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大阪府 池田市

平成13年 11月 まちづくり活性化問題調査特別委員会 11月22日−01号




平成13年 11月 まちづくり活性化問題調査特別委員会 − 11月22日−01号 − P.0 「(名簿)」







平成13年 11月 まちづくり活性化問題調査特別委員会



              (午後1時30分開会)



○委員長(井上章) どうも皆さんこんにちは。ただいまから池田市議会まちづくり活性化問題調査特別委員会を開催いたしたいと思います。

 一言お礼を申し上げたいというふうに思うわけですけれども、本日は大変皆さんお忙しい中、こうして私たちの特別委員会の活動にご協力をいただいて、今日は中堂会長さんをはじめとして、いけだまちづくり協議会の皆さんにご参加をいただきまして、ご要請をお受けいただきまして、本当にありがとうございます。まず心からお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございます。

 ご承知のように、実は先日といいますか、前回は商工会議所の振興常任委員会の皆さんと池田の商業の活性化についてご意見をいろいろと聞かせていただきました。実は今日は第2回目ということになるわけですけれども、今の池田のまちの中で商業活性化の問題、我々議会の中でも定例議会、それぞれの常任委員会の中でいろんな形で議論をさせていただいているわけですけれども、特にこの当特別委員会は、まちづくりの活性化を中心にしていろんな問題について皆さんで調査研究を深めていこうという目的で、毎年5月に設置がされているわけでございます。今年は私が委員長をさせていただいているわけですけれども、この1年間、特に来年、市長のいろんなお話の中でも意見表明がされておりますけれども、いけだまちづくり株式会社も準備が進んでおるということでございますし、今年は委員の皆さんの同意をいただいて、集中的に商業振興についてみんなで勉強しようというそういう一年にさせていただきました。今日は多くても1時間半ぐらいで終わりたいというふうに思うわけですけれども、皆さんの忌憚のないご意見を聞かせていただいて、そしてまた我々議会の方でご意見をもとにいろんな議論を続けてまいりたいというふうに思いますので、よろしくお願いを申し上げて、大変簡単でございますけれども、冒頭のお礼とごあいさつにさせていただきたいと思います。ありがとうございます。



◎いけだまちづくり協議会会長(中堂武賢) 座ってお話させていただきます。よろしくお願いします。私は、まちづくり協議会の会長をさせていただいてます中堂と申します。本日もご出席いただきました副会長さんとご一緒にやってきたということで、長年いろいろな名称がありましたけれども、長年一緒にやってきた仲間であります。こうして議員の皆さんとこういう場を持ったというのは、言われてみればないなと、今まで過去見てずっとなかったと。なぜ、気がつかなかったのだろうという印象があります。以前から議会の方でもまちづくりという条例の方がありまして、何か共通点はないのかなという印象は以前から持っておりました。そして今日こういう格好で、こういう席を作っていただいたことは、ものすごく良いことだと思うし、また我々もその民としてやはり精いっぱいのことができることは精いっぱいやりますし、また官の方も精いっぱいそれによるお手伝いを一緒にやれば、もっとすばらしいものになるんじゃないかなと思いまして、こういうお誘いを喜んで出させていただいたということで、今日は思ってるところをいろいろと意見等を言いたいなと思いますし、またいろいろご提案、あるいはご指導、あるいはご鞭撻の方をいただきましたら、我々も今後、明日からやはりそういういろいろと加えて勉強していきたいなと思っておりますので、本日はよろしくお願いいたします。以上でございます。



○委員長(井上章) ちょっと忘れてましたけれども、皆さんのお手元に今日のご出席をいただいている皆さんの事前に教えていただいた名簿を配付させていただいています。松室さんが所用で欠席をされておりますけれども、よろしくお願いを申し上げたいと思います。

 実は、今日に至るまでに私と吉本副委員長と中堂さんなり、新田さんなり、いろんな方とお会いをして、今日の進め方についてもお話し合いをさせていただいてまいりました。今日は実は皆さんの手元に2つ、「呉服座復元にむけての活動報告書」というのと「商工業活性化プラン」というのを配付していただきました。これをもとにして、できれば今日はまちづくり協議会の皆さんからいろんなお話を聞かせていただければいいなというふうに思っております。できれば中堂さんと、それから新田さんと中心になって、特に新田さんは今まで会長として活動してこられたというふうに聞かせていただいていますので、今日はできれば今までの経過について我々も理解を深めて、そして将来に向けてということでお話し合いをしていきたいというふうに思いますので、その辺すみません、新田さん、できれば少しお話いただければありがたいんですが。



◎いけだまちづくり協議会前会長(新田恭正) まちづくり協議会の新田でございます。よろしくお願いをいたします。今日は意見交換会ということで、どういうことをお話しようかなということでいろいろ考えてまいりましたんですけれども、井上委員長並びに会長、それから事務局といろいろ打ち合わせをしまして、まちづくり協議会の活動をご理解いただけるのは、過去にさかのぼってお話するのが一番いいかなというふうにちょっと思いましたので、ちょっと長くなる話で大変恐縮なんでございますけれども、お話をしたいなというふうに思います。

 振り返りましてちょっとお話を申し上げますと、平成2年からの話になります。もう10年前の10年スパンでまちづくり活性化は動いているというところでございまして、まず平成元年度ということになりますけれども、そのときに商業活性化シンポジウムという活性化のシンポジウムがございまして、これは単年度単年度で一つの活性化を考えて、委員長も単年度で終わっているということでございましたので、毎年毎年いろんなことがお話になりました。平成元年度、これは平成2年の3月の年度末にお話のそういう会がありまして、その中で、テーマ、「地域活性化への取り組みと課題」ということで、平成元年度は話をしております。これはその年間、店の転換、まちづくりの転換という形でいろいろとお話をさせていただきました。

 そして平成2年度、これは「お客が変わる、お店が変わる」ということで、船井総研さんの副社長に来ていただきまして、たしかこれは文化会館で行ったかなというふうに思っております。一極集中を排除するとか、バイパス上の大型店をつくるとか、お客の欲しいものは何かひたすら求めるという、そういう中で、女性の参画を心がけて、女性しかできないと、そういう役割、それもピックアップされてお話があったように覚えています。

 それから平成2年度の委員長はフジタ洋品店の今の会長の藤田さんでございます。それから平成3年度、これは「こんな池田になったらな」ということで、人口問題、それから池田のPR、それからイベントを含めて観光名所という形でいろいろとシンポジウムがあったと。これはパネラーでいろいろ意見を交換したということでございます。この委員長が滝本商店さんの滝本さんが委員長でやられたということです。

 それから平成4年、これは「池田PR、イベント観光名所」これは3年度のいろいろ挙がったことをちょっとピックアップした形でお話になりまして、委員長はヤマモトの長谷さんが委員長でやっておられました。

 それから平成5年度、これは平成6年3月に行われたんですが、ここは「大阪の国際化と池田のかかわり」ということで、ちょうどその辺から大阪空港が廃止になるとか廃止にならんとか、いろんな展開が、そんなような話があったか、そういうときにこういう話があったかなというふうに思います。このときに委員長が今田さんで、私が副委員長をさせていただきました。こんな形で計5回シンポジウムが行われまして、平成6年の3月で一応シンポジウムというのは終わっております。

 それから平成6年の11月、池田市商工業活性化研修会というものが行政の方で立ち上げてみたいというお話がありました。そのときに委員長になってくれへんかというお話がありましたんで、単年度単年度のお話ならば、これは無理と思う。活性化というのは1年1年でそんなに簡単にできるもんじゃないし、やっぱり一つのことを長年かかってやっていかないかん。前任の方々がいろいろと活性化に取り組んでおられますけれども、非常にやはり難しい問題がありますので、長期にわたってこれをやらせていただきたい。委員長は変わってもいいですけども、同じことをずっと長い間やらせていただけませんかという話をしました。結構ですよということでございましたので、平成6年の11月に話がありまして、1年間かかりまして、平成7年の10月に商工業の活性化の研修会というのが発足されました。メンバーといたしましては、池田市の商店会連合会から数名出られました。それから市場会連合会、工業振興会、それから池田の青年会議所、そしてウオンバット、それから消費者の方という形で、各団体から出向をしていただきまして、その中でいろいろとお話をさせていただいたということで。その当時、委員長は私、副委員長は中堂さん、大東さん、それから東山さん、それからウオンバットは冨阪さん、消費者で山本さんという方がおられました。

