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長野県 千曲市

平成16年  3月 定例会(第2回) 03月09日−03号




平成16年  3月 定例会(第2回) − 03月09日−03号









平成16年  3月 定例会(第2回)



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          平成16年3月9日 (火曜日)

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●議事日程(第3号)

   平成16年3月9日(火曜日)        午前10時 開議

 第1 一般質問(代表質問)

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●本日の会議に付した事件……前記議事日程のとおり

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●出席議員(51名)

    1番   小山義也君       29番   宮入一雄君

    2番   荻原光太郎君      30番   若林義照君

    4番   森 義一郎君      31番   金沢 利君

    5番   茂手木佐代子君     32番   柳澤忠武君

    6番   荒井治和君       33番   村松正彦君

    7番   春日 賢君       34番   市川喜保君

    8番   飯島輝雄君       35番   小林かよ子君

    9番   山本重蔵君       36番   宮沢昌治君

   10番   内宇田和美君      37番   青木 理君

   11番   宮坂重道君       38番   中澤直人君

   12番   羽生田定弘君      39番   西村雅芳君

   13番   中沢政好君       40番   西澤嘉藤君

   14番   西澤英治君       41番   西村 一君

   15番   石井隼人君       42番   西澤今朝人君

   16番   今井史人君       43番   吉田昌弘君

   17番   宮原悦雄君       44番   宮島勝也君

   18番   宮本幸雄君       45番   小林正男君

   19番   小柳 清君       47番   北澤重光君

   21番   中條智子君       48番   宮本 勇君

   22番   竹森節子君       49番   小宮山啓一君

   23番   鹿田辰幸君       50番   青木茂登君

   24番   唐澤宗弘君       51番   田沢佑一君

   25番   戸谷有次郎君      52番   若林勝朗君

   26番   寺澤松雄君       53番   中村直行君

   27番   金井眞喜夫君      54番   原 利夫君

   28番   宮下静雄君

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●欠席議員(2名)

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●説明のため出席した者の職氏名

   市長      宮坂博敏君   教育委員長   安西嗣宜君

   助役      近藤清一郎君  教育長     下崎文義君

   収入役     佐藤亘司君   監査委員    若林民雄君

   総務部長    清水敬三郎君  教育部長    高橋芳男君

   企画部長    松下 悟君   戸倉庁舎長   福島 修君

   建設部長    滝澤賢二君   上山田庁舎長  宮原迪彦君

   健康福祉部長  福澤 稔君   経済部長    高橋康二君

   市民生活部長  塚田保隆君

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●事務局出席者氏名

   議会事務局長  松林新一君   議会事務局次長 高松久男君

   議事係長    吉澤勝博君   書記      湯本明彦君

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 午前10時 開議



○議長(原利夫君) 定足数に達しておりますので、ただいまから本日の会議を開きます。

 会議に入る前に、議員の欠席等について、事務局長をして報告いたさせます。

 松林議会事務局長。



◎議会事務局長(松林新一君) 御報告いたします。

 20番、和田重昭議員及び46番、篠原幸彦議員は、病気療養のため、欠席するとの届け出がございました。

 以上です。

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△日程第1 一般質問(代表質問)



○議長(原利夫君) 日程第1、昨日に引き続き代表質問を行います。

 通告に基づき、順次発言を許します。

 政和会代表、西澤英治君。

          〔政和会代表 西澤英治君 登壇〕



◆政和会代表(西澤英治君) 14番 西澤英治でございます。

 政和会を代表して代表質問を申し上げます。

 ちょっとのどの調子が悪いので、お水を飲み飲みやります。

 まず、一番初めですが、天下の名勝・姨捨山についてでございます。天下の姨捨、どうも今は天下のようではないわけでございますが、どうも元気がないと。言い方を変えれば、細々といった感じでございます。当時の隆盛、本当にどこへやらということで、この崇高な文学文化と美しい自然が織りなす遺産、これを盛り立てて子々孫々に引き継いでいかなければならないなと思っており、一言申し上げ、質問といたすものでございます。

 たまたま平成9年ですか、今から6年前になります。信濃毎日新聞に特集記事として「時代を駆ける」を企画されて、その中に「あこがれの姨捨」ということで、6回シリーズで記事がありました。そのタイトルをちょっと申し上げると、第1節が「姨捨山は冠着山と長楽寺周辺の2節がある。中世から近世、地名は移動」と。それから2節目は「新田開発が生んだ月の名所、姨捨伝説で芭蕉を刺激」と。3節目は「芭蕉の継承者、激しく火花。加舎白雄が句碑を建立」。第4節は「俳人も庶民も月見でにぎわい、一茶、どこにいても邪魔」。5節は「他国から訪れて定住した文人・俳人、魚鷹や迎祥、典型」。6節は「句碑の林立なくなった静寂。文学空間、歴史、どう保存」とあり、大変興味を抱いたし、また身につまされたものであるところでございます。

 そういうことで、ちょうどそういう時期に驚くような絵と記事を入手することができました。その絵のほうは京都御所の襖絵にある姨捨山、現在の冠着山ですが、これが描かれていると、こういうことでございます。それと、桂離宮には更級の月をめでる額が文章で書かれていると、こういうことで、たまたま信毎の記事と襖絵、額、ちょうど手に入ったと、こういうことで、本当に驚いているわけでございます。

 それでちょっと、京都御所の襖絵、ちょっと見えづらいと思いますが、これが襖絵でございまして、ここに冠着山がかかれていると、こういうことでございます。これが冠着山で、それで襖絵、ここに色紙みたいなのがあるようです。すみません、小さくて。そんなことでとりあえず……。

          (「議長の許可がなく……」と呼ぶ者あり)



○議長(原利夫君) 了解。



◆政和会代表(西澤英治君) そういうことで、議長の許可を得てお見せしたわけでございますが、よろしくお願いします。

 それで、京都御所、御存じですが、皇居が東京に移ってくる前までは京都御所であったわけでございます。その清涼殿の萩戸という部屋なんです。四方が襖になってございまして、その2面が一対ずつの襖だと。そのうちの1つなのだそうです。この「姨捨山」と言うんですがその時は、が描かれており、画題を「更級の里の図」で、名勝・姨捨山と、ふもとの里の景色を描いたものだと、こういうことでございます。上徳間か千本柳の辺から実際を見てかいたのではないかと、こういうふうに言われてございます。それから先ほど言ったように、襖の上に色紙というんですか、そういう型がありまして、和歌が書かれております。読んでみます。「おばすての やまぞしぐるる風みえて そよさらしなの里のたからむ」とあります。ほかの3面は近江の琵琶湖のほとりの池ですか、「益田池」有名なところの図です。それから京都にある別名「大原山」と言われる「小塩山の図」、3つ目が京都の桂川の下流にあるところの「大井川の図」であります。京都御所は今から210年前の1790年に建てられたそうですが、どうも途中で火災に遭っているようでございます。この襖絵は安全だったのかなと思います。それで、皇居は公式行事を行いますので、大小さまざまな部屋が多くあると、こういうことですが、この襖絵のある部屋は天皇の居室というんですか、公務の合間にくつろげるプライベートルームというんですか、こういう部屋だそうでございます。そこに「更級の里」がかかれていると。深く感銘するとともに、どのような経緯でこの絵となったか、本当に興味津々といったところでございます。

 一方、桂離宮の額文ですが、これは桂離宮の古書院の玄関、その横に掲げられていると。縦53.9センチメートル、横131.5センチメートルの文字を刻み込んだ額があるそうでございます。その額の文の冒頭に「更級の月」をめでる一節があるということでございます。そこに書いてある文章でございますが、「およそ名勝、霊区、深山 大沢 風景をもって天下に申たる者、甚だ少なしといえども、異朝に於いては西湖、しょうそうにしくは無く。吾が朝に於いては、花は芳野、涼は鴨川、月は更級、雪は富士、是れ最も第一と為す」とあって、江戸時代の初め、天下の名勝としては中国の西湖やしょうそうに並んで、日本では花の芳野、これは奈良でございます。涼の鴨川。京都ですね。雪の富士とともに「月の更級」と書いてあるというわけでございます。我が姨捨山、更級の里がいかに世の中に言いはやされていたか驚きであり、天皇の居室に姨捨山を置いていただいたり、まことに光栄の至極であります。

 この天下の名勝・姨捨山、更級の地がどのようにして有名になったか、また、どうして今のように精彩を欠くことになったか、それも興味があるところでございます。姨捨を語るには、何といっても万葉の時代からだと思います。『万葉集』といえば「信濃なる 千曲の川のさざれしも 君し踏みては玉とひろはむ」、これは有名でございます。川の中にある石の大きさで、ちょうど千曲市の辺でうたったのだと断定しております。万葉橋のたもとには千曲川万葉公園がございまして、昭和25年にこの碑が建立されたということでございます。

 もう1つの歌は「人みなの 言は絶ゆとも埴科の 石井の手児が言な絶そね」であり、どちらも心の優しい娘さんとの出会いをうたわれたと思います。その埴科の石井は、倉科説では倉科の大日堂の登り口に船着場があって、そこに石杭があったそうです。その地域にも「石杭」というバス停がありました。それと「あかしの松」、船着場で夜でも船がつかるようにということで、そこへランプをつけた松があるわけです。今は枯れてしまって植えかえられた、15年生ぐらいですか、なってございました。そこで、ここを詠んだ歌ということで万葉碑が建てられておりまして、教育委員会でも案内板をつくってございます。

 それから、磯部説もあるわけでございます。「千曲の真砂」という、日本地名辞典に「石井は磯部の東南にあり」と記述されているということでございます。

 この『万葉集』から150年後に『古今和歌集』が勅撰歌として編集されましたが、この歌集に初めて姨捨山と月、更級の言葉が顔を出します。歌は御存じのとおり「わが心 なぐさめかねつ更級や 姨捨山に照る月を見て」であります。我が国最初の和歌集、『万葉集』で、今から1240年前、西暦で759年に編集したということでございます。集めた歌が4,500首でございます。それから、集めた巻ですか、350年ぐらい前からのものを集めて『万葉集』にしたということで、そうすると森将軍塚がつくられた、ちょうどそのころのものではないかなと思うわけでございます。『万葉集』ができる前、その100年前ですか、大化の改新があり、そろそろ中央集権が始まります。それから50年後に大宝律令が施行ということで、集権化がますます進んだものと思われます。それから60年後に『万葉集』ということになるわけでございます。そういうことから、この地域は都からは遠く離れているといえども、改新や律令から100年、50年と経っていることから、中央からの人の往来は大変激しかったと思うわけでございます。

 そして、『古今集』は万葉から150年後、大宝律令からは200年も経っています。200年経っていますから、かなり都からは人の出入りはあったと思うわけでございます。それで、信濃の守護職をはじめ、地域をまもる組織図や、また役職、整然とした秩序のもとにあったことは推測できるわけでございます。中央からは守護職をはじめ、多くの役人や、お付きの人たちが4年から6年ぐらいの任務期間で、入れ替わり立ち替わりということで、高度教育を持った都人がこの地に生活をしていたことで歌が生まれ、都に帰って伝えられたことで有名になったと思います。歌が生まれたのは、やはりこの姨捨山の美しい容姿、清き千曲川の流れを、夜は月、ふるさとを離れ、この任地に暮らしての郷愁をも含め、季節の移り変わりや心の動きによる情景の変化が都人を魅了し、強烈な印象として歌にあらわれ、帰郷の話しぐさとなり、歌枕に発展したと思うわけでございます。それから『万葉』『古今』その後も幾つも歌集が編集されておりますが、その中に更級の里とか、姨捨、月、大変詠まれているようでございます。そういう歌詩がたくさんあって、本当にこの地域はその当時は大したものだったんだなと、こういうふうに感じるわけでございます。

