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滋賀県 滋賀県

平成24年 8月 1日地方分権・広域連合対策特別委員会−08月01日-01号




平成24年 8月 1日地方分権・広域連合対策特別委員会

          地方分権・広域連合対策特別委員会 会議要録

                               開会 10時04分
1 開催日時      平成24年8月1日(水)
                               閉会 11時50分

2 開催場所      議員室

3 出席した委員    小寺委員長、柴田副委員長、
            有村委員、岩佐委員、山本(正)委員、井阪委員、
            川島委員、生田委員、家森委員、蔦田委員、谷委員

4 出席した参考人   武村 正義 氏

5 出席した説明員   北川総務部長、西嶋総合政策部長および関係職員

6 事務局職員     澤村主査、谷口主幹、中村参事

7 会議に付した事件  別紙次第書のとおり

8 配付した参考資料  別紙のとおり

9 議事の経過概要   別紙のとおり



                  議事の経過概要

開会宣告  10時04分

1 地方分権の推進について
2 関西広域連合について
(1)意見  武村参考人
◎武村 参考人  武村です。久しぶりに県庁へ寄せていただきました。県議会へは、知事をやめてから20数年ぶり、知事室へは5年に一度ぐらい行きますが、県議会へ来たのは久しぶりでございます。県議会は2階かな、3階かなと迷いながら県庁に入ってきました。いずれにしても、こんな場にお目にかかれて大変光栄であります。
 私は学者でも専門家でもありませんので、与えられておりますテーマについて雑感を一方的に申し上げて、皆さんの御批判を仰ぎたいと思っております。
 率直に言って、日本という国の地方自治はどんなレベルなのか。国際的に比較して日本がどんなレベルか私は知りません。申し上げる準備はありませんが、何となく私のアバウトな直観で言って、そこそこかなという感じですね。
 中国のような中央集権的な国に比べれば、日本は地方自治がどっしりと根づいている。しかし、ヨーロッパやアメリカのように伝統ある何百年も続いた地方自治の上に構築されているシステムと比べると、日本はまだまだ育ち切っていないというか、未熟というか、中途半端というか、そんな感じもいたします。世界的なレベルでいえば、地方自治の充実ぶりはまさに真ん中ぐらいにあるのかなと勝手に感じている次第です。
 明治以来、日本の近代化が始まって、そして何年かたって、いわゆる憲法なるものが日本の国にできました。大日本帝国憲法といわれる憲法であります。残念ながら、あの憲法の中には地方自治という言葉もないし、地方自治にかかわる文言は一切条文としては存在しません。そういう憲法から日本はスタートをしているということであります。
 戦後、あの敗戦があって、いわゆるマッカーサー憲法とも言われますが、新しい憲法が制定されたわけでありますが、マッカーサー憲法とはいえ、やはり日本の国会も審議をしたし、一部修正もしたし、あれこれやってでき上がったわけであります。そしてその第8章に地方自治という章が設けられて、4つの条文がやっと新設されたということであります。この明治以来の生い立ちからいって、やっとマッカーサー憲法の最後のほうに地方自治というチャプターができて、4つほど条文がちょこちょこっと誕生したというのが日本の地方自治の生まれ育ちの経緯でございます。
 だから私が言いたいのは、憲法の原案をつくるときにアメリカがどの程度地方自治を考えたのかよくわかりませんが、天皇制とか戦争の放棄のようなところほど重視しなかったのではないか。当時の日本の国会も地方自治という第8章ができるだけでも前進だという評価も関係者にはあったでしょうから、これでは不十分だ、もっと充実したものをつくれという議論はあまりなかったのかもしれません。
 しかし、今、戦後60数年たってこの憲法の条文を振り返ると、やはり不十分だと思います。地方自治の本旨という言葉も入っていますが、一体、本旨とは何かという議論もあります。やや抽象的で曖昧であります。地方自治の本旨に基づいて法律でこれを定めると書いていますが、本来の趣旨という意味ですかね、本旨というのは。わかったようでわからない。ぴしっと締まった表現ではないような感じがします。
 当時、1877年というと明治の初めの頃だと思いますが、福沢諭吉が「分権論」という論文を発表されているようであります。国の権力は国家が集中してつかさどるべきではない、地方分権と言わないで分散と書いています。権力を分散させるべしという論述をされているようであります。特に西郷隆盛が戦った西南の役が象徴的ですが、明治維新で武士階級は仕事がなくなりましたから、日本中に元武士があふれていました。だから何となく日本の国は物情騒然として治まりにくい。そういう意味で西郷隆盛の反乱も起こったわけですが、そのような世情を見ながら福沢諭吉は違った意味で地方にもっと権限を与えて、地方のことは地方でやらせるようにしないとこの国は治まらない、何もかも東京でコントロールしたのでは無理があるという論述をこの論文で展開されたのだそうです。大変先見性のある、今の我々が見ても共鳴できる趣旨だと思いますし、だから分権論というのはその頃から始まっているのだと思います。
 私が知事を辞めてからですが、岐阜県に梶原さんという知事がいました。全国知事会の会長も何年かしていた意欲的な知事でしたけれども、彼が当時、岐阜県庁の職員に命令をして、岐阜県で憲法改正案をつくろう、地方自治を重視した新憲法案をつくろうということを言い出して、幾つか問題提起をされていたようであります。そこでは、地域のことは地域で決めるという大原則を条文の中に書こうという主張をされたようであります。道州制のこともいろいろ触れられていますが。
 そのような経緯がありまして、戦後、地方からも、憲法改正案というか、今の憲法の地方自治の規定をもっと強化しようという根本的な議論があることを御紹介申し上げておきます。
 私も国会議員を10数年ほど経験してきましたが、何となく国会の雰囲気というのは中央集権的ですね。実は国会議員というのは全て地方から選ばれているのです。中央で選ばれた人は一人もいません。東京都選出はいますが、東京都も地方です。特に衆議院議員の場合は、今やもう人口40万ぐらいの地域を代表して当選してきているわけであります。昔の中選挙区制でも同じですが、地方で激烈な選挙を終えて、地方で必死に後援会活動もし、何万票という票を得て当選してきている人が国会議員なので、国会議員は生まれも育ちも地方であるといえばそのとおりであります。また、次の選挙に出ようと思っている人がほとんどですから、絶えず地方に気配りをして、暇があれば地方に帰ってきていろいろ、地盤培養というか、冠婚葬祭の活動をされているのが今でもならわしであります。いかにも地方を大変重視して動いているという感じがしますよね。
