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平成17年 5月31日兼六園周辺整備特別委員会−05月31日-01号




平成17年 5月31日兼六園周辺整備特別委員会

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│            兼六園周辺整備特別委員会会議記録            │
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│1 日  時  平成17年5月31日(火曜日) 午前 10時 4分 開議   │
│                        午前 11時52分 閉議   │
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│2 場  所  特別委員会室                         │
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│3 出席委員  下沢委員長、米光副委員長、木本委員、小倉委員、福村委員、   │
│        中川委員、米澤委員、盛本委員、庄源委員            │
│        (欠席委員:紐野委員)                    │
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│4 出席職員  山田課参事兼課長補佐、田島主幹                │
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│5 説 明 員  稲岡企画振興部長、森県民文化局長、岡田土木部長ほか関係部局次長│
│        ・課長                            │
│        (欠席:なし)                        │
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│6 会議に付した事件等                            │
│ 付託案件について                              │
│ (1) 兼六園周辺文化ゾーンについて                      │
│ (2) 兼六園周辺文化ゾーン内の主要施設について                │
│ (3) 兼六園周辺文化ゾーン内の主要施設の利用状況について           │
│ (4) 兼六園周辺文化ゾーンの現状と今後の方向性について            │
│ (5) 兼六園周辺文化施設活性化検討委員会について               │
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│7 議事の経過概要 別紙のとおり                       │
├───────────────────────────────────────┤
│8 特 記 事 項                                │
│  (1) 本日午後1時から実施する兼六園周辺視察の資料を配付した。       │
│  (2) 次回委員会を7月21日(木)午前10時から開催することとした。    │
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               石 川 県 議 会



               会 議 の 概 要
△(説明)
◎稲岡伸哉 企画振興部長 
 (1) 兼六園周辺文化ゾーンについて
    資料1から資料4は私から、資料5は森県民文化局長から御説明します。
 まず、資料1に兼六園周辺文化ゾーンについて、大まかなこれまでの流れを整理してあります。
 まず、文化ゾーンの概要ですが、この地区は金沢御坊の時代から現在に至るまで四百数十年間にわたり、北陸地方の政治的、経済的、文化的な中心としての役割を担ってきた。それから、緑豊かな環境の中に、江戸から明治、大正、昭和と貴重な建築物等の歴史的、文化的な集積が図られてきています。
 この環境の保全と整備については、県政90周年記念事業として昭和37年の県庁周辺整備計画から始まったということです。これが発端となり、昭和39年に兼六園周辺文化ゾーンの整備に着手し、公有地の拡大と緑化、それから歴史的建造物の保存活用、周辺環境あるいは文化施設の整備が進められています。
 (注)で書いてある兼六園周辺文化ゾーンという言葉ですが、これは昭和56年に兼六園周辺整備懇話会の提言の中で定義づけられたもので、実質的な整備については昭和39年から着手しているといってよいのではないかと考えています。
 文化ゾーンの範囲ですが、兼六園を中心とした半径1キロメートルの範囲ということで、これが昭和56年の懇話会提言の定義づけですが、大きく分けて中央地区と周辺地区ということで、中央地区は兼六園に隣接して公共施設や公園を主とする緑の多いほぼ中央風致地区に当たる範囲ということ、参考資料2−1を見ていただくと、柿色の線で囲ってあるところが中央風致地区で、ここの部分が兼六園周辺文化ゾーンの中央地区と位置づけられています。その次のページの参考写真を見ていただくと、その風致地区のところにも柿色の線を引いてありますが、この線の中が中央地区という範囲です。
 周辺地区ですが、この中央地区周辺の業務、商業、住宅などを含んだ民有地の多い環状の地区ということで、1キロメートルの範囲内で、この中央風致地区の周辺に位置する地区を周辺地区と呼んでいるところです。
 この文化ゾーンの歴史的な変遷ですが、参考資料1−1は、主として昭和以降の年表的にどういったことがここで行われてきたかということを整理してありますが、後ほど説明することと重複しますので省略させていただきます。
 この地区ですが、藩政時代は金沢城、兼六園周辺というのは、公用地のほか武士宅地と下屋敷地が大半で町人地は極めて少なかったということですが、明治維新に武士が没落する中で、明治8年に歩兵第七連隊、それから明治31年には第九師団が置かれて、この地区一帯は軍事用地となったということで、3ページの参考資料1−2で、ピンクで色づけしているところが軍関係ということで、現金沢城公園のところが、軍用地として第九師団指令部、第六旅団指令部、歩兵第七連隊、それから憲兵隊本部が置かれていたところです。
 右下には、軍用地として出羽町練兵場があります。それから、衛成病院があったということで、軍関係施設が多かったということです。
 公共施設関係についてはブルーで示していますが、県庁、金沢市役所、石川県監獄署、あるいは商業会議所ということです。
 学校関係は四高、それから尋常師範学校、それから一中、二中、それから小将町高等小学校、こういうものが分布し、公園、神社として兼六園、尾山神社ということで、見てもらえればわかるように、この時期は、金沢のこの地区は軍都という性格を有していたと言えるのではないかと思います。
 資料1の右上ですが、第二次大戦後軍事用地は解放されましたが、応急的無計画に行政、教育施設に充てられたということです。
 参考資料1−3は、昭和32年当時のこの地区の状況といいますか、主要施設の状況ですが、現金沢城公園のところは金沢大学、それから中央公園のところは金沢大学理学部が位置しているということです。
 出羽町の練兵場のところは、金沢女子短大あるいはその附属高校、金沢美術工芸大学、高等看護学院、それから兼六園球場、国立病院出羽町分院、あるいは兼六園球場の北側には金沢国税局、北陸財務局、こういうものが立地しています。
 金沢城の周辺ですが、商工会議所の横あたりからずっとテニスコートあたりに至るまでに血液銀行、石川地方行政監察局、手取川工事事務所、それから金沢市福祉会館、県警察分室、金沢防衛施設事務所、それから自衛隊の地方連絡部、石川スポーツ会館、それからぐるりと回って金沢市消防本部。こういう施設が公共的な施設、あるいはテニスコートやスポーツセンター、こういうものが現金沢城の周辺に立地したということです。
 1ページにお戻りいただき、昭和37年に県政90周年記念事業として県庁周辺整備計画が策定され、外濠公園の拡張、出羽町公園の緑化、兼六園の梅林の復活、広坂通り・本多通りの街路樹の整備などが行われたところですが、昭和39年から本格的にこのゾーンの整備に着手し、基本的には公共施設のようなものを撤去し、公有地化等緑化を図るという方針のもと、ここに記載の金沢市福祉会館から石川県神社庁までいろいろと書いていますが、基本的には現外濠公園に所在していた建物を撤去し緑地化を図ってきたということです。
 昭和56年に兼六園周辺整備懇話会から提言をいただいています。提言の概要については、1−4ですが、6ページを先にご覧いただきたいと思います。これは昭和55年2月から1年半余り設置されましたが、総勢29名の委員方による委員会であったわけですが、座長は先日お亡くなりになられました八田恒平さんが務めていたところです。