 ちょっと少し横道、今でも横道にそれていますが、もう少し横道を外れさせていただいて、『更級日記』有名でございますが、この地に関係するかと思います。作者の父、これは「東風ふかば」で有名な菅原道真の5世になるそうで、かなりの中央の官僚ということでございますが、その父が守護職を地方でやるときに、彼女が小さいころは同行したと。その道すがら歌ったエッセイですね。それから都にずっといたわけでございますが、都での生活を書き記したと、こういうふうに言われてございます。それで、ここで言いたいのは彼女の晩年です。33で結婚したそうです。それで夫が59歳ぐらいですか、信濃の守護職として単身赴任したそうです。ただし、1年もたたないうちに病気のため帰郷、間もなく亡くなったと、こういうことでございます。それで失意のうちに詠んだ歌が「月も出でて 闇にくれたる姨捨に なにとて今宵たずね来つらむ」と、こういうことで、この歌の中に月と姨捨が詠まれていることから「更級日記」という名前が生まれたと、こういうふうに言われてございます。これは多分、作者本人がつけたのではないかなと断定されているようでございます。当時の信濃守護職、一体どこにあったのかと興味を抱くものでございます。

 次に、宗良親王のことですが、彼の父は南北朝の南朝のほうの後醍醐天皇がおやじさんでございます。鎌倉幕府を倒そうという企てに失敗しまして、宗良親王も皇子でございましたので一緒に隠岐に流されたようです。隠岐を脱出し、その後、後醍醐天皇は「天皇」ということで君臨したわけでございますが、そのとき、信濃の国の守護職を舟山郡に設けたと、こういうことになってございます。守護職に小笠原貞宗を任命したと。これは市村文書に記述があるそうでございます。その宗良親王は、更級郡姨捨山近くの更級の里に居を構えたということが伝えられています。それは親王の和歌集『李花集』に2首あるそうです。ちょっと読んでみますが、「諸ともに姨捨山を越えぬとは 都にかたれ さらしなの月」、もう1つは「月にあかぬ 名をやたつまし今年さへ なを更級の里にすまはは」とあり、更級の里に住んでいたことがわかる。信濃に来た目的は父親の新政権を擁護するとともに、勢力の拡大のために来たわけで、各地で活発な戦いを余儀なくされたようでございます。親王が住んだという時期は1353年ごろではないかと言われ、今から650年前であります。それから28年後に宗良親王が『新葉和歌集』を編修、姨捨山とか、ここら辺をうたった歌がかなりあるということでございます。それから57年後の1439年『新続古今集』が編修されたんですが、これが勅撰歌としては最後の歌集になったと、こういうことでございます。

 このように、天皇の勅撰歌ができなくなるということは、公家の力がだんだん落ちてきて、地方の豪族らが台頭、中央集権が弱まるとともに、この地域は戦いの連続であったように書いてございます。



○議長(原利夫君) 発言者に御注意申し上げますが、一般質問は本来、自治体の事務に関して執行部にこれをただすものであります。事例を告げて質問内容を明確化することは許容されると考えますが、その範囲は厳格に判断して措置をされるよう本題になるべく早く入っていただくようにお願いをします。



◆政和会代表(西澤英治君) もうちょっと……。

 この勅撰歌から100年たつと、村上義清から川中島合戦、本当に戦国ということで、地域の豪族の弱肉強食ということで、万葉・古今の時代は終わってくるわけです。それで今度出てきたのは、姨捨に一番近い「俳聖松尾芭蕉」、これが長楽寺の姨捨山へ月見に来られたと、こういうことで、これも大事なあれなんですが、これはもう関ヶ原から1688年の8月に来たと。実に最後の勅撰歌から250年ということで、その250年間は一体どうなっていたのだろうと、こういうふうに関心があるわけでございます。それで、松尾芭蕉は俳人でございます。姨捨山は「棄老伝説」と「月の名所」として、本来は和歌や謡曲だけで知られていたが、芭蕉の来遊によって新たに俳諧の名所になり、芭蕉が亡くなった後は門人や一般客がその足跡を慕って大勢が姨捨を訪れるようになったとともに、芭蕉の名も一層高まることになったということでございます。その来遊のときの作品が「おもかげや 姨ひとりなく 月の友」で有名だと思います。それと「おもかげ塚」、門弟がつくったということで、長楽寺の境内に建てられております。これは長楽寺の境内では文学碑とすれば第1号であると、こういうことでございます。この建碑後は全国屈指の俳諧のメッカとなったということで、加えて江戸時代は一大観光名所となったようでございます。そのシンボルがこの「おもかげ塚」でございます。大変にぎわったということです。

 それから続いて、信州を代表する俳人・小林一茶ですが、今から250年前、芭蕉ゆかりの聖地、長楽寺の姨捨山に遊んでいます。作品は「姨捨の くらき方より 清水かな」と詠んでおりますが、一茶はその後3回ばかり来ておりますが、「名月や どこにいても 人の邪魔」と、大勢の人だかりで居場所がないほどのにぎわいであると、こういうふうに作品にあらわれているわけでございます。一茶といえば「信濃では 月と仏と おらがそば」と子供のころから私たちは口ずさみ、一茶がつくったと覚えておりましたが、どうも作者は不詳ということでございます。一茶がこの歌を、あるところで上手に使ったということで、その存在を認めてもらったと、こういうエピソードがあるようでございます。その「おらがそば」でございますが、長楽寺の境内の県道沿いにございます。昭和49年、宇和島市と更埴市が姉妹都市を結んだ記念にと、宇和島市側から贈られたということでございます。

 それから、ぐっと最近になりますが、戦後になります。高浜虚子のことですが、彼は近代俳句の巨人と言われておったわけでございますが、昭和29年には文化勲章を俳人ではただ一人受けているということでございます。その虚子が昭和22年の9月、長楽寺の姨捨山へ「月見と句会」ということで20人ばかりで来ているところでございます。その作品が「更級や 姨捨山の 月ぞこれ」であります。そして、句の碑がこの2カ所に建てられました。1つは昭和31年の秋に冠着山の頂上に坂井村、上山田町、戸倉町が共同して建立したと。揮毫は虚子本人だということでございます。もう1つは、昭和57年10月1日に長楽寺の境内に建て、虚子の五女で俳人である高木春子を迎えて除幕式が行われたと、こういうことでございます。

 それから、虚子以後、短歌の革新運動……。



○議長(原利夫君) 西澤議員に申し上げます。発言中ですが、早く本題に入るように努力をしてください。



◆政和会代表(西澤英治君) 弱ったな、こういうお話をしてと思ったが……。

          (発言する者多数あり)



◆政和会代表(西澤英治君) 実はこういう経過があって、こういうことで市でもってこれを利用するか、やってということで、もうちょっと……。

          (「ちょっとなじまないな。議場ではなじまない質問だ」と呼ぶ者あり)



◆政和会代表(西澤英治君) それで、虚子が、これもなかなか有名でございまして、そういう碑もあるわけでございます、この地域には。

 それから、いわゆる和歌の革新運動、こういうものが始まって、だんだん、だんだんに、この地域が寂れていっちゃったと、こういうことで、ここには明治33年ごろ中央線が来て、機関車の音でイメージを壊したと、こういうこともございますが、このころはもう日清戦争がありますし、満州、日中、太平洋と、それから終戦、こういうことで「姨捨」「月」という風流的なことは……。



○議長(原利夫君) 発言の途中ですが、ここで暫時休憩いたします。

                    午前10時29分 休憩

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 午前11時29分 開議



○議長(原利夫君) 休憩前に引き続き会議を開きます。

 引き続いて発言を許します。14番、西澤英治君。

          〔政和会代表 西澤英治君 登壇〕



◆政和会代表(西澤英治君) ただいま議長の再度にわたる勧告にも従わず、長い説明を申し上げ、議会の混乱を招きましたことについて、深く陳謝申し上げます。まことに御迷惑をおかけしました。

 それでは、具体的な質問のほうに入らせていただきます。前段で申し上げたとおりでございますが、姨捨は宝の山であり、千曲市の大躍進と観光事業の大発展の救世主であり、金の卵であると思います。市長の御所見をお伺いします。

 2点目でございますが、総合計画ということでお願いしますが、市民の意識指導や学校教育の資料作成及び産業の発展、特に観光にも総合計画を樹立したらと思いますが、市長の御意見をお伺いいたします。

 3番目は、プロジェクトチームの発足を組んで活発な活動を期待しますが、お考えをお聞かせください。

 次に、通告してございます2番目でございます。分庁舎方式と職員定数についてでございます。新市になり、早くも6カ月を過ぎました。合併協議により庁舎は分庁舎方式でいくということで、9月1日から施行してきましたが、実際に実施してみて不都合なところはどういうところか、また、職員定数は適正であるかについてお聞きいたします。

 まず、住民サービスの影響、どんな影響があったかと。それから、職員間の意思疎通。いわゆる離れているところに職員がいると、そういうことでちゃんとできているかと。

 それから、分庁舎方式のメリット・デメリットについてお聞きいたします。

 それから職員定数でございますが、さきの議会で16年度中に職員の定員適正化計画を樹立すると言っていますが、合併協議での計画を実行してみて、そのときの計画と異なるような事態があるのかと、こういうことでお聞きしたいと思います。

 それから、分庁舎と本庁舎方式の職員定数でございますが、一般に分庁舎方式は非能率だと考えるのが普通でございます。本庁舎方式にした場合、どのぐらいの定数減になるか、定数の関係についてお聞きしたいと思います。

 次に、施政方針でございます。市民からの提言ということで、市長は「お出かけ市長室」を設けました。多分いろんな御意見があったと思いますが、どのような御意見があったか。また、分野別にわかったらお聞かせ願いたいと思います。

 それから、地域審議会ですが、最近、3地区でそれぞれ審議会立ち上げができたということでございます。私は合併前に、地域審議会があるから、場合によっては議員が少なくなっても綱引きとか、そういうのはできると。審議会の皆さんに頑張ってもらえば地域のバランスをちゃんとやってもらえるんだと、こういうことで説明してきたわけで、地域審議会に大変期待をかけていたわけでございます。お話をすると、年2回だと、こういうことでございますが、運営の関係、事業のバランス関係、どのように資料を出してやっていくか、お聞かせ願いたいと思います。

 それから、情勢の認識と施策ということで、市運営の基本的方針の中で、まちづくりはすべて行政が行うのではないんだと、こういうふうに言ってございます。多分そうかと思いますが、一体どのようなところでそういうことを言えるかと。具体的なものがあるか、それとも概念的なものかと、こういうことでお聞きしたいと思います。

 それから、経常経費の削減でございます。市民の声としては、経常経費の大幅削減、かなり期待が大きいわけでございます。幸い、4億5,800万円減じられるとございますが、昨日も答弁があったかと思いますが、もう一度お聞かせ願いたいと思います。

 それから、白鳥園問題でございますが、白鳥園の施設、日帰り部門は16年度県と使用協議を進めると、こういう説明でございましたが、契約の中に、できれば中止する場合は1年前に通告しろと、こういう条項を設けて、安心して使えると、こういう方法はできないかと。3月になりまして、16年度もこれから契約するのでは少し心配ではないかと、こう思うわけでございます。

 それから、坂上トンネルでございますが、県事業については切れ目のない事業推進に努力すると言っているわけでございます。たまたま坂上トンネルの上山田側は未完成部分があるのに工事が中止されていると。17年度完成という声を聞いているが、建設の行方についてお伺いいたします。

 それから、旧市町の制度について我慢する部分があると、こういうことでございます。多分、これは合併協議で調整された結果でございますが、16年度においてはどのような部分が我慢するといいますか、それに当てはまるかお聞きしたいと思います。