 しかし、東京で議論するテーマはやはり国政です。地方自治に関する法律も多少出てきますけれども、多くは外交や安全保障も含めて国政に関わる仕事が90何%でありますから、国家を考えて議論をしている。そうなると、やはり地方は二の次というか、どうもそういう感覚になりがちであります。地方の経験をした国会議員も何人かはいますけれども、全体ではマジョリティーではありませんから、やはり過半数を制するような大きな声にはなりません。
 そこへ、国会議員をサポートする、いろいろ知恵をつけるのはもちろん官僚であります。この官僚は東京の本省で就職をし、地方に出向することはありましても、東京の本省を中心に動いている専門集団でありますから、彼らも本能的にはやはり東京を中心にした政権、中央集権的な感覚が常識であります。地方自治は本当に必要なのかということまで思うような官僚も少なくありません。地方自治がない方が国はうまくいくのではないか、無駄がなくて効率的にいくのではないかというドライな考えもあり得ますし、実は国民大衆の中にそういう感覚があります。財界人もそうですが、何となく地方でいろいろな腐敗や汚職などが起こると、地方に任せておくと駄目だ、地方がてきぱきと解消ができない状況が起こると、やはり中央に任せた方がよいではないかということになりがちです。本来的にも東京に一極でまとめておいたほうがよいのに、地方分権で地方公共団体を認めて市町村まで認めてかなりの権限を地方に渡すということは、全体として合理的ではない、能率的ではないという見方が、学者や財界人を含めて国民の中にもちらちらと常識的にあるわけですね。
 確かに戦争中のことを考えれば、上意下達で、国に逆らう者は出さないようにしなければなりません。戦争という状況になれば、まさに中央集権的でなければ国家はうまくいきませんから。しかし、日本が戦後こうしてかなり経済的に成功した状況になってきた以上、ますます地方自治は大事であり、一層地方自治に権力の中心を移すべきだと私は思っております。そのことが日本の国全体としても魅力的にいく。何もかも東京がコントロールして、能率的ではあるけれども殺風景で画一的な日本にしてしまったではないか。ここからもう一度反省をして、大変バラエティーに富んだ地方色の豊かな、あるいは個性豊かな日本の国をつくり直すためには、やはり地方分権、地方自治であると思っております。東京に権限を集約しないで極力権限は地方に委ねて、多少無駄をやってもよい、多少地方が失敗してもよい、数%ぐらい、1割ぐらい失敗してもよい、それでも地方にそれぞれ独自の道をやらせた方が国全体としては魅力的な国になるという発想を持たなければいけないと思います。ヨーロッパで地方自治が非常に根強く定着していて国民にも支持されているのは、それゆえであります。
 実際、私も国会にいたころ、地方分権に取り組んだり政府の新しい分権の方針を決めたり、あるいは立法をしたり委員会をつくったり、細川内閣や村山内閣で多少やってきましたし、それ以後も、内閣が変わるたびに地方分権、最近は地方主権ということを言って内閣の重要政策にしてきている。分権政策は細川内閣のころからにぎやかですよ。絶えず各歴代内閣がそれぞれ分権あるいは地方主権ということで何かやろうとして、また決めたりしていますが、それでも本質的に大きく変わっていない。
 例えば機関委任事務がなくなったとか、幾つか成果はありますけれども、根本的に国家の権限が地方に委ねられたという状況にはなっておりません。近畿を見ても、国出先機関を廃止して関西広域連合に任せるということも、議論としてはあるけれども容易ではありません。これは、政府が革命的な決断をしない限りは実現が見られないのかもしれません。国政にかかわる国会議員や行政官が非常に中央集権的である、あるいは自分たちの権限を弱めることはあまりしたくないという立場だということです。
 もう一つ、違った視点で地方自治を見ると、歳入の自治が弱い。歳入と歳出の自治があるというならば、歳出については結構大きな権限が与えられているようにも見えます。補助金でがんじがらめにされていて、あまり地方の自由にならない面がたくさん残っていますけれども、それでも歳出は一定、知事や議会に権限が任されています。県の歳入を見ても、税収、補助金、地方交付税、起債が中心ですが、特に今、一番大事な税収は、ほとんど法律でがんじがらめに決められています。県民税何%とかね。法人事業、自動車、たばこ、酒などいろいろな税金がありますが、要するに法定主義というのか、地方団体の条例で決めているわけではないのです。東京の国会議員が決める地方税法という法律で全部決められている。例えば、市町村の固定資産税、課税標準額は法律で制限税率が決まっています。地方団体も動かせない。少し高い固定資産税にしたいと思っても許されない。
 ただ、住民税だけは、県民税も市町村民税も少し幅が認められていて、上限と下限を少し上げたり下げたりすることは今でも認められているはずです。その程度です。他の大方の税は、一定税率というか制限税率というか、税率まで地方税法で決められているということが証明しておりますように、地方自治といいながら、一番肝心の自主財源をどうするかという権限が法律に委ねられていて、地方に委ねられていないという現実がずっと60数年続いているのです。
 これは大きな問題点なのですが、地方に任されたらどうするか。消費税も今は議論があるし、蔦田委員の参加しているみんなの党は地方税にするべきと言っているし、大阪維新の会もそういうことを言い出していますが、額の問題があるので、これがよいか悪いかは知りません。一つの案だと思いますがね。大阪維新の会は、消費税は全部地方税にせよ、交付税は要らないと言い切っていますけれど。両方の金額が大分違いますからね、動きますから。大胆な物言いではあるが、容易ではありません。しかし一つの考えです。
 消費税は全都道府県5%でやりなさいと地方税法で決めてくれたら楽ですよ。ところが、地方に任されて、もし消費税を3%でも5%でも10%でもそれぞれ県で決めなさいというようにオールマイティーで地方に全面的に委ねられたら困りますよ。知事と議会に任されたら、どうしようかと。これは安い方が、しないほうが喜ばれるけれど、なかったら財源がないしね。では、滋賀県は5%にしようか8%にしようか、いや、3%にしようかと。こんなことがむしろ議会に任されたら、ありがたいけど、皆さんとしては大変苦労しなくてはなりませんね。
 でも、苦労をしても、本当は、そういう権限から地方自治というのは真剣な議論が始まるのだと私は思いますね。それがもう税率は全部法律で決められている。だから非常に楽ですけれども、主体性というか、地方の自主性というのはほとんどないのが歳入においては現実であります。これは起債とか交付税を含めてもそういうことが言えます。
 中根千枝という有名な女性の学者が「タテ社会の人間関係」という本を出されてベストセラーになったことがあります。日本人は縦割りが好きで、縦割り社会の志向を持っている。上下の関係は非常に得意で横の関係が苦手な民族である。対等な者がつき合うことが非常に苦手だという言い方にもなる。上司と部下なら早く割り切ってしまう、偉い人だから従う。どこでそういう日本人の体質ができ上がったのかよくわかりませんが。
