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静岡県 伊東市

平成18年 6月 定例会−06月19日-03号




平成18年 6月 定例会
            伊東市議会6月定例会会議録(第5日)

                平成18年6月19日

●議事日程
 平成18年6月19日(月曜日)午前10時開議
第1 一般質問

●会議に付した事件
議事日程と同一。

●出席議員(24名)
 1番  杉 山 利 郎 君        2番  森   一 徳 君
 3番  稲 葉 正 仁 君        4番  大 島 春 之 君
 5番  平 沢 克 己 君        6番  荻 野   聡 君
 7番  西 島   彰 君        8番  宮 ? 雅 薫 君
 9番  増 田 忠 一 君       10番  森     篤 君
11番  土 屋   進 君       12番  浅 田 良 弘 君
13番  鶴 田 宝 樹 君       14番  天 野 弘 一 君
15番  鈴 木 克 政 君       16番  稲 葉 知 章 君
17番  高 野 泰 憲 君       18番  久保谷 廠 司 君
19番  鳥 居 康 子 君       20番  佐 藤 一 夫 君
21番  楠 田 一 男 君       22番  伊 東 良 平 君
23番  三 枝 誠 次 君       24番  掬 川 武 義 君

●説明のため出席した者
市長                   佃   弘 巳 君
助役                   青 木   昇 君
企画部長                 石 井   勇 君
企画部参事                萩 原 則 行 君
同企画政策課長              鳥 澤 秀 壱 君
同職員課長                梅 原 誠一郎 君
理事                   山 口 重 則 君
総務部長                 原     崇 君
総務部参事兼課税課長           日 吉   孝 君
同庶務課長                山 木 勇 一 君
同財政課長                鈴 木 将 敬 君
同収納課長                常 田 静 雄 君
市民部長                 石 井 照 市 君
市民部参事                宮 下 芳 明 君
同市民課長                鈴 木 幸 延 君
同環境防災課長              小 泉 節 男 君
同美化推進課長              森 田 勝 利 君
保健福祉部長               村 上 雅 啓 君
保健福祉部参事              石 井 松 男 君
同社会福祉課長              齋 藤 長 一 君
同児童課長                杉 本 一 男 君
同病院事業課長              山 下 輝 久 君
観光経済部長               滝 下 宣 彦 君
観光経済部参事              大 宮 弥宗司 君
観光経済部参事              土 屋 章 一 君
同観光課長                肥 田 義 則 君
同産業課長                三 好 信 行 君
建設部長                 臼 井 美樹夫 君
建設部参事                鈴 木   渉 君
同土木道路課長              小 池 勝 夫 君
水道部長                 白 井   哲 君
消防長                  三 枝 輝 雄 君
消防本部予防課長             高 橋 義 典 君
教育長                  佐 藤   悠 君
教育委員会事務局教育次長         鈴 木 元 治 君
同学校教育課長              内 山 義 夫 君
同生涯学習課長              稲 葉   修 君
監査委員事務局長             石 原 礼 子 君

●出席議会事務局職員
局    長  野 満 勝 二   局長補佐  石 井 充 雄
議事調査係長  冨 士 一 成   主  査  西 川 豪 紀
主    事  小 川 真 弘

                会        議
                午前10時   開議

○議長(稲葉正仁 君)おはようございます。
 ただいまから本日の会議を開きます。
               ━━━━━━━━━━━━
○議長(稲葉正仁 君)
△日程第1、一般質問を去る6月16日に引き続き行います。
 一般質問は、申し合わせにより、1人1時間以内、関連質問なしで行います。
 質問準備のため、暫時休憩いたします。
                午前10時   休憩
                ───────────
                午前10時 1分再開
○議長(稲葉正仁 君)休憩前に引き続き、会議を開きます。
 まず、12番 浅田良弘君の質問を許します。
             〔12番 浅田良弘君登壇、拍手〕
◆12番(浅田良弘 君)おはようございます。会派新風の浅田良弘です。
 通告内容に重複する部分がありますので、どうかよろしくご了承ください。
 それでは、ただいまから通告に従い一般質問を行います。
 時々刻々、目まぐるしく変わり行く社会情勢、また予想を上回る少子化ペース、ご承知のとおり、平成17年度1年間で生まれた子供の数は106万2,604人で、過去最低でした。前年度より約4万8,000人の減少です。一方、出生数から死亡数を引いた自然増加数はマイナス2万1,408人。このことにより、先般、厚生労働省は、人口動態統計概数で1人の女性が生涯に産む子供の平均数の推計値である合計特殊出生率が1.25となったことを公表しました。さらに、東京都では0.98と1を割るなど、衝撃的な数字が発表されております。
 そこで、政府・与党は、この6月中にも新たな少子化対策案をまとめる方針を示しております。しかし、政府内では、財政再建に向けた歳出削減改革を進める中で、経済的な支援策の拡充などは難しいことを示唆しております。
 では、少子化傾向にある現状、社会情勢はどのように変わり行くのでしょうか。それでは、マクロ経済、国全体の経済が及ぼす影響ではどうでしょうか。若年世代の減少は労働力人口を不足させ、潜在成長力が低下し、経済成長や企業活動に影響が及ぶことは必至。また、日本の年金制度も、事業上、賦課方式を採用しているため、現役世代の払った年金保険料が引退世代の年金給付に充てられるというもので、少子化により現役世代の人口が減少すると保険料負担を増大させます。また、現在の社会保障制度は高齢者中心の内容になっているので、現行の社会保障制度を維持するならば、少子化の進行は現役世代の負担の増大という形でしわ寄せが来ることになります。これらのことより少子化対策は喫緊の政策課題であります。
 では、迫りくる少子高齢化社会の到来に備え、少子化を食いとめ、高齢者福祉の改善策はあるのでしょうか。昨今、少子化や高齢化の論議で必ずと言っていい改善例とされる国スウェーデンがあります。少子化対策を例と挙げれば、福祉先進国であるスウェーデンは、育児休業、保育、教育費はすべて公費負担、女性の権利保障を充実するなど、少子化を改善するにはスウェーデンを見習えなどの論調もあるぐらいです。また、日本でも唯一、福井県などは子育て支援が充実していることもあり、前年度よりも出生率が上がっております。
 本市においても、安全で安心して子育てができるよう、目先の政策ではなく、市民のライフステージ全体を見据え、民意にこたえるべく子育て支援の推進をお願いし、質問に移ります。
 本市が安心して子育てができ、若年層が働きやすいまちづくりを目指す観点から、以下3点についてお伺いいたします。
 まず、1点目です。市町や企業と協働で子育て家庭を支援する「しずおか子育て優待カード」制度における現況についてお伺いいたします。
 本年4月、静岡県では、市町や企業などと協働で子育て家庭を支援するしずおか子育て優待カード制度を導入しました。この制度は、商店や宿泊施設、また遊園地など、協賛店舗や施設が独自に設けた特典を受けることのできる仕組みで、少子化対策の一環として、子育て家庭にとっては期待に値する制度であると思います。
 この事業では、子育て家庭を地域企業が行政と一体となって支援する機運の醸成、また子育ての孤立感をなくし、子育て家庭の安心感の醸成を高め、さらに親子の触れ合いを深める機会を目的としております。協賛店舗や施設にとりましても、静岡県のホームページや県の配布する一覧表にも掲載されるため、子育てに優しい店舗、施設としてイメージアップ効果が見込まれております。また、しずおか子育て優待カードは、18歳未満の子供を持つ家庭及び妊娠中の母親にも配布されます。
 本市においても、子育て優待カードの利用を本年4月25日よりスタートさせております。しかし、実際に一部の家庭では子育て優待カードを最近になって受け取るなど、配布状況にむらがあります。
 そこで、お尋ねいたします。子育て優待カードの配布方法を含め、カードの配布状況についてお伺いいたします。
 次に、本事業は4月1日以降、県内袋井市、川根本町を皮切りに、本市の順に実施しております。現行、熱海市、磐田市、菊川市など6市町が実施しております。また、県内23市のうち本年度中に沼津市、三島市など17市町が事業開始の意向を示しております。
 そこで、お尋ねいたします。本市でも本事業をスタートさせ約2カ月間になります。この制度に理解を示し、協賛店舗や施設もふえていることと思います。では、事業開始以降、協賛店舗、施設の利用状況についてお伺いいたします。
 2点目の質問です。完全失業率が高率を示す中、いまだ増加傾向にある若年失業者、フリーター及びニートに対する本市の対応策についてお伺いいたします。
 最近の経済情勢は景気回復の動きが見られ、雇用情勢にも持ち直しの動きがあります。しかし、25歳から34歳の年齢層では完全失業率は高どまりしており、いまだ厳しい情勢が続いております。内閣府は、平成15年、国民生活白書によれば、2001年の全国のフリーターの数は417万人に上り、15歳から34歳の若者の約5人に1人がフリーターであると示されております。また、学校を卒業した若者が就職して3年目までに中卒で7割、高卒で5割、大卒で3割が離職し、俗に7・5・3離職と言われて、職場定着率の低さも問題になっております。
 一方、最近では、フリーターでも失業者でもない、教育機関にも属さず、雇用されてもおらず、職業訓練にも参加していないニートと呼ばれる若者の増加も問題になっております。平成17年度の労働経済白書によれば、全国のニートの数は64万人に上ると示されております。このようなことから、今後、フリーターやニートの増加が懸念されます。
 また、UFJ総合研究所の若年者キャリア支援実態調査によりますと、フリーターが結婚する割合は正社員の半分で、前文にも述べましたとおり、婚姻数が最大で年間約11万6,000組も減少し、ニート・フリーターの増加が少子化を加速させるということも指摘されております。このままニート・フリーターが増加し続ければ、年金問題など社会保障制度の根幹をも揺るがしかねない重大な問題と言及するところです。
 若者は多くの可能性を持ち、これからの社会を担っていかなくてはなりません。貴重な人材であります。その若者が働く意欲をなくしたり、悩んでいる者が多数存在することは社会の大きな問題であります。
 以上のことから、完全失業率が高率を示す中、いまだ増加傾向にある若年失業者、フリーター及びニートに対する本市の対応策をお伺いいたします。
 では、3点目の質問です。安全で安心して暮らせるまちこそ市民の願いです。行き先不透明な世の中で将来的不安要素を抱える現状、議員である私どもは、市民の不安要素を取り除くことも大切な仕事ではないでしょうか。
 しかしながら、近年、都市化や国際化、また情報化の進展など社会環境の変化に伴い、全国的に犯罪が増加しております。中でも幼い子供が犠牲になる悲惨な事件が相次いでおります。その幼いとうとい命を守るのは我々大人としての責務、自分の子供だけではなく、地域の子供はその地域社会を挙げて守る、このことは今も昔も人として変わらぬ思いではないでしょうか。
 さて、静岡県でも子供たちの安全を守るために、学校における児童・生徒の安全確保や犯罪防止に配慮した道路等の普及など、県民一人一人の犯罪防止意識の高揚を促すことにより、静岡県防犯まちづくり条例を制定しました。本市でも各小・中学校のPTAや市民団体、また地域自治会の皆さんの協力のもと、声かけ運動や下校パトロールの実施など多岐にわたり活動されております。
 しかし、現行、PTAや地域、また関係機関それぞれの連携や連絡体制が整っているのでしょうか。個々に防犯意識があっても、情報不足により対応がおくれることも多々あります。県内菊川市などは、児童・生徒やPTA、また町内会や警察などがそれぞれの情報を持ち寄り、行政支援のもと、一体となって防犯活動に寄与しております。
 本市における不審者情報を検証しても、平成16年には20件、平成17年には34件もの事犯が報告されております。今後、学校生活及びふだんの生活環境の中で、子供たちが犯罪に遭遇せぬよう、PTAや地域における防犯活動は不可欠であります。また、こうした防犯活動を充実させ、支えるためにも、さらなる行政の支援を求め、3点目の質問をいたします。
 不審者対策を含め、防犯パトロール活動を行うPTAや市民団体、ボランティアとの本市における連携状況及び支援についてお伺いいたします。
 以上で壇上からの質問を終わります。ご答弁のほどよろしくお願いいたします。(拍手)
               〔市長 佃 弘巳君登壇〕
◎市長(佃弘巳 君)12番 浅田議員にお答えをいたします。
 まず、「しずおか子育て優待カード」制度の現況について、カードの配布状況、協賛店舗、施設の利用状況についてであります。
 本事業は、静岡県の子育て支援活動として伊東市と袋井市をモデル市に行われるものであり、本市においては、本年4月25日から開始をしております。
 まず、カードの配布状況でありますが、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高等学校等に在籍する児童・生徒については、在籍する児童等の中で第一子を通して、対象世帯に1枚を配布することを基本に、市民課、健康推進課など関係課の協力を得る中で実施をしており、5月末現在、5,992枚を配布しております。
 次に、この事業に協賛いただいている企業等は現在249件で、分野別で見ますと、買い物が87件、35%、飲食・宿泊が77件、31%、合わせて164件と全体の66%になっており、利用状況は、買い物、飲食関係が約9割を占めております。
 今後の取り組みといたしましては、対象世帯への周知及び啓発と、本事業に対する協賛店舗等の理解と協力を求め、利用拡大に努めて、子育て家庭を支援してまいりたいと考えております。
 次に、完全失業率が高率を示す中、いまだ増加傾向にある若年失業者、フリーター及びニートに対する本市の対応策についてであります。
 本市においては、フリーター・ニートの具体的な人数はつかんでおりませんが、およそ300人程度と伺っております。
 フリーター・ニート対策といたしまして、ハローワーク伊東、東部県民生活センター、市内3高校及び熱海・東伊豆地区の高校の進路指導の先生方と雇用問題懇談会を組織し、市内の雇用状況、高校生の就職状況に関する情報及び若手現役就労者との意見交換や雇用のミスマッチ解消に向けた取り組みなどを実施しておるところであります。
 また、東部県民生活センターでは、若年求職者の早期就職を継続的に支援する若年就職支援センター「ヤングジョブステーション」を設置し、就職相談から職業紹介まできめ細かく就職支援を実施しておるところから、県や関係機関とも連携をとりながら、フリーター・ニートへの就業支援を積極的に行ってまいりたいと考えております。
 次に、不審者対策を含め、防犯パトロール活動を行うPTAや市民団体、ボランティアとの本市における連携状況及び支援についてであります。
 本市の不審者対策といたしましては、「かけこみ子供110番の家」、通称パンダの家を設定し、子供に万が一のことがあった場合に緊急避難する場所としてお願いしてあります。また、昨年度から通学路の安全マップを市内全小・中学校で作成し、教職員やPTAの役員が子供の登下校時の安全のためのパトロールを行っております。さらに、学校によっては地域のボランティアを募集し、学校と地域が一緒になった安全対策に乗り出すケースも出てきております。
 子供の安全は、基本的には、子供自身の自分の体は自分で守るという意識と、保護者の子供への安全意識の高揚にありますが、今後も、現在行っている各学校の安全対策とPTAや市民団体、ボランティアとの連携をさらに深め、学校や地域もバックアップをし、子供が安全に登下校できるようにしてまいりたいと考えております。
 以上です。
◆12番(浅田良弘 君)ご答弁ありがとうございます。それでは、早速第2質問に移らせていただきます。
 第1質問でもお話ししましたが、予想を上回る少子化ペースということで、静岡県で子育て優待カードを実施した。これから子育て家庭におきましては期待の持てるものだと考えております。
 そこで、日本じゅうの自治体では、この少子化対策ということでいろいろな取り組みをしております。例えば石川県では、子供を持つ家庭にエールを送るということでプレミアム・パスポート事業、静岡県の子育て優待カードと同じような仕組みのものでございます。また、埼玉県でも妊娠中の母親へマタニティマークのマスコットを配布するなどして、そのマスコットを身につけておりますと、例えばスーパーなどで買い物した際に、その荷物を店員の方が自分の車のところまで運んでくれるというような、妊婦さんにとって本当に優しい対応をなさっているという事例もあります。
 福井県などは出生率が昨年度より上がっている。これは新聞の記事なんですけれども、5年前から、小学校入学前の3人以上の子供がいる世帯に対し、子供全員の医療費を無料にしている。また、ことしの4月からは3人目の子供から保育料と妊婦の検診費を無料にしている。いろいろな自治体でこの少子化対策に取り組んでいるという現状ですね。
 いずれにいたしましても、安心して子育てができる支援によって少子化に歯どめをかけるきっかけづくりといいましょうか、糸口が見つかれば、今後の日本は安泰ではないかなという個人的な思いでございます。