 平成7年の10月、これについて人口問題とか土地の有効活用、それからマルチメディアを、インターネットがそろそろこの辺から大変いろいろと話に上がってきましたので、インターネットのことについて、そんなことを話し合っております。

 それからJCさんの方が池田にFMをというようなお話がありましたので、その話もいろいろとJCの藤尾さんからお話をいただいたと思います。

 それからいろんなことをその中で、アンケートもとったらどうだとか、今までのアンケートもありますので、それについても話し合っております。7年度はそういう形で、5カ月ほどで大体終わったということです。

 それから8年度に入りまして、マルチメディアを中心とする形、それからタウンクリエイト、まちづくりという形を二部制に分かれまして、いろいろとお話をしました。まず池田の池田城跡について何か活性化できるものはないやろうかなということでいろいろ話し合った記憶もございます。8年のこの目玉といたしまして、お手元にございます「ONTO 21C」という、「21世紀、さらにその先を視野に入れて」という冊子が出ました。この冊子をつくるのにほとんどの時間を費やしたということです。ちょっと中をお開けいただきましたらおわかりかと思いますが、ここの中にいろんな池田のまちづくり活性化ということに関していろんなことを挙げております。目次でざっと見ますと、はじめにはいけだまちづくり株式会社の設立、それから、池田城公園と商工業、風土博物館、池田あきない館、グリーンフェスティバルパークの併設、それからホタルの復活、観光と商工業では、いけだショッピングアベニュー、それから呉服座の復元、石橋地区についてはハード面、ソフト面ということで、スタンプ事業の展開もここでやっております。

 そういう形でいろんな話をしてきたんですけれども、1つはいろんな新しいものがどんどんどんどんでき上がってくるんですけれど、はっきり言って金もないし、やはり今あるものを、かつてあったものを何とかうまく調理することができないだろうかなと。そこが一つの原点と申しますか、そういう一つの目的を持っていこうやないかということで、それに証を何とかつけていくことはできないだろうかなということでここに、この話をすると非常に長い話になりますので、この手の話はちょっと置いときますけども、この中身、これは非常に練られた中身だと私も思っております。

 この当時、6ページですね。風土博物館の併設からずっと書いておりますが、ここの中で、私どもが夢を描いておるんですけれども、夢が現実になったものもございます。これは日清のラーメンという形で、ラーメン博物館ができた。これは私どもそれだけ働きかけはしていなかったんですけれども、そういう形で日清ラーメンのそういう形ができ上がってきたと。それから呉服座の件に関しましては、ハード面では全然無理だったんですけれども、ソフト面の中で、寄席、落語、そういうものが毎年やることができたということで、現実的なものに持っていこうじゃないかということで、せっかくこういうものをつくったんだから、これを机の下に入れたらもうそのまま出てこない、資料なんかはいつもそうなんですけれども、いい資料をつくっても、それは机の中に入って、もう知らん間に忘れ去られておる。何か一つでもこれを現実的なものに、やはり夢を現実的なものにやっぱりしていかないかんということで、これ以後、その夢を現実のものにするために私ども一生懸命頑張ってきたわけでございます。それが9年度の事業です。

 9年に入りまして、これは9年3月で終わったので8年度でありますね。9年度は、ここの中で呉服座というのを再度取り上げてみようやないかと。池田に昔ございました呉服座、これは明治村に今あります。すばらしい池田の建物でございます。当時中田先生にいろいろと教えもいただきまして、呉服座を何とか、復元まではこれは無理やろな。これは当然わかっております。でも、ソフト的に復元することは無理なんかなというふうに考えましたものですから、空き店舗を利用して、入り口を提灯でも飾って、そんな形で呉服座の寄席ができたらなというふうに思いをしておりました。それでまず呉服座の研究をしようやないかということで、昔あった池田の呉服座について、冊子にあります呉服座の研究という形で一つのものを出しました。そして10年度に至りましては、これもこのまま置いとくのは、本当にもう紙切れになってしまう。これを何とか、夢というのをイベント的にできないかなということで、呉服座イベントという形で「カムバック呉服座」「呉服座くれば」という形で、そういうイベントをしました。これはどういうイベントかと申しますと、10年の11月1日にしております。大体半年ぐらいかけていろいろと練り上げてきました。呉服座、これを池田小学校を借りて、これは前に呉服座というのをJCさんがなさっておりました。池田小学校を呉服座という形でできへんかなという形で話をしておりましたら、ええよという話がありましたものですから、そこへそれじゃ、何を持ってこようということで、憂歌団というギターで歌うというバンドがいらっしゃいましたので、これは前副会長の冨阪さんのちょっとご関係もありまして、憂歌団を引っ張ってまいりまして、チケットピア等でその券を売ったりいたしまして、憂歌団をお招きをしました。かなりの人数、大体、前の席全部埋めたかと思います。後ろの席も2階の席もほとんど満員になりまして、その前で前川さんのご協力で、呉服座の写真、それから呉服座の説明、そんなものをやりまして、その後、憂歌団のコンサートをやった。その日にフリーマーケットをやっております。これはハローほんまちですね。今ちょっと廃れてはおるんですけども、あそこだからフリーマーケットができた。1番街、2番街ではちょっと無理だったんですけども、あそこだからこそできるということでフリーマーケットをしました。あの奥に西光寺さんがありました。ここで池田のグッズをそこへ詰めてお土産として渡そうと、憂歌団を見てもらう方を。そこでチケットの交換をいたしまして、池田のグッズ、緑一のお酒、それからチキンラーメン、それからぽん酢等を入れまして、チケットと引き換えにそういう池田をわかってもらおうということで、そういうグッズを入れてお渡しをしました。

 フリーマーケットもあの狭い商店街の両サイドに並べましたので、非常に多くの方に来ていただいて、にぎわいを見せました。1番街、2番街もそのときはたくさんの人通りがございまして、このフリーマーケットはおもしろいなと、雨でもできるなというふうに思った次第です。

 それから同じく、ちょうどその日は文化デーの日でございましたので、落語もその日にやりました。そんな形で当時、商工会議所の藤田さん、今日もお見えでございますが、藤田さんが池田市より商工会議所に来ておられましたので、いろんな知恵、それからいろんな協力をいただきまして、成功裏に終わったという形になります。

 それから11年度に入りまして、今度は池田のブランドを何とかつくることはできないかなということで、池田のお土産といいますと呉春、これがございます。それからとよすのあられ等ございますが、すぐ持って帰るというようなお土産がございませんもんですから、何とかその池田のブランドづくりはできないかなということで、まず呉春に頼みに行きました。そうするとぼろんちょんに言われまして、うちは大瓶はつくってへんねんと、一升瓶でその辺買っていったらええがなというふうに言われまして、そのときくそと思いまして、何とかほかの酒でいかんかなと。本来は呉春です。呉春を何とかすることがやはり池田の活性化につながると、私は今でも思っています。そういうことで、まず緑一さんにお願いをしましたら、快く引き受けていただきました。緑一さんでお酒を出していただきました。そのときにょうど、桂三枝さんもご協力いただきまして、いつも「いらっしゃい」というふうに言われてますので、「いらっしゃい」という台木はどうですかねという話で、これはおもろいということで、台木に「いらっしゃい」というふうに書いていただきました。そんな中で11年11月11日11時に販売をするという形で、緑一のお酒を出させていただきました。私どもの希望でございますが、これがもっともっと売れて、呉春さんが何くそ、こっちも五合瓶を出したろかいなとまで仕掛けられたら、これは大成功やなと、逆に大成功だと。この「いらっしゃい」が廃れても、呉春がきていったら大成功やなというふうな気持ちでやったことでございます。それが11年度でございます。

