のところに校舎を置いて、北側に影を運動場に落としていくという、そういう全面的な建て替えも、現在の校舎のところを切ってしまって、土を切ってしまって運動場に広げるという形にすれば、理想的なすばらしい小学校が合併でできると。それの打ち返しで池田中学をあそこへ移転するということで、さらに社会教育施設やら老人施設もまだ三千坪から四千坪もありますので、そういう構想を温めていくべきではないかなと思うんですけども。ずっと校舎をどこに置いたらいいか、運動場と病院との関係で騒音とかいうことも考えましたけども、やっぱり病院とちょうどつらの南側へ校舎を置いて、その運動場を東側の方へ置けば、病院への騒音も、あるいは土地開発公社へ教育センターを置くとすれば、あるいは総合福祉センターを置くとすれば、非常に教育と福祉とそれから社会教育ということが非常にうまくかみ合っていけるんではないかと思います。

 しかし、これは財政的には成り立つと思うんですね。池田小学校用地とあるいは五月丘小学校用地を売却してそれに充てるわけですから、それはローリングでいけると思うんですけども、やっぱり国の施策は今ちょっとあれなんですけども、亀井静香さんが言うてる、「都市と地方の大改革」ということで公共事業を、ダムから、港湾から切りかえていくと。それこそ堺屋太一、森内閣時代の「歩いて通える高齢者施設と幼児教育施設」ということからいって、本当は大体30億円ぐらいの金を、合併すれば、統合すれば30億円ぐらいの校舎を国が全面補助するということにおいて、公共事業をもう一回都市へ投入していくという構想があれば、非常にうまくそれに乗っていけて整合性を持っていける、そういう構想があると思うんですね。

 現在、昭和30年代に非常に都市が拡張しまして、建てた校舎が非常に劣悪で全面的に建て替えないかん。2万 4,600の小学校のうちの1万近くが建て替えないかん。それが7兆円ぐらいかかるいうことで大規模な、非常に小規模の公共事業、しかも都市の再生、あいた学校の用地へ高齢者施設、福祉施設を置いていくと。

 もう一つの方法は、社会教育と福祉に転用をしていくというようなことがあれば非常に池田は教育と福祉とそれから社会教育と学校教育、そういう非常に整合性のとれたいいまちになるんではないかと思いますので、せっかくの機会がありますので、委員長の要請もありましたので、夢の一端を語らせていただきました。



○委員長(木下克重) それについて市長、何かございませんか。



◎市長(倉田薫) きょう特別委員会でありますんで、構想として非常におもしろいというふうに思っております。ただ一つ、やっぱり財政的な問題がありますから、今おっしゃったことでいきますと、五月丘小学校あるいは池田小学校の用地を売却するという前提で考えていってみますと、極めてリーズナブルな財政計算ができるのかなと思っております。したがって、できれば辻委員さん単独の提案ではなくて、せっかくいい団体をお持ちでございますから、例えば要求型ではなくてですね、池田市の教職員組合もそのことは了解をしてますよ。池田市の教育の将来を考えたときに、池小とこの五月の合併という時期が来るかもわからない。それならば池田中学校の用地というのは五月と池田小学校の中間点にあるんで、ここへ移転することについて、逆に教職員組合として提言する。そのかわり池田中学校をこっちに移設をして新しい中学校教育のモデルの拠点としてつくってはどうかと。そのようなご提言をいただけると、これはまさに提言を受けて新しい機能更新事業、教育の機能更新事業ということの構想づくりに取り組むことはできると、このように思っております。



◆辻隆児委員 せっかく理解いただきましたので、久しぶりに。

 ついでに申しますとね、朝から市町村合併の話があったわけです。今、北摂地域におきますと、やっぱり旧豊能郡でいいますとね、もう問題なく池田が中心になんですね。非常に奥が広いですから、ですから郡役所はここにあったということもありますし、池田小学校も含めてもう一つのあれとしては、市町村合併後の豊能市の庁舎の場所として池田小学校を含めて、この現在の役所、そういう考え方もまたできていくのであって、そのためにはそれと連動した形で今の教育大跡地の問題をどういうふうにしていくか。あるいは教育大跡地に豊能市の、北摂市の庁舎建設ということも考えられるんではないかと思いますので、非常にフレキシブルで考えていったらいいんじゃないかと思いますので、そういうふうに思っております。