 地方自治体も、何かきょろきょろして、他の県がどうしているか、国がどう言っているかをすごく気にする。気にするのは悪くないけれども、結果としてはユニークな考え方を余りしない。標準的なやり方をしておこう、全国どこでもやっているならそれはやろう、余りやっていなかったらやめておこうということで、独自の道を行くことをどうも日本はしたがらない。国民全体にそういうキャラクターがありますから。地方自治は本来個性的であって当然です。横並びでないほうがよい。人口の規模も土地柄もみんな違うのですから。47都道府県は47の顔を持ったほうがよい。市町村ごとにそれぞれの顔を持ったほうがよいけれども、何となく横並び主義がはびこっていて、むしろ個性を剥ぎ取るようなことをしている感じがします。
 私は、市長と知事を10数年経験させていただきました。滋賀県は滋賀県としてどう個性を発揮するべきか、八日市市長をやっているときは、人口3万の小さなまちでも、あのまちはあそこにしかないのだから、あの土地に合った、あの歴史に合った、自然に合ったまちづくりをどうするかということを一生懸命考えました。
 よかったか悪かったかは別として、私のあのころの知恵として出てきたのは自転車都市宣言という、八日市市を自転車のまちにしようという発想が思い浮かびまして、当時オイルショックもあり石油がだんだん減ってきて物価が急騰しているという状況も背景にあったから、自動車万能のモータリゼーションの社会を変えようと。八日市市のような小ぢんまりした田舎町、田んぼが多いところなら、大体八日市市のまちの真ん中から一番遠いところでも自転車で20分ぐらいということを私は経験して、市民が20分でまちの真ん中まで来られるから、自転車道路、専用道路をきちっと張りめぐらそうと。八日市市は自動車のないまちにしようとは思いませんでした。自動車はなかなかなくなりませんが、自動車の道よりも自転車の専用道路を、幸い圃場整備もしますし土地改良も進んでいくから、ここは自転車だけという道をきちっとつくって、自転車天国のようなまちを創りたいというのが私の夢でした。
 そんな大それた夢を抱いて市議会に相談したら、みんな賛成してくれて満場一致で都市宣言を議会でも決めてもらったのですが、私がほいほいと知事選挙に出てしまったものですから、非常に無責任というか、市長を3年半で終わってしまって、自転車専用道路を五、六本つくりましたけれど中途半端でやめてしまって、この自転車のまちづくりというのは頓挫した感じがあります。今思うと、ヨーロッパを見ても自転車のまちづくりをもっと大胆にしておけばよかったと思いますね。農村はよいけれど、まちの中になってくると、どうつくるかかなり難しいですからね。歩道と間に合わせの自転車道路では、自転車を利用する人にとっては非常に使いにくい。自転車こそ真っすぐで滑らかでないといけない。自動車は曲がってもらってもよい、広い道路のど真ん中に自転車専用道路を持ってくるぐらいの発想をしないと、間に合わせ主義の自転車道路では、非常に利用しにくい。だからかなり大胆に金と力を入れないと、自転車のまちづくりはそう簡単にできるものではありません。
 知事のときは、たまたま赤潮が発生しましたから、これは私が選んだというよりは選ばざるを得なかったように、滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例をつくることや世界湖沼会議を開くことなど、いろいろな琵琶湖の環境にかかわる独自の政策をさせていただきました。琵琶湖という日本最大の湖が県の真ん中に存在することが滋賀県の最大の特色です。滋賀県の持って生まれた個性です。その個性の上に県政はどういうユニークな政策を打ち出していくかということですから、赤潮があろうとなかろうと、これからも、やはりこの琵琶湖にかかわる滋賀県らしい政策を大胆に続けていただくことが大事です。それが滋賀県の個性のある県づくりになるのだと私は思っております。それ以上のことは申し上げませんが。
 いずれにしても、全国の自治体がきょろきょろと隣のまちの顔色を見ないで真っすぐ自分の土地を見て、自分の土地の歴史と自然を見て、新たな個性をどう発揮していくかということで地方自治を進めていただきたいと思っています。
 最後に広域行政について一言申し上げますが、平成の市町村合併は失敗ではないかと思っています。合併をしたら財政的に得するというような損得勘定で合併したような嫌いがあります。それ以外の理念があのときはないように思いました。大きければよいと言わんばかりで、滋賀県もあちこちで大小さまざまですが合併が行われました。
 県内を時々回っていますが、合併した町村でよかったというところはあまりありません。皆さんは私よりも詳しく知っておられる。褒められた市町村ありますか。合併の真ん中の市はどう思っているか知りませんが、周辺の人は、大失敗とまで言わないかもしれませんが、得することは何もありません、よかったことは何もありませんとはっきり言われます。だから甲賀市であれ東近江市であれ、あるいは米原市であれ長浜市であれ、何かとにかくがたがたと一挙に合併してしまった。財政措置や交付税などの優遇措置があったからやったような感じもありますが、私はもう一度御破算にして、狭域行政ではありませんが、いつの時期かやり直したらどうかと思います。これは今年や来年ではないけれど、30年50年という長い期間の中でもう一度市町村のあるべき姿を考え直したらどうですか、これも東京の流れにずっと従ったので、滋賀県は滋賀県独自の市町村のあり方をもう一度議論したらどうですかと申し上げたい。
 関西広域連合のことはよく知りません。嘉田知事も一生懸命かかわっておられるからあまり批判をしても仕方がないのですが、大体、広域行政というのは、昔から協議会や機関の共同設置、一部事務組合などがありました。今、広域連合という仕組みが広域行政の一つとして地方自治法の中にあるそうですが、しょせん地方団体が集まって協議をして、一致すれば仲よくやりなさいという感じのものだと思います。
 ただ、知事や市長が集まってやっているのは結構ですが、みんなの意見が一致すれば、関西広域連合で決まりました、それで結構です。それは祭りをやるとか、軽い話は決まることが多いですね。それが水の利害や地域の利害が対立する問題は恐らく知事と知事の意見が合わない。それはもう何一つ決まりません。そういう場だと思います。これが府県合併や道州制になれば、これは独自の組織ができるわけです。先ほど、日本人は横の付き合いが苦手な国民で、対等な者が付き合ったときはなかなかうまくいかないということをあえて申し上げたのは、この広域行政がそう簡単ではないということにもつながるわけであって、何となく仲よしクラブでいれば関西広域連合はそれなりに結構ですが、国出先機関を廃止して全部関西広域連合が処理することができるのか。原発問題も、嘉田知事や山田京都府知事が最後は井戸兵庫県知事になびいてしまったので、原発再稼働もいろいろな見方や批評がありますが、本当は無理して合わさないほうがよいと思います。嘉田知事には聞こえないかもしれないけれど。兵庫県知事や大阪府知事がおりても、滋賀県と京都府はおりませんという主張があったのではないかと思いますけどね。広域連合になったら何か最後はみんな仲よく一緒にしなければならないと思っていると大間違いで、意見が対立することがあってもよいのではないか。しかし、根本的に対立する大きなことは、この広域連合では恐らく処理は難しいだろうというのが私の感想です。
 以上、勝手なことをさまざま申し上げました。ありがとうございました。