 それでは、本題に移りますが、配布状況についてですね。伊東市では各関係機関にお願いをして、子育て家庭に子育て優待カードを配布しておりますが、袋井市と川根本町、伊東市の3市町がモデル的に子育て優待カードの事業を実施している。ちょっと調べましたところ、袋井市などは学校メールや子供会を通じて子育て優待カードを配布している。川根本町は人口的にそんな大きい町ではございませんので、子育て家庭全部に子育て優待カードを郵送したということでした。
 第1答弁の中で、現段階では5,992枚を配布しておると言うんですけれども、実際にその配布状況にむらがある。ともすると、まだ子育て優待カードをもらっていない家庭もあるように聞いております。市長の第1答弁は、第一子を対象に子育て優待カードを配られました。高校生を持っている家庭で子育て優待カードをまだもらっていないという家庭が若干出ていることを聞きます。実は、昨日も対島地区ですか、八幡野の対島中の方でまだ子育て優待カードをもらっていないという保護者の方が数名いたという現実があるんですが、そこら辺のことで若干教えていただければなと思います。
◎市長(佃弘巳 君)この子育て優待カードは、4月25日から第一子、小さい子供のところから配布をしておるわけでありますし、こういうものは配布漏れというのは必ずあると思います。ですから、そういうものは市役所の市民課、健康推進課、また出張所にもありますもので、もしそういうものを聞いたときには、また浅田議員の方もそういうものをぜひ教えてあげて、1人でも漏れのないよう、そういうきめ細かな行政をこれからもしていかなければならないと思っております。
◆12番(浅田良弘 君)確かに市長の言われるとおり、そういうもらっていないというご家庭がありましたら、私の方からも役所や出張所を利用して子育て優待カードを受け取ってくれということは言いますが、この子育て優待カードを実施してから6月25日で2カ月になるということで、最初のころにもらった保護者というのは1カ月以上前ですよね。いまだにもらっていないという人たちは、もう2カ月を過ぎようかとしていますよね。保護者の中には、それはちょっと納得ができないという保護者も中にはいるみたいですので、もう一度本市の方で配布されていない保護者を調べることができれば調べていただいて、早急に対応策をとっていただきたいなと思うんですけれども、そこら辺についてはいかがでしょうか。
◎市長(佃弘巳 君)どういうところが配布をしていないか、行政の方は、そういう中できめ細かくやっていますけれども、必ず落ちというのはあるわけです。ですから、そういう中では、子供たちは社会全般が一緒になって守っていかなければならない責任というのもあるわけでありますし、そういうものがどういうふうにいっておるかという調査というのは学校を通じた調査、そういうものが一番早いわけであります。また、区長さんたちから機会があるごとに、もし漏れている人たちがいれば、そういうものは配布をどんどん積極的に進めていかなければならないと思っております。報道関係にもお願いをして、こういう制度があります、市民課、健康推進課、出張所、そういうところにもこういう子育て優待カードというのはありますよと。
 これは割引をする制度でありますので、それを持っていれば割引ができるという利点があるわけです。ですから、利用する人たちがそういうものを聞いたときには、消極的にでなくて積極的に、そういうものはどこにあるかというようにしていく。そういうふうにしていかなければ、行政が何から何までやるということはまず不可能に近いと思っておりますし、そういうものを教育委員会とか、また保育園、そういうところも通じた中で再度確認をして、ない人たちには配布をしていくというふうにも考えております。
◆12番(浅田良弘 君)ぜひそこら辺の対応を教育委員会を通じてでも早急にしていただきたいとお願いします。
 この配布の仕方ですけれども、実は私は過去に町内の三役とかやっていたこともございまして、学校を通じて配布するというよりも、各地区にある町内会等を通じて配布したらどうだったのかなという思いがします。なぜならば、今、町内会活動がかなり活発に行われている中で、町内にいる子供たちの把握もできるのではないかなという思いがいたしました。ですので、こういう子供にかかわる配布物がもし今後あるようでしたら町内会を通じて、また町内会等がない場合は教育委員会なり、いろいろな工夫をして配布をすることによって、地域の子供たちの実態の把握というものをしていただきたいなと私は思っております。
 続いて、2点目、同じ子育て優待カードの質問なんですが、利用状況におきましては第1答弁の中でお伺いしました。そこで、私は個人的に保護者20名ほどに利用状況における調査をさせてもらいました。対象が広野保育園の保護者の方々ということで、まずどんな調査を行ったかといいますと、この子育て優待カードの利用を実際にしたことがあるかないかということでさせていただきました。結果的には、この子育て優待カードを利用した人はほとんどいませんでした。ただ、1人だけ、お店の店員さんに言われて利用したというケースがございました。
 そのときに、じゃ、なぜ利用しなかったのかという質問をさせてもらいまして、幾つかの結果があるんですけれども、まず協賛店舗の一覧表をまだ見ていない。次に、子供と買い物に行く機会が少ない。まだ子育て優待カードの封筒をあけていない。あとカードがついているのに気がつかなかった。あと、これはカード利用とは余り関係ないんですけれども、カードそのものが薄過ぎて、持ち運び等に折れてしまったり、水にぬれてしまうと余り芳しくないということを何人かの方が言っておりました。
 それと同時に、協賛店舗側の利用状況についても若干調査をさせてもらいました。先ほど本市は249件の協賛店舗があるということで、私の知り合いの店舗だけなんですが、ほとんど利用されていないというのが8件で、1度だけあるというのが1件、6月に入り利用され始めたというところもありました。とてもいい制度で、もったいないなという気持ちがあります。今後、こういった協賛店舗等もありますので、周知啓発運動の実施強化をしていただきたいなという私の思いがあるんですが、そういった周知啓発運動を現段階でどのように考えているか、お伺いいたします。
◎市長(佃弘巳 君)これは商店街、また飲食業組合、商工会議所、そういうところを通して協賛店舗のお願いをしてあるわけであります。袋井市と比べた場合には、袋井市も協賛してくれる店舗が大変少ない。伊東の場合には今250件からいっておるというのは大変――袋井の市長とこの間も話をしたわけでありますが、これは経済的効果、また子育てをしておる人たちの経済的負担を軽くしようということで、モデル事業として進めているわけであります。そういう中では、まず店舗の経営者の方々が理解をしていただいて、そういうものを結びつけていく、経済的波及効果を高めていくのに必要だということで、これはモデル的に静岡県を巻き込んでやっていこうという経過でスタートしておるわけであります。
 そういう中では、大変な努力をする中で、協賛をしてくれる店舗がやっと250店になったということは、私は職員の方々に対して、本当によく頑張った、もう少し頑張っていこうということで、今、各団体、そういうところにも3回ぐらい声かけをして、やっとここまで来ておるわけであります。ですから、そういう中では、モデル事業を成功させて、こういう経済的なものに結びつけていく、そういうものをこれからも政策的に考えていかなきゃいけないと思っております。
◆12番(浅田良弘 君)あと一覧表を見ておりますと、市内の商店街の皆様の好意もいろいろ伝わるんですが、公共施設の協賛が1つも入っていなかったということに私は気がついたんですよ。ちなみに、袋井市は市営の体育館使用における割引制度を実施している。また、菊川市では市営の宿泊施設の利用の際にドリンクサービスを行っているということです。伊東市には第三セクターでマリンタウンがありますが、本市においては筆頭株主という経緯もありますので、マリンタウンが協賛店舗として協賛ができないものか、ちょっとお伺いしたいんですけれども。
◎市長(佃弘巳 君)公共施設の割引というのは、5%とか、そういう割引になっていますので、伊東市の場合にはやっていません。市民の方々がマリンタウンに行って買い物をする。それはマリンタウンの方へも話はもうしてありますが、どういうやり方をしたらいいか。あそこは市民よりも観光客の人たちが多いもので、そういうもののやり方は、向こうの方も、観光客がいるときに子育て優待カード――これは全県的につながっていくように県の方はこれからどんどん進めていきたいということも言っておりますので、全県的につながっていけば、またそういうものも取り入れをするというのも可能になっていくと考えています。
◆12番(浅田良弘 君)市長の答弁の中でも今検討中だということで、ぜひ公共施設等の協賛もお願いして、子育てしやすいまちづくりを目指していただきたいなと思います。
 それでは、この質問は以上で終了させていただきます。
 次に、若年失業者、ニート・フリーターへの本市の対応についてということでお伺いをさせていただきます。
 ご承知のとおり、1990年末、イギリスのブレア政権の労働対策のときに生まれた言葉がニート。第1質問の中でもニートとはということでご説明させていただいておりますが、当時のイギリスの経済的な貧困層の多さで、16歳から18歳の若年失業率が20%以上にも上ってしまったということで、最近ではイギリスのニート対策といたしましてコネクションズカードの発行という対策を行っております。決められた期間で無料で学習や職業訓練が受けられる。そのコネクションズカードというのはポイント制で、そういった学習や職業訓練を受けることでポイントを加算して、加算したポイントで日常商品を購入する。現在、54万人もの若者がコネクションズカードを利用しているような状況です。
 それで、本市においても若年失業者、ニート・フリーターへの対応を考えていると思いますが、第1答弁の中で雇用問題懇談会で意見交換を行っているというご答弁がありましたが、雇用問題懇談会の内容、年に何回ぐらい会合が開かれているのか。また、雇用状態や就職状況の情報交換をなさっていると。どのような内容で話をしているのか。3点目は、今後ニート・フリーターに対する対応策等を話し合う機会を設けていくのかどうか、そこら辺の3点を聞かせていただきたいと思います。
◎観光経済部長(滝下宣彦 君)伊東市雇用問題懇談会についてのご質問でございます。
 この懇談会につきましては、市長がちょっとお答えはしておりますけれども、職業訓練伊東出張所、あるいは商工会議所、伊東観光関連業種連絡協議会、伊東温泉旅館ホテル協同組合、商店街連盟と地元3校の――今2校ですけれども――高校、あと熱海高校、県の関係者と伊東市の産業課がかかわって協議会を形成しております。大体労働に関する諸問題について意見交換を行うということでございまして、伊東市における労働力の確保、あるいは市民の就労安定に寄与することを目的に年2回ほど開催をしております。
 伊東市の雇用の関係につきましては、主要産業の新規求人だとか一般職業紹介指標の情報交換等を行っておりまして、また地元の高校の進路状況の確認、あるいは職場体験学習等の実習、新人職員用のハンドブック等の作成を行っているところでございます。
 あと具体的なニートあるいはフリーターに対する関係でございますけれども、これもこうした中での議論として非常に話題になっているところではございますが、具体的には大変難しい面がございますので、状況はわかりますけれども、対応策という形では、先ほど市長がお答えをいたしました東部県民生活センター等の対応であるとか、そういう形の中で対応させていただいているところでございます。
 以上でございます。
◆12番(浅田良弘 君)大変難しいことだらけだと思いますが、実際にこういった仕事につかない若者というのは、先ほど本市においては300人ほど存在するということもありますので、ぜひご検討のほどよろしくお願いします。
 本市にはヤングジョブステーション、通称ジョブカフェという施設がございませんが、静岡県は沼津、静岡、浜松に3カ所あります。どのようなことを行っているかというと、いわゆる職についていない若者が、どんな仕事についたらいいかわからなかったり就職活動の進め方がわからない、また面接が不安でたまらないとか、いろいろな不安要素をジョブカフェの中で話し合いを行っていく。専門の講師の方が一人一人にきめの細かいサポートをしてくれているというところがあります。ただ、本市についてはないということで、本市には幸い高等職業訓練校が存在しているんですね。高等職業訓練校との話し合いの中で、そういったフリーターやニート、失業者への窓口、相談施設等をお願いするような方向ができないかどうか、お聞かせいただきたいと思います。
◎観光経済部長(滝下宣彦 君)職業訓練校での言ってみれば支援策という形になろうかと思いますが、具体的には、例えばフリーターの方ということでありましょうか、パソコン教室を開いたり、いろいろな意味での教室は開催をさせていただいて、基本的には、そうした興味を持っていただいた中で対応を考えていくというのが基本になっていると思います。問題はニートの場合でございますけれども、ニートは働く意思そのものがないということがございまして、そういった環境をつくることによって少しでも家族あるいは周囲の方たちが目を向けていただいて、そういうところに足を向けていただくようなお話をさせていただくことが結果はいいのかなと思います。職業訓練校につきましては、そういった形で門戸を開き、常に職業訓練をしていただくような体制は整えているということでございます。
 以上でございます。
◆12番(浅田良弘 君)市長、どうですか。こういった若年層失業者、あるいはニート・フリーターについて、今後、何らかの支援策をしていくというお考えがあるかどうか、ちょっとお聞かせいただきたいと思います。
◎市長(佃弘巳 君)ニートとフリーターの違いというのは、ニートは職につかない。そういう人たちに強制的に物事をやるわけにはいかないし、そういう人たちをどのように指導、監督していくかというのは人権がかかわる問題で、大変難しい問題があるわけです。ですから、そこらを行政がどのようにということでありまして、若年就職支援センター、そういうところともいろいろとうまく調整をする中で、今が楽しければよいとか、また自信を失った人とか、引っ込み思案の人とか、ニートには4種類があるわけですね。その人たちが強制的に物事をやるのでなくて、そういう環境づくりをみんながしていかなければならない。また、家庭の事情もあるわけです。
 ですから、どのようにやっていくかというもので、私たちもこれから具体的に考える中で、協力していただくところ、職業訓練校がありますけれども、そこへ来て技術を身につけろと言っても、来なければもうどうすることもできないわけです。ですから、強制的にできないだけにつらい思いがあるし、また公開をすることができない場面もある。ですから、ニートとして決めつけることができないという場面もありますし、フリーターということで決めつけることができない。パートで働いている人たちはちゃんとした職業でなくて、パートで行っておる人たちはフリーターということで決めつけることができない、そういう難しさというのがあるわけです。
 ですから、イギリスでこういう問題が出てきて、日本にもそういうものが出てきたといっても、日本もそういう風習になってきておる、そういうものもあるわけでありますので、具体的にどのようにということは、今、大変難しいと私は考えています。
◆12番(浅田良弘 君)わかりました。ただ、本当に困っている人たちがいると思うんですよ。また、そういった若者を持つ家族にとっても本当に大変な思いをされていると思いますので、どうぞそういった窓口相談的な設置をしていただければとお願いします。
 また、先般、荻野議員の方からも、ニート防止については、義務教育、中学生ぐらいから周知をしておいた方がいいということで、これは6月19日の静岡新聞の記事なんですが、ニート防止へ本腰を入れたということで、県地域労使就職支援機構が今まで高校生まで就職の説明会を行っていたのが、中学生にもそういった就職の講話をするという方向でいるそうなんですが、本市においては、そういった中学生を対象にした職業講話等をする方向性があるのか、お聞かせいただきたいと思います。
◎市長(佃弘巳 君)今、県の方で若年就職支援センターということで、ヤングジョブステーションというものを設置して、そこが中心になった中で、いろいろな講座、相談、そういうものを進めておる最中であります。今、伊東市の場合にはそこらとの連携をして、働く場所、ハローワーク、また中学校の生徒、そういう人たちがいる場合には、職業のあっせんも進めておる最中であります。
◆12番(浅田良弘 君)今、本市における中学校で職場体験ということで、丸1日かな、いろいろな職場に行って、いろいろな職を体験するということをやっていると思います。ですので、またそういう機会を今後もどんどんふやしていって、中学生ぐらいから就職のあっせんというものをしていく必要性を感じますので、そこら辺のところを本市でもどんどんと続けていただきたいなと思います。
 それでは、最後の質問をさせてもらいます。不審者対策を含め、防犯パトロール活動を行う団体との連携状況及び支援についてということでお伺いします。
 この質問も先般、佐藤議員の方からされました。ですので、私は2点ほど質問させていただきたいなと思います。
 不審者対策ということで、最近、6月13日かな、門野中学校の通学路で、朝の7時45分、不審者情報というか、不審者が出た。生徒が後ろから石のようなかたいもので殴打をされるという事件があったばかりです。また、不審者とは関係ないんですが、城ヶ崎高校におきまして、危険物を置いたという情報が流れたということもあります。親にとっては本当に心配なことばかりなんですが、こういった不審者が出たり、城ヶ崎高校のように不審電話等が入ったときの本市の対応というのはどういうふうになっているか、お聞かせいただきたいと思います。
◎市長(佃弘巳 君)まず、そういうものをそこの学校へ届け出をして、学校の方が県の教育委員会、警察、伊東市の教育委員会にすぐ通報する中で、犯罪である場合にはすぐに警察の方が対応するというふうな危機管理体制はとってあります。
◆12番(浅田良弘 君)その情報も時間がたってしまうと実際に情報にならないのかなという思いもあります。ですので、そういった情報網というもの、ネットワークをしっかり確立させていただくということが子供たちを守る手段であるのかなという思いがします。
 時間も残りわずかということで、青色回転灯を装備した自主防犯パトロールについてお伺いをさせていただきます。
 本市におきましても、青色回転灯を装備している車が何台か走っていると思いますが、実際にどういう方々がこの青色回転灯を装備した車を運転なさっているのか、また、本市に何台ぐらい青色回転灯を装備した車があるのか、その2点をお伺いしたいと思います。