◆塩山登委員 いま、辻委員が言うてるのは辻委員私案じゃないんですよね、これ。朋友会で幼稚園の統廃合問題を議論したときに、もうぶっちゃけて言いますと、酒井議員と辻議員が小学校区からの統廃論だったんですね。その中でいろいろ議論しとったときに、小学校を統廃合するんだったら、やっぱり五月と池田がまずやり玉に上がるべきではないかと。そうすると、いろんな議論の中で教育大学の跡地にすばらしい小学校をつくったらどうやと、こういう議論になったんですよね。それは小学校として余りにも遠過ぎると。だから、僕は今の池中を池小、五月丘小学校に建て替えて、新しい中学校を教育大学の跡地につくるべきだと、こういう議論を幼稚園問題の中でですね、こういう議論を朋友会としては皆真剣にやっとったんですね。それが今単なる辻委員の夢やとこう言うてますけど、辻委員の夢じゃないんですよね、これは。遠くからいくと金岡管理部長の時代から、彼と僕もよう話をしましたけども、そういう構想もあったことも事実なんです。だから、これは辻私案じゃなしに、いろんな議員の中でそういう議論があるというふうに市長としては認識していただいたらと、こう思います。

 それと、今、島田部長が言うてますように、跡地利用については民間というよりも公共性の高いものというようなことが言われてますね。そうすると、やっぱりこれは池田市が主導権を握って、その跡地利用をどうしていくんかという、そういう考え方に立って、多分いろんな政策の中で議論されていると思うんですけど、我々まだそういう議論までいってないですけども、政策会議の中では跡地利用の問題としてどういうような議論があるんか、できれば聞かしてほしいなと思うんですけどね。



◎政策推進部長(島田勝則) 塩山委員さんのご質問でございますけれども、正直申し上げて、具体的にこれこれこうすべきだというような議論はまだ始まっていないというような段階です。ただ、先ほども申し上げたとおり、全体的な意向といたしまして、そもそも教育大学のあった場所であるということ、それから病院に隣接する土地であるということ、それから駅からも十分歩いていける、それから国道にも接した非常に交通の便のいい土地であるということで、それからまとまった土地であるということで、民間事業者による開発であるにしても公共性の高いものを求めていくべきであろうというような意向を持っているところでございます。

 先ほど申し上げたとおり、協力者会議である程度、物を言っていくべきときには、きょうの委員会の議論も参考にしながら、市としての考えというものをもう少し具体化したいというふうに考えております。



◆塩山登委員 これね、来年また市会議員あるいは市長の選挙ですからね、市長としてもこれから多分立候補されるよう伺ってますが、跡地利用についてはどのような考えかね。この10年先の池田のあの跡地利用についてはいろいろ命運かかっているように思うんですけども、市長としての夢というか、それでは、市長は夢ではいかんと思うんでね、何か思いがありましたら言っていただきたい。