(2)質疑、意見等
◆川島隆二 委員  地方自治のあり方で、武村先生も、もともとは自治省におられて、それから首長をされて、国会議員をされてという中で、国会はやはり中央集権的であるというお話がありました。地方自治をどう確立していくか、いろいろな議論がありますが、そういった権力を分散していく中で、地方自治のあり方としてはどのような形がよいと思われていますでしょうか。

◎武村 参考人  その御質問に答えるのは一番難しいですね。私もこれまで国会にいる間もそのことはかなり大きなテーマとして考え続けてきた一人なのですが、単純明快な答えはまだ見つかっていません。
 長期の視点からも含めて、日本の国のあり方論を考えますと、私はやはり行く行くは、道州制がよいのではないかという考えを持っています。道州制というのは、実は議論にいろいろな幅がありまして、都道府県が合併してできるものが道州だという議論もあります。権限はほぼそのままで、3つか4つの都道府県が合併して区域を大きくする。
 私が若い頃、愛知県庁に3年ほどいましたが、当時、愛知県庁には桑原さんという大物の知事がいました。全国知事会の会長を10年もやっていた人で、その人が広域行政論者で東海3県の合併ということを盛んにおっしゃって、武村君、私は東海3県合併の講演をするから、講演の原稿を書けと言われたこともありました。愛知県、岐阜県、三重県の3県の合併という次元のことで道州制とは言いませんでした。大きな都道府県をつくろうという合併論がありました。その延長線上で近畿が一つになって近畿州をつくるという道州制の議論も始まっていました。
 私は、西ドイツにいたことがありますが、あの国を見てみると、連邦国家ですね。州はもともと、たくさんあります。むしろ国より先に州があります。アメリカもそういう沿革です。最初、東部地区からいろいろな州が生まれて、それから合衆国が後から誕生します。西ドイツもそうです。ばらばらに州があって、それがプロシアという国になって、その後ドイツになっていったのですが、今でも州が国の中心です。地方自治体ではないです。州が国なのです。ドイツ語でラントと言います。landというのは、国という意味です。アメリカでは州のことをステートと言うのですね。ユナイテッドステートのステートは国ですね、国が集まっている。ドイツのラントも国です。10幾つかの国が、州が集まって、当時はボンというところにドイツ連邦共和国ができました。今はベルリンにあります。そういう生い立ちというか、歴史を経てあのような国はできている。ですから、日本がそのまままねすることは、なかなか同調しにくいかもしれません。
 日本も小さな島国だけれども、巨大な経済大国に成長しました。これだけ大きな経済大国になってしまうと、この国は一本でないほうがよいのではないか、国を分けようではないか。国鉄の分割民営化と同じですけれど、北海道、東北、関東、近畿など8つぐらいに国を分割しようではないか。何も国を包丁で切ってというわけではないですけれど、全体としてもより魅力のあるいい日本をつくるためには、国をまず分割して、それぞれもう国として独立しなさい。そこに政府ができて総理大臣ができてよい。それぐらいの発想をすれば、これは連邦国家です。連邦国家的な道州制の大胆な考えと都道府県合併的な道州制、これだけ道州制には幅がありますので、私は連邦国家的な道州制なら賛成です。
 単に都道府県の規模を大きくするだけでは、あまり魅力を感じません。やるなら大胆にやって、いずれ近畿州、関西州ができるなら、そこに総理大臣も各大臣も置く。ドイツの州には大臣がみんないるのです。ベルリンの連邦には文部大臣はいませんが、州には文部大臣がいる。教育行政というのは州の仕事ですから連邦はあまり関与しない。そのくらい徹底しています。地方のことを地方に任せる大胆な決断ができると、川島委員の御質問の地方自治のあり方も少し整理ができてくる。その間で迷っていると、なかなか私は今までのその答えが自信持ってできない。私はある雑誌にそういう連邦国家的な道州制論の文章を発表したこともありますので、そういう考えです。

◆川島隆二 委員  平成の市町村合併は成功したとは言いがたい、失敗のほうだということでしたが、ただ単に合併をしたというだけだからだと思います。滋賀県の中でも4つから7つぐらいの自治体に編成し直して、その基礎自治体が道州制に向けてこの近畿の中でどのように個性を発揮していくのかというところが問われていくと思います。私は道州制のほうがよいと思っています。
 関西広域連合が仲よしクラブ的ではないかということで、広域連合の限界というのは、この前の大飯原発再稼働のように大きな話になったときに、妥協する部分が非常に低かったと感じています。そういう意味で、水の問題では、知事は当事者同士だからうまく解決方法が見つかっていく、国がやったらむしろうまくいかないという言い方をされるのですが、むしろ逆で、利害の対立というのは非常に厳しいので、ここも変に妥協してハードルを低くしてしまったら、これから先の滋賀県の県民にとっては非常にマイナスになっていくと思います。広域連合と広域連携の違いもはっきりしない中で、なかなかコメントがしづらいかもしれませんが、行く行くはこの広域連合という形はどのようにしていけばよいと思われますか。

◎武村 参考人  広域連合のままのほうがよいとは言いませんが、広域連合のままでいくのではないですか。それ以上でも以下でもなかなか大変だろうと思います。各府県の意見が対立しているときに、連合長が決めたらすっとみんなが従いますか。従いませんよね。みんなが各府県の利害を一手に背負ってきていますから、どうしても鮮明に対立する事案については断固賛成、断固反対を貫かざるを得ません。そうなると多数決で決められない。広域連合というのはやはり協議の場ですから、なかなか難しいのではないかな。統一した意思を持ってばりばり仕事をしていくものではないという感じがします。
 第一、広域連合は関西しかまだできていない。市町村レベルはあるようですが、それを見ても、広域連合というこの仕組みがすばらしいのであれば、北海道から九州までいっぱいできていなければならないけれど、関西で誕生して関西だけやっているというのでは、まだ全国的にはこの広域連合という形があまり魅力的に映っていないという証拠ですね。
 だから道州制にも飛躍していくしかないとは言いません。でも道州制は少し時間がかかるかもしれませんが、一つの大きな、これは国を変えるという次元の議論にもなりますから真剣にしてほしいと思います。市町村合併は、また全然違うのですが、基礎的な自治体というのは、本当は根源的にも歴史の中で生まれてきたものだと私は思います。そういうものを経済の流れによって、国鉄や民間会社の合併のようにどんどん合併していくという発想は、そもそも正しいのか。三菱東京UFJ銀行ではないが、いろいろな銀行が集まれば大きくなって強くなるという、市町村も合併して大きくなれば何か魅力的になるかのごとく錯覚しているのではないか。本来、何百年という歴史の中でできてきたコミュニティーをそう簡単に人為的に大きくするという発想は正しくないと思っています。
 欧米を見てください。ほとんどの国は合併していません。ドイツでもフランスでも、日本でいえば村という単位がほとんど残っています。どうしているかというと、ドイツでも徹底して村は大事にしています。そのかわりに、機能は全部合併しています。村という名誉は残す。だから村長と議会はあります。両方とも名誉村長、名誉議会という形で最小限の形で村って残しています。しかし、仕事は全部広域化しています。こういう割り切りをして、それぐらい、村の伝統というか、地方自治の古い歴史というものを尊ぶというか、簡単に壊さない。それこそを誇りにしながら国全体ができ上がっている。アメリカも割合大事にしています。だから日本は、銀行や国鉄の合併と同じようにさっさと合併していくというのは、何かすごく安易だと思っております。

◆有村國俊 委員  先ほどおっしゃったように、国の形を変えるということは国民の意識を変えなければいけないということだと思うのですが、いわゆる制度疲労を起こした中央集権に伴って、今、関西広域連合の中で各首長の意見が割れています。私も同じように仲よしクラブではないかということは前から言っているのですが、20年後あるいは30年後の関西州を考えたときに、関西広域連合の中でそういった利害関係が合わない首長がそこでクラブ的にいろいろな会議をしたところで、30年後の関西の姿は見えないと思っているのですが、そのことについて御意見をもう一度お聞かせいただきたいと思います。

