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神奈川県 座間市

平成20年第3回定例会(第3日 8月27日)




平成20年第3回定例会(第3日 8月27日)





         平成20年8月27日(水)午前9時00分開議





 
1 本日の出席議員  25名





       1 番     岡   田       仁   君


       2 番     牧   嶋   と よ 子   君


       3 番     竹   市   信   司   君


       4 番     上   沢   本   尚   君


       5 番     小   野   た づ 子   君


       6 番     京   免   康   彦   君


       7 番     大   矢   修   市   君


       8 番     鈴   木   健   治   君


       9 番     伊   田   雅   彦   君


      10 番     佐   藤   弥   斗   君


      11 番     柏   木   育   子   君


      12 番     沖   永   明   久   君


      13 番     稲   垣   敏   治   君


      14 番     木   村   正   博   君


      15 番     長 谷 川       光   君


      16 番     山   本       愈   君


      17 番     小   川   成   男   君


      18 番     曽   根   寿 太 郎   君


      19 番     菊   川   ユ リ 子   君


      20 番     中   澤   邦   雄   君


      21 番     池   田   徳   晴   君


      22 番     沖   本   浩   二   君


      23 番     飛   田       昭   君


      25 番     吉   田   富   雄   君


      26 番     安   斉   昭   雄   君





1 本日の欠席議員  1名





      24 番     伊   澤   多 喜 男   君





1 本日の出席説明員  16名





   市長            星   野   勝   司   君


   副市長           中 戸 川   達   夫   君


   教育長           金   子   槇 之 輔   君


   秘書室長          清   田       栄   君


   企画財政部長        鈴   木   春   雄   君


   総務部長          片   野   廣   史   君


   市民部長          加   藤   幸   雄   君


   環境経済部長        座   間   幸   一   君


   保健福祉部長        田   中       治   君


   都市部長          和   田   永 一 郎   君


   上下水道部長        佐   藤   修   一   君


   消防長           高   橋   富   夫   君


   教育部長          中   村   咲   男   君


   選挙管理委員会事務局長   大 久 保       猛   君


   監査委員事務局長      栗   原   正   佳   君


   会計管理者         太   田   滋   子   君





1 本日の議会事務局職員出席者  5名





   事務局長          飯   田   敏   夫


   事務局次長         高   橋   一   男


   副主幹兼庶務議事係長    比 留 川       篤


   書記            吉   山   美 智 雄


   書記            庄   村   史   子





1 本日の速記員出席者  1名





   株式会社          神 戸 綜 合 速 記


   速記士           小  林  梨  那





1 本日の議事日程





       議   事   日   程        第 3 号





                    平成20年座間市議会第3回定例会第10日


                     平成20年8月27日(水)午前9時開議





日程第1 一般質問





1 本日の会議に付した事件





日程第1 議事日程に同じ





               午前9時00分 開議


○副議長(小野たづ子君)  おはようございます。


 ただいまの出席議員は24人で定足数に達しています。


 これから、本日の会議を開きます。


 本日の議事日程はお手元に配付のとおり定めましたので、ご了承願います。


 なお、岡田仁議員、伊澤多喜男議員から遅刻の届けが出ておりますので、ご報告します。


 日程第1、一般質問を行います。


 通告書に従い、順次質問を許します。


 最初に、12番沖永明久議員。


             〔12番(沖永明久君) 登壇〕


○12番(沖永明久君)  それでは一般質問を行います。


 今回の一般質問のテーマは、市長の政治責任についてであります。具体的には、この間の米軍再編、特に基地対策に対する市長の政治責任を問うてまいりたいと思います。


 端的にお伺いをいたします。市長は、現状で、キャンプ座間への米陸軍新司令部、並びに陸上自衛隊中央即応集団司令部、この移転について、賛成なのか、反対なのか、イエスかノーかでお答えいただきたい。


 さらに、新聞報道では、この間の国と恒久化解消策の提示について、新聞では「水面下の交渉が進んでいた」というふうに書かれております。こうした事実があったのかどうか、明らかにしていただきたいと思います。


 以上で1回目の質問を終わります。


○副議長(小野たづ子君)  暫時休憩します。


               午前9時02分 休憩


    ───────────────〇───────────────


               午前9時02分 再開


○副議長(小野たづ子君)  休憩前に引き続き、会議を開きます。   市長。


             〔市長(星野勝司君) 登壇〕


○市長(星野勝司君)  おはようございます。原稿もなく、沖永議員もご質問されたわけでございまして、私も24年間させていただいておりますけれども、原稿もなく、簡単明瞭に、このようなご質問をいただいたのは初めての経験でございまして、任を辞するに当たって、新たな思い出をつくらせていただきました。大変恐縮に存じております。


 まず、司令部、並びにまた新司令部、並びにまた陸上自衛隊中央即応集団の移転の関係で、賛成か反対か、こういうふうなお話でございます。基本的なお答えを申し上げたいと思いますけれども、沖永議員は、イエスかノーかで答えろと。そんな単純な議論ではありません。私は、かねがね協議会や議会の中でもお話ししましたように、当然やはり基地がない方がいい、それはだれも考えることだと思います。しかしながら、日本の国土の安全、平和の維持、そういう総括的な要素の中で基地の必要性等についてもしっかりと考えていく、そういうことが私は必要ではないかと思います。ですから、新司令部、中央即応集団、イエスかノー、単純なお答えは、私はできかねると、こういうふうに考えております。


 水面下の問題でありますけれども、この問題につきましても、新聞報道はされていましたけれども、それは新聞報道は新聞報道でしょう。改めて事実かどうかというご質問をいただいたわけでございますが、新聞の真意というものは、水面下というのはどういうとらえ方をしているかということにあります。もちろん交渉事ですから、当然やはり一定の国の考え方が示されてくるということです。それの過程の中では、確かにそういうふうなお話はございました。


 ただ、私は、いつもお話を申し上げておりますように、絶えず一貫した姿勢を持たせていただいてまいりました。国として、私どもの市の総合計画の基本姿勢である市是をどういうふうに真摯に受けとめていただいているのか。そういう真摯に受けとめていただかなければ、絶対に相ならない、こういう考え方を基本に持ち得ておりました。同時にまた、基地の整理・縮小等への国としての責任をどう責任と責務を持って履行されていくのか、こういう考え方も、私としては常々明らかにすることが必要だというふうに考えてまいりました。


 また、覚書関係、さらには六十猶予年にわたる基地の存在、そして、今般再編による新たな負担を含めて、負担解消へいかなる責任と、そしてその解消への責務をどう感じながら履行していくのか。そのもとで着実な基地の整理・縮小、負担軽減、そのようなものをいかに国として明確な認識のもとで示してくるか。こういうふうな考え方を基本にして、一貫して、市連協の皆さんと一緒になって対応を求めてきた恒久化解消への方策、国としての、将来にわたっての責任の持てる方策を示さない限り、私としては、市連協にも今までお話を申し上げましたように協議には応じかねる、こういうふうな考え方で、そういう姿勢で対応してまいりました。ですから、新聞が言っているような単純な水面下という考え方は一切ございません。


○副議長(小野たづ子君)  再質問ありませんか。   沖永明久議員。


             〔12番(沖永明久君) 登壇〕


○12番(沖永明久君)  それでは再質問を行いたいと思います。


 今回の一般質問というのが市長との最後の一般質問ということで、いろいろこの議会での前任の方々のお話を聞きましても、いろいろ感慨深いだとか、いろんな懐かしむ声も多々ありましたけれども。私も、実は6月議会が終わったぐらいには、そのころは、まあ、市長、ご苦労さんでしたと。私もいろいろ指摘もしましたし、批判もしましたし、ただ、座間市の今後のことを思って、私自身の考えを述べて、市長の見解を問うてきたわけですということとあわせて、ご苦労さまでしたという言葉の一つもかけようかなと、その時点では思っていました。しかし、7月28日の時点で、私の心境は一転しました。はっきり言って、今回の決着のつけ方について、後ほど申し上げますけれども、市民不在の決着のつけ方について、私は市長の責任を最後まで追及をしなければいけない。まして、市長にとっても、そのことを私の姿勢からしたら、最後までそういった形で責任を追及しなければ、逆に、市長にも失礼に当たるというふうに思って、今回の一般質問の構成になったわけであります。


 皆さんもご存じかと思いますけれども、きのう吉田議員が紹介をされていましたが、神奈川新聞で、タイトルは何でしたか、「星野市政の24年間の光と影」でしたか、連載がされてきております。たしか、きのうの連載だったでしょうか、市長を評して、こういう意見がありました。「絶対的な力で、議会も、そして市役所もまとめ上げるカリスマ」という評価をされている方がいるようであります。私からすれば、私の先ほどの1回目の質問に対する市長の答えを見ても、私からするならば、はっきり言えば「答弁に対してはぐらかすカリスマ」とでも言いましょうか。イエスかノーかでは単純に答えられないとおっしゃいましたね。ただそういう単純なお答えを、市長は、かつてはしていたわけです。これ、先ほどというか、先日の新たな協議会の結成総会のときにも議論になりましたけれども、これは私の理解というよりも、市長の、あるいはこれまでの市連協も含めて、基地強化に反対する市連協ですけれども、市連協の基本的な考え方として持ってきたことが、この前の結成総会では、なぜかその辺があいまいにされ、あるいは実態上変質をしているという実態があることを、私は述べなければいけないと思っています。


 具体的にはどうかと言えば、市長はこれまで言ってきたわけです。このキャンプ座間の米日の新司令部の移転に関しては、これは基地の強化だと。これは1971年に、当時の座間町と当時の防衛施設庁の横浜防衛施設局との間で結んだ覚書、今後、基地の整理・縮小に関して最大限の努力をするといったことにも反するのではないか。あるいは、市是、座間市が総合計画という中で掲げている基地の整理・縮小・返還、そういったものからも逆行する。だから反対だということを言ったのが、市長であります。私もそれに賛同をいたしました。


 ところが今になって、いや、私は別に態度を変えるということに関して今追求しているわけではないのです。態度を変えたなら変えたということをはっきりしてくださいということです。もう容認しますというならば、そういうふうに言ってくださいよ。その方がはっきりします。(「そうだ。早く言えばよかったんだよ」と呼ぶ者あり)だから、イエスかノーかでしか答えられないはずなのです。これまで市長は、イエスかノーかでは、反対だと言ってきたのです。


 この前の総会のときにも、私は言いました。今後、新しい連絡協議会、基地の返還促進でしたか、正式名称は。今はちょっと覚えていませんけれども。座間市基地返還促進等市民連絡協議会ですか。その中で、協議会の目的という中で、基地の整理・縮小・返還の促進及び負担軽減策に関する事項ということが掲げられています。基地の整理・縮小・返還ということに関して、これが総合計画にも掲げられた市是であることは間違いないわけです。その市是からして、基地の強化につながることに反対だということを、市長は言っていたのではないですか。


 具体的に思い出していただきたいのですけれども、ちょうど基地強化に反対する連絡協議会が2004年11月16日に結成総会を開きました。そのときの決議文、皆さん方も覚えていらっしゃいますでしょうか。こういうふうに書いてあります。最後の結びです。「米陸軍第一軍団司令部等のキャンプ座間への移転は、基地機能の強化・恒久化につながり、当市が求めている基地返還に全く逆行することとなる」と、こういうふうに決議で上げているわけです。これは変わったのですかという話なのです。変わったなら、変わったということをしっかり言ってください。それが市民に対する説明責任ではないのですか。そのことも変わらない姿勢、そういうふうに言いくるめるところに、私がさっき言ったように「質問をはぐらかすカリスマ」だと言ったのです。その点について、改めてお聞きをしておきたいと思います。