◎市長(倉田薫) 池田は非常に停滞をしてきていると。しかし改めて池田というまちを振り返ってみたら、先ほど辻委員さんおっしゃっように、豊能の中心地域として非常に栄えた歴史的な背景を持っているまちであります。それがゆえに、 22.11平方キロメートルでほぼ半分が調整区域。わずか11平方キロメートルの中に固定資産税をとれない土地がいかに多いか。税務署しかり、教育大学しかり、あるいは府立高校が四つもある。そういういろんなものを含めてきて、あるいはここに府民センター機能まであると。あるいは裁判所もある。そういう意味でいくと、全国で40万都市で税務署がないまちなんていうのは豊中なんですよね、逆に言うと。10万都市でこれだけいろんな意味の公共施設を集中して持っているというのは非常に特異なまちであるということ。この利点をどう生かしていくかということが一つと、さっきから土地利用の話なんですが、例えばその裁判所の官舎が空いている。それから、教育大学の学生が入っていた寮ですね、中央線の、あれも空いてままですね。それを本来、多分これは公共の用に供さないで民間に売却される土地になるであろうと。これでも課税しないでほったらかしなんですね。これ民間やったら税金がかかるから早う処分するんですね。だから、私はたまたま、今、仮設校舎で使っているからそうではないけれども、仮に府立芸術系大学の構想が撤退をした。池田市も仮にもう公共の用に供する気持ちはないと。そしたら民間売買しかないわけですから、仮にそういう方針が決まったら、その翌年ぐらいからは課税するべきだと、国の土地といえども。これは税務署に課税せいというてんのとちがうわけですから、これは公共の用に供してるわけですから。そういう思いでいかないから国の土地が回らないんちがうかなということも、今、税当局に、それはちょっと無茶でっせとは言われているんですが、検討さしているのが一つであります。

 もう一つは、園芸高校問題でございます。今、3万 6,000平米をどうするかという跡地問題を考えていただいているわけですが、万が一、園芸高校が動くとすれば11万平米、これは池田市の極めて中心部に空いてくることになります。ただ、これも相手のあることですから、そんなに軽々な物言いはできませんので、例えば来年の春の選挙を戦うとすれば、少なくとも4年間の展望をお示しをするわけですが、そういった意味のまちづくり、細河の地域のまちづくり、あるいは池田市で目立った土地という、西地区もそうですけれども、そういうものについてやっぱり一定の構想をお示しをして市民の信を問うということも必要なのかなと。

 もう一つは、朋友会提案だとおっしゃっていただければ非常にありがたいんですが、やっぱり議会がですね、一定の提言機能を持って、これはもちろん一議員さんとしての提言も尊いわけですが、それよりも一定のグループとして「我々はこう思うよ」と。あるいは先ほど言いましたように、職員組合が、あるいは教職員組合が今までから市の行政にかかわっている組合として、あるいは教育行政にかかわっている組合として将来の教育を展望したら、「やっぱり市長、こうやで」とこういう提言をいただきながらですね、ともに同じテーブルでそういう教育問題を語る。あるいはまちづくりを語る。

 せっかくテレビ放映の機会をこないだも設けましたけれども、もういよいよ「さあ、すぐしますよ」と言うてテレビでやるんじゃなくて、朝まで生テレビじゃありませんが、深夜帯は丸々空いているわけですからね、あのテレビ。だから時には、そういう論議を戦わす場をお見せをしながら広く市民の意見を問うていくというようなまちづくりをこれからさしていただくことが必要かなとこのように思っております。



◆瀬島康友委員 今、跡地利用の問題について山が上がってしまったような感じなんですが、確かにこの用地につきましては現在の市立病院のその敷地の約倍以上ということで1万 2,000坪ほどありますが、非常に用地としては魅力のある用地だと私思います。これ、当初ですね、私はこの跡地利用について大阪府の、そういう府立の芸術系大学、これをなんとしてもそこへ建ててほしいというような形の中の、そういう背景というものがあったわけです。この芸術系大学という、その大学という、そういう話が出てきた、これはやはり池田市は文教都市であるというような形の中で、そういう4年制の大学が一つもないというような形の中で、果たして文教都市と言えるのかというようなことも以前論議をされたことがあります。そのような中でこういう芸術系大学というような形で話が出てきた、このようにも記憶をしておるわけでございますけれども。そういうような中で、やはりこの委員会として、この跡地利用についてどういうふうな形でこれから取り組むのかというような形で、先ほどもですね、すばらしいいろんな構想もそれぞれお持ちのようでございますけれども、これはやはり委員会としてある程度、これは絞っていかないと、公園がいいという人もいるし、あるいは先ほどの中学校とかそういうものを移転するのもいいんではないかとか、いろんな構想が出されましたけども、やはりこれについてはですね、やはり私は根底には文教都市池田と、こういうような観点から考えていくべきではないかなとこのようにも思いますんで、この辺についてある程度、市としても跡地を利用するためにその用地を購入するということであれば、それなりのやはり考えもあってもしかりでないかなと。ある程度のそういう方向的なそういうものがお持ちではないかなとこのようにも思いますんで、それについてお考えをお聞かせいただきたいとこのように思います。