 その概要が5ページに記載してあります。前書きというか全体総括のところで、「兼六園周辺は石川の顔であり、心である。人々は長い間、この地を中心にさまざまな営みを繰りひろげてきた。」云々と書いてあり、その最後の2行に、「当ゾーンが幾つもの時代の異質の文化をも積極的に受け入れ、消化し、創造していく永久的な文化集積地区となることを期待し、提言する。」ということで、この懇話会の提言となっているように、何か報告というか、冊子にはまとまっているのですが、全体的に一つの方向を示すというよりも、さまざまな委員方からこうした方がいいのではないかというような提言集みたいなものと考えていただければいいと思っています。
 大きく分けて3つの柱があるのですが、1つ目が先人の蓄積を保存し継承していくということで、いろんな蓄積をきちんとした形で保存、再生、収集、公開、こういうことをすることが、過去の人々の営みへの尊敬であって、次世代への贈り物である。
 こういう考え方のもと、具体的には各時代を代表するような建築物の保存と再利用ということで、町家、商家を初めとして人々の日常生活の中にも歴史の蓄積を残しており、このことについてはいろんな検討が必要ということで、例えば、フルトン邸とか、あるいは旧美大の校舎に保存や再利用等の対策が必要とされています。それから、辰巳用水、鞍月用水の復元、それに一体化した歩行優先路を建設してはどうかというようなことが言われています。
 資料・情報の蓄積として、前田育徳会所蔵品の当ゾーン内の収蔵、あるいはその研究、利用、公開、保存の体制の整備。各個人が持っている古書とか古図とか、そういうものの情報マップを作成してはどうか。こういうものを対象とする加賀歴史博物館的なものが考えられるのではないかということが記載されています。
 2番が文化の創造とそれを通しての新たな蓄積をめざすということで、このゾーンとしては個人個人の営みを手助けしたり誘導したりすることを目指す。位置づけとしては石川県の文化センターとして考えなければならないということで、1番、文化施設の集積ということで、当時、新しい美術館の整備というのが俎上に上っていましたが、県立新美術館の当ゾーン内への立地ということで女子短大の跡地に決定されたということです。それから、旧美大校舎の文化的施設への再利用。中央地区で一般の人が利用しない特定施設の移転ということで、金沢市の企業局、あるいは北陸電々ビル、現NTT西日本のビルですが、そういうものを移転してはどうかということ。
 それから、このゾーンの公有地化というのは目覚ましいものがあって、今後も同様の方針を希望する。そういう取得用地については、数年内の早急な利用決定だけではなく、長期的に判断するためのオープンスペースとしておくことも大切である。それから、気軽に使える文化施設として、若者の文化活動のための野外ステージを備えた広場等の整備はどうかというようなことが記載されています。
 それから、文化の選択の可能性の増大ということで、各施設の企画運営については、自由な発想と十分な予算措置を。また、文化部局の設置、それから世界の人々との交流のための国際会議場の設置。こういうことが記載されています。
 それから、文化の蓄積とそこからの発信ということで、現代の世界百工比照をということで、世界的水準を持った国立工芸博物館のような施設はどうかというようなこと。あるいは、尊経閣文庫等の典籍、あるいは日本海文化、宗教、哲学に大きな功績を果たした土壌等をとらえ直してみるための学術文化研究所のような施設はどうかというようなものです。
 3としては、環境とか基盤面の話ですけれども、歩ける街金沢の再構築として、中央地区には歩行専用の散策路を整備していく。周辺地区には、用水沿いに歩行優先路を整備していくという考え方が出されています。それから、駐車場、バス路線については、歩行路の計画とか施設計画とも連動した全体計画を作成する。また、いろんな建物一つ一つに文化的な思考を盛り込んできちんとしたよいものを残すべきである。それから、景観の良化。景観をよくしていくことを一つ一つの建設行為を通して誘導していくための都市美審議会のようなコミッティーを設置してはどうかというようなことで、56年8月にこういう提言が取りまとめられたところです。
 資料の1ページに戻り、そのまま懇話会の提言で整備された主な施設ということで、懇話会提言に記載されていたようなものがどうなっているかということですが、金沢大学移転後の跡地利用は金沢城公園という形ですし、新県立美術館の建設は現在の県立美術館、それから旧県立美術館の再利用については伝統産業工芸館として利用されています。それから、旧陸軍兵器庫の再利用は、歴史博物館として整備、旧四高校舎の再利用については石川近代文学館としての整備がされたということです。
 以後、昭和57年から平成7年にかけて金沢大学が城外に移転し、平成7年の本部の移転をもって場外移転が完了したということで、これを受け平成8年に金沢大学跡地を県が取得して金沢城公園の整備に着手し、菱櫓、五十間長屋、橋爪門続櫓、内堀の復元等が行われてきたところです。
 平成15年1月には県庁が移転したということで、当ゾーンの大まかな歴史的な経緯は資料1ということです。
 (2) 兼六園周辺文化ゾーン内の主要施設について
 続いて、資料2の兼六園周辺文化ゾーン内の現行の施設の個別の経緯について御説明します。
 後ほど県民文化局長から文化施設については別途説明があり、多少重複する点もあろうかと思いますが、御容赦いただきたいと思います。
 資料2と参考資料2−1という図面を必要に応じて対比していただければと思います。資料2の左端の番号は参考資料2−1の番号と同じということで、現在の施設配置の一覧です。
 まず、金沢城公園は平成13年に開設していますけれども、御説明したとおり、明治30年代の状況としては陸軍が利用し、昭和は金沢大学ということですが、平成8年3月に跡地を国から取得して都市公園として供用しているところです。
 2番の中央公園は旧第四高等学校であったわけですが、昭和に入って戦後金沢大学理学部となり、現在は都市公園ということです。
 それから、外濠公園ですが、これも明治時期は陸軍が利用していたわけですが、昭和に入って、さまざまな行政機関やテニスコート等、こういうものがつくられましたが、順次、施設の撤去、公有地化、緑化が進められて、現在、金沢城公園と一体的な外濠公園ということです。
 兼六園は昔から兼六園で、現在は特別名勝ということです。
 5番の本多の森公園ですが、これも出羽町練兵場として陸軍が利用していたところ、戦後、美大、それから女子短大、それから兼六園球場に使われ、現在、本多の森公園として都市公園として供用されています。
 6番の石川近代文学館は、従来四高であり、戦後、金沢大学理学部となりましたが、備考欄を見ていただきますと、石川近代文学館自体は昭和43年11月、旧四高の図書館書庫を改装して開館したところです。現在の四高本館のところは石川県立郷土資料館として、同じく昭和43年11月に開館しています。60年6月に、この郷土資料館の中に近代文学館が移設同居し、郷土資料館が出羽町に新設の歴博の方に移転したときに、この郷土資料館部分も活用したというか、新装開館して旧四高本館全体が近代文学館となったということで、重要文化財です。
 金沢21世紀美術館ですが、これは平成16年の開館ですが、尋常小学校、金大附属小中学校を経て、現在、美術館ということです。
 県立図書館ですが、従来一中、それから戦後、石川県の厚生部分室などを経て、現在、図書館ということで、4階の一部は社会福祉協議会が使用しています。
 9番、中村記念美術館は一中、金沢市産院と経て、現在、中村記念美術館ということです。
 10番、伝統産業工芸館ですけれども、これは明治時代、金沢博物館あるいは石川県勧業博物館ということでこの地にあったわけですが、昭和34年にここに県立美術館が整備されました。その県立美術館が新たに設置されたことに伴い、旧美術館の構造のままに伝産館として昭和59年に開館しています。
 県立美術館については昭和58年に整備されていますが、兵器支廠であったものが女短を経て現在の美術館ということです。
 12番の県立能楽堂ですが、これは昭和7年に広坂通りに金沢能楽堂が完成し、これが県に昭和46年に寄贈され、47年に現在地です。明治時代は出羽町の練兵場、昭和32年当時は国税局、財務局があった地に移転し、昭和61年に現在の名称に改称したということです。
 13番、藩老本多蔵品館ですが、これも出羽町練兵場であった場所に美大の図書館を転用して藩老本多蔵品館として活用しているところです。
 それから、14番、歴博ですが、これは出羽町練兵場、それから美大という活用がなされたわけですが、現在、石川県の歴史文化を展示するという歴史博物館として、これは国の重要文化財です。
 それから、ちょっとゾーンから外れますが、15番、金沢市民俗文化財展示館ということで、県立二中、紫錦台中学校を経て、現在、生活資料、職人道具の展示がされており、県指定の有形文化財です。
 以上が、施設関係です。