 次に、建設関連の過当競争入札でございます。これは県の例を申し上げてお聞きしたいわけですが、県の4月から10月までの建設事業の入札の落札率は49%と、こういう大幅な入札の額でございます。過日、新聞で、公取のほうから県内の建設業者に事情を聞かれたと、こういうことでございますが、これから一度や二度のことならいいんですが、安いがよいではないと思うわけでございますが、これから我々にうんと影響するんではないかと、こういう業者の育成の面もありますし、どのように思うかお聞きしたいと思います。

 それから、最低制限価格の設定でございます。以前はどこの市町村も最低制限価格を設定してございました。この価格はなかなか問題もありましたし、今は市町村はやっていないようでございますが、県のようなこのような事態ならば導入もやむを得ないのではないか、こう思うわけでございますが、その功罪についてお聞きしたいと思います。

 1回目の御質問は以上でございます。



○議長(原利夫君) 答弁を求めます。市長 宮坂博敏君。

          〔市長 宮坂博敏君 登壇〕



◎市長(宮坂博敏君) 政和会代表、西澤英治議員の御質問にお答えをいたします。

 初めに、名勝・姨捨について、歴史的な経過の紹介とか、いろいろ経過のお話の中で御質問をいただきましたが、姨捨は千曲市にとって観光や地域振興について金の卵であるが、ということでありますけれども、確かに、歴史あるこの地を市民と行政が協働して盛り上げることは御意見のように大切なことと思います。姨捨山の名前は古く『古今和歌集』にも詠まれておりますが、昔から月の名所として全国に知られ、多くの歌人、墨客がこの地を訪れ、多くの句碑が残されております。その多くは、御案内のように姨捨の長楽寺の境内と、その周辺でありますが、上山田の万葉公園にも『万葉集』に詠まれた句や、多くの歌人の歌碑が建立されております。また、親孝行の伝説として「姨捨伝説」がありますが、これに関連する伝説は各地に点在しております。この地では、姥を捨てた山が冠着山ではないかという説もあり、いや、姥ではなく姨石にまつわる物語がその縁起だという研究者もおり、いろいろな説があります。冠着山は別名、姨捨山、更級山、冠山などとも言われており、国土地理院の地図には「冠着山(姨捨山)」ともなっております。また、長楽寺の境内にも姨石が存在しております。このようなことから、旧更埴市では長楽寺周辺と棚田一帯を「名月の里・姨捨」として、観光地として整備を進めるとともに、平成11年には文化財保護法に基づく国の名勝として、棚田としては初めて指定されたことに伴い、「姨捨(田毎の月)保存管理計画」を策定し、長楽寺の建物群や棚田の整備など計画的に行ってきております。また、ソフト事業としては「おばすて観月祭全国俳句大会」や、棚田オーナー制度等も展開してきたところであります。また、旧戸倉町においては、さらしなの里歴史資料館では、来館した皆様に姨捨伝説を上映したり、毎年秋には名月のうたげとしてイベントが開催される一方、羽尾地区には月見の場として、さらしなの里展望館、前は観光館と言っていたそうでありますが、そういったものがあります。また、冠着山を含む更級地区の整備計画として、平成13年度には「さらしなの里づくり」構想が策定されており、それに基づいてた地域づくりが検討されております。これらのことを考えますと、千曲市として、名勝「姨捨」や「姨捨伝説」、そして「月の名所」をキーワードとしてまちづくりを進めるためには、長楽寺の周辺や棚田はもちろんのこと、冠着山を含む更級地区、さらには武水別神社等とも関連づけ、観光基盤整備を進めるとともに、農業基盤としての整備や、姨捨文学や棚田に関する歴史資料館の整備、さらには文化財保護に努めていく必要があると考えております。また、従来から行われております各種イベントなどソフト事業も、できれば全体として関連させ、魅力ある事業として開催したり、新たなイベントも創造していくことも必要と考えております。

 次に、2点目の姨捨振興の総合計画を立てるべきと考えるが、とのことでありますが、前段お答えしましたように、旧更埴市では平成12年度に策定した「名勝・姨捨(田毎の月)保存管理計画」がありますし、旧戸倉町では平成13年度に策定した「さらしなの里づくり構想」等が幾つかございますので、こうしたものを総合的にまとめて、そしてまた地域の皆さんの御意見も聞いて、整理をして名勝・姨捨を生かしたまちづくりを進めていきたい、このように思っております。

 次に、3点目のプロジェクトチームをつくってはどうかということでありますが、市には庁内組織として企画調整委員会というのがあります。テーマごとに専門部会を設置しておりますので、当面はこの組織を活用し、観光、農政、教育、企画等が一体となって研究を進めるとともに、前段申し上げました幾つかの会がありますので、これらの会の皆さんにも相談をし、できればチームをつくって検討・研究をしてまいりたいと思っております。

 次に、大きな2点目の分庁舎方式と職員定数について何点かの御質問をいただきました。現在の庁舎形式につきましては、合併協議の中で対等合併であることから、本庁・支所という考え方は納得できないという御意見や、新庁舎の建設に時間が必要なことなどから分庁舎方式とすることが決まり、現有の3庁舎の有効活用を図るよう調査・検討をして、部を分散配置することにいたしました。そして、その業務に支障のないように、それぞれの庁舎に支所的機能として窓口を設け、住民サービスを低下させないことを第一にして現在の方式としたものであります。

 1点目の住民のサービスへの影響について、同一セクション間の連携ということですが、窓口業務を担う支所的業務については、合併前の業務を担当した地域や経過に明るい課長や係員を配置し、部・課内での連絡調整と職員間の応援態勢など、きめ細かな対応をすることとしてきましたので、現在までのところ住民サービスの面では大きなトラブルはありませんでした。

 2点目の職員間の意思の疎通についてでありますが、確かに初めは戸惑いもあったようでありますが、毎日顔を合わせている間に打ち解けて気持ちが通じ合えるようになりました。御意見のように、職員間の情報の共有が大切と考えておりますので、定例部長会議を開催して市政の方向を話し合ったり、その結果により部内では支所的業務を担う課長等も出席し、定例課長会議を開催するよう徹底しており、また各部課長も工夫をして職員間の意思の疎通を図っているところであります。

 次に、3点目の分庁舎方式のメリット・デメリットについてでありますが、合併協議の中でもメリット・デメリットの協議をいたしましたが、分庁舎方式は、1として、事務室の確保が容易であり、また、支所的機能として窓口を設置することにより住民サービスの確保ができること。2として、本庁・支所ということではなく、分庁舎として、従来の役場に用事に来られた市民の方には、従来と同じように行政サービスができることで、市民の皆さんには安心をしていただけると考えたこと。3として、ある程度の職員の削減効果が期待できるので、新市の行政課題に職員を優先配置が可能となること、などがメリットとして挙げられました。しかし、情報の伝達や職員の庁舎間の移動時間の面での課題はありますので、前段で申し上げましたように、定例部長会議などを開催し、さらに、コンピュータにより職員間でグループウェアを構築しましたので、電子メールや掲示板などを活用して課題の解消に取り組んでおります。本庁方式との比較ということでありますが、庁舎間の移動に要する時間や職員間のコミュニケーション等を考えたときには本庁方式のメリットは大きいとは思います。

 4点目の職員定数についてでありますが、合併当初は執務の内容や仕事の量などがつかめない中での職員配置であったため、一部の職場ではオーバーワークになりましたので、11月に一部手直しをいたしました。新市発足後6カ月が経過する中での職員定数でありますが、部課長による人事ヒアリングなども実施し、機構・組織や本格的な職員の配置等は16年4月に行いたいと考えておりますが、総職員数は、3月で退職する職員もおりますので、減員となる定数の中で適正な配置に努めることとしております。

 また、分庁舎方式と本庁方式での職員定数についてということでありますが、庁舎形式だけでは職員定数の比較は困難でありますが、将来、本庁方式とした場合でも、住民サービスを確保するために一定の窓口をそれぞれ残す必要があること、また、技術的な面での専門職員が不足しておりますので、これらの職員は計画的に採用する必要があると思います。一方、職員の年齢構成等から退職する職員の見通しが読めておりますので、将来に向かって計画的な採用をして、数年のうちに適正な定数にしたいと考えております。

 次に、施政方針について幾つかの御質問をいただきました。初めに、市民からの提案ということで、「お出かけ市長室」についてでありますが、「お出かけ市長室」は、私が旧更埴市長に就任して以来続けてきました「市長と語る日」を継続することとした施策であり、昨年12月から「お出かけ市長室」と名称を変えて、各庁舎で毎月開催をしております。これまでに9回開催をいたしましたが、訪れた皆様は延べ74名であります。その内容は68項目に及んでおり、内訳別では提言や意見が18項目、要望が32項目、その他個人的な相談や報告などが18項目となっております。分野別では、教育・文化、生涯学習に関するものが17件、市民参加や市税など行政に関するものが同じく17件、次いで健康・福祉に関するものが9件、都市基盤が8件、商工観光が8件などとなっております。戸倉庁舎、上山田庁舎に来られた皆様は、このような時間をとってもらって話し合いができるのはうれしいと大変喜んでいただいており、私も市民皆さんと交流できることに感謝をしております。また、提案の中には、観光のボランティアガイドを創設してはどうかとか、千曲川の自然や文化を生かしたテーマ館のようなものはできないかとか、あるいはまちづくりのボランティア活動をしているが、その内容を説明したいなど、千曲市の将来や地域の今後についての幾つかの提案もいただきましたが、それらの内容につきましては、部課長に検討をするよう指示をするとともに、回答が必要なものはそれぞれ回答するよう努めております。このほか「千曲市政にあなたの声を、私のまちづくり提案」ということで、市内の公民館等33カ所に提案用紙と返信用封筒を置いてありますが、今までに50項目ほどの御提案や御意見をいただきました。これらについても、それぞれの担当の部や課に送り、業務に反映するとともに、御提案いただいた方には回答をいたしております。また、私あてに直接手紙やメールが数多く寄せられておりますが、それらも参考にさせていただいております。

 次に、地域審議会についてでありますが、御案内のように、地域審議会の役割は合併協議により策定された新市の建設計画について、時代の変化や地域の状況等により内容を見直さなければならない状況が考えられます。そのために「合併の特例に関する法律」により設置をすることとしたもので、その役割は大きく2つあります。1つは、新市建設計画の変更に関することや執行状況に関する事項、その他市長が認める事項について、市長が地域審議会に諮問をした場合に、審議をして答申をするということと、もう1つは、地域審議会が必要と認める事項について審議をし、意見や提言をしていただくという役割であります。また、審議会の設置期間は10年間とされており、委員の任期は2年となっております。審議会の開催の予定は5月ごろに平成16年度の予算で決定した内容について、新市建設計画に盛り込んだ事業がどのように反映されたかなどについて審議をいただき、また、地域課題などのテーマをお決めいただければと考えております。また、平成17年度の実施計画の素案を作成する段階で、つまり9月から10月にかけて開催を予定しております。御意見にもありますように、地域間のバランスを図ることは特に必要と思っております。特にハード事業の実施につきましては、できるだけ地域バランスに配慮した計画や予算づけをすることが必要と考えております。具体的には旧市町の継続性や地域要望、緊急性をはじめ、過去における投資的経費の状況、周辺部と思われる地域への配慮など、総合的に検討して計画策定や予算見積もりをしてまいりたいと考えております。