◎市長(倉田薫) これも特別委員会として、私は、今、瀬島委員さんがおっしゃられたとおり、委員会としての方向としては、せっかく教育大学の跡地ですから、やっぱり教育施設が望ましいと思うでと。それぐらいいわゆる意向確認をしていただくことについては全くやぶさかではないと思っております。ただし、それが大きな縛りにはならないと、残念ながら。というのは、その文教施設で最後は市が買い取る意思ありと言わせていただけるんなら、これはもうそれで委員会の意向に沿うことができるんですが、残念ながら、いかんせん、かい性がない。しかし、それは先ほど朋友会提言がありましたとおり、こういう回し方をすれば、大学ではないけども、文教施設をそこに張りつけながら池田市のまちづくりを考えられる一つの種地になっているやないかと。この考え方も私は一つでありますから、委員会としてはご遠慮なく、幅は若干持っていただきたいんですが、方向性をお示しいただくことが、我々のこれからの動きに対して方向性をお示しをいただくこととしてもいいと思っております。

 池田市としては、一昨年、事件の起こる前の年の暮れに、前もご報告申し上げましたが関経連の会長、経済同友会の代表者あるいは商工会議所の代表者でもありますけれども、阪急の小林公平会長さん、まず経済界に当たってですね、経済界としてあの土地を何かご利用いただけるようなことを考えていただけんやろかというふうなことのお願いにまいりました。残念ながら、時代がこんな時代ですからそんなにいいお返事はいただけませんでした。逆に一定の提言としては、「用途地域の見直しぐらいしてくれんとな。例えば若干高い建物が建てられるというぐらいのことがなかったら誘致は難しいですよ。少々の固定資産税の減免ぐらいでは、今、企業はそう簡単に動かない」と、そんな話もあったところであります。

 矢先にあんな事件が起こってしまったわけでありますが、今後やっぱり教育機関ということも念頭に置くのと、もう一つは産総研、昔の大工研ですね、あそこは本当に幅広いいろんな貴重な経験をされておりまして、独立行政法人としてまさにこないだの事始めの奨励金をですね、お出ししてもいいようなベンチャーが育ちつつあるように伺ってます。

 こないだ神戸が再生利用の拠点として非常に大きな建物をお建てになるという発表がありましたが、そういうことも産総研では研究をされているというふうに聞いております。あの辺が一つ化けてくれたらですね、もうこの3万平米ぐらいの土地は必要な研究が行われるのかなと。これもそういう意味では他力本願ですから、今の段階では行政としては、我々としては非常に幅広いネットワークを広げていきながら、教育施設ということを軸にですね、次に文化施設、公共施設、残念ながらそうでない場合は民間と、これぐらいの幅を持って取り組んでいきたいとこのように思っております。



○委員長(木下克重) ほか、まだ時間がありますから、言い残したことがありましたら、また質問していただいたら結構ですよ。いいですか。それでは、垣田副委員長。



◆垣田千恵子副委員長 教育大の跡地の前の特別委員会ができる前に病院をということで、そのときにも健康福祉ゾーンというのを我々は提唱したんですよね。それで病院が建ったと。今、いろんな意見を聞いてましたら、やっぱりその病院が建ってるということを念頭に置いた公共施設ということが今、大前提になってくるんかなというふうに思うんです。

 それで若干質問したいんですけれども、先ほど中西勝也委員の方から、土地の価格を今まで言うた50億円ぐらいやろうとかいうようなことを言われたんですが、今の価格ですね、別になかなか買えないもんですが、それからその点について大体どのぐらいのもんなのかということと、それから一団の土地としてこれをどう活用するかということがもう大前提として進められるのかね。切り売りとかいうようなことになるのかね、これは私は一団の土地として進めることが大事だと思うんですけども、この点についてお聞きしておきたいと思います。