 16番以降は行政関連施設ですが、16番の金沢地方裁判所は、従来から監獄署、地裁ということで国施設。
 17番の商工会議所は名前が変わっていますが、基本的には現在地にずっとあるということです。
 18番の金沢合同庁舎ですが、これは四高、金大理学部と経て、現在、国の出先機関です。
 19番の中央消防署広坂出張所ですが、これも四高、理学部を経て、現在は本部機能が泉本町へ移転したために出張所として配置されています。
 それから、県庁については、御承知のとおり、大正13年に建物が建設され、県庁移転に伴い、現在、広坂の1号館、2号館をそれぞれそこに記載のものに暫定利用しているところです。
 市役所は、従来から市役所ということです。
 22番、金沢城・兼六園管理事務所ですが、これについては、武家屋敷津田玄蕃邸ですが、明治時代の医学館、金沢病院、金沢医学校等々を経て、大正12年に大手町から兼六会館と改称し現在地に移転し、昭和39年に改築して兼六園管理事務所として設置したもので、県指定有形文化財です。
 23番の出羽町分室ですが、これも練兵場、その後、女短であったものを県が取得して、文化財保存修復工房ほかさまざまな団体が入居しているところです。
 24番の旧石川森林管理署ですが、これも出羽町練兵場、国立病院出羽町分院等を経て、平成16年に県が取得し、文化財収蔵庫として活用しているところです。
 25番、石川県社会福祉会館ですが、これは一中、警察学校を経て、現在、県関係としては石川中央保健福祉センターの福祉相談部、中央児相、身障者更生相談所等、それから社会福祉団体としては県社協、県社会福祉事業団、あるいは、その他として県町村会が入居しているところです。
 26番以降その他の施設ということで、丸の内駐車場ですが、従来は明治時代憲兵隊本部であったものが、さまざまな行政機関が設置され、そこを撤去し駐車場ということで、昭和46年に開設しています。
 27番の現石川県体育館ですが、これも憲兵隊本部であったものが、スポーツセンターということですが、これが三八豪雪で倒壊し、体育館に整備がなされたところです。
 28番の兼六駐車場ですが、これは裁判所であったものが北鉄の車庫となり、現在は兼六駐車場ということで県が取得し、駐車場として利用されています。
 29番、金沢市観光会館ですが、これも一中の附属用地が金沢市ガス水道局となり、現在は市のホールということです。
 30番の兼六園広坂休憩所、旧陸軍第九師団長官舎ですが、これも昭和に入って児童会館という使い方もされたようですが、現在、兼六園周辺文化施設を訪れる人のための休憩所として利用されているところです。
 それから、石引分室のうち旧陸軍第九師団司令本部ですが、これは注釈を見ていただくと、明治31年に指令本部として二の丸跡に建設され、戦後、大学が使用していたわけですが、昭和43年に県が取得して現在地に移築し、以後、健民公社が16年3月まで使用していたということで、登録有形文化財です。
 それから、旧陸軍偕行社ですが、これは明治31年に大手町に建設され、明治42年に既にもう現敷地内に移築されています。昭和42年に県が取得し、現在地に少し移築し、公園緑地課あるいは道路公社等が使用し、今は空いているところです。
 厚生年金会館は、出羽町練兵場、兼六園球場と経て、現在、社会保険庁の施設です。
 石引駐車場ですが、これも出羽町練兵場、上水道低区配水池と経て、現在、駐車場として供用されているところです。
 (3) 兼六園周辺文化ゾーン内の主要施設の利用状況について
 資料3には、主要施設の利用状況を一覧でまとめています。
 全般的に言えるのは、平成13年の全国都市緑化フェア、それから平成14年の「利家とまつ」、この2年度についてはさまざまな施設、入館者数なり入場者数なりが増加しているのですが、全般的に言えば減少傾向にあるということです。
 金沢城公園ですが、これは県所有、県直営です。平成16年度で68万人余の入場ということです。
 中央公園ですが、これは国が大半の地面を保有しており、県が無償貸し付けを受けて県が管理する公営ということで、施設管理は県民ふれあい公社に委託しているというものです。
 外濠公園についても、県所有地、国所有地、金沢市所有地とありますが、財務省なり金沢市から無償貸し付けを受けて県が管理しているところです。
 兼六園は、大半が国所有地で、これも無償貸し付けを受けて県直営で管理しています。平成16年度の入園が163万5,000人余となっています。
 本多の森公園ですが、これは大概が県所有地ですが、一部国所有地もあり、県直営で管理を県民ふれあい公社に委託しているところです。
 それから、近代文学館ですが、これは土地は国所有で県に使用許可をいただき、建物も同じで、これを財団法人石川近代文学館へ管理委託しており、16年度の入館者数は1万1,000人余ということです。
 21世紀美術館は、土地、建物とも金沢市所有で、金沢芸術創造財団が運営していると伺っているところです。
 それから、県立図書館ですが、これは県所有地、県所有建物、直営という管理形態で、入館者数はおおむね横ばい。16年度が18万4,000人余ということです。4階部分の一部は県社協が現在使用しているところです。
 中村記念美術館は、土地、建物とも市が所有、財団運営です。
 伝統産業工芸館ですが、これは土地、建物とも県所有の県直営施設です。平成16年度は、入館者6万4,000人余ということです。
 県立美術館は、これも土地、建物とも県所有の県直営で、16年度の入館者数は23万9,000人余ですが、12年度の中国文明展、あるいは14年度のエジプト展、利家とまつ展のときには三十数万人の入館があったということです。
 県立能楽堂ですが、これも県所有の県直営、利用者数は6万人程度でおおむね横ばいということです。
 藩老本多蔵品館ですが、これも県の所有ですが、建物を財団法人藩老本多蔵品館へ無償貸し付けして財団が運営しているということで、入館者数は16年度、1万1,000人余となっています。
 歴史博物館は、県所有の県直営ですが、入館者数は16年度で7万6,000人余。
 金沢市民俗文化財展示館は、金沢市の所有です。4,000人弱ということです。
 それから、旧石川県庁舎は広坂の1号館と2号館のことですけれども、土地、建物とも県所有で、管財課が管理しており、1号館では生涯学習センター、若者しごと情報館、それから2号館では県民エコステーション等が入居しており、16年度で17万1,000人余の利用があったということです。
 社会福祉会館は、土地は県所有、建物は県と県社協の区分所有ということですが、県所有分は県直営ということで、貸し館の利用者数は16年度で2万8,000人強ということで、これが増えているのは、福祉関係研修の集約化や充実が図られたことによるものです。
 丸の内駐車場は県所有で、県民ふれあい公社に無償貸し付けし、県民ふれあい公社が運営しています。16年度は、5万3,000台余の駐車です。
 体育館は、土地、建物とも県所有の県直営です。
 兼六駐車場、これも県所有地ですが、県民ふれあい公社に無償貸し付けし運営ということで、利用台数は兼六園の入館者と同じようなカーブを描いています。
 金沢市観光会館は、金沢市の所有のもので、16年度は12月から3月の改修のために減っていますが、30万人半ばぐらいの利用があるということです。
 兼六園広坂休憩館、旧陸軍第九師団長官舎ですが、県所有の県直営ということで、平成16年度は1万5,000人余の利用です。
 石引駐車場ですが、これは県所有地を社会保険庁の関係団体へ有償貸し付けの上運営されており、11万台余の駐車があるということです。
 (4) 兼六園周辺文化ゾーン内の現状と今後の方向性について
資料4ですが、今後、当委員会においてさまざまな兼六園周辺の文化施設なり、金沢城なり、県庁跡地なり、御議論をいただくと思っていますけれども、現在の県としての今後の方向性がどうかということで、非常に簡単にまとめさせていただいています。
 大きく分けて4点ほど柱を立てています。
 まず、文化施設の活性化ですけれども、文化ゾーンでの主として県関係施設。美術館、歴博、能楽堂、伝産館、藩老本多蔵品館、近代文学館などについて、県民の利便性向上はもとより、県外からの観光客の視点からの魅力向上策など、施設の活性化について具体的な方策を検討していきたい。また、中長期的には文化ゾーン全体での各施設の役割、あり方を検討するということで、この5月に活性化検討委員会が設置され、検討がスタートしています。これは、後ほど森局長の方から御説明があろうかと思います。
 金沢城の復元については、これも今までに何度か出てきましたけれども、平成8年に金沢大学跡地を所得後、10年間で公園の基盤整備や菱櫓等の復元により公園としての受け皿づくりを目指した第一段階はほぼ終了し、新たな第二段階、次のステップに進むこととなったということで、昨年度の平成17年3月に金沢城復元基本方針検討委員会から最終報告書をいただいたところです。