 12年度に入りまして、池田の名菓、お菓子ですね。そういうお菓子も考えていこうやないかと。池田にはいろんなお菓子屋さんがございます。それを一つの箱に詰めたらどうかなということで、お菓子も「いらっしゃい」という名前で出したらどうかなというふうに思いまして、「いらっしゃい」というお菓子もつくらせていただきました。

 ちょっと前に戻りますが、池田のこの「いらっしゃい」というお酒なんですけども、この「いらっしゃい」という名前は九州の藤居酒造さんが持っておられまして、大分の。この「いらっしゃい」というネーミングを使うのを非常に難しいというとこまできました、出すまでにおいては。いろんなことで藤居さんとお話をさせていただきまして、九州にも行ってまいりました。藤居さんは酒造でございまして、焼酎メーカーです。吉四六の里といいまして、野津町の吉四六の里でもあります。この藤居さん、大分のいろんな活性化の仕事をたまたましておられました。私どものお話をしましたら、非常にご理解をいただきまして、私どもが帰りがけに蔵を見せていただいたんですけども、藤居さんとこはこの蔵、今日ここの蔵でコンサートをするんです。今、従業員にちょうど、ちょっと記憶が薄れているんですが、芋煮会をするので、従業員に芋をむかせているんですと。非常にいい蔵でして、蔵の樽の蓋をテーブルに新酒の発表会プラスそこの住民の方々にそれを歓迎するという意味でコンサートを開く。新酒のお酒を飲んでもらう。そんなイベントをなさっておられまして、今日1泊なさいませんかと、聴いて行かれませんかというふうにおっしゃったんですが、私どもも時間がございませんもんですから、その日は失礼させていただいたんです。そんな方でございましたので、非常に我々の活性化についてはご理解をいただいたということで、この「いらっしゃい」という名前を貸していただいた。今も現在も貸していただいているというのが現状でございまして、お菓子の方はまだこの「いらっしゃい」という名前はついてない。裏話をしましたら、「いらっしゃい」もそういう形で非常に苦労してこの名前をつけたということでございます。

 そんな中で12年度いろいろやってまいりまして、夢、池田のグッズの創出、それからまんじゅう、それからフリーマーケット、それから本町通りなどのいろんな研究、それから教育研究所の利用方法、そんなことをいろいろ考えてやってきた次第でございます。

 このころからまちづくり協議会という市役所からのお話もございまして、発展的に改装をしたらどうかということで、まちづくり協議会に移っていく過程になってきております。まちづくり協議会並びに現、今非常にお話に持ち上がっております株式会社、これについてはまた中堂さんの方からお話があろうかと思いますが、こんなものを今後いつかの時点で受け皿をしていただくところ、これがやはり必要になってくるんじゃないかなというふうに思っています。その時機が今なのか、今後、10年先なのか、これはこれから私ども、また先生方、また市民の方々といろいろとお話をしていかないかんというふうに思ってはおりますけども、やはり受け皿は必要になってくるんじゃいなかなと。それがいろんな形で利益を生むものであれば、これはすばらしいものになってくるんじゃないかな。また、中心市街地活性化のことも見据えなければならないという現状、非常に今、不景気でございます。我々の会社も非常に不景気でございます。その中で何とか皆さん切磋琢磨して頑張っておるのが現状でございます。今後非常に難しい問題を秘めてはおりますが、一つ一つクリアをしていかなければ、このままの状態でほっといたらええがな、いつかどないかなるがなという現状ではないんじゃないかなというふうにも思います。

 そんなことでちょっとお話を申し上げましたが、非常にわかりづらいお話で申しわけなかったなというふうに思っておりますが、あとは現状のまちづくり協議会等に関しましては中堂会長の方から少しお話をいただければ幸いかなというふうに思っております。いろいろとご清聴ありがとうございました。



○委員長(井上章) どうもありがとうございました。今最後におっしゃっていただきましたが、中堂会長、すみません。あとちょっとご発言の方はお任せしますので、2時半ぐらいまでできれば、あと30分ぐらいちょっと我々とフリートーキングできればと思いますので、よろしくお願いします。



◎いけだまちづくり協議会会長(中堂武賢) とりあえず今、新田さんの方からお話がありましたように、皆さん、先生方ご承知だと思います。ワーキンググループという格好でつくって、基本的な考え方をどうするかということで、相当内容的なものは討議したつもりでございます。余りにも大きい、出しづらい面も大分ありましたので、それは全部申し上げられませんけれども、いろいろな意見が出ました。いろいろ内容を検討させていただきました。これは将来のことについての会社になりましたらやはり採算が大事ですから、やはり収益というものが大事で、ただ、その予算を消化するという考え方ではとんでもない話になりますから、やはり収益、利益を上げること。それから、銀行に預けるよりも、要するにいい金利であり、株主にはペイするという考え方をやるべきであるということでいろいろやってまいりました。

 ある程度そのワーキンググループというのはもう大体山を越えまして、先月でしたか終了いたしました。今のところはちょっと細則の調整という格好で今入っておりまして、事務局の方で今頑張っていただいておりますけれども、なるべくならば早いうちに立ち上げたいという格好のものは、ワーキンググループのみんながそう思っております。ですから、あくまでも何か今やらなければいけないんじゃないかなという気持ちがものすごく先に立っておりまして、先生方ももし何か問題点があれば指摘していただきましたら、その辺も我々も十分検討していくべきであったと思っておりますので、その辺もよろしくお願いしたいなと思っております。

 それでは副会長の皆さんに一言ずつでも、ちょっとお話をしていただくということでよろしく。



◎いけだまちづくり協議会副会長(前川吉晴) 一言ずつということでございます。商店会連合会から出ております副会長をさせていただいてます前川でございます。

 私どももこのまちづくりに関していろんな提案をしているわけですけれども、やはりこのONTOに出てますかつてあったもの、今あるものを何とかしようということをコンセプトにしたいというふうに考えております。ゆえに呉服座というのがあそこのメインになってくるんですけれども、池田の場合は商店街がとかくちょっと老け込んでおります。あれを何とか再利用できるそういった方向で考えていきたいし、またITというものも交えて、ITばかりじゃなく、やはり古い物をいかに何とか活性化していきたいというふうに考えて、今この活動を進めております。何ができるかちょっとなかなかつかめないんですけれども、やはり今ある古い物を何とか利用して、それをまた再興したいというふうには考えている私の路線でございます。以上、よろしくお願いします。



◎いけだまちづくり協議会副会長(奥野泰治) 池田青年会議所の方から出向させていただいております奥野と申します。よろしくお願いいたします。

 青年会議所の場合もですが、毎年、単年度制でこちらの会の方に出向という形でさせていただいておりまして、今、新田さんの方からお話ありました内容、おさらいも含めていろいろ聞かせていただきまして、かなり長い間の歴史を経過して今の今日があるのかなというふうな気がしました。我々青年会議所の方は、明るい豊かなまちづくりということではさせていただいておるんですけれど、非常に我々の部分で言うと、先ほども一段とお話したようなソフト面で青年会議所でできるべきものは何であるのかということを考えながら、この12年度ワーキンググループということで結成されました中でいろいろ意見を聞かせていただき、そして青年会議所に持ち帰り、みんなの中で会を諮りまして、その意見をこの協議会の方に反映させていただいたというような形でありますけれども、やはり今、前川さんがおっしゃっておられたように、過去にあったいいものというものを何とか呼び起こして、今の時流にあったようなものにしていければいいかなというふうなことを考えておりますが、なかなかそうは思ってもすぐにできるものでもなく、アイデアというのも非常に大きいアイデアとなって具体化するというのはなかなか難しい面があると思うんですけれども、それについてやはりこれからもうちょっと詰めて考えていかないといけないのかなというふうな気がいたしました。以上です。