 次に、市長も先ほども例示をされました、1971年の座間町と、当時の横浜防衛施設局長との覚書に関して、改めてお聞きします。


 具体的には、まあ、手元になくても、賢明なる市長のことですから頭に入っておられると思いますけれども、第2条、「甲は」、甲というのは横浜防衛施設局長ですけれども、「横浜防衛施設局長は、キャンプ座間の基地縮小について最大限の努力をする」というのが覚書2条で書かれております。もう一つ、この覚書とあわせて確認書というのも締結をされています。その確認書第1条では、「甲」、これも横浜防衛施設局長のことですけれども、「甲、またはその他の理由により、覚書記載の各条項のいずれかについて、将来とも実現不可能な場合は、覚書は無効とし、自衛隊の使用は取り消す。ただし、乙が」、乙というのは当時の座間町長ですね、「その理由を理解した場合は、この限りではない」。改めて考えてみると、市長は、この覚書にも違反をしているということを主張されてきました。ということからすれば、この覚書第2条に違反をする。つまり、この各条項のいずれかについて、将来とも実現不可能な場合は、覚書は無効だと。自衛隊の使用は取り消すというふうに、当時の防衛施設局長が約束しているわけですから、自衛隊の使用を取り消すよう求めるべきだというふうに思いますけれども。それとも、ここのただし書きである、市長はその理由を理解したということなのでしょうか。お答えをいただきたいと思います。


 次に、この間の防衛省からの基地恒久化解消策と称する回答及びその後の市長の対応について、具体的な点についてお聞きをいたしますので、具体的に明らかにしていただきたいと思います。


 この防衛省からの回答は、本年7月28日に、防衛省南関東防衛局長がこの座間市に訪れて、その回答を初めて提示をしたということになっていますけれども、この回答の内容について、市長はいつ知ったのでしょう。この28日の時点で初めてその回答を知ったのか、あるいは、先ほどの水面下の交渉が、さっきも答弁であったのかないのかわからないように、話はあったということと、一切なかったと最後は結論づけておられますので、どっちなのか、またはぐらかされて、聞いている人にとっても全くわからないと思うのですけれども。それとも、この28日以前から、市長はこの回答の中身をご存じだったのかどうなのか。具体的に、はっきりお答えをいただきたいと思います。


 それとあわせて、先ほどの答弁、水面下の交渉の件なのですけれども。要するに、水面下の交渉というと何か一見悪いようにも見えますけれども、通常、要するに公式な会談、あるいは非公式な会談というのはあることは普通であると、私もそう思っています。だから別に隠さなくてもいいのですよ。だから、非公式な会談、水面下の交渉というと、市長は何か極めて慎重な方ですので、水面下の交渉をしたというふうに言われると、また嫌だなんていうことを言われるかもしれませんので。非公式な、いわゆる公式会談ですね。基地強化に反対する市連絡協議会が会長、副会長を連ねて公式な会談をやりますよね。それ以外に非公式な会談はあったのか、なかったのか。その点についてはっきりとお答えいただきたいと思いますし、あったならば、もうある意味で、形式的な上では結論は出たわけですから、その中身について明らかにしていただきたいというふうに思います。


 あと一つ、この回答があったその後、役員会が開かれました。私は役員ではないので傍聴していましたけれども。役員会の席で市長は、いわゆる第一軍団の司令部移転反対という懸垂幕・横断幕や市連協の解散ということについて、私から聞いたというふうにおっしゃっていました。これは確かですよね。はっきり言って、市長の方からそのことを聞くというのがよくわからないのですよね。防衛省側から、この確認書を締結する上では、あなた方、この旗をおろしてください、あるいは、反対運動の組織なんていうのはもう解散してください、そう言うのならまだわかるのですけれども、市長の方から、このまま続けたらどうなりますかということの話を向けているわけですよね。普通、そういったことは考えられないと思うのですけれども。なぜ、市長の方から話を向けられたのか、あるいは、その事前の非公式な段階で、そのことが交換条件となっていたのか。新聞ではそうなっているのです。昨年来、非公式な協議が進められてきて、その中で、旗をおろすことも、反対組織を解散することも、いわば合意をしてきたという内容、これは神奈川新聞のものですけれども、「ある関係者によると、昨年末には、既に協議機関の新設案が浮上。あわせてキャンプ座間への米陸軍新司令部移転反対をうたった横断幕をおろすことを盛り込んだシナリオも用意されていた」という、そういうことなのですか。それだったら、市長から話を向けたというのもよくわかるのですけれども、その辺のところを改めて説明を求めておきたいと思います。


 さらに、私はこの点が一番大事だと思うのですが、あの7月28日に防衛省からの回答があり、そして役員会が開かれ、その後、臨時総会と立て続けに市連協の組織の会議が開かれました。でもその中で、実は市長の見解というのは明らかにされていないのです。質疑には答えておられました。ところが、結局最後は市連協の皆さんで決めていただくという対応だったのです。役員会のときに、この横断幕や市連協の組織の今後ということを聞かれても、それは皆さんでどう判断するかの問題だというふうにおっしゃいました。私は、こういうような大事な問題で、市長みずからがどう考えるのかということを示さないで周りに言わせて、結果としては動議だったですよね。ここにもいらっしゃいます曽根議員さんが動議を読んでおられましたけれども、それによって採決が行われたわけです。組織としての意思は固まった。でも、その際に、市長みずからの見解は示されていないわけです。私からするならば、私が考える市長像からしたら、こういった大事な問題に関しては、まず市長がみずからどう考えるのかを示すべきではないですか。その上で、多くの人に諮って決めるというならばわかるのですけれども、結局すべて大事な問題に関しては、旗をおろすこと、あるいは反対組織を解散すること、自分では言わないで人に言わせているわけです。それで本当に責任を果たしたということが言えるのですか。


 だから、改めてお聞きをしたいのです。市長は、この市連協の解散についても、そして旗をおろすことについても、あるいは今回のこの確認書ということが恒久化解消策だというふうに見ておられるのですか。市長、いいですか。恒久化解消策だというふうに見ているのかどうかということを聞いているのです。私にはどう見ても、今後話し合いをしましょうという回答にしか思えないのですけれども。どこに具体的な恒久化解消策が示されているのかわかりません。市長はどうお考えなのか。やはりみずからの見解を披露すべきだというふうに思いますので、改めて市長の見解をお聞きをしておきたいと思います。


 次に、これも確認書には明示をされていませんが、市長は、今回の協議に関して、その再編計画に関しては協議の対象にならない。昨日も、前任者の質問の中で、そのことが触れられておりますけれども。これは一つ確認になりますけれども、確認書では、この協議対象の中に、米軍再編のことが含まれないということに関しては明示をされていません。市長の判断としては、現在の市長である星野市長は、そういう判断をお持ちだと、そういうことで理解してよろしいのでしょうか。それとも、国との間で何らかの確認があるのですか。米軍再編の問題に関しては協議をしないということが、双方確認をされているならば、この確認書以外に確認をされているならば、明らかにしてください。


 次に、市長の判断の問題の是非に入っていきたいと思うのですけれども。まずは、形式の問題です。確認をしておきたいのですけれども、それは双方で確認されていることなのかどうなのかということです。その上で市長は、これが米軍再編が協議の対象にならないのだということをおっしゃった点で、その権限が及ばない論ですね、何回も繰り返しております。米軍の運用に関しては、日米の合意によって決められたことなので、これに関しては権限が及ばないと。私が言っているのは、その論理からいったらすべてが及ばないことになってしまうのです。きのうの質問でしたか、土地の問題を例示して、例えば土地の所有は、いわゆるあそこは国有地だと。国の権限があると。だから、そのことに関しては交渉の対象になり得るのだという論理だったですよね。でも、確かに土地の所有者は国です。国有地になっています。けれども、これはもう日米の合意によって基地が提供されて、運用は米軍側にあるのではないですか。なら全部同じではないですか。権限が及ばないと言ったら、すべて権限が及ばないということでは変わりないではないですか。ましてや、私が思うには、市是で、基地の整理・縮小・返還ということを掲げているわけでしょう。そうしたら、今度再編で来る司令部に関しては、その基地の整理・縮小・返還の対象にならないということなのですか。そこだけは必ず未来永劫司令部として残るということを意味しているのですか、協議にならないということは。そういうことでしょう。賢明な市長ならわかると思うのですけれども。また、はぐらかさないでお答えをいただきたいというふうに思います。


 次に、この協議機関の設置に関してなのですけれども、国との協議機関ですね。一応、形式上は、これは防衛省の方が7月28日に確認書を持ってきて、こういう協議会をやりたいのだと。後で市長の答弁があるから、その前からそういう話をしていたのか、していないのかということは明らかになると思うのですけれども。これは、これまでの交渉の中で、公式も含めてです。公式、非公式の交渉の中で、この協議会の設置というのは、市長の方から求めたのですか。その点をお聞きをしておきたいというふうに思います。


 次に、この結論に至る座間市及び前の組織である基地強化に反対する座間市連絡協議会、あるいは今回の返還促進協議会、こういった結論に至るプロセスの問題といいますか、市長の手法について、私は大きな、先ほども言いましたけれども、違和感を感じました。何遍も言うように、私この議場で何回も言っていますよね。市民の皆さんの中には、この基地問題に関してのいろんな意見があると、それは私も認めます。早く決着をつけて、再編交付金をもらって、そういう方もいらっしゃる。それも一つの考えです。私はそれを認めます。あるいは、まあ、国がやることだから仕方がない、どうしようもないかと思う人もいます。あるいは、あくまでも反対を堅持して、やはりしっかりやるべきだという意見もあります。いろんな意見があって当たり前なのです。それが普通の状態なのです。


 ところが、市長はこうした市民の皆さんに、今回の事態に関して結局、28日に国から回答が来たと。その日の午後、役員会、夜が結成総会、解散総会になりましたよね。私たち市議会議員、それから自連協、自治会の代表者の方々、そういう人間で決めたわけです。市長は、市会議員だって市民の代表、自連協だって市民の代表と言います。そういう問題なのでしょうかという話なのですね。確かに、私たちがそこに参加をして、意見を交換するということが全く無意味だとは言いません。けれども、これだけ大事な問題について、なぜ市長は、これもずっと言っていますよね、私。最終報告が出た後からずっと言っているのです。なぜ、市民の中に入って説明会の一つも開かないのだという話です。それまでは署名はやる、集会はやる、これにも賛否はありますよね。あるけれども、市民の皆さんに直接参加できる場を提供して、そして市民と一緒に取り組んでいくというのが市長の姿勢だったわけでしょう。ところがどうなのですか。米軍再編の最終報告が出た2006年5月、それ以降は、一切そういう市民に直接働きかけるようなことを、私も、竹市議員も、本会議のたびに言いましたよね、いろんな意見があると。だからこそ市民の中に市長が入っていって説明をしていくべきなのではないか。そういった意見を聞きながら、最終的にリーダーとして判断を決めるということに関してが、私は筋だと思うのです。ところが、そういったことが一切ない。最後、解散をするときにはわずか一日。一日もないですよね。24時間もありませんでした。数時間のうちに、多くの市民は、きのうも吉田議員さん言いましたけれども、新聞報道で知ったわけですよ。あららと。これは、このあららというのは、賛成派の人も、あるいは反対派の人も、あらら、決まっちゃったわよと。(「市民が一番驚いていると思うよ」と呼ぶ者あり)これが本当に、市長のそういった重要な問題を決めるときの判断の仕方なのでしょうかという話なのです。