◎武村 参考人  例えば紆余曲折を経て関西州政府というものができたとします。私はあえて政府という言葉をつけるのは、自主性、独立性を強調してそういう言い方をする。
 その州政府の中で、琵琶湖と淀川の問題もダムの問題も全部その内部の問題として議論されますから、ちょうど滋賀県における湖北と湖南の関係などと同じように一つの県政の中の仕事として取り扱われていきますから、そこはそういう政府が誕生すれば、協議会のように対等の者が集まって議論していることとは違って、ぴしっと決まっていくのではないでしょうか。ぴしっとというのは、簡単にとんとんいくという意味ではないですよ。関西州政府ができて、州政府の首長や議会がぴしっと決めれば、上流と下流と利害が多少対立している問題でも、関西州の政府の方針として決定されていくと思います。
 ただ、大阪都構想のことはよくわかりません。橋下大阪市長も、道州制に賛成しています。すると過渡的に道州制ができるまでの案として大阪都構想を言っているわけですかね。そういう理解をするといいのですか、それならわからないことはないですが。それもちょっとややこしいです。関西州ができれば、大阪都はせっかく法律をつくってできてもまたなくなるわけですね。

◆蔦田恵子 委員  武村先生のお話伺っていて、もう大きくうなずくことばかりです。
 私は、いろいろな問題がまだまだたくさんあり、時間はかかると思いますけれども、一日でも早く道州制を導入すべきであると思います。それも単なる都道府県の合併ではなく、武村先生がおっしゃったように、各州の中で決めていける、自主性のある連邦国家制に基づくような地域主権型の道州制を実現すべきだと思っております。
 その理由は幾つかあるのですが、中央集権型の国づくりがずっと進んできた大きな弊害の一つとして、全国どこでも金太郎あめ的なまちづくりが行われてきた。そのことによって、もちろん余り大きな格差が生まれることなく北海道から沖縄県まで均等なまちづくりがされ、それなりに安全で福祉も守られてきたという状況があるのですが、それは逆に、誰が知事や市長、議員になっても余り変わらないというような、政治や行政に対して深く自分たちがかかわっていこうという関心の強さという点から、よくなかったのではないかと思っております。これから連邦国家制のような道州制が実現するためには、選ぶ側の責任が必要になってくると思っております。選ぶ側の責任というか、意識を持つことの重要性についてお伺いしたいと思います。
 それから、この地域主権型の道州制は、もう何十年も前から議論の俎上には上がってきているけれども進んでいない。その原因の一つとして、私は、やはり政治力の弱さが上げられるのではないかと思っております。長く政権を担ってきた自民党、そして政権交代が行われて今民主党政権になっているわけですけれども、それでも結局、官僚は道州制にしたくないと思いますので、官僚主導の中で政治が行われてきたことの大きな弊害が、この道州制がなかなか前に進まないことの原因だと思っております。今日の議題からは外れるかもしれませんが、首相公選制の議論が前からありますが、選ばれた首相は、2年もしくは4年しっかりと責任を持ってやっていくという形でなければ、ころころ首相がかわっているようでは、国の形を変えることはできないのではないかと思っております。この点についてお伺いしたいと思います。

◎武村 参考人  前者の選ばれる側の話は、おっしゃるとおりですし、これはもうあれこれ私がコメントする必要はありませんが、選ぶ側がむしろ主体で、民主主義の主体ですから極めて大事だということは全く同感であります。そういう意味では、有権者に対する啓発とか、有権者の意識が少しでも盛り上がるようなさまざまな努力がより必要だと思います。
 後者の話は、日本の総理大臣の公選制という議論は大きな話です。大統領制というのは憲法の話にもなってくるわけですから大変魅力的です。我々はもう県で、あるいは市で経験している仕組みですから、単純に言えば、これを国にも大統領制を導入すればいいということなのですが、大統領も国民が選ぶ、国会議員も国民が選ぶ、その双方の権力のチェックシステムの中で国が運営されればよいという考えだと思います。ただ、イギリスという民主主義の相当経験の深い国が大統領制をとらないで、今の日本と同じ議員を選んで議会に総理大臣を選ばせるという仕組みをとっています。西ドイツもそうです。そういう国も半分ぐらいあります。これは非常に大きな議論があって意見が分かれるところであります。
 それはそうとして、道州制という話で、皆さんも現実に今、滋賀県の県議会議員であるし、私のようにもう一県民にすぎない立場でも、滋賀県がなくなるのかと思うと、もし道州制が進んで滋賀県が3年後になくなると言われると、何か寂しい。そんな簡単になくしてよいのかという、今度は逆に反発を感じたくなるところがあるぐらいに、滋賀県という地方団体の歴史というのはどっしり根づいているわけです。もう百数十年になりますから、その重みがある。道州制を万一考えるとしても、では今の都道府県をどうするのか。このまま残すことは不可能ですが、先ほどのヨーロッパの例で名存実亡ですが、合併しても村は合併しない。たとえ名誉村長でも名誉議会でも残して村はずっと続けていく。これは一つの極端な話ですが、滋賀県という百数十年歴史を持った地方団体の何らかは形で残すということもあり得ると。第3、第4の自治体として残すというとこれは不効率になりますから、まさに一番大胆な場合は、今、西ドイツの村の例で申し上げたように、滋賀県という歴史を尊んで名前と形だけは残すという知恵も最終あるのではないか、きれいさっぱり取っ払ってしまうというドライなことをしなくてもよいのではないかという意味で、そう思います。

◆谷康彦 委員  市町村合併に疑問を呈されたという話があったのですが、合併すると周辺のまちの人たちは、やはり本当に合併がよかったのかと疑問に思っておられる、これは事実だと思います。しかし、例えば道州制になったときに心配するのは、中央集権的というか、周辺府県の発展について、やはり心配が残るわけです。その点、関西広域連合の場合は県に権限を残している。財政的にも権限の面ででも、かなりの部分を残したまま広域的な自治体組織が存在するという形になっている。中途半端かもしれませんが、そうした部分については、周辺府県の心配はそこである程度抑えられている感じがするのですが、道州制のそうした心配の部分についてどんな考えを持っておられますか。