 次に、情勢認識と施策の中で、まちづくりはすべて行政が行うということは過去のものとあるが、どういう考えかということでありますが、今までのまちづくりは国などの主導という形の中で、補助金行政に見られるように全国画一的なまちづくりが進められてきたことが多かったように思います。そのために、まちづくりの多くが自治体や民間企業、あるいは専門家と言われる方々の手によって取り組まれてきたのが実態ではなかったかと思います。しかし、まちというのは街路や公園、建物といった単なる空間をつくるだけではなく、社会・経済、文化、環境など、生活の根幹を構成するすべての要素を含めた、そこに住む市民を主体とした暮らしづくりそのものでなくてはならないと考えられるようになりました。地域のことを身近なこととして、最も知り尽くしている市民自身の行動によるまちづくりが一番大切だと見直され、市民みずからが自分の考えで、自分なりに自分のまちを考えるという意識がこれからのまちづくりにとって大きな意味を持つようになるものと思います。全国の先進的な自治体が市民と行政の役割分担とか、協働のまちづくりや、パートナーシップのまちづくりといった新たなまちづくりに向けて試行錯誤しながら研究をしておるのも、そうした考え方が基本にあるからと思います。そうした意味で、私は施政方針の中で「行政がすべてを担うという時代は過去のものとなった」と申し上げたところであります。つまり、これからは市民が主役の時代だと思うのであります。

 次に、経常経費の節減についてということで、合併によるスケールメリット4億5,800万円のうち人件費はどのぐらいになるかということでありますが、千曲経世会議員団代表、金沢 利議員にもお答えをいたしましたが、常勤特別職、各行政委員、一般職員合わせて3億6,550万円となっております。

 次に、旧市町の制度で我慢する部分はどこの部分かとの御質問でありますが、合併協議の中で、サービスは高いほうに、負担は低いほうに合わせましょうということで、大部分はそのように調整をしましたが、その後、予算編成を進める中で、合併前の旧市町ではいろいろな制度があったり、自治体として特色を出したいという予算も幾つかあることがわかりました。これらを慎重に検討しましたが、一つの市としてバランスのとれた事業や制度とするためには、ある程度我慢をお願いしなければならないものもあり、その点では難しい予算編成であったと思っております。それはどこかということになりますと、例えば団体への補助金などで予算の内容を見ていただきますとおわかりいただけるかと思いますが、これらの事業や制度は継続して行うことを基本に所要の見直しをしたところであります。具体的には商工団体や観光団体など、同じ目的のための補助の基準等に差異がありましたので、そのバランスをとるために補助基準を統一したり、事業補助に切りかえて、各団体の活動目的がはっきりするように改めました。この場合、団体の活動や経理面等での急激な変化を避けるため、一定の経過措置を設けるなどの配慮もいたしたところであります。

 次に、白鳥園の動向と契約についてでありますが、まず、県と使用賃貸について協議を進めているが、現在の協議状況についてということでありますが、千曲市としては、白鳥園施設の日帰り部門の利用者数が増加傾向にあり、順調に推移していること。また、市民の健康増進やコミュニティの場として一体感の醸成に大きく寄与していることなどから、新年度も引き続き、県及び県企業局が保有する県有財産の借用について県当局と協議を行ってきました。その結果、県有財産の使用賃貸契約の細部を除いては、千曲市が県企業局から施設を借り受け、運営することで協議が整っております。

 次に、契約上、使用賃貸期間が自動更新の内容になっているかということでありますが、県有財産使用賃貸契約上の貸借期間については単年度ごととなっております。したがいまして、貸借期間の自動更新につきましては特に定めてありませんので、平成16年度1年間と考えております。また、ただし書きとして、今後、年度末までの間で後利用先へ施設が譲渡される場合には、その前日までとするということになっております。なお、宿泊部門につきましては、今後、白鳥園施設後利用検討委員会で十分御審議をいただき、その検討結果を踏まえて県と交渉してまいりたいと考えております。

 次に、坂上トンネルについてでありますが、県の事業として整備を進めておりますが、この坂上トンネルは既にトンネルは貫通し、コンクリートの巻たてが完了しております。引き続きトンネルの電気設備や安全関係の工事及び取りつけ道路の橋梁の工事について予算の増額が図られたので、近々発注することとなっております。また、坂井村側の工区についても、県の財政厳しい中ではありますが、平成16年度に取りつけ道路工事を発注し、鋭意整備を進めているということでありますので、早期に目的が達成できますよう引き続き県に要望してまいりたいと思っております。

 次に、建設関連の過当競争入札についてでありますが、公共事業の縮減により建設関係の受注競争は大変厳しいものとなっております。そのため、国や地方自治体でもいろいろと制度等について検討しております。県においては入札制度について、いろいろ試行しておりますが、昨年、建設工事で導入した郵送方式の一般競争入札、受注希望型競争入札では、参加できる地域の範囲や基準が大幅に緩和されたために、他の地域の業者や経営状態が必ずしも良好でない業者、また、県工事を受注した経験が少ない業者などが受注したということで問題が生じてきているようであります。市でも、このような状況を見ていろいろと検討しております。市といたしましては、千曲市として発注した入札件数でございますが、2月末現在で建設工事については155件で、落札率は90.14%となっております。うち、低入札価格調査基準額を下回った入札は24件ありました。落札率は58.16%となっております。また、委託業務の入札は38件で、落札率は90.29%となっております。受注競争の激化は全国的な状況でありますが、市では品質の低下、粗雑工事防止のため、監督・検査を厳格に行うよう気を配っているところであります。

 次に、最低制限価格の設定についてでありますが、入札制度改革がいろいろと検討されている中で最低制限価格を設けることについても議論がなされておりますので、市でも今後この取り扱いについては各地の状況等を参考に慎重に検討していきたいと考えております。

 以上であります。



○議長(原利夫君) ここで昼食及び会派内協議を行うため、暫時休憩いたします。

                    午後0時6分 休憩

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 午後1時10分 開議



○議長(原利夫君) 休憩前に引き続き会議を開きます。

 政和会代表、西澤英治君。



◆政和会代表(西澤英治君) それでは質問申し上げます。

 専門職員についてでありますが、市長は計画的に採用すると、こういう答弁がありました。市として、どの部分にその職員をあてる予定かと、こういうことでまずお聞きしたいと思います。

 それから、採用した職員は専門職を採用するか、また、普通の職員から育てていくかと、こういうことでお聞きしたいと思います。

 続いて「お出かけ市長室」でございますが、就任以来9回、それから面談者は74名と、68項目にわたる懇談をしたという答弁でございます。市民からも「市長は懇切丁寧で、非常によくわかる」と好評でございますが、今後は市民だけではなく、市内の経済団体、また、市民団体とも定期的に懇談を希望される団体もあるが、引き続きお願いして、どんな頻度で行う予定かお聞かせ願いたいと思います。

 もう1つですが、地域審議会についてでございますが、現在の審議委員の中には充て職というんですか、自治会長とか何々団体長がいます。これらの方の任期があるわけでございますが、任期で充てておくというんですか、職を外された場合に当委員会の委員はどのようになるのか、また、任期の期間中はずっと続けるのか、そこら辺をお伺いしたいと思います。



○議長(原利夫君) 答弁を求めます。宮坂市長。

          〔市長 宮坂博敏君 登壇〕



◎市長(宮坂博敏君) 西澤議員の再質問にお答えをいたします。

 初めに、職員の採用について、専門職員についてはどのような職種かと、こういうことでありますが、現在、市の職員で不足しておりますのは保健師とか保育士、また、土木建築関係の技術の職員、こういうことでありますが、さらに将来は介護関係というようなことで、例えばケアマネジャーとか理学・作業療法士というような資格のある人も、事情が許せば採用したいと、こんなふうに思っておりますが、一般事務職も当然要るわけでございますけれども、その点のバランス、そういったことも考慮しなければいけないのかと、こんなふうに思っております。また、採用する職員でございますが、学校を卒業したり、若い新規の職員ということになるのか、あるいは外部から資格のある人も採用できないかと、こういうことだと思うんですが、外部からの資格者については状況を見て検討していきたいと。経験者であればそういう方にもお願いすることもあるかと、そんなふうに思っておりますが、よろしくお願いします。

 それから、「お出かけ市長室」についてでありますが、なかなか日程、3カ所でやるのをとるのは、半日だけなんですけれども、大変な状況でございますけれども、定期的というのはそういった点では難しい面もありますけれども、各団体からは、あらかじめ空いている時間を見ながら話に来てくれというようなお話もございますので、今後とも時間の許す限り出かけていきましてお話し合いをしていきたいと、こんなふうに思っておりますので、よろしくお願いをいたします。

 それから3点目でありますが、地域審議会の委員でございますが、お答えでも申し上げましたように、特例法のあります10年間ということの中で、2年を任期としてということでお願いいたしておりますが、例えば、いろいろ団体の代表の方は今年の4月で切りかえになる方もおいでになるわけですが、そういったことで、今までお話しした中で同じような御質問をいただきまして、できればそれぞれの団体で事情の許す限り続けていただきたいと、こういうことをお願いをいたしております。そういった点で、団体によっては事情が違うかもしれませんが、できるだけなれたところでお願いをしたいと、こんなふうに思っておりますので、よろしくお願いいたします。

 以上です。



○議長(原利夫君) 西澤英治君。



◆政和会代表(西澤英治君) 以上で終わります。



○議長(原利夫君) 続いて、正政会代表、小宮山啓一君。

          〔正政会代表 小宮山啓一君 登壇〕



◆正政会代表(小宮山啓一君) 議席49番、小宮山啓一。

 正政会を代表して一般質問を行います。

 まず、お伺いいたしますことは、地域生活道路の改良と建築基準法の後退線についてであります。

 千曲市の道路整備は着々と進んでいます。上山田地区の温泉中央通りや、戸倉の大西線の延長として、戸倉上山田中学校より更埴にかけて、大正橋のかけかえに伴う両側の取りつけ道路も見事にできました。更埴地区においても駅前通りの拡幅及び電線の地中化をはじめとして、今月中には新田地区、市道川東線道路が開通を予定しています。多くの困難な事業がよく完成したという感を強く持ちます。十数年前に比べて中心部をはじめ周辺の道路整備はすばらしいと思います。しかしながら、これらの事業は、いずれも国や県の補助事業か県単事業が主なものであります。このように千曲市内の幹線道路の整備は進んでいます。それに引きかえ、地域住民が最も要望している地域生活道路の改良は十年一日のごとく遅々として変わらない。整備拡幅は進んでいません。荷車やリヤカーの時代と変わらない道路が市内の各地で見受けられます。特に上山田においては道路が狭いと言われています。宮坂市長も選挙で上山田においでになっていますからおわかりと思います。私たちは一たん、その地に住居を構えますと、子供も孫もと住み続けることとなります。道路が狭くても、電車の駅が遠くても、日照不足で環境が悪くても、他の地に移り住むには相当の決断を要します。「住めば都」という言葉がありますが、多くの人は住み続けることとなるのです。日常の不便さを解消し、少しでも快適な生活を送るためにも、地域の生活道路を改良してほしい、拡幅してもらいたいという強い願いや要望を持っています。そのことが具体的な行動となって出てこないのが実情であります。これは自分だけでなしに、多くの人に協力をしてもらい、土地を出してもらわなければならないからであります。困難を乗り越えて初めて実現が可能となるのです。

 地域生活道路の改良には2つの問題点があるかと思います。1つは、区長。上山田地区にあっては自治会長が1年あるいは2年の短期間で交代をしてしまい、長い間の努力の積み重ねが困難であるということであります。特に上山田地区においては、各常会からの要望事項を取りまとめ、自治会要望として実現を目指してまいる方式がとられてきました。この方式は一面では国の地方分権にもマッチした手法であることは理解できます。しかしながら、区や自治会の足腰が強くあればこそ有効に機能します。足腰が定まらないのに急に大きな荷物を背負わされたことと同じであります。すべての区や自治会がそうであるとは申しません。要望事項といえば、川にふたをするとか、街路灯をつけるなどの事業が多くなってきます。その他にも事業が多過ぎることも大きな要望事項の実現、特に狭い道路の拡幅改良等には力が入らない、いや、回らないことも事実であります。