 だから、私たちは結成総会のときでも、せめて1週間か2週間時間をあけて、一番いいのは、市長、私は何回もあれで言いましたけれども、市長が直接説明に行くのがいいと。こういうのが提示されました、皆さんご意見はどうでしょうと。そこで賛否両論も出るでしょう。出た上だけれども、その上を集約して、最終的に市長がいろんな意見、反対派からはいろいろ言われる。賛成派からいろいろ言われる。これは当たり前なのです、リーダーからしたら。でも、自分の決断としてはこうだということを示す、これが市長としてのあり方ではないのですか。そういうことを一切しないで、人に意見を言わせて、そして多数決で強行採決のようにやって、市民はどこにいるのですかという話です。それがあなたの一貫した姿勢なのですよ、市民不在。だからこそ、ああいうふうに新聞にもトップダウンの手法、絶対的な力でまとめ上げるカリスマだと言われるのです。まあ、それに喜んでいるようでは仕方がありませんけれども。


 具体的に質問としては、なぜ急いだのですか。なぜ、市民の意見を聞こうとしなかったのですか。その上で判断しようとしなかったのですか。それとも、動議が出たからと答えるのでしょうかね。(「きっとそうだよ」と呼ぶ者あり)また人のせいにしてしまうのですかね。その点について改めてお聞きをして、2回目の質問を終わりたいと思います。


○副議長(小野たづ子君)     市長。


             〔市長(星野勝司君) 登壇〕


○市長(星野勝司君)  まず、沖永議員から再質問をいただいたわけでございますが、まず冒頭の再質問の中で、責任を追求しなければ市長に失礼だと、別に結構でございます。みんな沖永議員のお考えで私は受けとめておりますから、そういう失礼な答弁はいたしたくありませんから、私なりにご答弁を申し上げたいと思います。


 まず、市民不在とおっしゃいましたね。それもまさしく沖永議員の感覚ではないのですか。(「そうじゃない」と呼ぶ者あり)いわゆる私は市連協の皆さんの品位と人格と人権の問題になりますから、あえて言いたくありませんけれども。何なのですか、市連協って。やっぱりそこは尊重していただかなければいけないのではないですか。(「彼らが代理をしているということですか。じゃあ、全部そこで決めればいいじゃん」と呼ぶ者あり)


 同時にまた、イエス、ノー、いわゆる神奈川新聞でございましたか、何かが書いてあったと。まさしくそうだと。イエス、ノーを答えられることは、私も答えられます。(「これまでも答えていなかったじゃないか」と呼ぶ者あり)ただし、基地の問題について、そんな単純な問題ではないですよ。先ほど私、お話ししたでしょう。(「昔は単純だったんです」と呼ぶ者あり)沖永議員は、かねがねお話を聞いていると、安全保障条約、地位協定には否定ですよね。だから、国防という問題を考えざるして、基地の問題を単純に、あなた賛成ですか、反対ですかという理論は(「反対って言ってたじゃん」と呼ぶ者あり)そんな回答はできかねるのです。やはり全体的な、総括的な評価の中で、国民だってそうでしょう。国民だってそういう評価をしますよ。だから、そんな単純なものではありませんから、イエス、ノーは、私はお答えはできないです。(「昔は単純だったんだっていう話」と呼ぶ者あり)それは沖永議員の受けとめでしょう。(「反対と言ったことを否定するんだったらそういう意味じゃないの」と呼ぶ者あり)


 同時に、また態度を変えたのかというお話がございました。これも何回も言ってきていますけれども、市連協の目的、基地の強化、恒久化の阻止、それを目的として、皆さんと一緒になって何を求めてきたのですか。(「反対の意思表示ですって書いてあるじゃない」と呼ぶ者あり)何を求めてきたのですか。(「だまってろよ」と呼ぶ者あり)恒久化解消の方策を求めてきたのでしょう。


 沖永議員も、いいですか、基地対で防衛省に行かれたとき、また、市連協の総会のときなど何とおっしゃっていましたか。当然、全面返還のプロセスを示すのだろうと。しかし、本件の問題は、いかに一歩一歩着実に具現化を図るか。(「何も具体的なものないじゃないか」と呼ぶ者あり)そういうふうなお話をされていますよね。まさしく今回示してきたものは、いわゆる基地の整理・縮小・返還ですよね。いわゆるこれから(「具体的なものなんてないじゃないか」と呼ぶ者あり)具体的ではないですか、一歩一歩やはり求めていくのですよ。全く同じなのです。(「求めてない。解消を求めていないよ」と呼ぶ者あり)だから、姿勢には……、まあ、聞いてくださいよ、私が答弁しているのだから。私も、基本的な姿勢は一切変わっていませんから。変わったと受けとめたのは沖永議員としての受けとめで、ご容赦をいただきたいと。


 それから、言いくるめるというお話がございましたが、私は真正面からお答えしていますから、それも沖永議員の残念な評価として受けとめておきます。


 それから覚書の関係です。これ前に私お話ししたのですけれども、いわゆる沖永議員が言われた、第2条は十分承知しています。確認書関係です。いわゆる確認書の関係の前文、本確認書の区域、座間市の行政区域と、これが弱かったのですよ、はっきり申し上げて。改めてお話を申し上げておきたいと思います。


 さらに、7月28日の回答、これは初めてか、いつ知ったのか、そういうお話がございました。正式な回答は7月28日に初めて知りました。ただし、防衛省の方から近々回答を示したいということで、いつだったっけ、あれは。(「7月25日だよ。暗記しとけよ、そのぐらい」「電話があったのは25日」と呼ぶ者あり)25日。いや、行ったのだよ。(「行ったのは18日」と呼ぶ者あり)7月18日の日に、近々示したい、基本的な考え方だけをお話をしておきたいというお話がございました。南関東防衛施設局にお邪魔をいたしました。(「中身は聞いたの」と呼ぶ者あり)中身は、聞いたというよりか、ある程度お話は承りました。ただ、まだ未完成ということでありました。そういうことのお話は確かに聞きました。


 水面下の交渉ですか、非公式な会談があったのかないのか。7月28日の役員会の関係で懸垂幕の関係、市連協の関係、ある人に言わせればシナリオがあったと、こういうふうなお話がありましたけれども。私は、正直なところ、そういうことは承知しておりません。(「非公式なんかなかったということだな」と呼ぶ者あり)ございません。


 さらに、7月28日の国の方策を受けて役員会、さらには総会、自分の見解は一切示さないと。私は、ごあいさつの中で評価を4点ばかりしました、その案について。評価はしていますよ。(「市連協の解散について」と呼ぶ者あり)それは、私は一切、もちろんしていません。(「そういうことだけ言わないんだ。大事なことは」と呼ぶ者あり)そういうことが市連協の中で、皆さんに決めていただく。全く、いわゆるそういうことのお話がございましたけれども、それこそ、私がべらべら話して、私がやりましょうと言ったら、沖永議員が言われるカリスマの力で抑圧するようなものですよ。(「カリスマと認めてるんだね」と呼ぶ者あり)そうなってしまうのですよ。


 それから、今回の確認書の関係、恒久化解消方策と見ているのかと。協議事項を見ていただければご理解いただけるところかと存じております。同時にまた、かりそめにも多くの皆さんの市連協で受け入れを決定していただいたものであります。


 確認書に明示がない、再編は対象にならない、国の間で確認があったのかと、市長の判断か。国の間では確認は一切ありません。私の判断というよりか、私の見解を示しました。市連協でも何回でもお話をしました。実際問題、防衛という問題の中で、また米軍の内部的な問題の中で機能とか、その機能等を含めて運用について(「すべてが運用だよ、米軍の」と呼ぶ者あり)まあ、聞いてくださいよ。それについて、自治体として協議する場合に、国が対象とするかどうか。例えば、厚木基地の騒音、大変市民に苦渋を強いています。あれも何回も、関係者が大変な裁判を起こしています。賠償は一定認められています。あの機能について、みんな裁判でも却下ですよ。国民の権限すらも及ばないのです。いいですか。横須賀の原子力空母の母港化の関係で、今回の問題も、さまざまな問題も、残念ながらああいう結果になっているわけです。


 沖縄の問題もそうですよ、辺野古の問題も。沖縄には協議会もありますよ。確かに、今沖縄の辺野古が何を求めているかというと、いわゆる?字型滑走路をもう少し奥へ出してくれと、確かに求めています。ところが、その海兵隊の沖縄の問題の機能まで、沖縄はやっていないです。できないのです。(「今の沖縄県知事はでしょ」と呼ぶ者あり)いやいや、そういうことなのですよ。ですから、私は、私の見解として難しいというお話を申し上げているまでです。


 それで、権限が及ばない。ならば、みんなそうではないかと。そういう沖永議員も、この前もお話がございましたけれども、この関係につきましては、何回となく今までもお答えを申し上げてきましたし、きのうもお答えをさせていただきました。沖永議員が、この前の市連協の総会でございましたけれども、協議対象にならない。なぜ基地問題全部が権限を越えるというのかと。基地の返還も、すべて日米合同委員会で行われて、部分返還がされないことになる。さまざま同じではないかと。また自治体に与えられない権限の中でも粘り強く協議し、実現していこうとするのが基本的な姿勢だと。全く私もそうだと思いますよ、その点はね。


 ただし、いわゆる地方自治体の部分返還等については、国へ要請して、それを国として受けとめて、日本側から米側へ求めていくわけですよ。それは、この前もお話ししたように、所有権は国なのです。米軍は、いわゆる使う使用権だと、そういう問題。その関係で(「じゃあ、国の方が強いのか、米軍より」と呼ぶ者あり)求めていくのです。ですから、私は、地方の側から国の行政にみずからの思い、あるいは負担の現状からどういうふうにこのまちの将来が描かれていくのかという沖永議員の発言、そのために国と自治体が協議できるその範疇の中で思い切って求めていく。これは当然だと思います。だから、私もこの前の協議会で沖永議員の発言について、私は肯定をした立場であります。


 協議機関の設置、私から求めたのか。別に、私から積極的に求めた覚えはありません。ただ、協議会の中では、市連協の中でそういう意見があったことは、私は承知をいたしております。(「市長が言わせたんだろう」と呼ぶ者あり)求めたことはありません。


 協議会に至るプロセス、手法、違和感を持ったと。解散総会というお話になりましたけれども、初めから解散総会ではありませんからね、臨時総会ですから。(「少なくとも市長はそう思ってる」と呼ぶ者あり)


 なぜ市民の中へ、集会などをやらなかったか。そのとき市連協の構成員の方から、もう少し時間を置いて幅広い市民の方々の声を聞くべきだという意見、私も承知をしておりました。そのことについてお諮りをいただきたいということでございましたから、最後の方で追加をして、皆さんにお諮りをいたしました。皆さんとしては、必要はないと、そういうことでございました。(「また人のせいにするの」と呼ぶ者あり)人のせいではなくて、今まで私はそういうことに関して自分の判断を優先せずして、他意はないですよ。やはり、市連協の組織があるのですから、市連協は少なからずやご存じだと思いますが、第11条に、前の市連協は、総会は最高の議決機関と銘打っているのです。(「どこでもそうだよ」と呼ぶ者あり)どこでもないよ。最高の議決機関というふうになっているのです、かりそめにも。ですからそういう中で、今まで私は沖永議員から何回も、例えば住民投票の問題だとか、集会を開けとか、いろんなことの意見があったことも記憶しています。その都度、その都度、私は市連協に民主的にお諮りをさせてきていただいているということでございます。(「できなかったのも市連協のせいなんだ」と呼ぶ者あり)