◎教育長(佐藤悠 君)お答えします。
 前年度の段階で申し出をいただきましたのが7台と記憶しております。なお、教育委員会の方でも、その資格を取り、その資格者が乗る場合には青色回転灯を設置するというふうになっておりますが、主に資格としては県警の方でその講習会を受けた者ということで、生涯学習課の方でも何人かその資格を取り、そういった形で対応するところでございます。
 なお、地域の方につきましては、いわゆる警察共助員等々の資格を有する方ということで、既に研修会も終わり、7台について実際につけ、そして市内を回っていただくということで進んでいるところでございます。
 以上です。
◆12番(浅田良弘 君)そこで提案なんですが、掛川市では青色回転灯を取りつけた公用車等が数台走っている。青色回転灯だけではなくて、公用車そのものを白黒に塗装して市内を巡回しているというケースもあります。
 そこで、本市における公用車が何台かあると思います。そこら辺で公用車を利用して、こういった青色回転灯をつけて、市内は公用車で行くいろいろな場所があると思うんですけれども、これは下校時とはかかわらず、常日ごろそういった防犯に対する意識を持って巡回をするようなことができないかどうか、お伺いしたいと思います。
◎市長(佃弘巳 君)こういう防犯というものはマンネリ化してくるとなれてくる。それと危機意識がなくなってくる。ですから、市の車にそういうものよりも、民間の方々がそういう協力をしていただく中で、行政としても青色回転灯をつけるための補助、そういうものも今考えておる最中でありますし、民間の方々の協力を得る中で、行政のやるべき仕事をしっかりと守っていかなければならないと思っています。
◆12番(浅田良弘 君)行政の車に青色回転灯をつけるのが行政のやるべき仕事でないとは私は思いません。ちなみに、掛川市は225人の職員が講習を受けて、もう実際にパトロール実施者証を取得済みなんですよ。行政を挙げて防犯活動を推進していくということですので、ぜひそこら辺のことも考えていただいて、無論これは民間は民間でやらなくてはいけないこと、行政は行政としてやってもらいたいこととして、私の方の提案といたしまして、ぜひ前向きに検討していただきたいなと思います。
 それでは、残りもう少ないです。ぜひ本市の子供たちが安心して安全に暮らせるまちづくりを今後一層進めていただきたいことを願いまして、一般質問を終わります。
 以上です。(拍手)
○議長(稲葉正仁 君)以上で12番 浅田良弘君の一般質問を終わります。
 10分間ほど休憩いたします。
                午前11時 1分休憩
                ───────────
                午前11時11分再開
○議長(稲葉正仁 君)休憩前に引き続き、会議を開きます。
 次に、5番 平沢克己君の質問を許します。
             〔5番 平沢克己君登壇、拍手〕
◆5番(平沢克己 君)ただいまから一般質問を行います。
 全国総観光地化が言われて久しくなります。今日、差別化が求められており、その点では、そこにしかない本物が求められています。その点で、埋もれた歴史を掘り起こし、光を当てることが今重要と考えます。私は、今回の質問を通して、江戸末期から明治初期に世界を駆けめぐり、日本の造船や鉄道など技術畑だけでなく、皇室関係や銀行設立など、さまざまな分野にその足跡を残した郷土の偉人、肥田浜五郎を再びよみがえらせるきっかけになればと思い、質問をするものです。
 肥田浜五郎を取り上げようと決心させた出来事が2つあります。1つは、沈没したロシアの軍艦ディアナ号と、そのかわりに建造されたヘダ号について調べるため、かつての戸田村に行き、10人ほどの人と話をしたことです。1人は戸田の造船郷土資料博物館の学芸員の方でしたが、そのほかでは観光協会にいた年配の女性、道を教えてくれた80過ぎの婦人や食堂で働いていた年配の女性たちなどです。いずれの人もディアナ号のことを知っていただけでなく、肥田浜五郎が咸臨丸でアメリカに行っていたことを知っていて驚かされました。その点、伊東市民がどれほど肥田浜五郎を知っているでしょうか。
 もう1つは、最近出ました「幕臣たちと技術立国」という本に榎本武揚が蒸気機関の第一人者などと書かれていたことで、私は、違うだろう、肥田浜五郎こそ第一人者だと思ったからです。
 ご承知のように私は八幡野の出身ですから、子供のころ、父親から肥田浜五郎が咸臨丸でアメリカに行ったことは聞かされていました。しかし、当時、私は歴史に全く関心がありませんでしたし、浜五郎は一水夫として咸臨丸に乗っていたのだろうと思っていました。ところが、12年ほど前買ったスチュアート・ヘンリーという人が書いた本を見て驚きました。肥田浜五郎について、御料局長官とか、肥田氏は勝海舟とともに咸臨丸で渡米した一員であるとともに、日本で初めて軍艦千代田形をつくった人、日本鉄道会社の重役で、鉄道建設に尽力したという重要人物と書かれていたからです。
 それから私は肥田浜五郎に少しずつ関心を持ち、いつかこの人に日の光を当てなくてはと思うようになっていきました。肥田浜五郎の業績等については後ほど示すことにしまして、それでは、通告に従って質問をいたします。
 まず、質問の第1点目は、市制施行60周年を記念して、特別の事業を計画しているかという点についてです。
 ご承知のように、8月10日は伊東市の市制記念日です。そして、来年は1947年(昭和22年)に伊東町と小室村が合併し市制が施行されてから60周年に当たる年です。この60周年という年は、えとで言うと還暦という記念すべき年、暦が一周して新たに始まる年です。ですから、この記念すべき年に何か特別の事業を計画されているのか、まず質問いたします。
 2点目の質問は、ことし60回を数える按針祭を発展させ、帆船建造と大航海を記念する祭りとし、按針の業績をたたえる式典は、史実に基づいて別の日に行ってはどうかという問題についてです。
 8月10日は伊東市の市制記念日です。私は、市制記念の式典は按針祭とは別にきちんとすべきと考えます。それとは別に、これまで8月10日を中心に続けてきた行事は、按針の業績をたたえるだけでなく、さらに大きく発展させてはどうかと考えるものです。断っておきますが、私は按針の業績を低く評価するつもりはありません。逆にもっと全国に大々的に宣伝すべきと考えていますし、これまで按針祭を盛り上げてこられた多くのご労苦を否定するものでもありません。
 今日、全国各地で「日本最初の洋式帆船建造の地」という看板が掲げられています。例えば、先ほどの戸田も、沈没したディアナ号にかわる船、プチャーチンがヘダ号と命名したそうですが、このヘダ号の建造をもって日本最初の洋式帆船建造としています。
 こうした例は各地にあります。しかし、それらは1853年、ペリーが浦賀に来航し、徳川幕府が1835年(寛永12年)から200年以上にわたって続けてきた大船建造禁止令を解除して以後のことであり、三浦按針が伊東で洋式帆船を建造したのは、そのはるか200年以上も前の千六百四、五年のことですから、その点で伊東こそが日本で最初の洋式帆船建造の地であることは明らかです。ですから、この点は大いに宣伝すべきです。
 私は冒頭、本物が求められていると申しましたが、本物という点で、8月10日を中心とした行事をこのまま按針祭と呼び続けてよいのかと疑問を感じるものです。按針祭が生まれたいきさつは承知をしています。また、積み重ねてこられたご労苦を評価するものです。しかし、8月10日と三浦按針との関係をどのように説明するのでしょうか。第1回按針祭は1947年(昭和22年)8月15日、16日に行われましたし、按針祭が8月10日に行われるようになったのは昭和27年からです。
 私は、冒頭申し上げましたように、あらゆるものに本物を目指すべきと考えるものです。ですから、按針の功績をたたえるのであれば、8月10日でなく、例えば生まれた日、1564年9月24日や、亡くなった日、1620年5月16日、元号で言えば元和6年4月24日などにすべきと考えます。そして、これまで続けられてきた按針祭については、按針の功績だけでなく、伊東に関連する船の建造や航海などに広げて、別の名称で発展させるべきと考えるものです。
 例えば、伊東における船の建造で言えば、1604年、1605年に按針が2隻の帆船をつくったことだけでなく、寛永年間には3代将軍家光が推定排水量1,700tの史上最大の安宅船をこの伊東で建造しています。また、大航海という点では、太平洋を最初に渡った日本人として土佐の中浜万次郎、ジョン万次郎が知られていますが、万次郎が遭難をしたのは14歳のときと言われており、千八百四十一、二年のことです。
 ところが、それよりも200年以上も前の1610年に按針がつくった1,200tの船、後にサン・ヴェナ・ヴェンツーラ号と名づけられますが、太平洋を横断し、現在のメキシコに渡っています。そのとき、京都の商人田中勝介など20名以上の日本人も一緒でした。これが記録に残る日本人による最初の太平洋横断だと思います。
 また、1660年に咸臨丸が太平洋を横断したことは有名ですが、このとき、八幡野出身の肥田浜五郎が機関方教授、つまり機関長として乗っていました。このとき、サンフランシスコで福沢諭吉らと撮った写真は有名です。
 肥田浜五郎は、それ以外にも元治元年(1864年)から慶応2年(1866年)にかけて、約1年半の間、工作機械などの買いつけにオランダを中心にヨーロッパに出かけています。余談ですが、このときもオランダで留学中の西周助、後の西周や榎本釜次郎、後の榎本武揚らと写真を撮っています。また、明治政府になってからも、明治4年から6年、1871年から73年にかけて、有名な岩倉欧米使節団に7人の理事官の1人として参加するなど、世界を駆けめぐっています。これらの貴重な史実を取り入れ、さらに大きな祭りに発展させるべきと考えますが、いかがでしょうか。
 3点目は、今まで示してきました三浦按針の洋式帆船建造、将軍家光による大安宅丸建造や、日本近代造船の基礎を築いた肥田浜五郎の業績などを展示する記念館をつくり、大いに観光に役立てるべきと考えますが、この点についての市長の考えを伺うものです。
 私は、つい最近、横須賀市にあるヴェルニー記念館を見に行ってきました。この記念館は、横須賀製鉄所、後の造船所を建設し、日本の近代工業の基礎をつくり上げたフランス人ヴェルニーの功績と、横須賀製鉄所建設の意義を長く世に伝えるため建てられたとのことです。
 ところが、そこで展示されているものは、製鉄用の2つの大きなスチームハンマーと、あとはヴェルニーと小栗上野介を紹介したパネルだけです。ですから、按針、大安宅丸、肥田浜五郎に絞った展示施設にするなら、それほど大きなものでなくてもできるはずです。
 余談ですが、ヴェルニー記念館に展示されている2つのスチームハンマーは、肥田浜五郎が石川島造船所を拡充するため、オランダのロッテルダムで1865年に買いつけたもので、何と1997年まで横須賀の米軍基地で使われており、実に130年以上も現役で動いていたというものです。
 私は、全国に誇れる伊東だけにしかないこうした歴史的事実を展示する施設を建設すべきと考えますし、市制施行60周年の記念すべき年こそ、その端緒を開くのにふさわしい年と考えますが、市長はどのように思っておられるか、質問いたします。
 4点目の質問は、「大安宅丸建造の地」や肥田浜五郎の業績をたたえる石碑などを設置し、史実を広く知らしめる点についてです。
 私の手元にある教育委員会が監修した「私たちの郷土伊東」を見ますと、三浦按針についてはかなり詳しく書かれていますが、安宅丸については、年表に1635年(寛永12年)、湯川浜で軍艦安宅丸がつくられたとあるだけです。また、肥田浜五郎についても咸臨丸のことがほとんどです。これらの点は、限られた予算、紙数を考えると仕方がないかとも思いますが、残念です。
 安宅丸については、健康保養地づくり実行委員会が出している「ゆったり湯めまちウォーク安宅丸コース」のリーフレットに詳しく紹介されていますが、このリーフレットを手にする市民は少ないと考えます。そうした点で、より多くの人に安宅丸建造の史実や肥田浜五郎の業績を知ってもらうためにも、展示施設とは別に、これらの記念碑、顕彰碑を建てるべきと考えますし、そのことが一層観光に役立つと考えます。この点は市長はどのように考えておられるか、質問いたします。
 5点目として、肥田浜五郎の業績をどのように評価されているか、また、その関係資料の収集はどうなっているのか、質問いたします。
 「私たちの郷土伊東」平成8年改訂版の文化人、文化財のところを見ますと、まず木下杢太郎が紹介されていて、次に中村敬宇、その次に肥田浜五郎が出てきますが、肥田浜五郎の業績はほとんど書かれていません。また、年表を見ますと、1832年(天保3年)中村敬宇が生まれたとありますが、それよりも2年前に生まれた肥田浜五郎はありません。厳しく言えば、中村敬宇は伊東の関係者であっても出身者ではありません。その点では、伊東市史の研究をされている加藤清志先生が出された「続伊東風土記」を見ますと、浜五郎と敬宇ともに紹介されていますが、順序は浜五郎、敬宇となっていますし、浜五郎の業績では、咸臨丸での航海以後の業績、特に明治維新後の業績についてかなり詳しく書かれています。
 そこで、少し長くなりますが、改めて肥田浜五郎の略歴、業績の一端を紹介いたします。
 肥田浜五郎は文政13年(1830年)9月8日、韮山代官の侍医、肥田春安の5男として誕生しました。出生地については八幡野説と江戸の江川屋敷の2説があります。幼年期を八幡野で過ごし、江戸の炭問屋福村総右衛門の養子となり、その後、その娘きよと結婚しました。
 安政3年(1856年)、浜五郎は27歳で長崎海軍伝習所2回生として派遣され、安政6年(1859年)4月、江戸に戻っています。そして、同年同月、江川家家臣のまま幕府軍艦操練所教授方出役となっています。安政7年(1860年)1月19日、31歳の浜五郎は咸臨丸の機関長として浦賀を出航しています。そして同年5月6日、咸臨丸は浦賀に帰港し、7月には浜五郎は再び軍艦操練所教授方になっています。咸臨丸がアメリカに行っていた3月3日、桜田門外の変で井伊大老(直弼)が暗殺されています。当時の情勢を考えると、咸臨丸乗組員は帰国後、攘夷論者にねらわれたのではないでしょうか。
 文久2年(1862年)12月29日、浜五郎33歳、富士見御宝蔵番格軍艦頭取になっています。禄高は2,000石、役金は200両ほどとなっています。そして、日本初の国産蒸気軍艦の建造に着手しています。船体は小野友五郎と春山弁蔵、ともに長崎海軍伝習所卒業生ですが、蒸気機関は浜五郎が設計を担当し、翌年7月進水しますが、蒸気機関ができていませんでした。この年の8月21日には生麦事件が起きています。文久3年(1863年)12月、浜五郎34歳、将軍御座船翔鶴丸の艦長となって、将軍家茂の上洛の供をしています。
 元治元年(1864年)、浜五郎35歳、軍艦操練所教授方頭取になります。そして、この年、石川島造船所を拡充するためオランダへ工作機械買いつけに出かけます。ところが、翌年、幕府の方針が変わり、石川島拡充から一転、浦賀に新造船所建設になります。つまり、オランダ方式からフランス方式に変更となり、帰国命令が出ます。その後、オランダの浜五郎のもとにフランス行きの命令が出され、フランスリヨンまで外国奉行柴田日向守を迎えに行き、パリを中心に柴田日向守の補佐をしています。また、このとき浦賀製鉄所のフランス人責任者となるヴェルニーと造船所の場所や機械などで激しく論争をしています。
 慶応2年(1866年)1月、37歳で浜五郎は帰国をしています。帰国後、浜五郎は直ちに主任となり、蒸気機関を長崎製鉄所でつくり、同年5月、日本初の蒸気軍艦千代田形を完成させています。そして、この船はスクリュー推進でした。同年6月、第二次長州征伐が開始され、浜五郎はアメリカ製最新鋭軍艦富士山の艦長として出撃しています。このころ榎本釜次郎、後の榎本武揚はまだオランダ留学中でした。
 慶応3年(1867年)、浜五郎38歳、海軍の操練法が英国式からフランス式に変更され、日本人教授方全員が解雇され、浜五郎は会計方として残りますが、2月に廃校となり、浜五郎は伊豆に帰っています。そして、同年4月、榎本釜次郎が開陽丸でオランダから帰国し、その後の榎本は函館五稜郭で降伏するまで官軍と戦っています。
 明治2年(1869年)、浜五郎40歳、新政府から出仕要請があり、8月、民部省に出仕しています。要請は徳川家から伝えられたとはいえ、新政府に仕えることは当時の状況から考えると厳しい選択だったのではないでしょうか。その辺について、肥田浜五郎を扱った小説「秋の金魚」の作者は、作品の中で魚屋に、「うちの魚は義理堅くて、お前さん方のような者には食われたくないって、嫌がって困るんだ」と言わせています。また、民部省での仕事は横須賀製鉄所の担当となり、天敵とも言えるヴェルニーのもとで働くことになります。
 明治4年11月、岩倉具視率いる欧米使節団に理事官の1人として参加、このとき岩倉具視に認められ、その後の仕事につながります。明治5年、浜五郎たちはロンドンで新橋・横浜間の鉄道開通の知らせを聞きます。明治6年、浜五郎44歳、イギリスで岩倉使節団と別れ、別行動をとっています。このとき浜五郎は鉄道に関する調査をしていたようです。そして、本体より早く4月に帰国します。本体は同年9月に帰国しています。
 明治6年5月、海軍大丞兼主船頭となり、職務の上で完全にヴェルニーの上に立ちました。明治8年、浜五郎46歳、造船所を日本人だけで運営する方針を決め、ヴェルニーを初めフランス人技術者の解雇を決定します。明治9年、浜五郎47歳、1月、病気で倒れ主船頭を解任、7月、再び主船頭兼横須賀造船所長官に就任します。8月、再び解任され、ここで海軍の現役を終わっています。
 そして、9月には宮内省御用係に転出しています。ここで皇室財産の保全や箱根御用邸造営などを手がけます。明治9年から10年、宮内省勤務の傍ら、旧藩主など華族たちのための銀行、第十五銀行の設立を手がけます。当時、この第十五銀行は国内最大の銀行でした。設立後も浜五郎は監督の職にいたようです。
 明治14年、浜五郎は日本初の民間鉄道会社日本鉄道会社創設委員の委員長に就任します。そして同年6月、政府の許可がおり工事に着手、16年には山手線を含む東京から熊谷までを開業させます。この16年に岩倉具視が没しています。この鉄道は17年には前橋、高崎まで開通し、大宮から北、青森までは明治24年に全線が開通します。この建設資金は第十五銀行の資金が活用されています。浜五郎は18年に御料局長官になるまで、この鉄道建設にかかわっていました。
 一方、東海道線は明治5年9月、東京・横浜間が開通して後、明治7年5月、神戸・大阪間が開通、12年2月、大阪・京都間が開通となりましたが、京都・東京間はようやく明治16年に中仙道を使ってつなぐ計画がされますが、難工事で中止となり、東海道線に切りかえられます。東海道線の全線開通は6年後の明治22年のことです。