◎いけだまちづくり協議会副会長(田村智彦) 皆さん、こんにちは。私は、池田市民文化振興財団の方からこのまちづくり協議会の方へ出向させていただいておりまして、去年から一緒に活動させていただいております。そういう面は、平成3年ぐらいからだったと思うんですけども、池田青年会議所に所属しておりまして、そのころから、商業活性化シンポジウムの時代から、中は何年か抜けたりしたこともあったんですけども、かかわらせていただいた関係で今は財団の方からこちらの協議会の方に出向させていただいて、検討させていただいておるわけなんですけども、当然これを引き続きやっていかなければならない。先ほども新田副会長の方からもお話がございましたように、こういうONTOプラン、ONTO21、こういうプランとか、呉服座復興に向けての活動報告書であり、そして、商工会議所さんの方でもやられました産業振興ビジョン、その辺も全部見ておりますと、ほとんど議論は尽くされておるような状況でありまして、さてそしたらそれを実際どのように立ち上げていって、だれが活動していくのかというのが、もしかすればこのまちづくり株式会社というものができ上がった時点は、そこで運営していくのかなというふうな、もしかしたらという言い方は非常にあいまいなんですけども、そのようにしていかなければならないと。実際の現実問題として、これを行動に移していって、形あるものにしていくというふうなことを今言われているのではないかなというふうな気はします。

 ただ、今、私自身が感じるところなんですけれども、当然、市の方でもケアされておられますし、商工会議所の方もそうですし、企業さんも含めて、市民の皆さん方も含めて一体となった形でつくっていかないことには、次につくるその会社自体が実際成り立つかどうかというのは非常に疑問を感じる次第でございまして、会社とした場合、当然収益性を考えるわけなんですけれども、収益性だけを考えていたんでは夢がなく、賛同してもらえる人がどれだけ集まるかというふうな部分も一つのネックになってくるかというふうにも思いますので、その会社に対してでもその団体、それをやっていくある団体に対して、やっぱり夢を持っていただくというふうな内容のものに仕上げないことには、池田市、いろんな方々が一体となってつくっていくというふうなことを実際できないんではないかなというふうな気は若干しておりますので、だれがするというのではなくて、全体で盛りあげていくというふうなことを進めていくことがこれからの課題かなというふうに思っておる次第でございます。以上でございます。



◎いけだまちづくり協議会副会長(松田早苗) 異業種交流会のウオンバットという女性の団体なんですけれども、そこから出向しております松田と申します。女性の立場から池田の発展を願ってその思う気持ちを皆さんにお伝えしたいなと思って、おこがましいのですが参加させていただいております。これからもよろしくお願いいたします。



◎いけだまちづくり協議会前副会長(冨阪昭子) 冨阪と申します。ウオンバットをはじめ立ち上げましたんですが、今、松田さんのように後をやってくれる方ができましたので、私は今度、商工会議所の女性会を立ち上げまして、いろいろ企画して考えていく方はたくさんいらっしゃいますが、それをうまく乗っていく人も大事かと思いまして、もちろん委員長の奥さんも副委員長の奥さんも皆、女性会に入っていただいているわけですから、私たちはできていくことをうまく助けて軌道に乗せていくのが一つの仕事かなという感覚をとらえております。

 ただ、全然これ、ちょっとこの場で申し上げることとは違うかもしれませんが、私たちはボランティアだという気持ちでやっておりますから、中堂会長があるところで、私たちはボランティアでやっておりますと言われたときに、そないにボランティアボランティア言うんやったら金取ったらええやないかという市民の方もいらっしゃいますし、私たちがやればやるほど自分の将来にプラスになるように考えてるんやろうという意見をいただくこともあって、非常にどういう立場でこれを進めていけばいいのか難しいところじゃないかという気持ちが非常に今あります。株式会社を立ち上げるのも商売人が立ち上げるということ自体が非常に間違いなんじゃないか。一般市民をもっともっと巻き込んでやっていくべきじゃないかという気持ちが私は非常にしております。これから考えていく一つのあれじゃないかと。女性も半分人口おりますからね、女性の意見ももちろん取り入れていただきたいんですけれども、かなり慎重に考えていかないと、逆にそっぽ向かれるようなものになるんじゃないかという気がいたします。以上、それだけです。



◎いけだまちづくり協議会副会長(大東勝治) 市場連合会から参加させていただいてます大東でございます。私も新田さんと同じように、活性化研修会からこちらずっと長く、もう抜けられんでずっとやってきましたですけど、実際、株式会社というものに私ははっきり言いまして、あんまり賛成できないんですよ。こんなこと言うたら怒られますけどね。委員長には申しわけないんですけどね。というのは、これ、会社組織にすれば、だれが出資して、だれがリードするかという人材的な問題もあるわけです。それで結局、私自体もそういうふうに動いてくれはる人がおられるかどうか。ましてこの時期に会社といったら大変なんです。私は一起業者として、その日その日をやり繰りしていくのが大変で、それを結局、面倒見てやったろかといって引っ張っていっていただける人がありましたら、私らもそりゃ、もうそれに乗りかかりますけどね。実際のとこ、やっぱり出資してもらうのが起業者さんばっかりじゃないですか。やっぱり一般市民の出資も必要だと思うんですよ。そやから、私はちょっとこの問題をはっきり言いまして、難しいなというのが現状です。こんなこと言ったら怒られますけどね、委員長から。しかし、私はほんと、この話があったときに実際、しんどかったです。私の意見はこれはこういうことで、申しわけございません。



○委員長(井上章) 今、お一人お一人聞かせていただいて、いわゆるワーキンググループと、それからまちづくり協議会と、ワーキンググループというのはほかにもたくさんの委員さんがおられて、商工会議所の中に、一つの組織ですね。まちづくり協議会はそれと一種独立した形で従来から活動してこられて、新田さんがおっしゃっていただいたような活動を中心にして、実働部隊みたいな形でずっと活動してこられたというふうに私はちょっと理解をずっとさせていただいてたんですけれども、その辺で、いわゆる実働部隊として協議会が来年も特にどんな感じに発展していくのかなというようなことを教えていただけたら。



◎いけだまちづくり協議会会長(中堂武賢) まだ、会社の設立のまだ準備体制に入ってる状況において、今、はっきりしたことはまだ明言はできませんけれど、せっかくこうして皆さん仲間として長いことやっておりますから、なるべくそのことは持続していきたいなという気持ちにはなっております。

 来年、再来年、その次、またその次と言われたら、正直言って検討、どういうんですか、判断をなかなかしづらい面があります。でもやはり今、副会長、このご出席皆さん、いろいろ意見がありましたとおり、いろいろな意見の中で一つ言いたいことは、私たちがやっているときにいつも言われることがよくあるんですよね。お前ら何しとんやと、何かお前もらってるのかとか、今さっき、こちらの方の副会長の方の話ありましたけど、何かお前プラスになるからやってるんやろというような言い方の方が平然とよくおられたことは事実なんですね。そのことはものすごい残念です。今も、先週ですか、あるところへ行きましたら、何やお前ら何しとんやと、市長の言いなりなって何しとんやと。もっともっとお前、いろいろなこと考えんかいと言われたことあります。これは相当お名前の通った方から言われて、ものすごく愕然としたというか、ここまで伝わってないねんなと。別に市長によいしょするつもりで我々はこういうのをやってるのではなくて、やはり今、我々がしなければいけないからこそやってるんであって、じゃあ、だれがすんねやと。我々がいなければだれが後してくれねんやという考え方のベースに立ってますから、ですから、意外と私ら以外の人は知られてないという印象を受けてます。

 ですから、今後はどうするんかと言われたら、池田市の中にいろいろのグループがあります。集まりがあります。そういういろいろと思いを持った方がたくさんおられます。そういう人たちとやはり今後はネットワークを組んで、やはり一緒に考えてみるべきではないのかなというのが私はものすごく感じることですね。そして、好き嫌いがあるかもわかりませんけれど、グループの中で、あそこのグループは嫌いやとか、あそこは何か色がついてるとかついてないとか、そういうことをよく言われますけれどね。そういうのはもう関係なく、やはり池田市のために、やはり池田のこの町のために何とか同じ考えを持つ人が集まって、いいそういうプランがあればどんどんやるべきだと思います。