 2つ目は、予算の問題です。市の補償基準は地域生活道路の拡幅が4メートル以上であれば、ブロック塀や生け垣などの移転補償の対象になりますが、住宅等の移転補償の対象は拡幅が5.5メートル以上となっており、国や県と同じ基準の補償対象となるのは拡幅幅員が7メートル以上に限定をされています。道路改良事業で一番多い4メートル程度の拡幅では、道路にはみ出した部分の切り取りをするなど最小限の補償となってしまいます。旧上山田町の場合は平成10年に、それまで5メートル以上の道路に対し用地買収の補償をしていたものを4メートル以上に改正しました。ちなみに補償価格は、拡幅に必要な用地が農地の場合、買収単価はその周辺の宅地の課税評価額が、宅地は1平方メートル当たり、そこへプラス3,000円となっていました。千曲市の5.5メートル以上でなければ家屋移転の補償はしないということになりますと、今後、地域生活道路の拡幅はできないこととなりませんか。拡幅に対する用地の買収費は後にも先にも1回だけで済むのであります。毎年、数百万、数千万円の補助が必要なものではありません。狭い道路を急に5.5メートルということには無理があります。千曲市の道路状況は、幅員が4.5メートル以上が約26万7,000メートルで、4.5メートル未満は実に49万9,000メートルになっております。総延長は約76万7,000メートルです。幅員4.5メートル未満の割合は約65%となります。この中には農道は含まれておりません。これらの道路の拡幅に対しての補償額及び用地買収単価は十分なものではありません。地域生活道路の拡幅改良が進み、生活環境の向上と利便性を高めるため、次により市長にお伺いをいたします。

 1つ、補助及び補償基準の見直しをすべきと思います。区画整理や圃場整備を除いては、狭い道路も広い道も大切な用地を出すことに変わりはありません。すべての道路拡幅に対し、補助及び補償基準の見直しの考えについてお伺いをいたします。

 2番、買収価格の引き上げについてであります。買収単価は相当に安く設定されています。路線価の適用が妥当と思いますが、そのお考えについてお伺いいたします。

 3番、地域生活道路の改良拡幅についての手法の検証と問題点の整備をされ、新たな基準をつくる考えについてお伺いをいたします。

 続いて2、建築基準法の後退線についてであります。狭い地域生活道路の改良と密接な関係を持っているのが建築基準法(昭和25年5月24日公布)であります。また、建築基準法の施行細則ができたのは、それより10年後の昭和35年です。以下、建築基準法の後退線についてお伺いをいたします。

 建築基準法の42条2項で「幅4メートル未満の道は中心から2メートルまでを道路とみなす」となっています。さらに44条1項では「建築物又は敷地の造成のため、擁壁は道路内に又は道路に突き出して建築又は築造してはならない」となっています。要するに42条2項では中心から2メートルまでは道路であるとみなすことを、44条1項ではその道路内には擁壁や建築物は建ててはいけないとなっているのです。この建築基準法が施行されて、今年で54年になります。建築基準法を遵守していれば、千曲市から4メートル未満の道路は大幅に減少していたであろうことは想像ができます。なぜなら、昭和25年のこの法律の施行後、あるいは「建築基準法細則」ができてから建築された家が、それ以前に比べて大幅に多いからです。旧更埴市において「更埴市狭隘道路整備要綱」、現在は「千曲市狭隘道路整備要綱」が策定されたのは平成11年6月25日です。後退線の買収の手続が始まったのはそれ以後であります。それまでも建築確認申請では後退線を守って家を建てますが、その後になって後退線以前の道路との境界にブロック塀や石垣を築く、後退線上に石を並べるなどのところが散見されます。これらに対する指導も強力にできないことも理解できます。なぜなら、小規模な市町村にあっては市や町に許可権限がなく、県にあるからであります。県の委任事務であるからであります。今、各地において道路の工事や下水道管の埋設工事が行われています。既に行われた下水道管の埋設に伴う舗装のやりかえの際など、ブロック塀や石垣の際、10センチメートルほど無舗装で残っている場所が見受けられます。このことは現況舗装といいますか、もとのとおりに復元をする手法がとられているからであります。このような場合、後退路用地を市が購入する大変よい機会でもあります。千曲市狭隘道路整備要綱は、見せていただきましたが、大変よくできています。今後は早急に市民に周知徹底を図り、職員間においても、1つの課、1つの部だけでなしに、各課及び職員が相互に協力し合って、千曲市から細い道路をなくすよう努力をしていただきたく思います。建築基準法の後退線について、以下3点の質問をいたします。

 1.全市民に千曲市狭隘道路整備要綱の周知徹底を図るとともに、現在、後退線を守っている用地の買収をされたい。

 2.後退線を買い受ける場合の価格の引き上げの考えはであります。用地買収価格は市の定めた価格となっています。引き上げの予定はありませんか。後退路用地は、その個人のみの負担となります。市が定めた価格は路線価や評価価格より相当に安く設定されています。適正な価格の設定が望ましいと思います。

 3.現在、建築基準法第44条1項に抵触している住宅に対する指導はできないか。以上お伺いいたしまして、3つ目の質問に移らさせていただきます。

 三本木地区土地区画整理事業についてお尋ねをいたします。三本木土地区画整理事業は昭和63年12月、基本構想策定調査Aから動きだしました。上山田地区の平地においては最後の区画整理であります。「次世代に健康なまちを引き継ぐために」をスローガンに始まったのです。平成2年、神戸・三本木地区の環境に関する調査を実施。平成4年、研究委員会が委員48名で発足しました。その協議結果が委員会より実施区域の決定について、旧上山田町の山崎町長への報告、協議が行われました。その後、土地及び権利の調査実施、調査対象58.8ヘクタール、地権者数、個人473人、法人47社であります。平成6年6月には推進委員会が発足、委員48名で推進協議に入ったのであります。4年余カ月の協議の結果、平成11年2月17日、小山 立、当時の上山田町長に対し、次のような報告を三本木地区土地区画整理事業推進委員会会長、市川 保氏から行っています。平成6年6月2日に三本木地区土地区画整理事業推進委員会が発足し、以来15回の推進委員会を開催し、事業の推進を図ってまいりました。その後、土地区画整理事業のあらましについて、地区説明会等の開催、事業推進アンケートの実施、基本設計、素案の地区説明会等を行い、平成10年9月から町内地権者を対象に施行同意書の取りまとめを行ってまいりました。その結果は55.7%の同意率でありました。推進委員会発足後既に4年半が経過し、力石バイパスルート発表と用地の買い上げ、町公共下水道事業の実施等、大きく状況が変化しています。

 このような状況を踏まえ、推進委員会として早期に事業化を図る必要があると考えますというものであります。

 このように推進委員会では大変な努力をして、区画整理の実施に向かって努力をしてまいりましたが、平成12年には三本木土地区画整理事業を見直す会が結成され、11名の推進委員が辞任しました。さらに12月議会に対し「土地区画整理事業の町施行方針の白紙撤回を求める陳情書」が提出されました。これらのことから、事業の停滞が余儀なくなっています。また、事業の策定から既に15年が経過しています。この土地の評価にも大きく影響しています。一時は20万円を超えていた地価は相当に低下しています。また、三本木地域は住宅用途地域に指定されていますので、年間10戸ほどの住宅やアパートが新築をされています。このように、年々区画整理を進めることが困難になります。早急に結論を出さなくてはなりません。今、上山田地区において進められている下水道の布設や数々の地域の要望事業は、土地区画整理対応待ちということで先送りされてきた経過があります。上山田はこのような状況の中で、1市2町の合併の話が進められてきたことも都市計画の決定を先送りしてきた要因の一つでもあります。このようなことから、事業についての推進についての判断を新たに千曲市に求めることとなりました。

 次により、宮坂市長にお伺いをいたします。旧上山田町で推進してきました三本木土地区画整理事業は継続して進めますか、中止の決定をされますか。また、関係諸団体と協議を重ね、結論を出しますか。以上であります。

 続いて、大きな4項目としまして、保養センター・つるの湯の改善と内容の見直しについてであります。

 保養センター・つるの湯は、平成12年9月に中信建設と上山田の中曽根建設共同企業体が2億4,675万円で落札し、工事を行ったのであります。RC構造平屋建て、延べ床面積645.64平方メートルで、設備、外構工事一式であります。その他費用としては、実施設計費840万円、用地取得費5,800万円、旧つるの湯の解体費1,580万円等が計上されています。それらのコスト計算から年間償却分の費用4,797万余円を、年間利用者予定数12万人で割ると、1人400円になるという設定から、現在のつるの湯の料金が決められてきました。要するに利用者負担の原則論からであります。千曲市保養センター条例第1条では「市民の健康増進と融和を図るとともに、地域の活性化及び福祉の増進に資することを目的とし、保養センターを設置する」とあります。建設計画を立案する当初は現在の千曲市全体の利用を視野に入れたものではありませんでした。利用者数を年間12万人、1カ月1万人で、入浴料金をはじめ、駐車場、休憩室、脱衣所、浴室などがつくられています。多くの市民の方々に利用してもらいたい大変良質な天然温泉で24時間給湯されています。しかし、市が決めている入浴時間以外は温泉がむだに流されていることとなります。この入浴時間以外の温泉を利用するために、つるの湯の天井裏には10トンの貯湯槽2基が設置されています。つるの湯に給湯されている湯量は、毎分115リットルが上山田温泉株式会社より来ています。天井の貯湯槽が満杯になるのに要する時間は3時間です。つるの湯には自動的に温度の調節ができる装置や、時間になると天井のタンクに切りかわる装置などがあります。しかしながら、現在の利用時間帯からしますと、多くの湯がむだになっていることは確かであります。

 このつるの湯を開設してから、今年の6月1日で3年になります。昨年の9月1日には千曲市となりました。旧上山田町民に適用されていた料金設定が千曲市民全体に適用されることとなりました。多くの市民が利用できることは大変よいことですが、問題もあります。このことは合併以前から予想されていたことでもあります。私は合併協議の場においても意見を申し上げました。私が述べましたことは、現状のままで新市に利用範囲を広げた場合、脱衣所は狭いし、拡幅の必要があるし、浴室も狭くなるので露天風呂をつくってもらいたい。多くの人の利用に耐えられるよう今から検討してもらいたいというものです。しかしながら、現在まで具体的な改善計画が示されておりません。つるの湯の利用人員は、開設した平成13年6月、9,312人、7月、9,706人、8月、1万47人でありました。千曲市になりましてから、最近の利用者数は、平成15年10月、1万2,159人、11月、1万3,330人、12月、1万4,285人、今年1月は1万5,799人と増加しています。このように利用者が増加傾向にあることは確実であります。利用者の要望にこたえられるように改善をし、市民の健康の増進と福祉の向上及び地域の活性化に資するための施設とされるために、次により市長にお伺いをいたします。

 1.休憩室及び脱衣所の拡幅と露天風呂の設置について、全体的にはゆったりした設計でありますが、肝心な休憩室は30畳(畳30枚)でしかありません。脱衣所は13人ぐらいでいっぱいの状態です。緩和するためにも拡幅の考えについてお伺いをいたします。露天風呂についても同じであります。

 2.料金の見直しについてであります。身体障害者、障害程度1級・2級・3級に該当する人は無料となっていますが、障害の箇所や程度によっては自分だけでは入浴が困難な方もおります。視覚障害者も困難であります。つるの湯は福祉施設です。同伴者も無料とすべきではありませんか。幼児は2歳未満が無料ですが、この範囲を小学校入学までに拡大する考えを提案したいと思います。幼児が、子供が入浴するためには親や家族が一緒に来ます。また、大勢の人々とふれ合うことは子供たちにとって大変有意義かと思います。市外からの利用者は大人が500円、子供が300円です。白鳥園と違って設備面で劣ります。戸倉にあります大衆浴場並みにすることが妥当かと思いますが、いかがでしょうか。