 3番目の旧県庁舎跡地等ですが、平成14年9月の旧県庁移転跡地等検討懇話会提言の知性のゾーン、知的空間、新たな格調高いにぎわいの創出という基本理念に沿った緑豊かな情報の府の実現に向けて、着実に取り組みを進めているということで、その中核的施設である文化情報の総合センターについては、平成17年3月に基本構想をいただいています。現在、旧県庁舎本館南ブロックの利活用策取りまとめに向け、庁内に検討チームを設置し、その利活用策について検討作業を進めているところです。
 最後に、都市基盤の整備ですけれども、辰巳用水や周辺道路、それから中央公園などの再整備について、現状の問題点や課題等を洗い出して、関連施設の整備状況も勘案しながら着実に整備を進めていくというのが現在の考え方です。
◎森久規 県民文化局長 
 (5) 兼六園周辺文化施設活性化検討委員会について
 兼六園周辺文化施設活性化検討委員会等の状況について御報告します。
 なお、総務企画委員会の委員を兼ねている委員には、先日の説明と重複することをお許し願いたいと思います。
 兼六園周辺の文化施設については、近年、利用者が減少傾向にあり、これらの施設の活性化を図ることが喫緊の課題となっています。このために、当面の各施設の活性化策を検討するとともに、中長期的な観点からのゾーン全体での各施設の役割やあり方について検討を進め、活性化策を取りまとめたいと考えていて、このたび検討委員会を立ち上げたところです。
 委員については資料5の右ページに記載のとおりですが、景観や美術、情報文化等の専門家に加えて、経済界など幅広い分野からなる県内の有識者に行政も加えた12名で構成しています。まず、当面の各施設の活性化策から議論を進めることとしており、年内に5回程度開催し、秋ごろをめどに中間報告を取りまとめたいと考えています。そして、できるものから対応していきたいと考えているところです。
 先週の月曜日に開催した第1回の検討委員会では、美術館等の文化施設の現地視察、それから県からの兼六園周辺文化施設の概要説明、その後、御意見をいただいたところです。
 各委員の主な発言内容ですけれども、3の(3)のところに記載してありますが、都市の活力を生み出すという考え方から、兼六園周辺文化ゾーンについて、時代の変化を踏まえ活性化策を考え直すことは意義のあることという御意見であるとか、文化施設に求める客層の傾向、好みが変化しており、遊び心、体験的な要素、食べる楽しみといった要素も付加すべきという意見もありました。
 それから、金沢市の文化施設も含めた施設間の連携が重要というような意見を金沢市の方からいただいています。
 この地域には、明治、大正の施設が集積しており、その時代を強調して展開することが全体の魅力アップにもつながるのではないかというふうな御意見もあり、大変活発な意見がありました。今後の委員会で、さらに議論を深めてまいりたいと考えています。
 次に、お手元の別冊資料、兼六園周辺文化施設の概要という資料をご覧いただきます。
 この資料は、今ほどの活性化の検討委員会、それから先週の総務企画委員会において御説明した資料と同じものです。今ほどの企画振興部長の説明と若干重なる部分がありますけれども、この資料により、兼六園周辺文化施設の現状についてその概要を御説明させていただきます。
 まず、資料1ページ、石川県立美術館ですが、施設の目的のところに記載しているとおり、昭和34年に現在の石川県立伝統産業工芸館のところに開設し、昭和58年に機能、設備、規模をさらに高めた現在の美術館を開設したものです。
 現状のうち、施設の概要、管理運営、主な収蔵品等については資料に記載のとおりです。
 現状の4、入館者の推移についてですが、エジプト展、利家とまつ展等の話題性のある大きな企画展を開催した年は大変大きく伸びていますが、総じて減少傾向にあります。
 3の課題ですが、開館から約20年が経過し、設備の老朽化等に伴う改修に向けた検討、入館者の増を図るための方策、駐車場の確保、隣接する広坂休憩館の活用などがあると考えています。
 こうした課題に対応するため、最近の取り組みとして、今年度予算に改修リニューアルに向けた基本設計費を計上しているところです。入館者を増やすための方策としては、広報活動の強化や、先月開催された現代美術展において、開館時間の延長等を試行し、利用者の利便性向上に努めているところです。また、駐車場の確保についても歴史博物館との連携を進めているところです。
 石川県立歴史博物館ですが、旧陸軍兵器庫として古いものは明治42年から建築、使用されてきたものです。戦後は昭和47年まで金沢市立美術工芸大学の校舎として使用されていましたが、大学の移転を機に県が取得し、郷土資料館が手狭になったということもあり、歴史博物館として復元、保存工事が行われ、昭和61年10月に開館したものです。入館者の推移については、美術館同様減少傾向にあります。
 課題については、入館者数の減少等が課題となっています。現在、入館者数の増を図るために、季節ごとの特別展の開催や広報活動の強化等に取り組んでいるところです。
 6ページ、能楽堂の隣にある旧県庁舎の石引分室ですが、これもかつて旧陸軍の司令部庁舎及び偕行社として利用されていた施設です。旧第九師団の司令部庁舎については、金沢城の二の丸跡地に明治31年に建設されたものを昭和43年に県が購入し、現在地に移築。もう一つの旧陸軍偕行社については、金沢市の大手町に明治31年、将校の集会場として建設されましたが、明治42年に現在の敷地内に移築。昭和42年に県が購入し、現在地にさらに移築したものです。
 本年度当初予算には、歴史博物館の分館としての整備のための予算を計上していますが、その利活用について、兼六園周辺文化施設活性化検討委員会においてさらに検討工夫をしていくというふうにしているところです。
 7ページ、県立能楽堂ですが、目的のところにあるように、金沢市役所の拡張による金沢能楽堂の移転を機に、能楽会が舞台を石川県に寄贈し、昭和47年1月に石川県立能楽文化会館として、これは公立では全国最初の能楽堂ということですが、そういうことで開館したものです。61年4月には県立能楽堂と名称変更もしています。入館者の推移については、総じて減少傾向にあります。
 課題としては、冬場の稼働率が低いこと、能楽愛好者の拡大及び若手能楽後継者の育成等があります。このため、現在、自主事業を積極的に実施し、能楽愛好者の底辺の拡大に取り組んでいるところです。
 9ページ、藩老本多蔵品館ですが、加賀藩の大年寄、筆頭家老ですが、加賀八家の中で最も高い石高、5万石を領した本多家に伝わる武具、馬装具、調度品等由緒ある美術工芸品及び歴史資料を展示公開しているもので、昭和48年6月に美大の旧図書館を転用し、開館したものです。
 入館者の推移ですが、ここ2年ほど減少幅が大きい状況にあります。課題については、広報活動の強化、誘客活動の促進、施設、設備の老朽化で、現在のところ歴史博物館との連携による企画展の開催とか、屋敷跡探訪等の新企画も実施することとしているところです。
 11ページ、石川近代文学館ですが、本県ゆかりの文学者たちの著書、原稿、遺品、愛蔵品等を収集、保存、展示する施設として昭和43年11月に旧四高の図書館の書庫を改装して開館したもので、その後、旧四高の本館施設を使用していた旧郷土資料館が歴博として出羽町に移転したことに伴い、この旧四高本館施設を利用して昭和61年10月25日に新装開館したものです。
 入館者の推移については、減少傾向となっていますが、展示内容の改善、広報活動の強化等も課題となっています。現在、ミニ企画展の実施などに取り組んでいるところです。
 13ページ、観光交流局所管の県立伝統産業工芸館ですが、昭和34年建設の旧県立美術館が昭和58年に現在の地に移転改築されたことに伴い、本県が誇る伝統工芸品を展示する石川県立伝統産業工芸館として昭和59年1月に開館したものです。こちらも入館者の減少傾向が続いていましたが、昨年度、平成16年度は兼六園入園者へのPR効果等から少し持ち直している状況です。
 課題については、広報活動の充実や入館者増のための方策、学校教育での利活用の検討などであり、現在、入館者増の方策として特に兼六園入園者の取り組みに向けた方策等に力を入れているところです。
 15ページ、土木部が管理している広坂休憩館については、大正11年に旧陸軍第九師団の師団長官舎として建てられ、戦後は米軍将校の官舎、家庭裁判所、児童会館、野鳥園などとして使用されてきましたが、昭和63年に全面的な改装を行い、平成元年4月、広坂休憩館として開館したものです。
 現在、兼六園を訪れる皆様の休憩所として、また兼六園に関する資料展示館として利用されており、入館者の状況は記載のとおり、減少傾向ということです。
 旧津田玄蕃邸ですが、加賀藩の家老津田玄蕃、これは加賀八家のほかに1万石以上の石高の重臣が四家ありましたが、その一つ津田家の武家屋敷として、宝暦の大火の後に金沢市大手町に建てられたものです。
 その後、医学館、金沢病院、乃木会館として使われましたが、大正12年に兼六園へ移転され、昭和39年に改築し、兼六園管理事務所として使用してきたものです。平成14年から金沢城・兼六園管理事務所の分室として、事務室、作業員室、警備員の詰め所等として使用しています。