 明治18年(1885年)、浜五郎56歳、政府は皇室財産の管理、経理に当たる専任部局として御料局を新設、肥田浜五郎が初代長官となっています。明治22年4月27日、御料局長官、肥田浜五郎は、開通して間もない東海道線に乗って関西方面へ仕事で行く途中、藤枝駅で列車にひかれて亡くなっています。享年60歳。青山墓地の墓石には、御料局長官、海軍機技総監、正四位勲三等肥田浜五郎の墓と彫られています。
 少し長く肥田浜五郎の略歴を紹介しました。肥田浜五郎は政治の表舞台に登場しませんので余り知られていませんが、咸臨丸の航海だけでなく、それ以後、江戸末期から明治初期にかけての日本の近代化に大きく貢献しています。私は、当時の最高の技術者であり、実務者であったと思っています。
 こうした肥田浜五郎の業績をもっと市民にも全国にも知らせていくべきと考えます。市長は肥田浜五郎をどのように評価されておられるのか、また関係する資料収集はどうなっているのか質問し、壇上よりの質問を終わります。(拍手)
               〔市長 佃 弘巳君登壇〕
◎市長(佃弘巳 君)5番 平沢議員にお答えをいたします。
 最初に、平成19年は市制施行60年に当たるとして、それを記念する特別の事業を計画しているかについてであります。
 現在の逼迫した財政状況を勘案する中で、本市として特別な記念事業を行う計画は現状としてありません。しかしながら、市民や民間団体が自主的に行う記念事業につきましては、市といたしましても積極的に後援を行い、市民参画のまちづくりにつなげていきたいと考えております。今後、記念事業として提案や企画が生じた際には、その妥当性等について担当部課との協議を行ってまいりたいと考えております。
 次に、三浦按針の業績を記念する日を別に定めてはどうかについてであります。
 議員ご指摘のとおり、按針祭は本市における造船の歴史と三浦按針の事績にちなみ、市制施行記念日の8月10日を中心に、昭和22年から始まり、本年で第60回を迎え、関係諸外国の間でも歴史的、文化的にも高く評価をされた国際的イベントであります。
 また、先ほど質問にもありましたように、本市は歴史的に見ても海との関係が深く、海や帆船建造にゆかりのある按針祭をよりグレードアップするために、関係する郷土出身の知名人の事績を多くの人に知っていただくことは、本市のイメージアップを図る上でも、また誘客効果に多大な効果があるものと考えられます。
 これまで本市最大のイベント按針祭を8月10日と定め、定着している日付を変えずに、新たな魅力をつけ加える方法を検討し、今後も市民や観光客に親しまれるイベントにしていきたいと考えております。
 次に、三浦按針の洋式帆船、大安宅建造、肥田浜五郎氏の業績などを展示する記念館についてであります。
 伊東と海の関係は歴史的にも古く、日本史上の大きな事件とも密接にかかわっています。こうした海にこだわった記念館建設は、内容としては大変すばらしいものがあると思います。内容を充実させた規模の大きなものを建設できれば、誘客効果もあるのではないかと思っております。施設建設については、民間、関係者の協力をいただき、観光ニーズなど十分な研究を重ね、検討してまいりたいと考えております。
 「大安宅丸建造の地」や肥田浜五郎氏の業績をたたえる石碑等の設置についてであります。
 「大安宅丸建造の地」や肥田浜五郎氏の業績の顕彰は、行政と民間とが協働しての顕彰が必要であり、民間での機運の高まりを注視しながら、行政ができることについて検討していきたいと考えております。
 史実や業績を広く知らしめる方法としては、石碑等の設置も考えられますが、まずは郷土史の学習などを充実させていくことが必要であると考えております。
 なお、「大安宅丸建造の地」の石碑等の設置については、現在のところ、文献や資料によっても建造の場所が特定できない状況にあるため、設置場所等も含め、今後も研究をする中で、先ほど平沢議員も大変研究をしているわけでありますので、今後、平沢議員中心に機運の高まりに対して、行政は応援をしてまいりたいと考えております。
 次に、肥田浜五郎氏の業績をどのように評価しているのか、関係資料の収集についてであります。
 本市では、昭和35年刊行の「私たちの郷土伊東」において、郷土の代表的文化人として肥田浜五郎氏を取り上げており、現在の最新版まで継続して記載をしており、肥田浜五郎氏のその歴史的業績については十分敬意をあらわしております。
 また、肥田浜五郎氏の関連資料の収集については、生涯学習課市史編さん室の蔵書として「近世日本造船事始 肥田浜五郎の生涯」などがあり、市立伊東図書館の蔵書として「肥田浜五郎」などのほか、多数が郷土資料室に収蔵してあります。
 以上です。
◆5番(平沢克己 君)それでは、再質問させていただきます。
 まず、市制施行60周年の関係で、特別の事業については、財政状況なんかもあるということを言われたわけですが、特別な計画はしていないということです。そして、提案なんかがされて、それが妥当性があれば、そういうものも検討していくということを言われたと思うんですが、私は、多分そうだろうなと思ったものですから、あえて肥田浜五郎とか大安宅丸の関係とか、そういうものを含めた博物館をつくったらどうかなという糸口にしようと思いましてお聞きをしたわけですが、そういう点では、計画がないということで、その辺は理解をしました。
 その後のことについて少しお聞きをしていきたいわけですが、私が壇上でも申し上げましたように、按針祭を8月10日にする理由というのがないわけでありまして、昭和22年に按針祭がつくられたのも、その年に下田で黒船まつりをやった。そして、下田の当時の町長が、伊東でもそれに倣って、按針の昔の歴史があるんだから、それを使ってやったらどうかみたいな提案もされたということが按針祭の歴史をつづった大高吟之助さんの本を見ると載っているわけですね。
 そのときも、第1回の按針祭は昭和22年8月15日、16日にやられたそうですね。第2回目が8月15日、第3回目が大変で、7月15日、16日に行われて、先ほど壇上でも申し上げましたように、8月10日になったのは昭和27年からです。ですから、そういう点では、国際交流と観光に役立てようということで、言い方は悪いですが、按針の業績を活用して、それを市制記念日と結びつけて夏の誘客対策にしてきたというのがこれまでの経過だと思うわけですよ。
 ですから、そういう点で、今は花火大会とか、そういうものが中心になっていますので、市制記念日はどこかへいっちゃっているわけですけれども、やっぱり8月10日が何の日なのかということはきちんとすべきだと思うんですね。按針の功績をたたえるという点でいけば、按針の船がいつつくられたのか、進水したのかというのははっきりしませんので、そういう点では、私は、按針の生まれた日とか亡くなった日、こういう日を記念してやるべきではないのかなと。ただ、その点では、横須賀なんかでも按針祭はあるわけですから、できればそういうものとダブらないような形にした方がいいのかなとも思いますけれども、しかし、歴史に忠実に従ってやるという点でいけば、そうしたものにすべきと思いますが、その辺はいかがお考えですか。
◎市長(佃弘巳 君)8月10日は市制記念日であるわけでありますが、これは按針祭として8月10日に定着しているわけでありますので、それをまた変えるということは今私は考えておりません。そういう中で、市制記念日は8月10日ということで、先人の方々の知恵、先輩の方々が知恵を出した中で、夏枯れ対策もしっかりした中での誘客宣伝、そういうものを図っていこうということで2つの行事をやっておると考えておりますし、そういう中では、これからの按針祭のやり方ももう少し変えていかなければならないかなと考えた中で、今、8月10日の花火大会、これは関東一円には大変名前も売れておりますし、8月10日の市制記念日、そういうものもしっかりと市民の方々にもこれからも知らしめていきたいと考えております。
◆5番(平沢克己 君)私は、今、按針祭と言われている10日を中心にした行事をなくせと言っているわけじゃなくて、それはもっと大きく、さらに拡大してやったらどうかと。按針の業績をたたえる記念の式典みたいなものは日にちを変えて、生まれた日とか亡くなった日にしてはどうかという話をしているわけです。ですから、その辺について後ほど答えていただきたいと思うんです。
 ですから、私は、8月の按針祭がこれまで果たしてきた誘客に対する功績といいますか、効果については大きく評価をしていますし、そのことを変えろなんて言うつもりはありません。ただ、先ほども壇上で申し上げましたように、大安宅丸の関係とか、按針がつくったサン・ヴェナ・ヴェンツーラ号に乗って京都の商人の田中勝介ですか、読み方はわかりませんが、そういう商人の20名以上の集団が1610年でしたか、その当時メキシコに渡ったという記録がちゃんとあるわけですね。ですから、そういうものをもっと活用すべきだと思うわけです。
 ところが、最近インターネットで見てみましたら、それよりもさらに32年前に、日本人が乗ったスペイン船がイギリスの船に捕まって、そのスペイン船は燃やされたそうですが、そこで日本人だと言われる2人がいたということがあるわけです。ところが、それはクリスチャンネームだけであって、日本名が全然出てこないんです。だから、日本人かどうかもわからないものですから、そういう点でいけば、サン・ヴェナ・ヴェンツーラ号でメキシコへ渡った人たちが歴史に残る日本人で最初の太平洋を横断した人たちだと思うもので、そういう点で、按針の業績とそういうことも含めてやっていく必要があるなと。
 それから、お聞きをしたいわけですが、大安宅丸と私は言っていますが、先ほども言いましたように、1,700tのこれまでつくられた安宅型の軍艦――安宅というのは軍艦だそうですが、その軍艦の中で最大だと言われているわけですが、まちづくり実行委員会のリーフレットにはそういうことが書いてありますが、実際にはそういうことというのは、先ほど市長は郷土史をもっと充実させるというか、市民に知らせていくみたいなことを言われたんですが、「私たちの郷土伊東」の中でも、つくられたことは書いてあっても――たしか書いてあったと思うんですが、実際にそれがどういうものだったかということについては触れられていなかったように思うんですよ。ですから、そういう点でも、そういうものも含めて大々的にやる必要があるなと。
 それから、私は肥田浜五郎の経歴の中でも余り言っていませんが、肥田浜五郎は石川島播磨の造船所の社史の中では大きな扱いをされているんですよ。これは船の科学館のページですが、石川島播磨重工業の造船所がどういう歴史をたどったかということがずっと書いてあるんですが、その中でも肥田浜五郎がつくった船、それから肥田浜五郎がどういうものをつくったかということが紹介されています。ですから、そういう点でも日本の造船業界に大きく役立ったということと、先ほど壇上でも紹介しましたように、浦賀の造船所は海軍の造船所になっていくわけですけれども、そういう中でも肥田浜五郎が造船所を日本人だけで運営できるんだということでフランス人の首を切っていく、こういうことで日本人の技術者の技術力をさらに高めていくということもやってきていますし、そうした点も含めて、私は、そういうものを大きく取り上げて評価をしていくべきだなと思うんですね。
 先ほど壇上でも申し上げましたように、肥田浜五郎は江戸時代に咸臨丸でアメリカへ行っただけじゃなくて、オランダの方へ1年半も機械買いつけに行ったりしていますし、明治の新政府になってからも、明治4年から6年にかけてアメリカ、ヨーロッパを回ってきているという、その当時としてはほかに例を見ないような大きな活躍をしているわけですね。
 ですから、そういう点でも、按針祭を按針だけに絞るのではなくて、さらにそうしたものにも広げていく必要があると思うんですが、その点で、私は冒頭申し上げましたように、按針祭の行事そのものをやめちゃうんじゃなくて、行事はこのままさらに発展させる。按針の業績を顕彰する分については、生まれた日とか亡くなった日とか、そういう歴史にきちんと確認をされている部分でやった方がより本物に近づけられるのではないかと思っているものでお聞きしたものですから、その辺はいかがお考えか、もう一度お聞かせ願えますか。
◎市長(佃弘巳 君)実際に肥田浜五郎氏が造船技術を持ってつくったといういわれ、また安宅船という名前がどこから出てきたかというものも、人がたくさん乗れるからということもありますし、また暴れるということで暴丸とか、富山県の安宅、そういう名称もあるし、これはまだ調査研究をしていく余地が大分多いなと思っております。肥田浜五郎さん自体が造船技術はもとより金融とか財政、そういうものにもたけていたということは、私もちょっと見させていただいて、これはまだまだ研究をする要素もありますし、また船をどこでつくったかというものもはっきりしていない。伊東の海岸ということも言われておりますし、稲取から網代にかけてのところでつくられたということも言われておるわけでありますし、そこらもこれからいろいろな資料も調査研究をしていかなければなりません。
 先ほど平沢議員も壇上で大変詳しく述べられていたわけでありますので、ぜひそこらも平沢議員を中心にする中で、これはそういう研究をしっかりとみんなで進めていかなければならないと私は考えております。
◆5番(平沢克己 君)安宅というのは軍艦だと先ほども私は申しましたが、室町時代から江戸の初期、大船建造禁止令が出るまでの間の日本の和船の軍艦だったというわけですね。ここにも写真がありますが、大きい船で、それを中心にして関船という少し大きい、何十人か乗れるような船があって、それにさらに小早という、この辺でいくと櫓でこぐ小さい船ですね。昔の櫓でこぐ漁船、ああいうタイプの船があって、それで戦をしてきた。ですから、今で言う軍艦というか、戦艦といいますか、この安宅船というのはそういう役割をしていた。ですから、先ほど言ったように、全国各地に安宅丸をつくったという土地があるんです。水軍があったところには大概この安宅船をつくったところがあるわけですから、そんなものはうちでもあったよということになるわけです。
 ところが、家光がつくらせた安宅船は通常の安宅船の数倍あるという、とんでもなく大きい船だったと言われているわけですね。しかも、どこでつくったかわからないという話なんですが、きょう持ってくるのを忘れちゃったものですからあれですが、たしか島田千秋先生の本なんかにもあったように思うんですが、湯川でつくられたという言い伝えは湯川にあった。ただ、湯川に川が2本あるわけですが、そのどちらの川口でつくられたかというのはわからないということがあったり、その川はもともとは1本の川で、川口だけ2つあったという話もあったり、いろいろなことが書かれていたように思うんですよ。
 それから、ペリーが下田へ来てから、たしか松平定信だったと思いますが、下田へ行く途中に立ち寄って、宇佐美の八幡神社で、ああ、これがそのクスノキかと言って、お参りをしていったという記録も残っているとたしかあったと思うんですね。ですから、そういう点なんかも含めて、伊東でつくられたということについて言うと、江戸時代の人たちにもそうだと言われていたというわけですから、間違いないことだろうと私は思います。そういう点で、伊東でいろいろなものが最初につくられたり、最大のものがつくられたりしているわけですから、そういうものを記念してつくるべきだなと私は思いますので、その辺はぜひ検討していただきたいなと思います。
 それで、記念館の関係なんですが、先ほども壇上で申し上げましたように、ヴェルニー記念館というのがJR横須賀駅の真ん前にあります。1分もかからない。道路を挟んで海側にあります。そこの施設は、先ほども申し上げましたように、浜五郎が1865年にオランダのロッテルダムで買ったスチームハンマーという機械が2つ据えつけてあるだけです。あとは、この机ぐらいの大きさで、幅はもうちょっと大きいんですが、ヴェルニーと小栗上野介それぞれを紹介したパネルがあるだけです。ですから、本当に小さい博物館ですよ。建物の外側は大きいです。トイレなんかも横についていますから。だけど、展示そのものは大きい機械を2つ取りつけてあるだけですよ。ですから、そういう点でも、按針や大安宅丸や肥田浜五郎とか、サン・ヴェナ・ヴェンツーラ号で航海した、そういうものを展示するという点でいけば、模型とかパネル展示とか、そういうもので済みますから、極端な話、一部屋あれば足りるということにもなりますので、そういう点ではやり方はいろいろだなと思います。
 それから、戸田の造船郷土資料博物館へ行ったときもそうですが、その博物館も展示はプチャーチンのディアナ号の模型とヘダ号の模型、あとはプチャーチンが使ったと言われている日常の茶わんとか何か、そういうものが少し展示されているだけで、やっぱり1つの部屋ぐらいしかありません。
 ところが、戸田もそうですが、ここにも印をつけてありますが、その後、浜五郎なんかも手がけるわけですが、幾つかのヘダ号と同じような帆船をつくるわけですが、そのことをもって日本最初の洋式帆船建造と書いてあるんです。こっちもそうなんですが、そういうように紹介しています。ですから、そういう点では、伊東こそがそういうものをつくったところだよということも含めて、広く知らせるという点では、そういう展示なんかも含めてつくっていく必要があると思うんですね。
 私は、市制施行60周年だから、その年につくれと言っているわけじゃないんです。壇上でも申し上げましたように、来年をきっかけにして、こういうものをつくる計画を立てていったらどうなのかと聞いているわけですから、その辺はいかがか、もう一度お聞かせ願えますか。
◎市長(佃弘巳 君)先ほども壇上で言いましたが、平沢議員は先ほども安宅船、また肥田浜五郎氏の業績、そういうものについては大変詳しく述べられていたわけであります。ですから、そういう中では、平沢議員中心に、そういうものをつくる運動を民間レベルで立ち上げる中で、行政も協力をしてまいりたいと考えております。
◆5番(平沢克己 君)民間を頼ってやるということ、確かにそういうこともありますが、市としてもきちんとやっていく必要があるなと私は思うんです。市町村合併がどういうことになるかわかりませんが、10年後どうなっているか、伊東そのものがあるのかどうかもわからない状況ですよね。平成の合併が終わったのかなと私は思ったら、県はまた東部を中心に合併を進めていくんだということで、今、進め始めていますよね。そうすると、清掃工場が平成29年でしたか、広域でやるんだという目標がありましたけれども、ひょっとすると29年とか30年ごろにはもう一度の市町村合併があるのかなと思うわけですね。そうなってきたときには肥田浜五郎なんかどこかへすっ飛んじゃう可能性があるなと私は思っています。ですから、そういう点でも、早い時期にきっかけをつくって、何とかその火種をつけていく必要があるなと私は感じたもので、この議会で急遽取り上げることにしたわけです。