 解散するわずか数時間、そういうお話がございました。あららと、反対派も賛成派も。私の耳には、私がやったことについて、残念ながら、評価のことしか入ってきていません。(「講演会の人間としか話してないからでしょ」と呼ぶ者あり)決してそんなことはございません。市民と話してございます。大変だったねというご苦労を、多としていただいている声というものも非常に多いわけでございます。


 最後に、何で市長は人のせいにするのだと、こういう話がありました。私は、率直に申し上げて、人のせいにするような悪い性格は持っていない、こう思っています。


○副議長(小野たづ子君)  再質問ありませんか。   沖永明久議員。


             〔12番(沖永明久君) 登壇〕


○12番(沖永明久君)  それでは再質問を行いたいと思います。


 なかなか私も12年間、ちょっと私は抜けたときもありましたけれども、ほぼ12年間、市長と、この壇上で議論をしてきましたけれども。やっぱり結論は、答弁をはぐらかすカリスマです。イエスかノーか、単純では答えられないと。国防の問題も含めて、そういった認識を持ってやらなければいけないのだと。それはそうでしょう。何か、私がそういう考えを持っていないかのように、例えば日米安保体制だとか日米地位協定に反対だったら、日本の国防、安全保障は考えていないというふうにおっしゃるのは、それこそ市長の早まった考え方なのではないでしょうか。そのことを今から日本の安全保障論を30分、私がここで演説をするのも何かと思いますので、それは抜きにしますけれども、そのことは前提の上ですよ、当たり前です。


 しかも市長はそんな単純なことではないと言いながら、その単純なことを言っていたわけです、この前までは。急にやっぱりこれが複雑な問題になったのでしょうか。そこら辺が、私ははっきりいって納得できないし、多くの市民も納得できないのではないかと思うのですよ。いいのですよ、別に、そこで自分の見解として示すということは、例えば、これこれこういう過程の中で、政治の中で見解としてはこういうふうに変わったというのは、別に変わったって、私はいいと思っているのです。それは中身の問題ですから。変わること自身が悪いのではない。その中身は後で検証すべきことですけれども。何かそのことを嫌がって、私は変わっていません、変わっていませんと言って、どんどん変わってきているわけです。だったら、変わったことをはっきり言いなさいよというのが、私の意見なのです。


 市長がどういうふうに発言されていたか、さっきの基地強化の問題と恒久化解消との関係、私はイコールだというふうに言いました。あるいは今後、我々が考えていく上でも、基地の整理・縮小・返還という恒久化解消ということと、基地の強化に反対していくことはイコールなのだと。そのことを一緒にやっていかなければいけないのだというふうに言いましたけれども、市長もそう言っているのですよ。これは2006年の6月議会で、私が当時、最終報告が出た後に、市連協の活動方針の中から司令部移転の撤回というのがいつの間にか消えているということを指摘しました。反対ではないのかと言ったときに、市長が答えたことですよ。読みましょうか。「私は、市是である基地の整理・縮小・返還を基本として、着実な実現を進めるため真の負担軽減は基地の恒久化解消であるとして、協議会の皆さんとともに基地の機能強化、阻止に向けて、そのときどきのふさわしい行動を今日までとってきております。したがって」、ここからが大事ですよ。「恒久化の解消には移転に反対するという意味も含まれるものでありまして、恒久化の解消を目指すことは基本姿勢の変更でもなく、会則の目的を逸脱しておらず、移転自体に反対であることの姿勢は変わるものではありません」と言っているわけです。何でそれが、わずか2年たったら、そんな単純な問題ではない、そういう話になるのですか。(「市長も成長したんだよ」と呼ぶ者あり)いや、成長して、見解が変わったのなら変わったでいいのです。そうしたら、そのことを市民に明らかにしなさいよという話なのです。あなたは変わらない、変わらないと言いながら、微妙にその時々で、このときも、私は言っているのです。これまでの撤回という方針がなくなったと、変わったのではないかというふうに言ったら、いや、変わっていませんと。それは、基地強化反対ということは恒久化解消策と一緒なのだと、その姿勢は変わらないのだと、そう答えているではないですか。まあ、最後ぐらい正直に答えてください。


 私の発言を市長も引用されて、前回の市連協の解散のときの総会でも、ほかの副会長さんでしたか、大変引用していただいて、ありがたいのですけれども。はっきり私の感想を申し上げれば、つまみ食いをしないでいただきたいという思いであります。私が確かに、基地の恒久化解消に関しては時間がかかる問題である。それは着実に一歩一歩進めていくことが必要であるという発言をしています。その前段で、実は市長に何を聞いているかって、覚えていますか、市長。私はこう言っているのです。「一部には基地の恒久化解消策が示されれば、もう容認をしていいのではないかというそういう声があるというふうに言って、恒久化解消策が示されることと、基地は容認することはイコールですか」と、市長に聞いたのです。つまり、今回のような事態が、私の予想なのか、天の声なのかわかりませんけれども、つまり、恒久化解消策が来たら、もうとにかくそこで容認して、はい、終わりにしましょうというような懸念が私は、ことしの5月の段階であったので、だから市長に聞いているのです。恒久化解消策が示されれば容認するということですかと。そうしたら、市長は全く別問題だと言ったのです。その過程で、私はしゃべっているのです。


 だから、何を言いたいかというと、その過程、その趣旨というのは、基地強化反対ということを明記する、あるいはそのことを明示した上で粘り強く返還の交渉をやるべきだというのが、私の結論なのです。私の結論をねじ曲げないでください。私の結論ですから、引用する場合は、私の趣旨がどういう趣旨でしゃべっているのかということをよく理解していただいて、つまみ食いをして引用していただきたくないと思いますので。(「つまみ食いはうまいもんな」と呼ぶ者あり)


 次に、また改めてお聞きをするのですが、覚書のことに関して、前にも答えたという話なのですけれども。つまり市長の言っているのは、陸上自衛隊中央即応集団司令部が移転をしてくるのは、要するに、座間市域内ではない、相模原市域内だと。だから、座間の行政の範囲内ではないので、この覚書に関してはその対象とならないという話ですよね。ということは、このキャンプ座間の基地縮小に関して最大限努力をするということは、キャンプ座間の座間市域分の基地縮小に関して最大限努力するという意味なのですか。私は、当時の1971年段階でも、防衛施設局がキャンプ座間の基地縮小に最大限努力すると言ったら、キャンプ座間全体、つまり相模原市も座間市もあわせて全体の縮小に努力をするという意味ととらえているのですけれども。


 そうすると、今回の移転というのは、基地の強化にほかならないわけですから、相模原市域分であろうと、ましてや、この基地の縮小について最大限努力するのは自衛隊の縮小だけに努力するという意味なのですか。米軍の今の第一軍団前方司令部というのは、座間の行政区域内にありますよね、司令部棟が。71年のこの確認というのは、米軍の基地の縮小に関しては関係ないと、そういうことをおっしゃっているのですか。明らかに、ここでキャンプ座間の基地縮小に関して最大限努力をするということを明記しながら努力をしなかったわけですから、自衛隊の使用は取り消すべきでしょう。違いますか。お答えをいただきたいというふうに思います。


 次に、この間のある種の交渉の核心的な部分なのですけれども、いわゆる非公式のことに関してはなかったと。7月18日に南関東防衛施設局の方に話に行っていると。そのときにある程度聞いていたと。聞いていたわけでしょう。28日の以前に、実際に回答がされる前に。確かに私、今、神奈川新聞ですけれども、市長の動向って、載りますよね。私、大変市長の動向を関心を持って見ていたのです。非常に市長がどこに行くのか、だれとしゃべっているのかというのはすごい関心事で、別にストーカーではありません。それで、それを調べてみると、7月、実は私、違和感を持っていたのです。何でこんなに所用外出が多いのだろうと。しかも、休暇というのが2日もあるのです。(「休暇はあったよ」と呼ぶ者あり)休暇はありますね。私はずっと市長の動向を見ていて、休暇というのはほとんど見た記憶がないのです。それほど一生懸命働いている方なのです。そこは評価しましょう、最後ですから。そのぐらい一生懸命働いていることは間違いないです。休暇というのを見たことがなかった。しかし、今回7月に2回も終日休暇というのをとっているのです。具体的に見ていると、6月30日、月曜日、午前中出張、東京。午後出張、横浜。そのあと、市長室、秘書室長と会談。そして、その次の日の7月1日、終日休暇。ちょっと思い出してください。何をしていたのですか。(「個人情報だよ。まさしく拘束だよ」と呼ぶ者あり)だって、出張は公務でしょう。公務で行っているのです。休暇は、あれですよ、任意でお聞きします。強制的な聴取ではありませんから、黙秘権を行使したいならば黙秘権でも結構ですけれども。


 確かに、市長がさっき初めておっしゃった、7月18日、私のメモによると所用外出なのです。ここで行っていたわけでしょう、南関東防衛施設局。でも、何で所用外出にしたのですか。普通だったら、南関東防衛施設局ということで、相手先はどこかということを市長の公務ですから明示しますよね。何で所用外出という形にしたのですか。(「非公式」と呼ぶ者あり)ということは非公式の会談というのをやっているということでしょう。だったら別に、そのことを認めればいいではないですか。ちなみに、あと、7月4日、金曜日、午前中所用外出。そして、この7月18日、午後所用外出。そして、25日に正式な連絡があったとありましたよね。前の日に、終日休暇をとっているわけです。これは私の推測だから何とも言えませんけれども、この日に一生懸命鉛筆をなめて、シナリオをお書きになったのかなと。(「何を言っているんだ」と呼ぶ者あり)その前の日の7月23日に、松沢知事にお会いしているのですよ。松沢知事、7月23日。一連の流れからいえば、7月18日に南関東防衛施設局に行って、大体中身を聞いて、その際に、市長がおっしゃるとおり、県にオブザーバー参加してもらいたいという意向を持っていましたよね。だから、23日の日に松沢知事のお話をして、24日に終日休暇。よく流れとしてはわかるわけです。こういうことでよろしいのでしょうか。


 一つあるのは、そういったことも含めて、市長、非公式の会談ということに関してはやっていたわけではないのですか。改めて、そのことはないというふうにおっしゃるのですか。だったら、6月30日は東京のどこに行かれて、横浜のどこに行かれて、だれとどういうお話をしたのか。秘書室長、すぐに調べられますよね。明らかにしていただきたいというふうに思います。今、私の言った所用外出に関しての中身、秘書室としてちゃんとしっかり記録に残っていますよね。どこに行ったのか、公開をしていただきたいというふうに思います。


 まあこれは市長とは見解の相違ということで、市長はそういうふうにおっしゃるのでしょう。先ほども言いました。私が言ったら、私が旗をおろせとか、市連協を解散しろとしたら、みんながそういうふうに従うことになるでしょうと。それもちょっと思い込みが激しいのではないですか、市長。(「思い込みではないよ。思い上がりだよ」と呼ぶ者あり)思い上がりですね、すみません。思い上がりが激しいのではないですか。


 やっぱり特徴は、市長、私の意見だと言うかもしれませんけれども、あなたはやっぱり大事な問題のときに責任をとっていないのです。今回、広報が載りました。広報ざま、8月15日付。普通だったら、私は市長名で書いて当然だと思うのです。こういうふうに決着をしたと。ところが、この文章の主体も渉外課です。市長が問われるような形にはなっていないわけです。もちろん、市長の話をしたら、みんな周りの方々はよくやってくれたと。まあ、市長の周りの方々は、そういう方々なのでしょう。そういう評価もあるでしょうし、そうではない評価もあるでしょう。でも、そういうものもすべて受けとる責任があるのは市長ではないのですか。