 以上、文化施設の概要を御報告しましたが、今後、検討委員会の意見や当特別委員会を初め、議会における御議論などを踏まえ、活性化策の検討を進めてまいりたいと考えていますのでよろしくお願いいたします。

(質疑応答)
◆福村章 委員  きょうは第1回目ですから、提言やそういうことはしませんが、説明に対して幾つか聞いておきたいというか、さらに資料を出してほしいというか、そういうものを幾つか申し上げておきます。
 大体、総じて入場者は減少傾向にあるわけですし、それから大体60年ごろ開館したものが多いわけで、20年経ってさらに今から人を増やすためには、そんなことをしても余り増えないと思いますが、お金をかけてリニューアルしていかなければならないというようなところへ来ているのではないかと思っています。
 1つ目の資料は、入場者数とか歴史とかあるのですが、それぞれの施設に対して、お金は幾らかかっているのか。これを検討していくためには何でもかんでも続けていけばいいというものでもないだろうし、人が入らなければお金をかけてということもないと思うので、費用対効果をこの際に検討すべきである。
 特に、ずっと聞いていますと、何か昔の建物だから残さなければならないということで、余り大したことのないものも分散し過ぎているから、観光バスも来ないしお客が減っていくということになっているのではないかと私は思っていて、一体費用対効果はどうなっているのか。
 一つは、これまでに施設にかけたお金。それから、単年度でそれを維持管理していくために幾らかかって、幾ら収入があるのか。この費用対効果というものを一遍、洗いざらい出してほしい。これが一つの要望です。
 もう一つは、今も説明がありましたが、偕行社についてです。ことし当初予算で改修予算がついているわけですが、これは懇話会もありますし、この委員会もありますが、全体としての文化ゾーンの方向性が出ない間は凍結するのですか。
 結論が出ないうちに、また偕行社を、バタバタと今までみたいなやり方で手を入れてしまうと、全体計画ができて後戻りができないという意味では、予算はついていますけれども、全体計画が出て、この偕行社をどう活用していくのか、いかないのかという結論が出るまで、これは当分凍結をされる予定なのかどうか。この2点について、まずお伺いします。
◎稲岡伸哉 企画振興部長  1点目の話については、私からお答えします。
 そういった財政的な問題も大きな課題であろうと思っています。次回の委員会には、そういう資料を何らかの形でつくってお示ししたいと思いますが、ちょっと建設費は相当昔のものなどはわからない部分も多少あるかと思いますので、そこは可能な範囲で対応し、運営費の方は現行予算などきちんと出ると思いますので、整理してお示ししたいと考えています。
◎森久規 県民文化局長  石引分室の御質問ですけれども、当初予算では石引分室2棟が空き家になったままということでは具合が悪かろうということで、建物の傷みも進むということが懸念されることもありましたことから、当面、石引分室に近接している歴史博物館の分館として活用するのはどうかということが好ましいのではないかという考え方で当初は予算の整理もさせていただいたところですが、具体的な予算の執行に当たっては、当初議会での御議論も踏まえ、利活用策をさらに工夫をしていくということから、先ほども申し上げた活性化検討委員会の中で検討をいただくことということにしたところで、よくよくこれから検討を進めていただくというふうに理解しています。
 今後、検討委員会での検討の推移とか、この特別委員会の審議の状況等を踏まえながら検討を進めていきたいと思いますが、ただ傷みがひどい部分もあるので、当初計上した予算を全く凍結ということではなく、補修しなければならないところは執行させていただかないと困るのではないかと思っているところです。
◆福村章 委員  資料は出していただきたいと思います。
 今の話ですが、今日まで偕行社をそうしてきたのですから、恐らくこの結論も2年も3年もかかるわけではないので、懇話会にしても、特別委員会にしても、年度内には何らかの方向性が出てくるのだろうと思いますから、何十年も待ってきたものをもう半年や10カ月待てない、修繕しなければならないところあるというが、それはよほど雨漏りでもしていれば別ですが、そんな理屈は何もない。それをやることによって、方向性が出たらまたそれを壊さなければならないのか、変えなければならないのか。手戻り工事になる可能性が非常に強い。
 だから、もう半年や1年、よほど雨漏りとかそんなことあれば別ですが。それ以外はぜひしばらく凍結をしてほしいと思いますがいかがですか。
◎森久規 県民文化局長  おっしゃるとおりで、雨漏りとかそういう傷んだところという意味であり、全体としては、やはり様子を見てしばらくは推移を見守りたいと思っておりますので、よろしくお願いします。
◆小倉宏眷 委員  今、いろいろと説明を聞いたのですが、これは兼六園周辺をどうやってこれから整備するのか。昭和56年に提言されていますが、これを踏襲していくのか。あるいは新たに、時代が変わってきていますので、もう、56年から、二十五、六年経っています。時代も相当変わっています。その中間、軍の施設もあった。その時代に応じて、いろんなものが変わってきている。現在もまだ石引分室とかという県の分室なども周辺には存在している。こんな施設を大事にしていくのかどうか。
 とにかく、将来この兼六園周辺というものをどうするつもりなのか、その提言を執行部としてどのようにして考えているのか。
 そして、この検討委員会も、この文化施設活性化と、文化施設というものをどこまで残すのか、どれを廃止するのか。今、修理をしなければならないというような話もありましたけれども、その周辺をどうするのかというその内容によってこれは要らないものは切らなければならないし、要るものは残さなければならない。こういうことも考え、まず大目的をどうするのか。そういうものは、何か説明を聞いていても、今までこうだった、ああだったというだけで、これからどうするという話が何も執行部としての意見もないわけですが、みんなの意見を聞いて決めるのか、一体どうするつもりでいるのか。
 それから、何かいもり堀でもつくるのか、つくる方向にあるそうですけれども、今、福村委員の費用対効果。あの池をつくって費用対効果というものはどれほどあるのか。大体、あれは運営が物すごくかかると思うのです。あのどぶ池みたいな今の大手堀。金沢市が大手堀を管理運営していますが、ドボドボの、あれが喜んで見られるような堀なのかどうか。それを今から浄化して何とかしたいと最近新聞に出ていましたけれども、ああいうぐあいに、堀をつくっても、その管理運営は、きれいな水の流れで、皆さんが眺めても、きれいなものにしなければいけない。
 それから、あの金沢城の下の周辺は、金沢市が管理しているのですから、そういう金沢市と県とのいろんな管理運営上のけじめが、どの辺にどうあるのか。その辺が何かすっきりしていないのではないか。そんな気がして、まず金沢市と県とはどうするのか。その検討委員会にも助役だけがメンバーに入っているので、それでいいのか。その辺をどう考えているのか、一遍お聞きしたいと思います。
◎稲岡伸哉 企画振興部長  まさにこの地域をどうしていこうかということが今、課題になっているというか問題になっている。それを我々も考えなければならないし、当委員会でも審議がなされるのではないかと私は受けとめていますけれども。
 基本的な考え方は、先ほどの58年の報告でも触れてありましたが、当地域が石川の顔であり心である。ここが緑豊かで、そして文化的な施設の集積を図っていく、基本的にはそういう大きな方向でこれまで県としては取り組みを進めてきたところですし、基本的にはそういった基本線というのが変わらないのではないかと思いますけれども、本日、第1回目の委員会ということで、これまでの当ゾーン内の施設の経緯であるとかそういうものを中心に御説明を申し上げたところで、今後、この資料の4で現在、大きく柱としては4つあって、文化施設の活性化と金沢城の復元整備、それから旧県庁舎等跡地、それから都市基盤の整備と、こういうものについて大まかな県としての方向性というものをお示ししたところで、今後、こういうものの肉づけ作業を県としても行っていきたいと思っていますし、委員会でも御審議をいただきたいと考えているところです。
◎岡田稔 土木部長  いもり堀の復元に関して御質問がありましたので、お答えします。
 いもり堀の復元については、本年の3月に金沢城の復元基本方針検討委員会により、城の外周部の城郭景観の向上を図る上で非常に効果的な復元の範囲や段階的な復元手法について具体的に進めることが望ましいという報告を受けたわけです。
 その中で、特にいもり堀については、今後、城郭景観のうちの大きな要素をなす堀ですので、この復元の可能性というか、復元には水堀が一番望ましいのではないかという御意見もいただいておりますので、今後、検討委員会を設けて、具体的にはテニスコート跡地での段階的な復元について庁内で検討チームをつくり、また専門家のアドバイスを受けながら今年度に検討したいと思っています。