 ですから、そういう点でも、私は、ぜひその辺はきっかけをつくっていただきたいなと思いますので、その辺も検討されることを要望しておきます。
 それで、「大安宅丸建造の地」というのは、先ほど市長はどこでつくられたかわからないということですが、そういう点で、教育委員会の方に聞くわけですが、図書館の方に郷土資料の関係で書籍なんかがかなりあるわけですが、そういうものの中で家光がつくった安宅丸について、天下丸とか、いろいろな名前がありますが、この大きな安宅船の関係で、どこでつくられたかということが書かれたものはご承知でしょうか。
◎生涯学習課長(稲葉修 君)お答えいたします。
 図書館にあります郷土の資料の中で、安宅丸の建造場所を特定した記載のある資料については確認されておりません。
 以上です。
◆5番(平沢克己 君)私は、基本的には自分の持っている本と、あとは議会の図書室にある本を中心に幾つか見てみましたが、何という本だったかちょっと忘れましたが、先ほど言った島田千秋先生が書かれた本の中にもたしかあったような記憶がありますし、そのほかにも伊東の歴史を扱った、議員としていただいた本の中にも何か書かれていたように記憶がありますが、今、何でというのはないものですから。多分図書館の方の資料の中にも幾つか記載がされていると思いますので、ぜひその辺は見ていただければなと思うわけです。
 そこで、私は、一つは記念館をつくるということを提案しましたが、それとあわせて、石碑とか、そういう顕彰するものをつくったらどうかということを言ったわけですね。それは、要するに按針祭をより発展させて、造船や大航海、そうしたものも含めた、行事を広げたものにしていってはどうかということを提案したものですから、そういう点でいくと、仮にそういうことがやられた場合に、逆に按針の碑しかないじゃないか、こういうことにもなりかねないわけで、そういう点では、それらのつくった史実や業績を広く知らしめるという点でいけば、そういう石碑をつくることによって新たな観光のルートといいますか、道筋もできていくんだろうなと思います。
 そういう点では、人の流れをつくるという点でも、展示施設を設けるだけでなくて、そういう碑を按針の碑の近くに設置してみたり、安宅丸でいけば湯川の海岸の方がいいのかもしれませんが、そういうところにつくることによって観光客の動線をさらにふやしていく、こういうことに役立つだろうなと思います。それを民間の有志につくっていただくというのもそうですが、市としても積極的にそうした観光ルートをふやしていくという点でも必要ではないかなと思います。
 先ほども言いましたように、安宅丸コースというコースがつくられているわけです。ところが、八幡神社のクスノキを切って安宅丸の船の材料に使ったということが書かれて、そこを中心にしてやられているんですが、湯川に向かっていくと、じゃ、どこでつくられたんだというところがないわけですね。ですから、そういう点でも、そのコースの始点、終点の部分で八幡神社、湯川海岸、こうしたものを結ぶ点としても、そうした石碑というか、歴史を顕彰する掲示物といいますか、そういうものの必要性というのはあるんじゃないかと私は思いますが、その辺は市長はいかがお考えですか。
◎市長(佃弘巳 君)そういう資料も今書いたもの自体もまだそんなにないもので、どういう資料があるかというものもこれからは調査研究をしていかなければならないと思っていますし、また郷土史を研究しておる人たちにも、いろいろな資料、そういうものもこれからお話し合いをする中で進めていかなきゃなりません。資料館というと使ったもの、じゃ、そういうものがどこにあるかという問題もこれから出てくるわけでありますので、そこらもどういうものがあるかというのは、ぜひ協力をした中で進めていっていただきたいというのは先ほどからも言っておるとおりであります。
◆5番(平沢克己 君)肥田浜五郎の関係についてお聞きをしますが、先ほど市長答弁の中でも、私の聞き違いかもしれませんが、肥田浜五郎関係の資料があるように言われたと思うわけですよ。私が何人かの方に聞いたところによりますと、八幡野にある肥田本家、浜五郎が生まれたうちの火事がたしか昭和63年か何かにあったと思いますが、そのときにかなり焼失して、残っていたものがあったということなんですが、それも今どうなっているか確認ができていないみたいです。
 それから先ほど市長が言われた「近世日本造船事始」の中でも、伊東市の田畑家に例えば山岡鉄舟とか岩倉具視とかの書いたものが幾つかあるということが記載をされているわけですが、加藤清志先生に伺ったところ、その田畑家の方が亡くなったときにうちが解体されたそうですが、そのときには資料はほとんどなかったということを言われています。
 それから、「近世日本造船事始」の中でもそうですが、今、浜五郎の直系の方、ひ孫ですかね、肥田信一さんという方がいらっしゃいますが、その方は練馬に住んでおられますが、そちらのお宅の方も東京の空襲でほとんど焼かれて、その後もいろいろなことがあって、資料らしい資料はほとんどないと聞いています。ですから、そういう点で、教育委員会の方で、認識そのものも物すごく重要な人物、伊東市で言えば第一級の人物だろうと私は思っているんですが、その人物に関する資料をどの程度持っておられるのか、持っていないのか、その辺をちょっとお聞かせ願えますか。
◎生涯学習課長(稲葉修 君)お答えいたします。
 市長答弁の中で資料を所蔵していると言ってあります部分については、書籍資料に限られております。
 以上です。
◆5番(平沢克己 君)私もそのように認識をしておりました。ですから、そういう点では、資料は個人個人で分散しちゃった部分もあるのかもしれませんが、肥田浜五郎が咸臨丸でアメリカへ行ったときに福沢諭吉なんかと撮った写真、肥田浜五郎が前列の一番真ん中に座っている有名な写真があるわけですが、これがそうですね。こういう写真というのは、東大の附属機関の図書館か総合研究所の資料室か資料研究所ですか、そういうところにあると思うんですね。ですから、そういう点では、市当局が調査しようと思えばあると思うんです。
 それから、「近世日本造船事始」だけではなくて、3年ほど前に「秋の金魚」という本が出ています。この本の中身は、僕も両方見ましたけれども、確認できたんですが、「近世日本造船事始」と同じようなことが書かれています。「近世日本造船事始」に入っていないようなこともかなり入っています。ですから、そういう点では、肥田浜五郎についての研究というのが最近されてきているのかなと思うわけですが、しかし、なかなか資料を集め切れていないという点では、全国的にもまだ余り知れ渡っていない。そういう点でも、個人個人が勉強して研究してということも大事ですが、伊東市としても積極的に資料を収集していく必要があるなと私は思うわけですよ。ですから、そういう点では、肥田浜五郎についてもう少し資料を集めてほしいなと思うわけです。
 そこで、先ほど申しました横須賀のヴェルニー記念館、これは横須賀の駅前の長い海岸全体がヴェルニー公園となっていまして、その一角にあるわけですが、このヴェルニー記念館に展示されている2つのスチームハンマーは、肥田浜五郎が1865年にオランダで買いつけたものですが、肥田浜五郎が買いつけたスチームハンマーだけでも6つとか9つあったような記憶があるんです。今残っているのは3tと0.5tですので、そのほかにいろいろなトン数のものがあったんですね。先ほど申しましたように、それは1997年までアメリカ軍で使われていた。使われていたのは3tのスチームハンマーらしいんですが、0.5tのスチームハンマーは20年前に現役を退いて、野外に展示されていて、新たに3tのスチームハンマーが横須賀市に移譲されたときに、それを受けて、ヴェルニー記念館をつくるために、野外に展示されていたものも含めて修理をしたりして新たに飾ったんですね。
 ですから、肥田浜五郎にもっと早く着目して、図書館にもあるわけですが、「近世日本造船事始」をきちんと読んでいれば、その中にそのことが書かれていたわけですよ。私も、つい最近それを見て初めて、ああ、何だ、20年前にまだ動いていた機械があったんだと。じゃと言って事務局に調査依頼をして、今月に入ってからでしたか、アメリカ軍の方から報告が来て、その機械が実は動いているんだということがわかったわけですよ。そして、それがあるんだということがわかったのと、ヴェルニー記念館というところにあるということがあって、先週見に行ってきたわけですね。
 ですから、そういう点でも、肥田浜五郎の評価をきちんとした上で、その資料をそろえる必要がある。そのことが伊東の観光に大いに役立っていくと私は思っているわけです。ですから、その辺も含めて、ぜひ肥田浜五郎についての評価を研究者の方々も含めてきちんとしていただいて、その上で積極的に資料収集をしていただくことを要望して、私の質問を終わらせていただきます。(拍手)
○議長(稲葉正仁 君)以上で5番 平沢克己君の一般質問を終わります。
 昼食のため、午後1時15分まで休憩いたします。
                午後 0時12分休憩
                ───────────
                午後 1時15分再開
○議長(稲葉正仁 君)休憩前に引き続き、会議を開きます。
 次に、24番 掬川武義君の質問を許します。
             〔24番 掬川武義君登壇、拍手〕
◆24番(掬川武義 君)会派新風の一員といたしまして、通告に従い質問を行います。
 国の第28次地方制度調査会が中間答申をまとめた結果、古いものでは明治の時代から続いた地方自治体の組織、形態が変わって動き始めることになりました。助役、収入役などの特別職の地位にも大きな変化が見られ、今まで以上に責任ある業務の執行が求められてまいりました。地方分権が進めば、その分だけ市長の政策立案能力が試され、その時代におくれることのない、地域の実情に合った的確な判断が市長には要求されてまいりました。
 そのようなことから、市長の政治姿勢を中心に、以下6点の質問を行います。
 初めの質問といたしまして、18年度予算執行の基本的な考え方についてお伺いをいたします。
 18年度がスタートして3カ月近くが経過いたしました。歳入、歳出の執行率は、当然のこととして決算時においては大きなポイントとして注目をされます。当初の目的に向かってどのような成果を上げたのかなども重要な着眼点であります。
 そこで、予算の執行率については、どれくらいの数値を目標としているのか、また、予算が可決された後の各部、各課においての予算執行はどのような手続によって行われていくのか、さらに、歳入と歳出との関連はどのようになっているのか、お伺いをいたします。
 次に、各地域で市道の破損箇所が多く、交通安全上からも早急に修繕等をするべきと考えますが、いかがでしょうか。
 本市は延長34?の国道と60.3?の県道、さらに420?の市道などを中心に道路が構成されています。市道の舗装済み延長は約240?であり、対延長比率は約56%となっております。市道の整備はそのまちのバロメーターとして見られ、観光地としての道路の整備は本市のイメージアップ、イメージダウンにつながることから、重点を置かなければならない事業の一つと言うことができます。
 最近、特に目につく傷みの激しい道路は各所で見られ、気にかかるところであります。交通安全上からも早急に修繕をするべきと考えますがいかがか、お考えをお伺いいたします。
 次に、市庁舎内を一日も早く全面禁煙にすべきと考えますが、市長のお考えをお伺いいたします。
 世界的に喫煙の問題が大きくクローズアップされ、今日まで急速に禁煙ムードは高まってまいりました。以前から喫煙については本人の健康面からの注意を促すことが一般的でありました。しかし、近年では人に与える影響が大きな問題となっていることを我々は認識をしなくてはならない時代になってまいりました。ほとんどの公共施設や敷地内での喫煙ができない現在、いまだに市役所内で禁煙が実施されていないということは時代に反していると思います。市長の時代をしっかりととらえた的を射た答弁を求めるものであります。
 市長の政治姿勢の4点目の質問といたしまして、市長の退職金の見直しについてお伺いをいたします。
 私は平成14年3月、同様の質問をさせていただきました。当時、市長はみずから退職金のわずかでもカットを打ち出し、地方自治体で財政状況がピンチを迎えている今、全国に向けて各首長が避けて通りたいこの問題に勇気を持って進んでほしいとの質問をいたしました。それから4年以上が経過し、全国でこの問題の取り組みは進んでまいりました。
 ことし4月27日、小泉総理大臣は経済財政諮問会議において、公務員人件費削減に関し、知事とか市長の退職金は多過ぎる、自分も要らないから知事も市長もあきらめてもらったらどうかと指摘し、全国に波紋を広げました。財政状況等を考慮した市長の退職金の見直しについてご答弁を求めるものであります。
 次に、市立伊東市民病院玄関前ロータリー及び立体駐車場からの歩行者の安全対策についてお伺いをいたします。
 平成13年3月の開院から5年経過した現在、1日約500人の外来患者を初め付き添いの方、160名前後の入院患者の家族や見舞い客、さらに病院関係者及び出入り業者の数は推定で平日では1日2,000名を超える多くの人が利用しているものと思われます。現在、新病院の計画は示されていないことから、現在のまま当分の間使用されていくことになります。県道から病院用地に入ったところからの道路部分のでこぼこや駐車場入り口の段差、ロータリーの狭さや歩道部分の急坂など、安全対策を一日も早く行うべきと思います。救急車と路線バス、タクシーの乗り入れや車いすでの乗りおりの問題など、一日も早い対応をすべきと思います。市立伊東市民病院玄関前ロータリー及び立体駐車場からの歩行者の安全対策についてお伺いをいたします。
 最後の質問といたしまして、定置網漁業を守るため、魚付き保安林の確保と、夜間、車からの照明対策についてお伺いをいたします。
 依然として漁業を取り巻く環境は厳しい状況にあります。特に長引く原油価格の高騰は、燃料を中心に漁業資材などにも大きな影響を与えております。そのような中にあって、伊東市漁協にあります川奈、富戸の定置網漁業は、古くから本市漁業の中心的な役割を果たしてまいりました。定置網は北海道から東北地方を中心に全国で約750カ所の大型定置網があり、本県では焼津、由比から伊豆東海岸に集中し、静岡県定置協会に15カ所が加盟しております。本年、幸いにして川奈定置網の水揚げは好調でありますが、富戸につきましては今のところ不漁とのことであります。本年に限らず、不漁とされる原因としては、水温や潮流の関係はもとより、光と音の問題を指摘する専門家もおります。
 そこで、昔から漁業者が守り続けた魚付き保安林について、改めて注目する必要があると思います。魚付き保安林とは、魚類を集めて、その繁殖、保護を図る目的で設けた海岸林であり、魚類が暗いところを好む習性と、森林が風波を防ぎ、水温を安定させることが昔からの知恵として守られてまいりました。
 また、近年の大きな問題として、車社会による車からのライトが海面を照らす状態となり、定置網やエビ網等への影響を指摘する漁師もおります。既にあるガードレールなどを利用した車からの照明対策などは十分に研究すべき課題と思います。
 定置網漁業を守るため、魚付き保安林の確保と、夜間、車からの照明対策についてお伺いをいたします。
 以上で壇上からの質問を終わります。(拍手)
               〔市長 佃 弘巳君登壇〕
◎市長(佃弘巳 君)24番 掬川議員にお答えをいたします。
 最初に、市長の政治姿勢に対する質問のうち、平成18年度予算執行の基本的な考え方についてであります。
 固定資産税の評価替えによる市税の減収や、国と地方財政の三位一体の改革の進展による国庫補助金の大幅な落ち込みなど、非常に厳しい財政状況のもとで編成をされました平成18年度予算につきましては、既に2カ月余りの執行をいたしたところでありますが、この執行に当たりましては、年度当初の通知により、平成18年度予算の執行に際しては、今後の行政のあり方を見据え、常に事務事業の見直しを心がけ、創意工夫によって一層の経費節減を図るとともに、効率的で効果的な執行に努めるよう指示をするとともに、補助金、交付金についても、引き続き見直しの視点を持って補助団体等の経理内容を正確に把握し、補助効果や補助率、補助機関等を検討し、安易に前年度を踏襲することなく、終期の設定や見直し、統廃合に努めるよう職員にも指示をしているところでもあります。
 さらに、執行の時期につきましては、予算の内容に基づき、それぞれの事業ごとに事業計画に沿って進めながら、中でも建設事業の入札執行に関しましては、執行する建設事業の事業内容とともに、市内経済への波及効果も勘案し、早期の入札に努めているところであります。
 いずれにしましても、事務事業の執行に際しましては、事業内容、執行時期など的確に見きわめる中で、事業実施に支障がないよう適切に執行してまいりたいと考えております。
 次に、各地域で市道の破損箇所が多く、交通安全上からも早急に補修等をすべきと考えるがどうかについてであります。
 道路管理者として、道路はすべての人が安全で安心して利用できることを前提に、定期的に土木道路課職員による道路パトロールや、郵便局の配達員ともタイアップをし、舗装路面の穴埋めや陥没箇所などの早期発見と早期対応に努めているところであります。
 簡易な修繕につきましては、市民サービスセンターと連携を図り実施するほか、平成16年度から緊急修繕業務委託事業として、迅速な修繕の対応ができる体制を舗装業者に委託して、安全通行のできる道路管理を目指しております。
 また、道路の管理が市内全域に及び、市民生活に直接かかわることからも、舗装の老朽化が進んでいる路線につきましては、緊急性や安全性等を勘案し、道路維持修繕工事及び道路改良の年次計画をもとに、順次改良を考えております。
 次に、市庁舎内の全面禁煙についてであります。
 現在、本庁舎内では、事務室や会議室などは全面的に禁煙としているところですが、高層棟では各階の西側に1カ所及び東側に1カ所の計2カ所あるリフレッシュルームのうち西側の1カ所を喫煙用スペースに、また低層棟や8階大会議室前のフロアなどでも喫煙用スペースを設けているところであります。
 しかしながら、平成15年5月の健康増進法の施行以来、受動喫煙防止の観点から、官公庁施設が完全禁煙とされる傾向にありますが、本市の6億円を超える貴重な財源である市たばこ税についても考え合わせ、今後、庁舎外での喫煙用スペースの設置なども視野に入れながら、本庁舎におきましては空間分煙化を進めてまいりたいと考えております。
 また、食堂や喫茶施設におきましては、営業上の問題もありますが、一方では受動喫煙を防止することも重要であるので、関係者にも理解を求めてまいりたいと考えております。
 次に、市長の退職金の見直しについてであります。