◎武村 参考人  それは谷委員がおっしゃるように、今の関西広域連合は全く合併ではなく、各都道府県はそのまま権能を持っているわけです。そして関西広域連合で県独自の主張ができるわけですから、そういう意味では府県側から見ればあまり困ることはないですね。全部権限が関西広域連合へ行ってしまったということではないわけですから、安心できるとおっしゃるならそうですね。これは全然合併とは違うからそうなのです。市町村合併の場合は、支所を残したりしていますけれども合併してしまいますから、合併した瞬間に前の古い市町村はなくなります。そういう意味では非常にドライというか、割り切りがすっきりしています。後から振り返ると寂しいと、ぶつぶつ不満や不平があちこちで聞かれるようになってきています。
 では、その折衷案、先ほどの名存実亡、名前だけ残そうということは、これは極端な言い方をしていますが、一定の権限を都道府県に残して合併するという、折衷的ですが、そういう知恵はもちろんあり得ると思います。その一定の権限とは何か。それはいろいろあり得ると思いますから、段階的にはそういうことがあってもよいし、一気に全部合併で滋賀県が全部なくなるという道を選ぶ方法も知恵としてはあり得ると思います。特に箇所的にはそういう知恵は大いにあり得ると思います。それは私自身でも滋賀県が明日からなくなると言われたら何か寂しい感じがして仕方がないので、そういう中での議論ですから。
 それからもう一つ、地方分権が大胆に進まないのは、首相公選制ではないからという理由もあるかもしれませんが、やはり衆議院議員選挙のときの最大の公約、明確な公約として、政権を担うような大きな政党が堂々と、3年以内に道州制をこうしますときちっと掲げて選挙を戦って、地方分権なり地方主権の問題をメーンテーマにして政党が総選挙を争って、それで過半数を制したら、そのときにはすっきりした、ある意味では革命的な大改革、地方分権が進むことになると思います。今の民主党もそうではなく、たくさんの公約の中に地方主権の確立と書いています。重要な公約の一つには入っていますが、その程度ではなかなか選挙が終わってから事は進みません。官僚の抵抗もありますけれども、なかなか進まない。党を挙げて明確にマニフェストの中に地方分権の主張を打ち出して、そして総選挙で争う、国民の審判をいただくということになれば、そのときこそ初めて基本的に大きな前進があるのではないかと思います。

◆家森茂樹 委員  私もそれぞれのまちを見ながら市町村合併はあまりよくなかったと思っております。このままでは駄目だ、何とかならないかという話をいただくときがあるのですが、合併した限りは誰がしてもあまり変わりませんという話もしながら、やはりリーダーシップだろうという話もさせていただいています。今、話を聞いていて、なるほど、こういう手があるのかと思いましたのは、旧の小学校単位や中学校単位で名誉村長、名誉議会をつくって、これだけの見積額の中で何をしたいかだけ決めてくださいと言って、予算の大枠をそこへ渡す。それで、その地域については直営で市がやりますというやり方も一つのよい方法なのかと感じながら聞いておりましたが、もし御見解があればお願いします。
 それともう一つ、話は変わるのですが、ちょうど細川内閣から村山内閣、このころに衆議院議員の選挙制度が小選挙区制に変わって、それから4回選挙があって、それぞれ立派な国会議員がおられるのですが、やはりそれぞれの地域でその地域に合った話をして、それを国へ持っていっていただけているのかと思います。この小選挙区制になって、個性がなくなるというか、これだけはやりたいという国会議員がなくなってきた。また、地方分権や国出先機関の移管も大枠までできてきたけれども、国会提出、それから成立まで行かない。これはやはり小選挙区制になって、国家がどうあるべきというよりも有権者の方を見過ぎているような国会議員の選挙ということになってしまい過ぎたのではないかという気がします。これは今さら戻しようはなかなかないと思うのですが、御感想というか、思いがあればお聞かせいただければと思います。

◎武村 参考人  これはやはりどんな制度も戻しようがないことはないのであって、どんな制度でも戻すことは可能だというぐらいで議論をしていただきたい。市町村合併も、何となく合併をしてきた立場からすると、あまり成功ではなかった感じがするけれど、もとへ戻すことはもうあり得ないと思っているでしょ。もとへ戻すことは法律的にもあり得ます。仕組みはややこしい。私も忘れましたけれど、議会で議決が要るとかいろいろありますからね。もとの市町村へ戻すことは可能です。狭域行政、広域行政の反対ですが、もとへ戻すルールはあるので、本当はそういう形をとることもあってもおかしくないし、私が言ったように名前だけ残すということを少し進めると、一定の権限だけ残すというやり方はあり得るので、各町村でもう一度自治体を復活する。永源寺町や能登川町という名前、自治体をもう一度復活する。そのかわり、かつての予算の10分の1ぐらいの予算だけ渡して、人数を減らして残すけれども、権能としては地域のことにかかわる事務だけにして割り切る。でも結果として町名は残す、復活するという選択はあり得ると思います。
 私の滋賀県知事時代に彦根市の稲枝へ行くと、愛知郡が犬上郡の彦根と合併して何もよいことはありませんと幾度もいろいろな人から言われました。私はあの声が頭にしみついているわけではありませんが、当時、広域行政は罪なことだと稲枝の合併で思っていました。
 それはそうとして、もう一つの視点の小選挙区制は大変鋭い御指摘だと思います。小選挙区制になったために衆議院議員の意識が幅広くなったのは事実です。地域は狭くなったのです。しかし、たった1人の代表ですからいつも半分以上の支持をもらおうと思って動いています。特定の意見に賛成してしまうと嫌われますから、過半数をいつも意識しています。最近の衆議院議員は、まあまあという感じであまり角の立たないことばかり言って歩いています。これはどうか、イエスかノーかと一度迫ってくださいよ、答えませんから。半分以上が賛成でないことをイエスと言わない、そういう議員の体質になってきています。彼らは絶えず過半数。過半数というのは、3分の2ぐらいの支持をもらいたいといつも思っていますからね。そういう意識で、幅が広いのは非常によいのですが、逆に言うと旗幟鮮明でない。個々の問題に対して自分が賛成、反対を鮮明にしないで、ふわふわして地元で暮らしているというか、選挙運動をしているという体質になっています。結果的に国会議員の人物が非常に小さくなってきているとか劣化しているとか、いろいろな批判を受けてきているわけです。そのことと道州制や地方分権の大きな改革というテーマを重ね合わせると、今の小選挙区制から選ばれた衆議院議員では、こういう大胆なことは決められない。家森委員はそういう御判断だと思います。大変鋭いと思う。関係ありますね。
 私は小選挙区制を導入した張本人の一人ですから偉そうに言えませんが、選挙制度をそろそろ議論し直してもよいのではないかと思っています。

◆山本正 委員  地方自治のあり方を考えていくときに、どういった方向を目指すのかという大きな観点からいろいろな話を聞かせていただいて、前からわかりにくいと思うのが、国、官僚のシステムです。何となく大きな権限があって、そしてその大きな権限を裁量という中で、言葉をかえればさじ加減というような形、そしてまた地方からは陳情、その世界の中でいろいろなことが決められていくという、そこにわかりにくい点や明確でない点があります。これからの地方自治、地方分権の中で、それらがはっきりとわかりやすくなる、普遍的なルール化されたものを私たちも目指していかなければならないということをずっと考えているのですが、裁量型からルール型へという視点から、どのようにお考えか聞かせていただけないかと思います。