 市長の責任で国との協議も行い、あるいは行っていくことになるわけですし、今回の回答の受諾も含めて、全部市長がやっているわけです。だとしたら、私なんか思いますけれども、こういう国が提示してきて、どう考えているのかというのは市長名でやるのが普通だと思うのですけれども。これも一切、市長は自分の名前では出していない。先ほども言いましたように、一番大事な旗をおろすのか、組織を解散するのかということに関しても、動議を出してもらって、皆さんが決めたことですからと。こんな楽な話はないです。そこがあなたの、やっぱりここ数年間の政治手法として、私と決定的に違うと思いますし、本来のリーダーとしてのあるべき姿ではないというふうに、私は思っております。


 あともう1点、あれにも触れておきます。再編が協議対象にはならないということに関して、何回聞いても、言っている意味がわかりません、市長。土地の問題は、国が所有者だから権限が及ぶと。だから、市が交渉して、こう返してくださいというのを国に話し合うことができると。確かにそうですよ。でも、土地の運用というのも米軍の運用でしょう。米軍との合意なしにはあり得ないわけです。日本政府の権限が米軍の運用に対して及ぶのですか。日米の合意がなければだめなのです。再編問題だって同じではないですか。どこがどう違うのですか。


 この一連の流れの中ではっきりしていることがあるのです。国の目的は、唯一一つだったわけです。座間市が再編約40ぐらいでしたか、米軍再編関連自治体の中で唯一反対していると。この反対の自治体ということを消したかったわけです。だから、旗をおろせ。そして、市連協を解散しろ。協議をするけれども、協議に再編は加えない。そういった意味では、一貫しています、防衛省の姿勢は。見事なまでに一貫した姿勢ですよ。それをすべて飲んだのが、今回の結果です。しかも、その飲むときに当たって、市民が納得するような形で、市連協の皆さんに失礼に当たるからということで、市民の代表者、私も代表者ではないなんて言っていないではないですか、さっき。自治会という一つの単位、そして、それの連合体である自連協が、ある種の代表をしているということに関しては、そうでしょう。私たちだってそうでしょう、直接選挙で議員が選ばれている。そうでしょう。けれども、こういう重要な問題は、じゃあ、自治会の代表者と議員だけで決めていいのですかという話です。集会を開けと、何か決起集会を開けと、私は言っているわけではないのです。最低限説明会ぐらいやりなさいよという話なのです。直接市長が行って、これこれこうでこういうことで、国からこうなってきたと。皆さんはどう思われますか。そのときはちゃんと聞いた方がいいと思いますけれども、意見を。


 そういうふうにしてやるのが、基本的な協働のまちづくりということを掲げている市長としての手法ではないのですか。こんなことを言ったら、協働まちづくり条例は要らないではないですか。自連協の皆さんと市議会、これだけで諮って、全部決めたらいいではないですか。それぞれの、例えば議会というのは直接選挙で選ばれて、行政との二元代表制、きのうも吉田議員さんが一生懸命おっしゃっておられたのは、確かにそのとおりなのです。その中での相互牽制によって市政を発展させていく、当たり前の話です。


 自治会という単位があって、その自治会で連絡協議会をつくって、そこからも市に対していろんな意向を反映させていく。それも一つの手法であることは間違いないし、そういうのも存在価値といいますか、意義があることだというふうに、私は十分認めています。


 けれども、やはり、それだけではなくて、もっと直接市民の人たちの意見を聞いて、一緒にまちづくりをやりましょうというのが協働まちづくり条例の趣旨だったのではないのですか。こう言うとまた、きのう答弁したように、今回は市連協のことですから市の事業ではありませんので、協働まちづくり対象の対象にはなりませんと。まあ、技術的にはそうです。けれども、市長は、その精神を大事にするというふうにおっしゃったわけでしょう。とても大事にするとは思えないわけです。(「しようがないじゃない」と呼ぶ者あり)しようがないで済まされては困りますよ。(「そう感じるのならしようがないよ」)と呼ぶ者あり)感じるではなくて、具体的に指摘をしているのです。


 はっきり言えば、ここからは私の意見ですから、別に答えなくていいですけれども。やっぱりこの間の米軍再編の問題で、市長の決定的な誤りというのは、私は、最終報告以降、そういった市民の力に依拠しなかったことなのです。賛成もあり、反対もあり、いろんな方々がいます。でも、そういったいろんな方々が一緒になって考えて、一緒になってこの座間市の将来について考えて、この基地問題をどうしたらいいのかと、それが民主主義ではないのですか。市長の言っている民主主義というのは、ごく一部の人たちが集まって、わずか2時間で動議を出して決める。これが市長の民主主義なのです。そこが決定的な違いなのです。はっきり言って、私からすれば、これは私の意見ですよ、もちろん。旧来の古い政治の手法としか言いようがありません。


 私、その点からすると、岩国の、この間、選挙で負けて退陣をされました井原市長、それと座間市長、よく米軍再編に抗する二大市長ということで報道されていましたけれども、決定的な違いはそこだったと思うのです。最終的に、井原市長は退陣をされました。選挙で負けたのです。でも、あの人は、選挙で民意を問うということをやったのです。あるいは住民投票もやりました。そして、その前の段階では、市民の中に入っていって、さまざまな単位ごとで小さな説明会を開きました。そして説明会で市長の考えを言って、批判もされ、あるいは賛同の声もあり、そういった中でみずからの判断を下そうとしたのです。立派なリーダーだと、私は思います。その上で選挙の結果として、そのことを敗北は敗北として受け入れる。でも、そのことを民意を問おうとする姿勢があったわけです。


 一方で、6期24年間やってこられた市長は、市民との議論は怖れて、ごく一部の人たち、民意を問うこともなく、民意を問わないでやめてしまうわけですからね。民意を問うこともなく、そして責任はほかの人に押しつけて、それでやめてしまう。私は、政治の責任の取り方としては最悪だと思います。だからこそ、最後の質問に当たって、私はあえてそのことをしっかり指摘をしなければいけない。そう思って今回の質問に立ったわけです。予定調和な質問はできない。ご苦労さまでしたなんていうことに関しては、それはまあ、いつか会ったら言うかもしれませんけれども、この壇上の場で、政治の世界で生きていく者としては決してそういうことは言うことはできないと思いますし、最後まで、あなたの政治責任を追及していきたいと思いますし、今後、座間市がこういった古い政治のあり方から、新しい政治のあり方へ変わっていくように、私も微力ながら努力をしたいということを訴えて最後の質問にしたいと思います。


 以上です。


○副議長(小野たづ子君)  沖永明久議員の再質問に対する答弁を残し、暫時休憩します。


               午前10時19分 休憩


    ───────────────〇───────────────


               午前10時55分 再開


○副議長(小野たづ子君)  休憩前に引き続き、会議を開きます。


 沖永明久議員の再質問に対する答弁を求めます。   市長。


             〔市長(星野勝司君) 登壇〕


○市長(星野勝司君)  沖永議員の再質問にお答えを申し上げるわけでございますが、12年間おつき合いをいただいてまいりまして、沖永議員の答弁もこれで最後かと思うと何か寂しさを感じます。


 まず、答弁をはぐらかす、それもカリスマだというお話でございました。(「いいよ、そんなの」と呼ぶ者あり)いいよじゃないよ。そういう尋ねがありましたから、それは沖永議員の受けとめとして受けとめておきます。


 さらにまた、イエス、ノーと言えないと。私は総体的に考えるべきだと、こうお話を申し上げました。沖永議員は、さっきもお話ししましたように、安全保障条約、地位協定等は一切否定されているわけです。だから、簡単に答えが出てきます。私は安全保障条約、地位協定というものは、これは是認をしているわけです。そういう意味で、私は国防という問題は全体的な要素の中で考えていくべき問題だということですから、沖永議員みたいに反対、ならばイエス、ノー、簡単に言えるでしょう。(「反対って言ってなかった」「2年前は言えたのに何で今言えないの」「お静かに」と呼ぶ者あり)


 それから、変わったらはっきり言ったらどうだというふうなお話。変わっていません。(「それがはぐらかしている」と呼ぶ者あり)恒久化の解消を一貫して求めてきましたし、これからも確認書に基づいて常設協議会の中で協議事項として、市是である基地の整理・縮小・返還を粛々と求めていくという恒久化への解消の姿勢は一切変わっていないです。(「反対は答弁で」と呼ぶ者あり)


 つまみ食いをしないでくださいと言われました。お互いさまですよ、これは。


 さらに、市長は容認とか、容認でない、そういう問題は別問題だと。確かに、私言いましたよ。言いました。それは、そういう次元の問題ではない。いわゆる恒久化解消は解消でしっかり求めなければいけない。一方では、後段でも沖永議員が言われましたように、スタート段階と全然変化してきましたよね。(「だから変わったんだろ」「そこをちゃんと言わないと」と呼ぶ者あり)変化してきましたよね。その変化というのは何だ。私の姿勢ではないですよ。現実に30人という位置づけがされましたよね。これは大変な変化ですよ。(「だから容認するんですか」と呼ぶ者あり)ですから、現実を直視しなければいけないというそういう問題も一つの大きな変化だったということです。そういう環境変化はありました。(「直視して容認するというふうに見える」と呼ぶ者あり)


 それから、覚書と確認書の46年6月25日、町当時の関係ですが、これはさっきもお話ししたように、この覚書の区域は、座間の行政区域です。ですから、沖永議員はご存じかどうか、あの当時、自衛隊の基地の一部使用の反対運動がありました。そのときに覚書が締結をされました。これは座間市としての対応だったわけです。恐縮ですけれども、相模原市は反対だったのです。今でも反対です。対応の仕方が全く分かれているわけです。ですから覚書は、締結をしたその当時の座間町、そして、その当時の横浜防衛施設局との締結で行政区域であります。(「米軍司令部は対象にならないんですか、座間市域内の」と呼ぶ者あり)


 さらに(「答えない。だからはぐらかしてるって言うんだよ」と呼ぶ者あり)何を言っているんだよ。(「聞いてるのに答えてないじゃん」と呼ぶ者あり)先ほど私の動向を興味を持っているというふうなお話がございましたが、まず、7月1日、2日、これは、私もやっぱり人の子だったのですよ。夏風邪を引きました。そういうことでございました。(「30日は。6月30日は」と呼ぶ者あり)それから、7月24日、私もたまには休ませていただいたと、こういうことです。それから18日は、先ほどお答えしたとおりであります。そのほかの関係は(「6月30日」と呼ぶ者あり)室長の方からお答えをいたさせます。でも本当にこの質問のときに、市長は一生懸命働いていることは認めるよと。いや、せめて1点だけ認めていただいて大変光栄に存じました。


 さらにまた、7月23日のお話もございましたけれども、これは、一つは基本的には相模原二ツ塚線の総会がありまして、そのときに決議がされまして、その関係で県庁へまいりました。それは会長としてまいりました。促進をお願いに上がりました。その節に知事にもお話をしました。18日の日には、南関東防衛施設局として、近々お示しをさせていただきたいというお話、さっきお話ししたとおりです。そういうことで、知事にも国として近々示されてくると、こういう予定であるということはお話を申し上げました。


 さらに、非公式の会談というお話しですが、どういう受けとめをしたらいいのかわかりませんが、私自身は、公式にしても非公式にしても、会談というものはこの18日にお示しできますよという話、いわゆる水面下のお話ではありませんけれども、そういう以外はないです。


 市連協の解散の垂れ幕、また再度お尋ねをいただいわけでございますが、思い上がりも激しいよというふうなお話でございます。責任をとっていないと、残念だなと思っています。