 本市における市長に対する退職手当は、伊東市特別職の職員の給与に関する条例第4条において、在職月数を乗じて得た額を支給する旨規定され、その支給額は、県内各市との均衡を勘案し、平成7年度に条例改正をいたしております。
 市長職の退職手当の減額や廃止については、他市の動向を見据え検討いたしますが、私個人にかかわるだけでなく、今後の市長職に就任される方々にも影響を与えるものでもあり、現段階では考えておりません。
 なお、サマーレビューの日程、運営が具体化したことから、本定例会において報酬等審議会開催にかかわる補正予算の計上をいたしましたので、議決をいただいたなら、特別職の報酬等の審議とあわせ、同審議会での検討をいただく考えでおります。
 また、現在、新聞紙上をにぎわしている首長の在職期間に関する退職金につきましては、本市は条例に基づき支給されているところですが、実態に即した退職金制度となるよう、改正の検討を指示したところであります。
 次に、市立伊東市民病院玄関前ロータリー及び立体駐車場からの歩行者の安全対策についてであります。
 市立伊東市民病院玄関前ロータリー部分の改良につきましては、病院敷地が狭く、特に玄関前は県道伊東修善寺線に接し、がけ地となっているため、拡幅に必要な用地が確保できないことから、既存のロータリーを使用していくこととしました。
 立体駐車場1階の出入り口から病院正面玄関までは約67m、2階出入り口からは約37mあり、敷地の斜面に沿ってなだらかな上り坂となっております。外来診療棟の産婦人科、小児科への入り口から正面玄関までの間は、敷地の形状及び玄関前の整備により勾配をとる距離が短いため急坂となっており、身体に障害のある方や高齢の方には利用しにくい形状であることは承知をしております。
 正面玄関前ロータリー及び立体駐車場から正面玄関まで一体的に整備することは、傾斜で狭隘な敷地という土地の形状から、現状の施設環境での大規模な造成が必要であり、改良は困難であると考えております。車を利用される皆様には、引き続き構内の低速走行、歩行者の安全確保への十分な配慮を呼びかけ、協力をお願いしてまいりたいと考えております。
 次に、定置網漁業を守るため、魚付き保安林の確保と、夜間、車からの照明対策についてであります。
 本市の定置網漁業は、宇佐美地区を初めとする4地区6カ所で行っており、近年の定置網の漁獲量は増加傾向にあります。また、定置網漁業は、本市の漁獲量の大半を占める重要な漁業の一つとして認識をしているところであります。
 定置網漁業を守るためには、車からの照明を遮る機能や、水面に影をつくったり、流れ込む水の汚濁を防ぎ、養分の豊かな水を供給するなど、魚介類の生息、生育の促進機能を有する魚付き保安林の適正な管理も重要なことと考えております。今後も伊東市漁協や県及び定置漁業協会、定置網漁業者と協議、検討してまいりたいと考えております。
 以上です。
◆24番(掬川武義 君)今、市長から答弁いただきましたけれども、若干順序は違いますけれども、第2質問させていただきたいと思います。
 まず1点目は、魚付き保安林の関係ですね。今、市長から答弁いただきましたけれども、私は、この関係につきましては10数年前から、いつか機会を見つけてやらなきゃな、こういった思いでずっといたわけですね。過去にもこういった質問をされた議員が1名だけいたというふうに私は認識をしているわけですけれども、この問題については、これからの将来の問題として、漁業をどういうふうに守っていくかという基本に立って市長にもお答えをいただきたかったわけであります。そういうつもりで答えていただいたとは思いますけれどもね。漁業を守ることが伊東市にとってどれだけ大事かということは、私は3月の予算審議のときも申し上げましたし、なかなか自分の思うような予算が立っていないから反対をしたという現実はあるわけですね。それはそれとして、これからの将来のテーマに立った形で物を考えていかなきゃならないだろう、こういった思いがありますね。
 それで、この関係については、平成9年8月31日、SBSの開局45周年スペシャルとして、SBSラジオで取り上げられた経過がありまして、そこに地元の漁師が参加をして、この魚付き保安林の重要性の話をしていたテープを最近また改めて聞き直しまして、感激をしたというか、漁師のいわゆる生の声の重要性というのを改めて知ったわけですね。
 それから、「森はすべて魚付き林」という本を出版した方もおりますし、この保安林の関係については、私が調べたところでいくと、昭和26年、森林法に基づいて魚付き保安林が決められたんだというものも調べた限りではありますね。この関係について、今も松くい虫の対策の一環として多くの方が努力をいただいておるわけですけれども、具体的にこれから魚付き保安林をふやしていくということについては、植林以外方法はないと私は思うわけですね。植林の仕方については、当然のこととして、これからみんなで知恵を絞りながら、漁師の方も含めてやっていかなければならない問題だろうと思いますね。松くい虫の関係については、常に予算等もありますので、そういった角度から意見を言う場所というのはあるわけですけれども、市長ご自身が魚付き保安林について、今まで県も含めてどういった認識でいられたのかなと。一見聞きなれない言葉なんですけれども、その辺のところはいかがですかね。
◎市長(佃弘巳 君)魚付き保安林は、定置網に対して一瞬の影、そういうものも防いでいかなければならない。光を遮るようなもの、また緑をふやした中で、養分の豊かな水を供給していく、そういう森林が魚付き保安林としては必要であるというふうにも認識をしておりますし、この魚付き保安林を設置していくのにも民有地が大変多くある。そういう中で、民有地の活用によって、たしか昭和26年に設置をした魚付き保安林、そういうものを解除していただきたいという要望も私が県会議員のときには各地からあったわけでありますし、その中で定置網漁業の振興、そういうものも県漁協連合会ともいろいろ話をする中で、魚付き保安林の対策もしっかりしていかなければならないし、また民間の土地の所有者、そういう人たちとも協力をして進めていくための県としての水産振興、そういうものも協力をしていきますよという話もし、魚付き保安林の重要性というのは十二分に認識をしております。
◆24番(掬川武義 君)今は魚付き保安林の関係で、もう1点、最後の質問の中で車からの照明の関係の2つのお尋ねをしたわけですけれども、小田原の手前に米神というところがありまして、そこにも定置網があったんですね。そこも全国でも有数な指折りの定置網だったわけですけれども、その米神の定置網漁が大分前から不漁になりまして、その理由の一つとして、当然、国道が通っておりますので、そこの部分での車からのライトの照明、この問題が大きくクローズアップをされたんですね。最終的には、今、再建のような形で、また市の補助、そういったものを含めて定置網が再開をされた、こういったニュースがあるわけです。
 そういった影響というのは今の小田原のところだけでなくて、これは富戸でも川奈でも、県道伊東川奈八幡野線が関係をするわけですね。当然、第1質問でも申し上げましたように、車が通ればそのライトが海面を照らす。そこのところの光の対策は、当然、ガードレールがほとんどの海岸線にありますから、そのガードレールを使って光を遮ることというのはそう難しくないんじゃないかと私自身は思うんですね。
 全国的にもこういったことをやられているところというのは私は聞いたことがないものですから、この関係については、そんなに莫大な費用というのもかからなく対応できるんじゃないかな、こういう思いを私自身が持つわけですね。その辺について、ぜひともお願いといいますか、検討には十分値することだという認識を私は持っておりますけれども、市長はいかがでしょうかね。
◎市長(佃弘巳 君)車からの照明を遮る機能、これは角度によって定置網に対する影響というのは大分変わってくるわけでありますし、また、そういう中で定置網というのは夏網、冬網という変える時期、また台風等によって魚道が変わってくるということで、車の光が原因ということは私は断定はできないというふうにも感じておりますし、特に今、定置網を上げた後のいかりの設置場所、そういうものも考えていかなければならないということで、そこらの魚道の魚の導き、海底がどのようになっているかというものを調査研究する中で、定置網漁業というものは大変難しくもなってくる。
 あと生活雑排水の流れ、また海流の流れ、そういうものによって定置網漁業というのは大きく変化をしてくるわけでありますが、定置網漁業の漁獲高というのは、今、好調な推移を示しているということを私も聞いておりますし、現実にそういうものも経営者の方々と話をして、今はよくなってきたということも言われております。
 以上です。
◆24番(掬川武義 君)一つのこういう提案をするわけですから、市長は今の部分について私と意見が合わないような答弁ですよね。光の問題で、そんなに認識が違うことは必要はないんじゃないかと思うわけですけれども、要はこういうことですよ。富戸の定置網の場所にしても、川奈の定置網の場所にしても、道路のカーブがあるわけですよね。そのカーブのところを車は当然カーブなりに海を照らしちゃうわけですから、そうしますと、定置網のある位置を瞬間でも照らすんですよ。だから影響があると言っているわけです。川奈だってあれだけ多くのカーブがあるわけでしょう。それは距離は大分ありますよ。やはりそういったことの影響があると思うので、ちょっと研究をしてもらえないだろうか、こういったお願いを今しているわけです。それがそんなに膨大な費用がかかるわけじゃないのに、そういう影響はないんじゃないか、そういう答弁は私はちょっと納得がいかないですね。もう一度その辺はいかがですか。そんなに莫大な費用がかかると思っていませんよ。それくらいの研究はぜひ産業課でやる価値があると思っていますけれども、いかがですか。
◎市長(佃弘巳 君)研究とか、そういうことでなくて、今そういう定置網を経営しておる人たちにも聞いたり、また県において、そういう車の影響によっても角度とか、また照らす位置、そういうものによって魚というものが逃げる反面もあるし、また集まってくるものもある。ですから、そういうものも、これからそういうことで漁業者、またそういう定置網を経営しておる人たちともよく協議をする中で、どのようにしていったらいいかというものは協議をしていかなければならないと考えています。
◆24番(掬川武義 君)この問題だけでやるわけにもいきませんので、こういったことというのは我々の意見もしっかりと取り入れていただいて、これからの漁業者のためにひとつ知恵を出していただきたい、このように思いますね。
 この関係の最後についてですけれども、魚付き林は沿岸漁場の再生策ということをはっきりとうたったわけですね。水産庁、林野庁、国土交通省によってこういった研究体制が築かれつつある、こういった形で私もホームページを見ましたので、その辺もしっかりと市長の頭の中に入れていただいて、対策をお願いしたいということを申し上げて、この点は終わります。
 次に、市民病院の安全対策でありますけれども、市長、一度現場に立ってあの状況を見てほしいと思いますよ。私は最近、ほぼ毎日というぐらい行っているわけでして、門を入ってから駐車場へ行ってロータリーへ行くまでに道のでこぼこはあるし、駐車場での段差はあるし、あるいはロータリーの部分は狭いし、そんなに費用をかけなくても、ある程度の改修をすることについて、安全対策というのは絶対出てくると私は思いますよ。やはり現場に立っていただいて、お金をかけるばかりでなくて、ちょっとした工夫で済むと思うんですよ。そういったことを申し上げているわけですね。今のこの時期に、膨大な費用がかかるものを我々も要求しませんよ。やはり現場に立っていただいて、それを直す。こういう指摘があったらそういった対応をするということを我々は非常に控え目に、お願いを込めて言っているわけですよね。もう一度答弁いただけますか。
◎市長(佃弘巳 君)そこらは1回現場を見て、どういうふうになっているか、そこらで改修ができるものはすぐに改修していきたいと思っております。
◆24番(掬川武義 君)事故が起きて責任問題にならないように、これは対応していただきたいということを申し上げておきます。
 次に、市道の関係について再質問させていただきたいと思いますけれども、今かなりいろいろなところで道路の状況は悪いですね。それなりに努力をしていただいて、やっていただいているというふうには思っておりますけれども、先ほども壇上で申し上げましたように、観光地としての一つのイメージを余りダウンさせない補修というのは当然最低限していかなきゃならないだろうと思いますね。
 私が今通る道が果たして何本ぐらいの市道関係を通って市役所に来るかな、あるいは帰りにどういう道を帰っていくと市道を何本ぐらい使っているのかなということでちょっと追ってみますと、私が往復するので、先ほど言ったように病院関係もあるので、そちらを回っていきますと、6路線の市道を私が通っているんですね。そこのところを見ますと、やはり道路の状況はかなりよくない。今のうちに補修も含めてしっかりとしないと、これからますます費用がかかっていくだろうな、こういった気はしていますね。
 それで、幾つか路線を挙げますと、伊豆高原・東拓線、これがまず一つ。要するに桜並木を上に行ったところですね。遠笠山道路にぶつかるところ、そこのところまでかなり状況が悪い。それから、荻・一碧湖・梅の木平線、これは梅の木平の信号を大池小学校の方に向かっていったところ、その辺でもかなり悪い部分がある。それから、三の原線の吉田の富戸入り口の関係も、特に私が指摘する中では、今現在、一番状況が悪い道路になっていますね。それから、読み方が違ったら申しわけありませんけれども、長畑道上線というんでしょうか、小室山の入り口からサザンクロスの方面に向かっていった道路の一部なんですけれども、そこが一つ。それから、長畑・上ノ川線、これは葬祭場から吉田の公園の方に向かっていった狭い道路、その辺も大分傷みが激しい。もう一つは、泉・大山線の関係ですね。
 この6路線が私が通常市役所等に来るときによく使う道では傷みが激しいところが一部あるということで、通常、ここを直してくれ、あそこを直してくれというのを土木道路課にお願いしていくのもなんですから、ここでまとめて今悪い部分を指摘しておきました。当然、新年度予算で修繕の関係が予算化されているわけですから、反対した我々の意見もしっかりと聞いていただいて、この点は改修の方を一日も早くお願いしたいということを申し上げておきます。
 次に、庁舎内の禁煙の関係ですね。受動喫煙という言葉については市長の答弁の中にもありましたけれども、たばこの煙に3種類あるそうなんですね。喫煙者が吸い込む主流煙、これが吐き出された煙、たばこの点火部から立ち上がる副流煙の3種類がある。この中で一番悪いのは、副流煙が有害物質が一番多いと私が見た本では書いてある。
 そこで、市長の答弁の中に、たばこ税6億円の関係も含めて答弁があったわけですけれども、この庁舎ができたのが平成7年の夏ですね。そのころは禁煙ということはそんなに気にしなくても通っていた時代だと思いますね。たった10年あるいは11年前です。古い庁舎のころは、我々がたばこを吸いながら委員会をやった記憶がありますね。当時、たばこを吸いながら質問するんですよね。私も経験がありますけれども。そういう時代で、そのときはそれでも別におかしくなかった。ところが、今はもうそういう時代とははるかに違ってきた。自分が吸う分には構わないですよ。自分の車で吸おうが自宅で吸おうが、それは個人の嗜好品だと思えば、そこの部分がどうこうではないけれども、やはり市役所の庁舎の中がまだ喫煙できるという状況そのものが世の中の流れに沿って流れていないんじゃないかと思うんですね。
 例えば教育施設の中で、そういったたばこを吸えるところが今あるんでしょうかね。あるいは消防のいろいろな出張所関係もありますけれども、そういったところで吸えるところはありますか。あったら、まだここが吸えるよというところをぜひ聞かせてほしいけれども、いわゆる公共施設でそういったところがほとんどなくなってきている状況の中で、市長、これは世の中の流れに沿っていないですよ。ですから、私は、あえてこういう――これはレベルの高い質問だと私は自分自身、決して思っていませんけれども、でも、こんな基礎的なことを市役所が中心となってどんどん進めていかないことに問題があるという思いから、この質問をしたつもりですね。
 したがって、先ほど質問の中で、時代をしっかりととらえた、的を射た答弁をお願いしたいということで申し上げました。そうすると、市長は6億円のたばこ税のことも考えながらと。それはちょっと違うだろうと思いますね。
 それと喫茶室、食堂の関係、たばこが吸われているから行くのが嫌だと思う人がいるわけですよ。市長、たばこが吸えるからみんな行くんじゃないですよ。たばこを吸って、そのときの煙が嫌だから私は食堂へ行かないよ、喫茶室へ行かないよという人がいるわけです。今はもう私はその一人ですからね。もう一度お答えいただけますか。
◎市長(佃弘巳 君)またその反対があると思うんですよ。たばこを吸えるからそこへ行くという人たちもいると思っておりますし、今、庁内では、そういう中では、たばこを吸えるところと吸えないところをはっきり区別する中で、受動喫煙ができないように進めていっておるということであります。ですから、まず、そういう面では受動喫煙ができないよう、そういう中ではこれからも空間分煙化も進めてまいりたいと私は考えておるわけであります。
◆24番(掬川武義 君)そうしましたら、教育施設で吸えるところが今あるのかないのか、それもお答えいただきたいと思いますし、消防関係でもそういったところがあるのかどうか、それもお答えいただきたいと思いますね。
 市長、以前は酒で失敗したという方がいるわけですね。あるいはほかのことで失敗した。たばこで失敗したということは余り聞かないですね。ところが、これからの時代、たばこで失敗する、そういった時代というのは必ず来ますよ。そのためにも、やはり役所の中は一日も早く禁煙すべきだと私は思うんですけれども、これは国際観光温泉文化都市として通用しませんよ。
 今も健康器具の関係で1階の正面玄関に3台の機械が並んでいますよね。それで、私は、こっちから通ると逆の下が見えないんですね。おお、さすが市長だ、健康器具を置くがために喫煙所をなくしたなと思ったんですよ。これを褒めようと思って、質問通告した後に、何日か前に健康器具を仲間3人と下に見に行ったんですね。それで見たら、何としっかりと逆側に灰皿といすと机が用意してあるんですね。何なんだよ、これはと。健康に力を入れようとしている逆側で、今はやらない喫煙所をつくる。市長はどういうつもりでこれから健康づくりをやっていこうという気持ちなのか。私は、これは大事なことだと思いますよ。庁舎の関係として、今の私の指摘していることがおかしくないですか。わかりますよね。東口の駐車場のロビーのところですよね、玄関部分。言う私がおかしいのか、指摘をされる市長がおかしいのか、どっちがおかしいのかお答えいただけますか。