 3.入浴時間の見直しについてであります。営業時間を現在の午前10時からでなく、午前8時からとすることはできませんか。それよりも早くても結構です。時間帯を延長することによって混雑の緩和にもよいと思います。月2回の休業日を廃止したらいかがかということでありますが、休業日につるの湯まで来て、お帰りになる人も多く見受けます。休業日は市民に対するサービスの低下であり、温泉資源のむだ遣いにつながっています。年末年始の通常の営業はできないかであります。特に31日には考慮してもらいたいと思いますが、いかがでしょうか。

 4.市有源泉の確保についてお伺いいたしますが、浴室の拡大、露天風呂の設置、また、温泉を利用しての健康の増進やリハビリ等にも温泉が必要となります。廃業した旅館が所有している源泉や、個人で所有し、売却の意思がある場合など、市としての所有を考慮したらいかがでしょうか。

 5.駐車場を文化会館と共有することはできませんか。隣接しており、文化会館駐車場は、がらがらにあいていますが、つるの湯は満杯の状態であります。

 6.社協でつるの湯を利用して行っているデイサービスの中止はできないかであります。つるの湯の建設計画では、休憩所を使用してデイサービスを行う予定はありませんでした。また、数年前に上山田にはデイサービスセンターが建設されています。なぜ、つるの湯の休憩室を使わなくてはならないのですか。休憩室はいつも満杯の状態です。デイサービスは毎週、月・火・木・金の4日間行われています。いつ、どこの部署で、どのような条件で許可をされたのでしょうか。千曲市保養センター条例に違反していると思われますが、いかがでしょうか。以上、つるの湯についてお尋ねをいたします。

 続いて大きな5番、「どうする、温泉の地盤沈下」についてお尋ねをいたします。上山田温泉は、昨年、開湯100周年を迎えました。開湯してからは100年ですが、温泉の発見はそれよりも早く明治元年2月、若林才平衛さんによってであります。千曲川河畔に、砂れきの中に微温なる泉を見出したことが発端となり、区民はこれを「宝の泉」として、その年の3月18日に盛大な温泉発見祭を行ったとあります。その後、何回も洪水に遭いながら、苦心の結果、明治26年に戸倉の坂井量之助さんが発掘に成功、その10年後の明治36年、上山田において温泉発掘の目的を達成し、4月26日、村を挙げて盛んなる開湯式を行ったのであります。以後、一般に公開して無料入浴を許してきましたが、温泉の維持困難にして到底継続の見込みがないということから、明治39年10月30日、上山田村区会の決議をもって、温泉の保護のため、築堤した堤防より内側3825番イ号の3を除き、区有地全部を極めて低廉なる価格で、名のみ売却して、実質無償譲与をもって温泉会社の所有となり、翌明治40年1月、温泉株式会社を組織したとあります。このように当時の上山田村と温泉株式会社とは密接な関係のあることがわかります。

 平成15年第2回議会定例会においては、多くの議員の皆さんが観光の問題について多方面から一般質問をされています。田沢議員は観光政策について、森議員は戸倉上山田温泉の振興策について、荻原議員は観光振興等であります。日本経済が長引く不況の中においては法人も個人もまず経費の削減を考える。項目としては旅行等レジャー経費の削減であります。また、旅行に対する考え方もグローバルの波に洗われ、競合するのは国内の観光地や温泉地だけではありません。世界の観光地を視野に入れなくてはなりません。長野県内には多くの温泉や観光地があります。温泉のある観光地は215カ所、そのうち宿泊施設のあるところは189カ所であります。長野県内の至るところに温泉が湧出し、観光地化しているということであります。かつて、温泉の掘削には多大な費用と時間とリスクを要しましたが、今では掘削技術の飛躍的な進歩により、1,000メートルを超す深さも簡単に掘ることができるようになっています。

 かつては戸倉上山田温泉は全国的にも有名な観光地であると自負をしていました。昭和32年に『週刊読売』が主催し、当時の厚生省・運輸省、交通公社が後援をして「全国温泉ベストテン」の投票をしたことがあります。1番が北海道の定山渓、3番が静岡県の熱海、4番が宮崎県の指宿、5番に戸倉上山田温泉が入っています。この当時は上山田温泉の入り込み客は年々増加し、昭和48年には100万人を突破しました。旅館数は67軒、10年後の昭和48年には90万800人、旅館数56軒。平成元年、78万7,600人、旅館数42軒。平成14年度の入り込み客数は51万8,300人、旅館数36軒と温泉の地盤沈下は激しいものがあります。また、14年度の入り込み客の地域別区分を見てみますと、県内が54.2%、関東が22.7%、中部が11.9%などとなっています。このことを見てみますと、宣伝活動や誘客活動は遠くに目を向けるのではなしに、千曲市や坂城町を中心として近隣の市町村に目を向けることがいかに大切であるかがわかります。新幹線も高速道路も東京からは日帰り圏となり、通過されてしまう温泉となってしまいました。地盤沈下は入り込み客の減少だけではありません。温泉地区の人口にも及んでいます。昭和48年が3,006人だったのが、平成14年度は1,575人となっています。入湯客数と比例をして減少しています。温泉地区内に最近、空き店舗や空き旅館、駐車場が目につきます。昭和40年代前半は旅館が中心になり、温泉内の土産店や魚屋、八百屋、飲食店と、あらゆる業種の店が活況を呈していました。それが昭和45年から55年にかけて旅館・ホテルの大規模化が進み、旅行業者の協定条件として、旅館・ホテル内に土産品コーナー、飲食コーナー、スナックなどが併設された経過があります。結果的にはこのことが旅館に来たお客の囲い込みにつながり、温泉街に出る客が少なくなり、げたの音が聞こえない温泉地になってしまったのであります。旅館に来たお客さんは、その旅館だけのためのものではありません。その旅館に来るまでには多くの人々の情報や宣伝によって、戸倉上山田温泉に行きたい、上山田の温泉に入りたいと思う気持ちが起こり、その旅館に来たにすぎません。多くの先人たちの地道な努力によってであると言っても過言ではありません。ですから、旅館は地域を大事にし、地元で収穫のできた野菜や果物をはじめ、地域の商店を利用することが地域経済の活性化につながることだと思います。

 上山田温泉の地盤沈下について述べてまいりましたが、平成15年度もあとわずかで終わりますが、大変うれしいこともあります。まず、昨年9月1日には更埴市、戸倉町、上山田町が合併をして千曲市が実現したことであります。そして上山田温泉が開湯100周年を迎えたこと。また、長い間低迷し、苦しんでいた入湯客の増加が数十年ぶりに見込めることであります。千曲市の発展にあわせて温泉の地盤沈下を回復させるための施策について、次により4点、市長にお伺いをいたします。

 1.観光地としての効果的な宣伝について。宣伝と広告には不思議な力があります。最初は気にもとめないような広告や宣伝でも、何回も聞いているうちに、その広告体が三流のものであっても、いつの間にか一流であるかのような錯覚になります。上山田温泉が三流であるとは思っていません。私は、少しの改革により、あるいは接遇教育の徹底により、すばらしい温泉地になることを疑っておりません。上山田・戸倉の温泉関係者全員が気持ちを一つにすればこそであると思います。利益の上がる企業であれば宣伝費は多額に支出できますが、戸倉上山田温泉であれば多くの宣伝費は望めません。まず、千曲市で行われるイベントや行事を戸倉上山田での催し物等、写真や記事で新聞社、テレビ局に送って宣伝をしてもらうことはどうでしょうか。市に担当職員の配置を含め検討をしていただきたいと思います。また、県外に出ている千曲市関係者宅に案内板、あるいは旅館等の案内をしてくれる看板設置をお願いする等の方法はいろいろあるかと思いますが、いかがでしょうか。

 2.地産地消の徹底についての考えについてお伺いをいたします。信州でなければ、あるいはこの地域でなければ味わうことのできない料理の開発です。食材の供給が全市を対象として、より多くの多様なものが大量にそろえることができるようになったものと思われます。

 3.果物、巨峰、リンゴを入湯客を対象に直接販売する構想についてお伺いをしたいと思いますが、巨峰は9月及び10月が最盛期となります。リンゴは10月中旬から本格的になり、2月いっぱいは販売が可能であります。この間、上山田温泉への入湯客は25万人を超えます。この人々を手ぶらでお帰りいただくことはないと思います。巨峰のJAちくま農協(坂城を含む)管内よりの出荷数量は、平成13年が4キログラム箱換算で34万6,000箱、14年は32万5,000箱、15年は36万箱となっています。また、リンゴの代表品種「フジ」の平成13年度、10キログラム箱に換算して23万6,000箱、14年は21万5,000箱が全国の各方面に出荷されています。出荷には荷づくりの経費、送料、市場での手数料等の経費がかかります。地産地消によりコストの削減にもつながり、旅行客や地元消費者にも購入できるような施策が必要と考えます。市でも、巨峰、リンゴの栽培農家はそんなに多くはありません。大部分の市民は、欲しい、あるいは買いたいと思っています。市民に目を向けずに東京や中京方面のみに目が行っていませんか。栽培農家と協力をし、シーズンに市民を対象とした大規模な直販を、例えば10日間あるいは15日間ぐらい行うことはどうでしょうか。日時を決めて宣伝をし、県外からも直販を目当てに客が来るように毎年定着ができるようにするなどであります。

 4.温泉を流れている用水清掃、あるいは清潔に保つことについてでありますが、温泉の中には1号水路から5号水路まで5本の用水があります。上山田の住民でもどこに川があるのか正確に知っている人はそんなに多くはありません。表面に出ているところはわずかで、ほとんどがふたをかけてあるため掃除が行き届いていないのではないかと思われます。この汚れている川が原因で病気でも発生すれば、それこそ温泉の地盤沈下どころの話ではなくなります。温泉の万葉公園の下の川、及び白鳥園の西側の水路等調査をされて対策を講じられたいであります。

 以上で1回目の質問を終わらせていただきます。



○議長(原利夫君) ここで20分間休憩いたします。

                    午後2時 休憩

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 午後2時20分 開議



○議長(原利夫君) 休憩前に引き続き会議を開きます。

 答弁を求めます。宮坂市長。

          〔市長 宮坂博敏君 登壇〕



◎市長(宮坂博敏君) 正政会代表、小宮山啓一議員の御質問にお答えをいたします。

 1点目の地域生活道路の改良と建築基準法についてということで、何点か御質問をいただきました。

 初めに1点目の地域生活道路、市が管理している道路でありますが、その改良事業について、用地費についての補助や物件費等の補償基準の見直しにより、事業をやりやすくしてはどうかということでありますが、御意見のとおり、合併前の市町について言えることですが、市内の道路は4.5メートル未満の幅員のものが大変多い状況であります。そのため、毎年各区や自治会から道路拡幅の要望をいただいておりますが、総延長が長く、箇所数が多く、予算の関係もあり、早急に改修することは困難であり、御期待に沿えない状況であります。少しでも多くの箇所の施行ができるようにするためには、用地費や補償費などの経費をできるだけ抑えなければなりませんので対応には苦慮をし、また、当事者には大変御迷惑をおかけしております。御意見については十分に理解できますけれども、先ほど申しましたように予算の関係等もありますので、緊急性や箇所数の関係などについて、区長さんや自治会長さんとも相談をしたいと思います。方針が決まるまでは現行の基準で事業の推進をしたいと考えております。

 次に、2点目の買収単価の見直し、引き上げについてということでありますが、特に路線価で買収することが適当ではないかということでございますが、本来であれば望ましいことでございますが、用地の買収価格につきましては、要望箇所が多く、予算との関係もあり、安い価格でお願いしており、この点も申しわけなく思っております。今後につきましては、前にもお答えしましたように、区長さんや自治会長さんとも相談をしたいと思っておりますが、県内の他市の場合を見ましても、4メートル程度の改良工事は寄附で行っているという市もありまして、また、建築基準法の後退線との兼ね合いもありますので、当面は現在の基準で御協力をお願いしたいと考えております。