 それから、広報ざまで8月15日号に出した形、何で渉外課なんだと。今まで私の名前を出させていただいたのは、新年号のあいさつだけです。そのほか協議会でも、ことしの正月、確かにキャンプ座間の問題で出しました。米軍再編にかかわるキャンプ座間に対する市の基本的な姿勢、国が約束をまず果たすことということで、これも渉外課でございます。別に、私としては他意はないところであります。


 それから、さらに垂れ幕や市連協の解散の関係で動議を出してもらっている。私は出してもらった覚えはないです。構成員の方が自発的に発意していただいたのです。(「自発的に原稿書いたのか」と呼ぶ者あり)どうぞ、それは受けとめはいろいろあるでしょう。ただ、事実は事実です。


 国の目的のお話がございましたけれども、唯一の再編に関連する自治体、いわゆる反対している市連協の解散、垂れ幕・横断幕と、さらには掲示物をおろすこと、これが国として大きな大きな目的であったと、これをすべて飲ませたと、そういうお話がございましたが、私が求めてきたのはあくまでも恒久化の解消方策でありました。


 さらに、市連協のみで決めるというお話がございましたが、先ほど私もこれご答弁申し上げましたから、重複をする考えはありません。残念ながら、そういうふうに沖永議員としてお受けとめになられたということでお許しをいただきたいと思います。


 これもご指摘をいただいたわけでございますが、岩国の井原市長さんのお話がございました。井原市長さんは民意をとって住民投票をしたと、こういうふうなお話がございました。立派なリーダーだと評価をされました。私も立派なリーダーだと思っています。私ではないですよ。井原さんは立派なリーダーだと思っています。ただ住民投票という考え方、これは、私は今までも基本的な考えを明らかにさせてきていただきました。まず基本的には国防の問題であって、私どもが民意を基本的に問うことになじまない問題だと、これはもうはっきり(「国は一貫して言ってないんだよ、そんなふうに」と呼ぶ者あり)はっきり言ってきました。(「何でなじまないかとか、一貫して言ってないんだ」と呼ぶ者あり)なじまないと言ってきました。(「なぜなじまないかということを」と呼ぶ者あり)国防という問題だということで言ってきました。やはり慎重にやらなければいけないのは、賛成ですか、反対ですか、単なるそういう問い合わせは、非常に私は危険だと、こう思っています。


 最後に、私としての意見だということで述べられました。議論を怖れて民意を問うことなく、ほかの人の責任として押しつける、最悪の責任のとり方だと、こういうふうな最悪のご指摘をいただきました。先ほど私も過ぎましたけれども、私自身にそういう無責任な姿勢があるとすれば、私は24年間、1期1期、そういう市民の信任、信託は得られなかったと、こう思っています。


○副議長(小野たづ子君)     秘書室長。


            〔秘書室長(清田 栄君) 登壇〕


○秘書室長(清田 栄君)  先ほど市長の再答弁がございまして、残された部分について私の方から答弁させていただきたいと思います。6月30日、午前は弁護士の方に法律相談に伺っております。午後につきましては県庁の方に伺っております。7月4日につきましては、午前中は近隣行政機関の方に伺っております。25日につきましては、一日出張ということで議員会館の方に伺っております。


 以上でございます。


○副議長(小野たづ子君)  以上で、沖永明久議員の一般質問を終わります。


 続きまして、10番佐藤弥斗議員。


           〔10番(佐藤弥斗君) 登壇〕(拍手)


○10番(佐藤弥斗君)  議長のお許しをいただきましたので、議席番号10番、政和会、佐藤弥斗、ただいまより通告に従いまして一般質問をさせていただきます。


 今議会最後でもあり、また今期最後の一般質問となります。私自身、今期の最後の議会となりますので、悔いの残らないような質問をさせていただこうと思っております。


 同僚の伊田議員はよくお得意の野球にたとえてご自身の心境を語られますが、私は小・中・高と剣道をやっておりましたので、最近20年ぶりに剣道を再開いたしましたので、剣道にたとえまして今の心境を申し上げますと、前向きに市政が進展するように何とか真剣勝負で一本とっていきたいと思っておりますので、前向きな答弁をよろしくお願いいたします。


 それでは質問に入らせていただきます。


 今回の質問要旨は、市長の政治姿勢について、安心・安全なまちづくりについて、道路行政について、教育問題についてでございます。


 それでは、まず市長の政治姿勢について伺ってまいります。


 4年前、私が議員にならせていただくきっかけとなりましたのが、小松原火力発電所問題でありました。この問題で住民と行政との間にあってはならない壁を感じ、この壁をなくすために私たち夫婦は市政に携わる決意をいたし、今に至っております。議員にならせていただきましてからは、先輩議員を始め、議員の方々、そして市長、当局の職員の方々から教えていただくことばかりでございました。


 そういった志を持ちまして市政に臨んでおりますが、市民要望と行政のできる限界を埋めていくことに大変な難しさを感じております。そこで後学のためにも市長にお伺いをいたしたいと思います。


 小松原発電所の問題の際にも苦慮されたことかと思いますが、今までの6期24年間、どのように市民要望を踏まえ精査し市政運営に反映してこられたのか、また議員としてやってこられた立場と、市長になられてからのお立場とではやはり違いがあったのではないかと思いますが、そのあたりについてお聞かせを願いたいと思います。


 次に、安心・安全のまちづくりについて伺ってまいります。


 自主防犯の観点から1点お聞きしておきます。皆さんもご存じのとおり安心・安全のまちづくりは、座間市において頑張る地方応援プログラムに申請を出している施策でございます。ですから、特に積極的な取り組みを期待しております。


 平成19年6月、同年9月の定例会の一般質問において、青色回転灯を装備した自動車、いわゆる青パトによる自主防犯パトロール隊への委嘱について、委嘱制度の整備として要項を策定する予定があるのかどうかということを伺いましたところ、現在検討中であるとのお答えをいただきました。この問題につきまして、現在の進捗状況をお伺いいたします。


 続きまして、防災の観点から何点か伺ってまいります。


 昨年、平成19年3月には、座間市地域防災計画が新たに策定され、また市民の自主的な動きとして、ことし平成20年7月にはざま災害ボランティアネットワークが設立されました。災害ボランティアネットワークとは、ボランティアと行政などが協力し助け合える関係を構築するための組織で、平成7年の阪神・淡路大震災で多くのボランティアをまとめるコーディネーターの不足などにより、ボランティア間や行政などとの連携がうまくいかなかったことが発端となり、全国各地で組織されております。県内でも神奈川災害ボランティアネットワークのほか、大和・海老名・綾瀬・相模原・厚木など13市にネットワークがあります。


 座間市には、座間市防災ボランティア本部という組織がございましたが、市民の自発的なこの組織が結成されていなかったので、防災活動に関心の高い市民の方々の自主的な活動により、2年半かけて、ざま災害ボランティアネットワークの立ち上げにこぎつけたということでございます。


 ざま災害ボランティアネットワークでは、今後より能動的に防災訓練時に活動するほか、住民向けの避難所宿泊訓練や小学生対象の防災講習などを行っていきたいということだそうです。


 今月8月30日には、毎年恒例の防災訓練が行われる予定でございます。多くの地域の市民が参加をし、消防隊・救急隊、自衛隊、災害ボランティアの団体、郵便局などの多くの団体が参加しておりますので、災害時にはこれだけ多くの組織が動くのかという関心もし、そして市民の意識啓発といった意味においては、またイベントとしてはかなり立派なものだと思い、当局を始め各種団体の関係各位にも深く感謝をいたしております。


 しかし、実際の災害を考えましたとき、その訓練でいいのだろうかという疑問が残ります。実際の災害時には、市長は災害対策本部を立ち上げて、各避難所などに無線などで連絡をとり、各地の被害状況を把握し、被害状況に合わせた指令を出すといった作業が行われるかと思います。避難所に指定されている施設には、平成18年から19年度でMCA無線が配備されました。このMCA無線の取り扱いなどは、日常的に訓練されていられるかと思いますが、どういった訓練を今までにされているのかということをお伺いいたします。


 また、避難所設置訓練が、平成17年から開始されましたが、どういった訓練内容なのかということも、あわせてお伺いをいたします。


 次に、交通事故防止の啓発についてお伺いをいたします。


 平成13年12月より危険運転死傷罪が施行されました。この改正の経緯は、皆さんもご存じのところかと思いますが、改めて申し上げたいと思います。


 従来、交通事故の加害者は故意がないことを前提として、刑法第211条の業務上過失致死傷罪によって処理されてきました。2000年、平成12年の4月に神奈川県座間市の座間南林間線小池大橋で、検問から猛スピードで逃走してきた建設作業員の男性が運転する自動車が歩道に突っ込み、歩道を歩いていた大学生2名を死亡させた事件が発生。この男性は酒酔い運転だけでなく無免許運転で乗っていた車は車検を受けておらず、また無保険運行の極めて悪質な状態でありました。


 この事故で息子を失った女性、鈴木共子さんが「そもそも業務上過失致死傷罪はモータリゼーションが発達していない時代(明治後期)にできた古い法律で、自動車事故を想定してつくられたものではない。人命を奪っておきながら、5年以下の懲役・禁錮、または50万円以下の罰金という窃盗罪よりも軽い刑罰は、悪質な運転者が死亡事故を起こしている現状にそぐわないのではないか」と法改正運動を始めました。運動の趣旨に賛同する被害者遺族たちとともに全国各地で街頭署名を重ね、この協力者の中には、東名高速飲酒運転事故で幼いお嬢様たちを失ったご両親もいました。2001年、平成13年の10月に法務大臣へ最後の署名簿を提出したときには、合計で37万4,339名の署名が集まりました。


 ちなみに、業務上過失致死罪は、1968年に、それまで最高刑が禁錮3年だったものを懲役5年に引き上げる法改正がされています。これはモータリゼーションの進行により、1959年に交通死者が初めて1万人を突破し、1960年に、呼気に一定以上のアルコール分を含む酒気帯びでの運転禁止を定めた道路交通法の規定が制定されるという流れの中で、悪質な交通違反には刑が軽過ぎるとの理由により改正されたものであります。


 この鈴木共子さんは皆様もご存じだと思いますが、座間市在住でいらっしゃいます。この鈴木共子さんの「生命の手記」というのがございまして、それを読ませていただきます。


 「今でもよく思い出されるのが、産まれたばかりの息子に、最初に乳を含ませたときの感触と、幸せ感です。なれぬ育児に、ささいなことが不安になって育児書に翻弄されていた頼りない親でしたが、それでも若い夫婦にとって息子の誕生はこの上ない喜びであり、21世紀に成人する息子に限りない夢を託したのです。それが19年後には成人式を迎えることもなく逝ってしまうなんて、この世にこんな深い絶望があるとは想像しませんでした。逝ったのではなく、逝かされたと言うべきでしょう。19歳と6カ月、ようやく人生の第一歩を踏み出そうとしたときに、飲酒、無免許、無車検、無保険、スピード違反という悪質のきわみのドライバーに命を奪われたのです。息子が中学1年生のとき、夫は末期ガンに冒されました。残りの時間を悔いなく過ごしたいという夫の希望で、自宅での闘病を選択しました。いつか来る別れの日を怖れながらも、前向きに闘病する夫に、私も息子も反対に励まされ、家族のきずなを深めることができたようです。そんな夫が力尽きて亡くなったときは悲しかったけれども、精いっぱい生きた夫を、私も息子も誇らしく思えました。夫の分まで息子と二人、力強く生きていこうと決意につなげたのです。ただ、息子も失った今となっては、得体の知れない恐怖を消し去ることはできませんが、息子だけは何としても守り抜くという悲壮感と決意で、夫の死を乗り越えられたと思います」。一部をちょっと読ませていただきました。