◎市長(佃弘巳 君)おかしいとかおかしくないという問題でなくて、今、46%ぐらいの男性の喫煙者がいる。12%の女性の喫煙者がいる。じゃ、議会はどうだという問題もあると思うのです。みずからのものをちゃんと見た中で、そういうところ全体にどういうふうにしていこうかということもちゃんと言っていただきたいと思うし、たばこを吸う人全部が健康ではないかということもあると思うのです。ですから、そのとらえ方の角度によって人々はみんな違うというふうにも思っておりますし、そういう中では、受動喫煙ができないように空間分煙もしていくというように私は言っているわけであります。
 あとのことは教育委員会の方からも答弁してもらいます。
◎教育委員会事務局教育次長(鈴木元治 君)禁煙の施設でございますけれども、小・中学校の敷地内については全面禁煙となっております。ほかの教育施設なんですけれども、ひぐらし会館とか生涯学習センターについては分煙の措置をとってございます。
 以上でございます。
◎消防長(三枝輝雄 君)消防ですが、消防の本署につきましては、1階のエレベーター横通路、それから3階になりますが、食堂の隣の小部屋、4階、総務課、予防課の厚生室兼食堂になっておりますが、その3カ所では喫煙ができるようになっております。各支所、分遣所については、そのところのチームで場所を考える、外の場合もある、このように実施をしてございます。
 以上です。
◆24番(掬川武義 君)このたばこ問題一つとってみても、市長の方からなかなか自分の思うような答弁が引き出せない。引き出せるまでこういった質問をするかということになるわけですけれども、私は、伊東市のトップがこの喫煙問題に関して――いいですよ、先ほど言ったように、個人の時間で吸う分には構わない。どこで吸おうが、それは構わない。でも、やはり人に迷惑をかけないというのが大原則だと思うんですね。
 市長、この間、私は登記簿の謄本をとりに2階に行きました。この階段から行きますと、通路を通って、階段を下った右側の部分になるわけですね。そこへ行って一番最初に何に気がついたかといったら、たばこの煙ですよ。よく考えてみると、リフレッシュルームがその奥側にあるということですね。それは私が役所の中にいて、そこに行った。あるいは外から来て直接そこに行く方もあるでしょう。いわゆる人に迷惑をかけちゃいけない場所ですよ。今、市長の答弁は、たばこを吸うことを認めているんですよ。職員がどうこうとかという話ではないですよ。一般に来た人でもそうなんです。議会側がどうだとか、そういう問題じゃないですよ。全面禁煙にすれば議会の方だって全部禁煙になる。そんなことは当たり前ですよ。(発言する者あり)文句を言っているのは何番だ。議長、先に注意してくれよ。
○議長(稲葉正仁 君)議員の皆さんに申し上げます。質問中は余計な口をきかないように、よろしくお願いいたします。
 以上です。
◆24番(掬川武義 君)この問題はもう少し市長が考え方を――私は、あれもこうだ、これもこうだ、そう言いたくないですよ。例えば、JR東日本が特急列車、新幹線を禁煙にしたのを知っていますよね。東京・秋田間の4時間、青森・新潟間はかかる時間が6時間50分だそうですよ。それだけのところだって禁煙しちゃおうという動きでしょう。これが世の中の動きですよ。
 さらに、もっとほかの例を挙げるならば、外国へ行くと、最低6m離れなければたばこを吸っちゃいけないと書いてある。罰金を取るというところが出てきているんですよ。全米で一番厳しい禁煙条例は罰金500ドルだと。日本円にして5万数千円になるんですね。こういったところがある時代ですよ。市長、答弁にはもう少し気をつけてほしいなと私は思うんですね。
 ということは、今の状態であとどれくらいこの市役所の中でたばこを吸える状況を続けていくんですか。
◎市長(佃弘巳 君)先ほども言いましたけれども、私が何でも禁煙だというものを決めてしまって、議会の方もそれに従うということも言われておるわけでありますが、議会も議会として、しっかりとそういうものも話し合いを進めていっていただきたい。また、2階のそういう迷惑のかかるようなところも今後は注意をして、迷惑をかけないようにしていきたいと思っております。今後どのようにして進めていくかというものも、今、喫煙率の引き下げも、何年後にはどのようにしていこうかというものの推移、そういうものもしっかりと目標値をつくって進めていかなければならないと考えております。
◆24番(掬川武義 君)いろいろな資料を用意してこういった質問には臨んでいるつもりですし、どこからどこまでが伊東市の中で吸っているかという状況も全部わかりますよ。そうすると、市長、今、2階は迷惑がかかるというのは直すような意味合いで言っているけれども、私は2階だけでなくて全部迷惑ですよ。今そういう世の中になっているから、そういうふうにしてくれませんかと言っているんですよ。トップとして、ほかの答弁というのはあって当たり前だと私は思っていますけれども、いつまでたってもこの問題だけやっているわけにいきませんので、この問題も時間があればもう一度やりたいと思います。
 それから、市長の退職金の見直しの関係、この答弁も非常に残念な答弁ですね。私が4年前に質問した答弁と全く同じに近い答弁。私は当時の会議録を持っていますよ。市長が答えたのは全く同じ。市長がかわればまちが変わると私はよく言うんだけれども、市長がかわったらほかの形の考え方を入れながら答弁する。これは前の市長と同じ答弁でしたよ。今、市長に対して私が質問しているのに、なぜ次の市長のことまで持ってこなきゃならないわけですか。こういう財政の厳しい状況のときに――市長、私はなくせなんていうことは何も言っていませんよ。少しでもカットをして、とにかく財政的に厳しいことをちゃんとあらわすんだということの必要性を言っているわけですよね。
 小泉総理大臣の5年以上にわたる退職金が六百数十万円だそうですよね。仮に伊東市長が4年でもらうとしたら2,000万円を超えるんですよね。この点について高いと思いませんか。
◎市長(佃弘巳 君)まだそこまで私自体、計算をしているわけではないんだし、退職金を幾らもらえるから市長をやっておるとか、私はそういうことを思ってやっているわけではない。そういう中で、確かに今までの退職金は4年やると49カ月もらっていたということは、それはやはり直さなければいけないんじゃないかということも考えておりますし、報酬審議会をつくった中で提示をしていきたいと考えております。
◆24番(掬川武義 君)一番最初の第1答弁でありましたけれども、49カ月に匹敵する分の支払いの仕方、この点については条例を改正したいという部分ですね。市長は報酬審議会で退職金の中身まで、いわゆる諮問というか、検討していただく材料にそういったものを提出する意思はあるのかどうか、その辺はいかがですか。
◎企画部長(石井勇 君)お答えをさせていただきます。
 市長の退職金の問題でございますけれども、報酬審議会に意見を聞くということでございまして、報酬審議会の本来の職務というのは、まず議員の報酬、市長以下三役の給料、これらを条例改正しようとするときには報酬審議会にかけるということになっておりますので、退職金の問題につきましては、報酬審議会の意見を聞いて、あとは市長の判断ということになるわけです。
 以上でございます。
◆24番(掬川武義 君)私は、特別職の報酬審議会とこの退職金の問題というのは全然別個のものだと思っているんですね。そういう解釈をする方が妥当だろうと思っていますね。
 そこで、やはりあくまでも市長が自分の問題として退職金のことも考えていただきたいと思いますよ。私は金額を半分にしろとか、そういったことでなくて、今の財政状況の厳しいことを市民の皆さんにも訴える必要がある。財政が破綻する、助役はそういう状況だということを言われたことがあるわけでしょう。現実に財政が破綻して、夕張市ですか、最近そういった動きになってきましたね。負債が500億円になって、財政再建団体の申請を検討だということを16日に市長は正式に表明したんですね。
 伊東市がこんな状況にあるとはもちろん思っていませんけれども、こういったことがあるとするならば、やはり伊東市のトップとして、そういったことまでというのは、当然、何らかの意思表示をする必要があると私は思うんですね。ですから、4年前にも言ったことをまたここで――決して言いやすいことを言っているわけじゃないですよ。一環としてそういったことが必要じゃないかということを申し上げているわけでありますから、まだほかの質問もありますので、この関係については、市長はもう少しこの関係についても自分なりの考え方を持っているだろうなという思いで質問させていただきましたけれども、全くそんな気持ちがなかったということはわかりました。
 それから、49カ月の関係ですけれども、この辺についても、条例改正する必要があるというものは早目に条例改正するということは、私は当たり前だと思いますので、この辺は指摘をしておきます。
 最後になりましたけれども、予算執行の基本的な考え方として幾つか質問いたしました。それぞれ歳入、歳出の関係の決算ベースでの執行率がわかりましたら、数年間だけで結構ですので、お答えいただけますか。
◎総務部長(原崇 君)お答えをいたします。
 一般会計でございますが、歳入、歳出の執行率でございます。過去3年ほどで申し上げます。平成14年度の歳入の執行率98.0%でございます。歳出の執行率が97.5%でございます。平成15年度でございますが、歳入の執行率98.2%でございます。歳出の執行率が97.5%でございます。平成16年度でございますが、歳入が97.2%、歳出が96.7%でございます。17年度につきましては現在精査中でございますので、ここでの答弁は控えさせていただきたいと思います。
 以上でございます。
◆24番(掬川武義 君)執行率の数値目標、そういったものも質問の中に入っていたわけです。それから、各部、各課の手続がどういう形になって予算が決められた後に執行されていくんだろうということと、それにあわせて歳入と歳出との関連がどういうふうになって予算が執行されているのかな、この3つをお尋ねしたつもりですけれども、時間がありませんから、その答弁はいいことにしますけれども、先ほど市長の答弁の中で一つだけ意見があったところがあるのは、入札の執行については早期に入札をして、そこの部分は気をつけたいということ、それは大いに結構だと思いますね。その点だけよかったと。
 それで、今、部長の答弁の中で、歳入で大体九十七、八%を執行している、歳出が96%台から97%台の執行率としていると。これだけの執行率を守っていく以上は、当然、予算化されて、議会の議決で反対者があったにしろ通ったという現実があれば、それはすべて100%実施するという考え方でよろしいでしょうかね。
◎総務部長(原崇 君)お答えをいたします。
 先ほど執行率についてご答弁を申し上げました。歳入については98%程度、歳出についてはおおむね九十七、八%というところでございます。この執行率そのものというのは、いわゆる補正予算後の金額でございます。これに対する歳入、歳出の執行がどの程度であったかということでございます。したがいまして、近年、3月の補正予算で大変細かい整理をさせていただいているところでございます。そんなこともございまして、97%から98%程度の執行率となっているところでございます。
 この執行率そのものは、すべて当初予算どおり執行ができるというのが理想ではございますが、1年間予算を執行する間でいろいろな事情が生じてまいります。そのたびに補正予算等をやりながら、整理をしながら1年間予算を執行していくということになりますので、当初予算で計上されたもの全部が執行できるということにはならない、こういう状況もあるということでございます。
 以上でございます。
◆24番(掬川武義 君)この関係については、私はきょうは非常に穏やかに質問しようという思いはありましたね。というのは、予算に反対をして、その後に3カ月が経過をして、うわさではないと思いますけれども、いろいろなことが状況として耳に入る。中身は触れませんけれども、過日の毎日新聞の記事にもあったようなことも踏まえて、議員が予算に反対するというのは大変なことだなと。我々は自分たちがいろいろ審議する中で、どうしても納得のいかないものは反対した。でも、それはそれで市長は謙虚に受けて予算を執行するだろう、いろいろなことを考えながらやるだろう。でも、我々反対した議員がその部分で反対したからといって、ほかの団体に圧力をかけているとは言いませんけれども、こういったことを耳にするわけですよ。
 そうすると、市長、あなたは笑っているけれども、やはりこれは大事なことですよ。私に対して市長が幾ら嫌がらせをしてもいいですよ。仮にですよ。でも、私のほかに7人の議員がいて、特に若い議員たちがやりにくくならないように、それだけは私はこの場でお願いをしたいと思いますよ。若い人たちがやりにくくならないように。掬川が代表をやっているから、あいつに圧力をかける。いいじゃないですか。でも、やっぱり若い議員を育てていただく意味で、市長にはあなたの10数年前のよさ、それを市長になってぜひ出していただきたいと私は思います。どういうことを言っているかというのは、あなたが一番わかると思います。今の市長と私が知っている20年近く前の議員の当時と、あなたは全然人が変わっちゃった。本当に残念なことに変わっちゃった。あのときは本当に魅力のある人間だったんですよ。そのことをこの予算執行の基本的な考え方ということで最後に申し上げて、次はできるだけ穏やかに自分が質問できるように、自分自身きょうの反省をしながら臨みたいと思います。
 以上で私の質問を終わります。(拍手)
○議長(稲葉正仁 君)以上で24番 掬川武義君の一般質問を終わります。
 10分間ほど休憩いたします。
                午後 2時15分休憩
                ───────────
                午後 2時26分再開
○議長(稲葉正仁 君)休憩前に引き続き、会議を開きます。
 次に、23番 三枝誠次君の質問を許します。
             〔23番 三枝誠次君登壇、拍手〕
◆23番(三枝誠次 君)本年6月議会最終の一般質問となりました。さきの荻野、浅田両議員の質問にも見られるように、若年者の就労環境はいまだ曙光の見えない状況が続いており、自殺者の数も平成10年度から連続8年間3万人を超えるとの報道を見るに、今後の日本に大きな不安を感じております。また、本市の高齢化率も27.3%に達し、県下平均でも20%を超えたとの報道に接し、高齢者対策と低年齢者ケアの急務を感じるところであります。
 中央での景気動向も地方への影響は鈍く、依然として景気回復感は感じられません。したがって、地方財政の好転は急には無理な状況下で、当面は厳しい財政運営を強いられることになるものと考えております。
 こうしたことから、市長は、平成18年度予算編成において、伊東再生を念頭に、受益者負担の原則に立って歳入の見直しを図るとともに、不要不急の事業の見直しや委託事業、補助金の見直しに努めたとし、多くの補助金の削減、廃止をしたところであります。これらの歳出の削減については、3月議会で私が質問したとおり、市民生活に直接影響するものもあり、非常に難しくなっていると考え、賛成しかねる部分があることも事実であります。
 本市では、現在サマーレビューに着手し、目的志向を持った事務事業見直しを進めると聞いております。平成18年度予算で削減、廃止した事業が新たな形でどう構築されていくのか、期待とともに再度の見直しをお願いするものであります。
 いずれにいたしましても、歳出の削減は極めて目につきやすい部分でもあり、何をどのように削減するか、削減した予算をどう新たな施策に結びつけていくかということは、市長の力量と、伊東市をどのような方向にかじ取りするのかという姿勢の問題にかかわってくるものであろうと考えております。市長が常々言われます伊東再生に向け、誤りのない伊東市の運営をお願いしたいと思います。
 そこで、今回、第1点目の質問ですが、財政運営に当たっては、歳出の見込みとともに、歳入をどう見積もるかということも非常に重要になってきております。歳入に見合う範囲において歳出を賄うことは財政の基本であり、鈴木市政が引き続き10年余に及ぶ経常的経費の削減などをしながら、非常に苦しい財政運営を強いられてきたことは言をまつまでもないと考えております。ここでは、財政運営の一方の歳入の確保の一つとして、市の所有する遊休土地の売却について市長の考えを伺いたいと思います。
 まず1点目は、市の所有土地のうち、売却の可能な土地はどの程度あると考えているかということであります。
 バブルの崩壊に端を発した景気の低迷により、一時期はほとんど動きのなかった不動産売買は、中央の景気回復とともに、一時期に比べ市内でも活発になってきております。価格的にはいまだそれほど高値で売買されている話は聞いておりませんが、不要な遊休土地を売却することにより、市内経済の活性化とともに、貴重な財源確保につながるものであろうと考えております。
 また、2点目として、城星市営住宅の空き家、空き地部分を売却する考えはないか、伺うものであります。
 城星市営住宅は住宅政策の初期に建設された木造一戸建ての住宅であり、空き家、空き地も目立ってきております。現在、城星市営住宅周辺は大型スーパーなどの進出もあり、大変魅力的な住宅地となっていると思います。市営住宅として役割を終えた画地部分を一括して民間に売却し、民間の活力をもって地域開発を行うことにより、市内経済活性化の一端になるものであろうと考えます。城星住宅には現在入居されている住宅もありますが、区域内の空き家住宅に転居していくなどして一定面積の売却用地を確保し、一団の土地として売却することも一つの方策であろうと考えます。地域の活性化と市の財源確保の観点から、城星住宅の未使用地の売却について市長の考えを伺います。
 次に、第2点目の質問です。
 本市は豊かな自然に恵まれ、国際観光温泉文化都市として発展してまいりました。しかし、人間活動の拡大により二酸化炭素など温室効果ガスの大気中濃度が増加し、地球の気温が上昇すると言われております。温室効果ガスの濃度が現在のままふえ続けた場合、地球全体の平均気温は21世紀末には現在に比べ約2度上昇し、海面水位が上昇したり、生態系や農業にも大きな影響を及ぼすことが懸念されております。地球温暖化は、大気という地球全体にとっての社会的共通資本をどのようにして管理するかということにかかわってきます。日本だけで、あるいは少数の国だけでこの問題を解決することはできませんが、何もしなければ問題は解決しないのであります。