 それから、いずれにしてもなかなか手が届かない土地をどうしてほしいかという、非常に難しいというかテクニックの必要な問題やと思うんですね。さっきも言いましたように、池田市の中心地にあるという、とってもいい立地条件の中でこれを本当に市民の有効な施設としていけるのかという点では、私らももっと研究もしていかないといけないなと。池田市全体を見渡したら、池田市の土地じゃないけれども池田市が意見言わないかんというようなまとまった土地がいっぱい出てきて、この前の議会でも言いましたように、五月丘4ヘクタールでしょ。それから緑丘もこれまた土地余ってくるだろうしね、いろんなこっちが手が届かないけれども、こっちが意見を大いに言わないといけない土地というのがいっぱい出てきた、ここに至ってね。そんな中で池田市全体をどういう構想でまとめていくんかということについては、私、この前は特養を五月丘にと言いましたけれども、どっか絞っていかへんかったら、こっちでも言い、あっちでも言いしとったらあかんなというような思いになってきたんですよ。それでやっぱりこの福祉健康ゾーンという観点から、当初出発した観点から見ると、一時、市長が小児救急センターの建設を手を挙げているとか手を挙げたいとか、また、大阪府は3市ぐらいで十分話し合ってくれと言われているんだというようなことも答弁の中で出てましたけれどもね。その進捗状況もあわせてお聞きしてね。やっぱりここは適切な土地ではないかなというふうに私は思いますんでね。そういうのをここへ建ててほしいと言うからには一体どういう条件整備が必要なのかということについてもお聞きしておきたいと思います。



◎市長(倉田薫) 本当に池田市がこれから物を言わなければならない土地がたくさんあります。それは背景としては先ほど言いましたこともあるのかな、歴史的な背景もあるのかなと。ただ、だからといって、この委員会は1点に絞った委員会ですけれども、議員さんとしては、あるいは市長としては、やっぱり 22.11平方キロメートルを見ながら五月山の緑をどう残すか。細河はどうするのか。あるいは石橋駅周辺はどうなのかというようなことも、そういった意味では不動産屋的なことをせないかんわけですね、行政が。要するに買い手まで探してきたらないかん。しかし、その買い手がやっぱり市民にとっていろんな意味の利便を提供できるところを持っていると。昔なら右肩上がりの税収に支えられてですね、「よっしゃ、もうそこは市が買うか。福祉ゾーンとしてこんなんどうや」ということができたんでしょうけれども、残念ながらそうはいかない。したがって、我々が独走しないようにやっぱりこういう特別委員会等でできるだけ今後意見交換をさしていただきながら、例えば学校の問題に手をつけるとしても、なるほど、その一部会派かわからないけれども、議会もこういう支援をしてくれているというものを感触を得ながらやらないと、えてして私みたいな性格ですと独走してしまう可能性がありますから、こういう場というのは本当にありがたい場なのかなと思っております。

 問題のその小児救急ですけれども、小児科医が足らない。大阪府下で 3,000人なんですね、小児科医。その中で救急に携わっていただいている、今現在 700人の先生が救急に携わっていただいております。とてもじゃないけど、 700人ではもう全く足らないということで、大阪府の医療対策課がその 3,000人の先生方に当たったおかげで、 200数十名手を挙げてくれる人が出来ました。したがって今 1,000名弱が救急に携わっていただいている。まだ足らない。