 本当にこういった境遇の中で、鈴木共子さんの息子さんが悲惨な事故に遭われ、その中で署名活動などをして法律が改正されたということであります。


 座間市で起きた事故、そして座間市に在住している鈴木共子さんの活動がきっかけで、法改正がなされたことは、座間市としても語り継ぐべきことだと思いますし、座間市から積極的に交通事故防止の啓発をしていかなくてはならないと考えております。


 鈴木さんの主催する「生命のメッセージ展」がハーモニーホールにおきまして、平成13年8月に行われ1,764名の方々が訪れました。また、鈴木共子さんを描いた映画「0からの風」の上映が昨年12月1日に行われました。そしてまた、昨年の暮れには、鈴木さんの個人的なつながりから栗原中学校で全校生徒に講演をされたそうです。


 私は、座間市から積極的に、この交通事故の防止の啓発をしていったらいいかと思っているのですが、これは例えばなのですが、小池大橋のこの事故があったところの壁面に、このような悲惨な事故が起きないように祈りを込めてレリーフを設置したりとか、子供たちにこういった事故が二度と起こらないように願いを込めて絵をかいてもらうとか、また「生命のメッセージ展」は、平成13年より全国各地で行い、まだ全都道府県制覇はしていないそうですが、昨日終わった千葉県千葉市で53回目だったそうです。また、「0からの風」の上映は、昨年平成19年5月より、全国42の都道府県にて200回を超える上映会が開催されているそうです。


 この「0からの風」はレンタルDVDがあるそうで、少年院や刑務所では矯正教育の教材として採用しているそうです。また、他県から「生命のメッセージ展」の常設展示施設の提供の打診もあり、現在その準備作業を行っているということでありました。そういったDVDもありますので、それを利用して図書館で市民に貸し出していただくとか、交通安全の啓発に使っていただく。また、教育現場などで教材として使用していただくことも可能かと思います。こういった啓蒙活動についての当局の見解をお伺いいたします。


 続きまして、道路行政について伺ってまいります。


 国道の下り車線から順次、基準点にICタグを埋め込む整備が進められているということを伺いました。ICタグには位置などのデータが入っており、リーダーでそのデータを読み込むことにより、どこにいるのかということがわかるようになっているそうです。なぜ国道の下りからかと言いますと、災害時に帰宅される方が国道を歩いて帰るということを想定して、リーダーで今どこにいるということを読み取れるように、そういった整備がなされているそうでございます。


 市内には、2008年、元気なものづくり中小企業300社ということで、2008年版ということで表彰、感謝状を受けたKRDという会社もございます。そういったICタグなどの専門的な企業もございますので、そういった企業にご協力をいただいて、こういった最先端の技術を駆使した道路行政をすることも可能かと思いますが、そのことについてのご所見をお伺いいたします。


 続きまして、教育問題についてでございます。


 私が議員にならせていただきましてから、小学校、中学校の施設を見まして、よく子供たちにこういった施設で学ばせているのにすごく心を痛めるときがあります。例えば、ある学校では、ドアの枠の壁の間がかなりすき間があったりとか、ちょっと本当に窓が、以前にもちょっとお話ししたことがありますが、ここの窓をあけると落ちてしまうのであけないでくださいという張り紙が張られた窓があったりとかということで、とても修繕とかそういったことができないのかなというふうに思うことがあります。


 そこで、財政的にかなり座間市が厳しいということはよくわかっておりますが、そういった学校施設の点検修繕をする建築関係者による、そういったボランティア制度が設立できないのかなということをちょっと考えておりますので、その点について、いかがなものかということをお伺いいたします。


 また、現在、座間市では心のフレンド員というのを行っておりますが、以前にも、平成18年の9月、そしてまた12月でお伺いをしているところでありますが、今、教育現場では少人数指導ですとか、特別支援教育といったことで、人員の確保が急務であると考えております。有資格者による教員免許を持った有償のボランティアや、そういったことをやりたいという有償のボランティアの方などをぜひ教育ボランティア制度で確立をしていただけたらと思っておりますが、その点についてお伺いをいたします。


 また、生徒指導といった面なのですが、名古屋市の生徒指導研究会というところによりますと、この研究発表の中で、子供たちに「必ず実践8項目」というのを取り組んでもらったという研究発表がございます。「必ず実践8項目」の一つは、ありがとうをたくさん言おう。二つ目に、はいと返事をしよう。三つ目に、わざとではなくても謝ろう。四つ目に、ごみを拾おう。五つ目、使ったものはきれいに戻そう。六つ目、節約をしよう。水、電気、時間など。七つ目、おかげさまの気持ちを持とう。八つ目、落ちついて学習や生活をしようと、この8項目を、朝の会で毎日児童全員が復唱する。そして、その日に意識して実践する項目を、きょうの重点項目として一つ決める。重点項目の決め方は日直の児童が決める。学校生活のさまざまな場面で児童は重点項目を意識して過ごす。帰りの会で実践できたかどうかを振り返り確認するといった、こういった取り組みをしたそうです。そうしましたら、トラブルなどが少なくなったり、また、ほかのお友だちとかかわりを持てなかったお友だちがかかわりを持てるようになったりですとか、先生のお手伝いを進んでやるようになった生徒がふえたという研究発表がございます。このことにつきまして、教育長の見解を求めます。


 そして、放課後子どもプランの取り組みでございますが、何度かこの議会でも話題になっているところでありますが、現在ある遊友クラブというのは、座間市の場合は、PTAが主体的なところが多いというふうに思っております。私も現在PTAの会員でございます。本当にこの近年なのですが、今仕事をしているお母さん、パートをしていたり、仕事をしているお母さんというのが多くて、なかなかこういった役員さんですとか、遊友クラブの実行委員というのを受けていただける方というのは限られておりまして、この遊友クラブの回数をふやすというのはなかなか難しいところかと思いますが、放課後子どもプランへの取り組みといったところで今座間市で考えると、この遊友クラブを簡素化して、そして回数をふやしたり、またPTAのみではなく地域の多くの方にかかわっていただくといったことが必要かと思っております。


 教育福祉常任委員会の方で、新潟の三条市の方に視察に伺いましたところ、そちらで取り組まれている取り組みは、どちらかというと地域の方々、ある程度の年代の方々がそういった取り組みをしているというお話を伺いました。もし、現在ある遊友クラブの内容を簡素化し、回数をふやしたとしたときの問題点、課題などについてお伺いをいたしまして1回目の質問といたします。(拍手)


○副議長(小野たづ子君)     市長。


             〔市長(星野勝司君) 登壇〕


○市長(星野勝司君)  佐藤議員からの一般質問のお答えを申し上げたいと思いますが、まず、市長の政治姿勢ということでお尋ねをいただきました。一つとしては、市民要望にどう対応してきたかというお話でございました。その中でも、特に具体的なお話もあったわけでございますけれども、もう一つは、私が3期12年の議員生活、そして24年の市長生活、その立場の、そういう住民要望に対する基本的な立場の相違というものをお尋ねをいただきました。要望といいますのはさまざまな分野があるわけでございまして、私は、例えば下水とか道路とか福祉とか、いろいろありますわな。そういう市民の身近な要望、こういうものについては、もちろん私もそうですし職員にも絶えず話してきたのは、そういう要望を受けたらば受けっ放しは絶対許されないと。いわゆる、まず一つは、受けたらば責任を持つこと。そして、市民の要望にこたえられるのか、こたえられないのか。こたえられないとすれば、どういう理由でこたえられないのか。そういうことは絶対に預かりっ放しではなくて、やっぱり必ずできないことはこういう理由でできませんという回答は、しっかりと責任を持ってやってほしいということを職員にも求めてまいりました。いわゆる、当然それは市民要望にもいろいろありますけれども、行政がなすべく守備範囲の事項でございますけれども。そんなふうなことで預かりっ放しは絶対に許されないということを、私自身もそうやってきましたし、職員にもそう求めてまいりました。


 事例があったような問題、これは市民の全体の利益、一部の利益、それから行政としてどう対応すべきか、直接的な形で対応をなすべきなのかどうか、いろいろな問題もあります、内容的には。ただ事例があったものについては、確かに、私にしてみれば24年間の大きな住民運動への対応の一つであったことは事実であります。その場合にも、対応する場合にも、その住民の要望というものの適否、そういうものを考える場合に、まずそれがどんなものなのかということをみずからわからないと何もできないですよ、はっきり言って。いわゆる、住民がこう言っているけれども、本当にそうなのだろうか。本当にそんなふうに大きな音が出るのだろうかと。そういうことをみずからもやっぱり同じような施設へ行って、足を運んで、まず学びとらなければ、いわゆる自分の知識を深めないと対応をしていくことは不可能でありますから、確かに事例があったときは、私は大阪とか、藤沢とかさまざま形を、現地を見させていただきました。そういう知識を持って、私としてはまず深めさせていただくことが基本であります。そして、会社の方と接触をさせていただいたと、こういう経過です。ですから、物事を対応するためには、まず自分が何の知識もなければ対応できない。みずからの知識を深める。その部分で、今まで対応を進めてきております。


 議員と市長の基本的な相違点、これは基本的に違いますよ、はっきり言って。ただ同じことは、議員のときは、もういろいろと市民からこの問題、あの問題と言われてきた。共通していることは、必ず私は責任を持って回答だけは市民にしてきたということです、共通していることは。ただ、基本的に対応の仕方は相違しているのではないですか。


 それから、あえて私の方から交通安全のお話でお答えをさせていただいておきますけれども、今現在さまざまな関係団体の協力の中で、交通安全、事故の撲滅に市民を挙げて取り組みをいただいているところであります。具体的なお話がございました。鈴木共子さんのお話でございました。ご質問にもありましたように、私どもも19年の12月の交通安全推進大会第2部で、モデルとなった「0からの風」を上映をさせていただきました。また、鈴木さんみずからが私どものハーモニーホールの展示室の方でメッセージ展を開催をされました。そういうふうなことで、ご協力はさせてきていただいております。それはなぜか。やっぱり悲惨な事故、本当に悲惨な事故です。二度とあってほしくない。そんな願いの中でご協力をいたしてまいりました。鈴木さんご自身、大変な苦しみ、悲しみの中で過ごされた一定の時間だったのだろうと思っています。しかしながら、その悲しみ、苦しみに耐えて、今日、そんな力強く活動をなされている鈴木さんの姿勢に、深甚なる敬意を表させていただきたいと存じております。


 あと、質問については教育委員会の方からご答弁申し上げます。


○副議長(小野たづ子君)     市民部長。


            〔市民部長(加藤幸雄君) 登壇〕


○市民部長(加藤幸雄君)  防犯関係、自主防犯の関係で青色回転灯の、いわゆる青パトにつきまして委嘱制度、その後の進捗状況をお尋ねいただきました。平成19年の第2回の定例会でこの問題をご質問いただいたわけでございますが、この委嘱制度につきまして、その後検討をしてきまして、自主防犯活動のために使用する自動車の確保をどのように行うかということが、最大のネックの問題として判断をいたしております。そのため、現在、市で青色回転灯つきの車両の貸出制度ができないかどうか検討をいたしております。あと、事故等の保険関係の検討、それと青色回転灯を装備した自動車による自主防犯パトロールの委嘱に関する要綱の検討等を行ってございまして、なるべく早い時期に自主防犯パトロールが実施できるよう努力してまいりたいと考えておりますので、ご理解をいただきたいと思います。