 昨日でしたか、別のところでお話してたら、猪名川であれだけ広いところあるのにどうしてねんやと、あるいは五月山のあそこのとこ山あるやないか、何とかしんかいなと言われました。しんかいなですから、その人はやらないわけですね。お前せえよと言われてるわけですから、実にしんどいこと言うてるなと。もうあんまり聞きたくないなと。やはりやるならば一緒にやりましょうよと、手を携えて、やはり同じやるならばみんな一緒に考えて、一緒にいいものをつくっていきましょうねという考え方を私は持つべきだと思うし、今後はそういう考え方でこういうまちづくり協議会というのはやっていきたいなと思います。

 それとピアまるセンターのあの名前ですけど、ピアというのは唐船がうちのとこがあります。あれが桟橋ですから、つまりピアですね。皆さんが集まってくるところ、船が集まるところですね。荷物が入るところ、人が流れるところ、だからあそこはピアなんですね。丸はゼロです。何もない考え方で集まって何かを生み出しましょうよというのがあそこのピアまるセンターの基本的な考えと私は理解しております。ですから今後はそういう考えを持って、やはりほかのグループと一緒に手を携えて、何か池田市のために考えるべきではないのかなと思いますので、まちづくり協議会の将来はそういう方向が間違いないんじゃないのかなと思っております。



○委員長(井上章) 議員さんで何かありましたらご発言をいただきたいと思います。



◆内藤勝委員 今の皆さんのお話をお聞きしたんですが、今の驚きというか、私もそういう意見を聞いたんですけども、今日、どっちかいったら工振の方がお見えでない、ですから、できたら工振としてのまちづくり株式会社の提言を聞きたかったんですが、私先ほど大東副会長さんがおっしゃいました、また冨阪さんがおっしゃいましたような形を工振の関係者の方、また市連の関係者の方からいろいろそういうご意見を聞いておって、私の意見も問われたわけなんですけれども、やはり私、もっともっと市民を巻き込んだまちづくり株式会社にならなかったら、ある言われた方の1人は、4、5人のために何で私らがこんな一生懸命やらないかんねんというようなことをおっしゃって、ちょっと会としていろいろお話し合いもされておるのに、なかなかうまく機能してないんかなというそういう疑念を持ってお話を聞かせていただいた。詳しい内容を言いますとややこしくなりますので申し上げませんけれども、やはりこれから、先ほど中堂会長さんからワーキンググループは先月末で終わったということで、それの上の検討委員会の方にこれらが出されていて、正式に決めていかれるということで、それをまた我々議会の方にもそれが正式になったら出てくるということで、私もそういったことの意見集約をいろいろしておるんですが、この中で、いけだまちづくり協議会の構成をお聞きしたいんですが、一応たくさん副会長さんがおられますけれども、自主的にこの協議会の中で論議されるのは各商連・市連などの6つの団体からいろいろと代表を出されて副会長になられておるんですが、実際的にこれ、協議会としての構成メンバーというのは大体どれぐらいおられるんですかね。お話はすべて副会長間で協議される内容なんですか、ちょっとそこらを教えていただきたいなと思うんですが。



◎いけだまちづくり協議会会長(中堂武賢) 基本的なベースというのはここにおられる副会長と私が一緒になって話を決めていくことは事実です。でも最終的にはやはり皆さんに集まっていただいて、でも皆さんに集まっていただこうとしてもなかなか皆さんお仕事を持っておられますから、ですからなかなか集まっていただけないので、あるいはもう代理というか、委任するというか、そういう格好である程度内容的なものは決めさせていただくということになります。ですから、そのピアまるの方で定期的に、年間の平均をすれば大体月1回ぐらいの平均で集まってる内容です。その議論に関して、ある程度の大筋を決めないと、さあ集まりました。今から何しましょうでは、また時間かかりますから、なるべく1時間半から2時間までで会議が終わるように皆しております。そうしないとやはりある程度仕事に影響がありますから、ですからそのぐらいの時間で消化しようとすれば、やはり内容的にはある程度煮詰めておかないとだめですから、ある程度の方向性というのは、ここにおられる副会長の皆さん方である程度の下準備だけはさせていただいて、当日は皆さんの意見を聞くというようなやり方でずっと今までは毎月協議会をやっています。



◆内藤勝委員 これからまたいろいろと最後残っていくと思うんですが、それ一応いろいろと積み重ねられてこられたメンバーの皆さん方からしたら、そういったことがいろいろ我々の方に届かないようですね。できたらしていただいた方が我々は論議もしやすいですし、また議場に乗ってきたらそういった内容についての討論もしなければなりませんので、そこはひとつ、また会長さんを中心にひとつよろしくお願いしておきたいなと思います。



◆辻隆児委員 私は生まれてこの方、商業とか商いとかいうところと一番遠いところで生きてきましたので、勢い私が言うことは思いつきぐらいにしかすぎないんだろうというふうに思いますが、先ほど新田前会長さんから10年間以上の活動を聞かせていただいて、断片的に知っておったことが多かったんですけれども、こうして聞かせてもらうと大変長年にわたって活動をしてこられたことに対して、まず敬意を表したいと思います。

 そして、私はたまたま昨年、一昨年ぐらいに長浜市に、長浜ずいてしまいまして、昨年はちょうど、今日このごろまでに4回訪問しました。大変気に入ってるところはどこかと言いますと、つまり、まちづくりのスローガンが「歴史と伝統を大切にして現在に美しく生きる」ということがありました。ちょうどこのまちづくり協議会のスローガンが「これまであったもの、そしてかつてあったもの、今あるものを大切にしていく」ということと一致しているんではないかというふうに思いますし、それだけにまちづくり株式会社に対する期待とそういう可能性を感じるわけですけども、その長浜の場合は株式会社黒壁ということで、百三十三銀行ですか、それをガラス館にされたと。それからまた、史実に大体基づいたような形での長浜城、秀吉築城長浜城を復活させて博物にされておると。琵琶湖国体があったときに長浜の町は大変盛り上がって、市民のそういうまちづくりに対する機運が盛り上がったために大変活性化して、現在は年間360万人ぐらいの人が観光客としてやってくると。シーズンには土・日には3万人以上の人が来るわけですね。大型のホテルも3件ぐらいあったりして、中小ホテルがたくさんありまして、名古屋へ100キロ、京都、大津へ100キロから150キロというちょうど中間点にありますので、池田とはちょっと違うところもありますし、琵琶湖を背景にしているということ、それから北陸地方で歴史的にずっと開けておりますので、若干、立地は違うと思いますけども、そういうことがあると思うんです。株式会社黒壁の社長、初代なられた方は京都で長谷さんというビルで大変成功された人が、ヨーロッパへ行ったらガラスというものがものすごく繁盛していると。長浜にはガラス細工の伝統がないからこそ、これがバッティングをしないからいいんだということで導入されたというアイデアのすばらしい。二代目の社長さんは、長浜北高校の野球部の監督で、甲子園に5回出場されたものすごくエネルギッシュな人だそうです。ですから、リーダーのそういう理念と情熱みたいなものが、何の組織でもそうなんですけども、決定するだろうと思います。

 ところで、呉服座についてもとても関心がありまして、今、新田さんからソフトの面では可能性があっても、ハードではちょっと難しいとおっしゃってるところがどういうところにあるのか。財源的にあれを復活させるような財源はないということなのか、後々のこの興業に大変限界があるというふうなことなのか、聞かせていただきたいなと思います。