 次に、3点目の地域生活道路の改良拡幅の手法の検証をということでありますが、合併前の旧市町とも、道路改良事業につきましては、常会長さんや各地区の組の要望を区長さんや自治会長さんにまとめていただき、関係地権者の皆さんとも十分に御相談をしながら事業の推進を行ってまいりました。この手法につきましては、区や自治会の役員の皆さんに大変御負担がかかり、申しわけなく思っておりますが、地域の総意をまとめるには最もありがたい方法と思います。また、最近では1.5車線とか、道路の構造についてもいろいろと見直しが検討されておりますので、その地域にとって安全で使いやすい道路構造ともあわせ、地域の御意見をよくお聞きをして道路改良事業を進めてまいりたいと思っております。

 2点目の建築基準法の道路後退線についてでありますが、先ほど申し上げましたように、市内には幅員の狭い道路が各所にあります。このような道路の付近で住宅等を建築する際、建築基準法第42条第2項の規定では、幅員1.8メートル以上4メートル未満の道路では、その中心線から水平距離で2メートルの線をその道路の境界線とみなすことになっております。この部分が道路後退部分、いわゆる後退線でありますが、将来その部分を活用して幅員4メートルの道路とすることが期待されている部分で、法律上では道路敷とみなされる部分であります。この部分には建築制限が適用され、建築物の建築や附属する門・塀の設置、擁壁の築造をすることができません。しかし、この部分は私有地のため、木を植えたり、石や物を置くことができることになっていることから、道路幅員を安全に確保することができないという問題があります。このため、狭隘道路整備要綱を定め、住宅等を建築する際、土地所有者からの寄附や譲渡、または無償使用の承諾の申し出に基づき道路として整備をしております。こうした御協力により、部分的ではありますが、道路を拡幅することができますので、今後とも既に後退している部分を含めて御協力がいただけますように、広報・啓発等を行い周知を図ってまいりたいと考えております。また、御意見にもありましたように、職員にも理解をしてもらって、各地区での御相談をいただいたときにはお答えができるようにしていきたい、このように思っております。

 次に、この道路後退部分の買い受け価格の引き上げについてでありますが、予算の関係もあり、予算のことばかり言って恐縮ですが、現在のところ、通常の道路改良事業における買収価格より安い価格、これは固定資産税路線価の4割程度でありますが、それでお願いをしております。建築主や土地所有者等のお考えもあり、土地の価格差や財政的な面で直ちに対応することが困難な事例も多くありますので、今後、御意見等もお聞きをして検討してまいりたいと思っております。

 次に3点目ですが、後退部分について建築基準法に抵触している建築物等に対する指導についてでありますが、住宅を建築する過程において、いろいろなケースがあると思います。万一、抵触するような場合の指導につきましては、今のところ市に権限がありませんので、県に積極的な行政指導をしてもらうよう連絡をいたしておりますが、市としても、その点について御説明をしたいと考えております。

 次に、大きな3点目の三本木地区の土地区画整理事業についてでありますが、土地区画整理事業は、整備が必要な市街地の一定の区域について、道路・公園等の公共施設の整備改善と宅地の区画・形状を整形化することにより、その利用価値の増進を図る事業であり、道路をはじめ、公園、上下水道等の都市としての基盤をすべて整備できる事業であります。三本木土地区画整理事業の経過につきましては御意見のとおりとお聞きをしております。この事業の事業推進経過を見ますと、平成5年4月、研究委員会の「早期に事業推進を図る必要がある」との町長への報告。平成11年2月には推進委員会の「早期に事業化を図る必要がある」という町長への報告。平成14年6月に、見直す会から提出された「白紙撤回の陳情」について、当時、上山田議会では不採択とした経過があります。また、合併協議の中でも検討され、上山田町が進めたいとしてきた事業でありますので、新市建設計画にも位置づけることといたしました。今後、市としてどのような判断をするのかということでありますが、合併後の「お出かけ市長室」にも関係の皆様が来られ、いろいろと経過等もお聞きをし、お話もさせていただきました。その中で、これからどうするのか、さらに話し合いをしましょうということで御承知をいただきました。御意見では、継続をするか、中止をするか、あるいはまた団体等の話し合いをするかという3点の御意見でございましたが、その3点目の「今後それぞれ話し合いをしてやっていきたい」、このようにお答えをしたところであります。その後も下水道の整備もあり、早く進めるべきであるとか、今までの経過から慎重に対応すべきであるなど、いろいろと御意見をいただいております。経過の中で、平成14年2月から11月までの間に開催された設計図及び事業計画(案)についての説明会には出席率が68.6%ということもあったと聞いております。今後、改めて説明会を開催し、それぞれのお考えの方とも話し合いをしたいと、そのように思っております。事業化についての判断は、地区の地権者の皆さんが決定されることでありますので、今まで御苦労いただいた推進委員会の皆さんや、旧上山田町の議会の関係議員さんの御意見等をお聞きして検討してまいりたいと思っております。

 次に、保養センター・つるの湯の改善と内容の見直しについてでありますが、1点目の休憩室及び脱衣所の拡張についてですが、御意見にもありましたように、建設当時積算した利用人員に対応するための施設として、敷地面積や建物の構造、設備等から現在の規模にしたものであり、拡張についてはいろいろと困難な問題があると思います。御意見にもありますように、現在の利用状況は建設当時積算したときの約1.2倍以上という多くの方に御利用をいただいていると聞いております。これらの方が安全に気持ちよく御利用いただくためには、確かに今の施設では狭いという御意見もお聞きをしております。敷地が狭いということから、そういった点では拡張が非常に現状では困難だというふうに思っておりますが、また、野天風呂の設置につきましても、これも一番のもとになる湯量と敷地面積の問題があります。湯量については、現在供給している量が毎分115リットルということでありまして、御意見では、お湯をためる貯湯槽ですか、そういったものもあるとのことですが、これ以上の増量が見込めないということから、現状の利用人員と、常時、湯をかけ流し状態で御利用いただくための湯量を確保いたしますと、現状では野天風呂の併設設置は困難と聞いております。いずれにしても、建設当時の考え方と現状とにはいろいろと差がありますので、今後どのような対応が可能か検討したいと思っております。

 また、2点目の料金の見直しについてでありますが、現在、障害をお持ちの方については既に減免をしており、同伴者については、施設の設置目的から保養センターと位置づけられておりますので、御自身の健康増進も含めて御利用をいただいていると考えておりますので、今までの経過もあり、当面現行の利用料金でお願いをしたいと考えております。また、小学校入学前の幼児につきましても、現在も大勢の方との交流や触れ合いをされており、大変よいことと思いますが、利用者も多いため、現行の年齢枠でお願いしたいと考えております。

 市外からの方につきましても、健康増進ということで御利用いただいており、施設の管理運営経費及び市内の民間施設への影響等を考慮いたしまして、現行の利用料金でお願いをしたいと思っております。

 3点目の入浴時間の見直しについてでありますが、現在、午後10時まで御利用いただき、その後、掃除をして浴槽等の給湯に要する時間を考えますと、見直しをすることは可能であると思われますが、管理の問題及び民間施設経営への影響及び公衆浴場と保養センターとの違い等、総合的に検討して時間を決めたという経過があり、現行どおり午前10時からの利用時間で対応していきたいと考えております。また、休日につきましては、施設機械等の定期的な検査等で安全に利用していただくとともに、休業日については市民の皆様に市報等でお知らせをし、年末年始については民間入浴施設等の御利用も考えていただきたいと思っております。

 次に、4点目の市有の源泉の確保についてでありますが、市におきましては、健康増進やリハビリに温泉を活用して各地で事業を実施しておりますが、現在の健康プラザ・つるの湯、憩いの家(白鳥園)等の施設を利用するとともに、平成16年度には八幡地区に掘削中の温泉を活用した健康増進施設の建設を予定しておりますので、当面はこれらの施設で御利用いただきたいと考えておりますが、新しく源泉を確保することは他の民間の業者等の関係や経過もあり、慎重に検討が必要かと思っております。

 次に、駐車場の確保についてでありますが、イベント開催時以外で利用できるときは、文化会館の駐車場を利用するよう関係課と協議をして既に利用をいただいておりますが、上山田地区全体としては駐車場が不足をしておりますので、今後検討したいと考えております。

 次に、上山田町社会福祉協議会に委託をしております「いきいきデイサービス事業」につきましては保養センター条例の経過措置で、これは条例違反ではないかというような御意見でありますが、保養センター条例の経過措置で、上山田町の条例によりなされた処分等については、現在、みなし規定でやっているということでありますので、御理解をいただきたいと思います。平成16年度は別の場所、できれば白鳥園で、このデイサービス事業を実施する予定で現在検討をしているところであります。大変消極的な答えになってしまいましたが、旧上山田町としても、ぎりぎりの取り組みをされてきたことと思いますので、御理解をいただきたいと思います。いずれにいたしましても、千曲市となり利用者のふえることは喜ばしいことでありますが、今後、保養センターの位置づけと民間営業者との均衡を保ちながら運営してまいりたいと考えております。

 次に、「どうする、温泉地の地盤沈下」の1点目でありますが、観光地としての効果的な宣伝についてということで、戸倉上山田温泉の歴史についてのお話がありました。観光宣伝につきましては、観光客の多種多様なニーズにこたえるためにも、あらゆる媒体を通じてPRすることが効果的であると思います。報道によりますと、全国の温泉地はどこも来客数が減り、経営が苦しく、いろいろな手だてをしてお客さんをお呼びしたいと苦しんでいるようであります。したがって、戸倉上山田温泉も他の温泉地と比べて魅力ある温泉地とするためにはどうすればよいのか、旅館関係者や観光協会とも十分に話し合い、新しい温泉の魅力をつくり出すようにしてはどうかと考えております。先日も旅館組合の青年部の方々と話し合いをいたしました。経営についての悩みもあるようで、その苦しい立場はよく理解ができました。私はそのときに、次のように感じていることをお話をいたしました。温泉地として新しい文化を創出してはどうかということで、例えば建設中の観光会館のギャラリーの活用方法や、まちの中にモニュメントを設置するなど、歩いて楽しめるまちづくりができないか。また、温泉の歴史や、各旅館に保存されている写真や書画等の活用はどうか。また、千曲川や周辺観光地の映像をつくり、各旅館や会館で随時放映することはどうか。また、地域食材を使った名物をつくり、温泉街を人が散策するようにしてはどうか。あるいは温泉地内の道路整備は歩く人に便利な舗装等にして、交差点などはカラー舗装とするなど、アクセントをつけてはどうか。以上は行政と地域が協働で進めるような事例でありますが、そのほかに、各旅館は、ある意味では競争相手であるが、全体で取り組む事業には協力をすることはどうか。建物の改修には温泉として統一性を持たせ、歴史と安らぎのあるまちづくりにしてはどうか。新しい市になったので多くの市民に利用していただくためのPRと、友人をたくさんつくってはどうか、こういうことは御意見にもありましたけれども、できるだけ市内の人にも働きかけてはどうか、こういうことでありますが、こういった幾つかのことを提案いたしました。歴史ある千曲市や戸倉上山田温泉でありますので、この知名度を一層上げるとともに、多くの皆さんにお越しいただける方法に、関係する皆様からの御意見もお聞きする中で、行政としてできることに取り組んでまいりたいたいと考えております。

 また、御意見では4点について提案されましたが、特に観光地の宣伝についてでありますが、行政が行う宣伝と観光団体が行う宣伝を区別して、媒体や宣伝内容につきましても重複は避け、宣伝の焦点をはっきりさせるとともに、戸倉上山田温泉の宣伝は、できるだけ観光団体が積極的に取り組んでいただくよう、新年度からは宣伝費の一部委託を予定しております。いずれにいたしましても、観光に携わる関係者が一丸となり、観光宣伝や誘客活動を展開することは今後も大変重要であると考えておりますし、御意見のありました接遇教育につきましても、関係する団体とも十分連携し、取り組んでまいりたいと考えております。