 その中で、先ほど委員が言われたように、いろいろな整備をしていく中で一番大事なのは、やはり整備費を含めた管理費といった中での費用対効果ということも念頭に置きながら、できるだけコストの縮減ですとか、効果の発現の仕方等も含めて取り組んで検討していきたいと考えているところです。
 それからもう一つ、関連する施設。いわゆる金沢市と県のいろいろな施設の金沢城周辺の管理とか、取り組みがどのようになっているかという御質問でしたが、金沢城公園という概念の中には、厳密に申し上げると、その計画区域の中に、昔でいう金沢大学移転跡地と、それからその周辺部の通称外周部の外濠公園と言っているわけですが、大きく言うと2つがあります。
 この金沢大学移転跡地は、県で当然管理しているわけですが、外周部の外濠公園については、金沢市が管理している百間堀に面した沈床園とか、そこから直角に入る白鳥路、あるいは先ほど意見がありました大手堀というようなところを市が管理していますし、それから残りのいもり堀とか県の体育館側の外縁部については石川県で整備を進めてきているわけですが、県と市は常に、その管理区域がたとえ違っても、例えば樹木の管理であるとか、雨水、排水対策に常に相互に連携を図りながら一体的な公園としての維持管理に努めているところで、今後とも密接な連携を図りながら取り組んでいきたいと思います。
◆小倉宏眷 委員  今、部長が言われた、市と県との連携が本当にうまくいっているのか、私は心配である。
 仮に、言ってみれば21世紀美術館も市が勝手に建てた。県立美術館があるのにまだ美術館を建てるのかという思いもあったはずです。
 ですから、何を管理する上においても、いもり堀というのは金沢城の下なのでしょう。県の地面だから県がすると。金沢城の下の方はぐるりと回って大方は市が管理している。県の用地だけを県がする。そんなことをしていて本当にうまいこといくのか。
 それから、いもり堀をつくるにしても、辰巳用水の整備とか、鞍月用水とか。とにかく水というものは物すごく必要になってくるのです。そういったことをどう考えているか。いもり堀を史実に基づいてつくると言っていますが、そうした場合にどれほどの費用がかかって、どれほどの運営費がかかるのか。そういったものも詳しく出して、これをつくることによって一体どれだけの人を集めることができるのか。そういうことももう少し考えて提供をしていただかないと、「こんなものをつくって」と後から言われるようでは、私はいけないと思う。
 それと、大まかに見てみると、人を集めるときには駐車場が要るのです。その駐車場などもどこにどうつくられるのか。これが一つの大きな問題点に私はなってくると思うのです。
 だから、活性化委員会がどのように考えているのか。大局的にはどうやってこの周辺を整備するのかどうか。究極の目的は、大きな森をつくるのか、あるいは今の施設を大事に守っていくのか。こういったところを十分に検討していただかないと、活性化検討委員会で活性化といっても、活性化というと人を集めることなのでしょう。ですから、人を集めなければだめだというと駐車場も要るだろうし、人を集めるような施設も要るだろうと、こうなってくる。
 それよりも、昔から天下の名園と言われる兼六園を中心にして緑豊かな森をつくるということであれば、そういう施設を余りつくってはいけないのではないか。そういう考えも私は出てくるだろうと思うのです。そうなると、森をつくって人が集まるのか。活性化につながるのか。
 そういうことで、いろいろ検討しなければならない。費用対効果も考えなければいけない。今の検討委員会の人たちは、費用対効果など果たして考えているのか、そういうような気がします。
 それらについて、これからどのようにして検討委員会をやっていくのか。執行部の考え方というもの、金沢市との連携、これが私は大事なのではないかと思います。その辺についてもう少し部長の考えをお聞きしたいと思います。
◎森久規 県民文化局長  活性化検討委員会のお話がありましたので、その点について御答弁させていただきます。
 活性化検討委員会ですが、当面は、各施設で今利用者が減っているという状況を踏まえて、当面できる活性化策としてどんなことがあるのかという御意見をいただきたいと思っており、その点については秋ごろまでをめどに中間報告という形でまとめていただきたいと思っていますが、あの辺のゾーン全体での中長期的な施設の役割とかあり方については、個別の施設に限定するのではなくて、ゾーン全体のイメージを含めた御意見をいただきたいと思っていて、その各施設の果たすべき役割、あるいは新たな施設、個別の施設をとってみれば新たな企画とか関係の施設との連携のあり方ということもあるでしょうが、全体としての周遊性の確保とか、いろんな関連したことも全部含めて御意見はいただきたいと思っているところです。
 そうした御議論を踏まえて、もし今年度中にまとまらなければ、来年度にまたがって御議論をいただいた方がいいのかというふうにも考えているところです。
◆小倉宏眷 委員  もう一つ聞きますが、兼六園とか白山とかを世界遺産に登録するという運動がある。それに対して県も若干補助している。本当に世界遺産として認めてもらおうとするときは、世界遺産ということになれば相当な整備をしなければならない。どういうことをすればいいのか。こういうことも考えられるのですが、白山も含めて、世界遺産について県は積極的に取り組む姿勢があるのかどうか。
 しかし、白山などを見たら、富士山でさえ世界遺産にまだなっていないのに白山がなれるのか。やはり世界に誇れる施設でなかったら、世界遺産は、日本に誇れてもだめなのです。それよりも、千里浜海岸の方がよほど世界一と誇れる。世界中に2つか3つしかない。兼六園などは、日本に誇れる遺産です。
 果たして、世界に誇れる遺産にするときにはどうすればいいのか。考え方をお聞きします。
◎岡田稔 土木部長  先ほどいもり堀の水質浄化とか駐車場の御質問がありました。それから費用についてどういうふうに積算なりをしていくのかという御質問がありましたので、それについて先にお答えしたいと思います。
 まず、いもり堀については県庁の中で検討チームをつくりましたが、その中で全体復元の可能性、それから当然史実とのかかわり合いを考えながら、魅力アップ向上策ということであの中に鯉口櫓台という石垣がありますので、それらをどう見せて魅力アップにつなげるか。
 それから、先ほど委員が言われた、水堀としたときの水の管理ですが、この水をどこから引いて、あるいは水質が悪化しないような方策にどのような手法があるのか。そういうことについても、水の補給も含めて、水の流れということについても十分今から吟味して検討していきたいと思っています。
 また、いもり堀を見ていただく方々への駐車場の場所とか、あり方とか、そういうことも含めて検討します。
 そういうトータルの中で費用を算出して、今後とも、できた段階でお示ししたいと思っているところです。
◎佐藤康夫 教育次長  世界遺産の登録については、国の方から、登録物件が非常に厳選される傾向に現在ある。それから世界的な価値が必要で日本の価値基準は必ずしも世界に通用しない、これは小倉委員が言われたとおりです。そういうような御意見を今ちょうだいしているところです。
 ただ、兼六園、金沢城、これは私どもが日本全体に、そして世界にも誇るべき、私どもは誇りを持ってそういう文化財というふうに受けとめています。
 そういう意味で、当面、これらの文化財の付加価値を高めるために、手厚い保存管理、それから周辺整備、そういうことを進めていく必要がある。また、庁内でもそういう形でワーキンググループを設置しており、いろいろ他県の取り組み事例とか情報収集、いろんな形での条件整理、どのようにしてクリアできるのか、現在そのような研究を進めているところです。
◆福村章 委員  きょうは資料の説明と午後の視察ということにして、委員会の進め方に対する意見ですけれども、今後、あちこち飛んでいてもなかなか議論にならないので、焦点を絞って一つずつやっていくことにしたらどうか。幸い、資料4に出ている4つの項目があります。これを順次一つずつ絞ってやっていく。今後、そういうことにしたらいかがか。
 そうしないと、県庁跡地の問題に行ったり、白山に行ったり、あっちに行ったりしていてもなかなか焦点が絞られないので、今後、そういうふうにして4回やって、もう一回最後に締めをして、四、五回の委員会ということにして、次から本格的な議論に入ることにしたらどうかと思いますが、いかがですか。
○下沢佳充 委員長  今、福村委員から御提案がありました。
 言われるとおり、施設だけでも20あるのか30あるのか知りませんし、果てはいろんな議論が大事なわけですけれども、今、世界遺産の話も出ました。
 通年、特別委員会は大体3回しているのか、4回しているのか。とても議論はし尽くされないと思います。
 この資料4におけるところの4つの項目がいいのか、そこもまた議論があるかもわかりませんが、基本的には私はテーマを絞るということには賛成です。今、この場でこれは1、2、3、4にするかどうか、これは検討を要するかわかりませんけれども、基本的には絞るべきだと思います。