 それからもう1点は、中心市街地がTMOですか、中心市街地活性化という法律もあって、可能性があると思いますけれども、7年ぐらい前に、池田、このまま中心市街地置いといたら大変な町になるということで、現在大変高層化してきたんですけどね。まあ言ったら、無秩序な開発で、これを何とかまちづくりの観点から区画整理といいますか、そういう形でしていかないといけないんではないかという提案を本会議でやったんですけれども。といいますのは、池田の伝統的な商圏は非常に広いということだったんですけども、箕面や川西や、あるいは伊丹もものすごい商業の都市として活性化しましたので、かつてのあの広い商圏の中で商売繁盛させるという面は無理だとすれば、やっぱり中心市街地にマンションにたくさん住んでもらって、日常的な買い物をしてもらうという観点が非常に大事になってくると思いますし、しかし、6,000戸ぐらい空き部屋があるということでありますから、ここへもっとマンションを張りつけてもそこへ入ってくれるかどうかね。移動するだけでふえないということも言われておりますけれども、そういうことも関心を持っておられて継続されておるのかどうかお聞きしたい。



○委員長(井上章) 新田会長さん、中心市街地の方はある意味、行政が立てる部分ですので、まちづくり協議会の中の主要任務ではないというふうに思うんですけれども、お気持ちの方を聞かせていただきたいと思います。



◎いけだまちづくり協議会前会長(新田恭正) まず呉服座の件に関しましては、私個人、私的に思っておるのは、今の明治村があるそのものを返してもらいたいなと。これじゃなければ活性化はできないと思います。新たに呉服座的なものをつくったって、これはレプリカでしかないですから、やはり本物を持ってくるべきであろうと。呉服座に行かれたかと思いますが、明治村の呉服座、非常にすばらしいものです。奈落の底もございます。

 ちょっと話は変わるんですけども、ちょっとお時間頂戴してお話したいんですが、四国のたしか愛媛県でしたか、内子座というところがございます。私、行って初めて、去年でしたかね、行かせていただいて、本当に小さい町なんです。小さい町なんですけれども、内子町というところがありまして、余り人通りがないその通りに内子座というのがあります。ここはどこが管理していらっしゃいますかといったら、市が管理をしているんですよということで、ここは何をなさるんですかねといったら、いろんな集まりとか、講演会とか、それから先生方のいろんな市政の報告だとか、それからコンサートだとか、ちょうどそのときにはバイオリンのコンサートというのがありました。そこに本がありまして、日本の座という本が、ぱらぱらとめくりますと、呉服座というのがありました。「私、池田におりまして」、「池田は呉服座ですね」と、「今もあるんですか」というふうに聞かれたんですけど、「いえ、今明治村にあるんです わ」というふうにちょっとお話をしたんですけれども、そこはすばらしかったです。中も見れますし、中へ入って2階から下を見ますと升席になっておりまして、その舞台の下、奈落ですね。そこも見れるようになっておりました。それが出てきて、その通りをずっと歩いていくと右側にろう人形でお薬屋さん、昔のお薬屋さんがございまして、その中へ入っていきますと、いろんな昔のセットをなさってましてね。もうちょっと行きますと、塩、塩田の古い昔のあれがありましてそこの中へ入りますと、私は1時から、そうですね、これ3時に集まれというふうに言われてたんですけど、2時間で足りませんでした、その町を見るのに。その内子というのはそんな町やったんかと思ってびっくりしたんですけれども、そんな町になればいいなと。ちょっと先生のお話から遠ざかっていくんですけれども、そんな、池田に来たらほっとするような、もう川西もすばらしい近代的な建物が建っておりますし、豊中もこれから再開発が始まってきますし、近代的な建物は両サイドにあります。これを追いつけ追い越せということを池田はするのかというふうに、ちょっとそれはどうかなというふうに私は思っています。やはり池田に来ればほっとするような、小京都的なそんな町になればなと。そうするためにはやはり何とか戻したいなと。でもいろいろ役所を通じていろいろ話をしますと、それは無理な話ですねと。文化庁からそんなもん持って帰ってくるのはそれは無理な話ですわ。いうふうにそんな話を受けまして、いや、ほんなら無理やねんやろなというふうに思いました。そんな意味でちょっとハード的には無理かなというふうなあれを持っております。また何かいい方法がありましたらひとつ、またお願いをしたいと思います。

 それから今、中心市街地のことをおっしゃっておりましたが、私ども、余り中心市街地のことについては研究も、それから議論もしておりません、はっきり申し上げて。でも、池田はその池田駅の周辺、栄町、本町、それから石橋、飛んで石橋というのがありまして、1つの町なんですけども、何か飛地という、飛地といったらおかしいですけど、2つの商業施設がある。ここをやはりリンクしていかないかんのじゃなかろうかなと。そのためにはやはり、こんなことを言っていいのか、これは私見でございますが、園芸学校の辺の開発かな、それとあと何十年後にダイハツさんがあそこの土地をどうなさるかな。果たしてここ30年、ダイハツさんはずっとあそこにおられるかな。その辺もやはり含めて考えていかないかんのじゃなかろうかなというふうには思いはしています。その辺ぼやっとした話でございますが、その辺が中心市街地を考えていく一つのポイントではなかろうかなというふうには思いをしています。以上です。



◆椴木猛委員 1点質問したいんですけど、最近、池田のまちづくりのテーマとしてラーメンのまちとか、落語のまちであるとか、卓球のまちということが言われておるんですけれども、それらのまちづくりのテーマについてどのようにお考えになっているのか。そのことについてちょっとお聞きしたいと、そのように思います。

 それと、いろいろお話聞かせいただきまして、まちづくり協議会に対する思いと期待感について少し述べてみたいなと。今も新田前会長からお話がありましたけど、私の活動する地域が石橋にありますので、大変参考になるこういう場であると認識しております。それと同時に、行政主導でものをやるのか、民主導でものをやるのか。声を出すときに、やはり民主導の声が広く力強いものになると常々考えております。このまちづくり協議会につきましては、いろんな諸団体が平等な立場で広く集まっておられて協議されておる。この中でいろんな問題を協議される、これが大変大切なことやなと。行政主導で、これをしたいからこういうふうに動いてくれというような団体ではないので、この団体については私ども大いに期待しております。しかし、皆さんの今までの活動についても先見的に池田のまちを民の立場で強く考えておられますので、今後ますますこのことについて考えていっていただきたい。

 先ほども新田前会長のお話がありましたように、石橋は決して僻地ではありませんので、同じような場でお話していただきたい。先ほどちょっとうちの内藤委員の方からお話あったように、公人の立場ではなしに、地域代表で今日は松室さんにぜひ、来ていただいて、石橋のかかわりについてお話していただきたかったなという強い思いがあります。ますますこの中で我々がどのようなお手伝いできるのか。そして、今日こういうふうなお話し合いができた。この場が今回で終わるのか、それともこういうある時期を見て、ともどもに協議ができるんかということをお聞きして、意見したいと思います。



◎いけだまちづくり協議会前会長(新田恭正) ちょっと私の言い方が大変申しわけなかったかもしれませんけれども、私の理解では、今後は石橋の方がずっとずっと発展する可能性がふえると思います。今見てもわかりますように、学生はどこへ行くかというと、私どもの娘も、私、箕面に住んでおりますけども、池田でなく石橋に行きます。これからやはり石橋のごちゃごちゃごちゃとしたところから非常にいいなというふうに思っています。ああいう町並みというのは私はないと思うんですよね。だからどっちかいうと、石橋の方がこれからずっとずっと発展する可能性をずっと含んでいるなというふうな思いをしております。たまたま池田の駅前周辺と石橋とがちょっと離れてますもんですから、そこをどういうふうにリンクさせていくべきかなというふうに、これは今後、先生方、また私ども一緒になって何とか考えていければなあと、何かそこにひとつ、接着剤的なものができたらなというふうに思いはしています。そういうことで、えらいすみません。