◎武村 参考人  おっしゃるとおり、中央集権的であればあるほど中央の官僚の力は強いですね。だからいろいろな意味で官僚批判が行われています。だって巨大な日本国の財政や何百とある法律の権限を執行していくのは官僚ですから。国会議員が一々そんなことはできませんから、どうしても官僚の力が強くなる。皆さんも、政治家よりも官僚にお願いに行くということをせざるを得なくなっているというのが現実です。だから分権なのです。だから巨大な日本国の権限が東京に一点集中されているものを分割して、あるいは分散して地方に委ねよう、権限の多くを地方に任そうと。その任された分だけ国民からは権限が近くなりますから。それでも大阪にまた官僚ができてくるから、今度は東京へ行くのが大阪へ行くことになるかもしれません。それはまた容易ではないのですが。でも東京で一手に日本国の権限を握っている官僚よりは、大阪官僚になれば大分パワーは小さくなる。あるいは地方から、国民から見れば権限が身近になる。そうするとコントロールもしやすくなるだろうということが地方分権の基本です。山本委員がおっしゃるとおり、そういう意味で、現状を変えていくためには分権が必要だと思いますね。

◆山本正 委員  我々のこの滋賀県においても、また地元の市や町においても、同じようなその縮図がどこへ行ってもあります。行政のどこかに大きな権限を持っているところがあって、そしてそこにかかわっている有力者であったり議員であったり、それにつながっている人たちがそれの分捕り合戦のような縮図があちこちに見えて、それらを改革していくというところの話だったと思います。今の国の姿から、これから私たちが目指していく地方分権のあり方を、そういった視点でもやはり考えていかなければならないとい話でよろしいのですね。

◎武村 参考人  そうですね。でも最後は、有権者が問われますね。選ぶ側の有権者がしっかりしていかないと、幾ら分権を進めても知らん顔をしていたら、またあぐらをかかれて勝手なことをされますね。

◆山本正 委員  中央集権的なことで、これはよかったと思われることを一つ教えていただきたいのですが。

◎武村 参考人  私は自治省という役所の役人になったから、今は総務省ですが、彼らを持ち上げるわけではありませんが、人材の育成という面から見ると、中央集権のほうがよいとは言いませんが、中央と地方は絶えず人事を交流したほうがよいと言えますね。だから本省から県にやってくるだけでなく、県の職員も本省へ行くと。相互に交流して、あるいは滋賀県で採用された職員が大阪府に3年間行くとか、京都市に2年間行く、あるいは国土交通省へ行くという形で、人事というのはやはりその県で採用されて30年50年ずっとその県だけで終わってしまう、ほとんどの職員がそうなるというのは、私は人材を生かすためには損だと思いますね。絶えず交流、他流試合をしてもらって、見識も深めて経験も豊かになってもらったほうが人物は育ちやすいと思います。だから大いにさまざまな世代との交流、人事の交流は、集権的にやれという意味ではありませんが、県域を超えてやってほしいと思いますね。

◆井阪尚司 委員  中央集権は大きな政府を目指していたという裏返しで地方分権が始まっていくと、多分小さな政府が一方には存在していくと思います。もしそうであるとすれば、例えば財政の問題ですけれども、権限移譲した当初は国の予算でやっていきなさいということになると思うのですが、しばらくすると、州税という形で自分のことは自分でやりなさい、つまり、国の財政を少しでも減らすためにそんなことも考えられると思います。多分アメリカのような形になってしまうと思うのですが、その辺は先読みし過ぎでしょうか。

◎武村 参考人  道州制になると、アメリカはよく知りませんが、西ドイツのことは少し勉強しました。所得税も法人税も消費税も、こういう国税の一番大きい税目は全部州が徴収します。州税です。州が徴収して、だから逆交付税ですね。そのうちの3割とかを連邦政府にあげるのです。西ドイツは、地方が国に一定のお金をあげるという形になっています。それだけでも、やはり分権的ですね。大阪維新の会やみんなの党の発想はそういうところからもきていると思います。

◆岩佐弘明 委員  2点お聞きしたいのですが、滋賀県の場合は基礎自治体が1万人前後から約30万人ということですけれども、全国を見ますと、1,000人ぐらいの基礎自治体から何百万人という基礎自治体があるわけです。この基礎自治体の組織的な大きさの違いに対してどのようにお考えかということを、まずお聞きさせていただきます。

◎武村 参考人  大小ができるのは、これはもうやむを得ないと思いますね。これは経済活動を基本にして人間が動いていますから、大都市ができるとどうしてもそこには人が極端に集まりますし、過疎地は人が減りますから、人口規模でいうと極端に差ができますね。でも、私は人口で均一化するよりは、やはり歴史、伝統を尊ぶべきだと思います。たとえ100人になっても村は村で尊ぶべきだと私は考えたいですね。
 ただ、大都市はどうするか。これは、特別区という議論が始まっておりますように、大阪市のような300万人の市を大阪市一本でコントロールするよりは、幾つかに特別区をつくってやったほうがよい、これはうなずける話です。ただ、機械や定規で割るように割ってしまったのではまとまりがありませんし、大阪市でも、本社がいっぱいある区は大変豊かだし、西成区のようなところになると極端に貧しいし、特別区でもこんなに大きな経済力の違いが起こってしまうわけですね。人口規模とは違った意味で経済のパワーの格差というのも一つの大きな問題ですね。
 でも、人口に関しては多い少ないはあまり気にしないで、歴史や伝統を尊ぶべきだと私は思います。

◆岩佐弘明 委員  地方自治体の中に基礎自治体と言われる市町と、広域自治体と言われる県や府があります。基礎自治体を中心に据えて、できるだけ小さなところ、近いところで行政サービスをとなった場合、府県の役割が小さくなっていくのではないかと思います。また、逆に言えば、府県は連合的な考え方、一つの地方自治体というよりも各基礎自治体の連合体という考え方のほうがよいのではないかと思っているのですが、どのようにお考えでしょうか。

◎武村 参考人  県を廃止して関西広域連合でいこうと、極端に言うとそういうことですか。県はなくなってもよいということですか。

◆岩佐弘明 委員  極端なことを言えばそういうことですね。

◎武村 参考人  それは県がなくなるにしても、関西広域連合のような形がよいのか道州制がよいのか、またその選択の話ではありますね。いろいろ意見があろうかと思います。

○小寺裕雄 委員長  税制の話がありましたので、少しお伺いしたいのですが、いわゆる消費税がいよいよ上がるのか上がらないのか、上がる方向ではないかと見ています。先ほどの話を聞いていますと、いわゆる効率的で個性的な行政をしていこうということでした。武村先生は財政再建論者であるということは私も非常に共感するところで、常に注目をさせていただいています。では、この国の1,000兆円の借金をどう返していくのかということに兼ね合わせて、これは国の制度にも当然かかわってくるのですが、行く行くは滋賀県の自治や我々にも大きくかかわってくることです。これは消費税が10%でおさまるとは私自身は思っていませんけれども、これをどのように考えながら自治を進めていくのかということに対して、御所見があればお聞かせ願いたいと思います。