 一応、今、福村委員から委員会の皆様にお諮りしますけれども、福村委員のいわれる、この4つ。したがって、この順序でいくかということをもう一遍考えなければいけないのかもわかりませんが、基本的に書いてある順序でいくと、第1回というか今回は現状の認識と視察。第2回に関しては、この第1の文化施設の活性化について、第3回委員会については、金沢城復元について、第4回委員会については旧県庁舎跡地について、第5回目には都市基盤の整備についてということに絞ってよろしいでしょうか。
 順番は、場合によっては変えなければならないですが、これは中間報告等があればまた変える。
◎稲岡伸哉 企画振興部長  その進め方については委員長の方で整理いただければと思いますが、順番等については、こちらの左右の進捗状況等もありますので、そこはまた御相談をさせていただければというふうに考えております。
◆米澤賢司 委員  今の福村委員の提案について私も賛成します。今、委員長もまとめる方向ということです。それはぜひ進めていただきたいと思います。
 ただ、我々の兼六園周辺整備特別委員会というのは、その範囲をどうするかという話です。
 先ほどの資料の中で、昭和56年のときは文化ゾーンの範囲というのは中央地区と、それからその周辺地区という言葉になっているわけです。周辺地区になると1キロメートルもなくて、都市計画まで本当にきちんと議論をするのかどうか、そこら辺はどうするのでしょうか。そこも一度絞り込みをしておかないと、例えば都市計画道路をどうのこうのという話も出てくると考えられるのですが、そこもお諮りいただきたいと思います。
○下沢佳充 委員長  今、米澤委員からお話がありましたけれども、恐らく今広義の意味で言っているという認識よりも、狭義の先ほど引っ張ったところを言っているという認識の方が強いと思います。
 その辺は、皆さんいかがでしょう。認識はどうでしたか。
 例えば、広い意味で先ほどの赤線を引っ張ったところだと私は思っていましたし、今いわれるように広い意味で兼六園文化ゾーンというと、その場所でいうとどこになるのか、野町広小路までということも考え得るわけです。
 その辺は、皆さん、赤線範囲内ということで認識をいただきたいと思います。
◆中川石雄 委員  特別委員会は何回開催するのか。
○下沢佳充 委員長  大体、4回開催しているのが多いと思いますが、去年などお聞きすると、公社・外郭団体のときは7回やったそうですが、おおむね4回、5回ということなので、別に7回開催してはいけないということではないと思います。
◆木本利夫 委員  私も区域的には、赤線の内でいいと思いますが、ただ21世紀美術館が入っていませんので、厳密に言わずに少しその横ぐらいまではいいかというふうに理解しておりますが。
 もう一つ、資料を出していただきたいのは法規制です。この地域に一体どういう法規制があるのか。絵にかいたもちを幾らかじっていても始まらないわけで、いろんな具体的な議論になってきたときにはいろんな規制等が、文化財の指定のものがあれば、風営もあれば、風致地区もあればいろんなものがある。
 例えば、我々はNHKの移転のときに非常に恥ずかしい思いをしたのですが、いよいよになったらテレビ塔が建てられないということがわかってきたようなもので、できるだけそういうものがあれば事前に認識して議論しないと、ちょっと非現実的なことに時間が取られることになると思うので、まず今の中央地区に限定してどのような法規制があるかとかいうことをお願いしたいと思います。
 それともう一つお願いですが、今のこれ見ていますと、いずれももともとここにあった建物もあるのですが、いずれかの時代にここへ移転してきたという建物もあるわけです。そういう意味では、集積度、先ほど福村委員が言われたように足らないという気もしますので、このことは可能なのかどうか。
 例えば、金沢市内の明治以前に建てられたような建物がどの程度あるのかというようなものもわかれば。私の知っているところでも、幾つか道路に引っかかって、足軽、小頭の大事な家だったけれど結局なくなってしまったとかというふうなことも聞くものですから、そういういい建物があり、いい施設があれば、やはり文化ゾーンで活用できないかということも出てきますので、可能な範囲で古い市内の建物を、わかる範囲で教えていただきたいと思います。
○下沢佳充 委員長  それでは、意見を集約しますと、まず範囲については、基本原則は赤線で、隣近所は認める。原則赤線以内ということ。
 それと、開催の方向については、この4テーマで順番は問わないけれども、順番は必ずしもこのとおりかどうかは別として、基本的に今後4回はこのテーマに沿ってやって、あとは必要性を見て、委員会の開催回数でいうと5回目、6回目になるのでしょうか、そのように行うということでよろしいでしょうか。
○下沢佳充 委員長  それでは、その方向で進めていきたいと思いますし、今の木本委員の意見も執行部は大いに参考にしていただいて対応していただきたいと思います。幾つか資料の提出の案件もありましたので、お願いしたいと思います。
◆庄源一 委員  委員会のあり方と運営ですが、今委員長が言われたことに基本的に了解ですが、この検討委員会が行われるわけです。そうすると、この周辺文化ゾーンの検討というのは、これは相当大変なことだと思うのです。県庁の移転だけでも何年もかかった議論がありましたから。
 委員会を開催する場合に、私は検討委員会に要望と言いますか、要するに検討委員会も全部をやるのでしょうが、できれば、どこか地域的なところを限定されて検討していってもらう。要するに、5回やって秋ごろにまとめられることですが、それが出てから本当は検討しなければならないということもあるわけですが、それから、部分的に中間報告が出るわけでしょうから、その中間報告が出る部分とこの委員会の議論をかみ合わせた方がいいのではないのか。それに対する検討委員会のあり方も、県のこの委員会の検討の流れに歩調が合うような検討をしていただいた方が議論がかみ合うのではないかと要望します。
 もう一点、きょうこの説明の中に対する質問ということで、ここに県立美術館の問題があります。今年度基本設計費で500万円が組んである。設備が老朽化して、確かにこの建物も、普通設備というのは専門家に聞くと13年ぐらいで設備は壊れるそうですから、修理も部品がなくなって新たにつけなければならないという状況の中で、県立美術館も22年経っているわけでしょうから、そういうことが設備老朽化に伴う改修への対応ということで、基本設計費を計上されています。
 今年度から来年度にかけて実施設計、工事費を要求して、平成20年にリニューアルオープンとなりますが、当然、これも今ここで検討していくわけですから、県立美術館も。21世紀美術館ではもう既に90万人の来館者が来ている。一方、県立美術館は本当にわずか、むしろ減少傾向にある。
 当然、この美術館のあり方についてもこの中で大きく検討をしていくだろうという意味では、ここの予算が組まれているわけですが、こういうのも当然連動し、場合によっては、福村委員も言われたが凍結も考えながら進めていくということも検討する必要があるのではないか、この点についてもお聞きしたい。
◎森久規 県民文化局長  美術館ですが、委員が言われたように、昭和58年に開館して現在21年が経過している状況です。そうした長年の使用により配管等の設備が非常に劣化している。それから、それに対して早急な改修が必要だという状況です。
 それからもう一方で、収蔵品が年数経つにつれてどんどん増加しており、収蔵スペースが不足しているという状況もあります。
 こうしたことから、当初の予算においては、設備の更新とか収蔵庫の増築というようなことを主体とした改修を計画して、基本設計費を計上したところです。
 ただ、その実際の運用等に当たり、リニューアル検討委員会を設けており、3月から立ち上げて議論を進めています。
 今ほど庄源議員からお話がありましたように、実施設計とかあるいは今後の工事、2カ年ほどの工事をかけて20年にオープンしたいというような当初計画でおりますけれども、全体の外観をどうするかとか、それから施設そのものがどうかというふうな話については、これからの議論を待たなければならないと思うのですけれども、その設備がもう老朽化していることについて、いつまでも放ってはおけないのではないかと思っており、リニューアル検討委員会の意見等も参考にしながら、今、土木部とも協議を進めている状況ですので、全く凍結でいいのかという、その辺は皆さんの御意見も参考にしながら検討していきたいと思いますけれども、そういう状況であることを御認識いただければと思います。
◆庄源一 委員  その設備の費用の問題もでてくると思うのです。要するに、リニューアルオープンになれば、全面的に改修になったら莫大な費用がかかるのではないか。何十億円とか、何億円で済むでしょうか。その予算も含めた問題が出てくるのではないかという意味では、せっかく検討委員会もできて周辺整備特別委員会が議会にもできた。この意見を受けることが大事ではないのかと思うのですが、それは予算の規模によります。