◎いけだまちづくり協議会会長(中堂武賢) 今、議員さんも言われましたが、私も石橋4丁目ですので。そのかわり石橋であっても、50メートル向こうはもう豊中になりますので、ですから、いつも私も感じることなんですけれど、同じ池田に住んでいながら池田のにおいがしない場所であるということで、石橋の町内会とかそういう人と話しましたら、なかなか池田の人間であるというイメージがもうないという印象をものすごく受けます。ですから皆さん方もやはり池田を決して、石橋を忘れてないと思うんですけれども、何か忘れられたような印象を受けることはこれ事実ですね。これはもう仕方ないと思います。石橋に関しては一度、昨日も触れたんですけども、あの公園なんかももっともっといろいろと活用しいやという話も出ました。ですから、あの辺も将来的にはどんどんいろいろいいプランを出していけばすばらしい、今、新田さんが言われたように、池田よりも石橋の方が大きくなる可能性の方が高いんちがうかなというイメージは持っております。

 それとさっき言われましたように、テーマというか、今後のビジョンとはどうなのかと言われましたけれど、今プリントを皆様にお配りしましたように、実に小さいことしかやっておりません。大きなことをどんどんやって、そればっかりで、議論ばっかりを繰り返して2年、3年先になってきたら忘れてしまってやらないというよりも、やはり思いついたその場その場で、一つ一つ小さいことですけどやっていく。それを1つずつ成功に積み重ねていくことによって、やはりその大きなものに結びつくという考え方は基本的に立っております。ですから、皆さん、私もよく聞く話ですけど、こんなお前、せこいことすんなよ、こんな小さいことすなよとよく言われます。それからフリーマーケットにしても、あんなんすなよと、何のたしになってんねやということをよく言われますけれど、しかし、しないよりは私はましだと思っています。やはりそれはするべぎたと私は思っています。それの積み重ねがやはり大きなものに結びつくと思いますので、まちづくり協議会も何でもかんでもやってみて、それであかんかったらすぐやめたらいいわけですから、やはり小さいことからこつこつと、だれかのあれじゃありませんけれど、そういう考え方をベースに持ってるのは事実でございます。



◆椴木猛委員 大いに期待している一人でございますので、特にフリーマーケットにしましても地域で今おっしゃいましたように石橋の方でも前川副会長にぜひお願いしたいんですけど、大いに展開していただいて、常設のフリーマーケット、子供たちが集まれるようなフリーマーケット、主婦対象、お年寄り対象というそんなような特徴も出したフリーマーケットを企画していただいて、どんどん仕掛けていっていただきたい。そういうふうに希望しまして終わらせていただきます。ありがとうございます。



◆柿原高弘委員 今日はこういう催しを開くにあたりまして、関係者の皆さんにご出席いただいて本当にありがとうございます。以前に会議所でもお話を聞かせていただきまして、私もまちづくりや商業や産業の池田の活性化についていろんな思いを持って、なかなかそういう皆さんのような商業に直接かかわった経験がないんですけれども、むしろ違うところからいろんな問題を見てるんですけれども、非常に私、大きな課題だなというふうに思っていますのは、たびたび議会でも取り上げてるんですけれども、池田の市民の方々の財政力というのは大阪の府内でも非常に高い水準の、いわゆる所得が高い方々が池田に定住されていると。そういうことで、それが地域の商業の活性化にどういうふうに還元されているのかということを見たときに、会議所でも資料をいただきたいときに、府内の小売店の1店舗当たりの売上げ、販売額ですね。これが大体2分の1ぐらいになっているというのがここ何年間かずっと続いているのを見まして、非常に愕然としているんですけれども、これは一人商工業の皆さんだけの責任では僕はないというふうに思ってるんです。これは本来でしたら、そういうその町に住んでおられる方々がその町で買い物をし、消費をされるということは商業の活性化はもちろんですけれども、還元して、これは市の税収にも波及効果の非常に強い問題ですから、私はそこに行政として力を入れる非常に重要な問題があるんではないかというふうに考えているんです。行政の側に聞きましたら、いや、民が主導で行政が後ろからの応援に回る側やというふうによく言われるんですけれども、起業家の皆さん方のいろんなパンフレットや、こういう商工会議所がまとめられたこんな冊子を見させていただいても、逆の立場でやっぱり行政に対する会議所の皆さんの期待というのは非常に大きいし、そこがかなり大きなウエイトを占めてるというふうに見られておりますし、その溝はきちっと埋められていないのではないかと。だから行政が主導ということになると、何かお金を出したり、絵を描いたりということでは私はないというふうに理解しておるんです。いろんな角度からのボールを投げて、産業やとか、まちづくりの問題について、行政がむしろ引き腕的な役割をどうソフトの面で果たしていくのかと、こういうことが非常に大切なんではないかなというふうに思っております。

 それともう1つ、まちづくりの問題について、今日は商工業の関係の皆さん方とこういう場があるんですけれども、やっぱり、これは歴史が続く限り、池田のまちをどうするんやということについては絶え間ない課題だと思いますし、いろんな角度からいろんな方々が取り組んでいく問題ではないかなと思っております。だからまちはそこに住んでいる人がつくるべきものだと思いますし、例えば池田を離れてよそのまちに住んでも、池田のまちが自分が誇れるようなまちとして語れる、そういうまちづくりをどうするんかという点でいろいろ今日お話聞かせていただきまして、今、非常に歴史的な資産や遺産をどう形づけて生かしていくのかということについて私も大賛成ですね。ちょっと心配してますのは、この前の会議所でのお話も聞かせていただいて、9月の議会で市長にも問うたんですけれども、中心市街地の基本計画が年度内につくられようとしているわけですけれども、今、新田さんがおっしゃいましたように石橋と池田、これをどう連担させるか、そこにどういうまちをつくるのかというのが課題であるかのようなニュアンスを受けるような中間報告みたいな冊子を私もいただいたんですけれども、やっぱり池田のまちでこれから大事だなと思っていますのは、駅前の開発なんかもやりましたけれども、やっぱりああいう開発型で他都市と対抗するとか、量販店で対抗するとか、そういう時代はもう過ぎ去ったんじゃないかなというふうに私は思ってるんです。だから皆さんが研究されている、今、小さいことというふうに言われましたけれども、やっぱりそういうことを積み重ねて、池田じゃなかったらできないようなまちづくりを私たち市民が皆さんと一緒にどうつくっていくのかというのがやっぱり大きいテーマではないかなというふうに思いますので、せっかくの皆さんのいろんな思いが10年間にわたって一つ一つ積み上げられているんですけれども、池田にもっともっといろんなことにノウハウを持っている方がたくさん、10万人住んでるんですからおられると思うんですけれども、まちをつくっていくという点で言えば、そういう人材をどう発掘していくのかというのもこれは行政とか、私ども自身の仕事であるかもわかりませんですよね。そういうものが相まって皆さんの研究が将来にもっと発展的にきてるところにきて、こういうふうにどこからどう手をつけてやっていくのか非常に難しいと思うんですけれども、株式会社がつくられるというふうにお話聞いてるんですけれども、その辺が非常に大きな課題で、非常に難しい問題というふうに今、私も受けとめてはおるんですけれどもね。そしたらどうしたらええねんと言われると、これが一番いいというようなこと、私も何も妙案を持っていないんですけれども、みんなでいろんな機会にいろんなテーマを議論して、一つ一つ立ち上げていって、まちづくりをそれぞれの立場からも公言できるという、そういうことが私たち議会の場でも大いにやらないかん課題だというふうに思ってるんですけれどもね。なかなかそうは思っても、お金も伴うことですから、そう順調にいかないというふうに思うんですけれどもね。呉服座の問題なんていろいろ研究されておられる話も聞きまして、ぜひ何かいろんな、ほかの形でね、せっかく研究されたものが生かされるようなことをぜひ、皆さん方にも頑張っていただいて、私もできることがあれば一緒にお手伝いをして、もっと市民を巻き込んでまちを活性化させていかなかったら、このままでいいと思っている人は池田でだれもいないんじゃないかというふうに思いますので、立場立場の違いで、なかなかそこまで足踏み込んで皆さん方のように私どももやれればいいんですけれども、いろいろご意見ありましたら、また今度お聞かせいただいて、私どももできることがあれば頑張っていきたいなというふうに思ってますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。