◎武村 参考人  この国の財政再建と地方自治という問題提起だと思いますが、とにかくこの国が背負っている1,000兆円に近い借金、これは国と地方を合算した長期債務のトータルです。これはすさまじい金額であって、私に言わせると、もうどうしようもないし、日本はもう債務超過で破綻した国ですよと、明らかにそうですね。この1,000兆円の借金は、もう返す知恵はありませんと言ったほうが、かえって正直かもしれませんね。
 野田内閣は、消費税を10%に上げる税と社会保障の一体改革は真剣ですし、それは大いに評価をしています。しかし、財政再建論からいえば、これはごまかしですね。財政再建のために消費税を上げると言えばよいのに、言わない。税と社会保障の一体改革という、もともとそういうごまかした捉え方をしているし、カムフラージュしているのです。国民の皆さんにとって大事な社会保障をよくするために税をやむなく上げるということは、そのとおりだけれども、それはそれですね。今の総理大臣も自民党も、1,000兆円という巨大な借金を抱えたこの国をどうするのですか、この財政をどう救うのですかということを言わない。これでは国の将来、財政が明るくなるという展望は容易ではありません。
 少し社会保障に回す金が増えて少し明るくなると思うと、自民党の一部からは公共事業で強靱化対策200兆円という大きな花火が打ち上げられて、それに各党が乗っていこうとしています。まさか200兆円までいかないと思いますが、100兆円ぐらいで決まるのかもしれません。消費税増税で13兆円ぐらい増えるのですが、それで社会保障の穴を埋める。するとその分だけ借金の額が減りますから、何か借金の余裕ができたという、1,000兆円の借金があることを忘れて、いや、みんな知っているけれど、それを知らん顔して、この金でまた公共事業をやろう、今度は建設国債という議論を始めています。財政再建という次元から見れば、何という無責任なことをやろうとする国会であるかと唖然としています。
 とにかく、この借金をまともに見ようとしないで、これを減らしていくことに真剣に取り組もうとしない政治がここへ来てもまだ続いているということで、これは嘆かわしいのですが、国民もマスコミもこのことはわかってきたけれど、あまり重要視しないところがあって、何とかなると思うのか、何ともならないからもうほっておこうというのか、どちらか知りません。1年間の税収が40兆円ですから、その25倍ぐらいの借金がたまっています。例えば個人で年俸500万円の家計が、1億2,500万円ぐらい借金して、25倍というとそれくらいですね。少しくらいやりくりして5万円10万円返していっても、これは金利にもなりません。それと同じことに国がなっているので、1,000兆円というのは巨大過ぎて、金利が1%、2%上がったら税金が全部そこへ持っていかれますから、日本はもうお手上げになります。今、日本の内部問題では最大の問題がこの財政赤字だと思うのですが、そういう危機的な状況に来ていて、このことに真正面から目を向けてない。野田政権ですら目を向けていないというのは非常に残念です。

○小寺裕雄 委員長  ここで現政権の批判をするために言っているわけではないのですが、結局財源の根拠がないままに90兆円、100兆円という国家予算が続いて、この先本当にどうなるのかという思いを地方議員の立場から持っています。そうした意味で、現政権の中枢には武村先生のかつての教え子といわれる方がたくさんおられるわけですが、そのあたり、今の話でほとんど答えが出たようですけれども。

◎武村 参考人  私にはもう力はありません。一国民として、評論家として東京の連中とも会えばいろいろと言っています。総理大臣などの人に言うと少し影響するような感じもありますが、なかなか図体が大きい国会全体の動きを変えてもらうのは容易ではありません。でも、これは私個人の意見というよりも、日本が財政破綻というこの問題一点に関してはもう非常な状況に直面していることに、まず国民全体がもっと気がついて目を向けていかなければいけないし、その中で国会議員が死に物狂いにならなければいけないときだと思っております。

○柴田智恵美 副委員長  もうほとんど御質問も御意見も出尽くしたと思いますので、感想的な部分をお伺いします。私は、地方分権といっても、やはりそれぞれの土地に住まれる方々の力、人の力は非常に大事にしなければならないと思っています。武村先生が知事時代に文化を非常に大切にして、それぞれの地域に育まれた文化を大事にされていたということを本で読ませていただいたことがあります。将来を見据えて絵を描きながら、行政の立場でいろいろな施策を展開されたと思うのですが、それから随分、時が過ぎました。今、滋賀県の姿は武村先生にどのように映っているのか、感想を聞かせてほしいと思います。なかなかお金のない時代になりまして、やはりそういったところがどんどん削られていきます。私たちはじくじたる思いがある部分もあります。そういったことも含めて感想を聞かせていただければと思います。

◎武村 参考人  私は、県政を預かっているときに、文化の屋根委員会という奇妙な名前の委員会をつくりました。県政に文化の屋根をかけようという言い方をして、県政のあらゆる分野に文化的な視点を入れようということでもあります。橋一本でも、瀬田の唐橋ではないですが、昔の唐橋の風情を生かしたような設計にするかしないか、近代的な橋にするか。やはり昔の風情を生かした橋をつくる。外観は木造のように見せかけた橋をつくる。これが文化的な配慮ですし、湖岸道路でも、なるべく大きな木を植えようと言いまして、大きな木をたくさん植えてもらったら、葉が落ちるとか信号が見えないとか、結構、地元の人が反対しますね、難しいですね。だから少し木を切ったり減らしたりしたこともあったのではないでしょうか。とにかく、そういう土木工事も文化の視点で、道路一本、橋一本、ダム一つでも、同じコンクリートでつくればよいというものではなく、文化的な配慮をしようと。
 皆さんも叙勲パーティーとか、議長就任の会とか、私もたまに呼ばれて出るときがあると、やっぱり旧態依然だと思います。式の長いこと。挨拶の多いこと。少しくらい文化的に考えて、1人の演説が1分になれば数が多くても大分違うけれど。どうしても長くなるなら、5人を3人に減らすとかして開会から乾杯までをやはり1時間以内にしないと。2時間ぐらいでやっと乾杯のときもあるでしょ。あれは文化的ではないですね。もう少しみんなに喜ばれる、一つのパーティーの持ち方でも工夫が必要です。
 もちろん図書館や美術館、びわ湖ホールなど、ストレートな文化の仕事もたくさんありますが、今日は議員の皆さんにも陳情しますけれど、あまり文化の予算は削らないでほしい。琵琶湖研究所をせっかく造ったのに、壊してしまって、県警本部なんかを持って行って。県警本部なんて国道の辺に造ればよいと思うけれど、あんな一等地へ持って行くことはない。琵琶湖研究所の建物は非常に工夫した建物だから残してほしかった。私は造ったときからそうなるのは見えていたから、10億円の基金までつくって壊さないでくださいよという思いで造ったけれど、それでも壊れていくのです。ほっておくと、皆さんの後の人はびわ湖ホールなんかあんなものやめようとなるかもしれないし、図書館、美術館までということになるかもしれません。
 でも、道路よりも図書館のほうが大事ですし、むしろ小さな金額ではるかに県民が喜んでいるという仕事でもあるから、文化は削りやすいけど、金額がそんな大きくないから、削るなら人件費とか土木事業などの大きいところを削ってください。あまり文化事業を削らないでください。陳情しておきます。

閉会宣告  11時50分

 県政記者傍聴:毎日、中日、京都、BBC
 一般傍聴  :なし