 次に、地産地消の徹底についてということでありますが、市では地産地消の一環として学校給食への野菜、果物を中心にした食材納入として、15年実績で果物は7品目で2,430キログラムを利用させていただいております。また、JAの直産部会450戸の農家によりJA店での直売による取り組みもしておりまして、これは年商2億5,000万円ほどの実績を上げております。今後も、これら事業を継続するとともに、品目や数量の拡大や新たな需要拡大に向けてJAや生産者と市内観光、それから福祉施設などの大口需要者(消費者)とも協議をし、地産地消をより推し進めることが当市の農業振興につながるものと考えております。

 次に、果物、巨峰、リンゴを入湯客を対象に直接販売をということでありますが、当市にはこのほかにも、桃、あるいはトルコギキョウやギガンチュウムをはじめとする花卉など多くの農産物が生産されており、最近ではうどん向けの小麦「ユメセイキ」が開発され、栽培が拡大されるなど、特産品とも言える良質の農産物が数多くあることは御承知のとおりであります。御質問にあります入湯客を対象にした果物の直接販売は、全国各地の観光地でも旅館や土産店などで地域の農林水産物などをお土産などとして宅配注文や、直接販売する取り組みが数多く行われており、当市でも決して難しいことではないと考えております。しかし、現在は個別、または複数程度の農家による消費者団体等との取引が少量出荷による店舗での直売が主であり、多くの生産者はJAを通じた市場出荷となっております。これらの場合は全国の産地との競争もあり、出荷規格も大変厳しいと聞いております。規格につきましては市場及び消費者の信頼を得る上ではやむを得ないことですが、直売するとしても、ある程度の規格やルールも必要ではないかと考えております。また、JAや生産者の協力はもちろんですが、直売方法、場所や規格の制定、価格など、販売側の責任ある対応も必要と思います。いずれにしても、当市の農業と観光の振興につながる貴重な御意見でありますので、今後、関係機関や関係者とも相談をしながら研究をしてまいりたいと思っております。

 次に、温泉内を流れる用水の泥上げ、清掃についてでありますが、温泉内の1号排水路から5号排水路の大きな排水路につきましては、御意見にもありましたように、蓋がかかっており、水量が多いため泥上げができないのが現状であります。そのため、過去に4カ所の沈砂池を設置しておりますが、毎年、梅雨期の前に機械により泥上げを行っております。また、排水路に流入する道路側溝には飲食店や家庭の雑排水が流れ込み、勾配が少ないため、ヘドロとなって堆積してしまいます。このヘドロにつきましては、毎年計画的にパワープロフェッサーという機械により吸引をして除去をしております。温泉地区につきましては、平成13年の3月1日に公共下水道の供用を開始し3年が経過しておりますが、接続率、これは温泉の一丁目から三丁目までは約60%と大変低く、排水路や道路側溝へ雑排水が流れ込んでおり、下水道への早期接続をお願いしているところであります。また、白鳥園西側の水路につきましては一部未改良の部分があり、流れが悪くなっているところが見受けられますので、今後、調査をして計画的に整備をし、あるいはまた泥上げをしてまいりたいと、そのように思っております。

 以上であります。



○議長(原利夫君) ここで会派内協議のため、暫時休憩いたします。

                    午後2時46分 休憩

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 午後3時34分 開議



○議長(原利夫君) 休憩前に引き続き会議を開きます。

 正政会代表、小宮山啓一君。



◆正政会代表(小宮山啓一君) 先ほど質問の当初に「一般質問」と申し上げましたが、「正政会を代表して代表質問」に訂正をさせていただきます。大変すみませんでした。

 それでは、会派内において協議が行われ、次の4点について再質問をいたします。

 まず最初にお伺いしますのは、三本木土地区画整理事業についてであります。この地域には毎年10戸平均、15年で150戸の新築住宅が建設をされています。この地区は小学校、保育園、そして上山田庁舎にも近く、日照時間も長く、住宅地としては最適な場所であります。この土地区画整理事業の計画が動きだした63年以降に建築された家も、数十件が移転対象となるでありましょう。今後1年おくれますと、1年ごとに費用が多くかかります。そのようなことから、一日も早く事業計画の決定をしなくてはなりません。以下2点についてお尋ねをいたします。

 1つとしては、今後の具体的な進め方の手順についてお伺いをいたします。

 2点目については、平成16年度千曲市一般会計予算案を見ますと、三本木土地区画整理事業として26万2,000円が計上されております。その内訳を見ますと、推進委員報酬に21万6,000円ほかとなっています。このことは、施行規定の決定及び施行規定に関する条例を、議会において議決を経て制定しなければ予算をつけることができないような状態と判断してもいいのかどうなのか、この件についてお尋ねをいたします。

 それから、これは先ほど市長も申されておりましたけれども、見直す会、あるいは推進委員会等と話しを合いを持ちまして、早急にこの計画が前に進みますことを要望して、三本木土地区画整理については以上であります。

 続いて、保養センター・つるの湯についてであります。このつるの湯については、自分の源泉ではありませんから、とめたり、給湯したりということは自由にできないような状態になっております。温泉会社から一年じゅう給湯をされております。そのような関係から、時間外の大部分の湯が無駄に流されております。そのようなことを少しでもなくすために、今、必要な湯については、使わないときは直接地下を通って川に放流されていますが、それを表面に出して放流をする、それをくめるような状態をつくる、あるいは足湯をつくる。そのようなことも一考ではないかと思いますので、この不必要な湯の利用についての検討を今後していただきたい、このように思います。以上、3点目であります。

 次については、温泉の地盤沈下について1点、質問をしたいと思います。温泉内の川について先ほど質問をいたしましたが、この温泉内の川については、地盤の低いこともありまして、毎年何回か水害に見舞われております。そこで、先ほどお願いしましたように、河川の泥さらい、清掃等についても必要でございますが、市長が施政方針の中でも触れておりました河川の現況調査を早急にしていただきまして、なぜ、この温泉内の川が水害対策になるのか、あふれるのか、そういうことについて、よく検討していただかなければならないのではないかというように思います。温泉地区の議員の皆さんからは、あの川については本流が真っすぐ強い勢いで流れる。そこへ横から支流が幾つか入るので、その支流についてせきとめられる、そういうことが温泉内に水があふれる原因になっている、そういうことを申されておりますので、その辺について十分調査をしていただく。また、上のほうが広いけれども、荒砥沢へ流れる、その一番広くなければいけない部分が狭くなっている、そういうことについて水害の対象にもなっているから、温泉が地盤沈下をする原因にも1つはなるのではないか、こんなようなことも申されておりますので、この件についてお尋ねをしたい。検討されたい。

 以上、4点について再質問をいたします。以上です。



○議長(原利夫君) 答弁を求めます。宮坂市長。

          〔市長 宮坂博敏君 登壇〕



◎市長(宮坂博敏君) 正政会代表、小宮山議員の再質問にお答えをいたします。

 1点目の三本木の区画整理について、手順とか、これからどうなるのかと、こういうことでありますが、確かに今までいろいろお聞きをしておりますと、今までできている計画では250軒か280軒ぐらいが引き家をしなければならないとか、いろいろなことも言っておられました。今、お聞きしますと、本当にあの地域は宅地化が進んでいると、こういうことでありますので、できるだけ早く方法を決めていかなければいけないかなと、こんなふうに思っておりますが、まず初めには、今まで地元のいろいろな団体もありました。推進をする、あるいはまた見直しをする、いろいろな会もありましたので、そういった皆さんともう1回、平らな席で話し合いをしてみたいと。そして、よく御意見をお聞きして、地元の皆さんの御意向が固まったら次の段階に入っていきたい。その中で、どういう手順かというと、また、これは担当の部のほうから、皆さんにもフローみたいなものを書いて、お渡しをできればと思っておりますが、まず区域をどこまでにするかというのを決めるというのが第1番です。それから、その結果について議会に説明をしたり、地元の皆さんにも合意を取りつけられるような説明をしなければいけない、これが第1番になると思うんです。

 そして、納得していただけるようになったら、市の都市計画審議会にこれをかける。そして、そこで決まったら、今度は県の都市計画審議会に上げる。県の都市計画審議会の開催時期というのは1年で大体決まっていますので、そのいつの時点にかけるか、県のほうと協議をしなければいけないんですが、そういった意味で、知事にも相談をした中で意見を求められたら意見を出すと、こういったことがあるかと思います。県の都市計画審議会で決定をいただきますと区域が決定されると、こういうことになります。そこでまた改めて調査とか測量、事業計画をつくります。そして、事業計画ができたところで、また県と協議をして、国のほうへ補助が必要なものは補助を上げていくと、こういうことになるかと思います。そして、その調査の結果について議会に正式にお諮りをして、区画整理の審議会をつくるとか、あるいは条例と規則をつくるとか、こういったことは議会にお諮りをして決めていただくと、こういうことになるかと思います。したがって、大きい流れの中では、議会にまず原案ができたところで説明をするということ、最後にいって、いよいよというときに審議会をつくるとか、あるいは条例・規則をつくる、こういったときに議会で最終的な御審議をいただくと、こういうことになるかと思います。その間、県とのほうでやりとりとかいろいろあると、こういうことだということで御理解をいただきたいと思います。

 それから、16年度の予算の中で、一部報酬等が上がっているということでありますが、例えばこれを議決してしまうと、何かおかしくなってしまうのかというようなお気持ちもあって、予算の議決と、この中身についての区画整理との関連をちょっと御心配されたと思うんですが、予算は議決をいただいて、そして、こっちの大きな流れのほうがどうなるか、あるいはまた必要があれば調査費とか、そういったものもまたお願いしなければならないと。そういう中で、今後、手直しはいろいろあるかと思いますので、一応これは議決をいただきたい、このように思います。

 それから3点目でありますが、つるの湯ですが、温泉会社から給湯されているので時間外については不必要な場合は川に流されていると、こういうことでありますが、実は私もその時間までどうなっているかというのは承知をいたしておりませんけれども、担当のほうからもう少し調べさせてもらって、そういった使わないで放流してしまうようなお湯を、御意見のあるように足湯をつくるとか、何かほかに使える方法があるかと、こういうことでありますので、これはまた調査をして御相談をしたいなと、そんなふうに思っております。

 それから4点目でありますが、1号から5号水路に関連して、上山田地区全体の水路、水、河川等が雨が降れば大変だということでありますが、確かに今までもいろいろお聞きしていますと、宅地が結構低いところがあるんです。ですから、夕立なんかのときには宅地のほうに水がいっぱいになってしまうということもお聞きをしております。そういうことで、また特に荒砥沢の下流、八王子のあの辺は県管理の川になっておりますし、そういったことも含めて至急に河川調査といいますか、そういったものをやってみたいと、そのように思っております。今までは、お聞きをすると、荒砥沢のある出口のほうは戸倉の分になっていて、上のほうは上山田の分になっていて、お互いに行政の区域があって、ちょっと話が必ずしもすべっこくいかなかったというようなこともあるようですけれども、今度は一つの市になりましたので、お互いにその辺は意思の疎通を図ってうまくいけるようにやっていきたいと、そんなふうに思っておりますので、よろしくお願いいたします。

 以上です。



○議長(原利夫君) 正政会代表、小宮山啓一君。



◆正政会代表(小宮山啓一君) 懇切丁寧な説明をしていただきました。

 以上をもって、正政会代表としての代表質問を終わらせていただきます。



○議長(原利夫君) 以上で本日の日程は終了いたしました。

 これをもちまして、本日の会議を散会といたします。

 御苦労さまでした。

                    午後3時47分 散会

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