 それから、若い先生方の中でも小児科を希望する先生が少ないようでございまして、どんどん新卒が少ない。こういう中で、残念ながら1病院で小児科で救急を賄うことができない。おかげさまで、まだ池田はしておりますけども、例えば川西の市立病院なんかはもう既に夜間の救急はとめておられるように伺っております。そんな状況ですから、広域で救急センターをつくらなければならない。二次医療圏の中で一つ、もしくは二つ、今こういうふうな話が出ているようでありまして、ちょうどうちは増床増築計画がありますから、増床増築計画のそのスペースの中に小児救急センターを置いてもいいですよと。置かしてくださいということを手を挙げておりますので、面積的には非常に小さなものでいいわけでございます。そっちの方もなかなかその二次医療圏それぞれのエゴがありまして、まだうまく話は進んでいないというのが実態ですけれども、おかげさまでそっち側からいきますと、こないだ議会で申し上げましたとおり、そういう取り組みをしておったがおかげで、若干遅れ気味でありますけれども、病児保育、病後児保育のスペースはそこでとらしていただくことはこないだお約束をしたとおりであります。したがって、今の教育大学の跡地3万 6,000平米について保健福祉ゾーンという形の取り組みができるかについては若干まだ未知数と言うほかないと、このように思っております。

 金額等については担当課から。



◎政策推進部次長(生島義輝) 先ほど中西勝也委員さんのおっしゃいました50億円という金額ですが、多分そのこちらの方の想像ですが、 6,600平米の単価で計算すると50億円ぐらいだろうということで、平成5年12月の評価で平成6年3月に病院用地を取得させていただきました。これが約30万 5,000円の単価で取得をしております。それから、跡地のその価格の類推を計算したときに、例えば22万円ぐらい、下落率を考えて22万円と計算したときには大体80億円ぐらい。これはきっちり評価してみないとわかりませんが、そういった価格になるかなということでございます。



◆垣田千恵子副委員長 一団の土地として考えていくのかどうかということ。



◎政策推進部長(島田勝則) そのあたりは今の所有者の財務センターがどういうふうに処分をするかというところなんですけれども、恐らくは、まず一団の土地で取得意向のある、民間業者も含めた主体があるかどうかということをまず模索して、それがない場合に、その次の段階として、いわゆる切り売りというものが検討されるということであろうと思います。



○委員長(木下克重) いろんな意見ということでまとめしてほしいということを市長の方から言われましたけど、きょうの意見を聞いてみたら10何通り、人口増のための住宅の誘致や商業エリアの誘致、公共性を生かしたもん、民間も含めた老健施設、特養、池田中学校構想、豊能市の市役所構想、教育ゾーンとかいろんなことがありますけども、やはりこれ正直言いまして、あの土地が池田にあるのはもう中心地やというのはまぎれのない事実でありますしね、反面、今、市長もちょっと答弁されましたけど、広域な土地の割になかなか固定資産税がとれない土地が池田市に多過ぎるという面もありますんでですね、また本年度中にもう1回か2回ぐらい開かしてもらいますけども、委員さんにお願いしますけど、もう少し視野を狭めたもう少し、公的なものにする、これは民間に任せる、公的なもんをするためには、代替案としてこの土地の購入するのはどういう財源を捻出するとかということを、きょうよりもう一歩前に進んだ議論をいたしたいというふうに委員長は考えておりますし、理事者の皆さん方もですね、いろんな状況があるかもわかりませんけども、この特別委員会の場合なんかは、正直言いまして、市長はちょっと公選制で具合悪いかもわかりませんけども、高橋助役や島田部長なんかもですね、正直言ってこの跡地に対する思いというのもあると思いますし、その辺なんかの意見も、私は、個人的な意見でも結構ですから、ざっくばらんにぶつけ合いながら、ある一定の方向性、きょうはちょっと委員長としてはようまとめんのに非常に苦労しますのでね。もう少し幅を狭めた議論を次はしていきたいと思いますので、最終的にやっぱりこれは僕は池田市の意向をきちっと示すことが池田市民のためにつながるし、池田市のまた発展にも私はつながるというふうに考えておりますので、その辺を皆さん方にお願い申し上げまして、本日の特別委員会を終わりたいと思います。

 本当にご苦労さんでございました。

              (午前11時07分閉会)



                      教育大学跡地問題調査特別委員会

                        委員長   木下克重