 それから、防災関係につきまして、総合防災訓練につきましてお話をいただきました。特にMCA無線の設置はされたけれども、その後の訓練関係はどうなっているのかというご指摘でございました。この総合防災訓練につきましては、来る30日に行われるわけでございますが、発災型、対応型、発災対応型の地域密着型の訓練といたしまして、毎年、会場を地区別に変えまして行っておるところでございますが、訓練に参加いただいた市民の皆さんと防災関係者、事業所、ボランティア等が一体となりまして避難誘導、避難所開設訓練、消火活動などを行い、災害が発生した場合に、迅速に、的確にそれぞれの持ち場で対応が行えるよう実施をしているものでございます。本年も東原小学校で行う予定でございます。


 お尋ねのMCA無線につきましては、現在、各コミュニティセンターを始め市内の公共施設等に71局配備をさせていただきました。この無線を使用した訓練といたしましては、現在日常的に光化学スモッグ注意報が発令された際の連絡、日常の事務連絡をかねた通信訓練等を行っております。


 それから、防災関係で避難所開設訓練につきましてお話がございましたけれども、お話のように6月7日に中原小学校で開設訓練を実施しました。これは、より実践的な訓練内容といたしまして、気象協会の気象予報士による防災講話、あるいは資機材の説明、簡易トイレ、ワンタッチトイレの取り扱いの直接説明、炊き出し、消火器等の説明を行うとともに、防災ボランティアの方々によります炊き出し等を行ったところでございます。さらに実践的な訓練につきまして努力をしてまいりたいというふうに考えております。


 あと、自主防災の関係で、一時避難場所が必要だというふうなご指摘がございまして、この一時避難場所につきましては、あくまでも一時的に安全を確保する場所でございますので、地域の中で、現在お決めをいただくことが基本であろうというふうに考えております。しかしながら、工業会との災害時における応急対策の協力に関する協定の中で、一時避難場所として用地をご提供いただける等ご報告をいただいてございまして、現在その場所には、一時避難場所を表示する看板の設置等を準備をしているところでございます。


 以上でございます。


○副議長(小野たづ子君)     都市部長。


            〔都市部長(和田永一郎君) 登壇〕


○都市部長(和田永一郎君)  道路行政ということでICタグの活用ということでご質問をいただきました。このICタグでございますけれども、内部に書きかえ可能な情報を持ち、無線でデータを読み出すことができるものでございます。既存の基準点にICタグ機能を付加した場合、これまでの経度、緯度、標高等の位置情報に加え、所在地、管理者、周辺情報等多くの場所情報を入力し、読み取り機械により、その場でこれらの情報を知ることができるものでございます。このICタグを利用した基準点は、現在、国土交通省及び国土地理院が連携して研究開発を進めており、国道等で試験的な運用も行われている状況と聞いております。この運用の中で、ICタグに内臓されているデータは、通常時のデータ活用に限らず、災害時におきます付近の避難場所の案内等利用方法には多くの可能性があると言われております。本市におきましても利用効果等に関心を持っているところでございまして、国等の今後の動向や活用状況、こういうものをよく見させていただきながら利用方法を検討いたしてまいりたいと考えているところでございます。


○副議長(小野たづ子君)     教育長。


            〔教育長(金子槇之輔君) 登壇〕


○教育長(金子槇之輔君)  佐藤議員さんから教育委員会へ4点ほどご質問をいただきました。


 まず名古屋市の生徒指導研究会、それの感謝の気持ちを育てる教育「八つの実践項目」についての取り組みでございますが、現在進めております教育改革の大きな柱の一つが、規範意識を育てるという心の教育であるという認識を持っております。この3月に告示されました新学習指導要領におきましても、道徳教育の充実が示されているところでございます。現在、市内のどの学校においても議員さんの話をされた生活規範的な実践項目に相当する、廊下は静かに歩こうですとか、思いやりのある言葉を使おうですとか、人の話をきちんと聞こう、あいさつをしようなどの生活目標を決め、その目標を校舎内に掲示して取り組んでいるところでございます。


 また、学校によっては「オ・ア・シ・ス・サ」という合い言葉。オ、おはようございます。ア、ありがとうございます。シ、失礼します。ス、すみません。サ、さようならの五つの言葉を大切にしようという取り組みの例もございます。このように学校ごとに実践している状況でございますが、さらに発展させることも必要であると感じております。


 そこで、座間市の教育目標の重点として取り組んでおります豊かな心の育成について、より具体的な言葉で示し、学校だけでなく、家庭にも地域にも協力いただけるよう現在検討をしているところでございます。


 次に、教育ボランティア人員確保についてのお尋ねがございました。以前にもご質問をいただきましたが、不登校の生徒に対応するために、教育委員会として検討を重ね、ご案内のとおり、平成19年度からきめ細かな指導ができるよう、子供の心に寄り添う、心のフレンド員を中学校に配置しております。昨年度2名を配置いたしましたが、教科指導や学校行事などの教育活動の中で有効な手段の一つとなるとの検証結果から、今年度は2名を増員し、4名を配置しております。今後は心のフレンド員のさらなる研究を進めるとともに、各種大学との連携方法をさらに探り、多方面での活用についてどのような形がふさわしいものかも研究をしてまいりたいと考えております。


 また、少人数指導につきましては、現在、市の非常勤講師を10人配置して、個に応じた指導に努めております。特別支援教育につきましては、特別支援教育補助員を、昨年度の5名から1名増員し、現在は6名を配置して、個々の障害の状況に応じた指導をしているところでございます。


 少人数指導にいたしましても、特別支援教育にいたしましても、専門性とか指導性を問われるものでございますので、ボランティアによる増員というよりも、現在進めております非常勤講師や特別支援補助員の充実を考えておるところでございます。ご理解を賜りたいと存じます。


 残りにつきましては、部長の方から答弁を申し上げます。


○副議長(小野たづ子君)     教育部長。


            〔教育部長(中村咲男君) 登壇〕


○教育部長(中村咲男君)  私の方からは、残りました学校施設の修繕の関係と、ざま遊友クラブの関係の2点の質問にお答えをさせていただきます。


 まず、1点目の学校施設の修繕を地域のボランティアにお願いするような制度が設けられないかというようなご質問をいただきました。学校の教育活動の充実に向けまして、地域の住民による学校支援体制づくりというのは必要なことであろうと考えております。また現在、各学校におきましては草刈りや花壇づくり、植木の剪定、図書整理など、地域の方やPTAの皆様方がご協力をいただいているわけでございます。一方、学校施設の修繕につきましては、施設が大きいだけに窓ガラスや建具を始めトイレのつまり、水道の蛇口など、多種多様にわたるところでございます。これらの修繕箇所を迅速に、かつ適切に修理することが学校運営に不可欠なことだと考えておりまして、簡易な修繕につきましては、市内の小規模工事事業者等にお願いをしているところでございます。


 ただいまのご質問にもございました修繕箇所、通常、修繕箇所は、学校からの報告を受けて対応しているわけでございますが、今ご質問を受けたような修繕箇所が必要な部分につきましては、早急に対応させていただきたいと存じます。


 また、質問のボランティア制度が施設の修理に性格的に、また内容的にうまく適合するかどうか、さらにボランティアを活用するに当たりましては、どのような修理について可能なのかどうか、今後よく整理し、研究をさせていただきたいと存じます。


 2点目のざま遊友クラブの回数の内容、簡素化してふやしたときの問題点と課題というようなご質問もいただきました。まず遊友クラブの現状についてお話を申し上げますと、ご承知のとおり、平成11年度に栗原小学校を試行校といたしまして、開始をいたしました。現在すべての小学校で実施をしてから8年が経過したという状況でございます。各地域の遊友クラブは、地域の特色のもとで触れ合いや交流・体験を通して、心豊かな子供の育成を図る目的で実施をされてございます。各地域の内容は、地域や自治会、商店街とともに学校の全校行事のような事業展開をしている遊友クラブや、天候や協力者の人数によりまして、柔軟に対応して事業を実施している遊友クラブなどさまざまでございます。子供たちの喜ぶ姿を見るたび、親も一緒になってやっていてよかったと感じる大人の方も大分ふえてきておる状況でございます。


 その反面、実行委員、協力者など、一緒に活動していただける人の確保の問題、また、さらにアンケート調査では、上級生は塾に行っており遊友クラブにいく時間がないとか、事業の内容がいつも同じなど、また実行委員としての悩みや意見なども届けられている状況でございます。連絡協議会の役員会でご質問のあったような協力員などの人手不足の対応策として内容を簡素化して、大人は見守るだけとした、そんなような案も、市から提案させていただいた経過もございますが、役員の皆さんの協議の結果、無理に内容を変えて回数をふやすというのではなくて、現在の事業内容の充実を図りつつ、継続したいというそういった結論にもなってございます。


 市といたしましては、年3回の全体会や研修会などを開催をさせていただきまして、ざま遊友クラブの充実をすべく、ニュースポーツを取り入れましたり、実行委員を始め関係者の研修を講師に元校長や教育委員にお願いをして実施をしておるところでございます。このような取り組みに対しまして参加者から好評をいただいてもございます。ざま遊友クラブの充実につきましては、まずは当面、事業開催の検討課題として、各校月2回の開催を目標に、実行委員等と学校と情報交換を密にいたしまして、地域性を生かした事業展開が図られるようにしてまいりたいと考えております。よろしくご理解をいただきたいと存じます。


○副議長(小野たづ子君)  再質問ありませんか。   佐藤弥斗議員。


             〔10番(佐藤弥斗君) 登壇〕


○10番(佐藤弥斗君)  全体的に前向きなご答弁をいただきまして、ありがとうございました。


 1点だけ要望を申し上げます。今、全体的に安心・安全なまちづくりの内容が多かったと思います。質問のところでも触れたのですが、座間市では、頑張る地方応援プログラムの方に申請を出しております。きのうですか、ちょっとホームページを見させていただいておりましたところ、8月二十何日だったか、この申請の期限だったかと思います。今、ご答弁いただいた内容でいろいろと各課で前向きに取り組みをされております。災害ボランティアネットワークなどの立ち上げ、立ち上げたのは、もちろん市民の自主的な動きでありますが、そういった動きなどというのは、この申請に当たりまして評価される部分かと思いますので、かなりこれは前回ですか、3,000万円の上限いっぱいの国の方からいただけているというお話がありましたので、ぜひ申請を出す際に、そういった部分も考慮されて申請をお願いしたいと思います。


 これで私の発言は最後になります。今回ご勇退される議員の皆さんがここにもたくさん何人かいらっしゃいます。本当に皆様から教えていただきましたことを心にとめて、今後の活動に生かしていきたいと考えております。本当に長い間、皆さん、ご苦労さまでございました。今後ともそれぞれのお立場で、変わらぬご指導をいただきたいと思っております。


 また、特に市長におかれましては、3期12年、そして6期24年、合わせて36年。私が2歳のころから市政に携わっておられるという、本当に長い間、ご苦労さまでございました。


 私は、市議会議員にならせていただきましてから、市長に接しさせていただきまして、人として、また政治家として見習うことが多く、これだけの政治家は私はなかなかいないというふうに評価をいたしております。本当に長い間ご苦労さまでございました。


 以上で、要望でございますが、一般質問を終わらせていただきます。


○副議長(小野たづ子君)  以上で、佐藤弥斗議員の一般質問を終わります。


 以上で、通告のありました一般質問は全部終了しました。


 これにて一般質問を終わります。


 これで本日の日程は全部終了しました。


 お諮りします。議事の都合により明28日は休会としたいと思います。これにご異議ありませんか。


             (「異議なし」と呼ぶ者あり)


○副議長(小野たづ子君)  ご異議なしと認め、明28日は休会とすることに決定しました。


 なお、次回の本会議は8月29日午前9時から開きますので、定刻までにご参集願います。


 本日は、これにて散会いたします。お疲れさまでした。


               午後0時03分 散会