◆松本眞委員 先ほど来、ずっと平成元年から10年以上にわたって、毎年毎年いろいろと発案をされて考え、努力をされてこられたということでお聞きをいたしました。それで継続性のあるものも何点かございましたですけども、それらもやっぱり10年間以上にわたってこつこつと取り組んでこられたものが実られたと思うんですけども、できることなら継続性のあるものがもっと誕生して、池田のまちの活性化につなげていただけるようなことがありましたときには、また私どももお手伝いできることがありましたら一生懸命頑張らせていただきますので、皆さんも、もちろん自分たちのお店、また自分たちの町、池田を活性化するために頑張っておられるんですけども、その点、惜しみなくお手伝いさせていただけることがございましたらお手伝いさせていただきますので、皆さんとにかく頑張っていただきたいなと思います。以上です。



○副委員長(吉本光夫) 皆さん、本当にありがとうございます。10年間にわたりましてシンポジウムを何回も開き、いろんな話し合いをしながら事業をお持ち、仕事をしながら活動をしていただいたことを本当に、これはなかなか言うは易し行うは難しでございまして、なかなか理解してもらえない。会長のお言葉を借りますと、誹謗中傷的な発言もあったというふうに私も聞いております。しかし、そんなこともめげずにここまで頑張っていただいたことは、本当に池田市を愛する方々の集まりであるというふうに私も再認識をいたしました。初めのシンポジウムのときに私も若干かかわっておりましたが、そのときの話は、何とか池田市を活性化しようじゃないかという広範な皆さんの集まりであって、シンポジウムに対してみんなで考えようという繰り返しだったと。そしてMIIじゃないんですけども、メイドイン池田ということで「いらっしゃい」ブランド、その他いろいろ考えていただいて、イベントもやっていただきました。これもみんな仕事を抱えた上でやっていただいた。本当にやっていただいたという表現が正しいと思います。協力するとか、我々そういう立場でものを言っておりますけれども、市民も行政も議員も協議会のメンバーも全部同じ目線だと思いますし、同じ土俵だと。そういう中で、やはりご存じのとおり、池田のハローワークの求人倍率が0.1、2ぐらいなっています。仕事したい人が10人おって1社しか求人がこないという状況、大変な不景気です。また、今話ございましたが、しかしながら、池田市内の購買力というのは大変高こうございます。しかし、お客さんでも出ていく。活性化についても池田の北部のマンションなんか値崩れがひどいという状態になってきております。これをやはり何とかしなければいけないという集まりがこの10年間続いてきた、支えていただいたんじゃないかな。ここで皆さん、みんなと同じように目線を一緒にしてやっていかなければいけない。このスタンスは私は過去も今も未来も変わりません。そしてそういうものの中で、いわゆるこのプランにもございましたように、まちづくり株式会社を立ち上げることでMIIをやったり、イベントをやったり、あるいは今はやっているパブリックビジネス、コミュニティビジネスとも言いますが、コミュニティビジネス、10種類ございますけれども、こういうものを立ち上げていって、地域の求人もふやしていこう、そういうことが活性化も根底で支えておるんですから、そういうことでこの組織を立ち上げなければいけないという流れが出てきてご尽力いただいていると思うんです。私もその目線で懸命に頑張っている一人でございますけども、この委員長のお言葉を借りますと、このまちづくり活性化問題調査特別委員会というのは、やはり前に向かっての委員会でございます。どの議員も、全員委員さんも頑張りたいと、協力したい、また一緒にやってきたいという今の表明もあったと思います。したがいまして、皆さん方のご苦労は人一倍感じてますし、苦労かけた分、申しわけないと思っている部分も私個人としてはございます。したがって、いろんな組織をつくっていかなければいけないときに、今まで10年間積み重ねたところからの組織かなという当然疑問点が残るかもわかりませんが、一方、組織おるところがないとして、踏み出す勇気をともどもに持ちたいなと。そこでいろんなことを考えながら、試行錯誤しながらスクラムを組んでいかなければいけないんじゃないかなというふうに思います。質問とかというのは失礼なところございますので、あるいは私わからん部分ございますけども、どうかこの辺、私の個人的な見解を、意見をきちっと表明したいということで、今日は委員会の中で一副委員長として参加させていただきました。以上でございます。



○委員長(井上章) それでは、最初お約束した時間がそろそろまいっておりますので、最後にもう一度、中堂会長の方から思いを少しおっしゃっていただきまして、終わりたいと思います。



◎いけだまちづくり協議会会長(中堂武賢) 先日、議会のときに傍聴させていただきまして、私らのメンバーで何人かお伺いさせていただきまして、質問が終わるとすぐに消えたので、あいつら圧力団体違うかということでお叱りを受けましたが、決して私たちは圧力団体ではありません。ご理解いただきたい、誤解のないようにひとつよろしくお願いしたいと。最後まで何で残れへんのやと怒られました。その辺はありますので。

 それで、私たちの考えというのはやはりこれからは民だけではなくて官も一緒に、政策推進の部長おられますけれども、よくやっていただいております。本当に、それから藤田さん、それからその他、皆さん本当によくやっていただいてます。これはほんと頭下がります。それでやっていただけるからこそ我々もできてるということは痛切に感じております。だからこそできるんであって、やはり官と民が一緒に、いいところ、長所、短所をお互いに出し合って、短所は出したらだめですけど、長所ばかりを集めて、やはりそういうものをしていかないと、これからはものすごく変化の激しい新しい時代というか、そういう印象を受けますので、やはり官と民が一緒になってプラン等を考えていかないと、これからは伸びない、それから乗り切れないと思いますので、先生方皆さん、またご協力のほどお願いしたいと思います。以上、よろしくお願いします。



◎いけだまちづくり協議会前副会長(冨阪昭子) 前に私が、商店街で閉めたまま置いてる店が多いので、せめて商店街で商売したら、店を閉めたら、自分ができなかったら若い人にでも安く貸すというぐらいの意気込みを持ってほしいと。個店でどっかでやってるのは、商店街の中なんだから、やっぱりずっと続けて店ってあいてほしいと思います。舗装は市がなんか補助金出したりしてるということも正しいかどうか、ちらっと聞いてます。条例でそんなん商店街で店閉めたらペナルティ科すよとできませんかと聞いたら、そんなあほなと言われたんですが、今日来られている皆様、先生方、そういうことを考えるお立場の方ですので、何かペナルティといったらきついですけど、何か方法を考えていただきたい。店出したいけど高いから商売できない若い人たくさんいらっしゃいますので、そういう方に、年いって、自分がやることができなければ店を貸すというような、そういうのをぜひ考えていただきたい。そうでないとどんどんどんどん商店街は廃れると思います。お願いいたします。



○委員長(井上章) そしたら、今ご意見もいただいて、皆さんうなずいてはりましたので、まず聞いていただいているというふうに思います。

 最初に申し上げましたように時間の方もまいりました。何時間もすればいいんですけれども、先ほど椴木委員の方からもありましたけれども、できれば何度か、これが1回で終わるんではなくて、議会として、委員会としてどういう形のメンバーの方と懇談するということは別にしましても、こういう形の会議といいますか、お話し合いを何度も続けていきたいというそういう思いもありまして、できれば1時間半ぐらいで終わりたいというそういう気持ちもございました。

 本日は本当に皆さんお忙しい中こうしておいでいただきましてありがとうございました。中堂会長をはじめ、皆さんからいろんなご意見を聞かせていただきまして、我々議会の中で改めて議論をしてまいりたいというふうに思います。また、最後には我々の理事者の方にも大変お褒めの言葉をいただきました。我々としても大変うれしい思いでいっぱいでございます。それぞれの立場で、すべてのそれぞれの皆さんが一生懸命頑張る中で池田の活性化、本当に実現していけるんではないかなというそういう気持ちを持たせていただくことができました。今後ともよろしくお願い申し上げて、今日はこれで終了ということにさせていただきたいと思います。

 本日は本当にありがとうございました。

              (午後3時02分閉会)