◎森久規 県民文化局長  確かに言われるとおりで、将来のビジョンも持たずに何十億円もかけることがどうかというような御議論が当然あるわけでして、その点も含めて、私の今現時点では、美術館というのは非常に県内あるいは県外も含めて格調の高いその美術を、県にとっても非常に文化継承の拠点としての機能を持っていると思っておりますし、それから本県ゆかりの作家の作品を主に収集、展示しているというコンセプトもありまして、21世紀美術館が現代の美術品を展示するというものと基本コンセプトを若干異にしているところもあります。
 その辺は、どこかに移ればいいとか、それから全面的になくせとかいうことはありえないのではないかと思っており、基本的にはあそこは保存継承していくべきものではないかというふうに思っているところです。
 ただ、今ほどの活性化委員会というのは、どちらかというと文化施設を対象にして、メーンにして議論をしていただくというふうには思っており、こちらの特別委員会はさらに金沢城とかもっと幅広く分野がさらに広がっておりますので、その辺は今論点を整理して順番に議論をしていくということですので、私どもの部分はその文化施設の方を持たせていただくと、そんなふうに理解していますけれども、よろしくお願いしたいと思います。
◆盛本芳久 委員  ちょっと話が広がるかもしれないのですが、緑とか森とかというそういう観点でいうと、この地区には本多の森とか、それから金沢城公園の中に旧の金大の植物園だとか、そういういろんなところがあるのですけれども、そこら辺の生態系がどうなっているのかとか、あるいは動植物の状況がどうなのかという、学術的な価値があるのかどうか。
 それから、環境という面において、残すとか、削るとかという、いろんな議論が出てくると思うのですけど、その辺のバランスも考えていかなくてはならないと思うので、その辺の動植物の生物学的な何か資料というか、そういうものも見たいと思っているのですが、これは要望なのですけれど、そういう資料というのは出てくるでしょうか。
◎岡田稔 土木部長  ただいま盛本委員が言われたように、金沢城から、それから本多の森、それから小立野台地、さらに山の方に向けて都市空間の中で非常に大きな緑の空間が連続してあるという意味では、非常に貴重な空間を確保しているということは我々も認識しているところです。
 それで、今、委員が言われた面での学術的調査の資料があるかどうかについては、今、この場ではすぐにお答えはできないのですが、それを調べて、あるものであればまたこの場で御提供申し上げたいと思っています。
◆米澤賢司 委員  先ほど方向性を決めて、4つの項目でという話が出たのですけれども、ほかの質問はこの次にしますけど、一つだけ確認しておきたいのは、けさの新聞にも鉛水干師とか、穴より大工の言葉も出ていました。そういうような職人の方が匠の技をどんどん進めていきたいということで、石川門の改修ということ。これは本会議の場でも取り上げさせていただきましたけれども、ことし4月ですか、改修については文化庁の年度内の工事が非常に着手は微妙であるという報道があったわけです。
 それは昨年、台風、それから地震などで文化庁の予算も大分そちらの方にやりくりをしなければいけないということで、石川門の改修も非常に難しいということが出ていましたが、今現在の補助採択というか、そこら辺はどうなっているのか、動向だけお聞かせ願いたいと思います。
◎佐藤康夫 教育次長  石川門の改修については、実は50年ほど前に大改修をしておりまして、かなりその後、手を入れていませんので結構老朽化が進んできています。そういうことで、私どもも早急にこれの修理を行う必要があるということで文化庁の方に申し上げてきました。
 委員が言われたとおり、昨年、台風や地震が発生して、文化財の補修経費というのは16年から17年に、結構増嵩しており、こちらの方へ回ってくる予算がなかなかないという話を当初いただいています。
 ただ私どもは、この石川門は非常に重要で貴重な文化財ですので、早急にこれを修理してほしいということで、文化庁の方に対して再三申し上げております。再度、文化庁の予算は何回かに分けて内示が入ってきますので、次の内示に絶対にのせてほしいという形で追加内示を要望すべく今現在準備中です。もしそれがいただければ、早急に年度内に工事着手という方向に入りたいと考えています。
◆米澤賢司 委員  大変厳しい状況の中にあるわけで、先ほど匠の技を持っている職人の方々という話をしましたけれども、石川門の改修、そうすると少しまた自分たちの働ける場ができるということで、大変楽しみに待っているという言い方は語弊がありますけれども、期待をしている部分が多いです。
 そういう意味では、教育委員会も精いっぱい文化庁に補助採択になるように働きかけをよろしくお願いします。
○米光正次 副委員長  きょうは第1回目の特別委員会ということで、今後、5回ないし6回この委員会を設けるというようなことが委員長の方から話があったわけですけれども、この際、検討委員会も同時に進行されていくものと思うわけですけど、先ほど庄源委員から中間報告的なものをお聞かせいただきながら、この当委員会と整合性的な役割をしていったらどうかというような話もあったわけなのですけど、我々の任期は、1年間この特別委員会の任期ということで、この検討委員会の委員の皆さんの任期は何年ですか。やはり我々と一緒で来年3月いっぱいということですか。
◎森久規 県民文化局長  要綱上は任期を定めていませんが、必要な期間ということであり、来年度にまたがって必要な、来年度中には最終報告書はまとめたいという思いですが、来年度途中になるのか来年度末になるかという感じと思っています。
○米光正次 副委員長  そうすると、来年3月、今年度中にはこの我々の特別委員会の大体的なまとめの報告というか、結論というものは出されるわけでしょう。
 しかし、その結論が出ながら検討委員会はまだ来年度も引き続きやられるということなのですか。検討されていくというような解釈をして結構なのですか。
◎森久規 県民文化局長  私どもの文化施設のところになりますので、こちらの特別委員会の議論がどの時点でどの程度まで整理されるかということと連動するかとは思うのですけれども、こちらの議論の方が早く集約されるようであればそれに応じた対応はしていくべきと思っています。
○米光正次 副委員長  このメンバーを見ますと、すばらしい先生方や経済界の代表の皆さん方ということで、我々は逆に検討委員会の皆さんがどういう話し合いをしてどういった専門知識を出されているのか、そういったことをこの5回、6回の間に、先ほど中間報告的なものをお知らせされるというような話も聞いたのですが、やられるのなら、その内容を今後、我々の委員会等に少しなりでも報告をしていただければ幸い、参考になるのではないかということを要望します。
 もう一つは、先ほど福村委員から施設の資料等を提出していただきたいというような話もあったわけですけど、私の方からこの入場者数、もう一つ詳細なことがわかれば提出していただきたいと思います。
 例えば月別に、1月ならどれだけ、12月ならどれだけというような入場者数がわかったら出していただきたい。
 また男女、そして年齢あたりもわかれば、少子・高齢化時代ですので、なぜこういったことを言うかというと、大体、駐車台数が大体一緒なのです。しかし、入場者数が激減している。特に平成5、6年からここ4、5年の間は特に激減しているというようなことで、なぜそういったことになっていくのか。5、6年前はバスや電車、そういうものを利用されてきていたのか。最近は自家用車ばかりで来ているのか。そういうことで、年齢層あたりも、今まで統計で出していないということであれば、今後、年齢あたりも統計上出して調査していただきたい。あわせてその点について回答があればお願いします。
◎森久規 県民文化局長  今ほどの月別というのは現在でもわかると思うのですが、男女別、年齢別というのは小中学生がどうかという状況も若干はとらえてはいるのですが、細かな年齢別というのはしていませんので、今後、アンケートもとることを検討していきたいと思います。
 それから、なかなか利用者が減っているという、駐車場だけの問題ではないようにも思っており、21世紀美術館は駐車場を持っていませんが、隣の市役所の地下駐車場とかということがあります。それ以上に人が来ているということがありますので、必ずしも車のことと連動するのかというところも疑問に思っているところです。
 ただ、各施設の利用者の大半は県外の観光客という状況があります。能楽堂は別にしてですが、ただ、県内の利用者の増というのも大きな課題と思っています。
 各施設が開館してから20年以上経過しているということもあり、こうした施設そのものは貴重な文化施設なのですけれども、県民にとっては新鮮味が薄れているとか、あるいは驚きとか感動という引きつける魅力がだんだん感じられなくなっているのか。そんな面があるのではないかと思っておりますので、その辺をどうするかというところが課題だと思いますし、それから先ほどの年齢に関連して、学校からの生徒の入館者も減っているという状況もあります。
 そうしたことに対してどう対応していくべきかという、その辺も検討委員会の中でも議論をいただければというふうに思っているところです。