 中でも自動車は公害の源と言ってよいほど自然環境を破壊し、社会環境を汚染します。地球温暖化の問題についても、自動車がその主な原因の一つとなっております。1997年12月に地球温暖化防止京都会議が開催され、我が国においては二酸化炭素、メタン、亜鉛化窒素の排出量を1990年を基準とし、2008年から2012年の5年間で6%の削減をする約束をしております。
 そこで、アイドリングストップ条例を制定する考えがあるか、お伺いいたします。
 1時間のアイドリングをすることで約1から1.5〓の燃料を消費し、約500gから1?の二酸化炭素を空気中に排出することになります。兵庫県では「環境の保全と創造に関する条例」を平成8年7月1日に制定し、罰則規定も設けております。さきに述べましたが、この豊かな自然を守り、後世に継承することが我々の責務と考え、アイドリングストップ条例を全国に先駆け提案するものであります。
 以上、2点の質問をいたしました。行動力のある市長の明快な答弁をお願いし、壇上よりの質問を終わります。(拍手)
               〔市長 佃 弘巳君登壇〕
◎市長(佃弘巳 君)23番 三枝議員にお答えをいたします。
 最初に、財源確保の観点からの市所有地の売却に対する考えについてであります。
 本市が所有する普通財産である土地は約650haありますが、このうち山林、原野などが645ha以上を占め、植林のための分収林も227haを上回るなど、住宅用地として通常に売却できる土地は保代口等がありますが、この土地も当時の単価によってなかなか売れない状態でありますし、今、売れる状態の土地というのは大変少ないわけであります。
 しかしながら、平成16年度に国から無償譲渡を受けた赤道、水路等の法定外公共物について、その機能を喪失しているものについては、隣接する住宅用地等近隣土地所有者に積極的に売却をしているところであります。
 また、城星住宅など空き家や空き地となっている住宅用地もありますが、現在、城星の一戸建て住宅は64戸でありますが、48戸が居住をしており、空き家となっている住宅は16戸、また住宅を取り壊して空き地になっている部分が31戸となっております。
 城星住宅につきましては、現在、新たな建てかえ計画もなく、退去した場合には順次取り壊しを予定しているところですが、現状では、住宅用地内に空き地が点在するような状況になっていますことから、取り壊し後の用地計画につきましては、今後検討してまいりたいと考えております。
 いずれにいたしましても、遊休市有地の売却につきましては、本市の保有する土地の状況を十分に見きわめながら、不要な土地につきましては積極的に売却してまいりたいと考えております。
 次に、アイドリングストップ条例の制定についてであります。
 ご存じのように、本市においては、平成15年3月、伊東市環境基本計画を策定し、大気環境で汚染物質発生源を減らし、澄んだ空気を維持するため、自動車の排ガス対策を掲げております。排ガス対策としては、アイドリングストップ運動など環境に配慮した自動車の運転の普及啓発に努めるとありますが、低公害車や無公害車の導入、ノーカーデーの実施を推進しております。
 また、静岡県バス協会及びトラック協会ではアイドリングストップ運動を実施しておりますので、市民の方々までこの運動が展開されるよう周知徹底を図ってまいります。また、啓発運動をしていきたいと思っております。
 したがって、条例の制定については、アイドリングストップ運動の推移を見ながら今後考えていきたいと思っております。
 以上です。
◆23番(三枝誠次 君)今回、6月議会最後の質問者になったわけでありますけれども、最後になったことは初めてでございまして、どういうふうにまとめていこうかなと考えているわけですけれども、今までに11名の議員が質問に立っておりまして、積極的な答弁もあり、ちょっと考えさせる答弁もありということかと思っております。
 その中でも自然、歴史についての検討については前向きな答弁があって、市民が歴史観を共通して来遊客を迎えるということは大変重要なことで、それについては評価をさせていただきたいなと思います。我々も積極的に、また市長も先頭になって伊東の歴史ですとか自然、そういった地理をしっかり勉強することが観光客を迎える本市にとって重要だと思っております。
 そんなことで、もちろんこれから運営するに当たっては、財政運営というのは、市長もこれが一番重要だということを述べておるわけですけれども、大変必要なことだと思っています。そういうことの中で、今議会においての一般質問の中でも、杉山利郎議員が自主財源確保についての質疑をしておりますし、また掬川議員も歳出においての退職金、佐藤一夫議員も郵便代の節約とかいうことで歳出についての節減を求めるような話もありました。いずれにしても、大変重要な事項であろうと思います。
 そこで、私も、財源についても時に触れて質問はしておりますけれども、今回、少し絞り込んだような形で質疑をさせていただきたいわけです。
 実は、土地の売却というのは、いわゆる民間の事業者が再建をする上でも大変重要な役回りをしょっておりまして、日産自動車が今回立て直しができたわけですね。もちろん社長の力量もさることながら、一番影響があったのが土地の売却とか工場の売却がスムーズにできた、これが一番の原因だと言われています。
 日産自動車というのは、過去においては1953年の日産争議から何度も倒れては起きてというか、日本における会社史においても参考になる事例が非常に多いなと思っております。かつては非常にいい時期に、デイビッド・ハルバースタムというアメリカの社会学者が「覇者の驕り」という上下巻のかなり長い本を書いておりまして、そこで日産の川又克二社長、また、そこにかかわっている社員のこと、それから通産官僚であった天谷直弘さんの名前を挙げながら、日産の立て直しの話をしたんですね。
 ところが、また日産はだめになりまして、今回、フランスからああいった人を招いてやってきたわけですけれども、その中でも、社員の意識の高揚というのはもちろんあったわけですけれども、やはり一番中心になったのは不要な土地、不動産の売却がうまくいったということであるわけです。したがって、我々伊東市においても、そういう土地があるのであれば、まず積極的に売却していくということがいいんだろうと思います。
 今の市長の答弁の中では、赤道ですとか、そういうふうなものを隣接地に売却するということについてはお話がありました。しかし、山林だとか植林にかかわる土地が多いのでという話もありましたけれども、ここの土地について積極的な売却をする上で、例えば不動産会社とか何かにいろいろな資料を提供しているのかどうか、そういうものの一覧表があってこそ売却する姿勢があるのであろうと思うんですけれども、まずそこら辺から答弁をいただきたいと思います。
◎総務部長(原崇 君)お答えをいたします。
 土地の売却についての資料提供、一覧表等、関係のところにそういったお知らせをしているかどうかということでございますが、現在のところ、そこまでの手続はしてございません。先ほど市長がご答弁申し上げましたように、水路ですとか里道、こういったもので処分ができる土地については積極的に近隣の方に処分をしている、こういう状況でございます。
 以上でございます。
◆23番(三枝誠次 君)そうすると、今のところ積極的に売却という話にはならないのかなと思いますけれども、私は、今いきなり言ってどうだという話ではありませんので、我々が提案していることは真摯に受けていただきながら、市民の目線に立ってという意味で言えば、議員が一番市民の目線に立たなきゃならない立場にもあるし、それを的確に行政の方に伝えていかなきゃならない義務があるわけですから、そういった意味でも質問しているわけです。
 例えば、市長も常日ごろから言われているように、民間の活力を利用するという意味で言うと、これは一覧表をつくった中で、不動産業者の方に提供していくということも一つの方法。ごく一部の方ではなくて、公の業界団体に提供するしかないんだと思いますけれども、そういうことで民間の力もかりながら、積極的に不要な土地――不要というのはどうかと思いますが、いわゆる遊休土地について売却していくという姿勢があって財源を確保して、その財源を使っていろいろな施策に回していくというのは必要であろうと思うんですけれども、今後そういった策定に向けての考えを伺いたいと思います。
◎市長(佃弘巳 君)そこが大変難しい問題で、そこを売って開発行為が出てくる可能性もあるし、また、きのうも質問がありましたように、御石ヶ沢のああいう問題もあるし、そこらも精査する中で、隣接地を開発するとか、そういうものがあれば、一緒に市の遊休地が必要であるといえば、またそれは考えていかなきゃならないと思っております。今、公共が積極的にそういう遊休地を売りにかけるという状況をすると、また民活を圧縮するようなものもありますので、そこらのバランスというのを今大変難しく考えておりますが、そういう中では、要望があれば、そのときにまた考えていきたいと思っております。
◆23番(三枝誠次 君)今の答弁はわかりますけれども、民間の方がどういう売り地があるのかわからない限りは、そういった情報が出されない限りは、それはどうにもしようがない話ですよね。ですから、もちろん政策的に残しておかなきゃならない土地というのは当然あるであろう。私は2番目の方で環境問題を取り上げてありますけれども、市民の生活環境を守る上での土地をしっかり確保するということも一つですから、それは当然わかるわけですけれども、もちろん開発行為については、土地売却においてしっかり条件をつけていけばよろしい。例えば、開発行為をする場合においては、市の要綱をしっかり守っていくことを条件にするとか、逆に言えば、それを解消条件にしてもいいと思っていますけれども、いずれにしても、情報が出されない限りはいけないわけですので、部内においてそこの部分を検討して、出せない資料まで出せなど当然言わないわけですから、出せる資料をしっかりつくっていったらいかがかなと思います。これについては、いつまでもやっていてもしようがないので、ここら辺でやめます。
 それから、これはめちゃめちゃ古いんですが、平成6年3月につくられた伊東市公共賃貸住宅再生マスタープランとかというのがあって、ここでは城星住宅は建てかえなんですね。しかし、今、建てかえということではないだろうと思います。城星住宅も右城星、左城星がありますね。大島議員は建てかえの方の話はしておりましたけれども、あそこは非常に変わってきていますね。城星周辺がさまざまな店舗ができたりなんかして、学校もあり生活環境として非常にいいものですから、人口が減らない地域の一つであろうと思っています。最近もお祭りをやると子供もいっぱい出てきますしね。そういった意味で言うと、左城星側の方は、どこかに移転していただけることであるなら移転していただいて、道路整備とあわせて一団の土地として売却できるのではないか、そのように思っているんですけれども、どうですか。ちょっと考えを伺いたいと思います。
◎市長(佃弘巳 君)今、47戸の土地があるわけでありますが、そこらも整合性を持った中で、今後それをどういうふうに処分していくか、そういうものは考えていかなきゃならないと思っております。また、今、空き地なんかが点々としておるのと、住んでいないうちもありますので、そこらも整備をする中で、今言ったような中で、そちらへと動いていただけるのであれば、そこにどういうふうな――宅地分譲は市がやるとだめだなと思っております。ですから、そこらも民間の力をかりた中でできればやっていきたいなと思っておりますし、まず保代口を処分していかないと、あそこも10戸売れ残っているもので、そこらも絡めた中で検討していかなきゃならないかなと思っています。
◆23番(三枝誠次 君)市長はその地域も大変詳しいようでして、我々は近くに住んでいるわけでして、防犯上とか火災の心配なんかにしても非常に心配な部分ですね。もちろん地域の仲間が集まって夜警なんかも実施しながら回ったりはしているわけですけれども、先ほど市長も言ったように、公共がやるということになると、保代口の例もありまして、大変な設備投資をしなきゃならないです。下水の整備から何からしなきゃならない。しかし、民間がやる場合においては、民間でしっかりやっていただけばいいですね。
 今現在、財政的には立ち退いたところの取り壊しすらもできない状況が依然としてずっと続いていますよね。そういうことを考えると、少しでもそういうところから財源をつくって、治安上のことも考えて取り壊しをしっかりして、周りをしっかり囲っていくようなことも考えていかなきゃならないんじゃないかと思いますね。さまざまな財源をつくる意味からいっても、そういった住宅のことも考えていただきたいなと思いますし、そこが開けていると、またまちが変わってきますね。そういうこともありますので、さまざまな効果――いい効果ですよ。悪い効果なんて僕は出ないと思いますけれども、いい効果が出てくるのかなと思います。
 いずれにしても、土地の売却については、先ほども申し上げましたように、日産の立て直しについて、カルロス・ゴーンという人が来てやっているわけですけれども、従業員のモチベーションだけじゃなくて、不動産の売却というのは非常に重要な役目を果たしたということは申し上げておきたいと思います。
 次に、環境問題なんですが、今回も佐藤一夫議員、森議員からも環境問題についてのさまざまな質疑がありました。市長は答えにくいのかどうかわかりませんが、僕は、こういう環境問題は、市長として、観光地伊東をあずかる人間として、しっかりした理念と姿勢が必要だなと思っているわけですよ。具体的な細かなことじゃなくて、自然豊かな伊東のまちをどう守っていくか。それが観光地伊東の発展につながっていくということを考えると、伊東の姿勢というのを全国に知らしめていく必要があるのではないかと思います。
 そこで、私は、アイドリングの問題を考えるときに、やっぱり一番考えるのは上高地ですね。上高地は車の乗り入れの規制からアイドリングは駐車場においては完全にできませんね。それは観光バスであっても共通でして、分け隔てなくアイドリングが禁止されている。そういうことによってそこの自然をしっかり守っていこう。これからは環境保全の時代なんだろうなと思います。先ほどたばこの話もありましたけれども、それより先に――先というと怒られるんですけれども、しっかり環境を守っていく姿勢が本市伊東の市長にも求められているのかなと思います。
 そこで、今、現実にあるアイドリングストップに関連するような条例について、全国にどの程度あるのか、もし把握していたらお聞かせいただきたいなと思いますが、市長はこれからの推移を見ながらという話がありました。しかし、これは全国に先駆けてやっていく。今すぐやれというんじゃなくて、早目にやっていく姿勢が全国にPRできたら、より伊東市という名前も上がってくるわけで、よその状況を見ながらなんていうと市長らしくない発言になりますので、ぜひそこら辺はいい答弁をいただきたいと思うわけですけれども、先ほど言ったように、全国にどの程度あって、今後、少し研究期間は置いた中でも姿勢として必要であると思いますが、その点はいかがでしょうか。
◎市長(佃弘巳 君)アイドリングストップ条例は東京都、奈良県、館山市、立川市、久喜市の5カ所だと記憶しております。
◆23番(三枝誠次 君)インターネットで調べると大体そういうのが載っているわけですけれども、今後の話がなかったわけですけれども、アイドリングについて私が興味を持ったのは、10年前にイギリスのジリンガムに行ったときです。鉄道の踏切がありまして、電車が通るわけですね。電車が通っている間でもアイドリングはしないようにしましょう。これは地球環境を守るためにしましょうと書いてあるんですよ。それくらい厳しくというか、もちろんイギリスなんかが一番先頭を切っていろいろな産業革命をやってきて、そのツケが今来ているようなものだと思いますけれども、もちろんその反省に立って、そういうことをしっかり心がけてやろうという意気込みなんですよね。
 残念ながら、全国的に見てもそんなことを踏切に書いてあるようなところは日本国内どこを見てもないのかもしれませんが、例えば条例化をされて、さまざまなコンビニの駐車場ですとか、そういうところにあると、これはまた伊東市にとってもいい話かな、参考になる話かなと思います。夏になると花火公害から、暑いものですからコンビニに来た車がアイドリングをしているという姿があって、近隣からも苦情が来ているわけですね。もちろんお店の人も、子供も寝ているのでとめてくださいというのは書いてあります。しかし、その後ろ盾に条例があったら、より伊東市全体としてそういう姿勢でいるんだよということになるわけですので、それは対外的に非常に効果のある施策の一つ、市長の理念にもつながってくると思いますので、今後の対応についてもう一度聞かせていただければいいかなと思います。
◎市長(佃弘巳 君)静岡県の場合にも排気ガス対策をしていない車がまだ大分あるという中で、静岡県の場合には東西が一番長いという中で、東京、神奈川、ここらはもう排気ガス規制をして、その規制をされた車でなければ通れないような状態に来ておるわけであります。そういう中では、静岡県はこれからもそういう排ガス規制をする中で、伊東市としてもそういう条例を地域を区切って、例えば城ヶ崎とか一碧湖の周りとか、また民間の住宅が密集しているような、そういう場所を区切った中での条例というものは前向きに検討していかなきゃいけないかなと思っております。
◎市民部長(石井照市 君)お答えをさせていただきます。
 アイドリングストップの関係につきましては、市長の答弁にもありましたが、環境基本計画におきまして、自動車排ガス対策の施策の方針にもあるわけでございますし、また、議員ご指摘の地球温暖化対策等も考慮する中で、アイドリングストップについては大変重要なことであると考えておりますので、今後、条例化も視野に入れながら研究してまいりたいと考えております。
 以上です。
◆23番(三枝誠次 君)大変いい答弁をしていただきましたので、これについて期待をさせていただきます。観光客を迎える上で、これだけじゃなくて、さまざまなことはいっぱいあると思います。しかし、これも重要な施策の一つだなと思います。東京都のバスに乗りますと、赤信号でもスイッチを切っちゃいます。夏でも切っちゃいます。伊東市がそこまで求めるんじゃなくて、駐車場でのアイドリングだけでもとめられたら伊東市としてはいいのかな。それが全国にPRできたら伊東市は環境に非常に熱心だというふうに思われるのかなと思います。
 きょうは極めて控え目に2問の質問にさせていただきましたけれども、答弁がしっかりいただけましたので、これで私の質問を終わります。(拍手)
○議長(稲葉正仁 君)以上で23番 三枝誠次君の一般質問を終わります。
 これにて一般質問を終結いたします。
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○議長(稲葉正仁 君)以上で本日の日程全部を終了いたしました。
 本日はこれにて散会いたします。お疲れさまでした。
                午後 2時59分散会